第20話 採集依頼
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
街から南の森へと行く為の街道は西と東どちらにもあるのだが、湖を迂回して行く都合上、その形から若干なだらかなカーブを描く西側の方が多少ではあるが近くなっている。その為、南の森に用のある殆どの者が、西側のルートを使うことが多いのだそうだ。そう聞いていたので、自分も素直に西側の街道を進むことにした。
湖に沿って街道を進んでいると、猛スピードで馬を駆けさせ、追い越して行く者が何人もいた。明らかに冒険者と思われる者達だ。依頼票の次は獲物の争奪戦か?
(忙しないことだな)
そう思いつつ、此方はのんびりと景色を楽しみながらフェリオスに揺られて行く。
尤も景色と言っても、湖の西側は唯只管平原が広がっているだけで代わり映えはしないのだが。それでも、その遥か地平線の先には広大なアルセナ海が在るとのことなので、想像の翼を羽ばたかせることは出来る。確かイダという港街が在って、そこから船で半年掛けて海を渡れば、ゲームの舞台だったアレクト大陸が在るんだったな。何れは行く必要があるとしても、今はまだ考えなくても良いだろう。先ずはこの国で足場を固め、情報を集めながら少しずつ行動範囲を広げる。一つ拠点を作るのも良いかも知れないな。そう考えると、温泉の有るユバは候補として捨て難い。転移魔法の仕様次第ではあるが、今度良い物件でもないか聞いてみるか。
そんなことを考えている内に、森の姿が見え始めて来た。確かに湖の南側と接してはいるが、それは森の極一部分で、ユラブ大森林程ではないものの可成りの大きさを持つ森のようだった。
森の入り口に立って【広域探査】を使ってみても、その全容は掴み切れない。採集も討伐も外周の一部分でしか行われていないとのことで、奥地の方は今だに未開の地だという話も頷ける。入り口とは言っても明確な通り道が開けている訳ではなく、街道が此処から森に沿って西へと曲がっている為、その境界というだけのことだ。
【広域探査】の範囲内にいるのは、ゴブリンや獣系等の低レベルモンスターと、後は数人の冒険者と思しきもの達だけで、取り立てて警戒すべき要素は見当たらなかった。懸念が一つ有ることは有るのだが······。
現在のクラス構成はメイン侍、サブ忍者、アンダー狩人だが、【気配察知】は外せないのでサブ忍者はそのままに、アンダーを盗賊に替える。何故盗賊なのかと言うと、盗賊には【トレジャー・マッピング】というスキルがあるからだ。これは一定範囲内の宝箱の位置や採集、採掘ポイントをマップ上に表示させることが出来るという非常に便利なスキルだ。採集には持ってこいのスキルだろう。
但宝箱に関しては、ゲームと違ってフィールド上にそれと分かるような宝箱が、これ見よがしに置いてあるとは考え難い。ダンジョンなら兎も角、例えゲームでもフィールド上の宝箱は違和感有りまくりだったからな。まぁ、ゲームの仕様に文句をつけても始まらないが。
森の中に一歩足を踏み入れると、日差しが遮られている所為か全体的にひんやりとした空気が漂っている。当然薄暗くもあるのだが、このミセリアの身体の特性なのか、これまで通り問題なく見通せるようだ。
「さて、と」
周囲の安全を確認した上でMAPを開き、その状態のまま【トレジャー・マッピング】を発動させてみる。すると───。
「うわっ!」
思わず驚きの声を上げてしまう。
発動した瞬間、MAPが採集ポイントの光点で埋め尽くされたからだ。それも、殆ど隙間が無い程にびっしりとだ。
「あー、そりゃそうか」
良く良く考えてみれば、ゲームとは違って現実の世界ならば、有りと有らゆるものが何らかの素材と成りうるはずだ。木や草花、落ちた枝や種、それこそ石ころや土でさえも素材に成りうると言える。ゲームのように特定の採集ポイントとか有る訳がない。
「目標を絞らないと駄目か」
目的の薬草は、ポーションに使うセージとエーテルに使うマジョラムだったな。この2つに限定して再度スキルを発動させると。
「おっ」
MAP上の光点が一気に減った。残った光点は10個程だ。
「これならイケるな」
そう思い、近い場所から順に回収していくことにした。しかし回収してみたものの、見つかったのはどれもセージばかりだった。
「そう上手くはいかないか」
同じシソ科の多年草だったはずだから、それ程植生は違わないと思ったんだが。まあ実際はどうだか分からないし、元の世界と同じとも限らないからな。少しずつでも探索範囲を広げて行くしかないか。
その後、何度も場所を変えて【トレジャー・マッピング】を繰り返した結果、漸くマジョラムの群生地を発見した頃には、大分奥まった位置まで入り込んで来ていた。
「ふう、やっと揃ったか」
どうにか規定数のマジョラムを確保出来て、ホッと胸を撫で下ろす。実のところ、この時セージの方はその十倍もの数が集まっていた。
(ここまで差があるとはな)
ゲームではこれ程の偏りはなかったんだがな。道理でマジョラムの方が報酬が良かったはずだ。やはり現実との齟齬は、常に考えておく必要がありそうだ。
取り敢えず、これで依頼は達成したのだが───。
(ふむ······)
此処に至るまで、それなりに魔物とも遭遇し倒しながら来ていたが、冒険者の類いには一度も会っていない。にも拘わらず、現在複数の視線と気配を感じている。
(どういうことだ?これは)
この不穏な空気、此処には、いやこの先には何かがあるのか?確かに知らず知らずの内に、そこそこ深くまで進んで来てしまっていたようだが、それでもまだ外周の域を出てはいない。魔物の生息レベルが若干上がっているくらいだ。
調べてみるか、と採集を終えて用済みとなった盗賊を狩人に付け替えて、【広域探査】を使ってみる。
探査結果から、それらしいと思われる存在は三つ。
一つはゴブリンの上位種ゴブリンレンジャーだが、こいつは用心深い性質なので様子を伺っているだけだろう。もう一つは、最初からつけて来ている密偵だ。何処の手の者かは大体想像はつくが、現時点では特に手出しして来る気配もなさそうなので放っておいている。そのうち釘を刺しておくつもりではいるが。
問題は最後の一つだが、こいつが少しばかり穏やかじゃなかった。クラスが「暗殺者」なのだ。
この暗殺者というクラス、盗賊の上級職として、ゲームではそれらしいスキルと特性を持つ職業の一つというだけなのだが、この世界ではどうも違うらしい。位置を特定し、少々危険だが【鑑定】してみたところ、こいつの称号には殺人者だの殺戮マシンだのと物騒なものばかり付いているのだ。明らかに本物の暗殺者だろう。
(こんな所で、何が目的だ?)
今のところは敵意も殺意も出してはおらず、どうも監視しているだけのように思える。それも自分をというよりは、此処を通る者全てを見張っているような気がする。おそらくだが、この先へ進もうとさえしなければ手を出してくることはないだろう。とすれば。
「藪をつついて蛇を出すこともないか」
別にこの先に何があろうと興味はなかった。降り掛かる火の粉ならば振り払いもするが、そうでなければ態々火の中に飛び込んで行ったりはしない。また勇者にされるのは御免だった。
「戻るか」
そして元来た方向へと引き返し、暫くすると二つの気配は消え去った。やはりあの場所が分岐点だったようだ。相変わらず残りの一つはついて来ているが、こいつは無視だ。今は特に害もないことだし。
そう思っていたのだが、正午を回ってそろそろ昼食にでもしようかと考えた時に、思わぬ弊害に気付いた。フェリオスには街の外で肉を食わせる約束をしていたのだが、このままでは変身させることが出来ないのだ。
(こいつは盲点だったな······)
素性がバレているなら飛竜を見せること自体は問題ないのだが、流石に変身まで見せる訳にはいかない。さて、どうするか。
「あ、そうだ」
閃いたのは極めて単純なことだった。
フェリオスを一度帰還させ、再度飛竜として召喚し直せば良い。意外にもゴネるかと思ったフェリオスが、説明すると直ぐに納得してくれたので、早速召喚笛を取り出してフェリオスを元の世界に戻す。念の為少し開けた場所に移動し、若干の間をおいてから召喚し直すと、きっちり飛竜となったフェリオスが真横に現れた。場所が場所だけに、上空に出現するようなことはしなかったようだ。
「クァッ、クァッ」
現れるや否や、フェリオスは催促するかのように声を上げる。
「分かった、分かった。そう慌てるな」
頭を擦り付けて急かして来るフェリオスを宥めつつ、収納から肉の塊を出した。今回はグレートディアー(鹿の魔物)の肉だ。それを与えると、フェリオスは嬉しそうに飛び付き、夢中で食べ始める。
その様子を見て一息吐くと、自分も昼食を摂るべく適当な場所に腰を下ろし、朝買っておいた何かの肉の串焼きと、野菜たっぷり目のホットサンドのようなものを取り出してかぶり付く。
この世界では当たり前のように魔物の肉が食べられており、食用として重宝されているのだそうだ。この串焼きの肉も豚に近い感じなので、マッドボアの肉とかかも知れない。噛みごたえはあるがジューシーで、香辛料を使っている所為か臭みも殆どない。なので普通に美味いと思った。まあ、獣系の魔物なら別に可笑しな話ではないだろうけどな。虫系とか人型の魔物の肉は、もし食えるとしてもちょっと遠慮するが。
やはりと言うかフェリオスが此方を物欲しげに見ていたので、余分に買っていた串焼きを与え、お互い満足して昼食を終えると、少し早いが帰路につくことにした。時間は余りそうだが、一度宿に戻って風呂に入っておくのも悪くない。折角のお招きだ、身綺麗にして行くのが礼儀というものだろう。
フェリオスには先程と同様にして馬に戻ってもらい、来た方向を辿って森の出口へと向かう。
件の暗殺者には少し引っ掛かりを覚えるが、今更気にしても仕方がない。後になって自分の甘さを悔いることになるのだが、この時はまだ知るよしもなかった。




