11話 炎(悪魔)
集団が二つに別れてから数十分が経ち、今は小休憩となっている。洞窟という非日常的な場所にも関わらず、皆和気あいあいと話していた。これもサンバルという爆弾が近くにいないからだろう。当の俺はもちろん妹(予定)から(予定)の部分を外す為にアプローチをしようと彼女を探していた。
すぐに妹(予定)は見つかった。しかし、サンバルの騎士、確かメーティとかいう名前の奴と話していた。またの機会にしようかと思ったが、今の俺は彼女の名前も知らないのだ。二人の会話からそういった情報が手に入るかもしれない。
岩にもたれて座り込んで話す2人に怪しまれない程度に近付いて耳をすませた。
「また、なんで1人になったんだ?イデアに来てもらえばよかったじゃないか」
メーティが問うと妹は微笑んで見せた。それがまた愛おしいほど可愛いい。
「イデアちゃんはすごいですよ。私と同じくらいなのに魔術だって使えるし、いつも私を守ったり、庇ったりしてくれるんです」
あの銀髪はイデアという名なのか。イデアと言えば、世界を救ったあのイデア・メリックが思い出される。
「でも、それじゃあ友達にはなれないんですよ」
「そうか?君とイデアは仲が良いように見えるが意外と違うのかい?」
おい!“君”とか使わず本名で言えよ!
「勿論仲は良いと思いますよ? でも、“仲が良い”のと“友達”は違うと思うんです。友達は互いの関係が対等にならないといけないと思うんです。そりゃあ、立場や身分もありますよ?でも、互いにしてあげられる事は対等じゃないといけないんです。……きっと」
……妹はなかなかの自論をもっているんだなぁ。別にそんなこと関係なくていいだろうに。
「だから、私も強く成らないといけないんです! 守られてばかりじゃなくて互いに守り合える存在にならないと。その為にも魔術が使えるようにならないと」
「つまり、強くなるために1人になったのか?」
妹は頷いて肯定した。なるほど、妹は魔術が使えないのか。杖を持っているからてっきり使えるものかと思っていた。確かに、言われてみれば彼女から魔力は感じない。
それなら俺が魔術を教えるという名目で近づけば……。いや、ダメだ。まず彼女が魔力を持っていない。そして今の俺がまともに魔術を使える状況にない。この作戦はダメだ。
このまま2人の会話を聞いていてもいい方法は思いつきそうもなかったので、1度妹から離れ一人で考えることにした。
俺は人のいない所まで来て、岩に腰を下ろした。ポケットに違和感を感じ探ってみると妹から貰った魔術具だった。この魔術具は元々魔術が設定されているタイプで、設定されている魔術しか使用出来ないが、その分簡単に使えるし、何より誰でも使うことができた。渡されたのは二種類、“緒戦の炎矢”と“姿態交換”だ。
緒戦の炎矢は攻撃魔術なのだが、姿態交換の方は攻撃どころか使うタイミングすら理解不能だ。妹はどういう意図でこれを渡したのだろう。……多分、何も考えず適当に選んだんだな。しかし、この魔術具が使えるかは分からない。“奴”と契約させられてから魔術という魔術が使えなくなってしまった。
「これ、いざって時に使えませーん。とかなったら最悪死ぬぞ」
戦闘になる前に試した方が良さそうだ。
「キュッ」
岩陰から物音がし、咄嗟に振り返った。見ると蛙のような一体の魔物が岩の上からコチラを見ている。前足は太く大きく、体の半分もある目は充血していた。その不気味な姿は本で見たことがある。確か、“キュルキュル”とかいう名称。単純にキュルキュル鳴くからだったと思う。
キュルキュルは焦点の合ってない目でコチラを見つめ続ける。少しも動かないので死んでるのかと疑ってしまう。しかし、いつ襲って来るかは分からない。俺は右手に持った魔術具を一瞥する。
キュルキュルが飛びかかって来たのはその時だ。咄嗟のことにどっちの魔術具かも確認せずにキュルキュルに向けた。緒戦の炎矢でありますように!!
願いが通じたのか炎の矢がキュルキュルの体を貫き、地面に倒れた。しかし、まだ息があり、もがき続けている。
気づくと全身に冷や汗をかいていた。九死に一生を得た気分だ。もしも、選んだ魔術具が間違っていたら……。考えただけでも身震いする。それよりも魔術具自体は使うことが出来るのか。これなら“奴”を呼ばなくても済むかもしれない。
そろそろ息絶えただろうとキュルキュルを見ると、そこには震える前足で立ち上がる奴の姿。胴体にはまだ矢が刺さっているというのにこの生命力。やはり魔物は恐ろしい。キュルキュルはサイレンのようなけたましい声を上げる。その声は洞窟中に響き渡った。断末魔をあげるとキュルキュルは倒れ、動かなくなった。
なんだ今のは? 只の断末魔? それに越した事は無いのだが、嫌な予感がしてならない。皆の所に戻った方が良さそうだ。
予想通りと言うべきか元の場所に戻ると乱闘が始まっていた。恐ろしいほどの殺気と剣と肉が絡み合う音が辺りを包んでいる。
俺は訳も分からず近くの集団に応戦した。
「何があったんだ!?」
魔物に向けて緒戦の炎矢を打ちながら尋ねる。
「さっきの声はキュルキュルの断末魔だ! あいつらの声は魔物を引き寄せる!」
「誰がやったのか分かんねーが馬鹿な野郎だ。キュルキュルは目をそらなきゃ襲っては来ない!」
奴が襲ってきた時のことを思い出す。確かに俺は魔術具を確認するために奴から一瞬目をそらした。あれが原因だったのか……。
「どうせまともに冒険した事も無い引きこもりがやったに決まってる!」
「きっと魔術の研究とかしてる気持ち悪いシスコンだぜ!」
…………そんな、ピンポイントに俺の事を言わなくても……。何? みんな俺がやったって知ってるの?
「グわっ!!」
仲間の数が徐々に減っていく。このままだと魔術具の魔力もじきに尽きる。その時、俺の首元を目掛けて斧が振り下ろされる。緒戦の炎矢では間に合わない……。こうなったら仕方がない。出来れば呼び出したくはなかった。でも、ここで死ぬわけにはいかない!
「アミィィィィィ!!!」
叫んだ瞬間辺りを炎が包み込んだ。魔物、人間問わず全てを包み込む悪魔の炎。辺りを一掃すると、炎は男の姿になった
『久しぶりだな主人よ、呼び出されたのは契約の時以来だな』
男の姿をした炎は低く響く声色でそう言った。こいつは俺が魔術の研究中に誤って呼び出してしまった悪魔。しそして、一方的に契約させられ、一切の魔術を使えなくなってしまった。しかも、コイツを召喚している間は馬鹿みたいに魔力を持っていかれるため燃費も非常に悪い。とんだ疫病神である。せめて可愛い女の子なら我慢できるんだけどね。
『我というものがありながら緒戦の炎矢のような下級の魔術をつかいおって』
「元はテメーのせいで魔術具なんか使うハメになってんだよ!」
俺はアミーとさえ契約してなければ普通に魔術は使えるのだ。
『それで? 何用だ?』
アミーは腕を組み、上から目線で尋ねてくる。主人とか呼びながらそう言った扱いは受けていない。
「あたり一体のヤツらを全員倒せ! でも人間は傷つけるな。魔物だけだ」
『そんなもの朝飯前だ!!』
アミーは再び炎の姿に戻ると、紙に水が染み込むように地面に広がっていき魔物を焼き払う。
『HAHAHA!! 弱い! 弱いぞ! HAHAHA!!』
料理でもするかのようにアミーはどんどん魔物を焼いているが、魔物が焼ける度に俺の魔力が急激に減っていくのを感じる。これは予想よりも長くは持たない。
しかし、魔物の数は一向に減らない。キュルキュルの断末魔で洞窟内にいた魔物を全て呼び出したようだ。
不意に炎の動きが鈍くなる。自分でも限界が近い事は察している。するとアミーが俺の目の前まで戻ってきた。
『残念だがお前の魔力がもう切れる。これで終わりだ』
「せめて魔物を1掃してからにしてくれよ……」
弱い弱いと言っておきながら魔物はほとんど倒れていない。
魔力が尽きかけている影響からか吐き気と目眩、他にも沢山の症状が体を襲った。自身の体が溶けているようにも感じる。
『悪いがタダ働きはしない主義でな』
そう捨て台詞を吐くと辺り一帯を包んでいた炎も嘘のように消えた。
マジかよ……。本当に消えやがった……。気を抜いたら意識が飛びそうだ。これが悪魔の力を使った代償とかいうやつか? あんな奴まともに使役出来るはずがねえ。ぼやけ始めた視界の縁に魔族が見え、コチラに近づいてるように思えた。自分が倒れてるのが分かる。不思議なくらいゆっくりと時間が進む。あー、……これで死ぬのかな。最後に妹に会いたかった……
読んでいただきありがとうございました。
作中に登場したアミーは本当にいる悪魔なんですね。ソロモン72柱自体は知ってるのですが、悪魔はあまり詳しくないのでおかしな点があったかもしれません。そこは多めにみてください。