第41話 痛みを伴うもの
無差別に降り注ぐエネルギー弾の雨を潜り抜け、再度ザハラクへと肉薄せんと迫る。【陽炎】や【身躱し】、【抜き足】と言った回避スキルを駆使し、右に左にと足を運ぶ。当たらずとも近くを通り過ぎるだけでビリビリとした衝撃を伴い、一つ一つは小さいもののエネルギー弾の密度の濃さが否が応でも窺えた。
「っ!」
後方に流れ、着弾して巻き起こる爆風と熱波を背中に受け、軽い圧力を感じつつも構わずに突き進もうとするが、余りの弾幕の激しさに容易には近付けないでいた。
そんな中、意識はザハラクに集中したまま、チラリと視線を横に向けると、不安げな顔のミリー達が視界の端に引っ掛かる。出来るだけミリー達の方へは射線が行かないよう、位置取りには気を付けているが、比較的近くへの流れ弾の余波は、シルフィードが必死に食い止めてくれているようだ。
そのちょっとした間に、半ば無意識で動いていた所為か、弾幕の薄い部分に誘い込まれていた。そこへ予定通りとばかりに集中砲火が浴びせられる。
此方もそれは読んでいたので、クールタイムの解けた【瞬動】で直ぐ様ザハラクの背後へと回り込んだ。背中合わせの状態から、居合いの要領でその身を回転させ、遠心力をも利用して斬り付ける。しかし───。
「!」
ザハラクの姿が、残像を残してその場から消え去った。
幻影ではない。高速で移動したが故の残像。
(速い!?)
次の瞬間、刀を振り抜いた体勢の真横に現れたザハラクが、その鋭い爪で切り裂かんとして腕を振り下ろす。刀を引き戻している余裕はない。咄嗟に左手の振分髪を逆手に持ち替えてそれを受けるが、余りの膂力に受け切れず、刀ごと薙ぎ払われてしまう。更には、肘から伸びた突起がブレードのように鋭さを増して、勢いそのままに背中を斬り付けて来る。
「む」
ザハラクが意外そうな声を上げた時には、此方も幻影を残して間合いの外へと逃れていた。
「ほう、幻影とは味なことを」
そう感心するザハラクを尻目に、此方は少しばかり焦っていた。───いや少しじゃないな、こいつは相当分が悪い。今のやり取りだけでも分かってしまう。分からざるを得ないと言うべきか。
此方は【朧身の術】の幻影だが、向こうは唯の残像だ。【縮地】でも【瞬動】でもない、スキルですらない。唯、圧倒的に速いだけだ。目で追うことも出来なかった。
(蛇の足して何てスピードだよ······。どういう身体の構造してやがるんだ?)
しかも、まだ全然本気じゃない。遊んでいるのが丸分かりだ。まあ、此方も本気じゃないのは同じだが、今言っても負け惜しみにしかならないだろうな。基本性能じゃ勝ち目が無いのは確かなのだから。
さて、どうするか······。
「これならどうじゃ?」
「───!」
考えている間も無く、またしても残像を残して消えたザハラクは、そうと思った瞬間眼前に現れていた。反射的に二本の刀をクロスさせて爪の攻撃を受け止めるが、同時にザハラクの蛇の足が波打つのが目に入り、猛烈に嫌な予感に襲われて透かさず後方に跳び退く。
(ヤバいっ!?)
「円天!」
跳び退きながら、咄嗟に防御スキルの【円天】を発動させる。この【円天】は、自身の前方に円形の物理障壁を発生させる侍のスキルで、魔法は防げないが物理攻撃には無類の強さを発揮する優秀な盾だ。但し、効果時間が1秒と短い為、発動のタイミングが難しく扱いには熟練が必要だが。
間一髪【円天】が発動した瞬間、ザハラクの蛇の鱗が逆立って、それが一斉に撃ち出された。辛うじて円形の障壁がその殆どを防いでくれたものの、障壁の範囲から漏れた鱗が腕を掠めて刺すような痛みを齎す。
「ぐっ」
攻撃を受けたのは最初にオークと闘った時以来だったが、あの時と違ってこの世界に来てから初めて感じるその痛みは、生命のやり取りを実感させるに足るものだった。正しく今自分は、生死を賭けた闘いをしているのだと。
それにしても───。
(【朧身の術】の弱点を知ってやがる······)
【朧身の術】は、単一の攻撃ならば物理魔法を問わず、如何なる攻撃も幻影が受けて無効化し、一度発動すればランダムで複数回効果が持続する優れものだ。しかし、反面範囲攻撃には弱く、一度で効果を消された上にダメージをも受けてしまう。クレハが金剛鬼の咆哮に因って術を消されたのもその為だった。
(やはり、ゲームとは違うな)
ゲームのモンスターは、基本的に殆ど回避をしない。稀に盗賊タイプのモンスターが攻撃を躱すことはあるが、その回避率は精々1割有るか無いかだ。此方の命中率(DEX)が高ければもっと低くなる。DPSを上げる為に、その1割を下げることに躍起になる者もいるが、普通に戦闘する分には取り立てて気にする必要のないレベルだ。ぶっちゃけ自分は、特に気にしたことはなかった。意識せずとも、装備で上がる分で十分命中率は事足りていたのだから。
それに、こちらの能力や行動に合わせて対応して来ることもなかった。タイムテーブルに従って、決められた技や魔法を、ルーチンワークのように規則的且つランダムに繰り返して来るだけである。だからこそ、圧倒的なHPと反則級の即死技を持つボスクラスとの闘いにも、対抗策を見出だすことが出来たのだ。
そのボスキャラがプレイヤー並みの、いや、もしかしたらそれ以上の知恵と対応力を持っているとしたら、正しくそれは反則級と言うべきだろう。分が悪いどころの話ではない。実際、付け入る隙も逃げ出す隙も見出だせそうになかった。
(まあ、逃げ出すつもりはないが)
ミリー達と壁に空いた大穴とを交互にチラ見して、何とか先に彼女達を逃がせないかを考える。
余裕からか直ぐには追撃して来ないザハラクは、どうもこの闘いを楽しんでいる節がある。ミリー達を逃がしたところで気にも止めないという気がしないでもないが、実際のところどうかは分からない。話が通じるようでいて通じない、気紛れで何を仕出かすか予測もつかず、気分次第で人間の一人や二人は簡単に消し飛ばしかねない。迂闊な交渉が薮蛇にでもなったら、それこそ目も当てられないだろう。
「どれ、そろそろ回転を上げていくとするかの」
此方の気も知らず、本腰を入れ始めるザハラク。
爪を伸ばした手刀を突き出し、怒濤の猛攻に転じて来た。あっと言う間に近付かれ、間合いを離そうにもピタリと付いて離れない。
「そらそらっ」
「くっ」
撞鬼の連突きとは比べ物にならないスピードの突きが、間断無く繰り出され攻め立てられる。
余りの猛攻に防戦一方に追い込まれ、反撃の暇も無い。回避すらも覚束ない状態だ。【陽炎】の足運びも【身躱し】の体捌きも殆ど役には立たず、【見切り】も攻撃間隔が短すぎて全く意味を為さなかった。半ば条件反射で張り直していた【朧身の術】がジリジリと剥がされていき、ついにはその効果が切れて───。
「ガハッッ!?」
避け切れなかったザハラクの手刀が、まともに肩に突き刺さる。その勢いのまま、突き飛ばされるように後方に切り揉みし、地を数回転した後に倒れ伏した。
(───っ痛ぅっ!)
途轍もない痛みに一瞬意識が飛びそうになるが、必死に堪えて即座に立ち上がり、体勢を立て直そうとする。
「うぐっ」
しかし痛みによろめき、突かれた肩を押さえて膝を突いてしまう。
正直言ってとんでもなく痛い。まるで肩から先が腕ごと吹き飛ばされてしまったかと錯覚する程に。
「ほう······」
此方の様子を見てザハラクが目を細め、興味深げな言葉を漏らした。
「そなた、変わった身体をしておるな」
ザハラクの視線は攻撃を受けた肩口に向けられていた。
あれだけの突きを食らってダメージが通っていたにも拘わらず、傷はおろか血が一滴も流れていない。肩口から素肌が剥き出しの二の腕の部分は綺麗なままだった。
ザハラクの言う通り、この身体は普通とは違う。ゲームでは、ダメージを受けても傷や欠損等の演出は行われていなかった。流血の演出も無い。唯HPが減るだけである。例え死んでも、表面上は無傷のままだ。
そのゲームでの性質を、この世界でも受け継いでいた。持ち込まれた装備品が不壊であると同様に、つまりはこの身体も不壊なのである。傍から見たら不自然極まりないことだろうが、こればかりは仕方がない。自分でも気持ちが悪いと思うのだから。但し、ダメージを受ければHPは減るし、0になれば死に至るのはゲームと同じだ。(ゲームと違って相応の痛みがあるが)実際、先程の攻撃でHPが1割程減っていた。レベル1000で桁外れのHPを持っているにも拘わらず、だ。普通の人間だったら即死していたに違いない。今更ながら、ゾッとするな······。
「まあ良い。そなたが普通でないのは分かっておったからの」
「······どういう意味だ?」
「分からぬか?ならば、まだ知るべき時ではないということであろうな」
相変わらず、思わせ振りに言うだけ言って、質問にはまともに答えようとはしない。唯薄ら笑いを浮かべて、此方の反応を面白がっているようにしか見えなかった。思わずカチンと来て。
スキルを発動させる。
「何っ!?」
ザハラクが驚きの声を上げた瞬間。
その肩口に、深々と刀が突き刺さっていた。
「くっ」
初めてザハラクが苦痛に顔を歪め、払い除けるように腕を振るうが、既に刀を抜いて間合いの外へと逃れていた為、それは何も無い空を薙いだに止まった。
「······何をしたのじゃ?」
「さあね、答える義務があるのか?」
ここぞとばかりに、仕返しの意味も含めて皮肉たっぷりに言い放つ。正直、ざまあみろってところだ。
事実だけ言うと【縮地】からの突撃、唯それだけであったが、違っていたのはそのスピードだ。これまでとは比べ物にならない程の突進スピードと、何より始動までの反応速度が桁違いだった。ザハラクでも咄嗟には反応し切れなかった程だ。
そのからくりはと言うと、先程攻撃を食らった直後に解放されたスキルにある。
新たに解放されたのは───。
【瞬考】:【高速思考】の派生スキル。思考速度のみならず、知覚の限界領域をも引き上げ、反射反応速度の上昇と共に各スキルとの融和性を高める。使用にはTP(気力)を要する。
つまりは、反応速度が格段に上がり、スキルも隙が無くなって使い易くなるってことか。使用中は気力が減り続けるから常時発動は出来ないが、こいつは強力な武器になるな。
惜しむらくは、今のでケリを付けられなかったことだ。肩をやられたから同じ肩を狙った、という訳ではない。奇しくもそうなっただけで、本当は頭を狙っていたのだ。ザハラクとは違って、遊ぶつもりは毛頭無かった。不意打ちだろうと何だろうと、仕留められるならそれに越したことは無いと思っていたのだが、流石にそこまでは甘くはなかったようだ。あそこから、僅かながら反応して狙いをずらされるとは。
(どうも、まだ余裕がありそうだな······)
「ふっ、今のは少々驚いたが、同じ手は通じぬぞ?」
そう言うザハラクの口許には笑みが張り付いているが、目は若干据わっていて笑っていなかった。矜持を傷つけられたというところだろうか。どうにも、寒気を感じる気配が伝わって来る。
しかも、肩の傷は見る間に治ってしまっていた。やはり、ピネドーアの魔物同様に再生能力持ちか。いや、違うな。元々、ピネドーアの方が蛇神からインスパイアされてたってことか。その方が自然だ。となると、本家の方が劣るってことはないだろうな。余り考えたくはないが。
おそらく、【瞬考】を持ってしてもまだ五分には届かない。地力の差は、この程度では埋まらないだろう。だからこそ、あれで仕留めてしまいたかったんだがな······。
だが絶望はしていない。まだ手はあるし、何より来ると分かっているからだ。
その時、前触れもなく空間が歪む。
「───むっ?」
ザハラクが動きを止め、そちらに目を向ける。
ミリー達の横に、セツナとシルフを連れた影が【テレポート】で姿を現した。ザハラクだけでなく、ミリー達も驚いているようだが。
さて、役者は揃った。第二ラウンドの開始と行こうか。
【瞬動】はクールタイムが30秒有り、連続発動は出来ないようになっています。ですので、【瞬動】で避けまくるといった戦法は使えません。【縮地】にもクールタイムは有りますが、10秒と短めです。便利なもの程、縛りが有るということですね。
主人公の不壊という性質について。ギルドの手続きの時にナイフで指を切っていますが、これは切ったからではなく、自らが望んで血を流したという解釈になります。言わば、汗や排泄と同じ行為です。でなければ、注射や輸血が出来ない身体になってしまいますからね。まあ、この世界に注射があるかは分かりませんがw
因みに、主人公に生理は有りません。理由は此処では伏せておきますが、そのうち本編で出てくると思いますので。




