第73話 ラーメン普及運動
「いらっしゃいませーーー!」
「「「「「いらっしゃいませーーー!」」」」」
「随分と威勢のいいお店だな」
「こちらの席にどうぞ! お冷です! なににしましょうか?」
「ええと……。ラーメンを」
このところ、王都のあちこちにオープンしている飲食店がある。
店内から、少し獣臭さもあるが癖になりそうな猪の骨を煮込んだ香りがお店の周囲に漂い、その匂いに釣られて主に男性客が吸い寄せられていった。
お洒落さは微塵もない外観のため、女性客は皆無だ。
店内には体を動かす仕事に携わる男性客が多いが、デスクワーク主体の客も少なくない。
かく言う私も、役所の同僚たちに勧められての来店なのだから。
店内はぼぼ満席だったが、運良く一つだけ空いているカウンター席があり、威勢のいい若い男性店員からそこに誘導される。
混んでいるお店なので、店員の案内も手慣れたものだ。
このところ、バウマイスター辺境伯が広めた『ラーメン』なる麺料理のお店が、かなりの勢いでヘルムート王国内のみならず、帝国にもオープンし始めているとか。
従来のパスタや、ミズホの『ソバ』、『ウドン』とも違うこの麺料理には様々な種類があり、それぞれにファンが増えつつあると聞いている。
「お好みはありますか?」
「お好みとは?」
「麺の固め、柔らかめ。味の濃いめ、薄め。脂の多め、少なめが自由に選べます」
「へえ、そうなんだ。今日は初めてだから、まずは普通で」
「ご飯と一緒に食べるのがお勧めです。ご一緒にいかがですか?」
「じゃあ貰おうかな」
「ライス追加!」
麺とご飯を一緒に食べるのか。
パスタにパンがつくようなものかな?
お腹が空いてたので、店員の勧めに従ってご飯も注文した。
このところ、ブライヒレーダー辺境伯領とバウマイスター辺境伯領では米の増産が進んで大量に輸出されるようになったので、王都でもご飯を食べることが多くなった。
「お待たせしました。ラーメンすべて普通、ご飯つきです」
「おおっーーー!」
注文してから、そう時間が経たないうちに料理が届いた。
これは、短いお昼休憩を有効に活用する際非常に便利だ。
ラーメンには、スープを掬う『レンゲ』なるスプーンがついており、それでスープを一口。
「美味い!」
まずは、バウマイスター辺境伯がミズホから導入し、ヘルムート王国中に広げたショウユのショッパさをガツンと感じ、そのあと長時間煮込んだ猪の骨や肉から出た旨味が追いかけてくる。
続けて麺をフォークで……周囲の客をよく見ると、ミズホのハシで食べている人も多い。
王都では、ソバ、ウドン、ラーメンをハシで食べる人が増えており、ハシの扱いが上手い人はツウだと評価されるようになっていた。
私も、ハシの使い方に慣れないとな。
「麺は少し太めで、モチモチしていて美味いな」
太さはパスタくらいか。
猪の骨と肉の旨味と、濃いショウユの味が絡まったスープとよく合う。
一緒に注文したご飯と一緒に食べると、美味しさが倍増するな。
「つけ合わせの、煮込んだ猪肉も美味い」
これもご飯が進む。
茹でてあるキャベツも、箸休めにちょうどいい。
スープの塩気が濃いめなので、茹でたキャベツを食べると一旦口の中がリセットされ、また一からスープと麺の美味しさを楽しめるのだ。
スープ、麺、ご飯、肉、キャベツと、順番に夢中に食べていたら、あっという間にスープだけになってしまった。
「……スープは塩辛いから、飲み過ぎはよくないよな」
と思いつつも、あまりに美味しいのでつい全部飲み干してしまった。
続けて水を飲んで、胃の中のスープ薄めれば塩分過多にはならない……わけないか。
「ふう、ごちそうさま」
周囲を見ると、大半がラーメンとご飯をかきこむように食べてから席を立っていた。
みんな短いお昼休憩に来ているから誰も長居をせず、店内は満員なのにあまり待たずに済むのも素晴らしい。
「同僚たちが勧めるわけだ」
まさに、働く男の飯って感じだな。
いいお店を紹介してもらった。
これからも、お昼にちょくちょくと利用させてもらおうかな。
今度は麺を大盛りにするか、煮た猪肉を増やすか、ご飯を大盛りにするか。
食べ過ぎると午後眠くなるので悩むところだが、明日もこのお店で昼食をとることにしよう。
「大将、今日も新店舗は満員御礼でした。仕事中の男性客がほぼ100パーセントですね。コアタイム以外ですと、意外と女性の利用も多いのですが」
「たまには女性も、そういう料理を食べたくなるのは知っていたけど、あの外観のお店に入るのか。店の場所と内装と丼のデザインを変えた、同じ猪骨醤油ラーメンのお店を出してみるかな? とにかく新店舗が上々でよかった。王都は狩猟で獲られた猪の一大消費地だ。だがその骨は、一部がフォンを取るのに使われているのみで、大半が捨てられている。これを集めてラーメンのスープとし、安くお客さんに提供。出汁を取った骨は肥料にして農家に売る。王都の増え続けるゴミ対策と、食品ロス対策を兼ねた新商売ってやつだ」
「さすがは、お館様……じゃなかった! 大将」
「そうだ! 俺は大将だ!」
前世からラーメンは好きだったし、仕事でラーメン店に食材を卸していたこともある。
だからこそ、前世では自分でラーメン店を開こうなんて微塵も考えていなかった。
努力すれば美味しいラーメンを作ることはできるけど、ではそれで商売ができるのかは別の話で、どんなに美味しくてもラーメン店は簡単に潰れてしまうことを知っていたからだ。
だが、この世界では……。
「(まだ拙い俺のラーメン知識でも、先行者利益を享受できる! そして!)」
俺のラーメンを食べた人の中から、真のラーメン職人たちが出てくるはずだ。
そうなれば、俺はこの世界でもいつでも美味しいラーメンを食べることができる。
「バウルブルクでは、畜産で出た豚の骨も一定量入る。これも用いつつ、魚のアラや、魚介類の乾物も用いたスープで勝負できるな」
「ショウユだけでなく、ミソと塩のスープも研究を進めています」
「製麺工場の方は?」
「王都とバウルブルクで立ち上がっています。今後は、支店が集中する場所にも新たに立ち上げる予定です」
「順調だな」
「お館様……じゃなかった! 大将が考案した、ホロホロ鶏のガラのみで丁寧に出汁を取り、ホロホロ鶏の低温調理、燻製、炙りチャーシュー、貴重なホロホロ鶏の煮卵をトッピングした『ホロホロ鳥らあめん』は、店内の外観や内装を工夫したところ、貴族や大商人のお客さんも増えていまして。一杯五十セントでも、閉店時間前にスープ切れになっています」
「ホロホロ鶏の入手ルートを増やし、質を落とさないようにしてスープの仕込みを増やしてくれ。ミズホの食材を使った、高級創作ラーメンは?」
「こちらも満員御礼です」
高級路線もいけるな。
「それはよかった。立ち食いスタイルで安く提供する、まぜそば、油そばのお店も、もうすぐ開店だな」
「楽しみですね」
高級ラーメンから、安価にお腹がいっぱいになる庶民的なラーメンまで。
俺は先行者利益を最大限に利用して、この世界の『ラーメン王』になる!
「帝国にも支店網を広げるぞ! ペーターに許可を取って……なあに、色々と試食させればすぐに許可が出るさ」
「さすがはお館様……じゃなかった、大将」
「そう! 俺は大将だ!」
このまま、バウマイスター辺境伯なんてやめて、ラーメン屋の店主として生きていくのも悪くないか?
そんな風に思っていたら……。
「……お館様、なにをしているのですか?」
「リンガイア大陸一のラーメンチェーン店を作るための戦略会議だ。それも、同じ味のラーメンだけでなく、次々と新しいブランドを出す予定だから忙しいんだよ」
「お館様、あなたはバウマイスター辺境伯なのでは?」
「まあ、聞け。ローデリヒ」
人がせっかくやる気を出して、様々なブランドを持つリンガイア大陸一のラーメンチェーン店を作ろうとしているのに、俺の大陸制覇の野望を、よりにもよってバウマイスター辺境伯家の家宰であるローデリヒが妨害するなんて……。
「俺がリンガイア大陸統一を目指したら物騒なんてものじゃないけど、ラーメンならいいかなって」
別に、ニュルンベルク公爵みたいにリンガイア大陸統一の野心なんてないけど。
だって世界征服をしたら、そのあと世界の面倒を見なきゃいけないんだぜ。
そんな面倒なこと、御免被る。
バウマイスター辺境伯領だけでも大変だってのに。
そこで俺は、前世では絶対にできないと思っていた、世界規模のラーメンチェーン店を作ろうと頑張っているだけだ。
「たとえラーメンでも、世界制覇を目指す主君の覇気に感動するのが、バウマイスター辺境伯家の家宰たるローデリヒの正しい態度ではないのか?」
「商売のことは、アルテリオ商店に任せてください。お館様は貴族なのですから」
「そうは言うけどさぁ……」
確かに今の俺は陛下とヴァルド殿下お気に入りで、次の王宮筆頭魔道師なんて言われているけど、いつ失脚したり、改易されるかわからないじゃないか。
「貴族だけじゃないけど、人生なんて一寸先は闇よ?」
だから俺は、もし改易されても家族を養えるように、商売にも力を入れて……実は、ただやりたいだけだからやってるんだけど。
「だからといって! その格好はなんですか?」
「えっ? 俺はラーメン店の大将だからさ」
「お館様は貴族なのです! その格好はやめてください!」
「ラーメン店で仕事をしやすい格好なのに……」
素材が柔らかくて動きやすく、洗濯も簡単なスラックス。
黒い店名の入ったTシャツ。
そして、頭にはタオルを巻きと。
これこそが、正しいラーメン店の制服(一部高級店舗は除く)なのに……。
「まったく理解できませんし、お館様には領地の開発という仕事があるのです!」
「それさぁ、ふと思ったんだけど」
「はい?」
「なんでも俺がやると、民業圧迫というか、長い目で見て領民たちの就労意欲を削ぐというか……。そう思わない?」
もうかなりの広さの領地を開発したので、そろそろ民間に任せる時がやってきたと俺は思うのだ。
「お館様に任せているのは整地のみで、他はすべて任せていますよ」
「うっ!」
「そもそも、ラーメン店の経営は民業圧迫では?」
「それは……」
「とにかく、次の現場に行きますよ!」
「ローデリヒの鬼ぃーーー! オットテール! つけ麺の新ブランドの方は任せるぞ!」
「任せてください、お館様……じゃなかった、大将」
後年、バウマイスター辺境伯家がオーナーであるラーメンチェーン店は世界一の店舗数を誇るようになる。
バウマイスター辺境伯の傍でその商売方法、ラーメンの作り方を学んだオットテール・ギルタークは、のちにすべてを任されるようになり、バウマイスター辺境伯家の家臣のまま、名物総店長としてラーメン業界を牽引していくようになるのであった。
「実はラーメンを流行させることで、バウマイスター辺境伯領で大量に栽培される小麦の消費量を増やす計画もあったのだ」
「お館様、それ本当ですか?」
「……」
ちっ!
ローデリヒのやつ、やはり鋭いな。
俺はただ、色々なラーメンを食べたかっただけなんだぁーーー!




