閑話1 温泉パラダイス
本日2話目です。
「はぁ···、どうしてこうなった······?」
最近、溜め息を吐いてばかりのような気もするが、目の前に広がる肌色一色の光景に、戸惑いと居心地の悪さを隠し切れないでいた。今自分が居るのは温泉、それもこの街に来てから常宿にしている常春の湖畔亭の露天風呂だった。しかし、居るのは自分だけではない。
此処の露天風呂はそれなりの広さがあったが、それを埋め尽くすが如く、総勢二十人近い女性達で溢れ返っていたのだ。当然ながら、全員裸である。良く知っている者も居れば、殆ど面識のない者も居るが、年齢の差はあれど皆妙齢の女性ばかりだ。目のやり場にも身の置き場にも困ること請け合いであった。
どうしてこうなったか、事の発端は数時間前に遡る。
一行を乗せた船が湖を渡って無事に街の桟橋に到着し、皆が安堵の息を漏らした時だった。カイルが、今回のことで世話になった人達の為に、感謝と慰労の意味も込めて宴会を開きたいと言い出したのだ。
正直に言えば、自分としては一っ風呂浴びて直ぐにでも寝てしまいたい気分だったのだが、どうもこの世界の傭兵や冒険者にとって、仕事後の宴会はデフォルトなものらしい。周りも当然のような雰囲気だったので口を挟むことも出来ず、流されるように宴会へと突入して行ったのだった。
宴会の場となったのが、奇しくも常春の湖畔亭であった。どうやら宿の主人と女将は、曾てカイルやジェイドと同じ傭兵団に居た仲間だったらしい。その昔の誼で、急な宴会の話で貸し切りなどという無理も利いたのだろう。
因みに参加したのは、自分等三人とカイル親子(ローラも桟橋に駆け付けており、ちょっとした感動の対面もあったが、此処では割愛する)、ジェイド率いる暁の旅団、アリシアと冒険者達といった面々で、総勢四十人近くにも及ぶ。但し、ミリーを除く生け贄の少女達と、その他の救出された人達は来ていない。体調や精神面でも治療が必要な者も多く、今後のケアも含めてギルドと提携している療養所に送られたのだそうだ。まあ、当然だろうな。
宴会は盛況の内に進み、宴も闌となった頃、気疲れからかつい零してしまったのが運の尽きだった。
「はぁ、一っ風呂浴びたい······」と。
そこへ、目を輝かせて寄ってきたのがミリーだった。
「白夜さんっ、一緒に入ろうよ!背中流してあげるっ」
「あっ、ずるい、ミリーちゃん!お師匠様の背中は私がっ───」
慌ててセツナが割って入り、更にはアリシアまでが加わって来て、
「あら、良いですね。白夜さんとは一度、裸の付き合いをしてみたかったんですよ」
などと言う始末。
終いには、ローラやコハルとタミアの母娘までが何故か乗ってきて、なら皆で入りましょう、という話になってしまったのだ。て言うか、仕事は良いのか?どういう流れなんだ、これは······?
結局、此処に傭兵団と冒険者からも女性陣が加わり、実に十七名もの大人数で温泉に突入することとなったのだった。
「どうしたの、白夜さん?ボーッとしちゃって」
現実逃避気味に遠くを見ていたところに、ミリーが話し掛けて来る。
「いや、ちょっと世の中の不条理について、な」
「?──変な白夜さん。そんなことより、さあさあ、座って。背中流してあげるっ」
有無を言わさず腕を取られて、洗い場の風呂椅子に座らされる。
ミリーは手拭いに石鹸を付けて、真面目に背中を洗い始めた。
「わぁっ、綺麗なお肌。傷一つない···って、え······?」
ミリーの戸惑ったような声に、思わずギクリとする。やば、まさか。
「あんなに激しい闘いだったのに、どうして······」
「あー、シルフィードに【癒しの風】もらったからな。あのくらいの傷ならすっかり治ったよ」
「そっかぁ、そうなんだ」
本来【癒しの風】は【グランヒール】と同程度の効果がある。自分のHPが常識外だっただけで、強ち嘘という訳でもなかった。ミリーも素直に納得したようで、上手く誤魔化せたようだ。
またミリーは背中を流すことに集中し始めたが、暫く大人しく任せていると、どうも様子がおかしくなってきた。嫌な予感が······いやまあ、やっぱりこうなるか。
「うふっ、モフモフ······」
はぁ······、いつの間にか尻尾に頬擦りしてうっとりしている。まあ、今日は仕方ないか。それだけの目に遭ったんだ。好きにさせてやろう。
と思ったら、黙ってられない奴等がいた。
「ずるいずるい、ミリーちゃん!」
「それは、後でみんなでって言ったじゃないですかっ」
おいこら、何勝手に決めてんだ。て言うか、セツナだけじゃなくてコハルまでかよ。どうなってんだ、この三人娘は。ケモラー率高過ぎやしないか。
それにしても······何なんだろうな、この状況。中学生くらいの、それも裸の娘達に囲まれてるって······。どうにも現実感がなさ過ぎてピンと来ない。邪な考えを抱かないで済むのは、自分も今は女だからだろうか。それはそれで空しい気もするが。
それは兎も角───。
「ふわぁぁ······気持ちいい」
「コハルちゃん、ちょっと長いよ。早く代わって」
「あっ、次は私の番ですよっ」
何時まで続くんだ、この騒ぎは······。もう、いい加減にしてくれ。
「ふぅぅ~~~っ」
湯船に浸かって漸く人心地着き、大きく息を吐き出す。何か、ドッと疲れたわ。風呂に来て余計に疲れるって、どういうことだよ、全く。
その騒ぎの元凶の三人娘は、はしゃぎ過ぎたのか湯船の端っこの方で、三人肩を寄せ合ってグデーっと蕩けていた。皆満足げな顔をしている。ま、あれだけ思う存分やればな。此方は、とんだ災難だったが。
取り敢えずこれでゆっくり出来るな、そう思っていると。
「娘が迷惑掛けてごめんなさいね」
「うちの子も、ご迷惑だったでしょう?」
そう言って寄って来たのは、今度は母親達の方だった。
両側から挟まれ、思わず圧倒される。タミアは、往年のか○せ梨乃を思わせるような迫力ボディで(我ながら表現が古いな)、ローラも子供を産んだとは思えない程の見事なくびれでプレイメイト並のボンキュッボンだ。自分もプロポーションにはそれなりに自信があるが、何しろ年季が違う。その匂い立つような色香は、女になって日の浅い自分如きでは太刀打ち出来ようはずもない。
そんな二人にたじたじになっていると、タミアがそっとお盆を前に差し出して来た。例によって、お盆の上には徳利とお猪口が乗っている。
「おっ」
「疲れを取るには、これが一番でしょう?」
これは嬉しい不意打ちだった。
あからさまに喜色を浮かべた自分に、二人共微笑ましげな視線を向けて来る。若干気恥ずかしくなって口を噤んでいると、タミアが察して徳利を傾けて来た。
「さ、先ずは一献。うちの秘蔵の逸品ですよ」
「あ、どうも」
恐縮して酌を受け、お猪口に口を付けると。
「美味い······」
こないだのとは違い、やや辛口だがキリリと締まっていてすっきりとした味わいだった。
此方の満足げな様子にタミアが嬉しそうに微笑むと、今度はローラからも勧められた。
「白夜さん、本当にありがとう······」
酌をしながら、ローラが心の底から礼を言って来る。微妙に手が震えていて、真に感情が籠っていることが判る。それはそれで、また気恥ずかしいものがあるが。
照れ隠しにグイッと杯をあおって答えていた。
「自分が助けたいと思ったから助けただけだ。気にする必要はない」
そう言うと、ローラは首を横に振って真剣な眼差しを向ける。
「娘から聞きました。本当に命懸けの闘いだったと。幾ら感謝してもし足りないくらいよ」
「私からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
タミアまでが、また酒を注ぎながらそんなことを言って来る。
「どうして女将まで······?」
「私達、幼馴染みなんですよ。ローラの子は私の子も同然ですから」
そう言って微笑むタミアの表情は、慈愛に満ちていた。
成る程な。今回のこれは、心配し心配された娘達を慮ってのことだった、という訳か。少々羽目を外しても大目に見ていた此方のこともお見通しだったと。それも含めてのお礼、なんだろうな。
そう考えると気が楽になってきた。表情をフッと緩め、リラックスした感を見せると、二人も表情を柔らかくし、場の雰囲気が和んだものに変わっていく。
「それじゃあ、ご返杯だ。二人も一緒に飲まないか」
「あら、嬉しい」
「ええ、喜んで」
とそこに、もう一人現れる。
「楽しそうですね。私も混ぜて下さいな」
アリシアである。
全く隠すことなく、堂々と裸身を晒して近付いてくる。この世界の女性は、手拭いとかで隠すとかいう習慣はないのだろうか?エルフだが、よくある物語のようにぺったんこではなく、ちゃんと出るところは出ている。その美貌も相俟って、ある種芸術的な彫像めいた美しさだった。
それにしてもこいつ、見計らってたな。場が和んでから出てくるとか、ちゃっかりしてやがる。
その後、アリシアだけでなく、傭兵団や冒険者の女性達も加わり、ある意味二次会じみた晩酌になっていった。タミアが追加の酒を持って来つつ、和気藹々とした女性だけの酒宴が暫くの間続くのだった。
因みにミヤビだが、隅っこの方で体育座りをして、何やらブツブツと呟きながらいじけていた。
「負けた······子供にまで······」
あー······まあ確かに、ミリーもコハルも年相応に発育は良好のようだし、何よりローラとタミアを見れば将来有望なのは間違いないだろうからな。
御愁傷様、と言っておこう。
一方、男湯の方では。
「覗きは男のロマンっス!」
「おい、止めとけ」
「あ、てめえ、そっちには女房と娘が居るんだぞ!させるかっ」
「ぶへっっ」
「お痛はダメよぉ~~」
「不届き···」
ウンディーネに水弾を食らい、シルフィードの空気弾で吹き飛ばされて、湯船でプリケツするリク。
「だから止めとけって」




