第60話 ウィザードギャザースープ(後編)
新作「誰か、前世が凄腕の機動兵器操縦者である私に平穏を!」が連載中です。
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同じくロボット物です!
「(仮題)異世界で死にかけた少年と入れ替わった独身アラフィフサラリーマン、スキルが『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』だった」
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「一日にこれだけの回数の『瞬間移動』を使って、まだ魔力に余裕があるなんて……。バウマイスター辺境伯様、随分と沢山の食材を集めましたが、 どのような料理を作るのでしょうか?」
「超豪華なスープを作るのさ」
「スープなのですか?」
「そう、スープだ」
屋敷のキッチンに入ると、料理人たちがすでに調理の準備をしていた。
俺が今日も含めてこの料理のために集めた材料をすべて渡すと、料理人たちはミズホの職人に特注した巨大な壺の中に、今日集めた食材をすべて入れる。
マントゴラ、クコ、ハーブ各種、スパイス各種、野草各種、野菜各種、海竜の首肉と心臓、肝臓、赤身肉、飛竜の赤身肉と肝臓、干しアワビ、干し貝柱、巨大サメのフカヒレ、魚の皮、魚の浮き袋、白子、エビ、干し海老、スルメ、猪肉で作ったハム、ワイバーンのモモ肉と羽の付け根の部分、属性竜の赤身肉と足の筋とアキレス腱、マジカルシュリンプの生と干したもの、大吟醸ミズホ酒、帝国産の高級ブランデー、様々な木の実、他にも数え切れないほどの食材を巨大な壺に料理人が入れ、次に壺が満タンになるまで水を入れる。
水は、綺麗な湧き水を汲んできた。
「壺にミズホで手に入れた蓮の葉で蓋をして、さらにその上に陶器の蓋をのせる。さらにこれを特大の蒸機に入れて、三日間蒸していく」
「とてつもなく手間がかかる料理なのですね」
この料理、現代地球では佛跳牆と呼ばれていた。
その芳醇な香りを嗅ぐと、本来精進料理しか食べられない僧侶ですら寺院の塀を乗り越えて飲みに来る、というのが命名の由来だ。
俺はとあるグルメ漫画でこの料理を知り、是非飲んでみたいと思っていたが、あまりにも値段が高すぎたので、前世では飲むことができなかった。
そこで今、再現することにしたわけだ。
今の俺は大貴族なので、佛跳牆を作れるくらいの財力は持っているからな。
材料を集めるのは思ったよりも大変だったのと、みんな忙しいと言うから、アリスに気分転換をさせるために食材集めを手伝ってもらったわけだ。
「(「(正式な佛跳牆の作り方とはちょっと違うかもしれないけど、まずは作ってみないと)あとは料理人たちに任せよう」
なにしろ完成するまでに三日かかるので、それまではプロの料理人たちに任せることにした。
そして三日後……。
「 (だいぶ本来の佛跳牆の材料とは違うものも大量に入っているけど、様々な食材から溶け出した旨味のハーモニーを味わうのが、佛跳牆という料理だからな)さあ、早速試食しようじゃないか」
陶器の蓋をあけ、陶器の壺の入り口を塞いでいた蓮の葉を取り除くと、言葉では言い表せない、芳醇で美味しそうな香りが漂ってきた。
「自分なりにレシピを考えて初めて作ってみたけど、実に上手くいった……はず。問題は味だな」
料理人たちに『夕食に出してくれ』と頼んでから、俺とアリスは食卓の席に座った。
「ヴェル、随分と手間暇かけて料理を作っていたようだけど、どんな料理が完成したの?」
「もうすぐ出てくるから、お楽しみってことで」
「ヴェル、よっぽど自信があるんだね」
「苦労して食料を集めたからさ」
今日は割とポピュラーなコース料理が夕食だと聞いていたので、最初に佛跳牆を出すことにした。
大量に入れた具材は取り除き、スープのみを入れたお椀を一人一人にメイドたちが配膳していく。
「これが、面倒な材料集めからはじめて作ったご馳走なの? ただのスープにしか見えないけど……」
ルイーゼのみならず、みんなも具もないスープがご馳走だと言われて困惑しているようだ。
透明感のある琥珀色のスープはとても美味しそうではあるけど、コンソメスープが少し濃くなった程度の見た目であり、食料集めを合わせると四日間かけて調理したご馳走には見えないからだろう。
「具もないのね」
「ないよ」
食材の中には稀少で高価なものも多かったけど、この料理は食材から出る旨味を楽しむ料理だし、三日間も蒸したので多分具材にはあまり旨味が残っていないはずだ。
火の番をしてくれた料理人たちに、賄いで食べるなり、他の料理の試作に使っても構わないよと、すべてあげてしまった。
「あくまでも、このスープのみを楽しむ目的の料理だからね」
「あなた、このスープとてもいい香りがしますね。 嗅いだことのある香りと、初めて嗅ぐ香りが複雑に入り混じっていて、それが複雑で芳醇な香りを生み出しています」
さすがはエリーゼ。
佛跳牆の特徴に気がついてくれたか。
「エリーゼ様、いい香り」
「上品で芳醇で、様々な食材の香りが混じっておるので複雑に混じっておるが、絶妙なバランスじゃの」
「ええと……。貴族に相応しいお料理ですわね」
「カタリーナとテレーゼ。こういう時に差が出ちまうよな。飲んでみようっと……。なにこれ、うめえ!」
「カチヤさんも、随分とボキャブラリーに乏しいようですが」
「料理なんて、美味しければいいんだって」
「この複雑な味は……。旦那様だからこそ、食材を集められたのですね」
「ヴェル君、沢山の食材を集めていたものね」
「先生、美味しいです」
「お兄さんのお店で…… 作れそうにないなぁ」
「先生、フリードリヒたちも喜んで飲んでますよ」
「おいちい」
妻たちも、子供たちも、『異世界版佛跳牆』を美味しそうに飲んでいた。
「さあ、アリス。せっかく食材集めを手伝ったんだから」
「はい……。美味しい! ただのスープなのにこんなに美味しいなんて!」
アリスも、美味しそうに佛跳牆を飲んでいた。
「あなた、このスープは?」
「ええとね」
俺がスープの作り方を説明すると、みんなが『そりゃあ、美味しいよなぁ』という表情を浮かべていた。
「まだおかわりはあるから」
「欲しいです。あまりに美味しかったので、すぐに飲み干してしまいましたから」
「ボクも!」
「というか、全員よね。フリードリヒたちも」
「「「「「「「「「おかわり!」」」」」」」」」」
「実に美味そうな香りが漂っているのである! バウマイスター辺境伯、某にもくれなのである!」
「導師だ」
みんなで佛跳牆を楽しんでいると、そこに導師が姿を現した。
たまたま屋敷に寄っただけだと思うけど、美味しい物へのアンテナというか、勘の鋭さには感心してしまう。
佛跳牆の香りで、導師が駆け付けた……たまたまだろうけど。
「飛竜、海竜、ワイバーン、他にも色々と高価だったり珍しい食材が使ってあるのである! 五臓六腑に染み渡るのである!」
導師はただの大食いではなく、貴族だから舌が肥えているし、味覚も鋭かった。
佛跳牆に使った食材をだいたい当ててしまうのだから。
導師は血抜きもしていない獲物の肉を塩だけで焼いて食べても美味しく感じるし、高級な料理も楽しめる。
食の好みでは、多様性の塊のような性格をしていた。
「して、バウマイスター辺境伯。このスープの名前は?」
「まだ考えてないです」
佛跳牆と命名しても、多分受け入れられないだろうし。
このスープの香りを嗅いだ神官が、お務めをサボって、教会の塀を飛び越えてまで飲みに来るかどうか。
来るかもしれないけど、そんな命名をしたら教会に怒られてしまうかもしれない。
「じっくり考えるのである! この料理はじきに有名になるはずである! では、残りの料理も頼むのである!」
そのあと、他の料理も出てきて楽しい夕食となった。
アリスも久々に休日を楽しめたようで、ただ彼女の潜在魔力量を成長させるわけにはいかないからなぁ。
また根を詰めてしまう可能性が高く、定期的にストレスを発散させないと。
それにしても、若い女の子のフォローは大変だなと思ってしまった。
じきに俺の娘たちが大きくなると、今と同じような悩みを抱えることになるのであろうか?
そんなことを考えながらも夕食が終わり、書斎でローデリヒから預かった書類にサインをしていると、そこにアリスが血相を変えて飛び込んできた。
「バウマイスター辺境伯様、私、魔力量が少しだけ増えていました」
「それは本当か?」
「はい! 頭上のコップの水の量が少し増えてるんです」
器合わせでも増えない、潜在的な魔力量を増やすには、俺とスルしかなかったはずなのに一体どうして?
「夕食のスープが原因かもしれません」
「そうかな?」
あくまでも佛跳牆は、俺が飲みたいからお休みの日に食材を集めただけだし、確かに高価な食材は使っている……一部魔法薬にも使う食材はあるけど、潜在魔力量が具現化して増えるなんて効果があるとは、到底思えないんだよなぁ。
「(とはいえ、俺はアリスと手すら繋いでないからなぁ。魔力量が増えるわけがない。やはり佛跳牆なのか?)」
趣味で作ったスープに、思わぬ効果が……。
いや、もしかしたらアリス自身の特訓の成果が出たのかも……彼女自身はすでに父親であるダンテさんと器合わせをしているから、それはあり得ないか。
「検証が必要だな」
というわけで俺は、まだ材料が残っていたので、もう一回佛跳牆を作ってもらった。
そして、彼女が言うところのコップの水が満たされていない、魔法使い及びその資質がある人たちに佛跳牆を飲ませてみる。
すると……。
「俺、これまで魔法が使えなかったのに、火種が出せるようになったぞ!」
「私、初級だったのに、中級魔法使いになれたわ」
「(まさか、俺が適当に集めた食材で作った佛跳牆で、潜在魔力が引き出されるなんて……)」
限界魔力量まで成長していない人間に佛跳牆を飲ませると、魔力量が増える。
ただし、どのくらい魔力量が増えるのかは個人差があり、さらに一回しか効果がないことが判明した。
二回目の佛跳牆であったアリスは、魔力量が増えなかったと俺に報告したからだ。
さらに……。
「属性竜の属性竜の赤身肉と足の筋とアキレス腱を使っているから、壺一つ分の材料費が一千万セントを越える件」
「高いっ!」
佛跳牆の材料費を聞いたエルが驚いていた。
壺一つで五十人分くらい作れるので、一人前にすると二十万セントか。
個人差はあるけど、魔力量の成長限界に達していない人は確実に魔力量が増えるので、そこまで高くない?
ただ、アリス以外に自分の魔力量が限界に達しているのか、測定できる人がいないというのが問題だ。
魔力量が限界に達している人が佛跳牆を飲んでも、ただの高級スープでしかないのだから。
しかも、効果は一回しかない。
増える魔力量にも個人差があるから、ほんのちょっとだけ魔力が増えて終わりだと、お金の無駄だと感じる人も出るだろう。
「そもそも、属性竜の赤身肉と足の筋とアキレス腱がそう簡単に手に入らないしなぁ」
そして一番の問題はこれだ。
お金を出しても手に入らない食材もある。
俺は手に入れられるけど。
「お館様、スープを煮出した具材ですけど、ビックリするほど味が抜けてしまって、食べられなくはありませんが美味しくないです」
本来の佛跳牆は、作るのに使った食材も一緒に提供する店が多い。
だけど俺が適当に作った佛跳牆は、特別な効果があるがゆえに、食材の旨味や成分がすべて抜けてしまうのか……。
「レシピを教えるから、飲みたい人は個々に作っていただくということで……。このスープは『ウィザードギャザースープ』にしよう」
魔法使いが駆け寄ってくるスープという意味だ。
「バウマイスター辺境伯様は凄いです! 器合わせや魔法の特訓では増えなかった、私の隠れた魔力量を増やしてくれたのですから」
「よかったよ、成果があって」
まだ上級に近い中級というところだけど、これでアリスが満足してダンテさんのところに戻ってくれれば……。
「バウマイスター辺境伯様、私はもっと精進して、必ず上級魔法使いになります。それまでは、バウマイスター辺境伯様の傍を離れません。だってバウマイスター辺境伯様は、父にもできなかった、私の魔力を増やしてくれたのですから」
「……」
かえって逆効果だった?
いや、俺はただ佛跳牆を飲んでみたかったから自分なりにレシピを考え、食材を集めただけだし、アリスに休暇を取らせるため食材集めを手伝わせただけなんだけど……。
「(ヴェル、随分と慕われているじゃないか。なんかさぁ、嫁にしちゃった方がかえって楽じゃねえ?)」
「(んあわけあるかい!)」
俺とそういう関係にならずに、どうにかアリスを上級魔法使いにしないと、彼女はダンテさんの元に帰ってくれない。
佛跳牆は一回しか効果がなかったから、別の方法を考える必要がある。
俺の夫婦生活の安寧のためにも。
「バウマイスター辺境伯が考えたウィザードギャザースープだけどな。予算に応じて具材を集めて作り、パーティーで出すと評判なんだよ。 薬草とかを入れると健康になった気がするしな」
「楽しめたのならなによりです」
異世界版佛跳牆『ウィザードギャザースープ』だが、割と適当に作っても美味しかったので、予算に応じて調理されて、 貴族のパーティーに出されるようになった。
そういうウィザードギャザースープを飲んでも、魔力量は増えなかったけど。




