第27話 遺跡
物事は得てして、儘ならないものだ。
瓦礫に埋もれた入口を前にして、ふとそんなことを思ってしまう。埃にまみれたセツナ達の呆れた視線も痛い。
どうしてこんな状況になったか。時間を少し遡ってみる。
森の中だというのに、光が差し込む開けた場所に建つ巨大な建造物。長駆して辿り着いた、鮮血の蛇の、もしくは蛇神教団の根拠地と思われるものだ。
(こんなデカいものに、何故気付かなかった?)
正面から見ただけでは一体どのくらいの大きさなのか見当もつかないが、これだけ森から突き出ているにも拘わらず、空から見た時に全く気付かなかったのは、どう考えてもおかしい。何より、MAPにも表示されていない。おそらくだが、相当強力な隠蔽効果が掛かっているのではないかと思う。それも暗殺者の時のようなちゃちなスキル等ではなく、この巨大な建造物全てを覆うものだ。よく見ると上の方が歪んで見えているので、遠目からはそれと分からない、幻影のようなものが掛かっていると思われる。遺跡という見かけ上、古代文明の遺産とでも言うべき大掛かりな仕掛けでもあるのかも知れない。
取り敢えず、ミヤビに遺跡の周囲を探ってもらっている間、正面に見える部分を観察する。
古代エジプト神殿のような石造りの塔門には、オベリスクに似た二本の塔が聳えており、その間から入口らしき大きな扉が見えている。扉の両側に一人ずつ門番らしき者が立っているが、此処に来るまでの厳重な警戒網と比べると、如何にも無警戒のように見える。逆に言うと、簡単には中に入れないということだろうか。
見るからに重厚なその扉にはヒエログリフのような模様が刻まれており、大きさや厚みを想像するに、外から容易に開けられるようにはとても思えない。何か仕掛けがあるのか、はたまた魔法的な何かがあるのか。それが分からない限り、迂闊に突っ込んで門番を片付けたところで中に入れる保証はないだろう。
暫くすると、偵察に出していたミヤビが戻って来た。
『どうやら、他に出入口はないようです。正面以外に見張りも居ません』
『余程、この遺跡の防御に自信があるということでしょうか?』
ミヤビの報告に、セツナが疑問で応える。
『既に中で何かが始まっている、ということも有り得る』
その割には、随分と警戒網に人員を使っていた気がしないでもないが。とは言え、手薄なのは有り難いと言うべきか。
『罠でなければ、だが』
まあ、その可能性は少ないだろうけどな。仕掛けるならもっと前にやっていただろうし、此処まで辿り着くこと自体想定していないのかも知れない。それだけ暗殺者の能力を高く買っていたとも考えられる。ちゃちとは言ったものの、普通ならばあの【認識阻害】を突破するのは容易ではないだろうからな。
『如何なさいますか?』
『そうだな、まずはあの扉を開けさせなければ始まらない』
全力でぶち壊すという手もあるが、それで壊れるかは分からないし、なるべく騒ぎは起こしたくない。壊すのは最後の手段として、穏便に開けさせるにはどうしたら良いか。
少し考えて、ミヤビの方へ視線を向ける。
『割符を使ってみるか』
そう言うと、ミヤビは嫌な予感を覚えたのか、露骨に不安げな顔をしていた。
「そこで止まれ!」
扉に近付くと、門番の一人が鋭い口調で止めて来た。
「何だ貴様は!?そいつらは一体何だ?」
「待った待った、俺だ、ゲイツだ。生贄の追加を連れて来たんだ」
「何だと?」
ゲイツとはミヤビが倒した連絡員の名前だ。今ミヤビは、特技(スキルではない)の変装を使って、ゲイツという男に扮していた。声も変声術で変えているが、マスクをしていて籠っている為、多少の違和感は気にならないはずだった。そして自分とセツナは、ロープで縛られて捕まった風を装っている。一応は二人とも(中身はどうあれ)うら若き乙女だ。生贄にしても別段変ではないだろう。
「どうやら運悪く迷い込んだみたいでな、丁度良いかと、捕らえて連れてきた訳なんだが」
「ほう······」
門番の男は、此方を睨めつけるように上から下へと視線を巡らす。現在の二人は、迷い込んでもおかしくない、それでいて簡単に捕まるような低レベルの冒険者風の装備を身に着けていた。疑われないよう、装備格納の中から出来るだけ安物に見えるものを選んだのだ。
門番のやや懐疑的な目に、冷や汗を掻くミヤビ。
「中に入れてもらえるか」
努めて平静を装い、そう言いながらミヤビは割符を差し出す。
門番の方も、躊躇いつつも懐から割符の片割れを取り出し、差し出された割符と合わせる。
「······間違いないようだな」
男がピタリと合った割符を確認してそう言うと、ミヤビは内心で胸を撫で下ろす。そしてロープで繋がれた我々二人を連れて扉の前に立ち、
「それじゃあ、開けてくれ」
そう促すと。
「待て」
見るからにギクッとした表情のミヤビに、門番の男はいきなり腰の剣を引き抜いて突き付ける。
「な、何を······」
「お前誰だ?ゲイツじゃないな?」
「!?」
バレたか!?何故だ?何か失敗していたのか?
「俺の目は誤魔化されんぞ。胸は無いが、お前女だな?」
ミヤビのこめかみがピクリと動く。
「ゲイツはそんな良い尻してねぇ。胸は無いぎゃへぶっ!」
門番の男が鼻血を撒き散らして吹き飛ぶ。こめかみに青筋を浮かべたミヤビが、目にも止まらぬ速さで男の顔面を殴りつけていた。
「胸が無くて悪かったな!連呼すんな、このクソ野郎!」
涙目で吐き捨てるミヤビ。って、おいおい······。
「貴様っ!」
もう一人の門番が激昂して、ミヤビに斬り掛かって来た。
「ちっ」
予め解け易くしていたロープを解き、装備格納から瞬時に刀を取り出して男の剣を受け流す。そのまま、返す刀で【峰打ち】にする。殺さなかったのは、まだ用があったからだ。こいつらには、扉を開けてもらわなければならない。
殴り倒した男を前に肩を怒らせるミヤビに視線を向け、溜め息を漏らす。
「はぁ······、思ったより手の早い奴だな。計画が台無しだ」
「しょうがないじゃないですか」
ミヤビは鬱陶しげに変装を解き、憮然とした表情で言い返す。胸のことを言われたのが、まだ腹に据えかねているようだ。
「ぶっちゃけ、最初から上手く行く訳なかったんですよ、こんな杜撰で穴だらけの計画」
ぶっちゃけ過ぎだろ、おいっ。
セツナも食い気味に頷いてやがる。何か、こいつら遠慮が無くなって来やがったな。それが良いことなのか悪いことなのか。下手に畏れられるよりはマシだが、人を殺したことで親近感を得られるとかどうなんだ?まあ、それだけではないだろうが。
「このような小細工、お師匠様らしくありません」
自分に使っていたロープで気を失っている男達を縛り上げながら、セツナまでそんなことを言ってくる。
「······どういう意味だ」
「圧倒的な力量で、寧ろ相手の小細工を寄せ付けないのがお師匠様ではないですか」
セツナの表情は至って真面目だ。非難と言うよりは、諭すような口調だった。
「何だか、無理をして慎重に事を運ぼうとなさっているように見受けられます。見ていた訳ではありませんが、クレハ様をお助けになった時は、もっと大胆にされていたのではありませんか?」
クレハ様、ね······。何やら、知っているような口ぶりだな。まあ同じ領主家として、相応のネットワークが有っても可笑しくはないか。それにしても───。
「弟子のくせに生意気だな」
「も、申し訳ありません、出過ぎたことを」
恐縮するセツナ。弟子と認めてしまっている台詞には、我ながら遺憾という他ないが、これも今更だな。
らしくない、か······。
そう言われて思い返す。自分は今まで何をやって来た?情報を得る為に敢えて相手をした暗殺者からは、結局分かっていることを確認しただけだった。覚悟を試したかったのか?いや、腹は括っていたはずだ。試す必要もない。それに、全力を出すと決めていたはずだ。巧遅より拙速だと。それなのにこのザマはなんだ?慎重になる余り、無駄に時間を使ってしまった。言行不一致も甚だしい。
縛り上げられた男達にチラリと視線を向け、それから改めてセツナ達を見て目を細める。
「らしくないだと?はっ、上等だ。らしくしてやろうじゃないか」
多分、今自分は吹っ切れた顔をしているのだろう。セツナ達は逆に戸惑った顔をしているが。何をするつもりか、と。煽っておいて今更遅い。
この期に及んで門番の男達を当てにして待ったりはしない。騒ぎを起こさないようにと、気を遣っていたのが馬鹿らしい。もう時間もないはずだ。此処は無理矢理こじ開けて行く。
アンダーを古代魔導師に替え、【収束】のスキルを使って扉に焦点を合わせ、手を翳して詠唱を始める。なるべく使うまいと思っていた魔法だが、この際致し方ない。当然ながら、出力は100%だ。
「離れていろ」
「お師匠様!?」
「ちょっ、待って!?」
退避を促すと、二人は慌てた様子で扉から離れて行く。縛られた男達は置き去りだが、この際どうでも良い。
唱えたのが中級魔法だったので、然して時間も掛からずに魔力が満ちる。古代魔法でなかったのは、せめてもの理性が働いた結果か。
「爆裂弾!」
魔法が発動すると、激しい爆音と閃光が辺りに広がり、スキルで収束していたにも拘わらず、可成りの広範囲に渡って破壊の余波を撒き散らす。
「キャッ!」
「うわっっ!」
発動が速かった所為もあって、退避の遅れた二人が余波に巻き込まれて吹き飛んでいた。
「あ」
障壁張るの忘れていた······。まあいいか、煽ったのはあいつらだ。良い気味だろう。因みに、古代魔導師の【自動障壁】が働いている為に、自分には被害が及んでいない。便利だな、これ。
「けほっ、けほっ」
「うぅ、酷いですよ······もっと早く言って下さいよぉ」
粉塵を被って埃塗れのセツナ達が、文句を言いながら立ち上がって来る。
「悪い悪い。だが、これで道は開けたんだ、文句はあるまい?」
濛々と立ち上っていた粉塵が収まると、そこには瓦礫に埋もれながらもその先が見えている入口の姿があった。出力100%とは言え、アンダーで使った為に威力は抑え目だったはずだが、それでも問題なく壊せたようだ。迷う必要はなかったな。最初からこうすべきだった。
門番の男達はまともに巻き込まれて下敷きとなったようだが、どの道始末していくつもりだったのだから問題ない。こう言った感覚も今更だが、盗賊というのはどいつもこいつも犯罪歴で真っ黒なので胸も痛まずに済む。慣れるべきなんだろうな。この世界で生きて行く限りは。
「どうなさるんですか、これから?」
セツナが元の装備に着替えながら、やや呆れ顔で訊いてくる。煽った手前文句も言えないが、些かやり過ぎの感は否めない。そんな表情だ。
「これだけ派手にやったんだ、とうに気付かれてるだろうな」
此方はメニュー上で一瞬にして元の装備に戻しながら答え、そして二人を見据えて不敵に言い放つ。
「此処からは強行突破だ。邪魔するものは全て排除して行く。いいな?」
「はぁ、やっぱりそうなるんですね」
ミヤビが溜め息混じりにそう零すと。
「お前には別行動をしてもらう」
「え?」
言われたミヤビは寝耳に水といった顔で驚いていた。
予定通りに潜入とはいかなかったが、そうそう思い通りに事が運ぶ訳もない。兎も角、此処までは辿り着いた。後どのくらい時間が残されているかも分からないのだ。この上は突き進むだけだ。
この世界には神が実在する。
もし儀式が成功すれば、本当に蛇神とやらが降臨する可能性が高い。そうなったらどうなるか想像もつかないが、だがそんなことはさせない。させる訳にはいかない。その前に必ず阻止する。その為に此処まで来たのだから。
(間に合ってくれよ)
ミリーの無事を祈りながら、決意も新たに瓦礫を乗り越えて遺跡の中へと入って行くのだった。
※魔法とスキルの補足です。
【爆裂弾】は火属性ではなく風属性の中級魔法です。所謂、圧縮空気弾のようなものです。但し、普通ならここまでの破壊力はありません。主人公の能力があってこそです。
【自動障壁】は自分の魔法の余波を受けない為のもので、敵の攻撃から身を護るものではありません。ゲームには無かったスキルなので、魔法のテストをした時には知りませんでした。




