第三話
ようやく彼がひとしきり笑い終えた後、話を再開。その前にはそっぽを向いた私を彼が宥めるという一幕もあった。
「この死神……ジークは金髪で見た目は格好いい方です。背は…あなたより少し低いくらいです」という感じで話していく。
「なんでこんないい男がおまえの護衛してくれるんだろうな」
「セルジオン殿すみません。少し殴れそうなものをください」
「はい?」
「少し殴りたいなと...」
「何か致しましたか?」
「ジークを殴りたいなと」
どうせ死神、死ぬこともないし。ジークが逃げようとするからできるだけ早く。
「触れるんですか?」
「はい。一応」
「今まで誰にも話したことないのですか?」
「......セルジオン殿以外信じてくれませんでしたから...」
いつの間にかジークは逃げていた。殴り損ねてしまった。
「ノア」
「はい?」
「ノアでいいです。私は殿下の護衛なのですから」
無理だ。私は殿下と呼ばれるべきでない。
私が貴方に優っているのは殿下というこんな身分だけだから。
「駄目です。呼べませんセルジオン殿」
「遠慮はやめて...」
「私は殿下の名にふさわしい人間じゃない」
ずっと誰かに言いたかった、私の思い。
あなたは私を信じてくれたから、それだけですごく嬉しかったから、こんな甘ったれたことを言ってしまった。信じてくれただけで十分だったのに。
「私はあなたにこんなこと言ってしまうくらい弱い人間なの!!!」
護衛に怒鳴ってしまった。その上、涙まで流してしまう自分の弱さにはうんざりだと、そう思うのに頰を伝う涙は止められない。
「殿下が弱いなら世界のほとんどの人間が弱すぎます」
するりと耳に入ってくる声。
「私だって負けないくらい弱いですよ。初めて誰かに甘えようと.........話してみようと思っています」
何、を…?
私の心を読んだのかのように彼は話し始めた。
「私は男爵家に拾われたんです」
「え...?」
「私はもともと親がいなくて、物心ついたときには暗殺者集団のもとにいました」
「あんさつしゃ...?」
「私は十二年前...確か六歳の時に暗殺目的でこの宮殿に忍び込んで、そこでたまたまやってきていた男爵に見つかった。」
どんどん彼の声の温度が下がる。それに気付いた私は思わず唾を呑んだ。
「でも、男爵は私を殺さなかった。それどころか養子にして跡取りにしてくれた。私が狙っていたのは殿下……貴女だったのに」
「私...?」
「そう。あなたでした。私をあなたの護衛にしたのもそれが関係あると思います。このことは陛下だけはご存知ですし、私は暗殺の方法をわかっているから、護衛には適任だとお思いになったのかと」
お父様も知っているんだ。
「でも、一番の理由は秘密を背負っている者同士だからだと思いますけどね」
「俺のこと信じられませんか?」
そんなわけない。私のことを信じてくれた人を信じないなんてありえない。
でも、'信じています'なんてありきたりな言葉じゃ伝わらない気がした。
だから、抱きしめた。
「信じてるに決まってる」
結局言ってしまった。
「俺も信じてる」
背中にまわされた腕に力がこもった。
彼は、私が涙を見せることを許してくれた。
ジークがいつの間にか逃げていたことに少し感謝した。こんなところを見られてしまうと恥ずかしすぎるから。
☆
抱きしめてしまった!抱きしめられてしまった!
夜、ベッドの中で思い出しては赤面し、脳内パニック状態を繰り返していた。
だって私は霊感王女だ。気味悪がられているのだから、男性経験などない。抱きしめ合うことだって大事件だ。
あの後__
「ありがとう」
恥ずかしさもあって記憶が曖昧だから、どちらが言ったのか定かではないけど。
どちらもそう思っていたのは確かだ。
「ノアと呼んでください」
未だにそう言ってくる彼に正直迷った末、
「じゃあ私のこともフィオネと呼んでください」
「それはさすがに無理です」
「いや、ももちろん周りの人がいない時だけですよ!」
こっちが混乱してどうする!
「秘密を知っている同士だし.…..あ、あと言葉遣いも普通にしましょう!もちろん...…」
「周りの人がいない時だけ、だな?」
「うん!」
今更、陛下に感謝した。彼を私の護衛にしてくれたことは本当にありがたいことだった。
信じ合える相手が近くに居ることはとても心強いのだと。
「...魔法、教えようか?」
「うんっ...って、え? 私魔法使えないけど?」
彼の不意打ちの一言に反射的に答えてしまったが、よく考えると私にするにはおかしな質問だ。
「知っていた方が役に立つかもしれないだろ」
「確かに!じゃあよろしくお願いします!」
__嬉しかったけど冷静になってみると結構恥ずかしい内容を繰り広げていた。
今日は寝るのに時間がかかりそうだ。