勇者と魔王を決める試験のある日常 その9
「ふん、少しはやると思ったがこんなものか。リーダー以外は全滅。ほぼ勝利と合格は確定か」
ラーサーから見ればあっさり勝負がついてしまったのでがっかりしながら、アルフごと岩山に激突した土壁に対してため息を付いた。手元を見ると、魔法の媒体に使った魔眼の槍はいつの間にか消滅していた。
少し酷使させすぎたかと反省しながら、ラーサーはマントの裏にあるポケットから端末装置を取り出す。色は違うがセイカ達が受け取っている端末と同じものだ。ソレを使って現在の相手チームの状況を確認しようとした途端、アナウンスが流れた。
「日新歩さん、退場」
「よし、やはりアイツは退場したな……あとはあのリーダーの銃士だけか……ん?」
少し休むか、と移動を始めとしたラーサーは異質な音と魔力の流れを感じた。
最初はこっちに向かっているセイカが何かしているものかと思ったが、すぐに違うことがわかった。
アルフを潰した土壁から聞こえているからだ。ラーサーは土壁の方に振り向くと土壁の様子に絶句した。
さきほどまで傷ひとつなかった土壁に切れ目が入り始めておりそこから魔力が溢れだしている。
そしてまばたきをした瞬間、土壁の表面に魔法陣が浮かび上がり、そしてその魔法陣から強烈な魔力と風の渦が噴き出してきた。
その渦は見覚えがあるどころか、さっきまで相対していたアルフの「神秘魔風」だ。しかも先ほど発動していたものより練りこまれた魔力の量が明らかに多く見るからに威力が高そうである。
「そんなバカな……あいつはもう退場したはずだぞ……うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「神秘魔風」はラーサーの体を持ち上げその強風でラーサーを殴打し、さらに勢いそのままラーサーの後方にあった岩山にラーサーを投げつけるように叩きつけた。その衝撃で岩山が少し崩れるほどの衝撃を生み出し、ラーサーに大ダメージを与える。
「す、すごい……何?今の……」
声の主は岩陰から今の光景を覗いていたセイカだった、足元には魔物召喚装置だった鶏卵状の機械が転がっている。
セイカは自分の仲間のピンチに慌てて発砲したため、普段なら対策している銃声で一時的に難聴になっていた。魔銃はある程度威力調整できるのだが、緊急時だったのとセイカが慌ててたため最大威力で発砲。その分使用者にも負担がかかったというわけである。
煙幕弾以降の超音波の影響を受けていなかったため、通常通り行動ができ、ユズが倒された時には一個目の召喚装置を破壊していたのだが、音が聞こえていなかったためユズが退場していたことに気づいていなかった。先ほどマミが状況が動いたというのはセイカが魔物召喚装置を破壊したことだったりする。
その耳が回復し二個目の装置を探している時にアルフの退場を聴いたあと端末でユズも退場していることを知り、移動していたら今の状況だったというわけである。
二個目の魔物召喚装置はその現場のすぐ近くにあったためついでに破壊して今に至る。
ラーサーはかなり丈夫なのかあれだけのダメージを受けてまだ退場しておらず、ボロボロの体でセイカの近くで転がっていた。
敵とはいえ、さすがにほっといておけずセイカはラーサーに近寄り身を起こしてあげた。
「……そんなに丈夫だと人生後悔しない?」
「うるせぇ、ほっとけ……それより何が起きたんだ」
「まって今調べる。……ここらへんね」
軽く経過を聞いたセイカは土壁がある場所に近寄り、その土壁を見た。大きさはアルフより少し大きいくらい。
その表面には大きな丸を描くような切れ目ができていた。周囲を見るときれいな切り口をした土の破片が転がっている。
切れ目は土壁の向こう側を覗けるほど深い。いやむしろ、壁の向こう側からこの切れ目はできているのではないかとセイカは考えてみた。とりあえず仮説を伝えにラーサーの場所に戻る。
「あなた達魔法合戦をしたみたいね」
「そうだ……そしたら奴の魔法が急に切れてそのまま……」
「どうやらアルフは一度魔法を解除した後向かって来た壁に剣で魔法陣を描いたようよ。「神秘魔風」は試験での切り札にしてたみたいだから剣でも魔法陣を書けるように特訓はしてたみたいね。成功したのは見てないけど」
「あの一瞬で魔法陣描くなんて、火事場の馬鹿力にも程が有るぞ……だが、それだと奴のいる向きにしか魔法が発生しないはず……」
「そうね、剣筋が壁を貫通してなければね」
「なに……?」
「アレだけの厚さの壁を貫通できるほどの剣が使えるとは思わないけど、私から見たらそうとしか思わない。そうじゃないとしたら壁の向こう側に魔力で魔法陣を描こうとした?アルフにそこまでの魔力は……むしろ両方使って成功させたのかしら?貫通する剣筋を放つ技か魔法を使って魔法陣を描く……コレは譲れないわね。試験が終わればあとで分かるかもしれないけど」
「切れ目が急に出てきたのは遅れて発動したからか。発動中に転移されたんだろうな……くそ。これじゃアイツ勝ち逃げだろ。俺が転移してないのは俺がまだ戦えるからなのかもしれないけど、ダメだ。戦意が折れちまったよ。どうやらお前にも召喚装置全部壊されて俺にはもう手がないらしいしな」
「投了?」
「投了だ」
ラーサーが、セイカが拾ってきた端末を受け取り、白いボタンを押した。これは投了を意味する。
こうして四人とラーサーのチーム試験は終了した。