1話 自殺(無意味)
「うぅ……」
朦朧とする意識の中で瞼を上げると知らない天井と見たことも無い部屋にいた。
「どこだよここ…。てか、本当に生き返ったのかよ」
部屋の中を見回すと視界に小柄な少女が現れた。突然の事に驚いたが、落ち着いて見れば単純な事。ただの鏡だ。…………ん?
「え? えっえ!? ええええ!!」
鏡へと駆け寄ると自身の体の変化を何度も確認する。生前と言うべきなのかわからなかったが、とりあえず過去に鍛えられた肉体美は消え去り、自分で掴んでも折れてしまいそうな華奢な体躯になっており、泣く子も黙るような顔立ちは何処へやら、悪い大人に話しかけられそうな端麗な顔立ちに肩にかかるくらいの髪と血のように真っ赤な左目が付いていた。
「なんだよこれ。女になってるじゃねえか!」
あの女見た目がなんとか言ってたけどこういう事か。ふざけた真似してくれるな。復活させられたと思ったら性別まで変えやがって。…………いや、まだ確認してない部分があったな。
俺は自身の下腹辺りを上から覗き込んだ。
「……息子は独り立ちしたんだな」
ドアを開ける音がしたのはその時だった。
「あ、目が覚めたんですね」
声の主はクリーム色の髪をした少女だ。今度は鏡じゃない。
「びっくりしましたよ。道端に倒れてるんですから」
少女は俺をベッドに座らせると果物の皮をナイフで剥き始めた。
「どうして倒れてたんですか? というか、記憶とかありますよね? 名前言えます?」
名前か。正直に本名を名乗っていいものかと少し悩む。
「どうして倒れてたのかはわからないけど、名前はイデア。イデア・メリック」
過去の英雄の名前と同じなんて珍しくもない。それだけで本人と見極められたら心でも読める奴くらいだ。もしくはただの病気か。
「イデアちゃんですか。お婆ちゃんがよく聞かせてくれた話に同じ名前の人物がいましたよ。世界を救った話です」
それ多分俺です。と過去の栄光が口に出そうになった。が、どうせ信じてもらえないだろうとやめた。
ふと、彼女の持つナイフに目が行く。果物の表面を這うように動くそれは小さいながらも切れ味が良さそうだ。
「ねえ、そのナイフ貸してくれないか」
少女は少し困惑したが難なく、いいですよと許してくれて、わざわざ柄の部分をこちらに向けて渡してくれた。
俺はそのナイフを受け取ると躊躇なく自身の喉に突き刺す。血が噴水のように飛び出し、少女が短く悲鳴をあげた。
痛みはあるし、血も温かい。でも体が死に向かっていく気配はない。なるほどあの女の言う通り簡単にはいかないという訳か。
「な、何してるんですか!? 早く抜いてください! あ、でも抜いたら血が……やっぱりだめです!」
少女がてんやわんやに慌てながら何とかしようとしているが、俺は気にせずナイフを抜いた。すると彼女はすかさず手で喉元を覆い止血しようとする。そのまま首を絞めてくれと言おうとしたが声が上手く出ない。
「死んじゃったらどうするつもりなんですか!? ……あれ? もう血が止まってます。それに傷もない」
治りも異常な事になっているようだ。あの女、性別やら何もかも弄りやがったな。俺の要素が髪の色位しかのこってないじゃないか。
そう俺が考えてるうちに少女は包帯を引き出しから取り出した。
「大丈夫だよ。もう治ったみたいだし」
「念のためです。それに包帯を巻いておけばまた同じことをしなくなるでしょ?」
ナイフ如きじゃ死ねないことがわかったし同じ行動はしない。死ぬのを諦めたわけじゃない。しかし、女の言う通りに悪の手から世界を救えば俺のお役目もなくなるだろう。
「なんですか?この傷。何かに噛まれた跡みたいですけど」
首元の傷? ああ、この傷は残ってたのか。これは消してくれてもよかったのに
「昔負ったものだ。気にしないでくれ。そんな事よりこの辺で悪いヤツとかいないか? 世界征服とか企んでる奴」
「悪いヤツ…ですか?」
少女は顔を俯かせそれから何も言わなくなった。心当たりがあるようだ。
「実は最近、村はずれの墓地に魔物の集団が住み着いたようでお墓の掃除にいけないんです。世界征服まではいかないですけど…」
魔物ね。生前死ぬほど殺してきたがいつの時代もいるものだな。そんなカスみたいな奴らの数を減らしたところで世界に影響が出ると思えない。でも……昔ならきっと倒しに行く。
塵も積もれば山となる。魔物を倒せばなんとかなると呟きベッドから立ち上がった。
「じゃあ、俺がその魔物倒してくるよ」
「え? 無茶ですよ。イデアちゃんみたいな子がどうにか出来る問題じゃありません」
「大丈夫だよ」
意識を集中させると全身を力が覆うように広がっていく。
どうやら、俺の魔力は健在らしい。
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