15話 裏切り(想定外)
終焉訃告書編の感想等頂けたら嬉しいです!
“私と姉は幼い頃に売りに出され、サンバル家に買われました”
メーティの妹である少女は焦りながらも正確に今までの出来事を記し始めた。
“姉は騎士として育てられましたが、体の弱い私はサンバル様の世話係に成りました”
「それで、いつもムチで打たれてるわけか」
少女は首肯し、続きを書き始める。
“あの人は何か気にくわないことがあると、すぐ私にぶつけました。物に当たるのと同じです……。この傷も……その時……”
彼女は喉元の傷を強調するようにゆっくりと撫でた。
“姉さんは只でさえ私への扱いに憤りを感じていたのに、サンバル様は声を無くした私を使えないと見なし、終焉訃告書の犠牲者に選んだのです”
終焉訃告書が本物か確かめるには、それを読ませて結果を見るのが一番早い。彼女はその読む人に選ばれたわけだ。
“そんな発案を姉さんが鵜呑みにするわけもなく、密かに私を助ける為にサンバル様を殺そうとしています。でも、サンバル様は姉さんが殺しに来ることを見越してその対策も用意しています。姉さんはこの探索中に必ず仕掛けるはずです。探索中の事故を装えば責める事は出来ませんから。でも、今行けば確実に返り討ちに合う。だから私が―――”
彼女の書くスピードはどんどん上がり、後半に至っては箇条書きのようになっている。
不意を付くように少女のリングから声が聞こえた。きっと先程と同じくサンバルからの通信魔術というやつだろう。俺のリングはうんともすんとも言わないので彼女単体に送られているらしい。
『聞こえるか小娘。貴様の姉は無謀にも俺を殺しにかかり、返り討ちにあった。姉の命が惜しければ今すぐ俺の元に来い。でないと、代わりに姉の方に犠牲者になってもらうからな』
サンバルが挑発的に言い終えると通信は切れた。グットタイミングというか、妹の予想通りメーティはサンバルを殺しに行き見事返り討ちにあったようだ。
少女は立ち上がると、磁石に吸い寄せられる砂鉄ようにサンバルの元へ向かおうとする。
「おいおい、だからって行くのかよ!」
シャルロットのストーカーが少女の腕をつかんだ。さっきも同じ光景を見た気がする。これでは堂々巡りだ。
「行かせてやろう」
「イデアてめぇ!」
俺が提案するとストーカーは俺を睨みつけた。なんで俺の名前知ってるんだよ。
「ここにいても、他の連中に襲われるだけだ。それにサンバルがいつ爆破してくるかわからないだろ」
「だからってこの子が死にに行くのをみすみす見てるだけっていうのかよ!」
ストーカーは鬼の形相で訴えかける。仕方なく俺は懐からある物を取り出した。
「誰も見てるだけなんて言ってないだろ」
ストーカーは俺が手に持っているそれを見てきょとんとしている。
「なんでお前が持ってんだよ」
「小娘はすぐそこまで来てるいるぞ!」
サンバルが嬉々とした表情でフェヌが来るのを待っている。
このままではダメだ。妹が死んだ後に私も殺される。私はともかく、フェヌの命だけは救わなければならない。しかし、どれだけ動こうとしても体は言うことを聞いてくれない。このリングが付いてるうちはまともに身動きもとれないだろう。
リングの付いた左腕を見る。自分の体がこんなにも憎らしく、呪わしく見えたのは初めてだった。不意に昨日のイデアとの決闘を思い出した。
「……もう、そうするしかないかな」
「どうしたんですか?」
シャルロットに言ったつもりは無かったが、彼女が反応する。
「シャルロット、まだ包帯は残っているか?」
「え? ……勿論沢山ありますけど」
「じゃあ、その時は頼む」
私の言ってる意味が分からないのか彼女は首をかしげるだけだ。逆に、これからやろうとしてる事が予想できるなら大したものだ。
異物が水面を通るように自然にフェヌはやって来た。しかし、来たのはフェヌ1人ではない。
「イデア! 貴様っ!」
フェヌはイデアに連れられる形でここに訪れたのだ。イデアは私を一瞬見たが、顔を俯かせて目をそらした。
「まさか、お前が小娘を連れてくるとは思わなかった。金に目がくらんだか?」
サンバルが嘲笑い挑発するように言ったが、イデアは目も合わせず黙り続けた。
「おい小娘! 早く上って来い」
サンバルが怒鳴りつけると、フェヌは私の方を向き、口元を動かし何か言おうとした後に微笑んだ。そして、言われるがまま階段を上り始める。
処刑台へと進み続けるフェヌ。このままでは最悪な終わり方を迎えてしまう。私は右手にある剣を強く握り直し、体にムチを打ちその刃を左腕にのせた。焦りからか手が震える。躊躇などは無い。妹一人救えぬ救えぬ腕なら―――いらない!
「大丈夫大丈夫」
シャルロットが唐突にそう言った。どういう意図があっての発言かは検討もつかなかったが剣を握る力が少し抜けた。
「この状況で何が大丈夫なんだ」
「今、あの子が言おうとした言葉です。“大丈夫大丈夫”ってイデアちゃんがたまに言うんですよ」
シャルロットの眼差しはフェヌを見つめ続けている。その瞳に不安の影は無く、まるでこれから起きることが分かっているようだ。
「さあ、貴様の仕事だ」
気づくとフェヌが終焉訃告書をサンバルから受け取っていた。しかし、私は先程までの焦りはもう感じていなかった。
サンバルは万が一、終焉訃告書の内容が目に入らないようにとフェヌから少し距離をとった。
終焉訃告書はまるで煉瓦のような色と太さで、ここからでは只の本と同じだ。フェヌはゆっくりと最初のページを開いた。その動きに躊躇も無ければ恐怖も無い。視線を落とし、禁忌の文字を読み始めた。
すぐにページをめくる音がする。かなりのハイペースで読んでいくがフェヌに変わった様子はない。寧ろ、様子が変わったのはサンバルだ。彼は怒りからか全身を震わせ拳を血が出るほど強く握った。
「ふっざけるんじゃねぇ! 本物なら見開きを目にした瞬間に悶え、息絶えるはずだ!」
サンバルはフェヌから強引に書物を奪い取る。
「なんだ!? この偽物にはどんなくだらねー事が書いてある!!!」
まるで獣が肉に食らいつき、貪るように手にした書物を開いた。
「永眠しそうなくらい眠くなる内容だったよ」
フェヌがそういった瞬間にはもう遅かった。サンバルは全身から汗を吹き出し、目が破裂しそうな程膨らんでいる。過呼吸のようになり、ありとあらゆる関節を歪ませる。挙げ句の果て階段から転げ落ち、私の近くに転がってきた。
サンバルは本を抱えたまま動かなくなり、リングの効果が切れたのか体が動くようになった。奴の顔を覗き込むと、もはや人間の顔とは似ても似つかない状態だった。
「し、死んだのか?」
頭が追いつかなかった。何故サンバルがこうなって、フェヌは無事なのか。そして、何故フェヌが喋ることが出来たのか。そんな思考が本格的に始まる前にイデアが私の胸に飛び込んで来た。
「うわ! イデアなにするんだ!?」
「違う違う、イデアは俺だよ」
答えたのは階段を降りる途中のフェヌ。理解が追いつくどころか余計遠ざかる。
「まだ分かってなさそうだな。ほら、これを使ったんだよ」
イデアを自称するフェヌが私に何かを投げた。それを手に取り、見ると姿態交換の魔術具だった。
「まさか、これで互いの見た目を入れ替えたのか?」
「そういうこと」
イデアが肯定するとタイミングよく姿態交換の効果が切れ、私の胸ではフェヌが泣きじゃくっている。
「やっと……、やっと、あなたを抱きしめられる」
誰かに泣くのを見られるのは恥ずかしいと思いながらも、静かに涙を流した。
互いに抱きしめ合う姉妹を横目に見て、俺はサンバルの死体から終焉訃告書を奪い取った。正直なところ、これを読めば死ねると思っていたが、全く効き目は無かった。足元に転がる元サンバルには効果抜群だったにも関わらずだ。こうなると俺を殺せる存在は無いと考えるのが妥当かもしれない。
「あ、おーーい、終わったぞー」
岩陰に大声で呼びかけるとストーカーがひょっこり顔を出した。なんだかんだあいつのお陰であの姉妹が救われた所もある。
「いやー、まさか上手くいくとは思わなかったよ」
ストーカーはサンバルの死体の元に寄ると、興味深そうに彼の体を触り始めた。
「……いざ死んじまうと悲しいな。昔のことを思い出すよ」
ストーカーの目が一瞬潤んだようにも見えたが気のせいだろう。
「ところで聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
ストーカーはサンバルを弄る手を止め俺の方を向く。
「この辺に鳩を売ってる店はないか?」
読んでいただきありがとうございました。
今回の話で終焉訃告書編は終わりになります。オチとしては3通りくらい候補があったんですが、結局最初に思いついたものにしました。どれでもサンバルは死んだんですけどね
次の話まで少し休みます。1、2週間もすれば戻ってくると思います。若しくは、Twitterなどに何かしらの報告はします