勇者の仲間の忍者と魔道士の夜
「ひさしぶりですね、フワリさん」
「そうだなぁ、アルフ。一昨年ぶりであるな」
「ふん、こんな忙しい時期にわざわざ私達を尋ねるなんてひねくれているわね」
「いや、エスターテ殿を尋ねたわけではないだが……顔は出そうと思っていたが」
日新家のリビングにアルフ、フワリ、そして赤紫の髪をしたややキツ目な印象を持つ女性がいる。
この赤紫の髪の女性こそがクリフチームの戦闘魔道士、そしてアルフたちの担任であるエスターテである。
実年齢の半分くらいにしか見えないフワリと並んでみると年増に見えるかもしれないが、実際はフワリどころかピルクやフアラより年下であり、クリフチームの中でも最年少だったりするのである。
さてなんで彼女が日新家にいるのかといえば、アルフにフワリが泊まることを伝えた結果、近くにいたエスターテも同行する形になったのである。
「それでいつまでバカップルや私のかわいい生徒の家にいるつもり?」
「バカップルって……ふむ、相変わらず僻み根性が凄いな。アルフのチーム試験が終わる頃まではいるつもりである。ここ最近セイカやシモンもここに泊まることがあるらしいし、ついでに久しぶりに稽古でも付けてやろうかと。朝や深夜は仕事ゆえいないが」
「ふん、この子達の教官は私よ。部外者がノコノコ出てきて師匠面しないでもらえないかしら?」
「しかし、お主が教えられるのは魔法や魔力を使った戦術がメインではないか。肉体面の教練に関して言えばお主よりは教えれると思うが。相変わらず自分のできないことにムキになる。そんなことだからフアラ殿にピルク殿を取られ……」
「何、私があのピルクやフアラに嫉妬しているみたいな言い方するわけ?いいわ、表に出なさい。脳筋な忍者に格の差を……」
「ちょ、ちょっと、先生もフワリさんも落ち着いて!!そろそろ夕飯出来ますから」
両親と先生ってそういう関係だったの?とか思いつつも今にも戦闘に勃発しそうな二人をアルフが静止する。
心配になったのか、キッチンにいたフアラが顔をのぞかせていたが静止する息子を見て安心したのか夕食作りに戻った。どうやら、エスターテとフワリは昔から反りが合わないらしい。
よく勇者チームとして連携できたと思うがピルクやフアラ曰く戦闘中は互いに割り切っていて連携に支障はなかったらしい。
「ふん、ここはお二人に免じて抑えておくとしよう。アルフ、お前はそろそろ13歳だったな、女子の扱いも学ぶ時期でだろう?よいか、エスターテのように口では嫌がっていても実は嬉しがっている時の表情の見分け方はの、たとえばエスターテ殿がピルク殿に対する態度……」
「ああ!私の生徒に余計なことを教えないでくださらない?それに私とピルクは魔道士同士故にライバルだから気にしているだけよ!それ以外の感情なんて特に」
「しかしピルク殿とエスターテ殿は分野が違うだろう。それでライバルも何もあろうか」
またもや戦闘に勃発しようとしている。エスターテにはどれだけ地雷のスイッチが有るのだろうか。
そして今度はフアラが静止しに来たように二人に声をかけてきた。
「はいはい、二人共食器とか並べるのは手伝ってくださる?でないと夕飯抜きですよ」
「「ふん!!」」
二人はそのまま、フアラに言われるまま食卓の準備を始めていた。
食事を抑えれては大人しく従うしか無いのは世の道理である。
あまり二人を認めていない風なエスターテも料理の腕は認めているようで大人しく従うくらいらしい。
さて、今日の夕食はペスカトーレ。ペスカトーレは偶然にも名称、レシピ共に幻世でも現世で差がない、トマトで彩る赤い色に、香辛料の香りが食欲を誘う魚介パスタである。
「って、私は夕食をいただく気はなかったのですけど」
「そういうなってエスターテ。どうせ家に帰っても一人だろ?たまには飯くらい食ってけよ」
「大きなお世話ですわ、でも折角だし付き合ってあげますよ」
「相変わらず素直じゃない……」
「なにか言ったかしら、フワリ」
「何も言っていない、ほれ飯が冷めてしまう。今日はお主の好きなペスカトーレじゃないか」
「エスターテちゃんも来るって聞いて今日はコレしか無いって思って。フワリさんも好きですよね、お魚」
「嫌いではないし、お二人の料理ならな。そもそもピルク殿をクリフ殿のチームに引き入れたのは私の舌に合う料理を作ってくれるからだしの。あれから随分立った今ではいろんな味にも慣れたがやはり好みの味付けは変わらんの」
「へえ、話に聞いていたけど父さんをチームに入れたのはミルトさんの負担を減らすためだって聞いていたけどそんな理由もあったんだ」
「うむ、ピルクは昔は気の利く男での。ミルト殿はともかくクリフやビケルは家事は不得手でのう。アレではいくら腕が立っていても何れ瓦解しかねない感じだったな。そんなチームの成立に協力した私も青かったが」
「まるで今は気が利かないみたいじゃないか、それに俺は女の気持ちなんか理解できるつもりは全くなかったぜ。そう思うなら俺の生活魔道士としての経験のおかげだろうがな」
「お主と我を引きあわせた生活魔道士会の女将殿には感謝せねばな」
フワリはクリフチームの結成、つまり共にチーム試験を受けた創立メンバーであった。
というより人数合わせとして雇ったという条件に近かったのだが、結果として非常に気の合う仲間として最終決戦まで共にし、フワリ自身にも目的があって勇者チームに参加したので利害が一致したとのことだが、終結に伴い幻世に戻ることにしたという。
現在は幻世で個人で魔物退治や情報収集などの仕事を受けたりしていることで生活しており、現世に来たのもその一環らしい。
とりあえず、食事の場のためか一触即発の状態であったフワリとエスターテは特に言い争うことなく、本日の日新家の食卓は問題なく終わった。
※※※※
「では、私は帰りますわ。教師が生徒の家に宿泊する訳にはいかないですからね」
「理屈はわからんが気をつけて帰れよ、元魔王がこの辺うろついているかもしれないからな」
「ふん、そんなのも魔法で一発よ。私が誰だと思っているの?」
「天才魔道士「水面を焼きつくす常夏の焔」でしょ?とにかく気をつけてね」
「ふん、わかっているじゃない。じゃあアルフ、また明日学校でね」
「はい、また明日です。先生」
流石に宿泊する訳にはいかないと、エスターテは帰っていく。
ちなみに天才魔道士に関しては自称だが二つ名の「水面を焼きつくす常夏の焔」は自称ではない。魔王を倒すなどの功績がある勇者チームのメンバーに世界から与えられた称号である。
勇者であるクリフはもちろん、ピルクやフアラも持っているが夫婦は基本名乗らない。恥ずかしいとかではなく純粋に名乗ると称号のインパクトに本人たちが負けてしまうからだ。
見送った後、風呂に入った後アルフは自室に行こうと二階に上がる。すると途中でフワリとすれ違う。
フワリもこれから、風呂に入る予定だったのか着替えらしきものを手に持っていた。
「アルフ、これから寝るのか?」
「うん、宿題とか済ませてからね。フワリさんもお風呂に入ったらお仕事に行くの」
「うむ、この日本では拙者の忍者に似た職業、忍者(この場合はエージェントと読まない)は夜に活動するものらしいからな」
「それ関係あるの?別にフワリさんは忍者ではないでしょう」
「ないな、ふむちょっと話したいことがある。立ち話もなんだし……部屋に案内してくれないか」
そのままアルフの部屋に向かい、そのままフワリが話し始めた。
「どうだ、エスターテ殿は。ちゃんとお前たちの見本になれているかな」
「ええ、僕達にとってはいい先生ですよ。すごく魔法に詳しいですし……でも、父さんをライバル視していたって本当なんですか?父さんや先生からは聞いたことないですけど」
「あのプライドが高いエスターテのことだから自分では認めないであろうがな、エスターテは自分が使えない魔法が使えるピルクをどことなく意識していたのは共に戦ってきたからわかるのだよ。多分クリフやビケル……他のメンバーもだいたい感じているだろうよ。気づいてないのはピルクやフアラくらいだな。あの二人はわりかし鈍いし、前線で戦っていたわけじゃないしの」
アルフに両親を侮辱する意味ではないと発言の意図を説明してから話を続けた。
「エスターテ殿は独学で魔法を覚えたらしくての、アルフくらいの年頃には実力だけなら拙者にも並ぶくらいだったの。地元でも天才と扱われていたようだし、当時からプライドが高くての。当然同じ魔道士であるピルク殿なんかよく絡まれていたなぁ」
「でも父さんは生活魔道士で、先生は戦闘魔道士じゃないですか。さっきも言ってましたけど……あ、でも先生は支援魔道士の魔法も少しは使えるから……」
「その通り、自分を大体の魔法を使える天才だと思っていれば身近に自分の使えない魔法が使える奴が居れば我慢ならないだろうしな。拙者たちも新しく魔法を使えるようになる度、歯軋りしていたよ」
「でも僕達が魔法を使えるようになる度、喜んでくれますよ先生。あ、でも父さんの得意なリンゴの皮むき魔法とか防虫魔法とか使うと難しい顔している時ありますね」
「そうそう、虫系の魔物がよく出る場所を探索する時エスターテ殿ではなくピルク殿を連れて行く時なんかはむくれておったな」
「ん?虫を倒すくらいなら普通に先生でもいいんじゃないですか?」
「消耗は避けたいし、エスターテの得意なのは炎系の魔法だ。私らにはダメージも熱も来ない魔法の炎でも連発されたら見た目的に暑苦しい」
「あのエスターテ先生がそんな周りを試みない真似するとは思わないんですけど」
「いったであろう、お前と同じくらいの年頃だったって。あのくらいの年頃の頃は妙な万能感を覚えるし、何より当時は目立ちたがり屋だったからの、今は随分落ち着いているが」
「想像できないなぁ。でもたまに言ってますね、魔道士が目立ちすぎてはいけないとか」
「「人対魔戦時代」が終わってから急に教師を目指すとか言い出した時は何事かと思ったくらいだ。そうそう目立ちすぎるといえば、こちらの采配をミスって拙者だけが孤立してしまったことがあっての……あの時はエスターテ殿やフアラ殿がいなければ死んでいたところだったな」
そこまで仲のいいわけではなかったフアラやエスターテが協力して死にかけた自分を助けた話やとある強敵に対してピルクが機転を利かせてエスターテとの連携で圧倒した話を語るフワリ。
アルフは当時を思い出し笑いをするフワリを見て、彼女とクリフチームの絆を感じた。本当に楽しそうに話す。
「ともかく、決してエスターテ殿は決して悪意があってあの二人をバカップルと呼んでいるわけではないのは無いことは知ってほしいの。僻みはあると思うがな」
「まぁ、そういってからかう先生の顔見てもソレは伝わります。今のフワリさんみたいですし」
「うむぅ、そんなににやけておったということかの。思い出話が楽しくなるとは拙者も年を食ったか」
そういってフワリは「そろそろ失礼する」といって部屋を出て、そのまま風呂場に向かった。
一人になったアルフは勉強机に向かい、明日までにやらなければいけない宿題を片付けながら思った。
たまに両親やクリフ、ビケル、そしてエスターテから過去の冒険の体験談や武勇伝を聞く度に感じるたしかなこと。
間違いなく、クリフチームには強い絆があるということ。そしてその絆に負けないくらいの力を持っていることを。
自分たちもソレに負けないくらいの絆を、そして力をつけて試験に合格しよう。改めてそう誓ったのだった。
※※※※
「フアラ、これでいいのか?確かに眠気には効きそうだが」
「ええ、多分戦闘が絡む仕事でしょうから、高揚特性のある辛味を加えればいい感じになりますね」
アルフが自室で決意を固めていたころ、リビングとキッチンではこれから夜勤に出かけるフワリのためにピルクとフアラがポーションを作っていた。
そんな香りに誘われるように風呂あがりでシャツとスパッツという実質下着姿のフワリがふらりとリビングに訪れる。
鍛えられて引き締まったフワリの魅惑的な肢体をチラ見していたピルクの頭をお玉で叩いたフアラが瓶詰めのポーションを持ってむっとした顔でフワリのそばに寄った。
「心配せんでも友人の夫を誘惑などせんよ、それにフアラ殿は小柄であるが結構出てるところは出てるから意外といいスタイルしているし拙者に嫉妬することなど何も」
「そういうことじゃなくて友人とはいえ、夫が鼻の下を伸ばしてたら叩きたくもなりますよ。それにアルフの教育にも良くないでしょうが、ポーション出来たから早く着替えてください」
「ふむ、現世ではポーションの流通が少なくなっていると聞いたが、腕は落ちてないようだの。匂いだけでわかる」
「もはや日課とかしていますし、今も盛永さんに顔が利くおかげでこれでも食いっぱぐれる事はないですからね」
「ふむ、クリフ殿万々歳じゃのう。ビケル殿もクリフ殿の下で頑張っているようだし……魔王を倒しただけではなく世界の交流を手伝っていると考えると頑張ったかいがあったというのかの」
「そんな大それた話じゃないと思うがな、俺なんか転移に巻き込まれなかったら現世バスチアンになんて繋がったって言っても行かなかったと思うな。まぁクリフ達はヴェインとか魔王がいるなら行きたがったろうけど」
「でもこっちの技術って凄いし、食べ物美味しいし、何より私達は現世こっちに来た時に出会った人達がいい人だったしね」
「こっちに飛ばされた時に現世の悪い奴らに騙されたってやつも結構いるみたいだしな。不思議と言葉が伝わるんで」
幻世人は基本的に一つの言語を使っている。種族間や地域ごとに細かな訛りや方言の類で差はあれど、大元の言語が同じで用いる文字も基本的には同じである。
大昔には地域や大陸ごとに違う言語や文字を使っていたようなのだが、ある時違う言語間でも自動的に翻訳したり、相手に伝わる言語で会話できるようになる魔具が多く流通した結果、いつの間にか幻世人の言語が統一されてしまったというのが一般的な見解である。
事実、幻世人の言語は現世人にも伝わってしまうという特性を持っていた。
現世人が他言語を習得するにはかなりの時間を要するというのとは対照的である。
もっとも幻世人の言語は現世人が習得するのはどうやら不可能とされており、幻世人の文字は現世におけるルーン文字などと同じく魔法の発動や占いに使う文字と認識されていた。
「現世をまだ信用していない幻世人も結構いるようだしの、その逆もまた然りか、とそろそろ拙者は行くでござるよ」
「おう、気をつけろよ。「影殺しの拳刀士」さんよ」
「私はエスターテと違って称号は名乗りたくないんじゃがの、お前たちも称号で呼んでいいんでござるよ?」
「やめてください、ほらピルクも謝って」
「すまねえ。でもよういくら平和になったからといって女一人で夜中に見送るってのは。決してお前やエスターテを見くびっているわけじゃないが……俺達は仲間だからな。いつも誰かと一緒にいるのが当たり前で一人でいさせるのが忍びない」
「ふふ、拙者がもう少し若くてお前が結婚していなかったら惚れてしまう殺し文句だの。ほれフアラ殿が嫉妬してしまうでござるよ」
「嫉妬なんかしてませんよ。それ今のピルクの言葉、クリフさんが何回か言ってた言葉じゃないですか」
「バレたか、似たようなことをマミちゃんにいって惚れさせたからな。殺し文句だと思ったとはおもったが」
「聞いたことあると思ったら……もしかすると拙者はクリフ殿に惚れておったのかの、あの時は恋など考えていなかったが。自分の使命に夢中であったのがおしいでの。あの男は今でもいい男だしの」
「コラコラ、不倫はいけませんよ」
「フフ、これでも幻世に恋人くらいはおる。あ奴に心配させないためにも危険なマネはしないでおくでござる」
忍び装束に着替えたフワリをからかうピルクを窘めるフアラ。
一通り笑いあった後、そのまま仕事に向かうフワリの無事を祈り見送った。
「あの時とはあまり変わらないな」
「そうね」
「今は平和だけど、また魔王が大量に現れて今度はアルフを今みたいに見送ることになるのかな」
「そうならないように平和を願うしかないわね、さて今日はもう寝ようかしら。仕事もないしたまには親らしいところをアルフに見せないとね」
「……そうだな」
こうして、今日も一日が終わっていく。