2話 武器(木の枝)
木製のドアを開けると、そこには膝ほどの高さの草原が広がっていた。民家の数も少なく、風本来の音が心地良く耳を通る。半死半生の頃では感じえなかった感覚だ。
地面に落ちていた木の枝を手に取り軽く握った。
「充填」
そう呟くと俺の魔力が木の枝へと注がれていく。これでよし。しかし、久しぶりだからか、もしくは体が変わったからかもしれないが何時もより魔力が入りすぎた。
「待ってくださいイデアちゃん」
ドアの方を見ると少女が杖持って立っていた。その杖は妙にメタリックで魔法が出てくるとは到底考えられないデザインだった。先端にはめ込まれた目のような球体と歯車が不気味だ。
「付いてくる気か?」
「最近、お墓に行けてなかったんです」
杖を持ってくるという事は何かしらの魔法は使えるのだろう。いないよりはマシだ。 必要になるとも思えないが。
「イデアちゃんお水いります?」
「いや、大丈夫」
「じゃあ、さっき切ったケザロの実はどうですか? 甘酸っぱくてイデアちゃんも気に入ると思います」
「そのイデア“ちゃん”ってのは止めてくれないか」
墓地へと向かう中、必要以上に話しかけてくる少女を諭すように言うと彼女は首をかしげ、なんでですか? と問いた。
「ほら、“ちゃん”ってのは女の子に付けるやつだろ? 俺は呼び捨ててでもいいからさ。何か引っかかるんだよ」
「イデアちゃんは女の子でしょ?」
「………そのケザロの実をくれ」
俺は男だ。なんて言ってもこの子は信じないだろうな。少女はポシェットの中からその実を取り出し、渡してくれた。
「歩いてて思ったんだが静かすぎないか?」
すれ違う人はおろか、人の気配すらない。かと言って民家を覗けば誰かいるわけでもない。
「そりゃそうですよ。この村私1人しかいませんもん」
それもう村じゃないだろ。
「魔物のせいでほとんどの人が出ていってしまいましたから。もう私以外残っていないんです」
「なんでお前は出ていかないんだよ」
「出ていっちゃったらお婆ちゃんのお墓に来れないでしょ?」
少女は何の躊躇もなく即答する。彼女には出ていくなんて考えは選択肢に無いのかもしれない。
「もう着きますよ」
少女が刺した先には墓標が並んでいるだけで魔物達の姿は見えない。本当にいるのだろうか。
魔物が背後から襲ってきたのはその時だった。俺はとっさに振り向き、その勢いのまま木の枝で切りつけようとする。しかし、それよりも早く魔物の拳が横腹を突いた。このくらいどうということはない。このまま振れば…。
「あれ?」
考えとは裏腹に自分が倒れていくのに気づいた。なんでだ?何時もならあんな攻撃屁でもないのに。しかし、今さっきこの体になったのだから何時もが通じないのは当然か。
白くぼやけていく視界で少女も襲われているのが見えた。あの白髪の女どこまで俺の体を弄りやがった。
「イデアちゃん! イデアちゃん!」
「ん……」
少女の声で意識が戻った。俺達の周りを墓標と魔物が囲み、両腕を一体ずつで拘束していた。魔物はトカゲの様な顔に緑色の皮膚をしていた。何とも有りきたりな奴らが出てきたものだと苦笑する。
「ようやくお目覚めみたいだな」
一際大きな墓標に腰掛け一際目立つ橙色をした魔物が言った。
「家畜が自分からやって来るとは便利な世の中になったもんだ。どうしてくれよう」
魔物は自身の顎を掻きながら不気味に笑った。
「あの、どいてくれませんか?」
少女の声は震えながらも魔物へと訴える。
「その墓標、私のお婆ちゃんのものなんです。どいてください」
この場面でどいてくれるはずが無いだろうと思っていたが、魔物は意外にも腰を上げ墓標の文字を読み始めた。
「“世界平和に貢献した偉大な魔術師ピアーダ・ローブここに眠る”ね。これがテメエのババアか」
その名に反応せずにはいられなかった。知ってるなんてもんじゃない。そして、忘れるはずもない。共に世界を救った仲間の1人の名前。
「俺はこういうのが大っ嫌いでな、何が世界平和だ。聞いて呆れる。人間以外のことを全く考慮してない人間だけの平和だ。それは本物の平和か?本物の平和ってのは種族なんて関係なく平等に生きれることだ」
「さっき家畜とか呼んでたじゃないですか!」
「うるせえ! とにかく嫌いなんだよ!」
魔物は拳を高く上げると墓標を殴りつけ瓦礫の山に変えた。
魔物達は高笑い、少女は眼から雫を静かに落とす。
「直せよ」
「は? なんだって?」
「その墓標を元に戻せって言ってるんだよ」
「ピアーダとかいう偉大な魔術師なら出来たかもな」
橙の魔物は俺の目の前まで顔を近づけ睨みつける。無論睨み返し、互いの間だけに沈黙が流れた。
「ムカツク赤目だ。おい、よく掴んでおけ。この女はここで殺す」
「殺せるものならやってみろ」
橙の魔物は剣を手に取ると振り上げ、躊躇無く切りつけた。
自分の内蔵が切断され、血管の軌道が歪むのを感じる。拘束は外れ俺の体は地面に崩れた。少女の悲鳴が辛うじて耳に届く。
やっぱり斬撃程度じゃ無理か。
腕をかすかに動かし、木の枝を掴んだ。
「充填」
枝を杖のようにして立ち上がる。その場の誰もがその光景に絶句している。
「お前! どうし―――」
次の瞬間、その場にいた全ての魔物の首が飛んだ。俺が枝を振るったのだ。再び地面に倒れる。思ったより回復が遅い。
「なにしてるんですか!」
少女が駆け寄り、包帯を取り出した。
「大丈夫。俺死なないみたいだから」
「そういう問題じゃありません! もっと命を大切にしてください。あんな簡単に命を扱わないでください」
彼女が半べそかきながら訴える言葉にはどこか胸に迫る迫力があった。どうしてだろう。ローブの孫だから?
「そう言えば名前を聞いてなかった」
彼女は鼻をすすってから静かに答える。
「シャルロット・ローブ。ピアーダ・ローブの孫です」
「イデアちゃん、これからどうするんですか?」
傷も癒えた頃、シャルロットが問いかける。
「世界を救えって言われてるからやるだけやろうと思うけど、俺を殺せる何かを探しに行くかな」
「付いていきます」
は?
「今回みたいに無茶するんでしょ? それならその分私が治します。それにお墓も無くなっちゃいましたから」
それだと本末転倒な気がするんだけど。
「わかったよ。好きにしろ」
「それじゃあ、私家で準備してきますね」
シャルロットが自宅へと駆けて行くと、瓦礫となった墓標を観た。
「大丈夫。あの子はちゃんと守るからさ」
瓦礫が返事をするわけがない。しかし―――。
「だから、もうちょっと待っててくれ」
「ごめんなさい。忘れてましたー」
瓦礫が返事をしたのかと思ったらシャルロットだった。
「最後にお婆ちゃんにお祈りしておこうと思って。この杖お婆ちゃんが残してくれた物なんです」
彼女は片膝をついて指を組んだ。
ローブが残した?あいつの杖はこんなメタリックだっただろうか?
「ところでお前、治療の時は毎回包帯を使ってるがなんで回復魔法をつかわないんだ? 立派な杖は飾りか?」
「え?えーっとそれは……」
シャルロットはいかにも気まずそうな態度をとる。
「なんだよ。言えよ」
「私、魔法が一つも使えないんです」
本当に飾りだった。
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