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ー睦 月- 

 我が家の新年は元朝参りで一年の無事とそれぞれの身勝手なお願いで始まった。

 僅かなお賽銭で、神様が頭を抱えてしまう様な厚かましいお願いだったと思う。


 冬休みが終わり、フツ~にフツ~の生活が始まったある朝、母の絶叫で我が家は目を醒ました。

 まだ、陽も昇らぬ時間。近所迷惑な母の声に寝室に飛び込むと、うつ伏せになって呻いている母とうろたえてオロオロする父がいた。

 慌てた弟が救急車を呼び、母はそのまま運ばれて行った。


 ぎっくり腰。


 ぎっくり腰ごときで早朝呼び出された救急隊員には気の毒だが、私は弟を褒めまくった。



 母が寝たきりになって我が家は混乱した。私は学校が終わると、動けない母に付き添って病院まで行き、弟は夕飯の弁当の買い出しを任された。父は帰宅すると、私と弟が洗濯した衣類を持ってコインランドリーに行き、乾燥させている間に朝食用のパンを調達して来るのが日課になった。

 昼はコンビニか校内販売のパンになった。小学生の弟は給食をお替わりしたと言い、父は社員食堂のご飯がマズイと文句を言っていた。

 家族が混乱する中、母だけが「ナマケモノ」のスピードで過ごしていた。



二階の窓から下を見た。

 一階の接骨院に入って行くおばちゃんは、左手で腰を抑え右手で女子高生の肩を掴んでいた。

‘あの制服、うちの…’

 ピンクのシュシュが巻き付いたポニーテールは、自分の倍はあろうかというおばちゃんを必死で支えていた。

「すげぇ…」

 思わず身を乗り出してガン見してしまった俺に、塾長の投げたチョークが当たり罵声が飛んできた。

「こら~勇気!聞いてるか~‼」



 昼休み、ダッシュで校内販売のパンを買いに行った。ベルと同時に教室を飛び出しても、うちのクラスからは遠くて絶対不利。ホラ、やっぱり…。全校生が集まっているんじゃないかって位の人だかり。

 販売員のお姉さんの緑のスカーフは遥か遠くにある。

 もみくちゃにされながら、手を伸ばした。

 大好きなシューパン。残ってた。

と、思ったら、後ろからのびた手が私のシューパンを高々と持ち上げてしまった。

 後ろを睨んだら…大きな大きな男子。

 お姉さんにお金を渡すと、私の視線なんか全然気付かずに背中を向けちゃってる。

 私のシューパン。



 校舎と校舎の間にある中庭にはベンチが置いてあって、通称「カップルベンチ」

 友達同士だったり、カップルが座るところ。

 ここで彼氏とお弁当を食べるのがうちの学校の女子の夢。

 後ろ校舎は各学年の教室があって、教室のベランダからベンチが丸見え。だから、ここでお弁当を食べるのは全生徒公認の二人って事になるわけで…。


「のん、牛乳だけ⁉」

 中庭のベンチに行くと、よっちんの大声が校舎の壁にこだました。

「パン、売り切れちゃってた…」

「うっそ、牛乳だけでもつわけないじゃん!5限の体育バスケだよ⁉」

 私は販売コーナーでの話をした。よっちんは‘死守しなきゃダメじゃん’と言ってから‘おにぎり半分あげるよ’と私に渡してくれた。

「だってね、2年生の男子かな~。山みたいに大きくてね」

 おにぎりを食べながらよっちんにその時の話をした私の憤りの声は大きかったんだ。


 パンを食べようとベランダに出た。

 お袋が作ってくれた弁当は2限の休み時間に腹の中に消えていた。

「ホラ…」

 隣の伊藤にパンを渡すと‘ゴチ…’と返事があって、二人で中庭を眺めていた。

 冬にしては穏やかな晴天で風もない。

 下の女子カップルの頭に昨日見たシュシュがあった。

‘あれ?あいつ…’

 女子カップルの会話が聞こえた。

 パン、売り切れたって?おにぎりを半分ずつ食べるのを見ていた。

「おい!」

 ベランダから身を乗り出して声をかけると、シュシュが上を向いた。俺は、持っていたシューパンを投げた。


 上を向くと二階のベランダから「やるよ!」と声がして弧を描いて何かが落ちてきた。

 手の中に落ちてきたのはシューパン。私は声の主が入って行った教室のベランダを見つめていた。


 ダッシュで家に帰って、夕飯のお弁当を選んでお弁当屋のチラシに丸をつけると、呻き声をあげる母を支えて接骨院に向かう。入ろうとすると消しゴムが降ってきた。今日はよく物が降ってくる。

 シューパンの次は消しゴム⁉しかも、お手紙つき?

 二階にある塾の窓を見上げた。


「昼休み、告白ベンチで待ってる」


 告白ベンチ。中庭の一番西側にあるベンチ。

 そこは大きな木の下にあって、話し声も聞こえないし、校舎からも見えづらい。だから、告白っていうか聞かれたくない話や見られたくない時にコッソリ使う。


「さよなら」


なんて話もそこでしたりする。

 私は誰に何を告白されるのだろう。



 別に告白するようなコトは何もない。ただチョットどんな娘かなって思っただけで…。

 だから、少し赤い顔でやって来た女の子に言ったのは、大ボケの一言。

「シューパン、うまかった?」

 その一年生は気付いた様に深々と頭を下げて大声を挙げた。

「シューパン、ご馳走様でした!すぐにお礼に行かなくて、すみませんでした‼」

 赤かった顔が少し蒼くなった様な…。それにしても声デカすぎ!だろ?

 必死で頭を下げ続ける一年生が顔をあげた時、涙目になっている様な気がした。

 ひょっとして俺、怖がられてる?ウソだろ~?

 学年じゃ、優しい方の部類だぜ、オレ。


「座れよ」と、ベンチを叩かれて腰を下した。

 やだよ~。怖いよ~。

少しづつ距離を置こうと横にずれると近づいてくるから、お尻はもう半分しかベンチに乗ってない。

 やるよって言ったじゃない。順番的にはあのシューパン私のだったんだし、すぐにお礼に行かなかった私も悪いけど、だからって初めての告白ベンチがこんな展開って悲しすぎるよ。

 やだって…。こっち来ないで…。


「危ねっっ」

 尻もちをつく前に気づいてよかった。

 一年生はまん丸の目で抱きとめた俺を見ている。

「ありがとうございます」

 俯いた一年生のシュシュが俺の目の前にあった。

「俺、高原勇気。そんなにビビらなくても怖くねぇよ」

「あ…あの、岡部紀子です」




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