第43話 督戦隊
大変お待たせしました。危うくエタるところでした(汗)
少し冗長になってしまった感があるので、蛇神教団編は後2話+後始末の1話で終わる予定です。
そして、10万PVを突破していました。読んで下さった方々に御礼申し上げます。
「あいつら······!?」
督戦隊と呼ばれた者達がカイル達の前に立ち塞がる様子は、此方からも見えていた。
「やっぱり擬態だったのか······!?」
おかしいとは思っていたのだ。大仰に出て来た割りには、余りにも手応えが無さ過ぎた。蛇神復活のどさくさで気にする余裕がなかったのも確かだが、今少し注意を払っておくべきだった。隠蔽のローブは正体を隠す為だけではなく、気絶したフリを誤魔化す為でもあったのだろう。
(だが、何故だ?)
奴等には、司祭であるカミラを何としてでも護ろうという気概が感じられなかった。何より、此方に対する殺気が無かった。それ故に操られている可能性も考え、だからこそ殺すことを躊躇わせた訳なのだが、もしかしたらそれが目的だったのか?早々に舞台から退場して、こっそり身を潜めておくことこそが目的だったとしたら。今のこの状況を想定していたとでもいうのか?だが、一体何の為に?この期に及んで脱出の妨害をして何の意味がある?そもそも、奴等はカミラの部下ではなかったのか?カミラを護ることよりも重要なことがあるということなのだろうか。
(······カミラよりも上の存在の意向か?)
カミラの言う、あのお方という存在が思い浮かぶ。恐らくは宗主と思われるこの場に居ない者。
(この場に居ない······?)
本当にそうか?この大事な場面を見てもいないなどということが有り得るのか?もし何処かで見ているとしたら?何処から、どうやって?
(───待てよ!?)
ふと、督戦隊の中に特徴的な剣を持つ者が目に付いた。
先程対峙した時には抜いてもいなかったので気付かなかったが(その時点で既に不自然だったのだが)、見るからに魔剣と思しき、シャムシールに似た反りのある蒼い刀身の剣。
(あの剣、何処かで······)
「他所見してて良いのかえ?」
「───っ!」
督戦隊の方に気を取られていた本の一瞬に、ザハラクから無数の影が伸びて襲い掛かって来る。
(蛇神になっても【影技】が使えるのかっ)
慌てて回避に集中し、敢えて影(分身体の方。ややこしいな)とは互いに逆方向へと逃げて攻撃を分散させる。バックステップしつつ【円天】を発動させ、防ぎ切れないものは切り払う。影の方も示し合わせたように同様にしていた。
督戦隊の方は一先ず置いておいて、今はザハラクに意識を集中すべきか。気を逸らしていて勝てる相手ではない。取り敢えず、あっちはあっちに任せよう。カイルにセツナ、それにもう一人もかなりの腕と見た。そうそう遅れを取ることもあるまい。
影と目線を合わせ、アイコンタクトを取る。瞬時に意図を汲み、行動に移す影。
「むっ」
古代魔導師のスキル【並列詠唱】を使い、影の周りに【炎弾】の炎が最大数の5発出現して宙に浮かぶ。ザハラクは即座に相殺すべく同数のエネルギー弾を放つが、影は詠唱完了前に飛び出してエネルギー弾を掻い潜るようにザハラクへと突っ込んで行く。炎弾は囮だった。後方でぶつかり合って弾ける爆音を背に、影はザハラクの懐に入り込む。
それでも尚、ザハラクは動じることなくそれを迎え撃とうとしていたが、そこへ此方から【速射】スキルで撃ち出された【爆裂弾】が襲う。同時に此方もザハラクに向かってダッシュする。
「笑止!」
ザハラクは一喝して蛇の尻尾で【爆裂弾】を払い除け、懐の影に爪の一撃を振り下ろそうとするも、【ディレイ】によって設置されていたもう一つの【爆裂弾】が時間差で発動し、それがザハラクの顔面へと襲い掛かると、ザハラクは反射的にそれを振り下ろさんとしていた腕で振り払ってしまう。
その一瞬の隙に、影のWSが炸裂する。
「参之太刀・破鎚!」
打ち下ろしの一撃は、ハンマーの如き重い衝撃を伴ってザハラクを後退させる。このWSの特性であるノックバックにより、ザハラクは僅かながら行動不能の状態に陥る。間髪入れず、此方もザハラクに肉迫し、続け様にWSを繰り出す。
「伍之太刀・鳳翔!」
地を這うような低い姿勢から天に向かって斬り上げるこの技は火属性を持っており、炎を纏う軌跡が飛び立つ鳳凰を模しているのだった。そして───。
「ぐっ」
インパクトの瞬間、技を受けたザハラクを中心にして周囲の熱が集まり、高温の空気溜まりを発生させ、それが一瞬にして弾け飛んだ。これはゲームにも有った「連携ダメージ」というやつで、特定のタイミング内にWSを繋げることで発生する追加ダメージである。組み合わせるWSに依ってその効果は様々で、「湾曲」「氷結」「収縮」「分解」等があるが、今回発生したのは小規模の熱核反応を引き起こす「核熱」だ。飽くまで比喩なので、実際に核分裂を起こしている訳ではないが。
「連携ダメージ」の特徴として、相手の防御力を無視出来るというのがある。格上を標的にし、チェーンコンボを狙うレベリングPTに於いてこれは重要で、連携の有無が時給に如実に表れていた。標的の弱点属性に依って有効な「連携ダメージ」を発生させられるWSの武器を選ぶのが当たり前のことであった。
侍は2時間に一度とは言え、SSの【重ね当て】で一人連携が出来る。但し、奥義は連携の起点にも〆にもならないという仕様の為連携には使えないのだが、「連携ダメージ」を差し引いてもサジがやったように奥義二連発の方がダメージが高い。それだけ奥義の威力は別格だということだ。
「小癪な真似を。今のは少々効いたぞ」
顔を顰めて吐き捨てるように言うザハラク。
あの一瞬で咄嗟に鱗で覆われた腕をクロスさせて受けていたようで、ザハラクの腕は焼け爛れて所々鱗が剥がれ落ちていた。だが、思った程のダメージではなさそうだ。言葉とは裏腹に、ザハラクの表情には余裕が窺える。傷も既に再生し始めていた。
(ちっ、小細工を弄してもこの程度か)
とは言え、確実に効いてはいるだろう。傷は再生出来ても、減ったHPは元には戻らないはず。ならば、何度でも繰り返すしかない。残り時間でどの程度削れるかが勝負だ。
(畳み掛けるぞ)
そう考えた時にはもう、阿吽の呼吸で影は動き始めていた。
「くっ、こいつら、やるっ!?」
督戦隊と剣を交えたカイルは、その予想外の手応えに意外さを禁じ得なかった。
尖りフードのローブ姿という怪しい格好からは思いもよらぬ正統派の剣筋。その力量も、これまで戦って来た盗賊達とは比べ物にならない程のレベルだった。
(何でこんなところにこんな奴等が······?)
洗練された動きに確かな剣筋、それはまるで訓練された兵士か、或いは騎士のように思えた。そんな者達が、こんなところで邪教の尖兵のようなことをしていることに激しい違和感を覚えていたのだ。
その思いは、ジェイドの方も等しく感じていた。
「てめえ、何モンだ?」
一合交えただけでその実力を見抜き、旋風の斧を油断なく構えながら言葉を投げ掛けるジェイド。
ジェイドが対峙していた男は、督戦隊の中でも別格と言っても良い技量の持ち主だった。白夜が気にしていた蒼い魔剣を持つ者だ。体型と物腰から男だというのは判るが、フードの奥に垣間見える顔は能面の如きマスクで覆われており、その表情は窺い知れない。督戦隊の者達は皆一様に声を発しない為、その不気味さに拍車を掛けていた。喋れない状態なのか、それとも喋ってはいけない理由でもあるのか。
魔剣の男も、やはりジェイドの問い掛けに答える気配はないようだ。
「ちっ、だんまりかよ」
舌打ちしつつ、ジェイドは考える。
此方の脱出を邪魔するように立ち塞がってはいるものの、どういう訳か本気で攻め込んでは来ない。これ程の手練れ、そしてこの人数で、非戦闘員の娘逹を狙われたら、正直護り切るのは至難の技だ。しかし、殺すのが目的じゃなく、どうも時間稼ぎをしているように思える。
(俺達に脱出されたら困るってのか?俺達、いや、この中の誰かか······?)
だが、何の為に?誰が、はこの際問題じゃない。普通に考えたら生け贄の娘の中の誰かなのだろうが、ミリー以外の素性は分からないし、確認している余裕も無い。分かったところで問題が解決する訳でもないのだ。問題なのは、このまま留まっていては何かしら不味いことが起こるかも知れないということだろう。何より、ジェイドにとってもこれは面白くない状況だった。
「何の魂胆かは分からんが、思い通りにさせる訳にゃあいかねぇな」
そう言うとジェイドは旋風の斧を担ぎ直し、腰を落として魔剣の男を真っ直ぐ見据える。
「押し通らせてもらうぜっ!───唸れっ、烈風!」
斧を振り下ろして風の刃を飛ばし、
「疾れっ、疾風!」
同時に風の力を纏って、魔剣の男に向かって突っ込んで行く。
魔剣の男は、見えないはずの風の刃を半身になるだけでヒラリと躱し、低い姿勢から遠心力をも利用して振り上げるジェイドの一撃を、その力に逆らうことなく魔剣をそっと合わせて鮮やかに逸らしてした。
「何っ!?」
追撃して来ない魔剣の男から再び間合いを離し、手元の斧を見て驚きの声を上げるジェイド。斧の魔剣と刃を合わせた部分が凍りついていたのだ。
「氷の魔剣か」
そのジェイドの呟きにも、魔剣の男は何ら反応することなく静かに佇んだままだった。
魔剣やジェイドの持つ旋風の斧のようなマジックアイテムは、確かに貴重ではあるがそこまで希少というものでもない。とは言え、駆け出しや凡庸な冒険者などが手に入れられる物でもないので、マジックアイテムの所持はある意味腕利きの傭兵や冒険者である証とも言えた。尤も、マジックアイテムと言ってもピンからキリまであるので、一概には言えない部分もあるのだが。その点、実際に刃を交えた感触で、ジェイドはその魔剣が一級品であることを見抜いていた。更には、その持ち主の技量も一角とあれば、そのような人物は限られてくる。
(まさかな······)
ジェイドはその人物に一人心当たりがあったが、それは口に出すのも憚られる相手であり、流石にこんな場所に居るはずがないと首を振って否定していた。但、そのことが楔となって、ジェイドに次の一歩を踏み出すことを躊躇わせる結果となったのだった。
戸惑っていたのはセツナも同様であった。
一人をシルフィードがミリー達を護るようにして牽制し、残りの二人をセツナが相手取っていた。
「そこをどいて下さい」
セツナは努めて理性的に対応しようとするが、相手は一切の聞く耳を持たない。かと言って、全力で排除しようとするでもなく、唯時間稼ぎの為に妨害しているかのようだ。何よりセツナを戸惑わせているのは、その静謐とした気配だった。
(この人達は一体······)
此処に至るまでに対峙して来た相手とは明らかに異質な存在。盗賊達のように荒ぶるでもなく、教団信者達のように狂気に身を委ねるでもない。その佇まいからは、寧ろ何らかの使命感のようなものさえ感じるのだ。まるで主君に仕える騎士団のような······。
そんな突飛な考えに苛まれたセツナは、思わず頭を振る。使命と言うなら、セツナもミリーを救う為に此処まで来たのだ。今更引く訳にはいかなかった。
「邪魔立てするなら容赦はしません!」
セツナは鋭い踏み込みと共に、二人を同時に薙ぐように広範囲を刀で振り抜いた。
それは倒す為と言うよりは道を切り開く為に放った一撃だったのだが、二人が飛び退いて開けた場所をセツナが突破しようと試みると───。
「っ!」
今度はセツナの方が飛び退く番だった。
セツナの前に立ち塞がったのは影、白夜の影分身とは違い、只人型をしただけの真っ黒い影だ。そこから伸びた影の帯がセツナの足元の地面を砕き、セツナに後退を余儀なくさせた。どうやら、二人の内のどちらかが影使いだったようだ。
驚いたのはセツナだけではなかった。
その光景が視界の端に引っ掛かって見てしまった白夜が、思わず目を見張る。この狭い範囲内に二人も影使いが居たことに、驚きを隠せなかったからだ。影使いがそれ程ありふれたスキルとはとても思えない。偶然にしては出来過ぎている。
しかし、この一瞬の気の逸らしが致命的な隙となった。
「しまっ───!?」
ザハラクの気配が変わったことに気付いた時には、もう遅かった。
影との連携の最中だった白夜は、次の瞬間ザハラクから放たれた何かに吹き飛ばされていた。
そして、全身に広がる痛みと共に目にしたのは、時間切れを待たずに消滅していく影分身の姿だった。
正体を隠してる割に判りやすい魔剣だのスキルだのを使ってると思われるかも知れませんが、ありふれたとは言い難くとも決して唯一無二というものでもありませんし、また現代のように発達した情報化社会でもないので、その辺の認識が甘いところがあるのです。極端な話、顔を見られなければOK的な。ぶっちゃけ、証拠を残さなければ幾らでも言い逃れは出来ますので。




