勇者の仲間と魔王の再開
ピルクとフアラ、この夫婦は基本的に昼夜問わず出かけることは少ない。
生業であるポーションの材料は知識と技術があれば大体の植物で成り立つ。
趣味も兼ねた形で庭やリビングなどで栽培しているので家にいればおおよそ問題ないのだ。
食材等生活に必要な物はは息子アルフが学校帰りに買ってきたり、週末などに纏めて購入したりしている。
元々、幻世で勇者チームに所属していたころも宿や野営地などで仲間が帰ってくるまでポーションの調合や食事の準備などをして探索などに出かけることもなかったため出不精なのだ。
ピルクは生活魔道士として働き始めたころも住み込みでは働くということが大半で、フアラも故郷から出た経験など勇者チームに参加した時が初めてだった。
生来の出不精たる二人が現世において、特に家にいれば殆どの事が済ませられる現代において特別な用がなければ出かけるメリットは少なくなり、フアラ自身が人混みを嫌うことやアルフが中学生となり休日は友人と過ごすという事が増えてから出かける機会というのは連休を利用した帰郷くらいか無くなっていたのだ。
さて、そんな二人が今駅前の公園。賑わっている時なら出店があって今は「ここで未許可の商売を禁止にする」という類の看板と敷地を示す囲いの近くで紙切れを確認しつつ周りを見渡していた。
それこそ休日なら子連れの家族やカップルなどで賑わう場所であるが、今現在の時間は一般的には休日ではなく、昼を少し過ぎた時間でいるとすれば、営業周りと託けてサボっているサラリーマンや公園周りを根城としているホームレスさえ希少な時間である。
人が少ないからあえてデートというわけではないのは二人の服装から明らかだ。
夫婦は使い込んだ形跡のあるローブを羽織り、隙間から見える限りでは急所等を動きのじゃまにならない程度の金具がついた服を着ている。
コスプレデートという割には、あまりにもしっかりた装備でまるでこれから戦闘を行うかの雰囲気である。
二人の表情から緊迫した状況が感じ取れ、青い空も散らかる雲を集め曇りの天気に変えてしまいそうだ。
そんな二人に近づく人影があった。
「ああ、やっぱり警戒はしてくれるか。元魔王冥利に尽きるわ。戦いに参加しない人らでもちゃんとアポ取れば武装してきてくれるんだから」
軽口を叩きながら現れた色黒の男はピルクとは同年代であるように思えるが、服装や顔つきはかなり若々しい。
特に顔は大きな火傷を負っていなければ二十代の男性アイドルと見紛うくらい男前であった。
しかし、薄く開いた口から見える鋭い犬歯、赤い瞳、何より人というより獣を連想させる毛質をした髪が色黒男を人間と表現するに疑問を抱かせる。
もっとも本人の言うとおり、この男は魔王の一人、名をヴェインという。かつて、否現在も人間、エルフ、ドワーフ問わずヒトに属する者の敵である存在であり、夫婦が属していたクリフチームに討伐された魔王であった。
魔王とは、ヒトや世界に敵対するように進化した生物や存在である魔物が統率力や野心、知能などを得て進化した存在である。
進化したとはいっても生まれる方法は様々であり、魔物とされた生物が順調に成長し昇格や派生してヒトや強大な魔物となった「魔物之王」、世界に仇なす災害が具象化してヒトや魔物の姿となっている「害之化身」、ヒトが世界やヒトを裏切ったり、それらに深い恨みを持って転生する「堕之魔人」などに分けられる。
全体的に肉食獣の雰囲気を保つヴェインは獣型の魔物から昇格した「魔物之王」に属していた。
現在は現世に封印されており、ヒトの敵とはいえ過度な略奪や破壊等の悪行を繰り返してたわけではないため、ギルドの管理下に置かれている程度でこうして普通に外を歩けるのである。
魔王と一口に言っても様々であり、ヴェインはヒトの領土を巡って戦う武将程度の魔王で自分の住処などを作らせるためにヒトや領地を利用するが、滅ぼしたりなどはせずむしろ治めていたくらいだ。
ただ、それでも領土が増えればヒトの生活は脅かされるわけで領土奪還を依頼されたクリフチームに破れ、封印されたというわけでヴェインはクリフチームのメンバーである二人にも相当恨みがあるはずだが、ヴェインは全く気にしていないようににこやかに笑っている。
その姿に一種の恐怖を感じたアルフは妻をかばうべく僅かに前に出て、袖でフアラを隠した。
「わざわざ、こっちの世界にあるギルドに連絡を入れてまで俺達に会いたいとは何を企んでいる」
「残念だったわね、クリフや皆は忙しくてね。私達しかいないわよ」
「それ自分たちは暇ですよ、って言っているもんじゃないか?まぁ俺みたいのと交渉するためにあえて暇にしているってのはよくある話だがな。もっとも話し合いをさせたくてちょっかい出しているのも俺みたいなのなんですがな」
くっくと笑いながら、ヴェインは右腕に括りつけた鎖を鳴らす。この鎖は決していい年をして中学生みたいなカッコつけ方をしているのではない。魔王として勇者に倒され力を封じられ、魔王としてヒトの軍門に下っていることを意味している。
だが、鎖で押さえつけているのはいわばヒトや世界に対して反乱を起こすような力だけであり、戦士としての力を抑えるものではない。現世に封印された魔王は封印された世界に奉仕する義務があり、大体は何らかの理由で悪影響を及ぼしかねない力を持った魔王や戦士の鎮圧であったり、現住生物の生態系を脅かしかねない魔物の管理などである。
そのためにあえて解放してある力もあり、それを見せびらかすように右掌から蜂のような姿をした魔力を放出した。
「この前から家の周りに魔力を飛ばしてたのはお前だったのか。目的は何だ、アルフかフアラか」
「そんなちっこいエルフの女に興味持つほど趣味広くないんですよね。ついでにハーフにも興味なし。昨今はもっぱら現世人と幻世人の子供。それも勇者だった幻世人の子供のほうが話題性高いけど、それこそ興味ない」
一般的に性質の違う親同士から生まれた子供というのは高い潜在能力を秘めている場合が多いというのは一種のお約束である。アルフもエルフと人間の間に生まれたハーフエルフ及びハーフ人間というわけだ。
しかし、幻世では「人対魔時代」の際にはヒトという括りであれば異種族のカップルも珍しくなく、ヒト側についた魔王や魔物やその逆で魔王側についたヒトと互いの陣営の種族が交じり合っている時代だっため、ハーフ自体も割りと増えていたのだ。
元々、幻世でのヒトの種族というのは生まれの場所の関係で世界から受ける属性に近いものがありエルフは森生まれ、ドワーフなら洞窟生まれといった物である。ちなみに幻世人とは草原の生まれというもので元々一般的に人間、現世人や学術的にホモサピエンスを指す言葉だったのだが、家や集落を草原以外にも作りあまりにも生息地を広くしすぎてからはその名は世界や幻世の住民全般を指すようになってしまったのである。
草原生まれの特性が結果として普遍のものであったため、種族特性が強く出ないヒトをヒトとヒトの間、中間として人間と呼ぶようになったというわけだ。
つまりハーフであっても両方の親の特性が全く出なければ人間として扱うこともあるのだが、そんな状態になるのはどっちかの親が人間である場合か、それこそ本当に草原の属性が強い場所生まれで世界によって属性がリセットされてしまった場合である。極端な話、意図しない限りエルフとドワーフの間からどちらの特性も持たない子供から生まれるということはないのだ。
さらに世界がつながってから幻世人と現世人が交流を持つようになり、二者は同じ人間でありながら性質が異なる部分が多かったり、中には見た目は幻世人の人間と似通った現世人がエルフ等の人間以外のヒトに近い性質を持っているなどのケースも有りハーフの定義があやふやとなってハーフ自体がステータスではなくなってきているのだ。
もっとも良くて一世代しか存在していない現世人と幻世人の子供が珍しいのは事実なのだが。
「お前たちの子供というのは興味あるのは事実だがね、それは種族だとか関係なくて俺も親だってことさ」
「そういえば、現世に封印した魔王同士で結婚してんだっけな」
「もしかして、試験となんか関係が?たしかに明日はセイカちゃんのチームの試験でアルフも参加しますけど」
「ご名答、お前らの所の倅らの「チーム試験」の実技相手がウチの子供の「魔軍」な訳。あ、これ俺が試験の魔側の管理を担当しているから知っているわけ」
勇者側のチームが「勇者組」と呼ぶように魔王側の軍団も「魔王軍」と呼ぶ。
自ら「敵」と名乗っているように聞こえるかもしれないがエネミーとは幻世では魔王や魔物などを指すことが多い。
だが偶然にも現世の言葉で「敵」という意味を持っているというだけの話である。
そういった事情や単純に魔王側でも魔軍と縮めて呼ぶことが多く、魔王やソレに使える下僕で構成されることが多い。
下僕は基本的には魔王が創りだした魔物や捕獲して懐かせた魔物、領土に住まう下級の魔王や魔物であったりする。
上記の成り立ちを見るように要は力の強い魔に属するものが魔王と呼ばれることになるわけだが、ヒト側が勝利し、尚且つある程度ならコントロール出来る立場になった今、それらを根絶することは可能である。
しかし世の中にはパワーバランスというものが必要であり、ヒト側が当たり前のように使っている魔法も名前の通り元は魔物側が使っていたのではないのかという可能性が高いとされているのだ。
コレは幻世に初めて魔物が出始めた時代の資料に現代では生活に絡んでいる魔法などの記載が全くないことに絡んだ説であり、信憑性が高いのだ。
つまり、魔側を根絶してしまうと魔法自体がなくなってしまうという自体になりかねない。
またヒトをヒトが倒してもテクニックや戦術こそは身につくが戦うための根本的な力であり、世界から授かるヒトが育てる星の力「星力」そのものは上がらないという世界のシステムの存在がある。
一方、模擬戦や訓練という形でも魔族相手に行うと多少なり「星力」に影響があるのだ。
「星力」の力は世界が危機となった時に世界を救う力であるため、当然疎かには出来ないのだ。
もし魔側がこの世界から消えれば魔法は使えなくなり、戦力は落ちる。
魔王とて、世界を滅ぼそうなどという考えを抱いているものはそうそういないわけで増えすぎると「星力」を持つ人間が減ってしまうから世界の敵なだけであり絶滅してはいけない存在。
故にあまりに増えすぎたために数をかなり減らざるを得なかった「人対魔時代」が終結した今は独自の文化を保ったり、時には協力などをしたりしてそれなりの共生を図っている。
チーム試験の勇者候補側の相手が魔王候補が組んだ魔軍と組まれるのも互いの共存のためなのである。
「別に負けても勝っても内容さえ良ければ合格できるんだろ?お前の子供は違反するような性格だというのか」
「いんや?この間、試験に落ちた勇者チームの勇者候補の親御さんが運営にイチャモンつけたってのがあってな」
「なんか聞いたような……ああ、アルフたちが事前の予習で見学してたら「魔軍」が圧勝して終わって予習にならなかったって言ってたのかしら」
「その親御さん、現世人だったわけ。必ず合格すると思ったらしいね。まぁあんたらもいない奴もそんなことは言わないだろうけど、現世人の子がチームにいたからちょっと気をつけてってことで。それにクリフの嫁もたしか現世人だしな」
「マミさんはそういうことには口出さないし、広院さんも大丈夫だとは思いますけど。忠告ありがとうございます」
「あー、でもそういう話するんだろ、無理矢理にでもクリフ引っ張りだしたほうが良かったんじゃないかな。後で連絡しておくか」
ヒト側が絶対と勘違いしている現世人は存在する。二十年近く前まで魔王だの魔物だのは物語の中の存在であり、それらと急に戦争となり勝利したとなれば価値観的な意味からも勘違いするのは仕方ないことである。それも人の親ともなれば当時は学生か成人したてであり、若いゆえに前線に立たされある意味恐怖を一番感じた世代であろう。もちろん戦闘訓練を受けていない現世人は遠ざけるようにしていたのだが、勘違いした国のトップやある程度年を食った世代が若者を魔物の犠牲にしたこともあったのである。
ちなみにマミというのはセイカの母親で現世人であり、セイカの父親クリフとは世界がつながった際に色々あって「人対魔時代」終結後に結婚した。広院は会話から分かる通りユズの姓である。
日新夫妻の知る限り、彼女達が試験の結果にいちゃもんを付ける人種ではない。心配することはないであろう。
ヴェインの用件が済んだと思い、帰ろうとした二人を呼び止めるようにこんな発言をしだしたのだ。
「そのほうがありがたいんだが、まぁいいや。呼んだのはほぼ口実だしな。もちろん重要な事であるが一回話せばわかるだろ。久しぶりに遊ぼうぜ?」
「「は?」」
夫婦が同時に声を上げた。当たり前だ、急に高校生くらいの時の友人が成人してしばらくした後にいきなり遊びに誘ってきたみたいなノリなのだから。
夫婦はぼう然してしばらく動けなかった。
「聞こえなかったのか?遊びに行こうぜって」
「いやいや、お前は俺達の敵だったわけで、そりゃ今はそうでもないけどそんな久しぶりに遊ぼうみたいなノリで言われても困るんだが」
「そもそも私達は現世に来てからそれなりに仲良くやってきたと思うと思いますけど、遊ぶという言葉には縁がないと思うんですが」
「いやぁ、だって俺達は一種のライバル同士だったわけだし。あれだけ戦えばもはや宿敵、運命の相手と言っても過言ではない筈だ。一種の遊びだろ、本気の戦いと書いてな」
「クリフ達ならそうだろうけど待機組な俺達には当てはまらないだろう」
「だが、それでもお前たちがいる時に相まみえたことも何度かあるし、この顔の火傷はお前たちが付けたものだぜ?これは一種のメイクだが。大体十年近くあってないのに互い顔見ただけで誰かわかるなんて立派に深い知り合いだろ?」
やや大きな顔の傷をさすりながら、思い出すように語るヴェイン。この顔に傷は特別魔力を込めていない毒薬を浴びせた時に出る独特の火傷であり、傷口を思いっきり火で炙ったためかなりひどい火傷になっている。強靭な肉体や精神力を持つ魔王ヴェインには痛みやダメージはあるわけではないし、すぐに治していたはずなのだが、屈辱的だったのか念じれば魔力で再現できる「復讐傷」として残しているようだ。
魔王が得られる能力であり、その傷がついた戦いを忘れないず復讐心を煽ったり、戦いの復習をするために戦いの内容を記憶するために使う能力らしい。複数の勇者から狙われる可能性が高く、ヒトより寿命の長い魔王ならでは能力である。
ちなみにこの魔王と夫婦が最後にあったのはアルフが産まれてしばらくした後急に現れ、出産祝いとして魔族領でしか生えない植物の種を送ったのである。
調べた結果、危険はないものであるしポーションの材料にできるのでありがたく受け取り、後日ヴェインの子供の出産祝いとしてお返しはしているのでそこまで意識をした出来事ではあったが。
ちなみにヴェインはセイカやシモンが産まれた時にもなんかしらの贈り物をしている。
特にシモンは上にも三人兄弟がいて、「人対魔時代」終結前に生まれた長男リプト以外の出産の際にも贈り物を送られているのだ。魔王のくせに律儀である。それらにもちゃんと返すチームもどうかとは思うが。
実際の所、ヴェインは「人対魔時代」の頃でも何度も対戦したクリフチームの面々を一種の友人と見ていた節があったようである。
「まぁ実は嫁もまたせてあるんだ、俺達は久しぶりの休日でね。明日になったらまた試験とかの細かい調整とかで忙しくなるしな。それまでに暇なのが今日だけだしな」
「いや、だが俺達はこのまま帰る予定でな。それに服もこれだし」
「まぁ、まて今お前たちの家に送ってやるよ。嫁がこの公園とお前たちの家に移動魔法陣を張ってあるんだ」
夫婦ははっと、気づき足元を確認した。魔法陣が展開されている。道理で呼び出す時細かい場所まで指定していたはずだ。
多分、気づかなかったのは今まで魔力を感じなかったからで、油断などはしていない。いやしていたのなら遊びに誘う瞬間辺りだ。準備だけはしていたのならすぐに展開できるタイミングでもある。
今思い出す、目の前の魔王はある程度なら魔力を隠すことが出来るのだと。
※※※※
気づいたら夫婦と魔王は日新家の庭にいた。
「さぁ、さっさと着替えて俺達と遊ぼうぜ!っていってもお前ら出かける服無いんだろうけどな!」
「まって、私達は了解した記憶はないです!服がないのは確かですから大人しく帰ってください!」
夫婦は冒頭で語ったようにめったに出かけない。流石にいい大人なので式典や重要な日に着るようなスーツや礼服は持っているがこういった日常的に現世の街中を歩けるような服は持っていない。
否、幻世の街中でさえ歩けないくらい当時の服もボロボロだ。十数年新しい衣服は一着二着しか買っていないのだから。
部屋着はパジャマや作業着、若い頃に来ていた物を修繕したり偶に友人の服をもらったりでそれなりにあるのだが、逆に言えば部屋着しかないのである。
古着などしか無いので日常的に出かける用の服は全くないのだ。
「安心しろ、お前らのために服を見繕ってやっておいたぜ。おい、アグリア」
そういうとヴェインの背後にいた無口な女性が二人の前にでて紙袋を差し出した。
このアグリアと呼ばれた女性がヴェインの妻である。
夫と同じでシルエットだけなら人間に見えるが、顔が異様に青白く生気がなさそうに感じる。
深緑の髪は毛髪というよりも海藻を思わせるような湿り気を得ていて後ろ髪を鎖で縛っている。
彼女も先ほど話していたように現世に封印された魔王であり、霊系の魔物から昇格した「魔物之王」である。
いくら同じ「魔物之王」とは言え獣と霊で子供が出来るのかと思うかもしれないが魔王になるというのは魔物からヒトになるという事に近くエルフと人間などの組み合わせが可能な以上、同じ魔王同士で子供が出来ないわけがないのだ。
とにかく、着替えてこいとしぶしぶ着替えるために家に入る二人。だが着替えて違和感に気づいた。
あまりにぴったりすぎるのだ。決して密着しすぎず、ぶかぶかし過ぎない。
疑問に思った二人はすぐにヴェインに疑問をぶつけた。あまりに具合が良すぎると。
「ああ、それはな。こいつに聞いたんだよ。なぁフワリさんよ」
「な、フワリ……まさか」
「久しぶりでござる、ピルク殿、フアラ殿。活元のフワリ、ここに参上でござる」
「あ、相変わらず若いわね。最後にあった時と殆ど変わらないじゃない」
「二人共健在であるな、時にご子息や他なの同輩は元気でござるか」
「ああ、元気だなって……お前がなんでここに、それに服のサイズってなんでこいつに教えたんだよ」
ヴェインの呼びかけに答え、二人の目の前に突如現われた忍者のような雰囲気を持つ女性はフワリ。
見た目は明らかに二十代の女性だがこれでもピルクやフアラより年上でかつて同じクリフチームの仲間であった。
彼女は山の生まれの種族ホビットであるが、それが理由で若々しい訳ではない。
最も幻世では種族が違うことで寿命が違うとかは特になく現世でのファンター小説などに出てくるエルフやホビットとは名前と雰囲気が似た別の種族というわけである。
確かに戦闘能力や資質の差は出るが、それは生まれ持った属性に依るものであり種の混在が進んでいる現在では見た目もさほど変わらない。生まれた環境が分かる程度でしか無い。
フアラは耳が尖っているわけではないし、他のエルフも尖っているのはいるが単なる個性であり種族としての特性ではない。小柄なのは体質だし、顔も年齢の割に若そうってだけでよく見ると実のところ年齢は出始めている。
あくまで森で生まれ育ったから属性が強く森の種族であるエルフの特性が強く出ているだけとも言えるのである。
フワリはホビットと聞くと小柄に思うかも知れないが、背丈は人間に分類されるピルクより高いし、ピルクは低い方であるが小柄ではない。つまりフワリのその背は高い。
「現世には仕事で来たでござる。その関係で数日前にヴェイン殿に会ったら主らの服のサイズを聞かれたので答えただけでござるが」
「なんで元勇者チームが敵対した魔王に仲間の個人情報教えてんだ」
「ん?主らとヴェイン殿はこの出産祝いを渡しあう仲だと思っておった。急に聞いてくるので何かの祝と思った故にな。それに「人対魔戦時代」も過ぎ、今は魔王と手を取り合う時代でござる。幻世でも元魔王とヒトが結婚したという話もあるでござるし」
「そうですか……幻世ではもうそこまで世界が変わっているんですね」
「まぁ、お前らを遊びに誘うと計画してたのは結構前からだったからな、偶然会ったフワリさんは渡りに船だったってだけだ。仲間を責めちゃイカンよ」
「そこまでして俺達を誘うって何がしたいんだよ。魔王の仲間とか他にもいるだろ」
「それがお前たちじゃなきゃ駄目なんだよなぁ。どうせ暇だろう、付き合えや。フワリさんも準備出来ているようだしな」
フアラが先ほどまでフワリがいた場所には、いかにも二十代満喫してますと言わんばかり若者の服を着たフワリがいた。先ほどまで忍び装束を着ていた人物とは思えないっぷりの着こなしであり、カラーコンタクトを入れているだけの現世人だと言っても言っても違和感はない。
流石に戦士特有の引き締まった肉体は隠せていないが、それでも素人には鍛えているんだろうとしか思われるだろう。とりあえず実は四十代であることもばれない。
「よしじゃあ、行くか。アグリア、終わったら連絡を入れる」
「え、アグリアはいかないのか?」
「いっただろ、お前たちじゃなきゃ駄目なんだってな。アイツとお前らは親しくないだろ」
「たしかにアグリアさんとは、戦ったこともないしそもそもあなたが結婚するまで、あの人は噂くらいしか聞いたことありませんし」
「そうだろそうだろ。だから俺とクリフチームだけってことだ」
アグリアは無言で、そのまま魔法でその場から立ち去っていく。
そういえばヴェインも現世人の服装をしているのに、アグリアはローブを着ていた。
つまり、最初からついてくる予定は無かったということである。
ともかく一行はヴェインの案内についていくことになったのだ。
※※※※
「で、来たいって場所はここか。ただのデパートじゃないか」
「……覚えていないのか?」
「覚えているも何も私達はあなたとこんなところに来た覚えは無いわね」
「でもなんか見覚えはあるような、ないような」
ピルク、フアラ、フワリの三人はヴェインが案内して訪れたデパート(この場合大型のショッピングモールを指す)に首を傾げていた。
来た覚えはあるような無いような微妙な顔つきをしていた。
ちなみに、フワリの口調が普通の話し方になっているのは先ほど話しているござる口調が所謂キャラ付けであるからで普通の話し方をするのが素なのだが、忍者として活動するときの癖で先ほどのような忍び装束を着るとござる口調になってしまうのである。
「まぁいいや。ここなら人少ないし魔王と勇者チームの会合には持って来いだろ?」
たしかに大きさと規模の割にデパートは寂れており、掛かっている垂れ幕もどことなく哀愁を誘っている。
実は二十年近く前は栄えていたらしいのだが、現世と幻世が繋がった時に、駅の改装や、新たな施設の開発などでこの街の全体の規模が変わり、かつて駅前のデパートだったこの店も、新たに作られたショッピングモールなどや世相に押されてすっかり人気がなくなってしまったのである。
中に入ればもっと寂れかけていていくつかの店舗は撤退しており、残っている店も活気が無い。
もう昼飯時さえ過ぎているため、レストランチェーン店にすらヒトがはいっていないほどである。
ヴェインが用があるのは上の階だと言わんばかり階段を登っていく。
エレベーターを使わないのは現在でも幻世に住んでいるフワリが「こんな狭い空間で上下しながら移動するのは怖い」といったせいである。
もっとも最低限の整備くらいしかしていないようで、ピルクやフアラですら古いタイプだと気づくくらいなので仕方ないところであるが。
とにかく階段を登っていると屋上についてしまったようだ。
いわゆる屋上遊園地があった跡で、現在では出店が数点あるくらいで出店もクレープ屋ひとつ以外営業していない。
だが、そこからクリフチームの三人はそこから見える風景に既視感を覚えていた。
そしてピルクは思い出したように声を絞り出し、ヴェインが答えた。
「ここってまさか、俺達とヴェインが最後に戦った場所なのか?たしかにこういった場所の屋上ってのは覚えているが……」
「その通りだよ。すっかり寂れているし、外に出ないお前らだから外装も内装も少し変わってたから気づかなかったんだろうな」
「人対魔時代」の終結は世界がつながった後に行われていた。
世界がつながった際、幻世人が現世に飛ばされてしまうという事件があったのだ。
当然逆の事例が起きてしまっているのだが、とにかくその事件でクリフチームとヴェイン率いる魔軍が現世のこの街に召喚されてしまったのだ。
飛ばされてもしばらく戦い続けていたのだが、ついに「人対魔時代」が終結した日、歴史の教科書などでは全世界の空が夕焼けのように赤かったために現世に伝わる北欧神話の物語になぞらえて「黄昏の退魔戦」と呼ばれることとなる日にもクリフチームとヴェイン魔軍の最終決戦がこの屋上で行われていたのだ。
正確にはこの屋上の空で作られた魔王の城で行われたのだが、とにかくここが最終決戦の地なのである。
「実はこのデパート、今週にはなくなるそうだぜ。まぁその代わりになんか別の施設が建つそうなんだが何れにしても俺達が本当に命をかけて戦った場所はなくなるわけだな」
「実はと言うか今もある方が不思議なくらい寂れていたけどな……そうかこんなことになっているのか」
「そうだったんですね。だからわざわざ今日誘ったわけなんですか……」
「クリフ殿やビケル殿も来れればよかったんですかね」
「来ているよ、ビケルはいないけどね」
急に五人目の声が聞こえてきたので四人は振り向く、そこにはピルくと同年代であろうと推測できるいかにもファンタジックな銀髪をしたスーツ姿の男がいた。なかなか男前といえる顔つきである。
この男こそ、クリフチームを纏めていた勇者であり、アルフたちの友人セイカの父親である。
一見すると優男であるが、猛禽のように目付きが鋭くセイカは父親に似ていることがよく分かる。
ちなみにフワリが他人を殿付けて呼ぶのは素である。
ヴェインが驚いていることから彼が呼んだわけじゃないのは明白であり、ピルクが質問をした。
「え、今日は忙しいんじゃなかったのか?」
「忙しいよ、ここのデパートの跡地に建てる施設に会社が関わっていてね。とはいっても一協力者にすぎないんだけどね……とにかく仕事で来たんだ、そしたら君たちを見かけてね」
「クリフさんって結構偉いんですよね?わざわざ出てくるということはなんか凄いのが立つんですか?」
「それはナイショだよ、フアラさん。あ、そうだ、久し振りだね、フワリさん」
「ええ、クリフ殿も元気そうだな、マミ殿とはうまくやれている?」
「はは、ビケルの所ほどじゃないけど尻に敷かれている自覚はあるくらいかな」
クリフはサラリーマン、それもかなりかなりの地位に付いているようである。
身なりの良さから、かっちりとした着こなしからそれが伺える。
その後はクレープを片手にそれぞれ思い出語りをしていた。途中でヴェインにクリフに時間はいいのかと突っ込んだ。
クリフは後は会社に直帰するくらいだし、部下は優秀だしね。と答えた。
とはいえ、話し込んだのは三十分くらいで途中でクリフは帰ることにした。
その流れで他の四人も思い出の屋上を後にするのであった。
「おう、アグリア待たせたな。すまねえ俺のわがままに付きあわせて。今度は子供の試験で会おうぜ」
デパートを出るとアグリアが待機していた。人通りは多くない場所だからなのか元からあまり気にしていないのかやはりローブ姿であった。
そしてそのまま無言で自身とヴェインを魔法で転移させた。
「じゃあ、僕もさっさと帰って仕事片付けるかな、セイカとマミにわがまま言われそうだしね」
「セイカちゃんはそんなにわがまま言う子じゃないとは思うんだけど」
「ああ、見えてもまだ甘えん坊だからね。母親に似たのかな?」
クリフはデパートの駐車場に向かって歩いて行く。よく見ると他にもスーツを着た人物が何人か回りにいるのにピルクは気づく。
さっきまで割とヒトではない雰囲気の魔王が近くにいたのに動じていないのは、時代だからかはたまた社員教育の賜物なのだろうか。
クリフが務めている物流会社「盛永輸入業」は元々現世でもかなりのシェアを誇っていたのだが、世界がつながった後は幻世との繋がりを持ち、今や国内はおろか現世では知らないものがいないレベルの企業となっているのだ。
クリフはその盛永輸入業の幻世側に関する事柄の責任者らしいということはピルクたちは聞いていたのだ。
現世で暮らしていているとはいえ特に教育を受けていたわけではないピルク達ですら想像出来るくらい年齢とは似合わないくらい高い地位にいるのは確かである。
「そういえば、フワリはこっちに仕事で来ているとか言っていたな、寝泊まりはどうしているんだ」
「ビジネスホテルとかいうのに泊まっているよ、雇い主には後で請求する形」
「ふぅん、じゃあしばらくうちに泊まって行きなさいよ。どうせ三人暮らしじゃ広いしね」
魔王に見張られている可能性も考えると、付け加えたがフワリはあっさり了承する。
こうしてしばらく日新家に居候が増えるのであった。