第2話 レベル1000とスキル
青天の霹靂とはこのことだろう。
一体、何者の思惑が働いてのことなのか。神か悪魔か、はたまた別の何かか───。
神と言えばオンラインゲームに於いて、運営側はある意味神にも等しいと言えるかも知れないが。
それにしてもこれは予想の範囲外だ。
「レベル1000か······一体何の冗談だ、これは?」
それとも、ここは皆が高レベルの世界なのだろうか?因みに後で知ったことだが、この辺りの出現MOBレベルは50前後らしかった。普通に考えたらそこそこフィールドレベルは高く、ゲームでも中級に差し掛かったところだろうか。少なくとも初心者が彷徨いていい場所ではない。
兎も角、解らないことを何時までも考えていても仕方がない。取り敢えず現状を把握することが先決だ。
メニューボードを繰って所持スキルと魔法を確認してみる。
スキルは大まかに分けて3つに分類される。
全クラスで使用可能な基本スキル。
常時発動タイプの常駐スキル。
クラス別の専用スキル。
この3つだ。他にも、特別な手続きを経て受けられるクエストによって修得が可能な奥義というものも各クラスには存在するが、一先ずそれは置いておこう。
また、魔法はクラスごとに使える魔法の系統が異なり、その為に役割別に住み分けが出来ていた訳だが、サブクラスを付けることでメインクラスの半分のレベルまでのスキルと魔法が使えるというシステムが有り、ある程度の補完が出来るようになっていた。
「ん?」
ざっとスキルを見ていると、その中に見覚えのないものを幾つか発見した。
限界突破
クラスチェンジ
自動翻訳
高速思考
鑑定
偽装
無限収納
???
???
???
どれもゲーム時にはなかったものだが、この手の異世界物では定番のラインナップにある意味納得する。伏せられた???の部分が気になるところではあるが······。
これらの効果を詳しく見てみると。
【限界突破】:レベル、各ステータス、攻撃力、防御力、武器熟練度、魔法熟練度等全てに於いてその上限が無くなる。ダメージ数値の制限も同様である。
成る程な、これで先程のオーバーキルにも説明がつく。尤も、レベル1000の説明はつかないが。
【クラスチェンジ】:メニューボード上でのクラスチェンジが可能となる。但し、非戦闘時に限る。
本来クラスチェンジは、街や神殿等の神官のところでしか出来ないものだった。便利過ぎるな、これは。
【自動翻訳】:あらゆる言語を自動的に翻訳し、意思疏通が可能となる。読み書きにも適応される。
これは心配していたことの一つだったから安心した。ゲームじゃ基本日本語だったからな。外人プレイヤー相手の時以外は。
【高速思考】:身体の動きとは別に思考することが出来る。
便利そうだが、これは並列思考じゃないのか?説明が少なくてちょっとよく理解らないな。
【鑑定】:対象のクラス、レベル、各ステータス、所持スキル、所持魔法、称号、装備品等を見ることが出来る。鑑定対象は人物、魔物、動物、植物、アイテム等多岐に渡るが、生物以外の場合はレベルの代わりにIRというものが存在する。
ゲームでは対象のキャラにカーソルを合わせて「調べる」をすることで、相手のクラスとレベル、現在の装備品を見ることが出来たのだが、ステータスやスキル等は表示されなかった。主に気になる装備品を見たい時に調べるというのが一般的な使い方だったような気がする。但、調べられる相手側にもログが残ってしまう為、人によっては毛嫌いする者も多く、一言断ってから調べるのがマナーとなっていた。此処が現実ならば己のステータス情報はある意味死活問題となりかねないだろうから、その使用には慎重を期する必要があるかも知れない。
【偽装】:現在のクラス、レベル、各ステータス、所持スキル、所持魔法、称号等を自由に変更表示することが可能。但し、鑑定者のレベルが高い場合は看破されることもある。
これも良くあるタイプのやつだな。目立ちたくない時に有効だろう。看破されることもあるということは、【鑑定】は他の人間も使える一般的なスキルである可能性が高いということか。注意しておこう。
【無限収納】:収納の容量に制限が無くなる。また、大きさや重量に関係なく収納が可能。装備格納も同様である。
大盤振る舞いだな。ゲームではいつも収納の空きに四苦八苦してたから、夢のような仕様だ。
一通り確認したところで、試しに自分自身を【鑑定】してみた。メニューのステータス画面を若干簡略化した感じだが、寧ろ情報が整理されていて見易いかも知れない。鑑定された感も無いようだが、これは自分自身だからなのか判断がつかない。
改めてステータスを見ると、全ての数値が桁違いに跳ね上がってはいるが、レベル99から1000になったからといって単純に10倍という訳ではなさそうだ。おそらく、スキルや称号の効果も影響しているのだろう。
そして改めて受け入れ難い現実に直面するのだが······。
自分の声等で薄々違和感を感じてはいたが。
ゲーム時の種族がミセリアという猫耳の種族であったこと。現在もそのままの種族であること。そして此処が肝心なところなのだが、ミセリアという種族は女性のみの種族だということだ。いや、実際には男性も存在するのだが、数が極めて少なく、表舞台には殆ど出て来ないという設定になっていた。ゲーム時でも追加シナリオの登場人物として唯一、一人だけ出て来たのみだった。
ゲームの仕様としても、キャラクターメイキングの種族選択で選べるのは女性だけだった訳で。
つまり現在の自分は女性だということだ。
「異世界でチートの上TSかよ······これもテンプレと言うべきか?」
自分がゲーム時に女性キャラにしていた理由は、単純に着せ替えて楽しいからだった。女性キャラは何を着せてもそれなりに様になるのに対し、男性キャラは総じて着こなしがダサいのだ。特に後衛職のローブ系は壊滅的だった。どうせ見続けることになる自分の分身が、格好良いに越したことはないだろう。
しかし現実にゲームキャラとなってしまった今としては、正直微妙な気分と言うしかない。今は鎧系の為に尻尾は出ていないが、頭の猫耳に手を伸ばして感触を確かめてみる。案外気持ち良いのが複雑な心境だ。
「まさか自分がリアルモフモフになってしまうとはな······」
一生このままとは思いたくないが······。
「慣れるしかないか······」
溜め息を吐きつつ、何故か設定されていなかったサブクラスを付けようとして気付いた。
「アンダークラス?何だこれ?」
サブクラスの横にあるアンダークラスという表示を見て首を傾げる。調べてみると。
【アンダークラス】:付けることにより、そのクラスの4分の1のレベルまでのスキルと魔法が使用可能となる。各ステータスにも補正が掛かる。
「おおぅ───」
ゲーム時にはなかったものだが、これも【限界突破】の影響だろうか?サブクラスの更に半分の効果だが、レベル1000の今なら関係なく嬉しい仕様だ。
ここは【隠密】や【気配察知】等移動に便利なスキルを持つ忍者をサブに、広範囲の索敵が可能な狩人をアンダーに付けることにした。因みに、レベル99だったクラスは全てレベル1000になっており、レベルが上がったことによる新スキルや魔法も多々追加されているようだった。
ともあれ。
「詳しい検証は後回しだな。先ずは人の居る所に出て情報を集めるのが先だ」
その為には兎に角この森を抜けなくては。
真っ先に心配なのが水と食料だったが、収納にあった一時的にステータスを上げる為の料理と、MP回復用のジュースが普通に食べられると分かった為、ある程度は保ちそうだった。
取り敢えず周囲に特に危険な気配は感じられないが、念の為神聖魔法で簡易結界を張る。
適当な木の根元に座り込み、収納から出したハンバーガーとジュースを手に、今後の予定を考え始めた。
「ん、何の肉か分からんが結構イケるな」
ハンバーガーにかぶりつくと、流石にホカホカという訳ではなかったが、状態保持が掛かっているのかしっとりしていてパンも柔らかかった。MP回復用のジュースは、効果の違いでオレンジ、アップル、パイン等があったが、特に今回復が必要な訳ではなかったので、好みでアップルを選んだ。
「さて、と」
ハンバーガーにパクつきながら、先ずはMAPを開く。
「ユラブ大森林······聞いたことないな」
どうやらかなりの広さがあるユラブ大森林という森の中に居るらしいのだが、ゲーム中では全く聞いたことの無い名前だった。そして未到達地域はMAPには表示されない仕様の為、大森林以外の部分は空白となっていた。
「う~ん、どうしたものか······」
完全に手詰まりに思えたのだが、この時はある意味いっぱいいっぱいで、色々なことがスッパリ抜け落ちていて忘れてしまっていたのも仕方のないことかも知れない。後々思い返して悔いることになるのだが······。
「兎に角、動いてみるしかないな」
ジュースの空き瓶を収納に仕舞いながら立ち上がる。取り敢えず行動範囲を広げる為、MAPで見た空白地域に最も近い南に向かって進んでみることにした。
狩人の【広域探査】を使ってみたが範囲内に人の存在はなく、オークやゴブリン、獣系や虫系のレベル50前後のモンスターがいるのみだった。エルフの集落のようなものを期待したが、そう都合良くはなかったようだ。
「まぁ、肩慣らしをするには丁度良いか」
これからのことを考えると、戦闘も含めスキルや魔法の使い方にも慣れておく必要があるだろう。そう思い、進路上の敵は避けずに戦って行くことにしたのだが、ここでもゲームとは違う部分があった。
MOBには問答無用で襲い掛かって来るアクティブモンスターと、此方から手を出さなければ襲って来ないノンアクティブモンスターとがいる。但し一定以上のレベル差で此方が高い場合は、アクティブであっても襲って来なくなるのだ。ところが顧みて最初に倒したオークといい、これだけのレベル差があるにも拘わらず、関係なく襲い掛かって来ている。全体的にはゲームの下地が見え隠れしているものの、余りゲームの仕様を信用しない方がいい、ということかも知れない。とは言え、今のところゲームの知識を当てにするしかないのも確かなのだが······。
「シッッ───ッ!」
聖剣を横薙ぎに一閃し、ウサギ型のMOBボーパルラビットの首が落とされる。
ここまで何度も戦闘してみて、スキルや魔法等問題なく使えることが分かったものの、結果的にはほぼ全て一撃で終わってしまっている。戦闘自体も最初のようにすくんだりすることなく、すんなり受け入れてしまっている自分がいることに驚いているくらいだ。
「余りテストにはならないな······それにしても───」
聖剣ブリュンヒルトを肩に担いだ格好で、死体となったボーパルラビットに目を向ける。
此処までの獲物は全て放置して来ていた。尤も、スキルや魔法のテストで殆ど原型を留めていなかった
というのもあるが。(苦笑)
「もったいないな。こういうのの定番は、素材やら討伐証明部位やらを集めて売ったりするんだろうけど······。かと言って解体の仕方なんて理解らないしな、放置して行くしかないか」
そう呟いた次の瞬間。
《ポーン》
「なっ、なんだ!?」
頭の中に何かを報せるような音が響いた。
ゲーム中、武器等の熟練度が一定値に達し、新たなスキルを覚えた時の音に似ている。
「まさか······」
半信半疑ながらメニューを開き、スキルを確認してみると。
【解体】:魔物等の死体に触れるだけで、素材や魔石、魔玉等を入手することが出来る。稀にレアアイテムが手に入ることもある。
スキルが増えていた。
「はっ、ははは······」
何て都合の良い、それもこのタイミングで。
よもやとも思うが、必要だと考えたからではないか?そう思ったものの、それならばMAP関係や地理的な有用スキルを覚えても良さそうなものだが······。もしかして予め用意されていたものが必要に応じて開放されるような仕掛けになっていたとしたら?それならば一応の説明はつくかも知れない。飽くまでも憶測に過ぎないが。
但、スキル欄の???の数は減ってはおらず、3つのままだった。これはもっと重要な何かであって、これとは別に隠しスキルのようなものがあるということなのだろうか?
「まぁ便利なスキルが手に入った訳だし、良しとするか」
早速ボーパルラビットの傍らにしゃがみ込み、恐る恐る手を触れて【解体】を発動してみた。
すると、何かを吸い込んだような感覚と共にボーパルラビットは消滅し、そして───。
《ボーパルラビットの肉を手に入れた》
《ボーパルラビットの皮を手に入れた》
《ボーパルラビットの牙を手に入れた》
《魔石(?)を手に入れた》
脳内にメッセージが流れ、続いて。
《今後、このメッセージを流しますか?ON/OFF》
目の前に選択肢が現れた。
「取り敢えず、このままでいいか」
とONを選んでおく。
そう言えば、経験値取得のメッセージは何故か分からないがOFFになっていたようだ。現状ではレベル差から、どうせ最低値の1しか入らないだろうから、これもそのままにしておいた。
「便利だな。手を汚さなくて済むのがいい。けど、こいつは人前で使ってもいいものなのか?判断に苦しむところだな······。一般的な常識が分かるまではなるべく人目を避けた方が良さそうか」
自分の持つスキルは、どれも非常識なものである可能性が高い気がする。その場合、下手に人目につくとトラブルの元にもなりかねないだろう。用心するに越したことはない。
「こいつは何に使うんだ?」
ふと気になって、手に入れた魔石というのを取り出してみた。これもゲーム時には無かったものだが、「魔石(?)」となっていて未鑑定状態のようなので【鑑定】してみると。
【風の魔石D+】:風属性の魔力を内包した魔玉の欠片。ランクが高い程内包する魔力が大きく、価値が高くなる。
何に使うかは結局分からないが、定番だと魔道具とかのエネルギー源になったりするんだろうな。金にはなりそうだし、集めておいて損はないだろう。
魔石を収納に仕舞いつつ、再び大森林からの脱出に向けて進み始めるのだった。