-卯 月-
重複投稿の続きです。
今月は少し大人ラブになっています
老人ホームのパーティー食のメニューとレシピを届けた日、私はPM休暇をとって街に出た。次の仕事も詰っていたが今日は特別。息抜きも必要。
仕事柄、食に囲まれているせいか、ひと段落着いた時でないと仕事がらみになってしまう。
何をしても息抜きになるし、仕事がらみにもなる。以前、映画でもみようと決めてスクリーンの中の食事シーンでメニューを考えてしまったなんて事もあった。
今日は食から離れたいと思う。そう感じた時の息抜きはやっかいだ。
気を付けないと食に囲まれてしまうのだ。衣食住に囲まれている私たちは、何からでも食を意識できる。
お茶でも飲もうとコーヒーショップに入った。息抜きのコーヒーですら私にとっては立派な食。
通りが眺められるガラス窓に向って座る。私は店内に溢れている食に背を向けた。
「ナナ!久し振り‼」
声とともに肩を叩かれて振り向いた。
声の主は持っていたコーヒーをテーブルに置くと私の隣に腰を下した。
「おい!元気だったか⁉」
嬉しそうに笑う男を見た。
「正木⁉やだ、久し振り‼」
正木 良夫。高校生時代の元カレ。会うのは10年ぶり。
正木はあの頃と変わらず、浅黒い肌に真っ白な歯を見せていた。
「相変わらず焼けてるね~」
「ナナは…老けたな」
「チョット、ヒドクな~い?」
「化粧、濃すぎだって」
昔と変わらない物言い。
あの頃私は、正木を自分に振り向かせ様と必死だった。
正木から告白されて何となくつき合い出した私は、正木にどんどん夢中になっていった。登下校も、休み時間も、いつもベッタリと側に居た。
休日、正木はサーフボードを抱えていつも海にいた。私は、海岸で正木を見つめていた。
夏が終わって秋になり冬が来ても、正木は毎週海にいた。
冬のある日、私はウェットスーツに身を包んだ正木をつかまえ、別れを言い渡した。
正木は抱えていたボードを立てると私を引き寄せて唇を重ねてきた。
そして、呆気にとられている私を海岸に残し、波をかき分ける様に沖へ姿を消した。
「俺さぁ、あの頃、ナナの事マジ好きだったんだ」
夢中になって話をしていた時、正木は突然そう言って話を変えた。
「好きすぎて、ナナに夢中になリ過ぎてる自分が怖くて、毎週ボードに乗っていたんだ」
一瞬、じっと私を見つめた正木が外に視線を向け、私もつられて通りを見た。さっきまで通りを歩いていた人々は姿を消し、そこに見えたのはガラスにうつる私を見つめる正木の顔だった。
ガラスに映る正木を見つめていた私に、首を回し唇を耳に近づけて正木は突然囁いた。
「ナナを抱きたい」
驚いて正木を見ると正木は笑っていた。
「あの頃、俺、そんな事ばっか考えていて…でも、結局出来ない事も解っていたんだ。ナナの事、好きすぎていたんだろうな」
それから正木は、薬指の指輪が光る左手を振って帰って行った。
‘この次会ったら、ヤラセてよ’と、正木らしい一言を残して…。
息抜きは出来たのかどうか分からないまま家に帰ると、白衣姿の堤が立っていた。
仕事着のまま立っている姿に驚いた。
仕事最優先の堤に約束をすっぽかされた事はあっても、仕事中に訪ねて来られた事など一度もない。
「どうしたの⁉」
「いや…」
そう言いながら入って来た、無表情な堤に抱きしめられた。
「さっき一緒に居た男は誰?」
男⁉あ…正木。
「高校時代の元カレ」
私は10年ぶりに会った事を話した。
「10年ぶりに会った元カレとは、キスで挨拶するものなの?」
離れようと身をよじる私に回した堤の腕に力が入る。
キスって…?耳に顔を近づけて囁いた正木を思い出した。
「俺、外走っていたんだぜ、配達の途中で、信号待ちで、今日は仕事だったんだろ?」
いつも理路整然と話す堤らしくない。
黙ったまま力を抜いた。
キスされた様に見えてたの?誤解。
笑いが込み上げた時、堤の声が聞こえた。
「結婚…しよう、七重」
「圭一…」
堤の名を呼んだ時、正木の声が聞こえた。
「俺、あの頃、ナナに良夫って呼んで欲しかったんだ。でも、ナナは俺の事、マサキってしか言わなくて…。本当は俺の事何とも思っていないのかもって思ってた」
振り向いた私は顔を赤くして照れている堤の顔を初めて見た。
「お帰りなさい。お風呂沸いてるよ~」
キッチンから聞こえてくる、あおいの声に返事をして湯船につかる。
七重との会話をボンヤリと思い出していた。
‘マジで付き合っている男性がいる’
ナナはその男を何と呼んでいるのだろう。
椅子に座ってあおいに言った。
「今日10年ぶりに元カノに会って、お茶した」
「正木ってしか呼んでくれなかった彼女?」
「よく覚えてるな…」
「付き合ってくれるなら、俺の事、良夫って呼んで…なんて言われたの初めてだったもの」
あおいはそう言って、大きくなったお腹に手を当てた。
「キレイになってた?」
「ああ、ってか化粧濃くて、綺麗かどうかなんてわかんねぇよ…」
「独身?」
「マジで付き合っているヤツはいるって言ったてたな」
「ふ~ん」
来月はあおいが理解不能な事に出会います。




