第18話 八騎将
今回はモフモフの回です。
「う───、えらい目に遭った······」
その店から出て来た時にはすっかり憔悴しきって、げんなりとしていた。
「ありがとうございました~またのお越しを~」
(二度と来るかっ)
背後から聞こえて来る店員の声に、内心で悪態を吐く。
店構えの普通さに騙されて入ったのが間違いの元だった。唯の衣料品店かと思ったら、この世界に在るとは思えない程革新的な女性用下着専門店だったのだ。ひらひらの付いた機能性を疑うショーツは兎も角、思いの外精巧な作りのブラジャーまで有ったことに驚いた。有っても精々スポーツブラ的なものくらいだと思っていたのだ。
それにしてもあの女性店員、やれ肌が綺麗だの胸が大きいだのと必要以上にベタベタと触ってきて、その挙げ句散々人を着せ替え人形にしやがって。終いにはモフモフだと?何なんだ、あの女は。
ゲームの時、ケモナーのフレンドに態々それ用に作ったモーション付きのマクロで散々やられた覚えはあるが、よもや現実でモフモフされる日が来ようとは夢にも思わなかった。
「はぁ~~~」
もう溜め息しか出ない。野良犬にでも噛まれたと思って忘れるしかないな。
半ば面倒になって店員に勧められるまま、ろくに見もせずに片っ端から買い込んだので当分は持つだろうし、あの店には二度と近付く気もない。但、後々我に返って買った物を見た時に、激しく後悔しそうな気もするが。
そうして一応粗方の目的は達し、特に宛もなくトボトボと通りを歩いていると、ふと一軒の店が目に付いた。
「絵草紙屋······?」
その店先には様々な絵草紙が所狭しと並べられ、他にも色取り取りの風景画や人物画等の錦絵が飾られていた。
目に留まったのは、その中の一つの人物画。
「八騎将、紅蓮のクレハ······」
緋い髪を靡かせて、颯爽と二刀を構える女将軍の艶姿。それは正しく、クレハをモチーフにした錦絵だった。
「いらっしゃい」
店頭で立ち止まって見ているのに気付いた店主らしき男が声を掛けて来た。火○正平似の軽そうな男だ。
「八騎将かい。そいつは売れ筋だよ。特に紅蓮のクレハは一番人気だ。有るうちに買っちまわないと、直ぐに無くなっちまうよ」
その有りがちな口上に苦笑いが浮かぶが、クレハの残りだけ大分少ないので、人気が有るのは確かなのだろう。
「八騎将とは何だ?」
初めて聞く言葉に疑問を口にする。
「お客さん、他所から来たのかい?」
「ああ、そんなところだ」
「やっぱりね。この国の者なら八騎将を知らない者は居ないよ。八騎将ってのは、関八州を代表するこの国の担い手さ」
「関八州?」
またえらく時代錯誤な。過去に江戸時代から来た人間でも居たんだろうか。この国の在り様を見ると、そんな気がしてならない。
「何だい、そこも知らないのかい。この国は元々関の国と呼ばれていてね、その頃の名残で八つの州に分かれているんだ。その各州から皇家によって選出された国の守護者とも言える存在が八騎将って訳さ」
「ほう」
あのクレハがそんな大層な存在だったとはな。
それにしても、これは何と言うか······。二つ名まで付けられて見世物にされるとか痛過ぎる。自分だったら恥ずかしくて表も歩けないな。本人達はどう思っているんだか。まぁ、国民の安寧に一役買ってると言えなくもないのか。あのクレハならそう言いそうな気もするな。
「此方は······剛覇のテッサイって、セツナの爺様か?やっぱり有名人なんだな」
それは大太刀を上段に構えた、白髪総髪の如何にも頑固そうな爺さんの絵だった。名前といい、宮本武蔵の父であり師匠の無二斎を思い浮かべる。と言っても、ドラマとかでしか見たことはないが。
「ん?」
他の八騎将の錦絵を見ていると、その内の一枚に目が留まった。
「天剣のシリウス······」
漆黒の鎧に蒼い刀身の剣(おそらく魔剣)を持った、目付きの鋭い美丈夫だが。
(何処かで見たような······)
いや、そんなはずはないな。この国には来たばかりだし、八騎将なんてものも今初めて知ったのだ。装備から見て黒騎士(騎士から派生する聖騎士とは別の上級職)のようだが、その出で立ちも名前も他の八騎将とは毛色が違っていた為、何となく浮いているように感じた所為かも知れない。そう無理矢理自分を納得させ、また他を見回していると。
「え?」
信じられないものが目に飛び込んで来た。
「あれはまさか······」
「おっ、お客さん、お目が高い」
此方の視線の先に気付き、待ってましたとばかりに店主が声を上げる。
「そいつは入荷したばかりの最新作だ。先のカガチ城塞攻防戦で突如として現れ、紅蓮のクレハ等皇国軍の危機を救ったっていう白の勇者様さ」
(何ぃぃ~~~~!?)
店主の講談師のような語り口に、思わず目を剥く。
その錦絵には、白き飛竜に乗り白銀の鎧を纏った騎士の姿が描かれていた。細部は色々と違うが、聖騎士だった時の自分に間違いないだろう。
(嘘だろ······何だってこんなに早く······)
情報が早過ぎるだろ。正直、この世界の伝達速度を甘く見ていた。それに白の勇者って何だよ。安易過ぎる。
(こいつは悪夢だ······)
アーメットで顔を隠していたのがせめてもの救いか。これは益々バレる訳にはいかなくなった。本当に表を歩けなくなるぞ。
他人事ではなくなった八騎将達の錦絵を今一度見渡し、少しだけ親近感を覚える。こんなことで共感したくはなかったが。
(はぁ、帰るか)
これ以上居ると、際限なく精神を削られそうだ。
手ぶらで出るのも気が引けたので、何となくクレハの錦絵を一枚買ってみた。
「毎度あり。ついでに白の勇者もどうだい?」
「結構だっ」
商魂逞しい店主の言葉に素気無く返し、早々に店から退散する。自分で自分の絵を買ってどうするってんだ。
外は既に夕暮れ時になっており、通りを行く人々も疎らになってきていた。極僅かに明かりの魔道具らしきものは有るものの、基本的には夜明かりの少ないこの世界では、人々が夜出歩くことは余りないようだ。例外は色街くらいのものか。
宿に戻り、一度フェリオスの様子を見に行く。飼い葉を与えられていて、それをモシャモシャと食べていた。馬の状態なら馬の食べるもので十分栄養は摂れるらしい。但、やはり肉が食べたいようで懇願の目を向けてきたが、流石に此処で変身する訳にもいかないので、何とか宥めて我慢してもらった。今度街の外に出た時にでも食べさせてやるとしよう。
それから部屋で戦利品を一通り確認し、案の定大量の下着を見て若干ダメージを受けつつ、一階に降りて夕食を取る。
遅めの昼食だったこともあって然程腹は減っていなかったのだが、今回も予想以上に美味しく、ペロリと平らげた。因みに夕食のメニューは、鮃に似た白身魚のムニエルに揚げ出し豆腐、(多分)蛸と海藻の酢の物、大根の味噌汁、そして鳥と牛蒡の炊き込み御飯だった。次は肉料理でも頼んでみるかな。
さて、愈々お待ちかねの温泉だ。
「女将、ちょっといいか?」
通り掛かった女将を呼び止め、ある頼み事をする。
「まあ、面白いことを考えるんですね。分かりました、後程お持ちします」
「頼む」
快く承諾してくれた女将に銀貨を渡して礼を言い、一度部屋に戻って準備をする。と言っても、必要な物は全て収納に入っているので問題ないのだが、一応怪しまれないよう最低限の日用品はカモフラージュ用に買った鞄に入れて部屋に置いてある。それを持って温泉へと向かう。脱衣所に着替えも何もなかったら、女将が変に思うかも知れないからだ。
一階に降りてお座敷のある部屋の横の通路を奥に行くと、男女に分かれた暖簾が掛かった脱衣所があった。一瞬男湯の方に入りそうになるが、すぐに思い直して女湯の暖簾を潜って中に入る。
中は普通に良く見る温泉の脱衣所で、三段に仕切られた棚には幾つもの籠が並べられていた。幸いと言うか今は誰も入って居ないようで、変に緊張しないで済みそうだ。
入って左手が大浴場の扉で、正面奥の扉から出れば露天風呂がある。手早く衣服を脱ぎ、石鹸と手拭いだけ持って当然ながら露天風呂の方へと向かう。
「ほお······」
思わず感嘆の声が漏れる。
外は周りから見られない為の配慮か生垣に囲まれていて、景色を楽しむといったことは出来ないが、それでも満天の星空の下というだけで十分だ。絶えずお湯が流れ出ているので、源泉掛け流しというやつだろう。無色透明で臭いも無いので単純温泉といったところか。まあ、風呂に入れるだけでも有り難い。温度も40℃前後と、温めの好きな自分的には丁度良い。
洗い場でしっかりと垢を落とし、髪も洗うと、滑らないようゆっくりと湯船に入り肩まで浸かる。
「はぁ~~~、生き返る」
5日ぶりの風呂だ、そりゃあ溜め息も出るだろう。
旅の間は適当に拭いていただけなのだ。いい加減、気持ちが悪いと思っていたところだった。女の身体になって、余計そう思うようになっていた。
「女の身体か······」
視線を下げて、本当に浮くんだなという極めて陳腐で在り来たりなことを考え、自己嫌悪してしまう。
だが実際に体感してみて、如何に動く時邪魔臭いかを痛感したのだ。ネタとして面白半分に巨乳にしたことを後悔している。自分のを見たところで何も感じないしな。
暫し頭に定番の手拭いを乗せ(微妙に猫耳が邪魔だった)、鼻唄混じりに湯に浸かっていると、そんな憂さも次第に忘れて安らいで来る。と、その時───。
「失礼します」
女将がお盆を手に、中に入って来た。お盆の上には徳利とお猪口が乗っている。
「ご注文のお酒をお持ちしました」
待ってました!そう、女将に頼んでいたのはこれだったのだ。不思議なことに今までやろうとした人はいなかったらしく、最初は女将も目を丸くしていたが直ぐに興味を持ったようで、ひょっとしたら他の客にも勧めることを考えていたりするのかも知れない。
女将に礼を言って受け取り、そっと湯船に浮かべると。
「それじゃ、ごゆっくり」
と女将は微笑んで、脱衣所の方へと戻って行く。
「これこれ、温泉と言ったらこれだよな」
徳利に入ってるのは清酒だった。米が有ったので無いはずがないと思っていた。しかも純米大吟醸だ。醸造アルコール等というものがこの世界に有るとは思えないので当然ではあるが、地酒が好きで越乃寒梅や獺祭とかを飲んでいた(高いのでたまに、だが)身としては堪らない。
熱く燗された酒をお猪口に注ぎ、一口味わう。
「うん、美味い。少し甘口だが、これはこれでイケる」
温泉に浸かりながら一杯。思い描いていたシチュエーションに、大満足で見も心も洗われるようだ。もったいないのでちびちびと飲みながら堪能していると。
「失礼致します」
また誰かが入って来た。しかも聞いたことのある声だ。
「なっ!?」
驚きの声を上げる。
セツナだった。それも小柄な割に見事な肢体を一切隠すことなく、惜しげもなく晒して堂々と入って来たのだ。
「ちょっ、おまっ、何入って来てんだ!?」
「何と言われましても、此処は女湯で私達は女同士ですから、何も問題は無いと思いますが?」
セツナの方が逆に不思議そうな顔をしている。
いやまあ、確かにそれはそうなんだが、だからと言って納得出来る訳もない。
「て言うか、何でお前が此処にいる?」
「此処の温泉は宿泊客以外でも利用出来るんですよ。それに、アリシアさんから此処を紹介したと聞いて来ましたので」
あの受付嬢、存外口が軽いな。口止めしておけば良かったか。
「何しに来たんだ」
「何って温泉に入りにですよ。当たり前じゃないですか」
にっこり笑っていけしゃあしゃあと言うセツナ。
(こいつは全く諦めてないな。何を企んでる?)
「そうか、ならゆっくりとしていくといい。自分は先に上がらせてもらう」
付き合ってられないとばかりに湯船から出て、脱衣所の方へ向かう。
「まあまあ、折角ですからお背中流させて下さい、お師匠様」
そう言って腕を絡ませてくるセツナ。
「誰が師匠だ、弟子にした覚えはないっ」
「まあそう言わずに。さあ、此方へ」
「おっ、おい」
セツナは強引に洗い場の方へと引っ張って行く。抵抗しようと思えば出来たのだが、腕に押し当てられた胸の感触にドギマギしてしまい、されるがままに引っ張られてしまったのだ。自分のものには感じない癖に、他人のものは別なようだ。
半ば無理矢理風呂椅子に座らされ、セツナは手拭いに石鹸を付けて背中を洗い始めた。
「わあ、肌理細かくて綺麗なお肌ですね。お師匠様」
「だから師匠じゃないっての」
このまま、なし崩しに弟子に居座るつもりか?
「胸も大きくて羨ましいです」
「あ、こら、何処触ってる」
前に伸びてきた手を撥ね除けると、今度は尻尾を触り始める。
「それにこの尻尾、フサフサして気持ち良い······」
どういう訳だか尻尾の毛は撥水性が極めて高いようで、濡れても直ぐに水を弾いてしまう。その為か、普段でも殆ど汚れることがない。自分で言うのも何だが、毛皮のコートのような何とも言えない手触りなのだ。まあ、それは兎も角。
尻尾を触るセツナの手付きが、次第に怪しくなってきた。
「おい、何時まで触って······」
「うふふふ、モフモフ······」
「!」
(ブルータス、お前もかっ)
「このっ」
桶のお湯を指鉄砲で飛ばし、セツナの顔にぶち当てる。
「キャッ!?」
セツナが驚いて尻尾から手を放した隙に、素早く立ち上がってザッと石鹸の泡をお湯で流し、逃げるように離れる。
「もう出る!付き合ってられるかっ」
そして有無を言わさず脱衣所へと入って行く。
「あ~~私のモフモフ~~~」
身体を拭くのももどかしく服を身に付けていると、そんな声が聞こえて来る。
(誰がお前のだっ)
下着屋の店員といい、いい加減にしてくれと言いたい。弟子にしてくれって、それが目的じゃないだろうな?と言うか、性格が違ってないか?
セツナが出て来る前に、手早く着替えを済ませて脱衣所から出て行くと。
「くしゅんっ」
軽いくしゃみに鼻をむずむずさせる。
全く。折角温まったのに、これでは湯冷めしそうだ。
ケモナーのフレンドがセツナのモデルですw
性格は全然違いますが。モフモフの部分だけですw