ー長 月ー
敬老の日。
介護施設では一大イベント。その日は、ヘルパーも食事を作るキッチンのスタッフも、事務関係の職員も、送迎担当者まで大忙し。
毎年趣向を凝らした催しがある。
今年はアマチュア劇団のボランティア講演が決まっていた。
アマチュア劇団って聞いていたから軽く考えていたけど、事前打合せとか会場の下見とかの連絡や訪問が続いて、私達どころかお年寄りたちの関心も高まっていた。
合間には弾き語りを入れます、なんて話まで聞こえてきてかなり本格的。力入ってる~。
スタッフもお年寄りたちも、その日が近づくにつれて劇の話で大盛り上がり。
当日。
一台のワゴン車が食堂前のテラスに横づけされて、反対の壁ぎわに譜面台と椅子が置かれた。
ステージと楽屋代わりのワゴン車の間を劇団の人が移動する時、弾き語りの方に注意を逸らしますってビックリ‼
後ろにはスタンド型の大きな照明も設置されて、これでアマチュア?
カーテンが引かれて薄暗くなった食堂に、スポットライトを浴びた男の人が浮かび上がる。
ギターの音が響き渡って、思わず私は介助していた相田さんの手を握っていた。
「わぁ~」
やだ、声まで出ちゃった。
引き込まれそうな曲と歌声が響く中、お芝居が始まった。
場面が変わる度に弾き語りにライトが当たり、私はお芝居よりギターの弾き手に目を奪われていた。
大喝采でお芝居が終わり、皆ゾロゾロと玄関に向って歩いて行く。
休日の今日は殆どの人が家族の送迎で来ているので、バスを利用する人は少ない。
「おばあちゃん」
私が手を引いていた相田さんが、娘さんに気付いて手招きをした。
「お母さん、ホラ、この人がむつみちゃん」
私に頭を下げた娘さんが‘あらっ’と嬉しそうな声を挙げ、相田さんが私を見た。
「弾き語り、どうだった?」
「素敵でしたよね~。見惚れちゃいました、私」
「そうでしょう?自慢の孫なの。あら、噂をすれば…」
相田さんに向って歩いて来るのは、あの弾き語りの人⁉
「やすゆき、むつみちゃんがね、とっても素敵だったって褒めて下さったのよ。あなた、お礼にお食事でもお誘いして…」
その人は少し照れた様子で‘ども、相田やすゆきです。ばあちゃんがお世話になってます’と右手をだした。
「あ、いえ、あの、志賀むつみです」
「お袋、そーゆーコトで、夕飯要らない」
「えっ⁉あ、あの…」
相田さんはニコニコ顔で娘さんに手を引かれて帰って行った。
ファミレスの入り口で木根さん家族とバッタリ会った。
「あ…」「あ…」
お互いに声を挙げて一歩下がる。
バツが悪い。隣にいる人が噂の彼女…。
「彼氏?」
「えっ?あ…、あの」
言葉に詰まる。
木根さんは、俯いて一歩下がった彼女の肩に手を回して‘うちのやつと娘’と言った。
施設内の噂は多分木根さんの耳にも入っているだろうに…。
それでも堂々としている木根さんって、やっぱり潔いと思う。
そう言う所にやっぱり魅かれる。
「あの!あの、うちは人ヒトの家族なんです!」
真剣な顔で大声を挙げた女の子。
大人二人を庇う様に一歩前に出て私達を見上げている。
「人ヒトでも、私のお父さんとお母さんです‼」
木根さんは娘の頭を撫で、彼女は微笑んで娘を見ていた。
「それじゃ、明日も頑張って働こう!お疲れ‼」
木根さんはそう言って店を出て行った。
「人ヒトの家族か~」
やすゆきさんがポツリと言って、車に向かう三人を見ていた。
「人ヒトの家族って…」
「男と女じゃなくて、人と人で出来てる家族って事なんじゃないのかな?彼女、〇〇スーパーで働いている人だよね?俺、時々行くけどさ」
やすゆきさんは、水の入ったコップをもてあそびながら続けた。
「以前は化粧も濃くて、力一杯、女してますって感じだったたけど、最近何か変わったなぁって思ってたんだ。あ、別に好奇の目で見てたって訳じゃないよ。女ってコト意識し過ぎて逆に目立ってたっていうかさ。今はフツ~に女でしょ。それが彼からの影響なら、すごいよね」
それはきっと木根さんの力。そして娘さんの力。
目頭が熱くなる。
外の駐車場に目をやる。車が次々と入って来て人が入って来る。もちろん、家族連れも…。
「むっちゃんが失恋した相手って、あの人だろ?泣いちゃっていいよ。そう言う人なら…。やっぱ、悲しいよね」
私の目からポロっと涙がこぼれた。
「あっ、でもでも、泣き過ぎはNGだからね!あの、その、俺女の子の涙って慣れてないって言うか、その初めてで…」
慌てているやすゆきさんに微笑んで言う。
「人ヒトっていいね…」
やすゆきさんが頷く。
「俺達も人ヒトでいきますか…」
男でも女でも人ヒトでも、私たちは出逢ったばかり…。
10月の主人公は「あさみと敏夫」です




