幕間1 魔界を統べる王
投稿を始めて一年が経ちました。
読んで下さった方々に感謝致します。
アレクトという名の大陸が在る。
MMORPG「ダークファンタジアVII」に於いて直接的な舞台であったこの大陸は、ナノワ皇国の在るエルドネア大陸とは広大なアルセナ海を隔てた遥か西方に、この世界でも存在していた。
そのアレクト大陸で、南方の過酷な火山地帯の更に先に、ゲームでも未開の地とされていた人外魔境が在った。魔物でさえも力無きものは駆逐されるその場所は、魔が支配する世界、魔界と呼ばれていた。此処に棲むことが許されたのは、魔獣ですら使役する強大な魔力を持った魔族のみ。
魔族とは、人族よりも優れた魔力と頑強な肉体を持ち、それ故に自分達こそが最上の種であると自負し、他種族と交わることを良しとしない孤高の種族だ。特に基本能力の劣る人族を脆弱と謗り、相容れぬ存在と見なしていた為に、両者の対立は深刻なものとなっていた。
総じて高い能力を持つ魔族ではあるが、そこにはやはり序列というものが存在する。弱い者は強い者に、そして強い者はより強い者に従う。それは強さこそが正義とも言える魔界に於いて、至極当然の摂理であった。その魔界の序列で頂点に立つ者が居る。いや、曾て居たと言うべきか。
況んや、魔王である。
魔力に秀でた魔族の中でも特に傑出した魔力の持ち主であった魔王は、500年程前にその強大な力で魔界を席巻し、魔族を一つにまとめ上げて、人族の住む北へと侵攻した。
当初は圧倒的な戦力で人族の領土を蹂躙し、破竹の勢いで版図を広げて行った魔王軍だったが、所謂勇者の出現により野望は頓挫し、魔王自身も激烈な死闘の末潰えることとなった。そこには一言では語り尽くせない紆余曲折があるのだが、当時を知るものも既に少なく(皆無ではない)、今では勇者の英雄譚として伝説だけが残されている。
魔王亡き後、生き残った魔族は再び魔界に押し込められ、極稀に人族に紛れて密かに生きるものも見受けられるが、殆どが表舞台に出て来ることなく現在に至っている。それでも中には力を蓄えて捲土重来を目論んでいる者も居るようで、幾つかの有力なコミュニティも出来ていた。しかし、魔王程の絶対的な存在は生まれていない。
そんな魔界の奥深く、今や立ち入る者も居なくなって久しい最深部に、曾て隆盛を極めた魔王の居城が在った。主を亡くし誰も居ないはずのその城に、今一つの異変が起きようとしていた。
ガタッ。
とある地下の一室で、何かが開くような音が響く。そこには、石で出来た棺が横たわっており、その重い蓋が開けられた音だった。
「っふふふふふ·········」
棺の中から現れたのは、逆立った髪が特徴的な筋骨隆々の偉丈夫だ。燃えるような紅い髪が波打ち、同様の色の瞳が爛々と輝いていた。
「ふはははははぁ───っ!ふっかぁぁ───つっっ!」
その場で仁王立ちし、思いっきり高笑いを上げる。誰あろう、魔王その人であった。
勇者との決戦の前に、自らの分身を依り代として残し、密かに保管していたのだ。魂さえ残っていれば直ぐにでも復活出来るはずだったのだが、極限までダメージを受け、魂すらも消滅寸前まで追い込まれてしまっていた為、再生に長い年月が必要となったのである。
「復活にここまで時間が掛かるとは。おのれ、勇者め」
忌々しい勇者を思って歯軋りする魔王。長命な魔族と違って、人族の勇者がこの世にはもう居ないだろうとは分かってはいるが、それでも曾ての遺恨が消えることはない。この屈辱は、同じ人族を根絶やしにすることで晴らす。そう心に誓う魔王だったが、その為には復活によって衰えた力を元に戻し、再び最強の魔王軍を建て直さなければならない。急いては事を仕損じる。勇者に敗れて学んだことであった。
「むんっ」
漆黒のマントを翻し、意気揚々と玉座の間に向かう魔王。
「我が居城も寂しくなったものだ」
閑散とした玉座の間の中を見渡し、曾て配下の者達が集っていた頃の活気を思い起こしていた。
「兵どもが夢の跡、ってところかな?」
「!───何奴っ!?」
玉座へと登りかけた魔王に、唐突に声が掛けられる。
鋭い誰何の声と共に魔王が振り返ると、この場にはそぐわない些か拍子抜けするような相手がそこには居た。それは、まだ十代前半に見える少年だったのだ。凶悪な魔物の跋扈する魔界の最奥にあるこの魔王城に、一見すると人畜無害に見える少年がたった一人で佇んでいる。その現実感のない光景に、魔王は一瞬固まり思考が止まる。だが直ぐに思い直し、少年が見掛け通りの相手ではないことに気付く。
「······何者であるか?此処は我が玉座の間である。童如きが立ち入って良い場所ではないぞ」
「ああ、ゴメンゴメン。誰も居ないから空き家だと思ったんだ」
嘘である。魔王の復活を知った上で入って来たのだ。
魔王も茶化されていると気付いたのだろう。目尻を吊り上げ、表情を険しくする。
「不逞の輩めっ!思い知るが良い!」
問答無用で魔力弾を撃ち放つ魔王。復活したばかりで加減が分からず、ほぼ全力の一撃だった。
にも拘わらず───。
「何っ!?」
渾身の魔力弾は、少年に届く直前で障壁か何かに阻まれたように霧散した。
驚愕する魔王を余所に、当の少年はニコニコと涼しい顔だ。
「まあ、落ち着いてよ。僕は君の敵じゃないよ」
軽い調子の少年とは対照的に、魔王の表情は強ばる。今のやり取りだけで理解ってしまった。魔王の放った魔力弾は障壁に阻まれたのではない。より強い魔力の波によって相殺されたのだ。多少のレベル差程度では到底起こり得ない現象である。只そこに佇んでいるだけで感じる圧倒的なまでの魔力。復活に因る弱体で半分にも満たない魔力とは言え、それでも並の相手なら消し炭になるレベルだ。それを歯牙にも掛けない少年に戦慄を覚えていた。
「貴様は一体······」
呆然としながらも、魔王にはある感情が芽生え始める。それは、この魔界に於いては当然の理とも言えるものだった。
「これでも、僕は一応魔族だよ。君のお仲間だね。だから、そう構えなくてもいいよ」
「魔族、だと······?」
魔族と一口に言っても多種多様な種族がおり、その特徴も様々だ。しかし、少年は角も無ければ翼も尻尾も無く、凡そ魔族らしい特徴は一つも見受けられない。寧ろ外見上は、只の人間にしか見えなかった。
魔王の怪訝な表情に気付いた少年が、若干の苦笑いを浮かべる。
「まあ、この姿は神の悪戯みたいなものだからね。気にしないで、と言っても無理な話か」
「神だと?貴様、いや、あなたはまさか······」
魔王の態度に、目に見えて変化が表れる。少年に対して、明らかな畏敬の念が見て取れるようになったのだ。強さこそが全ての魔界に於いて、ある意味それは当然のことと言えるかも知れなかった。特に魔族は相手の強さに敏感だ。弱い者は見下し従え、互角の者には対抗心を燃やす。そして自分より強い者には敬意を払い、従う。それが魔界の摂理だった。少年はその見掛けとは裏腹に、対抗するのも烏滸がましいと思える程の途轍もない魔力を秘めていた。例え自分が全盛期だったとしても遥かに及ばない。はっきりと、それを知覚してしまったのだ。
魔王は、恐怖とも諦観とも違う畏怖の念に囚われ、直ぐ様玉座へと至る段から降り、少年の前に跪いた。
「これより、あなたに従おう。我輩に代わり、玉座に御着き頂きたい」
何の躊躇いもなく、魔王は己が着くべき玉座を明け渡したのだった。強さこそが正義、それが魔界の理とは言え、驚くべき切り替えの早さである。
「うーん、そういうつもりじゃなかったんだけどな。まぁいいか。断るのも何だしね」
少年の方も実に軽い調子で特に戸惑う様子もなく、言葉とは裏腹に寧ろ当然といった感じで、トントンッと段を駆け上がって玉座に着いた。気負いもなく、唯無邪気に座り心地を確かめている少年に、魔王が重々しい口調で問い掛ける。
「して、我輩は如何致せばよろしいか。奈辺に目的がお有りか伺いたく」
魔王の堅苦しい物言いに、少年はきょとんとした顔で興味なさげに首を傾げる。
「え、別に好きにしていいよ。僕は何も命令しないし、口も出さないから」
「は?」
魔王たる自分を配下にしたからには、人族の根絶なり世界征服なりの大きな目的があるものとばかり思っていたのだが、少年の然して意味のあることではないとでも言いたげな返答に呆気に取られる。少年にしてみたら、勝手に配下になったのだからそんなこと知らないよ?と言ったところであるが。
「しっ、しかし、勇者亡き今こそが絶好の機会ではっ!?」
「あ、勇者居るよ?別の大陸にだけどね」
「何ですとっ!?」
驚きに目を見開く魔王を余所に、少年はパチンと指を一つ鳴らす。
すると、少年の背後、玉座の後ろ側から音もなく人影が現れる。それは背の高い女性だった。頭部には捻れた巻き角があり、どうやら女性は魔族のようだ。
「なっ、一体何処から······?」
全く気配を感じさせることのなかった女性に、唖然として呟く魔王。立て続けに起こる予想外の展開に、最早ついていくことが出来ないでいた。
「ミカ、ラフィルとは連絡取れてる?」
「ええ」
ミカと呼ばれた女性は艶然と微笑み、品を作る。意味ありげな流し目を魔王に送りながら、そのまま言葉を続けた。
「アズは上手くやっているようですわ。どうも、ちょっと面白いことになってるみたい」
「ふーん、まぁ、その話は後でいいや。上手くいってるならそれで。兎に角引っ掻き回してくれればいいって、ラフィルには伝えといて。アズにもね」
「ふふ、仰せの通りに」
視線をミカから魔王に戻した少年は、あっけらかんと言い放つ。
「てことだから、勇者のことは此方で手を打ってあるから心配しなくていいよ。当分此方には来れないと思うから。僕も訳あって当分動けないんで、君の好きにやっちゃって。それこそ、人類根絶やしでも世界征服でも何でも、ね」
「は?あ、いや······」
そう言われても全く事情が飲み込めない魔王であったが、良く良く思い直し、全権を委ねられたと考えれば寧ろ僥倖と言っても良かった。それに、今代の勇者とも何れ雌雄を決する機会が来るやも知れぬ。その勇者が少年と同等の力を持っているとは露程も知らない魔王は、そんな淡い期待を胸に朗々と声を張り上げた。
「承知仕った!憎き人族共の版図を悉く平らげ、御前に捧げて見せましょうぞっ」
そんな張り切らなくてもいいんだけどね、と内心で思う少年を余所に、魔王ははたと気付く。
「これはしたり。我輩としたことが、すっかり失念しており申した。あなた様の、新たなる魔王様の御尊名をお聞かせ願いたい」
「え、魔王は君でしょ?魔王ジブリール。僕はいいよ。僕の名は幻夢。只それだけだよ」
そう言って少年、幻夢は面倒臭そうに手をパタパタと振るが、魔王は尚も食い下がる。
「我輩の上に立つと言うことは、魔族の頂点に立つと言うこと。それでは示しがつきませぬ」
「えー」
幻夢が助けを求めるように横のミカに視線を向けると、彼女は何処か面白そうな表情で微笑を浮かべていた。むぅとややムクれる幻夢だったが、不意に何かを思い付いたという風にポンと手を打った。
「よし、こうしよう。君が魔王だから、僕は大魔王と名乗ることにしよう」
それを聞いて魔王ジブリールは一瞬目を見開くが、直ぐに然もありなんと満足げに頷いていた。
幻夢は幻夢で、それが様式美ってやつだよね、とこっそり思いながら、彼は静かに宣言するのだった。
「今から僕は、大魔王幻夢だ」
ラスボス登場?
と言っても、当分直接関わって来ることはないので幕間扱いです。
後、自ら望んで配下になった割に魔王が偉そうなのは、今まで自分より上の存在が居なかった為、遜ったことがないからです。まあ、幻夢が偉そうに見えないのも原因ですが。(笑)




