第26話 警戒網突破作戦
ここから、また主人公視点です。
少し短めです。
『セツナ、左手前十六間二人、ミヤビは右奥四十四間木の上だ』
【広域探査】と【レーダーサイト】を駆使して、二人に的確な指示を飛ばす。【レーダーサイト】は、感知範囲内の生体反応を光点で表すミニマップを視界内に表示するスキルで、光点が赤なら敵性、青なら非敵性と色によって分けられている。
『はい!』
『了解っ』
指示を受けて、二人は即座に動き出す。
気配を消しつつ、セツナは【縮地】、ミヤビは【瞬動】で敵との距離を詰めて行く。スキルの違いは二人のクラスの違いに因るものだが、ミヤビの「密偵」というクラスはクレハ同様、役職名であって実質は忍者と同じだ。
二人が動いたのを見て、此方もタイミングを合わせて正面50mの位置に居る三人の盗賊へと向かう。既に此処まで幾つもの警戒網を突破して来ているので、こうしたやり取りにも慣れてきた。セツナは元より、ミヤビも何故か素直になって、やけに協力的なのが不思議だったが。心境の変化でもあったんだろうか。
唯まあ、この国ではやはりと言うか尺貫法が使われている為、二人には一々変換して言わなければならないのが面倒と言えば面倒だった。因みに、一間1.82mなので十六間は約30m、四十四間は約80mだ。
木々が視界を遮っている為、向こうからは勿論、此方からもまだ盗賊の姿は視認出来ない。【気配察知】が捉える反応に向かって【隠密】【忍び足】を使い、木々を避けながら滑るように接近して行く。軈て、障害物の隙間から盗賊達の姿を捉えたその時。
「おいっ、どうした!?」
盗賊の一人が声を上げる。
気付かれたか?と思ったが、そうではなかった。だが、異変には気付いたようだ。先行したセツナ達が、それぞれ標的を倒したのだろう。【レーダーサイト】の反応が減っている。
「!?」
次の瞬間、盗賊達が騒ぎ立てるよりも早く【瞬動】でその直中に飛び込み、二刀を振るって旋風を巻き起こす。それは血煙に彩られた死の旋風だ。反撃はおろか声を上げる暇すら与えず、盗賊三人の雁首を跳ね飛ばす。驚愕の表情を張り付けたまま、宙を舞う三つの首。それらが地に落ちる前に、返り血を浴びぬよう素早く後方に飛び退いていた。直後に耳障りな音を立てて落ちたそれらには意識も目も向けず、唯大きく息を吐く。
「ふぅ───」
確かに人を殺すことに対する躊躇いも感傷も無かった。既に割り切っていることでもあるが、それでも思うところが無いわけではない。元々こういった命のやり取りとは無縁の世界(少なくとも自分の生きて来た範囲ではだが)にいたのだから、当然のことだろう。そういった現実世界での倫理観が奥底から浮かび上がって来て、何処かで警鐘を鳴らしているような気がするのだ。
(モヤモヤするな······)
そのくせ身体は躊躇無く動き、まるで息をするように命を刈り取って行く。別に罪悪感は感じない。どんな理由が有ろうと、盗賊に堕ちた時点で終わっているのだ。貧困は理由にならない。自らを奴隷に落としてまで生き延びている者だって居るのだから。アリシアからも、即時討伐しても問題ないと聞いている。この世界の盗賊(斥候ではない方の)とはそういう存在だ。だが、感じることと思うことはまた別の問題だ。相反する思考の矛盾に、自分ならざる自分の存在を己の内に感じていた。自分が自分でない、奇妙な感覚だった。それは命の価値観に対するものだけではなかった。
ゲームでの戦闘技術は、飽くまでもコントローラーを通した画面内でのものだ。如何にゲームシステムが反映されているとは言っても、VRMMOのように身体の動きに直結する訳ではない。にも拘わらず、武器もスキルも全く違和感なく、然して苦労もせずに使い熟せてしまっている。現実世界で武術など習ったこともない自分が、曲がりなりにも幼い頃から修行して来たセツナに指導するなど、考えてみれば可笑しな話だ。戦闘技術がインプットされたもう一人の自分が居る。しかも、それを極自然に受け入れてしまっている。そうした認識の齟齬を違和感として感じないことこそが違和感の元だった。言い知れぬ不信感を自分の内に抱いたとしても無理からぬことだろう。
(っと、今は思い悩んでいる場合じゃないな)
今優先すべきは、ミリーの救出に全力を傾けることだけだ。軽く頭を振って迷いを払い、答えの出ない迷宮に入り込み掛けた思考を打ち切る。抜き身のままだった二つの刀、陸奥守吉行と振分髪を左右に下げた鞘へと納め、次の行動へと頭を切り替えていた。(刀はどちらも伝説級には及ばないが、名刀シリーズの中から選んだ二振りだ)
現在は、暗殺者と対峙していた時のまま二刀流にしている。その方が対多数の戦闘に於いて有利だということもあるが、ゲーム時に聖騎士と並んで忍者も主要クラスだった為、使い易いからでもあった。ならメイン忍者にすればと思わなくもないが、火力は侍の方が上なので、何が起こるか分からない現状では、取り敢えずそのままにしている。それに、宮本武蔵を気取るのも悪くない。この世界の人間には理解らないだろうけど。(笑)
戻って来た二人と合流すると、ミヤビが何やら木片のようなもを渡して来た。
「これは?」
「どうやら連絡要員だったようで、それを持っていました。おそらく······」
「割符か」
ミヤビがそれに頷く。
渡された木片は、何かの木材で出来た札を途中で割ったような形をしていた。片面に梵字のようなものが書かれているが、途中で切れている為意味は理解らない。割符は割ったもの同士を合わせて、取り引きの確認等に使われるものだが、この場合は多分何処かへ入る為の合図に使うといったところだろうか。
(使えるかも知れんな)
過度の期待は禁物だが、保険くらいにはなるか。可能ならば、騒ぎを起こすことなく潜入出来ればベストだ。まだどんな場所かも分からないが、わらわらと寄って来て余計な時間を取られるようなことは避けたい。
「こいつはお前が持っていろ。その方が役に立ちそうだ」
「私が、ですか?」
「お前の方が、こういうのは慣れてるだろ」
実のところ、少しミヤビを見直していた。倒した相手の持ち物を探るなどいう発想はなかった。そのそつのなさに感心していたのだ。それに潜入と言えば、やはり密偵の役回りだろう。
ミヤビは割符を受け取ると、それを胸元に仕舞おうとするが、普通よりもスリムな体型をしている為に引っ掛かりが無く、若干涙目でポケットに仕舞い直していた。苦笑いしつつも、それを武士の情けで見て見ぬふりをしながら、先を促す。
「······行くぞ」
後に続きながらも小声で「いいですよね、二人ともおっきくて」と呟いていたのは聞かなかったことにしよう。
『止まれ』
二人を押し止めてしゃがみこむ。
『またですか?』
セツナがうんざりした声を返す。
慎重に草叢を掻き分けると、細い紐が張られていて、その先には幾つもの木の板がぶら下げられていた。鳴子という原始的な警報装置だ。鳴子に限らず、踏むと発動するような原始的な罠は、既に此処に来るまで幾度となく発見している。単純な罠故にそうそう引っ掛かるものでもないが、こう頻繁にあると流石に辟易してくる。暗殺者の時のように、スキルや魔法の類いの罠が今のところ無いのは幸いだが。
それに、見張りの数も多くなってきていた。目的地が近い証拠だろう。だが───。
『急いだ方が良いかも知れん』
見張りは悉く黙らせて来たが、長いこと連絡が途絶えれば何れ異変に気付かれる。また、自分は兎も角、セツナ達の気配遮断能力を上回る【気配察知】の持ち主が居ないとも限らない。いざとなったら強行突破も辞さないつもりだが、それまでは為るべく気付かれずに侵入したいところだ。
二人が黙って頷くのを見て、進行を再開する。二人がついて来れる範囲で進行速度を上げ、尚且つ警戒も怠ることなく、これ迄以上に感覚を研ぎ澄ませて進んで行く。
更に幾つかの警戒網と罠を潜り抜けてそこへ辿り着いた時、明らかに周囲の空気が変わったのを感じた。
手を挙げて二人を止め、注意を促す。
『気配を抑えろ。どうやら此処のようだ』
そう言うものの、背後から唾を飲み込む音が聞こえて来た。まあ、その気持ちは理解る。こんなものがこんなところにあったのかと、意外に思うのも無理はない。
繁みから覗き込んだそこにあったのは、遺跡のような建造物だったのだ。
尺貫法はナノワ皇国だけで、他の国では普通にメートル法です。因みに、フィートやヤードは使われていません。
※刀の銘の表記を追加しました。
陸奥守吉行は坂本龍馬の愛刀として有名ですが、ゲーム中の白い拵え(実際がどうかは分かりません)が白夜の名前に合っているので愛用しています。振分髪は、幾つかある内の一振りが伊達政宗所蔵の物で、政宗が見栄から態々正宗を脇差しに打ち直したというエピソードが面白かったので使っています。尚、一般的な二本差しではなく、左右別々に下げているのは【二刀流】の仕様です。




