第12話 少女と盗賊
憂鬱だった。
「はぁ~~~」
草叢の中、しゃがんだ状態で深く溜め息を吐く。
何が憂鬱かって、実際問題避けては通れないトイレ事情のことだ。元はゲームキャラとは言え、今は歴とした生身の身体。睡眠も必要だし、食事だってする。そうしたら当然、出すものも出さなきゃならない。これが男のままだったら何の問題もなかったのだが、何の因果か今は女の身だ。こればっかりは中々慣れそうになかった。しかも野外でとか、ハードルが高いにも程がある。
慣れると言えば尻尾もそうだ。鎧を着ている時には押し込められていたので気にならなかったが、用を足している時、微妙に置き所に困って、慣れない内は大変だった。
この手の異世界物では、入浴シーンは無駄に多いのに、トイレシーンは殆ど見掛けないことを常々疑問に思っていたのだが、当事者になってみて良く理解った。絵にもならなければ様にもならない。何より、本筋にも全く関係ないのだから、描写する意味もないだろう。
てか、自分は一体何を下らないことを考えてるんだ。鬱が入り過ぎておかしくなってるな。止めよう。
因みにだが、紙は何故か収納に大量のポケットティッシュが入っていて、それを使った。良く良く思い出してみると、イベントで福引きをしまくった時のハズレの景品だったのだ。ゲームでは何の役にも立たないネタアイテムだったのだが、何となく取っておいたのが今になって役に立ったという訳だ。何が幸いするか分からないな。
用を足し終わって草叢から出て来ると、そこには飛竜に戻ったフェリオスが居た。
「待たせたな」
「クァ?」
もういいの?と言うので、
「ああ、すまないな、見張りをさせて」
と返すと、問題ない!と一鳴きしてきた。
自分でも【気配察知】と【広域探査】で十分警戒はしていたが、それだけでは心細いのでフェリオスにも見張りを頼んでいたのだ。過剰な警戒と思わなくもないが、気分的な問題だった。こんなところを襲われて、下半身丸出しで立ち回りでもする羽目になったら目も当てられないからな。
街道と言えば、旅人や商隊を襲う盗賊がテンプレだ。そろそろ出て来るんじゃないかという、期待半分の予想をしていたのだが、その予想は暫くしてから当たることとなった。
また馬になったフェリオスに乗って進行を再開してから30分程が過ぎた頃。【気配察知】が人らしき反応を捉えた。【広域探査】で見てみると、やはりと言うか盗賊の集団のようだった。それも斥候ではなく、山賊の方だ。
但し、標的は自分ではなかった。盗賊に囲まれているのは、たった一人の剣士。
こんな場合なので【鷹の目】が届く位置まで距離を詰め、【鑑定】を使ってみると、その剣士はまだ若い少女のようだった。
「しかし、これは······」
少女と盗賊達の鑑定結果からは、想像していたのとは少しばかり、いや、大分違う状況が見て取れたのだ。
僅かな逡巡の後、結局このまま真っ直ぐ進むことにした。
「へっへへっ、有り金全部出してもらおうか」
「ついでにてめぇ自身もなぁっ、お嬢ちゃん」
「身ぐるみ剥いでやんよっ」
「ヒッヒッヒ」
少女を取り囲み、盗賊達の恫喝と、下卑た笑いや口汚い野次が飛び交う。その少女の方は盗賊達に囲まれながらも、全く動じた様子もなく落ち着き払っていた。
(ほう、大したものだな)
感心しつつ、その中を悠然と何事もなかったかのように突っ切って行く。
「あン?」
余りにも自然で、また【隠密】で気配も絶っていた為に、そこに来るまで気が付かなかった盗賊達は呆気に取られていた。少女は気付いていたようだが、こちらに戦闘意思がないのを見て取ってか、盗賊達に意識を向けたまま微動だにしていなかった。
そして少女の横で馬を止め、声を掛ける。
「手は必要か?」
少女は一瞬驚いて気を取られるが、直ぐに顔を引き締め、刀の柄に手を掛けたまま盗賊達を見据えて、何の気負いもなく答えた。
「助太刀は無用です」
「だろうな」
予想通りの答えに納得する。
盗賊達は15人程いたが、押し並べてレベルが低く、対する少女の方がレベルも技量も遥かに高かったからだ。多勢に無勢とは言え、レベルが絶対的な意味を持つこの世界では、覆しようのないレベル差に思えた。多分、それは正しいのだろう。そのことは少女の自信からも伺える。
「まあ、頑張ってくれ」
そう言って、また馬を進める。それは半ば、身の程知らずの盗賊達に向けた言葉だったが。
しかし、我に返った盗賊達が数人、行く手を塞いで来た。
「おうおう、なんだてめぇはっ!」
「へへっ、おめぇも上玉だなぁ」
「このまま素通り出来ると思ってンのかっ!?」
全くのテンプレな行動と台詞に、思わず吹き出しそうになるが。
「思ってるよ」
と言いながら【威圧】のスキルを発動させる。
「ひぃっっ!」
立ち塞がった盗賊達は、腰を抜かしてへたり込んだ。
【威圧】は相手を恐慌状態に陥らせる侍のスキルだ。出力5%でこの効果だったら、フルパワーなら泡を吹いて気絶するかも知れないな。いや、下手したらショック死しかねないか。
「どうしたっ、おめぇら!?」
「てめぇ、何しやがった!」
他の盗賊が騒ぎだし、尚も追い掛けて来ようとすると。
「あなた達の相手は私ですよ」
少女がスッと前に出て、刀を抜いて構えた。
それを見て、そのまま馬を進め、後ろ手にひらひらと手を振って告げる。
「任せた」
そしてもう、振り返ることなくその場から離れて行く。盗賊達の罵声が聞こえて来たが、そんなのは一切無視して。
直ぐにそれは、悲鳴や断末魔の声に変わっていったが、自分にはもうどうでもいいことだった。少女のことは少し気になるが、あの様子なら間違いの起こりようもないだろう。それよりも、既に間近に迫っている街の方に興味が向いていたのだ。
(さて、テンプレだと身分証やら入門税やらが必要になるんだよな。どうするか······)
調べられても大丈夫なように、【偽装】でクレハ達を参考にして、嘗められない程度には腕の立つ侍のステータスに弄ってはある。【鑑定】の魔道具のような物があって、見破られないかという不安はあるが、今更心配しても仕方がない。後は金で済むことを祈るだけだ。
その後街道をひた走っていると、軈て疎らながら、旅人や商隊らしきものとすれ違うようになって来た。街が近い証拠だろう。
そう思っていると、程なくして防壁に囲まれた街の姿が見えて来た。風に運ばれて水の匂いを感じるのは、湖が近い所為か。周囲には緑も多く、オアシスのような雰囲気も感じる。別に周囲に砂漠がある訳ではないが、此処に来るまでずっと何もない一本道を進んで来たのだ。こうして人が生活する場所に辿り着いたことで、余計に安心感を覚えるのかも知れない。
「結構大きいな」
街に近付くにつれ、防壁の長さが実感出来るようになってくる。目に見える部分だけでも、ざっと見2、3kmはありそうだった。この世界の標準が分からないので何とも言えないが、村長の言う通り、それなりに大きい街のようだ。
軈て入り口らしき門が見え、当然そこには門番とも警備兵とも取れる者が居て、街に出入りする者のチェックをしていた。
丁度街を出て行く商人風の男とすれ違いになり、そのまま門の前まで行くと、門番らしき男に声を掛けられた。
「旅人か?」
「ああ」
馬から降りながら答える。
「この街にはどんな目的で?」
「温泉があると聞いたのでね。少しのんびりしようと思って」
「成る程、温泉か。この街の温泉は有名だからな」
門番の男はうんうんと頷く。心なしか誇らしげだ。
「では、何か身分の証となるものは持っているか?ギルド証か商人手形でも有れば入街税は免除されるが、無ければ銀貨5枚が必要となる」
街に入るのに銀貨5枚か。5万とはまた随分と高いな。まぁ、無宿人やモグリの商人なんかが入るのを防ぐ意味もあるんだろうが。それにしてもボッタクリ過ぎじゃないか?
「実は、この大陸には来たばかりでね。残念ながら、身分証になるようなものは持ってないんだ」
村長に使った設定で、この際通すことにした。何処かでボロが出そうな気がしないでもないが、もしこの世界にもゲームの舞台だった大陸が何処かに存在するのなら、あながち嘘と言う訳でもないだろう。
「するとイダから来たのか。そいつは大変だったな」
何やら同情されてしまったが、イダというのが何のことか分からない。大陸の名前か、それとも港の名前か。その辺のことは後で調べてみるとしよう。
「それでその、金は有るんだが今はこれしか持ち合わせがなくてね······」
と、例によって金貨を1枚出す。
「金貨かい!?あんた、何処のお金持ちだい」
やはり驚かれてしまったが、門番の男はちょっと待ってな、と言って詰め所の中に入って行った。暫くして戻って来ると。
「流石にそこまでの釣りの用意がないのでな、今両替商まで走らせてるから、少し待っててもらえるか」
「ああ、構わない。すまないな、手間を掛けさせて」
「これも仕事の内だ。気にするな」
そう言って笑った。門番と言うともっと横暴なのを想像していたのだが、この男、随分と人が善いらしい。
(それにしても両替商とはな······。この国らしいと言えばらしいが)
手持ち無沙汰になったので、待っている間、少し話を聞くことにした。
「実はギルドに入ろうと思うのだが、この街にはどんなギルドがあるんだ?」
「ほう、そうか。身分証が無いならその方がいいだろう。──この街にあるのは冒険者ギルドと傭兵ギルド、それから商人ギルドの3つだ。領主街の方に行けば、魔術師ギルドや錬金術ギルドなんかもあるが、あっちは特殊な才能が必要だしな。入会審査もかなり厳しいらしい。まあ、オススメは冒険者ギルドだな」
「何故だ?」
「犯罪者でない限り誰でも入れるし、手続きも簡単だからだ」
但し、伸し上がって行くには、それ相応の実力が必要だがな、と付け加えた。
まあでも、商人になる気はないし、傭兵なんかして自分から戦争に関わる気も更々ない。最初から冒険者ギルド一択だったのだ。オススメと言うなら間違いないだろう。
「冒険者とはどんなことをやるんだ?」
「なんだ、そんなことも知らないのか?あんた、どんな所に住んでたんだい」
男が怪訝そうな顔をする。そうは言っても、ゲームには冒険者なんて職業は出て来ないのだから仕方がない。その手のお話から大体の想像はつくが、作品によって微妙に性質や立ち位置が違ったりするから、こればっかりは訊いてみないと分からないのだ。
「田舎者だったのでね。世間知らずで申し訳ない。噂では聞いたことがあったが、実際には知らないんだ」
「ふ~ん、田舎者には見えないがな。まあいい、冒険者ってのはギルドの仲介する依頼を受けて、それを熟していくのが仕事だ。依頼にも色々あってな、ランクが低い内は雑用や採集、採掘なんかもあるが、大体は商隊の護衛やら、魔物や盗賊なんかの討伐依頼が多いな」
盗賊か。もしかしたらさっきの少女は、盗賊の討伐依頼でも受けていたのかも知れないな。あの腕前で偶然絡まれたとは考えにくい。
「ランクというのは?」
「ランクってのは、まあ傭兵なんかにもあるが、強さを計る基準みたいなもんだな。Gから始まって依頼を熟すごとに上がって行くんだが、冒険者の場合、強さだけじゃなく依頼との向き合い方や、依頼主や仲間とのコミュニケーションの取り方も重視されるらしいぞ。強くても唯の荒くれ者じゃ、上には行けないってことだな」
ふむ、大体想像してた通りのようだな。細かいことは直接ギルドで訊けばいいだろう。
「あんた、見たところ刀剣士か侍のようだが、相当腕が立ちそうだな。結構良いところまで行くんじゃないか?」
腰に差した刀を見ながら、男がそう言う。
「分かるのか?」
「長いこと門番をやってるとな、それなりに人を見る目がついてくるもんさ。そいつが悪人かどうかもな。あんた、悪人には見えないからな」
「そう言うそっちも、門番にしては人が善過ぎる」
「はははっ、良く言われるよ」
男は少年のような顔をして笑う。此方が女でも、そういった目で見て来ないのもポイントが高い。こういう相手とは、仲良くしておいて損はないだろう。聞けば妻子持ちらしく、相当な愛妻家で奥さんの惚気話を聞かされたが、まぁそれは置いておこう。
「おっ、戻って来たな」
見ると仲間の兵士らしき男が息を切らせて走り寄り、門番の男に金が入ってると思しき小袋を手渡していた。そこから銀貨5枚を抜き取り、残りの小袋を此方に渡して来た。
「残りの銀貨95枚だ。確認してくれ」
「いやいい。信用している」
と言い、そのまま懐に入れる振りをして収納に収めた。
「そうか。だが冒険者になるなら、少しは疑うことを覚えた方がいいぞ」
男はニッと人の悪い笑みを作った。
「良く覚えておくよ。白夜だ、これからよろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、男も力強く握り返して来た。
「俺はカイルだ。しっかりやりな。そしてユバの街にようこそ」
歓迎の意を表し、そして。
「それと、ギルド証が手に入ったらまた此処に来るといい。銀貨4枚は返却してやる。街を出る者には皆そうしてるんでな」
成る程、銀貨4枚は保証金って訳か。どうりで高い訳だ。
「その後はギルド証が有れば街の出入りは自由になる。チェックは必要だがな」
「ああ、分かった」
それから念の為、冒険者ギルドの場所を訊いておくと、若干焦れ始めていたフェリオスを宥めつつ、その背に跨がる。そこへカイルが声を掛けて来た。
「ギルドには柄の悪いのもいる。あんた美人だからな、絡まれないように気を付けな」
「忠告感謝するよ。色々ありがとう」
軽く手を振りながら、ゆっくりと馬を進める。
そうしてこの世界に来て初めての街、ユバの中に入って行くのだった。
トイレの件は削るかどうか迷ってましたが、結局入れてしまいました。お目汚しでしたら飛ばして下さいw
少女剣士の名前は次回出て来ます。