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自分が猫耳勇者になった理由(わけ)  作者: 跡石左京
ナノワ皇国の章 邂逅編
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第4話 紅蓮のクレハ

「破軍七式・烈!」


 裂帛れっぱくの掛け声と共に放たれた衝撃波が、押し寄せる羅刹の集団をまとめて薙ぎ払う。5、6体の羅刹兵が吹き飛び、その余波を受けて名持ちの羅刹である岩鬼ガンキも一瞬たたらを踏む。


「影縛り!」


 その隙を見逃さず、一定時間行動を封じるスキルで足止めをする。


「オノレッ!」


 岩鬼は悔し気に歯噛みするも、簡単には抜け出せないようだ。


 ナノワ皇国が誇る八騎将が一人、紅蓮のクレハがどうにか自軍の戦列を立て直し、いざ反撃の狼煙を上げんと意気込んだその時。


「!!」


 クレハの頭上から巨大な影が迫り、脳天目掛けて人間の身の丈程もある金棒が振り下ろされる。

 避ける間もなく潰された、と思った瞬間クレハの姿は【朧身の術】によって造られた幻影を残して、既に後方数mの位置まで飛び退いていた。退くと同時に飛び込んで来た相手に向かって苦無を投げ放ち、替わりに腰から鉄扇を引き抜いて大きく広げる。

 その相手、羅刹族四天王の一角たる金剛鬼の一撃は空を切ったものの、勢いそのまま地面をクレーターのように抉り、放射状の亀裂を作って爆風を巻き起こす。投げつけられた苦無を左手の手甲で弾き飛ばし、右手一本で超重量の金棒を埋もれた地面から軽々と引き戻して、間髮入れずクレハへと追い迫る。

 爆風で飛ばされた礫の雨を鉄扇で防ぎながら迎え撃つクレハだが、鋼鉄の金棒と打ち合うような愚は冒さず、受け流しに徹していた。

 金剛鬼は巨体に似合わぬ身のこなしで怒濤のごとく攻め立てるが、鉄扇を巧みに操って身体の動きを隠し、惑わしながら闘うクレハの扇舞術に翻弄されていた。


「ウヌゥッ、コシャクナッ!」


 クレハの方も隙を突いては幾度となく切りつけてはいるものの、金剛鬼の名の由来でもある身体を硬化させるスキル【金剛】によってことごとく阻まれ、有効打を与えられずにいる。


「つっ、埒が明かぬな、これは」


 クレハの顔に焦りの色が見え始めた。

 このままいたずらに時間が過ぎれば、いずれ岩鬼の方も動き出す。そうなれば強敵2体を同時に相手取らなければならなくなり、まず勝ち目が無くなるだろう。兵士達は未だ数の多い羅刹兵と、もう1体の名持ちである撞鬼ドウキを抑えるのに手一杯で、此方こちらまで手が回らない。それに加えて別動隊の攻撃を受けている砦の方も気掛かりだった。信頼出来る守備隊長に任せているとは言え、何時まで持ち堪えていられるか······。


「やむを得んっ」


 クレハは多少の危険は承知の上で、起死回生の大技に打って出る覚悟を決める。その為には、それなりの隙を作り出す必要があった。

 金剛鬼の当たれば簡単に命が消し飛ぶ大振りの攻撃を、紙一重でかわして懐に入り込み、切りつけるのではなく崩しの技を使って重心をずらしよろけさせる。そこへ【影縛り】を使うが、レベルが上の相手には効果が薄くすぐ解けてしまう。


「ムダダアァァッ!」


 だがそれもフェイクで、本の少し振り戻しに遅れが出た隙に足元へ焙烙ほうろく玉を投げつけ、同時に【瞬動】を使って背後に回り込む。焙烙玉は威力が低くダメージは期待出来ないが、炎と土煙で相手の目を眩まし、足止めには役に立つ。


「グゥッッ」


 金剛鬼は炎から顔を庇いながら、土煙の中滅茶苦茶に金棒を振り回してした。どうやらクレハの姿を見失っているようだ。

 クレハは此処ぞとばかりに気を高め始める。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 九字印を切りチャクラを練る。クレハの中の熱い高まりが闘気となって溢れ出した。やがてそれは刀へと集束され、次第にその輝きを増していく。

 愛刀神威の輝きが最高潮に達すると、クレハは限界まで引き絞られた弓から放たれるかのように金剛鬼に向かって突撃する。


「はあっっ!」


 気合いと共に技を繰り出そうとしたその刹那。

 矢庭に振り返った金剛鬼が獰猛な笑みを浮かべた。

 ゾクリ、と嫌な予感が駆け巡る。

 クレハの中で最大級の警鐘が鳴らされているが、今更止められない。ままよ、と迷いを振り払って技を繰り出す。


「破軍零式・阿修羅炎舞!」


 七つの実体ある分身を造り出し、計八体で四方八方から襲い掛かるという、ゲームでも絶大な威力を誇った忍者の秘奥義だ。所謂いわゆる格闘ゲームでもお馴染みの乱舞系の技で、実装当初は初弾にクリティカルが発生すれば全弾クリティカルになった為、盗賊スカウトの【不意撃】や修道士モンクの【チャクラ】(これは忍者も使える)と併せることで凶悪なダメージを叩き出してした。

 もっとも、すぐに修正されてしまったのだが。

 

 八人のクレハが今正に金剛鬼に襲い掛からんとした瞬間。


「カアァァァッッッ───ッ!」


 金剛鬼の咆哮が衝撃を伴ってビリビリと大気を震わせた。

 全てのクレハが一斉に動きを止め、纏っていた【朧身の術】すら消し飛ばして本体以外を消滅させる。残った本体も一瞬の金縛りに遭い、動けずにいた。


「しまった!」


 完全に無防備となったクレハに、金剛鬼の容赦無い一撃が振り下ろされる。


「ぐわぁっっ!」


 吹き飛ばされるクレハ。勢い余って十数m転がった後止まるも、すぐには起き上がれないようだ。

 当たる寸前どうにか身体を捻った為に直撃は免れたものの、咄嗟に盾にした鉄扇ごと左腕を潰され、戦闘を続けることは最早出来そうにない。血に染まった左腕を抱えながら気丈に立ち上がろうとするが、思うように身体が動かず膝を突く。眼光だけは未だ鋭く金剛鬼を睨み付けるも、それが虚勢であることは明らかだった。


「フハハハハッ!オワリダナッ、グレンノッ」


 勝ち誇って高笑いを上げる金剛鬼。悔し気に歯噛みするクレハを見て一層愉悦の笑みを浮かべながら、とどめを刺すべくわざとゆっくり歩み寄って行く。


「クレハ様っ!」


 そこへ紫紺の忍装束を身に纏った女性が割って入り、金剛鬼に飛び掛かる。


「よせっ、サギリ!」


 クレハの副官サギリは撞鬼ドウキを抑える一隊の指揮をしていたのだが、クレハの危機を見かねて駆けつけて来た。素早さに特化した戦闘スタイルで、隠密としては極めて優秀だが戦闘力はそれほど高くない。自分では足止めにしかならないということを良く理解わかっていた。


「お逃げ下さいっ、クレハ様!」


 機動力を活かし、突いては離れを繰り返して己に敵対心ヘイトを向けさせる。クレハを逃がす時間さえ稼げればそれで良かったのだ。


「ウットウシイワッ!」


 金剛鬼はたかる蝿を追い払うように金棒を振り回す。直接当たりはしないものの、身の毛もよだつ振りが生み出す真空波がサギリの身体を掠める。


「くっっ」


 離れ際で宙にいたサギリは体勢を崩し、着地に失敗して手を突いた。そこへ別の方向からの驚異が迫り来るのを感じて反射的に横に跳ぶ。直後に着弾した岩石が地面ごと爆砕し、避け切れず余波に巻き込まれるサギリ。


「あうぅっっ」

「サギリッ!」


 ここに来て時間稼ぎをしていたのが仇となった。【影縛り】の解けた岩鬼ガンキが動き出したのだ。岩鬼はその名が示すように、スキルによって地面から岩石を作り出して投げつけるのを得意とする。

 倒れ伏したサギリは、尚も起き上がって立ち向かおうとしていた。


「もう良いっ、逃げるのだっサギリ!」


 クレハにとってサギリは、副官としてだけではなく妹のように可愛がってもいた。そしてサギリもまたクレハを姉と慕っていたのだ。互いに見捨てることなど出来るはずもなかった。

 このままでは二人とも死ぬ。いや二人だけではない。兵士達全ての命運も掛かっているのだ。しかしどうにかしようにも身体が言うことを聞かない。クレハは己の無力さを恨んだ。

 サギリは立ち上がるも機動力は既に失われていて、その場で迎え撃つ構えを見せた。

 金剛鬼が迫り、岩鬼も次弾を投げつける。

 サギリは一瞬クレハの方に顔を向け、微かに弱々しい笑みを見せ何かを呟いた。


「!」


 覚悟を決めた表情のサギリに金剛鬼の金棒が、そして死を運ぶ岩石が襲い掛かる。


「サギリィィィッッ!」


 クレハの悲痛な叫び。思い浮かべる最悪の光景。


『生きて下さい』


 それが最後の言葉になる────はずだった。





「あ······え?」


 最悪の光景はついにやって来ることはなかった。

 乱入して来た何者かがサギリの前に庇うようにして立ち、剣で金棒を、盾で岩石を受け止めていたのだ。


「ナニッ!?」


 突然の乱入に驚いた金剛鬼だが、それよりも信じられないのが自分の剛力にびくともしていないことだった。小柄で矮小な人間にしか見えないにも拘わらず、だ。更に押し込もうとしている金棒が全く動かない。


「キサマ、ナニモノダッ」

「女を苛める奴に名乗る名はないな」


 乱入者、白夜ビャクヤはそう言い放つと、無造作に金剛鬼を蹴り付ける。白夜の身長は170cm弱と、女性としてはそれ程低いという訳ではないが、3m以上ある金剛鬼と比べればその差は歴然だ。それほどの体格差にも拘わらず、金剛鬼はまるでピンポン玉のように派手に吹き飛ばされた。


「ゴワァッッ───ッッ!?」


 先程のクレハを鏡写しにしたかのごとく、十数m吹き飛んで倒れ伏す金剛鬼。当の白夜はそれには目もくれず、そのままサギリを抱えると、更に投げつけられた岩鬼の石塊をかわしつつ、クレハの傍らへと大きく跳躍する。


「お主は一体······?」


 クレハは驚きと戸惑いが入り交じった顔で、間近に立つ白夜を見ていた。解放されたサギリも、未だ混乱したまま言葉が出ない。二人は互いの無事を確認し合うものの、突然の成り行きにどう反応していいか分からない様子だ。

 白夜は何も答えず、おもむろに魔法を唱えた。


「グランヒール」


 クレハとサギリの傷がたちまち全回復する。潰されたクレハの左腕も、すっかり元通りになっていた。


「「!?」」


 クレハ達の表情が更に驚愕に染まる。

 白銀の鎧とそれに見合う見事な剣と盾。その出で立ちから騎士であろうことは想像出来るが、高位の回復魔法を使えるとなると話が違ってくる。


 聖騎士パラディン

 選ばれし者だけがなれると言われている至高のクラスだ。

 白夜には知るよしもないことだが、この世界のクラスというものは気軽に変えられるものではなかった。極一部の才能ある者が稀に上級クラス転職クラスチェンジ出来る他は、最初に就いたクラスで一生を終える者がほとんどなのだ。当然、サブクラスやアンダークラス等というものも存在しない。

 あの金剛鬼を軽くあしらったことからも分かるが、その佇まいといい只者でない空気が犇々ひしひしと伝わって来る。本人にその自覚はないのだが。

 クレハは忍頭として隠密御庭番を束ねる立場にあり、国内は元より近隣諸国の情報にも誰よりも精通している。にも拘わらず、このような人物の存在は噂ですら耳に入って来ていなかった。隣りのサギリに目で訴え掛けるが、サギリも黙って首を横に振る。

 フルフェイスのアーメットの為、顔は見えない。声や雰囲気から女性だということは分かる。だがそれだけだ。得体が知れないはずなのに不思議と安心感を覚える。助けられた所為せいもあるが、それだけではなかった。

 武人もののふとしての勘か、それとも女の勘か。

 クレハはじっと白夜を見つめ考えを巡らせていたが、唐突に我に返る。


「!」


 まだ戦闘は続いており、物思いに耽っている場合ではなかった。岩鬼がしつこく此方を狙って岩石を投げつけてきていたのだ。

 クレハとサギリは動こうとするも、白夜に手で制される。


「プロテクション・ウォール」


 瞬時に三人の周囲には見えない障壁が展開し、迫り来る岩石は此方に届く手前であっさりと阻まれ弾け飛んだ。


「いい加減、鬱陶しいな」


 唖然とする二人を尻目に、白夜は悔し気に地団駄を踏んでいる岩鬼を見据えて呟く。

 白夜は二人に向き直り。


「そこを動くなよ。この中に居れば安全だからな」


 言うや否や、二人の目の前から姿を消す。


「「え!?」」


(今のはまさか【瞬動】!?)


 二人の驚きは今までの比ではなかった。

【瞬動】は忍者だけの専売特許という訳ではなかったが、それでも騎士ナイト聖騎士パラディンが使えるという話は聞いたことがない。サブクラスの概念が無い以上、複数のクラスのスキルが使えること等想像の埒外なのだ。


「まさか······勇者······?」


 サギリの呟いた言葉に衝撃を受けるクレハ。

 勇者とはあらゆるスキルと魔法を使いこなすと言われている伝説の存在。人類の驚異に対して現れ、それは魔王だったり邪神だったりと様々なのだが、最後に現れたのはおよそ500年前。それも別の大陸でのことだったという伝承が残っている。大昔のこと故に誇張はあるかも知れないが、勇者が存在したのは確かな事実。

 もし本当に勇者が現れたのだとしたら、それは魔王の復活なり何なりの危機が迫っているかも知れない、ということなのだ。

 確かにここ最近、羅刹族の襲撃が活発化し、北の邪竜も不穏な動きを見せているということで警戒を強めていた。魚迅族による西の海での被害が増えているという話も来ている。魔物の活性化は各地で問題になっているのだ。


「早急に手を打たねばならんかも知れぬな······」


 クレハが独りちると、サギリも大きく頷いていた。

 使命感も新たに決意を固める二人だったが。


(先刻まで死を覚悟していたというのにな)


 互いに自嘲気味の苦笑を浮かべ。

 この後、呆然と白夜の無双を見守ることになるのだった。




ようやく主人公の名前が出て来ましたw

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