第15話 セツナ・カブラギ
「は?」
セツナの言葉に、我知らず間の抜けた声を上げてしまう。
「今何と?もう一度言ってくれ」
その真意を図りかねて聞き返す。
「ですから、私と立ち合って頂けませんか、と申しました」
「それは剣を交えるという意味か?」
「······はい」
セツナの表情は至って真面目で真剣だった。思い詰めた様子なのも気に掛かる。
(どうやら本気のようだな)
何やら事情がありそうだが、聞いてしまったら後には引けなくなるような気もする。とは言え、ここまで来たら聞かない訳にもいかないだろう。
改まってセツナに向き直り、真っ直ぐと見据えて言う。
「理由を聞かせてもらおうか」
「······分かりました。お話致します」
「私が師範代でありながら冒険者をしていること、奇異に思われませんでしたか?」
そう切り出したセツナの言葉に、確かにな、と頷く。そこは妙と言うか、違和感を覚えていたところだ。
「道場の経営が苦しいとか?」
「いえ、経済的な問題ではありません」
セツナは首を横に振る。
「理由の前に、先ずは私の家のことを聞いて頂きたいと思います」
家、ね。何やら嫌な予感がするな。
「我がカブラギ家は、この西州クラナギ領とは境を一にする、南州カブラギ領を治める領家の家系です。現在の領主は、私の祖父テッサイ・カブラギ」
(やはり、そう来たか───!)
思わず頭痛に見舞われ、眉間に手を当てる。まさか領主の孫娘だったとはな······。どういう巡り合わせだ、これは。
「如何なされました?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
気を取り直して先を促す。セツナは、やや怪訝な顔をしつつも頷いた。
「祖父は領主であると同時に、カブラギ一刀流の総帥でもあります。カブラギ家は、西州クラナギ家とは、剛のカブラギ、柔のクラナギと並び称される武門の家柄なのです」
そう言うセツナは何処か誇らしげでもあった。自分の家に対する一方ならぬ思い入れが感じられる。
(しかし、引っ掛かっていたのはそこだったか。クレハもやはり、領主の縁者だった訳だ)
こうも立て続けに領主家の人間と関わることに、何やら作為めいたものを感じないでもないが。そこまでシナリオに沿って動かされている訳はないと、馬鹿げた疑念を無理矢理頭の中から追いやる。
「その領主の爺様とやらが、お前さんの師匠なのか?」
「いえ、基本は門下生達と共に教わりましたが、果たして師匠と言えるかどうかは······」
セツナの含みのある言い回しに首を傾げる。
「どういうことだ?」
「技は習うものではない、見出だすものだというのが祖父の口癖でした。森羅万象全てに目を向け、見るべきを見、感ずるべきを感じ、そして己が内から自らの道を見付けよ、と仰られて······。直接、技の手解きを受けたことはありませんでした」
ああ、いるな、そういう昔気質の職人的な年配の人。学生の頃バイトしていた印刷屋の社長が、丁度そんな感じの爺さんだった。こうやるんだ、と目の前でやって見せ、具体的な説明もなしに見て覚えろという無茶ぶりに、途方に暮れた記憶がある。
それにしても、孫娘が可愛くなかったんだろうか。それとも───。
「剣の道に進むこと、反対でもされていたのか?」
「そんなことはないと思います。元々武門の家系ですから、幼い頃から剣や刀は身近なものです。女子と言えども、剣を持つことが当たり前の環境で育って来ました。祖父もその辺りは鷹揚で、志さえあれば女子だからと偏頗な見方をされたりはしませんでした。寧ろ、己の身は己で守るようにと仰っていましたので」
「ふむ」
単なる放任主義なのか、それとも余人には計り知れない深慮があるのか。当人の為人を知らない自分には判断しかねる。だからと言って、会ってみたいとは露程も思わないが。
「普段は両親から甘過ぎると言われる程優しい祖父でしたが、こと剣に関しては一切の妥協を許さない厳しい方でした。きっと私などには及びもつかない、深いお考えがあるのだと思います」
「尊敬しているのだな」
「はい」
セツナは大きく頷いた。
「だが、ここまでの話と立ち合うということは、どう繋がって来るんだ?」
「それは······」
何かを吟味するかのように視線を下げて間を置き、それから徐に視線を上げ、此方の目を見て口を開いた。
「私のクラスとレベル、御覧になられたでしょう?」
「!?」
その言葉を聞いて驚く。暗に【鑑定】されたことを言っているのだ。
「気付いていたのか」
「何となく、ですけど。そういった気配には敏感なものですから。ですが、責めている訳ではありませんのでお気になさらずに」
セツナは此方が複雑な顔をしたのを見て、気を遣ってそう言ったのだろう。誰でも気付くという訳でもないのだろうが、やはり【鑑定】は迂闊に使うべきではないなと、改めて思い知る。今後は気を付けることにしよう。
「見て、どう思われましたか?」
「───ああ、そういうことか」
言いたいことが分かった。いや、分かっていたと言うべきか。
セツナの言わんとすることは、最初から疑問には思っていたことだが、クレハ等と会ってこの世界のクラスの在り方に認識のズレを感じていた為、敢えて考えないようにしていたことだ。
【鑑定】で見たセツナのクラスは刀剣士、レベルは65だった。刀剣士は基本職の剣術士から派生する二次職だが、刀を使うということ以外基本職と変わりがなく、言わば初期職と言っても良い。DFVllでは基本職から上級職に転職する際、直接の互換職に限ってだが、そのレベルは継承される。レベル65ならば上級職である侍へ転職する為の条件は、十分に満たしているはずだ。スキルの熟練度も申し分なかった。であれば、刀剣士のままでいる意味は、全くと言ってない。
「何故、侍にしない?」
単刀直入に訊く。
セツナは下唇をキュッと噛み、慚愧に堪えぬといった面持ちで答えた。
「祖父の命なのです」
「何?」
「お前には足りないものがある、それが解るまでは侍になること罷り成らぬ、と仰られて······」
何だそれは。そんなことをして何の意味がある?その爺さん、何を考えてるんだ?
「見たところ、転職の条件には達しているはずだ。足りないものとは何だ?」
「解りません」
セツナはかぶりを振る。
「それが何なのか知る為に、只管稽古に励みました。出稽古にも度々赴き、他流派からも学ぼうとしましたし、己が内からという言葉通り、自分を見つめ直す為に山籠りもしました」
山籠りって······この世界じゃ危険過ぎるんじゃないか?それだけ追い詰められてたってことか。
「悩んで悩んで悩み抜いて、その結果辿り着いたのが冒険者になることでした。冒険者として実戦の中に身を置けば、何か解るのではと考えたのですが············未だ、その答えは出ていません」
「······それで立ち合い、という訳か」
「はい。白夜様程の方と立ち合えば、きっと何かを見出だせるのではないかと、そう思ったのです」
成る程な。漸く話が繋がったか。とは言え、自分と立ち合ったからといって何かが解るとは思えないんだがな。
ふぅ──っ、と大きく息を吐いて考えを巡らせる。
話を聞くと言った手前、立ち合うことは吝かでないが、正直此方にメリットはない。領主家の縁者と関わることにも抵抗があるが、クレハの時に一度逃げているだけに、二度目となると流石に後ろめたさを感じる。さて、どうするか。
「············」
瞑目して思いを凝らしているのを、セツナは黙って見守っている。固唾を飲んでといった面持ちで。どうにも見捨てるのが忍びないという気持ちになって来る。
仕方がないなと思いつつ、溜め息を押し殺してゆっくりと口を開く。
「条件が二つある。一つは、立ち合いには竹刀か木刀を使うこと」
「!」
「もう一つは、余人を交えない場所で行うということだ」
それを聞いてセツナは椅子を蹴って立ち上がり、身を乗り出した。
「それでは!?」
「声が大きい。立ち合いは受ける。で、どうなんだ?」
あっ、と周囲を見渡すと、僅かに残っていたテーブル客に注目されていることに気付き、顔を赤らめて椅子に座り直すセツナ。
「失礼致しました。条件は分かりました。───それでは、我がカブラギの道場は如何でしょう。幸い、本日は休館日で誰も居ないはずですので」
「ああ、それで構わない」
「有り難う御座いますっ」
セツナは、テーブルに擦り付けるようにして頭を下げる。
「礼はまだ早い。その足りないものとやらが見付かるかは分からないのだからな」
「いえ、受けて頂けるだけでも重畳です。ご無理を申し上げていることは、重々承知しておりますので」
笑顔でそう答えるセツナに、思わず苦笑いが浮かぶ。
(一々、言い回しが時代掛かってるんだよな、この娘は)
「それじゃあ、その道場とやらに案内してもらおうか」
「えっ」
セツナが驚いた顔をする。
「今直ぐに、ですか?」
「何か問題でもあるのか?」
「いえ、白夜様がお疲れなのでは、と。この街にはお着きになられたばかりですし。それに、御昼時ですので」
「疲れはないから心配しなくて良い。食事も、腹を満たしてからでは動きづらかろう」
「そう、ですね」
少し思案してから頷き、立ち上がるセツナ。
「分かりました。それでは御案内致します」
そう言って再度頭を下げ、目線で促して出入り口に向かう。途中、受付のアリシア等に黙礼してギルドから出て行く。そのセツナの後に続きながら、つい忸怩たる思いに駆られ、内心溜め息を吐いていた。
やはり面倒事に首を突っ込んでしまったな、と。今更言っても仕方のないことだが、何処でどう間違ったのやらと、自分の選択を嘆くのだった。
印刷屋の話は実体験ですw
今考えると、その後色々な仕事で対応が利くようになりましたから、良い経験だったのかも知れません。