第40話 思惑
カイルと、ジェイド率いる暁の旅団は、その後然したる障害もなく遺跡の入口付近まで辿り着いていた。白夜達が通ったルートを見つけられた為、既に罠等も解除済みだったことも幸いした。鮮血の蛇の生き残りも少なく、警戒網はもう殆ど機能していなかったようだ。
「こいつぁ、派手にやったな······」
崩壊した入口を前にして、ジェイドが飽きれとも感心ともつかない声を漏らす。カイルもそれに頷きつつ、あの爆発に因ってこの有り様がもたらされたことを確信して、やや焦りの表情を見せた。
「あれからもう大分時間が経つ。遺跡の規模から見て、中は相当の広さだろう。急がないと追い着けなくなるぞ」
カイルは居ても立ってもいられないといった風に、瓦礫を乗り越えて中に突入しようとする。
「おい、待て!まだ安全かどうか───」
分からないのに迂闊だ、そう言ってジェイドがカイルを止めようとしたその矢先。
「───!?」
地を揺るがす轟音が響き渡り、何処かで森が騒めく気配が伝わって来る。地震と見紛う程の揺れに、一同はバランスを崩してよろめいた。
「うぉっ!?」
崩れ掛けた瓦礫から慌てて飛び退くカイル。
「また爆発か!?デカいぞっ!?」
「こいつは······!?」
ジェイドは爆発そのものより、突如膨れ上がった気を捉えて、何処か見えない遠くに目を向けていた。
「爆発の方向に、とんでもない気配が二つある······。おそらく一つは······こいつは勇者のだろうな」
「分かるのか?」
「前に一度会ったことがある。すれ違っただけだがな。だが、もう一つのこれは······」
俄には信じ難いといった表情で驚愕に目を見開くジェイドに、カイルもその雰囲気を察して息を飲む。
「その勇者より遥かにデカい気を感じる。何なんだこれは!?」
「!」
ジェイドの気を読む能力はカイルも良く知っている。カイルにはそこまでの能力はないが、それでもぼんやりとではあるが、何か普通ではないものの存在を感じることは出来た。同時にそれは、嫌な予感となって不安を誘う。
はっきりと知覚しているジェイドは尚更だった。勇者でさえ常軌を逸しているというのに、それを上回る気配の持ち主など、正直想像もつかない。普通に考えて、人間のものとは思えなかった。
(此処が蛇神教団のアジトだとしたら、まさか······)
「蛇神が復活したとでも言うのか───?」
「なんだと!?」
鮮血の蛇と蛇神教団の関係やその目的等、大まかな話は道すがらカイルも聞いていた。儀式の件はとてもじゃないが許容出来るものではなかったが、飽くまでも白夜の推論として話されていたことだったので、ジェイド達も100%信じていた訳ではなかった。しかし、実際にこうして人外の気配を感じたことで、一気にその信憑性が増すこととなった。それは、結果として最悪の状況を想像させる。
蛇神が復活したということは、つまりは儀式が成立してしまったということに他ならない。
(まさか、ミリーはもう······!?)
カイルの手前、ジェイドは辛うじてその言葉を飲み込んだ。だが、カイルの方も同じ考えに思い至ったのか、顔を青ざめさせ険しい表情で歯噛みしていた。
確かに状況は最悪のケースを想像させるものだが、だからと言ってそれが事実かどうかはまだ分からない。この目で確かめるまで、絶望するにはまだ早いだろう。今は行動あるのみ。最早迷っている時間は無い。
「俺は直接爆発のあった方へ行く!あれだけの規模だ、壁に穴でも空いてるかも知れねぇ。リク、エマ、スタイン、バズ、お前らは中から行って囚われてる奴等を探せ!邪魔する奴ぁ構わねぇから蹴散らせ!いいな!───他の者は俺について来い!」
「分かったっす!」
「おう!」
ジェイドの指示で、仲間達が思い思いに頷き行動を開始する。カイルも、どうにか己を奮い立たせて、ジェイドの方へついて行く姿勢を見せた。
「俺も行くぞっ。まだだっ、まだ諦めた訳じゃない!」
「当然だ。奴がむざむざ見殺しにするはずがない」
何か想像だにしないアクシデントがあったと見るべきか。何れにせよ、行ってみなければ分からない。戦闘はもう始まっている。最前線は目の前なのだ。
「急ぐぞっ!」
「おうっ!」
ジェイドは旋風の斧を使い、カイルは【縮地】を駆使して遺跡の側面を疾走して行く。追従する十数人の団員達は置いていかれるが、構わずに進む。今は一刻も早く状況を把握することが先決だった。
(無事でいてくれよ······)
彼らはひた走る。ミリーの安否に思いを馳せながら。
セツナ達が白夜(影)に救われ状況の説明を受けていた頃、拐われた者達の救出に向かっていたミヤビからLPを通して念話が入るのだが······。
『魔物の群れだと!?』
どうやら、囚人達を救い出した後、突然現れた魔物の集団に襲われたらしい。らしい、と言うのは、既に戦闘はもう終わっているからだった。魔物達は全て殲滅されていたのだ。しかしそれは、ミヤビの仕業ではない。現れた魔物は例の再生能力を持つものではなく、ゴブリンやオーク等の通常の魔物達だったようだが、それでも数が多く、非戦闘員を護りながらミヤビ一人で魔物を殲滅することなど不可能である。それでは一体どういうことなのか。
『それが······いきなり僧兵っぽい集団が現れて、魔物を倒していったんです』
『僧兵だと?』
「なんでこんなところに僧兵が······」思わず呟いたその言葉に、ピクリとサジが反応したのを白夜(影)は見逃さなかった。
「サジさん、あんた何か心当たりでもあるのか?」
「あー······」
薄ら冷や汗を浮かべて口籠るサジ。白夜達が何らかの方法で連絡を取り合っているのを察していたので、サジは状況を理解する。鋭い視線を向けてくる白夜(影)に、誤魔化し切れないと思ったのか、頭をガリガリと掻いて観念したように口を開く。
「はぁ······、その僧兵達は某の仲間でさぁ」
「え?」
サジの言葉に驚いたのはセツナだった。祖父の命で自分のお目付けとして来ていたものだとばかり思っていたからだ。だが、白夜(影)の考えは少し違っていた。唯のお目付け役がこんなところにまでついて来るのには無理がある。何より、白夜達が行動を起こしてからでは、此処まで追い着いて来られる手段がないはずだ。白夜(影)は知らないことだが、実際ジェイド達が船で来るよりも早く来ている。元々何らかの目的で、別口で行動していたと考える方が自然だろう。
「誰の差し金だ?あんたの独断とは思えないな」
「いやはや、鋭い御仁だ······。某などより余程油断がならない」
白夜が自分を警戒していると知った上でのその言葉だったが。そんなことはお構い無しに先を促す白夜(影)に、サジは苦笑いを浮かべて話を続ける。
「某等は、さるお方の命で今回の儀式を阻止する為に潜入していたんでさぁ」
「え?お祖父様がそんなことを!?」
「あーいや、テッサイ師父じゃありやせん」
驚くセツナの言葉を、サジは否定する。そこに、白夜(影)の若干苛ついた声が掛かった。
「さるお方だの、あのお方だのはもう聞き飽きた。誰だかハッキリ言え」
「はぁ、まあ隠す必要のないことなんで言いますがね······」
一呼吸置いてもったいつけたのは、サジのせめてもの抵抗か。
「浄門宗大僧正、ドウゲン・セイリュウ様でさぁ」
「!」
白夜(影)はピンと来ていなかったが、セツナの方は目を見開いて驚いていた。
ドウゲン······何処かで聞いたような、白夜(影)がそう思っていると、不意に思い出した。錦絵に有った、剛覇のテッサイに負けず劣らず、煮ても焼いても食えそうにない老人の姿を。
「百目のドウゲン!確か八騎将の一人だったか」
「ど、どうしてドウゲン様が······」
セツナの口振りに、白夜(影)はおやという顔をして。
「知っているのか?」
「お祖父様とは昔からの旧友で、何度もお会いしたことがあります。私にも孫のように接して下さって」
「成る程な」
白夜(影)はチラリとサジに目を向けて、言葉を続ける。
「結託していたという訳か」
「はぁ全く、鋭過ぎますな······。仰る通り、ドウゲン様の命で蛇神教団の動向を探る為にユバに入り込んでいましたがね、テッサイ師父もご了承済みのことでさぁ」
「そんな、お祖父様まで······私は何も······」
セツナはショックを受けていた。思いもよらぬサジの使命についてもだが、自分には何も知らされてなかったことに疎外感を感じずにはいられなかった。祖父テッサイの思惑には、孫娘を危険に巻き込むまいとした爺馬鹿的な配慮があったのだが、セツナには知る由もない。
項垂れるセツナを余所に、白夜(影)は別の気になることを訊ねる。
「何故、儀式のことが分かった?それに、分かっていたなら、どうして教団の存在を隠していたんだ?」
蛇神教団の存在は殆ど知られていなかった。分かっていたら注意を促すことも出来ただろうに。それに事前に討伐隊を組むことも可能だったはず。
「儀式のことは、ドウゲン様の【千里眼】で見通されたようですがね、詳しいことは分かりやせん」
【千里眼】、「百目のドウゲン」と言われる所以のスキルか。どういうスキルかは分からないが、全てを見通せる訳では無さそうだ。そうでなければ、蛇神の復活を許す筈がないだろうからな。
白夜(影)のその考えは当たっていた。【千里眼】は、様々な条件が揃って初めて意味を為すものだ。そうそう便利なものではない。そこにドウゲン自身の洞察力と長年に依る経験則が加わってこそ、威力を発揮するスキルだったのだ。予測のつかないことは幾らでもあるということだ。
「教団の存在についてですがね、これまで討伐の機会が全く無かったと思いますかい?我々の情報網はそこまで節穴じゃありやせんぜ」
そこでサジは、悔しげに表情を歪ませる。
「情報を掴んで幾度となく討伐隊を差し向けようとしましたがね、その度に寸前で逃げられちまってたんでさね。余りにも見事なその引き際に······」
「情報が漏れていた、と?内通者でも居たか?」
「······考えたくはないんですがね」
認めるのは吝かでないが、それでも忸怩たるものがあるのだろう。サジはやれやれといった風に首を横に振る。
「なもんで、今回は極力情報が漏れないよう、慎重に事を運んでたんでさぁ。どうにか南側のルートを確保出来たんで、彼奴等に悟られずに近付くことは出来たんですがね」
森の南側は切り立った崖になっていて、普通ならばそちら側から登って来ようとするものはいない。それ故に警戒もされていなかった訳だが、普段から修行と言う名の山岳訓練を積んでいる僧兵ならではの発想であった。
「本来なら、作戦の進行には余裕が有ったはずなんですがね、入口で派手な騒ぎを起こしてくれたおかげで儀式が早まっちまいましてね、思いがけず後手に回ることになっちまったって訳ですわ」
「うっ、そいつは······悪かったな」
勢いに任せて派手にやり過ぎたという自覚のある白夜(影)は、バツの悪い顔をする。サジも本気で責めている訳ではなかったが、僅かばかりの意趣返しに溜飲を下げていた。何より、自分等だけでは魔改獣の対処には荷が重かっただろうから、結果としては幸いだったと言えるかも知れなかった。
「で、これからどうするんですかい?」
サジの問い掛けに、言葉を挟んだのはセツナだった。
「そうですっ、ミリーちゃんが無事だということは聞きましたが、蛇神が復活したって一体どういうことですか!?どういう状況なんですかっ!?」
「落ち着け。もう戦端は開かれているが、今のところまだ問題はない」
蛇神がまだ本気ではないのもあるが、お互い手の内の探り合いでまともにはぶつかり合っていない。白夜自身も、本気で踏み込むのを躊躇っているようだった。
「蛇神も遊んでいるような感じだな。いや、遊ばれてると言った方が正しいか。まだ様子見の状態だが、どうにも旗色は悪いと言うべきか」
「そんな······!?お師匠様がですか!?」
セツナには、未だ底の見えない実力を持つ白夜が苦戦する状況などは想像もつかないし、況してや白夜以上の力の持ち主が居ることも信じられなかった。蛇神を実際には見ていないからこそだが、それでも白夜を絶対視するセツナにとっては認めたくない事だったのだ。
「腐っても神だからな。魔物なんかとは格が違う」
その言い様は、蛇神が聞いたら憤慨しそうだが、此方からしてみたら傍迷惑な存在であることは確かだった。大人しく封印されていて欲しかったというのが正直なところだ。
その蛇神の思惑が全く読めない。何を考えて何をしたいのか、どうにも計り知れなかった。唯闘いたいだけのようにも思える。案外、それが真実のような気がしないでもないが······。
「心配するな。何とかなるさ」
「お師匠様······」
不安げな顔のセツナの頭に手を乗せて、努めて明るい表情を見せる白夜(影)。
「取り敢えず、儀式の間に飛ぶ。加勢してやらないとな」
元々は一人なのだから、加勢という言葉には語弊があるかも知れないが。但し、余り時間は残されていない。【影分身】のタイムリミットは近かった。
「私も参ります!お役には立てないでしょうけど、ミリーちゃんの傍に居てあげたいんです」
「······分かった。サジさん、あんたはどうする?」
決意を漲らせるセツナに頷き返し、サジに目を向けて訊ねる。
「某は止めておきましょう。お嬢と同様、役には立たんでしょうからな」
サジは、折れた刀をこれ見よがしに掲げて肩を竦める。
「僧兵等と合流して、救出者の支援に回りますわ」
「そうか、そっちは任せた」
白夜(影)は、その旨をミヤビの方にも伝えておく。一人茅の外の置かれたミヤビは、面白くなさそうだったが、そこは華麗にスルーする。
「よし、行くぞ」
その掛け声でシルフが白夜(影)の肩に乗り、反対側にセツナが掴まった。
【テレポート】が発動し、一瞬にして三人(?)の姿が消え去る。後に残されたサジは誰も居なくなった虚空に向け、細い目を一層細めて独り言ちた。
「はてさて、どうなることやら······」
何処か他人事のように呟くその声を、聞く者は誰も居ない。
ジェイドの気を読むという能力は【気配察知】ではありません。【気配探知】と言う上位スキルで、【気配察知】よりも遥かに感知範囲が広く感度も高いのですが、意識して集中しなければ発動しない為、汎用性に於いては【気配察知】よりも劣ります。蛇神が復活した時点で気付かなかったのはその為です。また、距離と感度は反比例する為、気配の微弱なミリーの存在には気付けていません。蛇神の強大な気配に塗り潰されているといった面もありますので。




