第21話 家族
特に迷うことなく森から出ると、朝方通った湖沿いの街道を街に向かって逆走して行く。
そうして街に着く頃には、申三つ刻、16時近くになっていた。
「お帰り、随分と早かったな」
「ああ、ただいま」
門番をしていたカイルに迎えられ街の中に入ると、ギルドに報告したら一度宿に戻る旨を告げてその場を後にする。どの道、まだ時間には早いのだ。先ずはギルドへと向かう。
幸い心配していた報告ラッシュとはなっておらず、ギルド内はそれ程混み合ってはいなかった。
多分無くても平気だとは思うが、念の為ボードから常時採集依頼の票を取ってカウンターに並ぶ。程なく自分の順番が回って来てアリシアの前に立つと。
「ご用件は何でしょうか」
気の所為か、心なしアリシアの態度が素っ気ない。戸惑いつつも、依頼票を見せながら訊ねる。
「あー、この常時採集依頼の受付と、その達成の報告受理を頼みたいのだが、大丈夫か?」
「はい。それでは、ギルド証の提示をお願いします」
「あ、ああ」
カードを渡そうと差し出すが、アリシアはそれを受け取ろうとせず、ややむくれた顔で上目使いに此方を見て来た。やはり気の所為ではなく不機嫌そうだった。
「どうした?早く手続きを······」
「······朝、どうして声を掛けてくれなかったんですか」
「は?」
いや、ちょっと待て。まさか、そんなことで拗ねてるっていうのか?
「目が合ったのに、何も言わずに出て行くなんて酷いじゃないですか」
「あのなぁ、忙しそうだったから目で挨拶しただけだろうが」
「それにしたって、一言くらい声を掛けてくれても······」
はぁ、こいつもか······。何だって昨日の今日でここまでになるんだ?女だっていうのに、ハーレム属性でもあるんだろうか。しかも相手は女性ばかり。悪い気はしないが、少しばかり面倒くさい。
それにギルドの受付嬢と言えば、もっと冷静で常識的なものだと思うのだが。とは言え、今後を考えたら敵に回すのは得策じゃない。仕方ないな。
「今度食事にでも誘うから、手続きのほう頼むよ」
男のご機嫌取りのような台詞に我ながら自己嫌悪するが、アリシアは途端に瞳を輝かせて、
「約束ですよ?破ったら、ですからねっ」
とカードを奪うように浚って胸に抱え込む。そして一転して晴れやかな笑顔で、手元の魔道具らしき金属版をキーボードのように叩き始める。
「はい、受付ました。では、採集された品物を出してください」
「分かった」
アリシアの変わり身に、受付嬢とエルフに対するイメージが少しばかり(?)崩れるのを感じつつも、ダミーの鞄を通して収納からセージとマジョラムの束を取り出す。一応、採ってきたもの全てだ。
「多いですね。確認しますので、少々お待ち下さい」
受付嬢がそんなことまでやるのかと思いながら確認作業を見ていたが、ふと思い出して付け加える。
「あ、後、常時討伐の魔物も幾つか倒してるんで、そっちの確認も出来るか?」
「はい、大丈夫ですよ」
やはり、常時依頼に依頼票は不要のようだ。そのまま確認を始めた。
「───と、ゴブリンにオーク、あら、レッドベアまで倒してるんですね」
ギルド証を乗せた状態で、カタカタと魔道具を操作するアリシア。
実はギルド証には、討伐対象の情報を記録することが出来るという便利な機能があるのだ。この仕様の為に、死体やら討伐証明部位やらの必要もない。そうでなければセツナが盗賊の討伐をした時、その証明が面倒なことになっていたはずだからな。この国ならあっても不思議はなさそうだが、首改めとかゾッとしない話だ。
因みに残された死体は、「掃除屋」と呼ばれる死肉しか食べないハゲワシのような魔物がいて、アンデッドになる前に殆ど食べ尽くされてしまうのだそうだ。うまく出来ているな。
「確認終了しました。セージ100本10セットにマジョラム10本1セット、全て状態に問題ありません。それからゴブリン12匹、オーク6匹、マッドウルフ15匹、マッドボア3匹、グレートディアー5匹、レッドベア2匹、併せて10件分の常時討伐対象の確認をしました。すごいですね。これで昇格条件に達しましたのでFランクとなります」
「え?」
早っ、そんな簡単に上がるものなのか?
此方の意外そうな表情を見て、アリシアも苦笑しながら答える。
「Fランクへの昇格条件は依頼の20件達成ですから。普通は1日でここまでの数の採集をしたり、討伐したりは出来ないんですよ?やはり見込んだ通り、規格外の方ですね」
その言葉に、周りもざわつき始めている。
フェリオスの餌確保にと、自重しなかったのがまずかったか。今更後悔しても仕方がないが。これは、さっさと立ち去った方が良さそうだ。勧誘やら何やら、面倒なことになりかねない。
報酬と更新されたギルド証を受け取り、
「約束、忘れないで下さいね」
と念を押すアリシアに生返事を返して、早々にギルドから退散する。この時、声を掛けようとしてきた者もいたのだが、街角アンケートに対するようにきっぱりと拒絶して立ち去った。こういう時は無視に限る。
ギルドを出ると一度宿に戻り、温泉で汗を流してから女将に夕食はいらない旨を告げて、再び門へと向かう。
「おう白夜、来たか。ちょっと待っててくれ」
門に着くなり、カイルはそう言って詰め所に入って行く。そして引き継ぎを済ませて戻って来た。
「待たせたな。それじゃあ、行こうか」
と、自宅へと案内し始める。
街の西側部分には、それなりに区画整理された住宅街が在り、カイルの家もその一画に在った。こじんまりとした庭付きの一軒屋だが、家族三人が暮らすには十分な大きさだろう。
「まあ、入ってくれ。───おーい、今帰ったぞっ」
カイルの後に続いて玄関から中に入ると、派手さはないが落ち着いた調度と暖かみのある照明で、如何にも当たり前でありながらも幸せな中流家庭という雰囲気だった。
「お帰りなさい」
パタパタとスリッパを踏み鳴らして、奥から女性が出て来る。
「いらっしゃい、あなたが白夜さんね」
頷くと、カイルが女性を紹介する。
「女房のローラだ。どうだ、美人だろう」
「いやだ、あなたったら」
照れ臭そうにするその女性は、カイルが自慢するだけあって、ウェーブの掛かった長い金髪にややタレ目がちで、泣き黒子がチャーミングな癒し系の美人だった。中学生くらいの子供がいるとは思えない程若々しい。
「ごめんなさいね、急に。どうぞ、お上がりになって下さい」
「さあ、入った入った」
戸口で話しているのもなんだと二人に促され、勧められたスリッパに履き替えてリビングに通される。カイルは着替える為に席を外した。
ソファに座り、出されたお茶に口をつけていると、じっと見つめて来ているローラの視線に気が付いた。一見不躾のようだが、不思議と嫌な感じはしない。但、何やら見透かされているようなむず痒さは感じる。
「何か?」
「あら、ごめんなさい。でもカイルの言う通りね。何がどうとは言葉に出来ないけど、周りに期待させる何かを感じるわ」
ローラの言葉に、思わず渋面を作る。
「そんな大層なものじゃない」
クレハやセツナ達が自分に何を期待しているのかは知らないが、この世界を救おうとか人類全体の為に何かしようとかいう気持ちはこれっぽっちも無い。勇者にも英雄にもなるつもりは無いのだ。
「気を悪くしたならごめんなさい。期待するのは周りの勝手だから、義務に感じたり重荷に思ったりする必要はないわ」
そう言って優しげに微笑むローラ。
それが既に重荷なんだがな、とは言わないでおいた。期待も失望も相対的なものだ。此方の思惑とは関わりなく感謝もされれば恨まれもする。一々気にしていたら切りがない。
「あ~白夜さんだ~」
重くなりかけた空気を払うように、明るく元気な声を上げて女の子がリビングに入って来た。おそらく、カイル達の娘だろう。て言うか、自分のこと知っているのか。
「初めましてっ。ミリアリアと言います。ミリーって呼んで下さい」
コハルと同年代に見えるその娘は、母親譲りの金髪を三つ編みにした、将来母親似の美人になるであろう可愛らしい女の子だった。カイルに似なくて良かったな。
「ああ、白夜だ。よろしくな。どうして知ってるんだ?」
「お父さんに来るって聞いてましたから。それに······」
ミリーはそこであるものが目に入ると、バッとソファの隣に座ってにじり寄って来た。
「ね、ね、尻尾に触ってみても良いですかっ?」
「あ、ああ」
その勢いに引き気味になりつつ、思わず頷いてしまうと。
「わぁっ、本当にフッサフサだぁ。セッちゃんの言う通り」
ミリーは尻尾に触りながらそんなことを言って来る。
「セッちゃん?」
「セツナちゃんのことですよ。すっごいモフモフだって自慢してましたから」
あいつかっ。てか、何でお前が自慢するんだ。
それにしても、奥様連中の井戸端会議網並みの情報の早さだな。やはり、この世界の伝達速度は侮れない。
「さあさ、ミリーもそのくらいにしなさい。白夜さんに迷惑ですよ。食事の用意が出来たので頂きましょう」
「はーい」
ミリーは若干不満げな様子で尻尾から手を放し、いつの間にかご馳走が並べられていたテーブルの席に着く。カイルもリビングに戻って来ていたが、
「おお、今日は豪華だな」
と余計なことを言ってローラに睨まれていた。
「コホン、それじゃ、今日は白夜の歓迎パーティだ。遠慮なく、食って飲んでくれ」
全員が席に着いたところでカイルが此方に向かって言い、音頭を取る。
「「「頂きます」」」
「頂きます」と「ご馳走さま」は、良く主人公が広めるものとして描かれているが、この世界、と言うよりこの国では普通に作法として使われていた。まあ、当然のことだろうけど。
食事が始まると、ミリーは隣で食べながら頻りに話し掛けて来る。コハルやセツナのこと、両親やこの街のこと、兎に角お喋りが好きなようで、時折ローラに注意されながらもその話は止まらない。此方の話も聞きたがったので、旅のことなど当たり障りの無い程度の話をした。
料理はどちらかと言うと全体的に洋風で、欧州の家庭料理という感じだったが、ローラの腕もあってどれも十分以上に美味しかった。カイルが取っておきと言っていた酒も、料理に合わせてかワインだったが、普段余りワインを飲まない自分にも旨いと思える逸品だった。
仲の良い夫婦と、その両親の愛を一身に受けて真っ直ぐに育った可愛い子供。そんな絵に描いたような幸せな家族の姿を見て、ふと昔を思い出していた。
当時付き合いのあった同僚に招かれて家に行った時、これと同じような光景を見て少し羨ましく思ったものだった。まだ結婚には興味のない年齢だったので、同僚の冷やかしにも笑って誤魔化していたのだが、その家の幼い娘に懐かれた時には、家族って良いなとちょっと思ったりもした。あれから仕事も変わり、その同僚とも疎遠になってしまったので分からないが、今頃元気にしているだろうか。
そんなことを考えながらワイングラスを傾けていると。
「どうした、ボーっとして」
そう言ってカイルがグラスにワインを注いで来る。
食事が終わり夜が更けて来たところで、喋り疲れたのかミリーは就寝の為に自室に戻って行った。ちゃっかりと、また来ることを約束させられたが。
「ああ、すまない。少し昔のことを思い出していた」
グラスを差し出しつつ、そう零していた。
「昔って、そんな年じゃないだろうが。変な奴だな。家族のことか?」
「まあ、そんなところだ」
カイルは怪訝な顔をしたが、敢えて突っ込んで聞くようなことはしなかった。その気遣いが有り難かった。
「まあ、飲め」
と、更に注いで来る。
その後は取り留めのない言葉を交わすだけで、静かに酒を酌み交わす。ローラは食器を片付けながら、黙ってそれを見守っていた。
軈てお開きの時間となってお暇する時。
「また来いや」
「何時でもいらして下さいね。ミリーも待ってますから」
そんな二人の言葉に見送られ、カイル宅を辞去する。
宿へ戻る帰り道、元の世界と変わらず輝く月と、満天の星空を見上げて思う。
(たまにはこんなのも悪くないかも知れないな)
久しぶりに、何か温かいものに満たされるのを感じていたのだった。
数日が経ち、ここ最近のルーチンワークとして採集と討伐を繰り返すという、自分的には平穏な日々を過ごしていた。
この日は道場が休館日だというセツナに朝から追い回されていた為、昼近くになってからギルドに訪れて依頼ボードを眺めているところだった。(セツナの襲来が平穏かどうかは疑問の残るところだが)
だが、平穏な日々の終わりを告げる足音は、直ぐそこまで来ていた。
バンッ!と扉を破るかのような勢いで、何かが入り口から飛び込んで来た。ギルドの中に居た殆どの者が、何事かと視線を集中させる。
飛び込んで来たのは女性だった。
その女性、ローラは、顔を青ざめさせて入るなり崩れ落ち、悲痛な叫びを上げた。
「娘を、娘を助けてください!」
次回から急展開になります。
幾つかの伏線も回収する予定です。




