第16話 立ち合い
ユバの街は、建物の造りや櫓、そこかしこに積まれた防火用水の桶等、火事と喧嘩は江戸の華とでも言うように、全体的な雰囲気は江戸の町並みのように感じる。だが実際に街中を進んでみると、碁盤の目のような格子状の構造になっており、どちらかと言うと京都のそれに近い気がする。
方格設計は紀元前から存在する都市計画の様式だが、中世ヨーロッパのルネサンス期に定着したとも聞いているので、その辺りも和洋折衷の一端かなと、ふと思う。元々、ゲームでの街並みが中世寄りの造りだったから、そんな風に感じるのかも知れない。まあ、何にしろ聞きかじりの知識なので何とも言えないが。
ギルドを出て南に向かい、通りを三つ程跨いで東に暫く進んだところにそれは在った。ギルドと遜色ない広さの敷地を板張りの塀で囲んでおり、何処の寺の山門だ、と言う程の立派な門構えをしていた。頭上に掲げられた篇額には『武心館』と書かれている。
「此処がカブラギ流の道場か。立派なものだな」
感心してそう口に出すと、セツナも自然と口許を綻ばせる。
「本家の道場はもっと大きいんですよ。此方は門下生がそれ程多くありませんので」
これでも小さいのか。流石は領主家と言うべきか。
「少々お待ち下さい」
休館日の為か門は閉まっていたので、セツナは横の通用口から入って中から門を開けた。
中に入って直ぐ左手には馬を繋いでおく簡易厩舎があり、セツナがそこに自分の馬を繋ぐと、それに倣ってフェリオスも繋ぐ。今度はフェリオスも大人しくしていたので、少しホッとする。
正面の建物はとても道場とは思えない、これぞ武家屋敷といった風情の玄関で、式台を備えた時代劇で良く見るようなやつだった。
(流石に土足ではないか)
ギルドと違って和そのものの建物の造りに、何処か安心感を覚える。
脚絆(ゲームの仕様上、靴と一体化したものだった)を脱いで上へ上がると、
「道場は此方です」
と案内するセツナについて行く。どうやら此処は母屋のようで、道場は渡り廊下を渡った先にあった。
道場に入ろうとした時、中から出て来る一人の男性と搗ち合う。
「おやお嬢、どうかしたんですかい」
その男は出会い頭にも拘わらず、酷くのんびりした口調で言った。セツナは驚きつつも、それに返す。
「サジさんこそ、休館日に何を?」
「いやなに、少し型稽古をね。そちらは?」
サジと呼ばれた男が視線を向けて来る。四十がらみのやけに細い目が印象的な男だった。のほほんとした雰囲気とは裏腹に、隙のない物腰が武芸者らしい気を放っていた。
「私の御客様です。失礼のないよう御願いします」
「ほう、お客様ねぇ」
男はニヤニヤと不躾に見てくるが、しかしその細い目の奥は笑ってはおらず、探るような視線が油断のならなさを感じさせる。
「サジさんっ」
セツナが見かねて語気を荒げた。
「いや失敬。あんた、出来なさるね。それも可成りのもんだ。是非とも一度、手合わせ願いたいねぇ」
冗談とも本気ともつかないおちゃらけた調子だが、おそらく本気だろう。相変わらず目の奥は笑っていない。何より、此方を試すように殺気を放って来ていた。鋭いセツナが気付かない程度の極僅かなものだが。
それを適当に受け流していると、不意に張り詰めた空気が霧散し、打って変わって男は緩んだ声を上げた。
「いやはや、こいつは想像以上だ。やはり、このまま見過ごすのは惜しいねぇ。どうだい?道場でひとつ」
「サジさん!いい加減にして下さいっ。私達はこれから大事な話があるのです。席を外して頂けませんか」
セツナの剣幕に、サジは両手を挙げて降参のポーズをする。
「分かった分かった。退散するから、そう怖い顔しなさんな」
そして此方に向き直って言う。
「某はサジと申す。御手前は?」
「······白夜だ」
「白夜殿か。覚えておこう。では、何れまた見えるとしよう。出来れば······」
剣と剣で(この場合は刀か)、とでも言いたげに。セツナの手前その言葉は飲み込んで、目礼してこの場から去って行く。
(あの男······)
話している間、終始意識は此方の刀に向けられていた。何時でも抜けるよう身構えていたのを見透かされていたようだ。セツナですら気付いていなかったというのに。
(本当に油断がならない)
敵に回せば、羅刹族なんかより余程やっかいだろう。とは言え、何処か憎めないところもある。敵に回らないことを祈るとしよう。
「申し訳ありません。うちの者が御無礼を」
「気にするな。今のも門下生なのか?」
「いえ、もう一人の師範代なのですが、何分変わり者でして······」
師範代と聞いて納得する。【鑑定】はしていないが、明らかにセツナよりも実力は上と見た。
(はて、あれ程の者が居るなら、立ち合いには困らないと思うが······)
そう疑問に思いつつも、セツナに促されて道場へと入る。
中は50~60畳程の広さがあり、全面板張りで綺麗に磨きあげられていた。上座の床の間の部分には、『心技体』と書かれた有りがちな掛け軸が掛かっており、他の看板等を見た時にも思ったのだが、これらは実際に漢字で書かれているのか、それとも【自動翻訳】で脳内補完されてそう見えるだけなのか、気になるところだ。まぁ、どうでもいいことではあるが。
「竹刀は有りませんが、木刀は此処に有りますのでお使い下さい」
と言ってセツナは壁に掛けられた木刀を一本取り、替わりに自らの腰のものをそこへ置く。自分も適当に一本選んで取って、試しに二、三度振ってみる。流石に真剣よりは軽いが、鍛練に使うだけあって重心は真剣に近い造りになっており、バランス的には問題なかった。因みに刀は、セツナに見えないよう既に装備格納に収納済みだ。
お互い木刀を手に、道場の中央で向かい合う。
セツナが緊張の面持ちで口を開く。
「それでは、準備はよろしいでしょうか」
「ああ、問題ない。何時でも構わないぞ」
木刀をだらりと下げたまま、そう答える。
セツナの方は、頷くと正眼に構えた。そして一度大きく深呼吸して表情を引き締め、キッと真っ直ぐな眼差しを向けて来る。
「いざっ、参ります!」
ダンッと床を踏み鳴らし、木刀を振りかぶって一気に間合いを詰めて来る。思い切りは良いが馬鹿正直過ぎるな、そう思っていると。
「む」
予想以上の太刀筋の鋭さに目を見張る。引き戻しも速く、二撃目三撃目と畳み掛けて来る連撃は、あの撞鬼の連突きに勝るとも劣らない。敢えて木刀で受けた一撃目からは、若い娘とは思えない程の重さを感じ、このまま受け続ければどちらかの木刀が折れると考えて、以降は受け流し(スキルではない)と体捌きで躱していく。
クレハの太刀筋が変幻自在の「柔」とするならば、セツナのそれは確かに「剛」と呼べるものだった。構えこそ違うものの、薩摩示現流と似ているかも知れない。二の太刀要らずと云われる示現流だが、実際には初太刀からの連続技も歴として存在し、一撃必殺に特化した自顕流と混同されることが多いようだ。
セツナは打ち下ろしからの右左、或いは左右からの打ち下ろし等、おそらくカブラギ流の型なのだろうそれらを、間合いを離しては打ち掛かりといった具合に一つ一つ試している。
暫く回避に徹して様子を伺っていると、時折セツナが何かを狙っているような素振りを見せ始める。誘っているのか、あからさまではないものの、攻撃の合間に本の一瞬だがタイムラグをつけていた。
(ふむ、何を狙っているのか、誘いに乗ってみるか)
繰り返される一連の動作の中で、右打ち下ろしからの左斬り上げに繋げる僅かな間に、軽く打ち込んでみた。
だが───。
カンッとその一撃を木刀で弾き、セツナは間合いを離す。どうやら、此方の思惑を看破して乗って来なかったようだ。
「ふ───っ」
セツナは大きく息を吐き、気合いを入れ直すかのように木刀を握り直して、何も言わず再び打ち掛かって来る。
(本気で来いという訳か。いいだろう)
更に幾度目かの打ち込みを経て、愈々決意に満ちたようなセツナの気配を感じる。勝負どころと見たようだ。此方も仕掛けるとしようか。
セツナは左横薙ぎから右打ち下ろしの後、次の攻撃を一呼吸遅らせる。そこに出力5%の本気で打ち込むべく振りかぶった。その刹那───。
「見切りましたっ!」
叫ぶや否や、掻い潜るように姿勢を低くして突きを放って来るセツナ。
がしかし、相手の予測通りには振り下ろしてはいなかった。
「甘い」
フェイント気味に止めた木刀を基点に身体を回転させ、ひらりと突きを躱わす。そして懐から左手で扇子を取り出し、体勢を崩して前のめりになるセツナの頭を、閉じたままのそれでパシッと叩く。
「痛っっ」
たかが扇子とは言え、出力5%でも相当痛かったらしく、頭を押さえて蹲るセツナ。
「ううぅ······」
蹲ったまま涙目で、恨みがましい目を向けて来る。普段は澄ましているセツナだが、本来は喜怒哀楽のはっきりしたタイプなのかも知れない。
「そんな目で見るな。痛い思いをするのは覚悟していただろうに」
「それはそうですが、それ地味に痛過ぎます。何処から出したんですか」
「木刀だったらそんなものじゃ済まなかっただろうが。だがまあ、足りないものとやらは兎も角、お前さんの欠点は分かった」
「えっ!?」
セツナは頭の痛みも忘れてガバッと立ち上がり、食い気味に訊いて来る。
「そ、それは何でしょうかっ!?」
「お前さん、目が良過ぎるんだ」
「え?」
セツナは意味を計りかねて訊き返す。
「それはどういう······」
「なまじ見えるから刀を目で追っている。打ち込みの時に見ていたが、終始此方の刀に視線が向いていた。先刻自分でも言っていただろう?扇子を何処から出したのか、と。他が見えていない証拠だ」
「あ······」
ある程度の相手ならそれでも通用していたんだろうが。格下の門下生とか、それこそ雑魚同然の盗賊とかな。ギルドのランクが高いのは、強くても知能の低い魔物を相手にしてきたからとか、そんなところだろうか。
「周辺視野というのを知っているか?」
「しゅうへんしや、ですか······?いえ」
知らないか。教えられてないだけなのか、それとも認識自体がないのか。だが言葉は無くとも概念は有るはずだ。実際、先刻のサジという男は刀に意識を向けながらも、此方の全体像を捉えていた。油断ならないと思った所以だ。
「そうだな、例えば拳闘士同士の闘いの場合だ。至近で打ち合う拳を目で追っていたら到底回避が間に合わない。ではどうするのかと言うと、視線は相手の中心を見据えたまま、その周辺も含め全体を見るんだ。視界全体をぼんやりとでも捉えることで対応力が、特に速く動くものへの対応力が上がる。まぁ訓練は必要だが、文字通り視野が広くなる訳だな。これが周辺視野だ」
「周辺視野······」
セツナが感心したように呟く。
「動体視力、ってこれも理解らんか。動くものを捉える能力のことだが、それと併せて鍛えることで見切る力が格段に上がる。ああ、見切るって言ってもスキルのことじゃないぞ」
「え?【見切り】とは違うのですか?」
案の定、セツナが訊いて来た。
「今言ってるのは攻撃や防御も含め、相手の動きを見極める力のことだ。だがついでだから言うと、お前は【見切り】に頼り過ぎている」
「······どういうことでしょうか」
やはり理解ってないって顔だな。それに、ここまで駄目出しされて不安げな面持ちだ。
「【見切り】ってのは別に回避スキルじゃない。相手の攻撃の軌道が読めるってだけだ。それも僅かコンマ数秒後の、な。それは使っている自分が一番良く理解っているだろう?」
「はい」
「先刻お前は、【見切り】の結果だけ見てそのまま突っ込んで来た。一定以上の使い手なら、そのコンマ数秒の間に軌道を変えたり止めたりすることも可能だ。結果どうなったかは分かるよな」
セツナは神妙な顔付きで項垂れる。
「ようするに、目で追ってるから多角的な攻撃に弱く、【見切り】に頼ってフェイントに引っ掛かり易い。それが欠点ってことだな。だがこの程度のこと、今までにだって指摘されたことくらいあるんじゃないのか?」
そう言葉を受けても、セツナは黙って俯いたまま、拳を握りしめて身体を震わせている。
「おい······」
少し言い過ぎたか?そう思っていると。
「······【見切り】のことは祖父にも言われたことがありました。【見切り】に頼るな、己の感覚を磨け、と。その時は意味が良く理解りませんでしたが」
そして徐に顔を上げ、何やら決意したような、それこそ目の色を変えてとでも言うような眼差しを向けて来た。
「ですが、これではっきりしました。自分が進むべき道が分かりました」
そう言ってセツナは瞳を輝かせる。あ、何か嫌な予感が······。
次の瞬間、唐突に半歩下がってガバァッと床に身を伏せ、土下座するセツナ。
「!?───何の真似だ?」
「私を弟子にしてくださいっ!」
セツナは床に頭を擦り付けて叫んだ。
「はぁっ!?」
いや何言ってんだ、こいつ。
「どうしてそうなる?師匠なら爺様が居るだろうが」
「祖父は関係ありません。それに、己の道は己で見つけよとも仰いましたので。師事するならばこの御方をおいて他にはいないと心に決めました」
ヤバイ、こいつは思い込みの激しいタイプだ。
「断る!却下だ却下。弟子なんぞ取る気は毛頭ない」
即答する。これ以上、面倒事を増やしてたまるか。
「そこを何とかっ、何卒御願い致しますっ」
セツナは何度も何度も頭を下げている。だからと言って絆されたりはしないが。
「教えを請うなら他にもいるだろう?あのサジって男はどうなんだ。相当の使い手と見たが」
「あの人は駄目です」
キッパリと切り捨てた。
「自分の剣の道にしか興味のない人です。何より、人に教える柄じゃないと本人が言っていますから」
武芸者なんて多かれ少なかれそんなものじゃないのか。て言うか、仮にも師範代がそんなことで良いのか?それも二人揃って。
「大体、自分は偶々寄っただけで、何時までもこの街にいる訳じゃない。何れは出て行くことになるんだからな」
「その時は、何処までも御供致します」
「簡単に言うな。師範代の役目はどうするつもりだ」
「サジさんが居ますから問題ありません」
しれっと言うな、問題大ありだろうが。
「あ───もう······」
天を仰ぎ、盛大に溜め息を吐く。
(このまま話しても埒が明かないな)
斯くなる上は───。
「兎に角、駄目なものは駄目だ。諦めろ」
と強引に話を打ち切り、
「この話は終いだ。悪いが、これでお暇させてもらう」
木刀を投げ捨てて踵を返し、言葉を返す隙も与えずに道場から出て行く。
「あっ、お待ち下さいっ」
セツナは慌てて立ち上がり後を追おうとするが、道場を出て曲がると同時に【瞬動】で渡り廊下を越えて玄関まで飛んでいた為、セツナが出た時には既にその姿はなかった。
「え?そんな······」
唖然とするセツナが途方に暮れている頃にはもう、フェリオスと合流して門から出るところだった。
因みに脱いでいた脚絆は、一旦装備格納に入れてからメニュー上で瞬時に装備するという裏技を使った。普段は味気ないので普通に装備するようにしているが。
「絶対に諦めません~~~!」
遠くの方からそんな声が聞こえて来る。
どうにもこのまま終わりそうにないな、と頭の痛い思いで武心館を後にするのだった。
周辺視野は一応調べたつもりですが、間違っていたら大目に見てください。(汗)