勇者と魔王を決める試験のある日常 その6
「はぁはぁ……まだかな、それとも迷った?」
アルフはセイカの煙幕弾を利用して戦線を離脱した後、魔物召喚装置を破壊するために行動していた。
もっともセイカとユズからはぐれてしまっており、いつラーサーや魔物が襲ってくるかわからないため合流用に魔法を使った狼煙などの連絡手段を使うことが出来ない。
あらかじめ見ていた地形図を頼りに召喚装置を目指しているのだが意外と距離が遠い上に足場も悪いのが災いして未だに辿り着かない。
幸い飲料水はあらかじめ持ち込み可能であり、それを飲みながら移動しているため体力や気力はある程度回復しているが、さすがに限界が近い。
そういうわけで岩陰に座り周囲に気を払いながら、休憩することにした。
数分ほどして、息も整ったので移動を再開しようとした時、アナウンスが流れる。
「広員癒子さん、退場」
「そんな!!ユズが!」
そのアナウンスはユズがラーサーと対決して敗れたことを意味する。もしかすると魔物召喚装置で魔物を召喚していてソレに倒された可能性もなくはないが、いずれにしても二人だけになってしまった。
アルフの見立てでは、ラーサーに勝つには三人がかりでないと厳しい、二人いればなんとなるかもという認識であるため、どっちにしても孤立している現在は危険だ。
ユズとセイカが今一緒いるかは分からないが、とにかくセイカと合流しないとセイカも自分も危ない。
だが、今セイカがどこにいるかもわからない。探しに行くより、魔物召喚装置を破壊してできるだけ手数を破壊したほうがいいのではと改めて考える。
予定通り、魔物召喚装置の破壊を目指すために移動を再開する。それは最善だと自分に言い聞かせなければ押しつぶされそうな心境だった。
しばらく歩くと獣の唸り声が聞こえたため、慌てて近くの岩に隠れるアルフ。
正解だ、とアルフは内心歓喜した。グルハウンドが近くにいたのだ。
グルハウンドはここにいるということは定期的に召喚を行う装置が近くにあるということだ。
グルハウンドはまだアルフに気づいていない。アルフは剣を両手持ちにして、一気に近づきグルハウンドを切り捨てた。
グルハウンドは単独ならばかなり弱い。剣術に秀でているわけではないアルフでも一撃で倒せるくらいだ。
虚をつけば尚更である、改めてアルフは探索を開始した……召喚した魔物は特に指示がなければ召喚装置を守るため、積極的に襲ってこないなら近くに装置があるのは明白だって先生言ってたなと独り言をつぶやいているとアルフ以外の声がアルフの耳に届いた。
「ふん、また一人釣れたか……そして想定通り独りか」
「ラーサー……まさかそこにいたのか……どんな「隠す」能力なんだ?」
ラーサーは高台でアルフを見下ろしていたが、アルフがラーサーの存在に気づいたのを知るとそのままアルフの近くに降り立った。
目立つ高台だ、今まで気づかなかったのが不思議なくらいなほどに。
「その言葉からすると……お前達は俺が父さんみたいに何か「隠す」能力を有していると思っているな」
「違うのか?さっきだって今だってまるで気配を隠しているようだったぞ。魔王ヴェインは魔力を隠すことで、魔法陣を認識させなかったり魔法の発動を遅らせることができたって父さんや母さん、先生から聞いたことがあったからね」
「たしかに、父さんは魔力に隠蔽能力を与えることが出来た。俺も強くなれば出来るかもしれないが俺はまだそういった種族を超えた力は使えん」
「種族……そういえば魔王にはいくつかが種類があると聞いたけど」
アルフは自分の知識をフル動員する。確か魔物が昇格してなる「魔物之王」、ヒトが魔族に堕ちた姿「堕之魔人」……他にも色々あったような気がするが、今重要なのは目の前のいる魔王候補が「魔物之王」らしいということだろう。
「そうだ、父さんも母さんも同じ「魔物之王」。俺も生まれながらにして「魔物之王」だ。そして「魔物之王」は魔物が進化して昇格してなる姿、つまり元の魔物が存在する。魔王候補や魔王になったばかりではその魔物の上位互換に過ぎない……いや元の魔物の力さえ満足に使えないうちは下手をすれば下位互換かもしれないがな」
「……教えるはずもないだろうけど、君のその「隠す」能力は魔物由来の能力で魔王としての能力じゃないということか?でも君は見た感じ父親と同じ獣系じゃないのか?」
「魔物と魔物同士を掛け合うと両親とは違った性質の魔物が生まれるのさ。ヒトでも……例えば犬同士を交雑させて違った種類の犬を作ったりするのと同じさ。他にもライオンとヒョウを交雑させて別の種類の動物も作れるらしいな……けど魔物はもっと変わっていて例えばアリ系魔物のオスとハチ系魔物のメスが交雑すると他の虫系の魔物が生まれたり、はたまた全く別の種類……トカゲの魔物が生まれたりするのさ。全く同じ種類でもない限り、子供は違う魔物になる」
「なんかそんな感じのゲームを知っている気がするけど……要するに親とは違った魔物になるというわけだね」
「そういうことだ、そして俺と父さんは同じ獣系だ。だが母さんは霊系……そしてその配合で生まれたのは父さんとは違う獣、父さんは黒豹の魔物!俺は!!」
マントがはためき、マントの中身がさらけ出される。マントの下に着ていたのはノースリーブのシャツにハープパンツ。やや露出が多いが、その理由は彼の腕や足を見れば明らかであった。
その腕や足には膜のような物が生えている。その膜は滑空や滞空に役立ちそうだ。
その姿を見て実際のその動物を間近で見たことはないアルフでさえもラーサーがどのような獣を模した魔王候補であるかは予想がついた。
空飛ぶネズミとされ完全飛行を可能とする夜の獣、コウモリである。