勇者と魔王を決める試験がある日常 その2
一方、ホールの観客席ではピルクとフアラがアルフ達を心配そうに見ていた。服装はこういった公の場に出るのにふさわしいスーツだ。
アルフ達のような受験者から岩山や砂煙の効果で見えないが、普通の体育館のホールのように周囲から観戦できるようになっている。つまり砂煙などはマジックミラーの役割を果たしているというわけだ。
こういったチーム試験は一種のスポーツのように捉えられているため、あらかじめ招待された人物なら自由に観戦しても構わないのである。
招待制のため、観客席にヒトは少ないが賑わう時は本当に賑わうため観客が騒がしくなることあるが、そういった観客の声も特殊な効果で受験者たちには届かないようになっているため邪魔にも応援にもならない仕組みになっている。
とにかく、息子の応援しに来た夫婦に近づき、声をかけた男がいた。
「よぉ、ピルク、フアラ。お前らはアルフの応援か」
「あ、ビケルさん。お久しぶりです」
夫婦に話しかけた男は非常に大柄で、見るからに豪快、大胆を表した体格をしている。
見た限りピルクらより年上だが、着ている服からはち切れんばかりで衰え知らずと言わんばかりな筋肉と骨格をしている。
この大男こそピルク達のかつての仲間であり、アルフの仲間であるシモンの父親、ビケルである。
「ありゃ、ジーナさん達は来ていないのか」
「いや、後からくる」
「いま来ましたよ、あんた。ピルクくんもフアラちゃんも久しぶりね」
ビケルの後ろ側からふくよかな女性がやってくる。彼女がビケルの妻、ジーナである。
この旦那にしてこの妻という賑やかという雰囲気がお似合いの夫婦だ。
実際、シモンの他に三人も子供がいる現代にしては大家族である。
そのシモンの兄弟達は来ていない様で疑問に思ったピルクが質問した。
「忙しいであろうリプト君はともかく他の子達は来ないのか」
「他のはも部活やら友だちと遊ぶとかでいないからな。弟が可愛いくないのかって言ってやったら、シモンも自分たちの大会や試験に来たこと無いって言い返された」
たしかにそうだったなと、笑いながらビケルは答えた。
手に持っていた荷物を観客席に下ろしたジーナが割りこむようにピルクに質問した。
「こないといえばフワリさんもこないわねぇ、ピルクくんのところに泊まっているんでしょ」
「今朝は帰ってこなかったな。元々見れるつもりではないとか言ってたしな」
「クリフも来れないって言ってたしマミもこないだろうな」
「ワタクシならここにいますわよ!」
ドレスを着た女性がやや高いところにいて両夫妻を見下ろしていた。
髪と目つき以外はセイカを大人にした外見であるが、同じ「高貴」という言葉で表すには不釣り合いな雰囲気である。
セイカが「深窓の令嬢」というならばこっちは「高飛車」なお嬢様である。
見た目の若さからはわかりづらいが一児の母であり、彼女こそがセイカの母、そしてクリフの妻であるマミであった。
マミは優雅に四人のもとに降りてきた。
「お久しぶりですわ、日新様、ジーナ様。ビケル、先週ぶりですわ」
「マミよぉ、確か今日は忙しいんじゃないのか?クリフの奴は今回の試験見れなくて残念がってたのに」
「クリフ様は大事なお仕事ですもの、そのお仕事はワタクシとは関係ないこと……でもないですけど、こうしてセイカちゃんの晴れ姿を見れるくらいには関係ないということですわ」
ビケルとクリフは同じ「盛永輸入業」の支社に勤めている。部署や役職は異なるが昔馴染みということもあって週に一回はほぼ確実に会う様な環境である。
そしてマミはビケルやクリフが勤めている支社の責任者の娘であり、そして彼女自身も役員なのだ。
「盛永輸入業」は今や日本どころか海外を飛び越え、幻世にまで支社があるためか、創立者である盛永氏の一族も各地に散らばっており、マミの家も本家ではないもの盛永一族の中では比較高い立場にあり、マミやセイカはお嬢様、クリフも婿養子とはいえ盛永一族でも魔王を倒した勇者であることもあり一目置かれている存在である。
そんなマミはビケルにとっては同僚及び上司に当たるが、ビケルがマミにタメ口を聞いている。その理由が幼馴染であるクリフの妻ということもあるが、マミが子供だったころからの付き合いというのが大きい。
他のクリフチームのメンバーも基本的にちゃん付けであったりするのはそのためである。
「ミルトの爺さんはこれないみたいだし、「アイツ」に至っては連絡取れないからな……エスターテは専用の席があってそこにいるみたいだからクリフチームのメンバーは今日はこんなところだな」
「あら、ピルク様。ワタクシもクリフチームに入れてくださるの?」
「そういうことにしておいてくれ。クリフの家族なんだから俺達の仲間も当然だ……ってクリフのやつは言うだろうし」
「実際、ジーナも一応メンバーには入っているからな。まぁ元々ジーナも俺達と一緒に旅に出れたかもしれないし」
ジーナもクリフやビケルと幼馴染である。実は勇者組の四人目はフワリではなくジーナだったのだが、ジーナが旅に同行できなくなってしまったのだ。
ジーナ自身は本来は戦士としての能力は持っていたのだが、旅に合流しても既に「星力」がかなり高まっていた他のメンバーと戦力差が開いてしまい、ほとんど戦いについてこれなかったこともあってか経験をあまり積んでおらず、実質戦士としての力を有していないのである。もっとも戦いのセンスが無いわけでなく、体格差があるためまともに戦えばピルクやフアラよりは強く訓練自体もこなしてはいたので、子供達にそうそう負けることもない。
「広員さんもこないみたいね……本当は来たいんでしょうけど、お仕事が忙しいみたいだし」
「お、そろそろ始まるみたいだよ。ウチのシモンはセイカちゃんの足を引っ張らないかしら」
「それは大丈夫ですよ、ジーナさん。うちのアルフもいますし」
「あらあら、ちゃっかり子供の自慢されちゃったわ。フアラちゃんもやるようになったわね」
笛がなり、試験の合図が聞こえた。全員おしゃべりをやめ、子供達の戦いを眺めることにする。