魔道士とエルフの日常
初めて投稿します。感想やアドバイスが有ればおねがいします。
某県、某市、閑静な住宅街にある一軒家。その一軒家に住まう一人の冴えない顔つき男が目を覚ました。
中年とするには若々しく青年と形容するには老けた顔つき、いかにも三十代前半といった男はダブルベッドから身を起こし壁にかけられた時計を見る。
午前十時を示す場所に針を指す時計を確認した場合、ごく一般的な感性ならば、「寝過ぎた、遅刻してしまう」「今日は休日だったな。にしても寝過ぎたな」といった感想を述べた上で、慌てて現在位置から移動し服を着替えたり、前日まで自分が得ていた日々の疲労を実感し、ベッドから降り家族なり同居人なりペットなりに挨拶をしに移動するであろう。
だが、男はさも当然のように白い大地に身を預けるかのように体をベッドに戻していく。
更にこれ以上睡眠を取ろうというのだ、この男はおそらく異常な働き者かただの怠け者のどちらかであろう。
もう一度、その身を毛布でくるもうとしたのか体をベッドの中で転がすと、その隣にあった膨らみにその体をぶつけてしまう。
男の回転によってベッドからわずかにはみ出た膨らみの正体は人体であり、確認できる部位から察するに小柄と思われる人体であった。
その人体は男以上に惰眠を貪っていたのであろうが、衝撃またはそれ以外の要因かで目を覚まし、身を起こしてベッドから降り、それまで閉じていたカーテンを開け昼前の日差しとともにその姿を明らかにする。
人体の正体は小柄な女であった。寝起きで寝癖が跳ねているブロンドの長髪が日差しを浴びて輝き、どことなくなく人間離れした雰囲気を持っていた。
女は先ほどの男と同じように壁にかけられた時計を確認し、そして再び惰眠を貪ろうと男と同じようにベッドに戻りかける。
しかし一度起きた痕跡のある男を見てこのまま惰眠のループを繰り返しかねないと気づいたのか、毛布で体を包み始めている男の体をゆすった。
「起きましょうよ、ピルク」
ピルクと呼ばれた男はまだ睡眠状態にはなっていなかったためか、あっさり目を開け半身を完全に起こし女の額にキスをする。
ここまででなんとなく想像はつくと思われるが、決してピルクが小柄な女を誑し込んでいるわけではない。
この二人は同じベットで寝ていることから分かる通り夫婦なのだ。
「おはようだ、フアラ」
ピルクとフアラ、二人の一日が一般人よりは遅めに始まる。
※※※※
「本日は幻世出身でありながら、現世の芸能文化に興味を持ち、今では世界的ダンサーとして活躍なさっているシカンダさんがゲストです」
「よろしくです、幻世にもダンスはありましたが現世には色んな種類の踊りがあって感性が
刺激されますね。素晴らしいですね。最近はあのダンスチームともコラボさせてもらいまして…」
二人はリビングでテレビを見ながら遅めの朝食、早めの昼食をとっていた。
テレビでは有名らしいダンスチームとシカンダと呼ばれた男ダンサーが一列に並んで回転する特徴的なダンスをする映像が流されていた。
コーヒーを啜りながらピルクが感想を述べていた。
「にしても幻世人もだいぶ受け入れられるようになって随分経つな」
「世界がつながって二十年以上経つんですもの、お互いもう同じ世界みたいなものですよね。私達もなんだかんだで慣れてしまいましたし」
トーストにマーガリンを塗りつつフアラが答えていた。
そう、この二人は元々この世界の住民ではない。幻世と呼ばれる異世界から現世と呼ばれるこの世界にやってきた異世界人なのである。
幻世は現世人が考えるような所謂ファンタジー世界に近い特性を持ち、魔法や魔物が存在する世界であった。
当然それらに対抗できる技術を持ち、同じ木の棒でも振るえば秀でた者ならばそうでない者とその衝撃の威力は人によって異なる。
「幻世でも余興や娯楽としてダンスはありましたが、私が育った頃では魔物や魔王達と世界の覇権を巡って戦いを繰り広げていた「人対魔時代」でしたからね。
私のような踊手もどちらかといえば戦場での鼓舞や身のこなしを買われた陽動部隊として活動する事が多くて」
テレビに映り、にこやかに笑いながら語るシカンダの顔や晒した二の腕、腹部にはいくつかの傷跡が見える。テレビ映えも考え、恐らくメイクもあるのだろうが、そのメイクが本物の傷を隠すフェイクであるのは想像に容易い。
その映像を見ている二人も「人対魔時代」の生まれであるため、多少なり消えない傷はあったりはする。
ピルクが古傷があるであろう脇腹をさすった後、マヨネーズをサラダにかけながら語る。
「ま、シカンダのチームは噂だと人使い荒かったって聞いたしな。俺らの所の勇者様は優秀だったし、他の奴らも強かったから前線に出ない俺らは自分の仕事に専念できたんだけどな」
「私達は薬とか魔具を扱うことしか出来ないからなんですけどね。シカンダさんの所ってシカンダさんしか現世入りしなかったってこの間テレビでシカンダさんが言ってましたね」
「フリーやってた時にあそこのチームメンバーと会ったことあるけど全身傷だらけだったぜ。頬に傷があるくらいのビケルですらヤバイ扱いされたくらいだから現世で生活できないだろアレ」
「ビケルさんといえば、長男のリプト君結婚するとかって聞いたわね。アルフもそろそろそんな時期かしら」
「いやいや、この現世の日本の法律だと男は18歳以上にならないと結婚できないらしいぞ。そろそろ付き合っている彼女くらいはいるかもしれないけどな。お前に似て気立てがいいってエスターテも言ってたし」
「あの子が親しい女の子というとクリフさんの所の娘さん?それとも最近仲良くなった……」
「……二人して僕がいないからって僕の将来を勝手に決めないでよ。セイカやユズとはそんな関係じゃないから」
この夫婦が盛り上がっているところに割り込んで来た少年はフアラに似た髪のハネとブロンドヘアで、ピルクに似て特徴はないが親しみやすい顔をしている。そうこの少年が二人の息子であるアルフであった。
着ているジャージに書かれた校章は中学校のものであり、成長期であろう少年が着れているのでまだ中学生であることは明白である。
「おはよう、アルフ。もしかして今までランニングでもしてたのか?休日なんだから寝てればいいのに」
「父さんたちがだらけ過ぎなんだよ……それに試験近いしさ。あ、お昼食べたらまた出かけるから」
「あら、もしかしてセイカちゃん達と訓練?汗は流して行きなさいよ?」
「誤解を招く言い方しないでよ。まぁチームメンバーとだから間違ってはいないけどさ……」
アルフがシャワーを浴びにリビングを後にする。その後姿を見てフアラはため息を付いた。
「しかし、私達の息子ながら本当に努力家ね。私なんて戦闘はあの子ぐらいの年には見切りをつけてたのに」
「エスターテに言わせると俺たちと違って頑張る意味があるらしいからな。バックアップに専念していた俺達とは事情が違うというか」
ピルクとフアラの二人は「人対魔時代」でチームに属し魔王と戦っていたとはいえ、戦闘があまり得意ではなかった。そのために自らの技術を結果的に高めることはあっても、体力づくりなどは最低限しか行ったことがない。
ピルクは魔道士である。しかし、強力な魔法でモンスターを蹴散らしたり、催眠魔法や麻痺を起こすことで敵の戦闘力を奪う事ができるわけではない。そういった事ができる戦闘魔道士と呼ばれる屈強な体を持った戦士と肩を並べて戦うことができる専属の魔道士がいたのだ。
ならばピルクは何ができるのかというと、魔法によって鍵のかかった宝箱の解錠や魔法による飲水の確保等前線で戦う者達のサポートや野営を手助けすることがメインである生活魔道士だったのだ。それでも雑魚魔物を追い払えるだけの魔法は使えた。
フアラは薬師と呼ばれる薬草やポーションの調合ができる職業についていた。
当然、それ以外のことは不得手。仕事に使う器具以外の扱いには慣れていないのだ。
材料や時間さえあれば毒薬や爆薬の精製は出来たが、材料が安定して得られるわけではなく更に魔物や魔王に自作の毒を飲ませる機会があるはずもない。なにより完成品を前線に戦う者に持たせていたほうが安全であった。
また、フアラは我々で言う人間とは違う肉体を持っている。フアラはエルフなのだ。
エルフという一族は育った環境によって秀でた技術を開花させやすく、それこそ肉体を極めれば腕力自慢が多いドワーフにも劣らぬ腕力や技術を、魔術を極めれば妖精などの魔法種族にも勝る魔力を身につけられた。
しかしフアラはそのどちらも極める機会がなく、ピルク達に出会うまで一般人として生活していたため元々興味を持っていた薬草の調合しか才能がなかったのだ。
そんなわけでこの二人は奇襲や諸事情にやむなく戦闘に参加することはあれど自ら死地に向かうことはなかったのである。
だが、二人の属していたチームは名の有る魔王を倒した実績を持ち、二人も撃退に参加していたことが有るため実力自体は認められており、現世にいる今でも魔力や技術は衰えてはいない。
もっとも戦士としてのピークも終わりの始まりな年齢もありこれ以上高めるのは難しいとも言えるのだが。
一方、息子のアルフは魔法戦士と呼ばれる魔術も武術もそれなりにこなせるという分類である。
父から程々の魔力、母からエルフとしての体質を得た結果二人とは違い戦闘に適した能力を持ったというわけである。
ならば逆に現世で鍛える意味はというと、意味はあるのだ。
現世と幻世が繋がった頃、幻世ではまだ「人対魔時代」が続いていた。
一応、ある程度の魔王や力を持った魔物は封印される、退治される、寝返る、降伏するなどで数を減らしていたため現世の文明が破壊されるほどの被害は出ていなかったのである。
現在「人対魔時代」は終結しており、互いの世界の行き来は互いに管理されているためいきなり現れた魔王が一都市を占領して根城にしているなどは殆ど無いものの、魔王の生き残りや幻世からの犯罪者等が現世に残留していたり、幻世の技術を得た現世人が事件を起こすなどの事例がある。
そのため、それらを制御するために「人対魔時代」の頃と同じように選ばれた勇者と戦士たちで組まれたパーティ「勇者組(通称勇者チーム)」が幾つか組まれたのだ。
現在ではその名残としてアルフが属するチームの様に学生や社会人でサークル感覚で組まれたチームも存在しているがそういったチームも非常時には役に立つ上、現世人でも訓練すれば戦闘訓練をしていない幻世人以上の戦闘能力を得られる時代になり、交流の場としても評価を得られているのだ。
ちなみに、ピルクとフアラの所属していたチームは未だに健在であるがメンバーが社会人だったり、幻世に残っていたりで現世で集まることはあまり無かったりする。
そのためか、または元々戦闘には適していないからかこの夫婦は幻世にいた頃に増して戦闘訓練を行うことは無くなっていた。
とはいえ勇者は現世にいるため、要請があれば出動できるようになっている。
しかし傍から見ると仕事をしていない夫婦に見えてしまうこともしばしばであった。
※※※
「そういえば今日はエスターテはいるのか」
「エスターテ先生は今日はいるはずだよ。調整も兼ねて直接指導してくれるみたい」
「そっか、久しぶり俺達も顔出すかな。俺も他のみんなに魔法を教える丁度いい機会だし」
「父さんの使える魔法は包丁使わずりんごの皮が剥けるとか、ベッドの糸くずを掃除するとかそんなのばっかじゃないか。家庭科の教科書に載っているから出来る人は出来るよ」
「だが、皆が出来るわけでもないし父さんはその道のプロだ、嫁入り修行にはぴったりじゃないか」
「まだその話続いてたの……」
「いや、エスターテの話だ。あいつまだ独身だったしな」
「怒られるよ。大体父さん、昔教えたけど捗らなかったって言ってたじゃないか」
時計の針が12時半を指し、一家は昼食をとっていた。とはいっても夫婦は二時間前にブランチをとったばかりなのでサラダの残りや追加でトーストを焼く程度の食事であったが。
しかし、キッチンでは独特の香りをした液体が鍋の中で煮立っている。まな板やシンクに捨てられた薬草などが液体の原材料であることは確かであろう。
時折、フアラが鍋の中身を確認し、匂いや味を舐めて確かめては粉や別の液体を追加している。
それを何度か繰り返して、舐めた後コンロの火を止めた。
「ピルク、後の調整お願いね」
「分かった。アルフ、手伝ってくれ」
ピルクは鍋を庭に運び込み、予め用意してあったのか簡易な作業台の上に置く。
そして蓋を開け、湯気と匂いを外に開放したのだ。
湯気がある程度なくなった頃、香りに誘われたのか蝶等の虫が庭に集まってくる。
数がそう多くないが、虫が苦手なら悲鳴を上げているくらいであろう。
「よし、成功だな……「帰れ、汝ら住まう世界に…撃虫解放!」」
「こっちもかけるよ……「戻れ、汝らのあるべき姿に…撃虫包囲!」」
ピルクとアルフがと唱えた呪文が、結界となり庭を覆う。
ある蛾はそのまま撃墜され、ある蝶はそのままUターンして戻っていく。
中には結界に触れた途端消滅してしまう虫もいた。
この結界は魔術により敵性意思のある虫をそのまま撃ち落とし、そうでない虫はそのまま帰還させる。
消滅した虫はどうやら本当の虫ではなかったようだ。こういった場合魔術によって虫に擬態した魔力の塊である場合が多い。
「うむ、やっぱりこの辺り魔力を飛ばしている奴がいるな。まぁ単に暇を持て余した魔王崩れだと思うけどな」
「本当に襲ってくるのはこんな結界破壊しようとするんだっけ、エスターテ先生からいえば消滅する虫も結界の耐久を削る特性も有るらしいけど」
「ま、一時的な防衛結界に突っ込んでくるんだから大した物じゃないな。じゃ、俺はコレの調整するから適度に結界貼り直してくれ」
そういって作業台に置かれた鍋を杖でかき混ぜていくピルク。
よく絵本の挿絵などにある鍋をかき回す魔法使いそのものの姿であり、鍋の中身の色が様々に変わっていく。
時折、変わった色に難色を示すと先ほどフアラがやっていたように粉や液体を追加する。
決して混ぜれば混ざるほど色が変わって美味しい物を作っているわけではなく、杖を通じて魔力を流しその反応を確認しているのだ。
満足の行く結果がでれば、液体をビンに流し込んで瓶詰めにした液体の完成。
この瓶詰めの液体こそが二人が得意とし、現在も生業としている自家製ポーションである。
ポーションは幻世では体内の疲労や消耗した魔力を回復させ、戦士に必需品とされた飲み物であり、質のいいこれを生産できるチームはそれだけで勝ち組とされたほどである。技術や知識があればどんな植物からかでも生成でき、薬師や魔道士の数だけレシピがあるとされるほど専門の知識が必要とされる分野であり特に幻世人に比べ自己回復力の低かった現世人が戦いに巻き込まれやすかった時期では活躍したといわれ、交流の際に受け入れやすかったのが現世に元からあった植物から作られたポーションであった。
現在では企業によって生産されているポーションや元から現世にある栄養ドリンクやスポーツドリンクにシェアがあるためこれで大金持ちとはいかないものの需要自体はある他、企業からの依頼などである程度の稼ぎが有り、名の有る勇者チームにいたのもかなり大きいためか生活自体に苦がないというわけである。
ちなみに今作ったポーションは売り物ではなく、これから訓練を行うアルフとそのチームメンバーのための差し入れなので色合いがそこまでいいものではない。
だが、先程までの珍妙な匂いとは異なり、蓋を開ければ花の香が漂い気を張り詰めている者にはかなりの効果を得られるものとなる。
先ほど試験といった様にチームとしての適正を測る試験が近く、責任感の強いアルフやリーダーとして選ばれている者はかなり気が滅入っているであろうとの判断からの優しさであった。
「母さん達の作るポーションは皆にも好評だからね。今日も喜ぶと思うよ」
「なぁ、本当に行っちゃまずいのか。クリフの娘やビケルの息子の顔見たいんだけど」
「エスターテ先生が嫌がっているからね。それに父さん達、昨日遅くまで依頼されたレシピ作ってたでしょ。ゆっくり休みなよ」
「俺、なんか嫌がられることしたかなぁ、疲れもポーションとかで取れているんだけど」
「自分がなんかしたって自覚は有るのね……私にもわからないのだけど」
「別に今日じゃなきゃ会ってくれるみたいだったし、気にしなくていいと思うけど。先生もなんだかんだ今回の試験は気にしているみたいだったし。」
「そっか、ならいいけどな……、今回、お前は剣で行くのか?」
「うん、棒とどっちがいいか悩んだんだけどどっちにしても片手が開いている方がいいしね」
「そうだな、魔法を使う時は片手が空いてたほうが状況に対応しやすいからな」
「じゃ、いってきます。帰りになんか二人が好きそうな物でも買ってくるよ」
「車には気をつけるのよ、あれは当たると幻世人でも大変なんだから」
準備を終えて、出かけるアルフを見送った二人はソファーに腰掛け昼の陽気に身を預けていた。
「はぁ、こうやって子供がチームとして戦い始めるのってたしかに寂しいな、俺も親孝行すればよかったなぁ」
「なら来月の連休にでも幻世に行って顔を見せに行かない?パパとママもアルフの顔見たがってましたし」
「お土産たくさん持たされそうだから、カバンの中身確認しておかないとな。特にお前のところはアルフが生まれた時に行ったらパンパンになるまで薬草とか持たされたし」
「そういえばついでにアレも調達したいわね。あのレシピに必要になるかもしれない」
「ああ、作ってた離乳食用のポーションのレシピ考えてたら、そろそろ二人目がほしいかなって」
ピルクは「きゃん」と鳴いたフアラをソファーに押し倒し、その唇に口づけをする。
「もぅ、結婚した時は強引じゃなかったのに……変なものでも食べた?」
「いいじゃないか、そういう気分なんだよ。どうせ夕方まで帰ってこないしいいじゃないか……」
「忘れ物取りに帰ってきているけどね、そこどいてください」
急に息子の声が聞こえ、二人は肌蹴た服を慌てて直す。当のアルフはいつもの事とソファーの近くに置いてあった革手袋を回収し、去り際につぶやいた。
「だから、この時期にバカップルは見たくないって言われちゃうんですよ。ああ、バカップルというのはいい年して新婚みたいにイチャイチャしている父さんと母さんに対する先生の評価です」
バタンとしまったリビングのドアを見て、二人は呆然としていた。
かつてのチームメンバーにそんな評価されているとは想いもよらなかったからだった。