第10話 魔法の威力
パチパチと火花が弾ける焚き火の炎を眺めながら、時折枝を折っては投げ入れる。平原とは言ってもそれなりに木々は生えており、薪になるような枝もそこかしこに落ちていた。生木は燃えにくいという話を覚えていたので、暗くなり切る前に集めておいたのだ。
周りに何も無いこの辺りでは、陽が落ちてしまえば真っ暗で、殆ど何も見えなくなる。狩人の【暗視】というスキルも有るには有るが、何も好き好んで闇夜の行進をする必要もないだろう。
月明かりだけの暗闇の世界の中、此処だけが生ある空間のように思えて、一種幻想的ですらあった。ぼんやりと眺めていると、これまでの事が全て夢だったんじゃないかと思えてくる。
何をしているのかと言うと、野営である。
最初は飛竜で一っ飛びのつもりだったのだが、良く考えれば取り立てて急ぐ理由が有る訳でもなく、これも経験の内と思って、敢えて陸路を行くことにしたのだ。
何より、ここまで立て続けに事が起き過ぎていた。ここらで一つ、落ち着いてゆっくりと考える時間が欲しかったというのもある。まぁ、温泉に浸かりながらのんびりと、というのも魅力的ではあるが、それとは別にやっておきたい事もあったからだ。
村を出発して数時間、村長に聞いた通り街道を南に向かって進んでいた。街道とは言っても特別整備がされている訳ではなく、長い年月を掛けて人々が踏み固めただけのものだ。
陽が落ちてきて、辺りが茜色に染まり始めたところで野営の準備をすることにした。ゲームでは当然ながら野営などという概念はない。ゲーム内時間(1日が約1時間程)というのは有り、昼夜の移り変わりは有るものの、ゲームキャラ自身には睡眠が必要な訳ではなかった。
現実でもキャンプ等したことがなく、これが初めての経験となる。それでも本やTV等からの聞き齧りの知識は有ったので、それを参考にすることにした。
流石に何も無い所で夜を明かすのには抵抗がある為、街道からは少し離れているが、ちょっとした岩場の陰のような場所を見つけ、そこに腰を落ち着けることにしたのだ。
先ずは火を熾すことだが、これには少し悩んだ。魔術師を付けて火の魔法【フレイム】を使うことも考えたが、おそらく魔法攻撃力を5%に絞っても威力が強すぎるだろう。
そう思ったら、解決策は意外と早く見つかった。【出力調整】には「生活出力」という項目が有ったのだ。これは攻撃魔法や補助魔法を、生活に準じたレベルで使用可能にするというものだ。俗に言う、生活魔法というやつに近いかも知れない。
試しに魔術師をアンダーに付けてやってみると、チャッカマンのように火を点けることが出来た。同様にして魔法で出した水を鍋(村でついでに貰っていた)に入れ、火に掛ける。そこに肉や野菜を短刀で適当に切って放り込み、塩胡椒で味付けしただけの簡単なスープを作った。御飯も欲しかったのだが、米は精米しておらず、必要な器材も無かったので、今は我慢するしかなかった。
正直、余り美味いとは言い難かったが、取り敢えずは腹も膨れて人心地ついたというのが現状だ。
そして今、飛竜に戻り丸まって寝ているフェリオスに寄り掛かり、焚き火の前で微睡んでいる。
徒ボーッとしている訳ではない。後回しになっていたスキルや魔法のチェックをしていたのだ。とは言え、実際に使ってみないと何とも言えないものも多いのだが。
問題なのは全く予備知識の無い「勇者」だった。唯一のレベル1である為、そのスキルも魔法も殆どが使用不可のグレー表示だ。
その中に、見過ごせないスキルが一つ有った。
【異界の門】:異界へと繋がる門を開くことが出来る。
これを一体どう受け止めたらいいのか。言葉通りなら、異界への扉を開くスキルということなのだろうが、異界=異世界と取っても良いのか、それとも天界とか魔界とかの全く違う世界なのか。説明が少な過ぎて判断のしようがない。
元の世界に戻る為の手掛かりには間違いなさそうなのだが、素直に喜ぶことも出来ないでいる。何故ならばこのスキル、修得レベルが1000だからだ。今更1からレベルを上げるというのも気が重いが、その上1000までとか、気が遠くなる話だった。
それでも他に手掛かりが無い以上は、上げざるを得ないのだろうとは思う。何やら思惑に乗せられている気がしないでもないが。それに、安全に1からレベルを上げられる狩り場を探すことも必要だろう。今からどうこうと言う訳にはいかなそうだ。
(現実問題として、この世界でレベル1000まで上げることは可能なのか、という話だが······今考えても仕方ないな)
あれこれ考えている内に眠気が襲って来た。身体能力が上がっている所為か肉体的には問題ないのだが、精神的には色々疲れた気がする。【高速思考】は便利だけど、精神には負担が掛かっているのかも知れないな。
一応、朝まで保つ結界は張ってある。【気配察知】と連動するアラームもセットした。何より、フェリオスが居るのが心強い。一人だったら安心して眠れなかっただろう。
「サンキュな」
フェリオスをそっと撫でて呟く。
完全には寝ていなかったのか、クァと小さく返事をした。思わず笑みが零れ、そのままフェリオスに身体を預けて眠りに落ちる。
「おやすみ······」
異世界での最初の夜が更けていくのだった。
「さて、この辺りでいいか」
街道からは大分外れた、周りに何も無い荒野のような場所に来ていた。
何事もなく一夜が明け、気持ちの良い目覚めで朝を迎えると、顔を洗い残りのスープで腹を満たして、早々に動き始めた。
やっておきたかった事とは、魔法の試し撃ちである。森の中では周りにどんな被害が出るか分からず、羅刹族との戦闘中もフレンドリーファイアが怖くて使えなかった。と言う訳で、攻撃魔法に関しては未だ未知数なのだ。物理攻撃と違って何が起こるか分からないだけに、予め威力を知っておくことは必須だろう。
「フェリオスは離れていてくれ」
傍らのフェリオスにそう言うと、分かったと一鳴きして、少し離れた場所に寝そべった。
それを見届けると、メインクラスを古代魔導師に替える。
一瞬にしてフード付きの黒いローブに杖を持った、魔法使いスタイルへと変わった。一見地味なローブだが、MP自動回復の機能が付いた優れもので、杖も伝説級とまではいかないが、詠唱短縮と消費MP低減の効果が付いた逸品だ。
古代魔導師は魔術師の上級クラスで、強力な古代魔法を使い熟す攻撃魔法のスペシャリストである。回復魔法は一切使えない為、ゲームでは緊急時の回復役として、サブに神官か司祭を付けるのがほぼ必須となっていた。限定的な状況に於いては、詠唱破棄のSS(各クラスに一つある専用スキルで、現実時間にして2時間に1度しか使えない為、2hSとも呼ばれる)を持つ魔導剣士を付ける場合もあるが。
それはさておき、今はテストなのでサブとかは適当で良いだろう。
先ずは小手調べに、各属性の基礎魔法を撃っていく。属性には火、水、風、土、氷、雷、光、闇の8つがある。ゲームによっては、氷は水に含まれたり、雷は風に含まれたりもするが、DFVllでは別々になっていた。
ゲームとは感覚が違うので一概には何とも言えないのだが、撃ってみた感じ出力5%でも、レベル99時の5割増しと言ったところか。おそらくは、レベル1000でのステータスやスキルボーナスが高過ぎる所為だろう。全力で撃った時が空恐ろしい気がする······。
「······」
つい怖いもの見たさと言うか、見てみたいという誘惑が沸き上がって来た。この機会に全力を知っておくのも悪くないのではないか、と。
「フェリオス、こっちに来てくれっ」
「クァ?」
フェリオスを呼んで念の為、サブに聖騎士を付けて【プロテクション・ウォール】と【マジック・シェル】を重ね掛けする。
「派手なのをぶっ放すから、そこで大人しくしててくれ」
「クァッ」
分かった、と返事をして、やや斜め後ろの障壁範囲内で伏せた。視線は真っ直ぐ前を見ている。これから起こることに興味があるようだ。
「よし、それじゃいくか」
杖を掲げ、詠唱を始める。
詠唱とは言っても、DFVllでは呪文とか唱える訳ではない。詠唱ゲージというものが有って、これがMAXになると魔法が発動するのだ。発動するまでの時間は魔法によって区々で、当然ながら威力の高い魔法程、詠唱時間も長くなる傾向にある。ゲームと違ってゲージが表示されたりはしないが魔力が満ちる感じで大体分かるようだ。
基礎魔法では1秒も掛からないのに比べ、古代魔法等の大魔法は5秒以上掛かるものも少なくない。従ってソロ向きではなく、戦闘に於いては壁役があってこそ威力を発揮するクラスなのだ。尤もレベル1000の今なら、やりようは幾らでもあるが。
今回選んだのは、レベルが上がったことで追加されていたもので、火と土の混成魔法【メテオ・ストライク】の上位にあたる古代魔法だ。【メテオ・ストライク】は相手に向かって燃え盛る炎を纏った隕石を落とすという、ゲームでは割とメジャーな魔法だろう。
たっぷりと10秒近い詠唱を経て、漸く魔力が満ちる。
「メテオ・ストリーム!」
込められた膨大な魔力を解き放つ。
辺りが俄に暗くなり、無数の影が空から落ちてくる。一つ一つが数mはあろうかという巨大な影だ。それらが一斉に地表に迫り、凄まじい熱気と轟音を撒き散らす。
軈て激突。
ズガガ──ンッガーンガガ───ンッッ!
耳をつん裂く爆音、吹き荒れる熱風、地震と見紛う程の地鳴りが響き渡る。相当離れているにも拘わらず、破片やら炎の余波やらが、障壁まで届いて散らされていた。
続くこと凡そ1分。
「·········」
後に残ったのは、一面の焼け野原だった。
流星群とは良く言ったものだ。これは最早、MAP兵器と言っても良いかも知れない。フェリオスも口をあんぐりと開け、目を丸くしていた。
【広域探査】で人っこ一人どころか、魔物1匹すらも居ないことは確認している。もし此処に何かが居たとしても、到底生き残ることは適わなかっただろう。先の羅刹族との戦いで使っていたら、まとめて一掃も出来ただろうが、その時は皇国軍も一緒に、である。怖過ぎる。
「これは当分、封印だな······」
無数に刻まれたクレーターと、所々に燻る炎の跡を遠い目で見ながら呟く。
厳密に言うと、魔攻を上げるスキルもブースト装備も使っていないので、完全な全力ではないのだが、レベル1000の現状では、それも誤差の範囲だろう。元よりオーバーキルなのだ。例え5%で撃ったとしても、被害の程は然して変わりない気がする。即死かそうでないかの差くらいか······。考えると薄ら寒くなるな。
「余り魔法は、攻撃魔法は使わない方向でいこう」
その方が無難だろう。自分の身を護るだけなら特に必要はないし、剣1本あれば事足りる。必要になったらなったで、その時考えればいいことだ。
氷属性の魔法【ダイヤモンド・ダスト】で燻っていた炎を消し、後始末を済ませると、魔法のテストを終了することにした。クレーターの方はどうしようもないのでそのままだが。
この時、今後のメインクラスを何にするか考えた末に、侍を選んだ。ここまでの様子を見た感じ、聖騎士の格好はどうやら目立つようだ。手持ちの中から目立たない装備を選んでも良いのだが、防御に関しては妥協すべきではないとの考えから、この国の気風にも合いそうな侍にしたのだ。装備も忍者と共用出来る東方装束の胴巻と佩楯、それに手甲と脚絆、鉢金といった一式装備で、皇国軍の中に居ても違和感のない格好だ。
侍は一見すると攻撃一辺倒のアタッカーに見えがちだが、先の先だけでなく後の先も取れるカウンターアタッカーとしても優秀で、【見切り】や【受け流し】等の防御スキルも数多く持っている。何より、【峰打ち】で相手を殺さずに無力化出来るのが大きい。今後必ずあるであろう対人戦で、間違いなく役に立つはずだ。
街道に戻り、馬となったフェリオスに跨がって進路を南に取る。夜営も体験したし、目的の用事も済んだ。本来なら、もう飛んで行っても構わないのだが、何となくこのまま馬に揺られるのも悪くいない気がしていた。急ぐ必要はないのだ。
「まあ、のんびり行こうぜ」
そう言って、フェリオスの首をポンと叩く。
「ヒヒーンッ」
と嬉しそうに嘶き、勢い良く駆け出した。
「急がなくていいってのに」
苦笑いしつつも、風を切って走る心地良さに、思わず口許が綻ぶ。
旅路は続く。いざ、ユバの街に向かって。
勇者の性能については、レベル上げの時に出てくると思います。