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自分が猫耳勇者になった理由(わけ)  作者: 跡石左京
ナノワ皇国の章 蛇神教団編
38/57

第38話 蛇神ザハラク

 痛恨の極みだった。

 このパターンは、間違いなく不味いことが起こる。それは予感と言うより確信に近かった。


「ちぃっ!しくった!」


 手遅れと知りつつも、それでも何とか手を打とうと【瞬動】でカミラに向かって飛ぶ。明らかに心臓を貫いていて、最早助からないだろう致命傷であることは一目で分かる。問題はその剣だ。天羽々斬アメノハバキリに封印された蛇神の解放条件が何なのかは知るよしもないが、カミラに突き立ったことでその鳴動が急激に増している。どう考えても、このまま刺さった状態にしておくのはヤバい。それだけは確かだった。抜いて出血がどうとかはこの際考えないことにして、一刻も早く抜くことだけを考えていた。

 しかし、カミラに近接してその胸に突き立った剣の柄に手を伸ばし掛けた瞬間。


「───っ!」


 カミラの居る場所を中心として魔力の奔流がほとばしり、凄まじい暴風が吹き荒れて押し戻される。既に意識が無いように見えるカミラから暴力的なまでの圧力プレッシャーが溢れ出し、近付くことさえ出来ない。


(まさか、もう······!?)


 降りているのか、そう思った時、瞬時に膨れ上がる殺気に気付いて、反射的に跳び退すさる。直後、カミラの足下から細長い影のようなものが多数伸び、それが高速で四方八方に広がって宙に舞う。

 ような、ではなく実際にそれは影そのものだった。実体化し、鋭く先端の尖った帯状の影だ。無数にそして無差別に放たれたそれらの内、此方に向かって来るものを斬り払いながら更に後方に下がり、ミリー達を護れるような位置取りをする。風のフィールドが有るとは言え、どこまで防げるか分からないのだ。念の為だ。

 

「こいつ、影使いなのか?」


 射線上のものだけを打ち落としながら、ふと八騎将の中に影使いと呼ばれる者が居たことを思い出す。絵草紙屋でその存在を知った後、気になって少し八騎将のことを調べてみたのだが、確か「影狼かげろうのスイシン」とか言ったか。影使いのことは良く知らないが、【影技シャドウスキル】というミヤビの【影忍シャドウハイド】の上位互換のようなスキルを使うらしい。但し、その「影狼のスイシン」とやらは男らしいので、今回は関係ないだろう。気になるのは、何故今まで使って来なかったのかということだ。通用するかは別として、牽制なりに使っていれば別の闘い方もあっただろうに。それとも、これは蛇神の方の能力なのだろうか?


(いや、まてよ)


 あの時の移動術、【瞬動】でないとすれば【影忍】のような影渡りのスキルだったとしたら説明がつくのではないか?上位互換ならば使えないとは言い切れないはずだ。だがそうすると今度は、それ以外の攻撃に使わなかったことの説明がつかなくなるが······。

 そんな今更どうでも良い思考を中断したのは、此方以外の他方に向かった影に因る惨劇を目の当たりにしたからであった。


「······!」


 まだ息のある信者達に影のシャワーが襲い掛かり、容赦なく貫いていく。それも生け贄の代わりのつもりか、見ると女性ばかりを狙っているようだ。(どうやって判別しているのかは謎だが)限界まで魔力を吸われ、皆碌に動けない為にされるがままだった。儀式の間に悲鳴や断末魔の声が響き渡り、正に阿鼻叫喚の光景が辺りを埋め尽くす。信者達には別に同情も憐れみも感じないが、それでも見ていて気持ちの良いものではない。ミリー達も刺激が強すぎたのか、手で口を押さえて顔を逸らしていた。見るに耐えないのだろう。

 影は信者達を貫いたまま元の場所へと引き戻り、魔方陣の上に立つカミラの足下に、それら・・・が無造作に積み重ねられて行く。いで天羽々斬から溢れ出る魔力の奔流と、魔方陣から湧き出す光の奔流がカミラと信者達の山を包み込み、影を消し去って大きくうねりを打つ。その魔力と光のカーテンの中で、次第に信者だった・・・者達が変異し、一つの肉の塊となっていく様が見てとれる。


「っ───!」


 正直、とんでもなくキモかった。ミリー達は顔を背けていたので見ていないようだが、はっきり言ってトラウマものである。見てなくて幸いだった。あれは夢に見そうだわ······。


(くそっ、このまま手をこまねいているのか?)


 そう思うものの、今は圧力プレッシャーと共に、渦巻く魔力の奔流が何者をも寄せ付けない壁となって立ちはだかっている為、100%の出力をもってしても近付くことが出来ない。これ程凄まじい気配は、この世界に来て初めて感じるものだ。最早、蛇神が復活しようとしているのは疑いようもなかった。

 甘く見ていた。ミリー達を救い出せばそれで済むと思っていた。イコール蛇神の復活を止められるものだと。自分は考え違いをしていたのかも知れない。あの剣を見た時に気付くべきだった。生け贄が言葉通りの意味じゃなかったことに。いや、生け贄なのも確かだろう。三人・・居たのだから。だが、本当の役目は蛇神の依り代だったのだ。後は生け贄と予備・・といったところか。実際はどうだか分からないが、それ程間違ってはいないと思う。土壇場で、カミラが自らを依り代にしようとしたのがその証拠だ。尤もあの様子では、一人や二人の生け贄では到底足りなかっただろうと思うが。それとも、最初から信者も犠牲にするつもりだったのか。何れにせよ、ここまで来たら成り行きを見守るしかない。いざとなったら───。


(蛇神を倒す!)


 それしかない。果たして、倒せるかは分からないが。今感じている気配からは、手に負えそうにない予感が犇々ひしひしと伝わって来ている。幾らレベル1000とは言え、相手は曲がりなりにも神だ。人間とはそもそもの基準が違うとも考えられる。ぶっちゃけ逃げたいところだが、そうもいかないだろう。


「·········」


 ちらっと後ろを振り返る。

 三人の上空で風のフィールドを張っているシルフィードは、相変わらず無表情で黙って見守っている。ミリーは背けていた顔を此方に向け不安げな表情をしていたが、目が合ったことに気付くと、無理に笑顔を作って健気にも此方を心配させまいとしていた。その心根に打たれ、覚悟を決める。と言っても、最初から護ると決めて此処に来たのだから、今更だった。出来るだけ安心させるように頷いて視線を前に戻すと。

 愈々いよいよ渦巻く暴風はその勢いを増し、光の壁が全てを覆い隠して魔方陣から屹立する巨大な光の柱となって天を衝く。


「うっ······」


 風の勢いと眩しさに、手を翳すようにして遮る。 

 一瞬目を逸らした次の瞬間、魔力の奔流と共に膨れ上がった気配が一気に弾け跳ぶ。


 カッッ!


 そして吹き荒れていた暴風が嘘のように収まり、一転して辺りが静寂に包まれる。と同時に、光の柱も徐々に集束して行く。

 光が薄れ、既に痕跡すら無くなっていた魔方陣が有った場所に姿を現したのは───。


「あれが蛇神ザハラク······か?」


 上半身はほぼカミラの面影を残していた。だが、特徴的なのはその下半身だ。元は信者達の肉の塊だと思われる巨大な蛇の胴体。それが、幾重にもとぐろを巻いていたのだ。


(ナーガとかエキドナってやつか)


 見た目はインド神話の蛇神ナーガか、ギリシャ神話のエキドナに特徴が良く似ている。特にエキドナは、ケルベロスやヒュドラ、キマイラ等を生んだ魔物の母と呼ばれていたはずだ。まあ偶然だろうが、ピネドーアがそれらを造っていたのは、奇しくもという感じがするな。どうでも良いことだが。

 そのザハラクは、まだ目を閉じて静かに佇んでいる。見ると、胸には天羽々斬が刺さったままだったが、間もなく砂のようにさらさらと崩れ落ち、跡形も無く消え去った。鱗で覆われた胸には、傷一つ残っていない。

 これで再び封印するということは出来なくなってしまった。どのみち、その方法も分からないので余り意味はないが。最早、倒すしかないのか?話し合いが通じる······ような相手じゃないだろうな······、多分。

 

 とうとう復活してしまった。蛇神が、神と呼ばれる存在が。これは自分のミスだ。もっと早くあの剣に気付いて奪い取っていれば、こんな事態にはならなかったはずだ。だが、今更言っても詮ないことだ。後悔は全てが終わってからすれば良い。その機会があれば、だが。

 教団の目的は蛇神を復活させること、それは確かなんだろうが、その後は?復活させて何をさせたかったんだ?蛇神自身の存在意義アイデンティティは?破壊か、再生か。蛇神が邪神であるとは限らない。ナーガなら生命と豊穣を司る神だったはずだ。名前からしてザッハークの方も考えられるが、此方はペルシャ叙事詩の典型的な厄災の王だ。ちょっと考えたくはないな······。

【高速思考】であれこれ考えているが、僅か数秒程のあいだだ。そのかん、まだ蛇神に動きは無い。暴力的な気配は既に鳴りを潜めているものの、近寄り難い圧力プレッシャーはそのままに、不気味な静けさを保っている。これでは迂闊に手を出すことも出来ない。今は相手の出方を待つしかなかった。


「·········」


 背中に冷たい汗が流れ、ジリジリと焦燥感が増していく。乾いた喉が張り付き、ゴクリと唾を飲む込む。

 軈て、時間にすれば然程さほど経ってはいないのだろうが、感覚的には随分と長いの後、蛇神ザハラクの目がゆっくりと開かれた。


「······久しいのう、500年ぶりの現世か···」


 カミラの声でありながら、明らかに違う肺腑に響く声音で、第一声が紡ぎ出される。ゆっくりと視界を見渡して、此方に視線が向けられた。


わらわを呼び覚ましたのはそなたらか?」

「お前が蛇神ザハラクか······?」


 つい質問に質問で返してしまったが、自分を見据えたザハラクがその縦に割れた爬虫類のを見開き、一瞬驚きの表情を見せる。


「そなたは······」

「?」


 その反応に戸惑っていると、唐突にザハラクは忍び笑いを漏らした。


「くっくっくっ、宿縁よのう」


 そして、衝撃の言葉が投げ掛けられる。


「このようなところで、仇敵・・のそなたとまみえようとはな」

本来、インド神話のナーガは純粋な蛇か、もしくは七つ首のコブラとして描かれることが多いそうですが、此処では良くあるゲーム等での姿を元にしています。但、生命と豊穣の神ということについても、インド神話一つ取っても諸説は様々ですので、飽くまでも一つの捉え方として思い描いている(主人公が)だけだと思って下さい。

因みにですが、主人公がカミラの名前を知っているのはシルフィードの目でずっと見ていたからです。ちゃんと音声付きですのでw

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