6.5話 ジェスチャー(静かな決意)
洞窟探索前夜になります。
テンポを良くするために後回しにしたんですが、余計悪くなってしまいました。
メーティが鍵を開け、部屋に入る。
「狭い所だがゆっくりして行ってくれ」
通されたのは2つだけ部屋のある小さな家。中は薄暗く、誰もいないようだ。
「ちょっと待ってくれ、今明かりをつけるから」
メーティは慣れたように暗闇の中を進んでいき、壁に備えられた小型の装置を起動させた。するる、ボボボボ……という音と共に明かりが灯った。きっとあれも魔術具と同じで新しい技術なんだろう。
「お邪魔します」
軽く頭を下げてシャルロットが部屋に入る。俺もそれに続いた。
中は机に椅子が2つ、奥の部屋にはベッドが2つとクローゼットがあるだけの質素な内装だった。
「二人とも夕食はまだだろ? シチューがあるから、座って少し待っててくれ」
メーティは髪を先程より高い位置で結び、鍋を温め始めた。すぐに良い香りが鼻まで届いた。
俺達は言われたとおり椅子に腰掛け部屋の中をぼんやりと眺めていた。壁には先程の装置と賞状が飾られていた。
「あれはなんの賞状なんですか?」
シャルロットの問いかけにメーティがピクッと反応する。
「ああ、それは昔この街で催された大会の物でね。その当時は嬉しくてつい飾ってしまったんだ」
シャルロットを見ること無く返事をする。確かに、その紙には“若き天才剣士 メーティ・グリーフ”と彼女の名前が書かれている。
「さあ、出来たよ」
メーティは2枚の皿に盛り付け、片手に一つずつを持って運んで来る。
「メーティさんはたべないんですか?」
「客人はほとんど来なくてね、食器は二つずつしかないんだ。君達が先に食べるといい」
それを聞くとシャルロットは遠慮しながらも、ゆっくりと食べ始めた。今日はほとんど食事も取っていなかったから腹は減っているはずだ。
「イデアは食べないのか?」
「いや……そういうわけじゃ」
別にシチューが嫌いという訳でもなければ、毒入りか疑っているわけでもない。ただ、純粋に食事の必要性を考えていたのだ。喉元にナイフを突き刺し、腕を切り落としても再生するような生き物が、餓死するとは考えにくい。何よりあの白髪の女が“簡単には死ねない”と言っていた。そんな単純な手では死ぬことは出来ないだろう。多分、食べなければ餓鬼のように飢え続けるだけで何も起きない。
考えた結果、純粋に食事を楽しみ、欲を満たす事にした。俺はスプーンを手に取り、シチューを食べ始めた。
メーティは壁にもたれかかり、俺達を満足そうに眺めていた。
「どうした? 何かあったか?」
「いや、こうして誰かが私の料理を食べるのが久しぶりでね。感傷に浸ってるんだよ」
「…………そうか」
メーティはその後もしばらく俺達を眺め、水を汲みに行ってくると井戸に向かった。
「イデアちゃん、ベッドどうしましょう?」
「え?」
夜も更け、外から聞こえる虫と野鳥の鳴き声が妙に大きく感じられ眠ることが出来ない。そっと目を開けるとシャルロットの寝顔がある。
家主がベッドで眠れないのは問題だろうという事で俺達が一つのベッドで寝ることになったのだが、元々一人用の物を別けたので当然窮屈。少しでも動く度にシャルロットの柔肌と接触する。
こうして間近に彼女の顔があるとローブとよく似ているのが分かる。唇の形なんてそのままだ。やはり孫なんだなと思う反面、何十年もローブの顔を見ていないはずなのに彼女の顔を忘れていないのは仲間と過ごした時間がどれだけ大切だったかを感じさせた。
隣のベッドから音がする。メーティが起きたのだろう。その後、床の軋む音がして、メーティが外に出たのが分かった。俺も眠れそうに無いので、シャルロットが起きないようにベッドから抜け出し、扉を開けた。
外は月の光で照らされ、神秘的な雰囲気があった。メーティは髪をほどき、家の壁にもたれて月を観ている。
「ごめん、起こしちゃったかい?」
「いや、元々寝てなかったんだ」
会話はそれ以降続かなかった。メーティは何かするわけでもなく依然として月を観続けている。
「久しぶりだったんだ……」
メーティは俺に目もくれず独り言のように語り始めた。
「食事を食べさせたのも、あのベッドが使われたのも全部久しぶりなんだ。だから、さっき起きて横を見たら君達が居たのが嬉しかった……」
「あのベッドは前までいた同居人の物か?」
「……やっぱり気づいてたのか」
食器が二つだけならまだしも、ベッドが二つあるのは今までもう一人の住人いた決定的な証拠だ。
「あの子はさ、訳あって今はいないんだ。でも、それも明日で終わると思う……。いや、終わらせないといけないんだ……!」
メーティは誓うように手のひらを翳して拳を握る。彼女には、空に浮かずあの月が他の大切な物に見えているのかもしれない。
「お前、なにか企んでるのか?」
「さぁね?」
彼女は曖昧に返事をすると軽く笑みを浮かべる。しかし、目は月をみつめ続けていた。
「そろそろ寝るよ。明日は早いからね」
「おい」
寝室へと戻ろうとするメーティを呼び止める。
「あの時、なんで剣を使わなかった」
あの時とは闘技場での戦闘のことだ。賞状では“天才剣士”と称され、剣術には相当自信があるはずの彼女は何故魔術具を頼って魔術で戦ったのかが理解出来なかったからだ。
「……特に意味もないよ。ただ、目的を達するまでは使わないって決めたんだ」
振り返ることなく返事をすると、そのまま部屋へと入っていった。
読んでいただきありがとうございました
一気に読んでくれた人はともかく、毎日読んでいただいてる人はどこにあるのか分かりにくかったかもしれませんね。無事に読めたことを願っています。