第31話 それぞれの想い
時系列としては、白夜達が突入する少し前の話です。
短めです。
冷たい石壁に囲まれ、淀んだ空気が漂う地下牢の中。じめじめとした湿気と黴の臭いに加え、血や排泄物が入り交じった何とも形容し難いすえた悪臭が辺りに充満していた。牢に入れられた者達がどういう扱いを受けて来たか、容易に想像が出来る。
その幾つかある牢の一つに、ミリーの姿があった。
ミリーが此処へ連れて来られてから、凡そ2時間程が経っていた。同じ牢の中には他にも二人、ミリーとは同年代の少女がいたのだが、既に何日か此処で過ごしていた二人は、己の運命を受け入れたかのように諦め切った表情で、黙ったまま暗く沈んだ顔を俯かせている。ミリーも最初は何度も話し掛けたり、どうにか元気付けようとしてみたりしたものの、暖簾に腕押しでまるで反応が無く、結局会話が成立することは一度も無かった。何時しかミリーも、二人とは離れた場所で膝を抱えて座り込んでいた。
此処に連れて来られた者達は、皆一様に同じことを考える。盗賊に拐われたということは、待っている未来は奴隷しかない。普通に考えればそうだろう。ミリーも例に漏れず、そう思っていた。まだ隷属紋は刻まれていないが、何れは此処から何処かへ売られていくのだと。
(お父さん、お母さん······)
ミリーは後悔していた。父親の言い付けを守らなかったばかりに、無理を言ってついて行ったばかりにこういう事態になってしまった。何より、母のローラは無事だろうか。あの後、ちゃんと逃げれただろうか。自分を取り戻そうと無理はしていないだろうか。そんなことばかりが、頭の中をぐるぐると渦巻いていたのだ。
勿論、これから自分に待ち受けているだろう運命に対する不安もある。どんな過酷な未来が待っているか、考えるだけで心が押し潰されそうだ。それでも、懸命に涙を堪えていた。今泣いてしまったら、きっと心が折れてしまう。運命を受け入れてしまう。それだけは嫌だった。他の二人のように、死んだ目にはなりたくなかった。負けたくはなかった。この運命にも、自分にも。
目尻に滲む涙を擦りながら、ミリーは必死に考え始める。この窮地から脱する方法を。
母親譲りのおっとりとした外見とは裏腹に、ミリーは気丈な性格だった。普段は子供っぽく天真爛漫なミリーだが、その実負けず嫌いで、こうと決めたら一歩も引かず、何より諦めるということが大嫌いだった。だからこそ、曾ての母のように冒険者になることに憧れ、目指して来たのだ。それは幼さ故の子供染みた憧れかもしれなかったが、ミリーは真剣だった。自分なりに日々訓練も重ね、時にはセツナに稽古を付けてもらうこともあった。例え今の自分に才能が無くても、冒険者に向いてないと言われても、決して諦めることはしなかった。最初は良い顔をしていなかった父親のカイルも、15歳で成人してからという条件付きで、最後は折れた程だ。
(だから、諦めない)
諦めてたまるもんか、とミリーは自分に言い聞かせる。逃げ出すチャンスはきっと来る、と。
とは言え、今の自分に出来ることは余り、いや殆ど無いと言ってもいい。石壁は分厚く、鉄格子も見るからに頑丈で、力も道具も無い自分にどうにか出来るようには見えない。扉には南京錠が掛かっているが、鍵開けスキルなど持っていないし、道具が有ったとしても到底開けられるとは思えなかった。装備も持ち物も全て奪われており、今は粗末な貫頭衣を身に纏っているだけ。後は髪を結んでいるリボンくらいだ。
何かないかと周りを見回してみても、ベッドはおろか毛布一つ無く、有るのは二人に出されたのだろう食事の食器、木製の皿とスプーンくらいだった。
(スプーン、何かに使えるかな······?)
そっと手繰り寄せてスプーンを手に取る。この世界では、貴族や一部の富裕層以外、陶器や金属の食器を使うことは余り無い。殆どが安価で壊れることのない木製を使う。木製のスプーンは食器としては軽くて安全だが、武器とするには心許ない。それでも、無いよりはマシだ。匙の部分を握って柄で突けば、武器の代わりくらいにはなるかも知れない。
(頼りないけど、贅沢は言ってられないよね)
ミリーは少しでも鋭くする為に、ざらついた石の床でスプーンの柄を削り始める。折れないように力を込めて、且つ丹念に何度も何度も擦りつけていく。あたかも、己の牙を研ぐかのように。
そして、運命の時は刻一刻と近付いて来ていたのだった。
「はぁっ、はぁっ······」
馬を飛ばして来たカイルは、南の森に入ると、今度は自分の足で一心不乱に奥へ奥へとひた走っていた。
取るものも取り敢えずやって来たものの、当てなどあるはずもなく、ローラに聞いていた拐われた場所からは、唯々森の奥に向かって進む他はなかった。街の衞士になる前は傭兵だったカイルに探索のスキル等無く、己の勘のみが頼りだったのだ。
「くそっ、ミリー、何処だ······」
まだ日は高いが、薄暗い森の中では先の見えない不安ばかりが募り、カイルの焦りは加速度的に増して行く。走りづめで足は棒のように重くなり、遭遇する魔物も打ち倒さなければならなかった為、疲労も重なる。それでもカイルは、諦める訳にはいかなかった。
ミリアリアは、愛するローラとの間のたった一人の愛娘だ。それこそ、カイルは目に入れても痛くない程に溺愛していた。危険を伴う冒険者などにも本当はさせたくはなかったのだが、娘の意思を尊重して仕方なく許しを与えることになってしまった。本心を言えば、今でも反対である。しかし、冒険者だったローラの娘だと言われれば何も言えなくなってしまう。成人してからと条件を付けたのが、せめてもの抵抗であった。
「あれは······?」
重い身体に鞭打って、森を掻き分けて進んでいると、不意に倒れている何かが目に留まった。
どうやら人間の死体のようだ。魔物が跋扈する森の中では、別に珍しいことではない。冒険者が魔物にやられて帰って来ないというのは良くある話だ。カイルもそう思ったので、罠を警戒しつつ慎重に周囲を窺いながら死体に近付いてみると。
妙だった。良く見るとその死体は、一刀のもとに切り伏せられていたのだ。魔物の仕業などではない。同じ人間の、それもとてつもない技量の持ち主の仕業だろうと思われる。何より魔物だったら、その場で餌にするなり持ち帰るなりするはずである。死体がそのまま残っていることなど、まず有り得ない。
目についたのはそれだけではなかった。死体の左腕にある赤い蛇の刺青。
(鮮血の蛇!?)
街の衞士という立場上、カイルには盗賊に関する情報もそれなりに入って来ていた。当然、鮮血の蛇のことも話には聞いてはいたのだ。簡単には尻尾を掴ませなかった為、飽くまで情報だけだったが。
その鮮血の蛇の人間が、何故こんな所で死体になっているのか。無論、それは白夜達の仕業なのだが、そんなことはカイルには知るよしもない。カイルに分かるのは、こうなると今回の誘拐の犯人が鮮血の蛇だろうということと、それに敵対する勢力がいるのかも知れないということだ。ミリーの行方を追っていることまではカイルには分からないが、どうやら先行している何者かがいるらしいということは分かった。何故ならば、死体は一つだけではなかったからだ。この先にも後二人、倒れている。遠目だが、おそらくあれも死体だろう。
「誰だか知らないが、敵の敵は味方だ。感謝するぜ」
予期せぬ手掛かりに、カイルは一筋の光明を見つけた気がした。この何者かの足跡を辿って行けば、きっとミリーの元へと辿り着ける。根拠はないが、確信に近い予感があった。実際、カイルの勘は良く当たった。傭兵時代、そのお陰で命拾いしたことが幾度もあったのだから。
「待ってろよ、ミリー」
さっきまでの重い足取りが嘘のように軽くなり、希望と共に疲労も吹き飛んでいた。例え痩せ我慢だとしても、気力の戻ったカイルは光明を辿るべく、急ぎ足で歩を進み始める。
この少し後に、白夜が遺跡の入口を破壊し突入することになるのだが、ミリーもカイルもどんな未来が待ち受けているのかまだ知らない。
運命の歯車は、確実にそして音をたてて廻り始めていた。
前回から引っ張ってしまってすみません。
焦らしではありません。ええ、多分······。(汗)




