ー霜 月ー
自分に素直になれないあさみの心がうまく表現出来ていたか、不安ですが…。
「田舎で取れた新鮮野菜だぞ~」
敏夫が優しい笑顔で大声を挙げている。
幸せに育てられた。敏夫は時々そんな話をする。
「ほら、あさみも持って行けよ。うちのブロッコリーは茎まで甘いぞ~」
自信満々に私の手にブロッコリーを渡す敏夫の笑顔が優しい。春の公演が終わってから辛辣な言葉しか投げてこなかったのに…。
田舎から帰って来た敏夫の顔は優しい。顔だけでなく周りの空気も柔らかい。その空気の中に自分の身を投じてしまいたくなるくらいに…。
敏夫の田舎は人を優しくするのだろうか?人を優しく育む所とはどんな所なのだろう。
そんな事を思う自分が嫌になる。そんな事を考えている自分が怖い。
田舎に帰る事をいつ話そう。
劇団の仲間達に、あさみに…。
後ろ髪を引かれている自分がいる。
この場所になのか、あさみになのか。
それでも、俺は帰ると決めたんだ。
-霜 月-
「10分休憩しよう」
声が掛かって皆がその場に座り込む。
立ち稽古に入った今回の芝居は春の公演の続き物。ドタバタ恋愛後の二人はやっぱりドタバタ家族になって…と言う喜劇。敏夫と私はそのまま夫婦役となり、若手の幹人が子供役。
その幹人が、新人の裏方を捕まえて夢中になって話している。
「れん、お姉さんと何を話しているの?」
役どころの母の声で聞いてみる。
「休憩の時もお母さんですか~?相変わらず入ってますね~」
幹人がれんに成りきって答えた。
「お姉さんね、幼稚園の先生なんだよ。ボク、5才のお友達の話し方、教えて貰ってるんだ~」
幹人の言い方に私は笑い出し、先生は‘上手~’と微笑んだ。
先生のリアル5才の話を聞いて役になりきりたいと、幹人は先生と出掛ける様になった。
幹人の5才がリアルになってくるほど、私は敏夫と演じる夫婦が作り物に思えて仕方がない。
役に入り込むのは得意だったはずなのに、今の私は妻になりきっていない。敏夫は…、笑いをとる場面でも優しい顔で私を見る。脚本を書いた浩介が思わず「それだよ‼」と、絶賛したくらいだ。
それなのに私は、浩介に「あさみさん、もっとダンナを愛してよ」と言われても、役に入り込めない。
どこかでセーブしている自分がいる。敏夫の私を見る目に答えられない。これはお芝居なのに…。
「幹人と先生って、付き合ってるの?」
そんな噂が耳に入る様になった頃、私は先生に呼び止められた
「敏夫さんてあさみさんの、彼…ですか?」
「付き合ってるのかって事?」
ハッキリと聞き返されて先生は戸惑った様だ。
「え?あの…、敏夫さんが、あさみは友達以上だよって言ってたので」
「古株の仲間って事じゃないの?何年も一緒に活動してるから…」
「それだけ、ですか?」
「友達以上って言うのは合ってるかな。でも私達恋人未満よ」
「そうですか…」
「何故?」
「あ、春の公演、私見せて頂いてたんです。何だか、お芝居って気がしなくて…。
この二人はプライベートでも恋人なんだって、あの時思えたから、彼なのかなって…」
一度きりの恋人だったあの日から一週間後だった春の公演。
一度きりの恋人があの舞台に、私達の演技に影響していたとは思えない。
「私たちの演技はプロ並みだった。って事ね?」
私は一瞬笑って、そして、真顔になっていた。
「彼、じゃないわ。そんな事は一度もないし、これからだって…、有り得ない」
嬉しいはずなのに素直に喜べない。本人がハッキリ否定しているんだから間違いないじゃない。
それなら私が敏夫さんの彼女に立候補しても、いいんですよね?でも…。
「先生」
振り向くと幹人さんが立っていた。
「ねえ、幹人さん。あさみさんと敏夫さんて…」
「敏夫さんとあさみさん?何?」
「ううん、何でもないの」
「それよりさぁ~このセリフ、5才的には…」
幹人さんの話で私の思考は台本に移っていた。
公演は12月初旬にある。
練習が終わって、誰からともなく「お茶しようか~」と声が上がった。
敏夫さんをチラッと見る。
幹人さんが「ジャルダンに集合だってさ」と言って肩を叩いて走って行った。
「先生は幹人と仲いいんだね」
敏夫さんが笑った。
違う。そんなのじゃない。
あさみさんは帰ったみたいで姿が見えない。
「私が慣れていないから、気を使ってくれてるんですよ」
「幹人ってそんなヤツだったかな?」
意外そうな顔の敏夫さんを見た私は、思わず言ってしまった。
「敏夫さんには友達以上のあさみさんが居るんでしょう?」
気付けば私達の周りには誰も居なかった。
「あさみかぁ~。友達以上のままお別れだな」
「えっ⁉」
「田舎にさ、帰る事になったんだよ俺。12月の公演が最後になるんだ」
目の前が真っ暗になる。
「辞めちゃうんですか⁉」
「俺の田舎、続けられるほど近くないんだ」
「後は幹人達に任せて、あ、先生も続けてくれよな」
敏夫さんがいなくなる。もう会えなくなる。
私の体が震えた。
「この事は、まだ誰にも言ってないんだ。俺の中でもまだ踏ん切りついてなくてさ。ま、帰る事は帰るんだけど」
「あの、お願いがあります」
「何?」
「私と付き合って下さい。好きなんです、敏夫さんの事」
「先生?」
「私、敏夫さんが帰るまで連れて行きたいって思って貰える様になるから、それまでのお試しでもいいから、お願いします‼」
俺はベッドに寝転がって、天井を見つめていた。
「わかった」
先生にそう返事をした事を少し後悔していた。
いくら何でも無責任だ。お試しで付き合うなんて…。
先生の事を思い出してみる。
天真爛漫。その形容がピッタリだ。
先生の様な娘と帰ったら、親父とお袋は大喜びするだろう。
嫌いじゃない。劇団の活動をしていた時の先生は自分を隠そうとしていなかった。好きになれそうな気はする。
12月は最終章になります。
あと少し、お付き合いくださいね




