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-文 月-

他サイトに同タイトルのお話を投稿しています。

 文章、表現が少し変わっているかも知れません。

 兄貴が離婚して、ワタシは自分の所に帰って来た。

 ワタシは母にも父にもなる事は永遠に出来ないのに、兄貴は何故、ゴルフやボードなんてものの為に父という時間を簡単に捨てられるのだろう?

 毎日何気なく見ているお客様の中にも加奈子さんみたいに夫や父の時間を放棄された人もいるのだろうか?



「私のお母さんですか?」

 サービスカウンターの中を覗く女の子の頭が見えた。

「お母さんとはぐれちゃったの?」

 女の子の背中にはランドセル。脇に付けられた黄色いリボンが一年生だと言っていた。

「違います。迷子じゃないの。あなたは私のお母さんですか?」

 女の子が差し出した物を受け取る。

 男の人と赤ちゃんを抱いた女の人が微笑んでいる写真。

「これは?」

 微笑んで女の子に返す。

「捜してるの、美加のお母さん。あなたは美加のお母さんじゃないの?」

「ごめんね。ワタシは美加ちゃんのお母さんじゃないのよ」

「そうですか…」

 肩を落として店を出ていく後ろ姿はその日一日、ワタシの脳裏に焼き付いていた。


 数日後-

 仕事を終えて店の駐車場を横切ったワタシの目に一組の親子が見えた。あのランドセルはワタシに「お母さんですか?」と言った女の子。一緒に居るのは父親だろうか?

「あ…」

 女の子がワタシに気づいて声を挙げ、父親の服を引っ張った。

「お母さん…」

「美加、またそんな事を言って!」

 父親が女の子の手を引いて近寄って来た。

「すみません。あの、うちの子が何か失礼な事を言いましたか?」

「あ…いいえ、別に…その」

 父親はまだ赤ちゃんだった美加ちゃんを置いて出て行った母親の事を、美加ちゃんが捜している事を教えてくれた。

「妻とは正式に離婚しているんですが、娘は近くにいると思っているらしくて…」

「そうだったんですか…」

「すみません。諦める様に何度も言っているんですが、なかなか…」

 ここにも、母親の時間を放棄された親子が一組。


 次の日、レジを担当しているワタシを少し離れた所で美加ちゃんが見ていた。

 ずっと見ていた美加ちゃんに声をかける。

「お仕事終わったの。一緒に帰る?」

 美加ちゃんは嬉しそうに頷くとワタシの手を握ってきた。


‘手をつないで歩きたかったの~。あ、あの…お母さんと’とスキップする美加ちゃんを見た。

 ワタシが微笑んで手を大きく振ると美加ちゃんの笑顔が大きくなった。

「美加‼」

 その声に美加ちゃんはワタシの後ろに隠れ、父親がワタシの前に立ち深々と頭を下げた。



 次の週末、ワタシはこの親子と食事をしていた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。あなたの前で美加にハッキリさせて、今後この様な事のない様に言い聞かせますから」

と、頭を下げた父親に頼まれた。


 父親はワタシに美加ちゃんの母親が家を出た時の様子を話し、母親が今、海外にいる事を教えてくれた。ワタシの隣で大人しく聞いていた美加ちゃんに父親が言った。

「だから、この人はお母さんじゃないんだ」

「美加、知ってる」

「それなら、何で?ご迷惑だろ?」

「だって、夢に出てきたお母さんにソックリだったんだもの」




 布団の中で俺は寝返りを打った。

 眠れなかった事など、民子が家を出た日以来だ。

「木根静夫と言います」

と言った俺に

「ワタシ、本名は外山昌志と言うんです」

と名乗った彼女は‘いわゆるニューハーフ’ってヤツです、と笑った。

 美加に何と言おう。

 それより、今、奇妙な感覚が全身を包んでいる。これは…?

 そうだ、子供の時、一度だけ経験したバンジージャンプ。飛び下りる瞬間のあの腹を決めた時の感覚に似ている。俺は何の腹を決めたと言うのか?解らない…。



 食事をした週末から美加ちゃんは毎日お店に来て、ワタシに手を振ると振り返りながら帰って行った。

「遊園地に行きたいの」

 それだけ言って走って帰った次の日、美加ちゃんに一枚の手紙を渡された。


[お休みが合えば、遊園地に行って貰えませんか?美加の誕生日のプレゼントに一日だけ付き合ってやって下さい]


 その下には数字が並んでいて、ワタシは幾つかの日に丸を付けて美加ちゃんに渡した。

 彼の誘いは美加ちゃんのため。もうすぐ始まる夏休みの思い出作りなのだろう。

 昨日、休憩室でパートさんたちが話していた。

「今年の絵日記はどこにしよう」




 観覧車と短いジェットコースターとメリーゴーランドしかない遊園地。

 それでも美加ちゃんは大はしゃぎで、‘美加のこんな嬉しそうな顔は久しぶりだ’と彼は笑った。

 ワタシが‘ニューハーフです’と言っても驚く事もなく‘そうなんですか’と静かに笑ったこの親子はよく似ている。

「あ、美加ちゃん!」

 やんちゃそうな男の子が走って来て、美加は下を向いた。

 

‘見られちゃった’

同じクラスのしゅうま君。席は近くないけど、時々話かけてくる。家も近所じゃないし、幼稚園も違う。仲良しではない。

「お友達?」 

 お父さんが言うと「お母さん」は‘飲み物でも買ってくるわね’って建物の方に行っちゃった。

 しゅうま君が‘あっちでシーソーやろうよ’って私の手を引っ張る。

 

 嫌って言えない。今日はお母さんとず~と一緒にいるの。

 お父さんが「今日だけ」って約束してくれたの。

 今日だけ、お母さんて呼んでいいよって…。

 だから、今日は帰るまで100回「お母さん」って呼ぶって決めたの。

 まだ30回しか呼んでない。

 だから、行きたくない。

「ここで待っているから、遊んでおいで」ってお父さんが言った。

 しゅうま君が私の手を強く引っ張る。

 お母さんはまだ戻って来ていない。

 戻って来なかったらどうしよう。

 お父さん、お願い。

 美加のお母さん、つかまえていて。どこかに行っちゃわない様に…。

 まだ30回しか「お母さん」て言ってないの。


 缶ジュースを買って戻ってくると美加ちゃんがいない。

「美加ちゃんは?」

「友達と一緒に、ホラ、あそこ」

 シーソーで楽しそうに笑っている美加ちゃんがいた。

 本当に楽しそうに笑っている。

 でも、ワタシはこうして彼の隣に並んで座っていると間が持たなくて…。



「また誘ってもいいですか?」

 車を降りる時言われた。返事をせずに車を降りた。

‘ワタシって珍しい?’

 少しだけ心がギスギスしてる。そう、ほんの少しだけ。


 

遊園地に行ってから彼からの誘いは美加ちゃんの手を介して柔らかく、したたかに、確実に届けられた。

「ごめんね…」

 静かにそう口にしたワタシの言葉で美加ちゃんの顔が悲しそうに歪む。

 美加ちゃんの涙に負けて、ワタシは結局彼の誘いを受け入れていた。


「ケータイの№、教えて頂けますか?」

 彼にそう言った時、NOと言われた。ワタシが自分の№を教えると言うと

「君に℡をかけたら、それを最初で最後にするんでしょう?だから、俺の№は教えないし、君の№は知らない方がいい」

と、彼は笑った。

 美加ちゃんに知られる事無く‘もう誘わないで’と言いたかったのに…。

 美加ちゃんと言う柔らかい鎖にワタシは強く縛られていった。



「ねえ、お父さん…」

 美加が話かけてくるのは珍しい。無口な娘は俺が話しかけないと、学校の連絡以外の時はあまり話もしない。

「しゅうま君がね、‘美加ちゃんのお母さんて、背が高くて美人なんだよ’って、みんなの前で言ったの」

「そう…か」

「美加、うんって言っちゃったの。違うよって…言えなかったの」

 こんな小さな美加が胸を痛めていたのかと思うと胸が苦しくなった。

「美加、お父さんの話を聞いてくれるかい?」

 7才の子供がどれだけ理解出来るだろうかと思いながら、彼女は「性同一障害」という病気を治す為に女の人になった事だけを説明した。


 次の日の夜、布団に横になった美加の声が聞こえた。

「女の人になったんだから、もう病気は治ったんでしょう?女の人になったんだから、お母さんになれるんでしょう?」

 美加の声にハッとする。

「それなら、美加のお母さんになってくれるかな~?」

 バンジージャンプの時と同じあの感覚の意味に俺は気付いた。



「付き合ってくれませんか?」

 突然言われた言葉にワタシはどんな顔を見せたのだろう?

「俺は、興味本位で言っているわけじゃないんです」

 彼は少し怒った様な顔になった。


 今まで付き合ってきた男性すべてが興味本位だったとは思わないが、クリアしなければならないのはお互いの気持ちだけではない事は嫌と言うほど経験した。

 それなのに美加ちゃんと言う鎖を解こうとはしない。

 美加ちゃんは自分が傷つかない為の言い訳。


「うちの施設を利用しているお年寄りを見てると、人は人として生まれて人として人生を終えるんだなって思うんだよ。ホラ、赤ちゃんの時って男女の区別がつかないだろ?年を重ねた人達も同じでさ、男も女も年を重ねて人に戻っていくんだよ」

 彼はそう言ってワタシの手を取った。

「これからの人生を男でも女でもなく人として生きていこうと思う。俺が人として人生を終えるまで側に居てくれないか?一緒に暮らそう」

 今月もお付き合いありがとうございます。

 8月は静夫さんの職場での出逢いです。

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