14話 姉(騎士)
「痛くないですか? メーティさん」
負傷した私の体にシャルロットが包帯を巻いていく。彼女の鞄には無限に包帯が入ってるのかもしれない。
「……本当に覚えてないのか?」
「ええ、気づいたらここに」
シャルロット曰く、魔物との戦闘以降の事は全く記憶に無いらしい。つまり、魔物を全滅させたのも、転送させたのも自分自身がやったという自覚はないらしい。
「それにして、どの辺に転送されたんですかね」
彼女は首をかしげ私な尋ねるが、皆目見当がつかなかった。何せ、洞窟内全てを把握しているわけでもないし、同じような岩ばかりで見分けもつかない。
最初は虫の鳴き声だと思った。発信源を探すうちにその音は声となり、リングから発せられるものだと気づいた。
『皆の者、聞こえているか?』
声はサンバルのものだ。このリングには通信機能も付いているようだ。
『全員に通達する。終焉訃告書を手に入れた』
端的に告げられたその言葉に絶句する。よりにもよって奴が……。
『それに伴い、この書物が本物か判断する必要がある。皆の中には檻に入れられた小娘を見た物も多いだろう。奴はその為に連れてきた存在だ。吾の元にあの小娘を連れてきた者には報酬を通常の10倍にする。無論早い者勝ちだ。皆の検討を祈る』
そこで通信は終わった。この展開は予想外で最悪のケース。
リングを操作し、位置情報機能を起動すると円形の地図がリング上に出現した。“あの子”の反応は洞窟内の隅にポツンと存在していた。近くに彼女以外の反応はないが、他の奴らが彼女を捕らえに集まってくるのは時間の問題だろう。翻って、サンバルの位置を確認すると、幸か不幸か私のいるこの地点から程ない距離に反応があった。“あの子”を助けに行くべきだろうか? いや、元凶が無くなれば“あの子”が終焉訃告書を読む必要もなくなる。
壁にもたれながら負傷した体を立たせる。全身を針で刺される様な激痛を感じ、声が漏れそうになった。
「まだ動くのは無茶ですよ」
シャルロットが心配そうに私の肩を支える。
「悪いけど、今無茶しないと……」
脳裏にあの子の、妹の姿が浮かぶ。これ以上あの子に何かあったら私は私自身を許すことが出来ない。
「妹が死んじゃうからさ」
腰についたを剣を剣鞘からゆっくりと抜いた。金属の擦れる音を懐かしく感じる。長い間使わなかったというのに剣身は全く錆びておらず、寧ろ宝石のように輝いていて、今こうして使われる為に存在するようにも感じた。この日の為に、サンバルの首を落とす為、あの日から使わずにいた刃。
「さあ、復讐を始めよう」
剣鞘を杖のように扱いサンバルの元へと向かっていく。待っていろサンバル。貴様が妹にした仕打ち、そのまま返してくれる。
サンバルの反応へと近づくにつれ、洞窟内の環境が整備されていく。道を堂々と立ち塞がる岩は消え、地面に目をやれば人工的な模様が施されていた。まるでどこかの建物の中みたいだ。ここまで露骨な変化があるとこれは罠なんじゃないかと疑えてしまう。
しばらく歩くと開けた場所に出た。一線を画すような異様なほどの静寂な空間。雫の垂れる音が不定期に響き、その音が禁断の園に足を踏み入れてしまったという罪悪感と恐怖感を強調していた。しかし、落ち着いてる自分もいる。
空間の中心には高い階段と、その上に協会の祭壇のような物があり、奴は段の中腹に罪深くも堂々と腰を下ろしていた。
「なんだ……、お前か」
サンバルは呆れたように言うと、煩わしそうに立ち上がり、ゆっくりと階段を降り始めた。私もそれに同調するかのように階段を上る。
「終焉訃告書は?」
「安心しろ、祭壇にある。まだ触れてもいないよ」
奴は私が裏切ったとは夢にも思っていないのか、余裕と冷静さが見受けられた。奴との距離はどんどん縮まって行く。
「貴様の妹を連れてこいと言ったはずだが? 」
「誰が貴様の命令など聞くか」
その瞬間、一気に距離を詰め奴の喉元に剣先を構えた。ここまで来れば奴も爆破はできない。しかし、サンバルは焦ることも無く、依然として余裕そうだ。
「これは何のつもりだ?」
「貴様が妹にした事への復讐だ」
「復讐か……。くだらんな」
サンバルは鼻で笑った。この状況でそんな余裕が何処から湧いてくるというのか。
「元は貴様ら姉妹、我が家の奴隷として引き取られた存在だろ。にもかかわらず騎士としての教育を受けさせ、家も与えてやった。それでも“復讐”などというくだらん行いに手を染めるか?」
「くだらないだと? 妹が声を失ったのは貴様のせいだぞ!!」
「だからどうした? お前達は俺の奴隷なんだよ。どうしようが俺の勝手だ」
「…………泣き喚いて命乞いをするかと思っていたが、どうやらその気もないらしい」
柄を握る力が1段と強くなった。
「お互いのためなら何をするのも厭わない。これが終いだ……」
剣を横に引き抜こうと瞬間、雷に打たれたような衝撃が体を襲った。あまりの痛みに立つことすら困難で、その場に倒れ伏せた。
「まさか、俺が爆破以外出来ないとでも思っていたのか?」
サンバルは倒れる私に近づくと、勢いよく私のみぞおちを蹴り飛ばした。私は全身を打ち付けながら階段から転げ落ちる。
「貴様が裏切ることなど最初から見越してたんだよ。そのリングには爆破以外に電撃系の魔術も組み込んである」
「メーティさん!?」
サンバルの高らかな笑い声とシャルロットが寄ってきたのが分かる。立ち上がろうとするが立つことが出来ない。
「なんで今爆破しないと思う? お前に妹が死ぬところを見せるためだよ。お前はその後で殺す。妹が死んでいくのを指をくわえて見ていろ! 何も出来ない自分を恨みながら死んでいけ!!」
サンバルは興奮状態なのか少し早口になっていた。
今すぐ奴を殺したいという衝動にかられるが、どれだけ願っても、踏ん張っても体は動かない。電撃による一種の麻痺状態だ。
雫の落ちる音をさっきより早く感じた。ごめんフェヌ、お姉ちゃんダメみたいだ……。
読んでいただきありがとうございました。
次回で終焉訃告書編完結の予定です。事情の時の更新ペースだったらまだ洞窟内に入っていないと思います。まさか一月で終わるとは思ってまさんでした。