第33話 救援
突如として現れたのは、曾ての傭兵仲間で尚且つ相棒だったこともあるジェイドだった。
思いも寄らぬ人物の登場に、カイルは事態を直ぐには飲み込めず、唖然としていた。
「何でお前が此処に······!?」
思わず口をついて出たその言葉には、二重の意味が含まれている。仮にこれが救援だとしても、どうやってこれほど早く来れたのかということと、もう一つは何故傭兵のジェイドが此処に居るのかということだ。
こう言った盗賊の討伐や、それに付随する救助等の依頼は、一般的には冒険者ギルドに回されるのが普通だ。例外として、大規模な犯罪組織の摘発に傭兵ギルドが借り出されることもあるにはあるが、それは国家規模の特殊な場合でのことで、そんなことは滅多にあるものではない。実際カイルが現役時代にこの手の依頼を受けた事は一度も無かった。
カイルは説明しろとばかりにジェイドへと強い視線を向けるが、ジェイドはそれには答えず、盗賊達を目で制したままフン、と鼻を鳴らす。
「だらしがねぇな」
「何だと?」
ジェイドの小馬鹿にしたかのような台詞に、眦を吊り上げるカイル。
「こんな連中に手子摺るたぁ、門番なんぞやって鈍ってんじゃねぇのか?」
「ぬかしやがったな」
悔しいが、カイルには言い返せない部分もあった。
門衛は街を守るという立場上、カイルもそれなりに訓練は欠かしていない。とは言え、小さなトラブルは兎も角、比較的平穏な日々が続いていて、長らく実戦からは遠ざかっていた為、真剣に於いての勝負勘と言ったものが鈍っていた感は否めなかった。焦っていたこともあるが、カイルの実力からすれば、本来ならもっと上手く立ち回れたはずである。
「まあいい。お互い、言いたいことはあるだろうが、まずはこいつらを片付けるのが先だ」
その提案には、カイルも否はなかった。ジェイドの言い様には不満が残るが、今はそれを飲み込んで無言で頷き、曾てのようにジェイドに背を預けて双剣を構え直す。ミリーを助けるという大事な目的があるのだ。時間を無駄にしている余裕は無い。
徐にジェイドが手を挙げると、それを合図に二人を包囲している盗賊達の更に外側から、ジェイドの仲間達が雪崩れ込んで来る。
黒旋風のジェイド率いる傭兵クラン、「暁の旅団」。カイル達が元居た傭兵団を抜け、ジェイドが自ら立ち上げた傭兵団だ。ジェイド自身の傭兵ランクはAだが、団員がまだ然程多くないこともあってかクランの傭兵ランクはBだった。それでも団員は腕利き揃いの少数精鋭であり、新進気鋭のクランとして一目を置かれていた。ジェイドを慕って元の傭兵団からついて来た者も多いので、カイルとも顔見知りの者も少なくない。そうした者達がカイルと目で挨拶を交わしつつ、盗賊達に襲い掛かって行く。
「こっちも行くぜ!」
「おう!」
ジェイドの掛け声でカイルも気を引き締め直し、再び大剣の男と決着を着けるべく突っ込む。
此方の様子を窺っていた盗賊達も我に返ったように動き出し、カイルを迎え討とうとしていた。
「唸れ!烈風!」
そこへジェイドの援護射撃が飛ぶ。
大剣の男へと向かうカイルを横から斬り付けようとした盗賊に、風の刃が襲い掛かる。盗賊は辛うじて直撃は避けたものの、身体を掠めた風の刃に二の足を踏み、カイルへの攻撃の機会を逸していた。
黒旋風の二つ名の由来は、全身黒ずくめの鎧と、その手に持つ「旋風の斧」に由るものだ。ジェイドのクラスは狂戦士、斧術士から二次職の重戦士を経てなる上級職である。狂戦士と言うと、理性を失い本能のまま暴れ回るといった負のイメージが強いが、暗殺者と同様にゲームでは相応のスキルと特性を持った職業の一つに過ぎない。意識的にリミッターを外し、ある程度の反動と引き換えに各種能力を引き上げることの出来る生粋のパワーファイターと言える。当然ながら魔法の類いは一切使えないのだが、ジェイドの持つ旋風の斧は、魔法の使えない者でもキーワードを唱えることで擬似的に魔法を発動させることが出来るマジックアイテムなのだ。しかも一つではなく、「烈風」で風の刃を飛ばし、「疾風」で自身の速度を上げ、「旋風」で風の魔法力を纏うといった風に、キーワードに依って使い分けることが出来る優れものだ。先程飛び込んで来た時も、この疾風を使うことで【縮地】並みの突進力を得ていたのだ。
「疾れ!疾風!」
速度を上げ、カイルに斬り掛かろうとしていた盗賊に踏み込んで行くジェイド。風の刃で体勢を崩していた盗賊は、為す術なく大斧に叩き伏せられる。ジェイドはそのまま勢いを止めず、更に後ろから現れた盗賊達に向かい、文字通り黒き旋風と化して彼らを巻き込んで行く。
「ブレイド・ダンス!」
改めて、大剣の男と斬り結んでいたカイルだったが。
一対一ならば、自力で勝るカイルが負ける道理がなかった。防戦一方の大剣の男を仕留めるべく、カイルは双剣の武器スキル【ブレイド・ダンス】で一気に攻め立てる。一撃一撃に重さは無いものの、速度と手数で圧倒する双剣士の象徴とも言えるWSだ。その名のごとく双剣を縦横無尽に操り、流れる舞踏のような動きで相手を切り刻んで行く。程なくして大剣の男を血の海に沈めたカイルは、次の獲物を求めてその身を翻す。
見ると、ジェイドの方も旋風を纏った大斧で、盗賊達を血祭りに上げている。斧自体を防げても、纏った風の刃が武器をすり抜けて襲い来る為、盗賊達は面白いように薙ぎ倒されて行く。
(出る幕が無いじゃねぇか)
カイルは、半ば呆れが隠った目でそれを見ていた。
今のジェイドの強さを目の当たりにすると、奴一人でも十分殲滅出来たんじゃないかという気がして来る。確かに、自分は平和ボケしていたのかも知れない。常に実戦に身を置いているジェイドとでは差が付いても致し方ないことだろうが、それでも悔しいという気持ちはあった。相棒としてだけでなく、好敵手として競いあった仲でもあるのだから。だからと言って、あの頃に戻りたいとは思っていない。今の、愛する家族と共にある生活にはこの上ない幸せを感じている。十分以上に満足しているのだ。だからこそ、その幸せを奪おうとするものは絶対に許せない。何としてでも、ミリーを救い出し連れ戻す。カイルにとっては、夫として、そして父親として、家族を護ることこそが今の生き甲斐なのだ。
「はぁ──っ!」
ジェイドの死角から襲い掛かる盗賊の一人に、カイルは【縮地】で飛び込んで斬り伏せる。
「ツメが甘いな。これで借りは一つ返したぞ」
「馬鹿言え、余計な真似しやがって。この程度で帳尻が合う訳ねぇだろうが」
強がりでも何でもなく、狂戦士には死角からだろうとカウンターを合わせられるスキルがある。カイルも、それを知った上で軽口を叩いていたのだ。
「さて、どうやら片付いたか」
ジェイドが最後の一人を叩き斬ったところで、旋風の斧を肩に担いで辺りを見回す。生死は兎も角、動いている盗賊はもう居ないようだ。まだ警戒は緩めていないが、抜き身の刃のような張り詰めた気配を解きつつ、ジェイドはカイルに振り返る。
「そのようだな。逃げた奴はいるかも知れんが」
「一人や二人逃げたところでどうってこたぁねぇが、首領が居なかったのが気になるな」
確かに盗賊達には纏まりがなく、頭と呼べる存在が見当たらなかった。元々鮮血の蛇に関する情報は極めて少なく、その首領の存在も謎に包まれていた。この期に及んでもその姿を現さないのは、不審を通り越して不気味とさえ言えた。
「もしかして、もう奴に倒されたのか······?」
「奴?」
ジェイドの呟きを聞き咎めて聞き返すカイル。ジェイドが、それに答えようとすると。
「兄貴!こっちも終わったっす」
リクが掃討を終えた他の仲間達の先頭を切って駆け寄って来た。
「そうだ!説明しろっ。どうして、傭兵のお前達が此処に居る?どうやって、こんなに早く来れたんだっ?」
カイルが思い出したようにジェイドに詰め寄る。
「落ち着け。順を追って説明してやる。頼まれたんだよ」
「頼まれた?───もしかして、ローラにか?」
「まあ、大元はそうだろうがな、こいつは冒険者ギルドからの正式な依頼だ」
それを聞いて、カイルは益々理解らないといった顔をした。
傭兵ギルドと冒険者ギルドには、お互いの領分を侵さないという不文律がある。護衛のような警護の依頼に於いては少なからず被る部分はあるが、その辺りは依頼の規模と相場で折り合いを付けて、住み分けが出来るようになっていた。しかし、今回のような盗賊の討伐と拐われた者の救助という依頼は、本来なら冒険者ギルドの領分を侵すものだ。緊急事態とは言え、冒険者ギルドがそれを認めたことがカイルには不思議だった。
「冒険者ギルドの副ギルド長が直接乗り込んで来てな、頭を下げて依頼してきたんだよ」
「副ギルド長?」
冒険者ギルドのギルド長はカイルも知っているが、副ギルド長のことは良く知らなかった。居るという話は聞いていたが、殆ど表に出て来ないため、その存在自体余り知られていなかった。確かギルド長は今、領主街のサダルに出張中で不在だったはずだ。出立には門番としてカイルも立ち会ったから間違いない。つまり、その副ギルド長が今はギルド長代理ということになる。
「まあ、俺も今回のことで初めて知ったんだがな。それは兎も角、人手が足りないってんで頼み込んで来た訳だが、うちらも丁度商隊の護衛から戻って来たところでな。本当なら暫く休みを取るところなんだが、奴が先行してるって話を聞いて気が変わった」
「さっきから、その奴ってのは誰のことだ?」
「お前も噂くらいは聞いてんだろ?───勇者だよ」
「!」
ジェイドの悪戯坊主のような人の悪い笑みとは対照的に、意外さを隠せないカイルは心底驚いていた。
「ちょっと待て、何でその勇者がミリーの救出に動いてるんだ?」
「さあな、偶々居合わせたとかじゃねぇのか?」
ジェイドは白夜とカイル達一家との繋がりを知らない。カイルは白夜が勇者とは知らない。その辺りが、二人の間に認識の齟齬を生じさせていた。
だが、先行しているのが勇者だと聞いて、カイルには納得出来る部分もあった。例の錦絵のこともあり、勇者が飛竜を扱うという話は知れ渡っている。飛竜を使えば、自分よりも先行していることにも説明がつく。それよりも不思議なのは、ジェイド達がこれ程早く追い着いて来たことだ。
「お前等は何でこんなに早く来れたんだ?どう馬を飛ばしたって、追い着ける訳が······」
「船だよ」
カイルの言葉を遮って、ジェイドが答える。
「船だと?湖を渡るのに、漁師が出すとは思えないが······」
「漁師の船じゃねぇよ。ユバの街を作る時に、傭兵ギルドと冒険者ギルドが共闘して湖の魔物を退治したって話は知ってるか?」
「ああ、そんな話もあったな」
今は住み分けをしているとは言え、本来傭兵ギルドと冒険者ギルドの間には溝があった。仲が悪いとまでは言わないが、戦闘を生業とした似たような組織なのだ。少なからず対抗心が存在するのは、ある意味避けられないことだろう。その二つの組織が、街を興す際の魔物掃討に於いて例外的に手を結んでいたという事実は、意外さという面でそれなりに有名な話であった。
「そん時に使われた高速戦闘挺の一つが、まだ残ってたんだよ」
「はぁ?残ってたって、何百年も前の話だろう?そんなものが使い物になるのか?」
船に限らず、乗り物や道具などというものは、使わなくても放っておけば勝手に朽ちていくものだ。使って手入れをして、初めて道具は道具足り得ると言える。普通なら、何百年も前のものがまともに使えるとは思えない。そういう意味では、カイルの反応は至極当たり前のものだった。
「何でも、保存の魔法を掛けて厳重に保管されてたらしい。何が目的なのか知らねぇがな」
「ほう」
有事の際に使う為、とでも言うのか。保存の魔法は可成り高度な魔法で、しかもそれ程長くは保たず定期的に掛け直さなければならなかったはずだ。保管場所も維持費も馬鹿にならないと思うのだが、そこまでする理由があったのだろうか。
カイルは首を捻らざるを得ないが、今回はそのおかげで助かったのだ。文句を言える筋合いじゃないし、詮索する必要も無かった。
「まあ、経緯は分かった。正直、助かったよ」
カイルは素直に頭を下げた。ミリーの命が掛かっている状況で、意地だの面子だのに拘っている場合ではないのだ。カイルにとって、これ以上無い頼もしい援軍だった。
「フン、素直なのは良いことだ。少々気味が悪いがな」
「んだと、こら」
こういったやり取りも久々で、二人の間柄を知る他の面々も懐かしく思い、暖かい視線を送っていたが。
「兄貴」
「ああ、分かってる。旧交を暖めるのは後回しだ。とっとと先に進むぜ」
リクに促され、ジェイドはカイルの肩に手を置いて言う。
「すまん、恩に着る。この礼は必ずする」
「そいつは、ミリーを無事助け出してから言ってくれ」
ジェイドにとっても、ミリーは幼い頃から知っている娘みたいなものだ。ここ最近は各地を転々としていて会っていなかったが、ミリーを助けたい気持ちはジェイドも一緒だった。
(だがまぁ、奴が行ってるなら心配はいらねぇかも知れんな)
鮮血の蛇だろうが蛇神教団だろうが、束になって掛かってもあれをどうにか出来るとは、到底ジェイドには思えなかった。ひと目見ただけでも人間の範疇を越えていることは直ぐに分かった。そして理解したのだ。あれに対抗出来るのは、同じく人間の範疇を越えるものだけだと。
ジェイドは、不意にある種の予感を覚えた。
「リク!エマ!お前らは先行して索敵と罠の対処を!他の者は、二人の確保したルートで進行を開始する!警戒は怠るなっ!」
「「了解!」」
ジェイドの号令で、皆一斉に動き出す。
「行くぜ?」
「お、おう」
唐突に仕切り始めたジェイドに一瞬戸惑いを見せたカイルだったが、傭兵とはこういうものだということを思い出して気を取り直し、ジェイドの後に続く。
何かが起こる。それは漠然とした予感だったが、ジェイドは確信めいたものを感じていた。
(急がねぇと、クライマックスを見損ねちまう)
ミリーの無事を祈りながらも、些か不謹慎なことを考えているジェイドだった。
職業の一覧表は、そのうち出すかも知れません。
要望があるかは分かりませんが。




