第44話 魔道具窃盗事件(その4)
新作「誰か、前世が凄腕の機動兵器操縦者である私に平穏を!」が連載中です。
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「(仮題)異世界で死にかけた少年と入れ替わった独身アラフィフサラリーマン、スキルが『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』だった」
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「……さて、ここに集まった者たちに尋ねるが、このように王国に喧嘩を売ってきた我が儘放題のドルトイ伯爵をどうすればいいと思うのか、是非聞いてみたい。そなたたちは、長年王国に忠誠を尽くしてきた藩塀なのだから、なにかいい意見があるはずだ」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
謁見の間にて、使者を務めたリンド子爵からドルトイ伯爵の返答を聞き、陛下は見てわかるほどキレていた。
それはそうだ。
普段、自分は王国の藩塀であるかのように語っているくせに、陛下からの命令を守らないどころか、自分の都合ばかり考え、悪事を働いてもそれを償おうともしないのだから。
「さて、余はドルトイ伯爵に対し、盗んだ魔道具をすべて返却すればその罪を問わぬという寛大な処置を提案したはずなのだが、どういうわけか彼は、まだ我儘なことを言っている。 これからどうすればいいかな?」
「もう一度使者を遣わし、ドルトイ伯爵を説得するべきだと思います」
一人の貴族が意見を述べた瞬間、陛下とヴァルド殿下の顔に青筋が走った。
あきらかに一番言ってはいけない提案なんだが、家柄がよく育ちがいいせいか、この状況でまだもう一度説得するなんていう綺麗事を述べてしまう。
確か彼も、自分の家の長さを誇る類の貴族だったはず。
しかしこの国には、自分の家の歴史の長さしかいいところがない、無能な貴族が一定数いて困ってしまうな。
「バウマイスター辺境伯、どう思う?」
すかさずヴァルド殿下が、俺に対しどう対処すればいいか訪ねてきた。
「( 俺に聞かないで、エドガー侯爵あたりに聞けばいいのに……) もう話にならないので、ドルトイ伯爵家は改易でいいでしょう」
というか、他に意見はない。
この謁見の間にいる大半の貴族たちもそう思っている。
でも自分も貴族だから、他の貴族の改易は言い出しにくいのだ。
これはもう、貴族の性癖みたいなものだな。
ヴァルド殿下が俺に意見を求める理由は簡単だ。
バウマイスター辺境伯家は歴史が短いから、貴族は潰すべきではないという性癖を持ち合わせていないからだ。
「待ってくれ、バウマイスター辺境伯、それはあまりにも暴論だ」
「そうですか? 俺も普段はそう簡単に貴族の改易なんて口にしませんけど、何事にも限度があるじゃないですか」
歴史が古い貴族ほど、他の貴族を潰すのを嫌がる傾向にある。
簡単に貴族を潰したという前例を作りたくないのだろうが、今回に限ってはドルトイ伯爵があまりに酷すぎるので、改易は仕方がないと思うのだけど。
「ドルトイ伯爵の領地は、西部と南部の境目にある重要な場所ではないですか。 ここを潰すのは、王国の安定に大きな影響があると思うのです」
先ほどの貴族が、さらに意見を続けた。
とにかくドルトイ伯爵家を潰したくないようだが、それはドルトイ伯爵家のためでなく、自分のためというのが救いがない。
将来自分の家が簡単に潰されるかもしれないので、 とにかく前例を作りたくない。
随分と官僚的な言い分だが、彼の考えに気がついた陛下とヴァルド殿下は心の底から呆れているようだ。
「確かに貴族を簡単に潰すのはどうかと思いますが……」
「バウマイスター辺境伯もそう思うだろう?」
特に領主ってのはその土地の統治機構でもあるので、準備もなく潰すとその土地を混乱に陥れてしまう。
改易するのに、慎重を期することは間違ってはいない。
だがドルトイ伯爵は、陛下が苦渋の決断で甘い処分を下したのに、それすら嫌だと突っぱねてしまったのだ。
「これを許すと、第二、第三のドルトイ伯爵が現れる懸念があります。今回の例外として改易してしまいましょう」
「しかし……」
しかしじゃないよ。
そもそもどうしてこの貴族……確かルートバー子爵だったか?
謁見の間にはいるが、役職はないからただの賑やかし要員で、彼の発言を聞いた陛下とヴァルド殿下の表情から察するに、ニート貴族の類いだろう。
役職と領地のない彼らは基本暇なので毎日王城におり、こういう席には顔を出すが、ご覧の通り彼が役職を得られそうな気配はなかった。
この期に及んで、まだドルトイ伯爵を庇っているのだから。
これでは要職を任せられない。
「もう一つ問題があります」
「バウマイスター辺境伯、もう一つとは?」
「先ほど、ブライヒレーダー辺境伯から入った最新の情報です。ドルトイ伯爵は本当に領内の街道を封鎖したようです」
「なにを考えているのだ? ドルトイ伯爵は!」
「高を括っているんでしょうね」
自分の領地は西部と南部の境目にあり、領内には両方を繋ぐ主要な街道がある。
そこを通らないと、西部と南部を行き来する際に大幅な遠回りになってしまうから、自分の家は絶対に潰されない、少しぐらい我が儘を言っても問題ないと。
窃盗団のリーダーが持っていた汎用の魔法の袋を返さなければ、これまでに盗んだ魔道具の返却もあり得ない、と条件闘争のつもりで我儘を言っているのだ。
これだけのことをやらかしておいて、実質魔法の袋の没収だけで済ませているのに、魔法の袋を返さなければ条件を飲まない。
挙げ句の果てに、その条件を飲ませようとして、脅しで領内にある街道を塞ぐなんてお話にならないどころか、これはもう反逆と捉えていいように思える。
「条件を釣り上げようと、人と物の流れを遮断するなんて、王国への反逆以外の何物でもないと思いますけど……」
「それは大げさではないかな? ドルトイ伯爵も色々と大変なのだよ」
「大変? あんないい場所に領地があってですか?」
そもそもドルトイ伯爵領は、西部と南部を繋ぐ主要な街道が通っているのに、どうして他家から魔道具を盗むなんてマネをしたんだ?
「普通に領地を経営していたら、あの立地で経済的に困ることなんて、まずあり得ないんですけど……」
人と物の流れが多い街道を握ることほど美味しい条件なんてないはずなのに、貧しい領民の子供たちに盗みを手伝わせるなんて、ドルトイ伯爵はよほど無能なんだろう。
「もう一度ドルトイ伯爵に対し使者を送り、丁寧に事情を説明すれば、きっとわかってくれるはずだ」
どの世界にもいるよなぁ、こういう奴。
ちゃんと話し合えば、丁寧に説明をすれば、しっかりと議論をすれば、必ず物事は解決すると常に言うのだが、そんなわけがない。
そしてなにより、この手の輩は自分では決して仕事を引き受けない。
なぜなら本音では、そんなことが叶うとは思っていないからだ。
叶う、叶わないは別として、なるべく綺麗事ばかり言って世間から好印象を得たい人の特徴だ。
一般人ならそれでもいいのだろうが、こんな無責任な貴族に役職が与えられるわけがない。
ルートバー子爵本人は役職を得るため、少しでも好印象を得ようと綺麗事ばかり言っているのに、陛下とヴァルド殿下はそんな無責任な彼に役職を与えようとは思わない。
それに気がつかないなんて、不幸な話だ。
「それならすでに、リンド子爵がしっかりと役割を果たしましたよ」
「しかしながら、一度駄目だったという理由で、すぐにドルトイ伯爵を罰するのはどうかと思うのだ」
「つまりルートバー子爵は 、もう一度ドルトイ伯爵を説得すれば、彼が言うことを聞くと思っていると?」
「そうだ。丁寧に説明すれば……」
「そこまでおっしゃるのなら、陛下、ルートバー子爵にドルトイ伯爵の説得をお願いしてはどうでしょうか?」
「わっ、私がですか?」
まさか俺が、自分をドルトイ伯爵への使者に推薦するとは思っていなかったようで、ルートバー子爵はあきらかに動揺した態度を見せていた。
「そんなに驚くことですか? だって、ドルトイ伯爵を説得できると言ったのはあなたですよ。そう思うのなら、ご自分で実行なさればよろしい」
「いやぁ、私はそのぉ……」
「陛下、ルートバー子爵が無事その任を達成できた暁には、その功績を持って要職を任せることもできましょう。私もバウマイスター辺境伯の考えに賛成です」
ルックナー侯爵も、俺の意趣返しに加わった。
彼も財務卿時代、ルートバー子爵の無責任な発言のせいでストレスが溜まったのであろう。
それに、もしドルトイ伯爵の説得に成功したら、彼は本当に役職を得ることができる。
どの世界でも、優秀な人間は常に不足しているのだから。
「ルートバー子爵に、ドルトイ伯爵の説得を命じるとしよう。それで、もしルートバー子爵が駄目だった場合はどうするのだ?」
陛下は、なぜか俺にそのあとのことを尋ねてきた。
俺もルートバー子爵の説得が成功するとは微塵も思っていないが、他の閣僚たちに聞かなくていいのだろうか?
「駄目なら、なにをトチ狂ったのか、街道まで塞いでいますからね。ドルトイ伯爵を反逆者として討伐、捕縛するしかないのでは?」
「待て! バウマイスター辺境伯、王都から離れたドルトイ伯爵領に王国軍を送るのか? それはあまりに負担が大きいぞ」
意外にも、ドルトイ伯爵家を反逆者として討伐することにアームストロング軍務卿が反対の意見を述べた。
「いくらドルトイ伯爵が駄目伯爵でも、それなりの兵力は持っているからな。陛下の命令とあらば出兵を拒むことはないが、ちゃんとした準備をしないと負けるし、かなりの軍事費がかかるぜ」
ドルトイ伯爵が強気でいられる理由の一つがコレであった。
もし王国に対し挑発的な言動を繰り返しても、軍を動かすには多くの金がかかり、できれば避けたいという本音が王国にはあった。
ちょっと前に、魔族に関する騒動で軍事費が嵩んだばかりというのもあるのだろう。
「だが、ここで予算不足を理由に出兵を躊躇うと、ますますドルトイ伯爵が調子に乗るだろうな。交渉で条件を崩せると」
エドガー侯爵は、予算がかかっても出兵する方がいいと意見した。
「ドルトイ伯爵領が落ち着かないと、西部と南部の人と物の流れに悪影響がある。あの野郎、自分たちが整備したからって、街道を利用する通行人から通行料を取っておいてこの様だからな」
「お金なんて取ってるんですか?」
貴族が自分の領内で関税や通行料を取るのは自由だけど、それをするとかえって経済的によくないんだけど……。
でも、通行料を取っているのに、どうしてドルトイ伯爵領は貧しいままなんだ?
「バウマイスター辺境伯、ドルトイ伯爵領が困窮し始めた理由の一つには貴殿も関わっているんだぞ」
「えっ? そうなんですか?」
「実はそうなんだよ」
アームストロング軍務卿の説明によると、元々ドルトイ伯爵家はホールミア辺境伯家とブライヒレーダー辺境伯家による引き抜き合戦の余波で贅沢に暮らしていたし、ここ三百年ほども西部と南部を繋ぐ街道で通行料を取っていたから、やはり自分とその一族、 重臣たちは贅沢に暮らせていた。
「ところがこのところの騒動で、魔導飛行船が一気に増えたじゃないか」
魔族が産業廃棄物として捨てられていた古い魔導飛行船まで売ってくれたので、現在リンガイア王国では魔導飛行船の運行が急拡大していた。
「南部と西部の移動と流通でも、現在多くの魔導飛行船が活躍しているし、その運賃も大幅に下がった。 これの意味がわかるか?」
「ああ、ドルトイ伯爵家に街道の通行料を払うよりも、 魔導飛行船に乗った方が安くなったんですね」
「ああ、 あそこは自分たちが贅沢するために、ちょくちょく通行料の値上げをしていたからな。特に商品を運ぶ商人は堪ったものじゃなかった。通行料は運んでいる荷物の重さに比例して取られるからな」
それでも以前は、魔導飛行船の運賃よりも安かったから仕方なく使っていたけど、今となっては魔導飛行船で運んだ方が安くなって、街道の利用者が大幅に減っていたと。
「昔は両辺境伯家の援助、その後も街道の通行料という収入があったが、ドルトイ伯爵家の連中はそれで領地の開発をするでなく、自分たちは貴族に相応しい生活をするべきだと贅沢ばかりしていた」
せっかく収入があったのに、領地の開発にお金を回さなかったのか。
さすがにもうそろそろ困ってきたので、慌てて魔道具の入手を目指すが、残念ながらドルトイ伯爵家の予算ではもう手に入らなかった。
贅沢ばかりしていてお金を貯めていなかったのと、このところ街道の通行料収入が減り続けているので予算を増やすこともできない。
「街道を封鎖したのも、 元々魔導飛行船のせいで通行料収入が少なくなっていたからだろうな。脅しのための短期間だから、特に問題ないと思ったんだろう」
「なんか、色々と残念ですね」
「そんなわけで、ルートバー子爵に期待……しても無駄か」
結局、本当にルートバー子爵は二度目の使者に任じられたが、残念ながらドルトイ伯爵が彼の説得に応じることはなかった。
これまでと同じように、自分たちの我儘を通そうとしているだけだ。
「本当これ、どうするんだろう?」
俺はドルトイ伯爵家を改易するしかないと思っているが、それを決めるのは陛下だからなぁ……と思っていたら、それから一週間後。
俺はブランタークさんと導師、他王宮魔導師たちと共に王国軍が所有する魔導飛行船に乗って、ドルトイ伯爵領上空にいた。
「……導師、これは?」
「兄上が言うには、新しい戦の方法を試したいそうである! 遠方の大した練度もない諸侯軍を持つ貴族の領地を制圧するのに、わざわざ王国軍の通常部隊を送り込むのは無駄が多いのである! そこで、我々『飛翔』が使える魔法使いのみで領主の館を一気に急襲し、素早く戦いを終わらせるのである! 貴族やその家族を押さえてしまえば、家臣や領民たちはなにもできないのである!」
「斬新な戦法ですね……」
とは言いつつ、 特にミリタリーマニアでもなかった俺でも知っている。
これは、魔導飛行船を使った空挺作戦ってやつだな。
少数精鋭で目標のいる拠点を一時的に制圧、捕らえるか殺すかするのは海兵隊にも似ているか。
ただ今回は、パラシュートなんて洒落たものはこの世界にないので、『飛翔』が使える魔法使いだけで強襲することになっている。
だから俺も選ばれて……。
「導師、どうして俺が参加しているんですか?」
「辺境伯様、俺の分も導師に言ってやってくれ」
そして俺と同じく、王宮魔導師でもないのにドルトイ伯爵の捕縛作戦に参加させられるブランタークさん。
俺たちは、導師とトリオってわけじゃないのに……。
「ドルトイ伯爵とその家族を押さえたあとである! その場にバウマイスター辺境伯がいれば、家臣と兵たちも大人しくなるのである!」
「それ、 本当ですか?」
「なんなら、一人ぐらい魔法で酷い目に遭わせれば、彼らも静かになるのである!」
導師の発言は正しくはあるけど、人間として言ってはいけないような気がする。
「とにかく、とっとと終わらせてドルトイ伯爵家など潰すのである! 陛下の負担を軽くせねば」
導師は陛下の親友にして忠臣なので、陛下に舐めた言動を繰り返すドルトイ伯爵を一刻も早く潰したいのだろう。
「ドルトイ伯爵家なんか残ってもろくなことがないから潰してもいいんだが、 兵力の配置はどうなっているんだ? 相手は伯爵だぞ」
「無論、 かなりの数の兵士を集めているのであるが、大半が街道の封鎖に回っているのである」
「ドルトイ伯爵ってバカなんだな」
陛下に自分は本気だと見せつけるため、徴集した諸侯軍の大半を街道の封鎖に回し、屋敷の警備はかなり薄いらしい。
「王国軍は周辺の貴族たちに経費を支払い、最低限の軍勢を出してもらっているのである!」
「……ドルトイ伯爵家の諸侯軍を、街道や領地外縁部に引き寄せるためですね」
「正解なのである!」
街道を封鎖しているドルトイ伯爵家諸侯軍からしたら、領地境に他の貴族の軍勢が出現したら、その場に張り付かなければいけなくなる。
彼らも自分の主君がやっていることは百も承知だろうから、他の貴族の軍勢がドルトイ伯爵領に雪崩れ込む可能性を考えるからだ。
「四方八方の領地境に他の貴族の軍勢を確認したら、それに備えるのが当然である!」
「領地の中心部にある屋敷の警備はガラ空きになるのか。で、そこを今から俺たちが降下して強襲しに行くと?」
「ブランターク殿、正解なのである! では、ドルトイ伯爵家の領主館上空に到着したので、早速降下開始である!」
導師が説明している間に、王国軍が所有する小型魔導飛行船……戦術研究のための実験船なんだろうな……は、ドルトイ伯爵家の領主館上空に到着した。
そして、導師の合図で王宮魔導師たちと俺とブランタークさんが降下作戦を開始する。
「本当に警備がうっすいなぁ……」
ドルトイ伯爵の屋敷を警備する兵士は少ないという見立てであったが、もしかしたら彼は小心者で意外と多くの兵力で守っているかもしれない。
警戒しながら降下してみたのだが、アームストロング軍務卿と導師の予想は正しく、抵抗は皆無だった。
ドルトイ伯爵が上空からの敵襲に警戒しなかったのは、彼が魔導飛行船に縁遠かったからだと思われる。
彼が魔導飛行船を一隻も所有していないのは事前にわかっていたし。街道を有し、通行料で稼いでいる彼の敵ってのもあるのかな。
「なんだ?」
「きゃぁーーー!」
「何事だ?」
まさか、空からの敵襲があることを想定していなかったようで、屋敷にはほとんど兵士がいなかった。
使用人やメイド、一族や文官らしい家臣では対応できず、 彼らは俺たち魔法使いの姿を見るとすぐに両手を上げて降伏した。
「降伏しなければ魔法で焼き払うぞ!」
「ふん! ドルトイ伯爵家が誇る魔法使い『火炎』のロドネイとは俺のことだ!」
一人だけ、ドルトイ伯爵家が雇っている魔法使いが強気の態度を崩さなかったが、魔法使いへの賃金をケチったのだろうか?
伯爵家なのに初級の魔法使いが姿を見せるも……。
「お主が某の相手であるか! まったく骨がなかったのでちょうどよかったのである! 某は王宮筆頭魔導師……」
「降伏します!」
ただし、導師の顔を見たらすぐに降伏してしまった。
物語としては面白くないのだろうが、 初級の魔法使いが一対一で導師に対抗するなんて、自殺行為以外の何物でもない。
彼は正常な判断力を有していた。
「ドルトイ伯爵はどこである?」
「こちらです!」
それどころか、導師から雇い主であるドルトイ伯爵の居場所を尋ねられると、自ら率先して案内する始末だった。
俺は思う。
彼は世渡り上手だなって。
「ドルトイ伯爵、カリスマには不自由しているようだな」
家臣も、使用人も、メイドも、魔法使いも。
誰一人抵抗するものがおらず、ブランタークさんがドルトイ伯爵の器の小ささを指摘した。
そりゃあ、欲しい魔道具を盗ませる手伝い、被捕縛要員として貧しい領民の子供を使うくらいだからな。
ステータスがあったら、魅力の数値は低いと思われる。
「こちらです」
降伏した魔法使いから豪華な部屋に案内され、 扉を開けると太った中年男性が酒を飲んでいた。
諸侯軍を徴集して街道や領地境の警備をさせておいて、自分は屋敷で酒を飲んでいるような男だ。
そりゃあ、彼と運命を共にしようと考える者はいないか。
「導師、ドルトイ伯爵の家族を捕らえました!」
「こっちも、本命の確保が終了したのである!」
一人の若い男性魔法使いが室内に駆け込んで来て、ドルトイ伯爵の家族を捕らえたことを報告した。
「突然無礼な! この私を誰だと思っているんだ!」
どうやら頭の中身も残念なようで、 いまだ現状を理解していないドルトイ伯爵が導師を怒鳴りつけた。
ほとんど領地の外に出ることなく過ごしてきたドルトイ伯爵は、導師の顔をまったく知らなかったようだ。
そうでなければ、導師に怒鳴りつけるなんて無謀なことをするわけがない。
少なくとも俺は絶対にやらない。
だって、 どんな目に遭うかわからないし……。
「簡潔に言うのである! ドルトイ伯爵は貴族としての資質に欠け、それに加えて様々な不貞行為を働いた! とても許されることではなく、その爵位と領地を剥奪して、 教会送りにするとの陛下からの沙汰である! ドルトイ伯爵、 こうなったからには潔くするのである!」
「そんなバカな! 私は、西部と南部のバランサーであるドルトイ伯爵家の当主だぞ!」
「バランサー? 自分で勝手にそう思っていただけである! お主の聞き苦しい言い訳など聞きたくないのである! では、ドルトイ伯爵とその一族、重臣は王城へ連行するのである!」
無事にドルトイ伯爵の捕縛に成功した王宮魔導師たちは、上空に待機させていた魔導飛行船に積み込み、そのまま王城へと飛んで行ってしまった。
そして俺たちだが……。
「ドルトイ伯爵家の連中って、税収と街道の通行料で贅沢だけして、ほとんど領地の開発をしていなかったんだなぁ……」
「占領軍司令官って肩書きは立派ですけど、どうして俺たちがドルトイ伯爵領の暫定統治をしないといけないんですか?」
「それは、バウマイスター辺境伯が一番偉いからである!」
「導師も王宮筆頭魔導師だから偉いでしょうに」
「某、子爵でしかないゆえに」
「そこで爵位を持ち出します?」
「持ち出すのである! バウマイスター辺境伯、その爵位の高さに相応しい仕事をするのである!」
電光石火の空挺作戦は無事に成功したが、この方法で反逆者と見なされた貴族の領地を占領すると一つだけ弊害が発生する。
誰かが統治者不在の旧ドルトイ伯爵領を暫定的に統治しなければいけないのだが、それが降下部隊に参加した魔法使いの中で一番偉い人……つまり俺が軍政司令官を押し付けられてしまったのだ。
「よくよく考えてみたら、ドルトイ伯爵家の戦力なんて、王国軍の調査でほぼ丸裸なんだから、俺と辺境伯様が参加してもしなくても結果は同じだ。導師は、面倒な軍政司令官を押し付ける爵位が上の人間が欲しかったんだろうな」
ブランタークさんの予想は正しいだろう。
無事にドルトイ伯爵領の占領には成功したが、俺は一番面倒臭い軍政司令官を導師に押し付けられてしまうのであった。
「やっと帰れるぅーーー! 導師の作戦は見事だったけど、そのあとが最悪だった」
「ドルトイ伯爵領に隣接する領主たちに兵を出させて兵士たちの気を引かせ、守りが薄くなった領主館を上空からの王宮魔導師たちによる強襲で一気に制圧。見た目からは想像もできないアームストロング軍務卿の策だったな。事後のことまで考えた素晴らしい作戦じゃないか」
「どうして俺が、軍政司令官なんです? 導師だっているでしょうに……」
「導師は子爵で、辺境伯様よりも爵位は低いからな。導師が辺境伯様に軍政司令官職を譲ったという表向きの理由は、この作戦に参加した王宮魔導師たちにも通じる。導師はなかなかの策士だな」
「王宮筆頭魔導師も重職じゃないですか」
「それともう一つ。ただ爵位が上ってだけじゃなくて、辺境伯様は知名度も高いし、人気もあるからな。ドルトイ伯爵領の領民たちも大人しいじゃないか。普通、こうはいかないぜ。知りもしない他の貴族が、突然統治者となって心穏やかでいられる人は少ない。たとえクソでも、前の領主の方がいいって思うからな」
「その理屈はわかりますけど……」
空挺作戦が無事に成功し、我が儘放題言ってたドルトイ伯爵とその家族、重臣たちは捕らえられて王城へと連行されていった。
ドルトイ伯爵家は改易を避けられず、元ドルトイ伯爵は教会へ。
家族や重臣たちは平民に落とされる。
長年、あの立地の土地をまともに開発できなかったから、重臣たちの再仕官は難しいだろう。
ずっと領地に閉じ籠って贅沢に暮らしていたのに、空から襲ってきた俺たちのせいですべてを失う。
可哀想だが、自業自得なので仕方がない。
「じゃあ、行って来ます」
「人気者だな、辺境伯様は」
「今日までのことですからね」
俺が旧ドルトイ伯爵領の軍政司令官に任じられて一ヵ月。
毎日書類仕事……はしていなかった。
すぐに王国政府が文官たちを送り込んでくれたからだ。
旧ドルトイ伯爵領だが、このまま王国の直轄地に組み込まれると決まったのが先週のこと。
また王城では、誰が領主になるかで貴族たちによる鍔迫り合いが続いていたのだろうが、また貴族がこの領地を治めるとドルトイ伯爵家の二の舞になるかもしれないという判断から、直轄地編入が決まったものと思われる。
それはいいのだけど、旧ドルトイ伯爵領が直轄地になるまでの一ヵ月。
俺は毎日、領民たちの陳情を受け、田畑を開墾したり、用水路を掘って過ごしていた。
というか、他の仕事は一切していない。
「バウマイスター辺境伯様、ありがたやぁーーー」
「おかげ様で、次男がこの領地を出ていかずに済みます」
暫定的に旧ドルトイ伯爵領の統治を任されただけなのでこんなことをする必要はないのだけど、魔道具の窃盗団に参加していた子供たちの親が悲惨な暮らしをしていたので、これを解決しなければまたあの子たちは辛い生活を送る羽目になってしまう。
負の連鎖を断ち切るため、俺はあの子たちの実家がある村などでも開墾、治水を行い、村の周辺には広大な田畑が広がっている。
用水路を引いたので、これから稲作にも挑戦してもらうつもりだ。
さすがに王国から派遣される代官が、ドルトイ元伯爵のようなことはしないはず。
「バウマイスター辺境伯様、これで子供たちにひもじい思いをさせずに済みます。前の領主様に何度陳情しても無視され、挙句の果てに領主様に意見するなど、万死に値すると脅されてしまい。それなのに、子供たちを差し出せと言われてしまったのです。まさか盗みの手伝いをさせられていたなんて……」
「子供たちを助けてもらって感謝の言葉もありません」
子供たちの中で一番しっかりしていたレナータという少女は、なんと村長の娘だった。
村長の娘に盗みをさせるなんて、ドルトイ伯爵のクズぶりは際立っているな。
さらに、領民たちからの陳情を無視するどころか、領主様に余計なことを言うなと脅かすなんて……。
領主って、領民の陳情はちゃんと聞くのが仕事なんだけど……。
「バウマイスター辺境伯様、ありがとうございました」
無事に故郷に戻れたレナータたちも、開墾が終わった畑で楽しそうに農作業を手伝っていた。
今はまだ貧しいかもしれないが、頑張れば今年の収穫に期待できるから頑張ってほしいと思う。
「私、大きくなったらバウマイスター辺境伯様のお屋敷に働きに行きたいです」
「(嫁入り修行ってことかな?)そうか、レナータなら大歓迎さ」
「私、早く大きくなりますね」
「待ってるよ」
レナータがバウマイスター辺境伯邸で嫁入り修行を兼ねて働き、結婚のため旧ドルトイ伯爵領に戻る頃には、この土地も少しは豊かになっているだろうから、彼女も安心して子育てができるようになっていると思う。
さて、明日には代官にこの土地を引き渡さないといけないので、その前に最後のひと仕事といこうか。
「バウマイスター辺境伯様……」
前の領主様に命じられ、嫌々他の土地で盗みの手伝いをさせられていた私を救ってくれた、とても優しいお方。
捕まってしまった時、牢屋に入れられて、処刑されてしまうかもしれないと不安に陥っていたら、私たちに優しく声をかけてくれた。
美味しい食事と新しいお洋服までくれて、村が貧しいから覚えたくても覚えられなかった文字まで教えてもらって。
だから私は、大きくなったらバウマイスター辺境伯様のお嫁さんになりたいです。
そのためにも、バウルブルクのお屋敷で働けるように頑張ろうと思います。




