第37話 ドーナン準男爵領とヴェンデリン(その4)
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「(仮題)異世界で死にかけた少年と入れ替わった独身アラフィフサラリーマン、スキルが『絶対無敵ロボ アポロンカイザー』だった」
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「イレーネ様、オラたちはもうルペン騎士爵領では暮らせません」
「ボルク様がまたどこかで借金を作ってきたそうで、ついに税率が九割になったんです」
「いや、九割って暮らせないでしょう。 ルペン卿ってバカなの?」
「ボルク様をとても可愛がっていて、だから彼がどんなに借金を重ねても、必ず穴埋めをしてしまうんです……」
「それって自分で穴埋めしてるんじゃなくて、ルペン騎士爵領の税収で穴埋めしているだけじゃん。農地をあるし食料もあるから、ドーナン準男爵領で暮らせばいいんじゃないかな?」
「「「「「「「「「「ありがとうございます」」」」」」」」」」
俺がドーナン準男爵領にある円形山を掘削し始めて一週間。
ついに円形山の大半がその姿を消した。
さらに、平地となった円形山の跡地を魔法で開墾して大量の畑を作り、用水路も掘り、完成した畑に肥料を梳き込んで、そのあとに蕎麦、稗、粟などの雑穀や、簡単に作れる野菜の種を植えていく。
種まきや雑草刈り取りはドーナン準男爵領の領民たちがやってるが、余っている土地も多いので、こちらは新しく移住者を募る予定……だったんだけど、なんとイレーネさんの実家であるルペン騎士爵領から、多数の領民たちがイレーネさんを頼って逃げ込んで来た。
イレーネさんが彼らの話を聞くと、彼女の兄ボルクがまた借金を作ってきて、その返済のためにまた税が上がったそうだ。
しかし税率九割って……。
普通に生きていけないと思うんだが、ルペン卿の頭の中は大丈夫なのか?
「父も母も、跡取りである兄さんのためならなんでもしますから」
「歪んだ愛情だな」
ルペン卿もその妻も、本当に息子への愛情があるんだったら、これ以上借金をしないように彼を強く叱り、二度とそんなことができないようにするのが普通なのに……。
ただ息子が作ってくる借金を肩代わりすることだけしかしないから、ついに負担に耐えかねた領民たちは逃げ出してしまった。
傍から見たらバカな話だけど、親の子への愛情ってこんなものかもしれない。
「イレーネ様、税率が九割なんて生活できません」
「どうかお助けください」
「土地が余ってるから、移住してもらえばいいんじゃないかな?」
「父と兄がこのことを知ったら、どう出るか心配です」
「仕返しの危険があるのか……」
ルペン卿とその妻は、跡取りのボルクのためならなんでもやる。
そしてボルクは、自分が贅沢をするためなら、自制という言葉が脳味噌から消えてしまう男だ。
兵を連れて領民たちを取り戻しに……。
「ルペン騎士領の領民たちの大半が逃げ出しているから、引き連れる兵がいないかも」
「ただ兄は、ブライヒブルクなどで素性の悪い人たちとつき合っていますから……」
貴族のドラ息子が反社な方々と付き合い、そしていざとなると彼らが動員される。
領民を兵隊として出すと紛争になってしまうから、他の領地に住む反社な連中を使うというわけか。
しかしまぁボルクは、とても貴族の跡取りとは思えないな。
「どちらにしてもこれは、しばらく監視が必要だな」
ローデリヒにも相談して、彼らがドーナン準男爵領でなにかやらかさないか、よく見張る必要がある。
「とはいえ、今日はまだ大丈夫そうだな」
今日の作業終わったが、まだ日が高いのでレクターと遊んであげよう。
あの子を見ていると、フリードリヒたちと重なってしまうというか。
それにレクターはいい子だからな。
「レクター、こうやって思いっきり回すんだ」
「こうですか? すごい、ずっと回ってる! ヴェル小父さん、 この玩具はなんという名前なのですか?」
「独楽だよ。ここからはるか北にある、ミズホ公爵領の特産品なんだ。こういうものもある」
「飛んだ!」
レクターは、俺が回した独楽と、飛ばした竹とんぼに夢中だった。
いくら幼くして当主を継いだとはいえ、彼はまだ子供だ。
今はこうやって、 普通の子供と同じように遊んでいた方がいいに決まっているのだから。
「いつもレクターと遊んでもらって感謝の言葉しかありません。レクターも、バウマイスター辺境伯様にこんなに懐いてしまって」
「子供はいいですよね。心が洗われます」
ただこんな、可愛らしい子供と母親が懸命に領民たちの暮らしを良くしようとしているドーナン準男爵領にちょっかいを出す大人たちには感心できないな。
俺は別に正義の味方というわけではないが、イレーネさんとレクターを知ってしまった以上、最後まで手を貸そうではないか。
「この役立たずが! 領民たちの大半が逃げ出して、兵を集められないってどういうことなんだよ?」
「すみません!」
「っ、たく。こうなったら、ブライヒブルクにいる俺の愚連隊たちを全員呼ばないと駄目だな。あと、少し作戦を変えるぞ」
「作戦をですか?」
「お前の甥を攫って人質にするんだよ。領民たちに反抗されたら困るじゃないか。うちの愚連隊は脅しに使うものであって、実際に戦わせて怪我人や死者が出たら経費が嵩むじゃねえか」
しかし、ボルクの奴は使えないな。
ルペン騎士爵領の領民も兵隊にして数を増やそうとしたら、 バカな父親と母親が領民たちを逃散させていたなんて。
親子して、どれだけ無能な貴族なんだよ。
俺様から借りた借金を返せないで、こんなことに協力しているボルクはもっとバカだけどな。
「まあいい。作戦を変更するぞ。まずはお前一人でドーナン準男爵領に行き、お前の甥を人質に取って領地から脱出しろ。俺様たちはドーナン準男爵領の外に潜んでいるから、合流してお前の妹を脅せばいいのさ」
「俺が一人でレクターを攫うんですか? もし失敗したら……」
「この程度のことで失敗するようなら、お前はもう用済みだよ。借金を返さなくていいさ。その代わり、ブライヒブルク郊外の森にバラバラにして埋めてやる。ルペン騎士爵家が跡取りが見つからないと騒いだところで、死体はブライヒレーダー辺境伯領内にあるから手は出せないし、俺様たちが捕まることもない。さあどうする?」
借金して遊ぶことしか能がない、お前に残された最後のチャンスだ。
「まさか断りはしないよな?」
「……わかりました。やります」
「それでいいんだ」
当主のガキを人質にすれば、田舎領地の農民たちは俺様たちに従うしかない。
ルペン騎士爵領もドーナン準男爵領も統治体制は変わらず、俺様たちが自由に金を引っ張り出せるという寸法だ。
そしてこの手法を小領主混合領域中に広げ、俺様は力を蓄える。
「もしや将来は、ダットー様がブライヒレーダー辺境伯領の実権を握るのですか?」
「実権? それは違うな」
統治なんて面倒な仕事は叔父貴たちに任せ、俺は裏社会の王としてヘルムート王国南部に君臨するのさ。
「俺様の親父を認知せず、お袋を早死にさせた人でなしの貴族になるもんかい。俺様は裏から、貴族たちを搾取してやる」
そのための第一歩だ。
ボルク、しくじるんじゃないぞ。
俺様はお前に最後のチャンスをくれてやったんだから。
「という話があるんだが、これはもうブライヒレーダー辺境伯に報告したほうがいいかもしれないな」
「ええ。お館様からの話を聞く限り、もしこの話が他の貴族たちに漏れたらブライヒレーダー辺境伯家は大苦境に陥ります。寄子であるルペン騎士爵家とドーナン準男爵家が揉めて、双方が領民たちを兵として集め、紛争になるのはまだマシです。紛争と思われないために、ルペン騎士爵家の跡取りがブライヒブルクで懇意にしているチンピラたちを戦力として動員し、ドーナン準男爵家に要求を飲ませた。こんなやり方が通用するのなら、これを真似する貴族が出てきて、ヘルムート王国中が大混乱に陥ってしまいます。チンピラや、マフィアの構成員、愚連隊のような連中でも、正式に兵隊として集めるのはギリギリセーフですけど、密かにそんなことをしようとするのは駄目です。なにが怖いって、実はブライヒレーダー辺境伯家が意図的にそれを実行したと疑われることです。同じ方法で、今度は自分の家に仕掛けてくるかもしれない、と他の貴族たちは戦々恐々となるでしょうしね」
「紛争じゃなくて、非正規戦闘の類になり、貴族たちもこれに対応するとなると大変だからな」
「これまでは、陛下からの命令なのでブライヒレーダー辺境伯には内緒にしていましたが、さすがにこれはブライヒレーダー辺境伯に報告して止めてもらわないと」
「そうするしかないか。ローデリヒ、万が一のことがあると困るから俺は一旦ドーナン準男爵領に戻る。ブライヒレーダー辺境伯には明日にでも報告するよ」
再びローデリヒに状況を伝えたあと、俺は『瞬間移動』でドーナン準男爵領に戻った。
「今夜の夕食はなにかな? イレーネさんの料理は上手だから……」
「バウマイスター辺境伯様! 大変です! レクター様が!」
ドーナン準男爵領に戻った途端、血相を変えた執事のキーナンが駆け寄ってきた。
「なにかあったのか?」
「イレーネ様の兄であるボルクが、レクター様を人質に取ったんです」
「なんだって? しかしどうしてそんなことを許してしまったんだ?」
「それが……、ボルクは一人でこの領地にやって来て、イレーネ様に大切なお話があると……」
ボルクが重要な話があると言ってやって来たのと、一人でやってきたのでみんな油断してしまい、そのせいでレクターを人質に取られてしまったのか……。
「ボルクが一人で? いや、それはあり得ないな」
たった一人でやって来て、無事にレクターを人質に取ったとしても、一人でドーナン準男爵領から脱出できる可能性はかなり低い。
なにしろボルクは、特に武芸に長けているわけでもないのだから。
「となると……(外に味方が入るな。それも複数)」
ボルクは、ドーナン準男爵領の外にいるであろう味方、それもそれなりの人数と連携して人質作戦を実行しているはずだ。
そしてその味方とは、奴がブライヒブルクから連れてきたチンピラたちだろう。
「……まずはレクターを救出する」
先に外のチンピラたちを制圧してもいいんだが、もしその事実がボルクに知られると、孤立してやけになった奴が人質となったレクターに害を成すかもしれない。
それなら先に、外に頼もしい味方がいると思って気が大きいボルクを無力化する方が効率的だ。
「キーナン、外にボルクとグルになっている連中が待機しているはずだ。手を出す必要はないが、領民たちを集めておいてくれないか」
「畏まりました」
外のチンピラ軍団がどれくらいの人数いるか知らないが、領民たちを集めておけば、彼らを見て動きが止まるはずだ。
そこを俺の魔法で一網打尽にすればいい。
それよりもまずは、ボルクだ。
屋敷に向かうと、そこでは冴えない容姿で目が濁った青年がレクターを抱え込み、その首筋にナイフを突きつけていた。
イレーネさんも家臣たちも、レクターになにかあると困るのでボルクに手を出せないようだ。
「お前がボルクか?」
「そうだ! 俺がルペン騎士爵家の跡取りにして、これからドーナン準男爵領を預かる予定のボルク様だ。お前がイレーネに雇われた魔法使いだな?」
「そうだ」
今の俺は、在野の魔法使いヴェンデリンという設定だ。
そして残念なことに、間抜けなボルクは俺の正体にまったく気が付いていなかった。
妹が領主代理を務めるドーナン準男爵領のことなのだから、まともな頭をしていたら密偵を送り込んで常に最新の情報を集めているはず。
その時点でドーナン準男爵領に入り込んだ俺の正体に気がついていたら、ボルクは破滅せずに済んだのにな。
「しばらく見ないうちに円形山の大半がなくなり、随分と畑が広がったじゃないか。ご苦労だったな、魔法使い。これからは俺の命令に従うんだ」
貴族としてのボルクは無能で、貴族特有の傲慢さだけは一人前だった。
奴は俺を平民だと思っているから、自分の言うことを聞いて当然だと思っているのだ。
「俺はイレーネさんに雇われている身なのでね。あんたの言うことを聞く理由がないな」
「平民のくせに生意気な!」
言うと思ったし、こんな奴が貴族の跡取りだなんて、実は神様というのはかなり手を抜いているのかもしれないな。
「イレーネ! その魔法使いに、俺の言うことを聞くように命令しろ! そうしなければ、レクターを殺すぞ」
「……」
ボルクの命令を聞き、イレーネさんは悔しそうに歯を食いしばっていた。
領主代理としてはそんな命令を聞くわけにいかないが、もし言うことを聞かなければ可愛い一人息子が傷つけられてしまうかもしれない。
どうしたらいいのか、彼女は今葛藤しているのだと思う。
「早くその魔法使いに命令するんだ!」
「イレーネさん、そんなことをする必要はないですよ」
「平民! 差し出口を挟むな! お前のせいで、レクターが殺されてもいいのか?」
ボルクは、レクターの首筋にナイフを近づけた。
「お前って、ビックリするくらいバカなんだな。ドーナン準男爵家の当主に傷なんてつけたら、お前は確実に廃嫡されるんだぞ。万が一にも殺してしまったら、お前は確実に処刑されるし、ドーナン準男爵家はルペン騎士爵家に復讐するぞ」
たかが跡取りの分際で、ドーナン準男爵家の当主であるレクターに手を出すなんて。
本当にこいつはバカなんだ。
もしドーナン準男爵家が王国に訴え出たら、確実にボルクは廃嫡され処刑される。
ルペン騎士爵家の存続も怪しいな。
「うっ! うるさい! 俺の血筋を考えたら、ドーナン準男爵領もルペン騎士爵領も、すべて俺のものに決まっている!」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
今日初めて話をしたが、イレーネさんとは違ってボルクが残念な奴であることが改めて確認できた。
これ以上奴の愚にもつかない妄想話を聞いてもしょうがないので、とっとと終わらせることにしよう。
「死にたくなかったら、素直にレクターを離すんだな」
「死ぬ? この俺が? 平民、いくらお前が魔法使いても、こうやって人質さえ取ってしまえば手が出せないだろう」
「そうでもないぞ。自分の手をよく確認してみたたどうだ?」
「手だと? なっ、なんじゃこりゃーーー! 俺の腕がぁーーー!」
やはりボルクは気がついていなかったようだな。
話をしている間に、俺が奴の右腕とナイフを完全に凍らせてしまったことを。
ようやく自分の腕が凍りついていることに気がついたボルクは、大きな悲鳴をあげた。
このまま治療しなければ、ボルクは確実に右腕を失ってしまう。
それを考えたら、絶叫せずにはいられなかったのだろう。
「お前の片腕が使えなくなったところで、お前以外の誰も困らないだろう。むしろ喜ばれるんじゃないのか?」
「貴様ぁーーー!」
「あああと。 残った腕の心配をした方がいいぞ」
「もう片方の腕? あれ? なんともない……」
ボルクがレクターを抱き抱えている左腕の様子を確認したが、特に異常はなかった。
それもそのはずで、俺はなにもしていないのだから。
俺がこんな嘘をついた目的は、ボルクの関心を自分の腕に向けさせるためだった。
その間に俺は、魔法で身体機能を強化し、高速で奴に接近。
レクターをボルクから一瞬で奪い取り、すぐに距離を置いた。
「レクター、怪我はないか」
「はい」
人質に取られていたのに、レクターは泣きもせず大人しくしていた。
こういう時に泣き喚くと、犯人を刺激してかえって危険なのを理解しているかのようにだ。
レクターは、きっと強く賢い子に育つだろう。
「ヴェル小父さん、凄かったです。もの凄く速くてビックリしました」
「今回の場合、俺が速いというよりも、ボルクが遅くて間抜けなだけなんだけど」
何度も言うが、ボルクは武芸に長けているわけではない。
それなのに右腕が凍りついて使えず、もう人質を抱きかかえていないのだ。
このあとどうなるかなんて、容易に想像がつく。
「取り押さえろ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
「痛い! こら! 貴族である俺を殴れば死刑だぞ!」
「知るか! 誘拐犯の分際で!」
「大人しくなるまで殴り続けろ!」
「死ね! ボケ! イレーネ様を心配させやがって!」
「レクター様にもとんでもないことをしやがって! 食らえ!」
「死ななきゃいい! どんどんやれ!」
「やめろぉーーー!」
たとえボルクが貴族の跡取りでイレーネさんの兄でも、ドーナン準男爵領の人たちが配慮する必要などなく、家臣と領民たちにボコボコに殴られながら取り押さえられた。
「クソッ! 離せ! もし俺になにかあったら、ダットー様が黙っていないぞ!」
「ダットー? その名前には聞き覚えが……ブライヒレーダー辺境伯の隠された甥か!」
ボルクがブライヒブルクで素性のよくない連中と遊び回っているという情報は掴んでいたから、奴がドーナン準男爵家の領民たちを脅すため、ブライヒブルクのチンピラたちを集めている可能性が高いとは予想していた。
だが、まさか。
いくら同じく懇意にしているとはいえ、ブライヒレーダー辺境伯の甥が、ボルクと組んでチンピラたちを集めていたとは……。
「(なに考えているんだ? ブライヒレーダー辺境伯は。いくら甥でも、甘やかしすぎだろ!)」
ルペン騎士爵家の跡取りが、ドーナン準男爵領の実権を奪い取ろうとするのに、両家の寄親であるブライヒレーダー辺境伯家の人間が手を貸した。
片方の寄子に一方的に肩入れをしたと、世間から誤解されてしまうのに……。
「(ブライヒレーダー辺境伯は、この事実を把握してないんだろうな)まったく、お前たちは余計な仕事を増やしやがって! そいつは縛って牢屋にでも入れておいてくれ。キーナンが領民たちを集めているから、外に隠れているチンピラ軍団たちを威圧するぞ」
「わかりました」
急ぎ領民たちを集めていたキーナンと合流し、農器具で武装した領民たちと共にボルクに吐かせた場所へと向かうと、そこには数十名の、いかにも反社組織に所属してそうな連中が隠れていた。
前世で
「いつまで隠れているつもりだ?」
「なっ! ったく、ボルクのクソは本当に役に立たないな!」
「その点についてだけは同意してやる。お前が、ブライヒレーダー辺境伯の甥ダットーだな」
チンピラ軍団を率いるダットーは、とてもブライヒレーダー辺境伯家の一族には見えなかった。
まったく貴族にも見えず、正直ヤクザにしか見えない。
年齢は俺よりも少し年上か?
顔の造りをよく見ると、なんとなくブライヒレーダー辺境伯に似ている気がする。
「そうだ! 俺様がブライヒレーダー辺境伯の甥ダットーだ! どうやらお前は魔法使いのようだが、 俺様に逆らうとどうなるかわかっているよな? 今すぐボルクを解放し、このドーナン準男爵領の領主代理を妹から奴に変えろ」
「そんなことできるわけないだろうが。そもそも寄親の一族の人間が、片方の寄子だけに肩入れし、もう片方の寄子に無理強いを迫るなんて非常識にも程があるだろうに。叔父さんに迷惑がかかるから、今すぐこの場から立ち去るんだな」
「てめぇ! この俺様を誰だと思ってる? ブライヒレーダー辺境伯の甥ダットーだぞ! 叔父貴に言いつけて、お前を処罰してやる!」
「はははははっ! こいつは傑作だ! ブライヒレーダー辺境伯家一族なんだから、貴族の一員として静かに暮らしていればいいものを。いかにもな格好しているからそれなりに覚悟があるのかと思えば……。どうやらお前はどうしようもないクズらしいな」
「なんだと! 叔父貴に言いつけて、お前を処刑してやる!」
「俺を処刑する? 自分でやればいいじゃないか。せっかく強そうなお仲間たちを連れて来ているんだ。俺を殺せと命令すれば済むだけの話だろう? もし平民の魔法使いである俺を殺しても、叔父さんに言えばもみ消してくれるんじゃないのか?」
「ううっ……」
万が一の可能性も考えて誘導してみたが、やはりダットーは独断で動いているようだな。
それはいいとして、俺はこの男の言動が滑稽で堪らなかった。
「お前の情報を俺が知らないと思ったのか? 確かに生まれについては同情するが、せっかくブライヒレーダー辺境伯家に引き取られたんだ。その幸運を噛みしめて普通に暮らせばいいものを。自分を捨てたブライヒレーダー辺境伯家への復讐だか知らないが、チンピラ連中とつるんで悪さをし、それを憎んでいるはずのブライヒレーダー辺境伯にもみ消してもらって、アウトローを気取る。お前のような存在はギャグでしかないぞ」
「お前ぇーーー! 平民のくせにぃーーー!」
「その発言もおかしいな。お前はブライヒレーダー辺境伯家なんて大嫌いで、その一員だと思われたくないからそんな格好をして、自分と同じような境遇の仲間を集めて悪さをしている。それなのにいざとなると、『叔父貴に言いつける』だもんな。そんな格好していても、本当に見かけ倒しなんだな。で、こっちはお前たち以上の兵がいるわけだが、そっちは見た感じ怖そうで強そうだから、敵が多くても余裕だと思っているのかな?」
「……」
キーナンが優秀で素早く多くの領民たちを集めてくれたので、数はダットーたちの倍を超えている。
それに、ブライヒブルクのチンピラ連中なんて実はそれほど強くない。
勿論もの凄く強い奴もいるが、実は大半がそれほど強いわけではないのだ。
この手の連中はいちいちケンカをしていたら生傷が絶えないので、だからカタギが怖がるような格好をし、刺青を入れて相手を威嚇している。
むしろ毎日農作業をしている農民たちの方が、よほど体が鍛えられていて強いはずだ。
有事には諸侯軍を編成するので、定期的に訓練をしているはずだしな。
一方、ブライヒブルクのチンピラたちは最初から諸侯軍の兵としてカウントされていないし、見た目で一般人を脅して強く見せているだけだから、冒険者に勝てない奴が多い。
この手のアウトローな連中の中で、あまり実績をあげられなかった元冒険者が幅を利かせている時点で、彼らの強さはお察しだろう。
勿論親分になるような人は頭がよくて強いが、大半のチンピラはただのダメ人間でしかないのだから。
「このままなにも成果を得ずに逃げ帰ったら、 さぞやブライヒブルクの同業者たちからバカにされるだろうな」
ダットーがアウトローを気取っていられるのは、実は叔父であるブライヒレーダー辺境伯のおかげだ。
ブライヒブルクの本当に実力があるアウトローたちからしたら、もしこいつに手を出して、ブライヒレーダー辺境伯が出てきたら堪らない。
だから生温かい目で見ているはずで、ダットーは余計に調子に乗っているのだろう。
「結局、お前がアウトローゴッコをやっていられるのは、お前が一員になりたくないと思っている貴族のおかげなんだよ。だから俺はお前を笑ったんだ」
こういうダブルスタンダードというか、言動が矛盾している人間を正しく人間だと思ってしまうのだけど、実際に関わると迷惑でしかないな。
「で、どうする? 叔父さんに泣いて縋るか? 『ドーナン準男爵家を脅かしてみかじめ料を取ろうとしたら、平民の魔法使いに邪魔されたから懲らしめてください』って。叔父さんが願いを叶えてくれるといいな」
「ぶっ殺せ!」
「それでいいんだよ」
挑発し続けたら、ダットーがキレてくれて助かった。
向こうが先に手を出してくれた方が、後処理がいろいろと楽になるからだ。
ダットーに命令されたチンピラたちが、剣、槍、斧などを掲げて俺に突進してくる。
「矢を放っている奴もいるのか。狙いが甘いけどな」
冒険者崩れもいるらしく、俺に向かって数本の矢が飛んでくるが、残念ながら狙いが甘い。
なにもしなくても当たらないが、後ろにいる領民たちに当たると、明日からの農作業に支障が出てしまう。
板状の『魔法障壁』を展開して、すべて弾き返した。
さらに、彼らの移動先を予想しながら、そこに『エリアスタン』を仕掛ける。
「卑怯だぞ!」
「どこに潜んでいたお前らが卑怯って言うなよ。笑えるじゃないか」
チンピラたちの講義を無視し、彼らを次々と『エリアスタン』で麻痺させていく。
運よく『エリアスタン』の範囲外にいた数名は、『電撃』を飛ばして麻痺させ、一分と経たずに彼らは一人残らず動けなくなった。
あとは、ダットー一人だけだ。
「さて、 残るはお前一人だが、降伏するか?」
「ふざけるな! 平民の分際で、ブライヒレーダー辺境伯の甥である俺様の仲間をこんなふうにしやがって! 必ず叔父貴に頼んで罰してもらうからな!」
「それは不可能じゃないかな?」
「不可能なものか! だいだいさっきから、平民のくせに生意気なんだよ!」
「(そういえばこいつ、どうして俺の正体がわからないんだろう?)」
ブライヒレーダー辺境伯とのつき合いも長いんだが、俺はローデリヒから話を聞くまでダットーを知らなかったし、こいつも俺の顔を知らない。
どうやらブライヒレーダー辺境伯は、よほどこいつの存在を隠しておきたかったようだな。
実際、彼のことを知る他の貴族は少ないのだから。
「お前は俺を平民の魔法使いだと思っているようだが、残念ながらそれは違うぞ」
「なにが違うってんだ!」
「お前はバカだからストレートに教えるが、ちょっと色々と都合があって、俺は流れの魔法使いとしてドーナン準男爵領で仕事をしていたんだ。俺の本名は、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターという。一応辺境伯で、お前の叔父さんと爵位は同じだぞ」
「嘘をつけ! お前があの竜殺しのバウマイスター辺境伯だと? くだらない嘘をつきやがって! 俺様は知っているぞ。貴族を詐称することは犯罪だ! 叔父貴に言いつけてやる!」
「お前はいい年をした大人のくせに、なにか都合があるとすぐ叔父さんに言いつけるんだな」
二十歳を過ぎて、アウトローな服装と態度をしている奴が言うセリフではないと思うんだが……。
「俺様を侮辱すると許さないぞ!」
「許すのも許さないのもお前の勝手だが、残念ながら俺の話を理解してくれなかったか。お前が認めようが認めまいが、俺がバウマイスター辺境伯である事実に違いはないし、そんな俺とドーナン準男爵領に徒党を組んで攻め入ろうとした事実に変わりはない。お前こそたかが当主の甥の分際で、当主二人、領主代理にこんなことをしたんだ。これからどのように処分されても、お前に文句を言う資格なんてない。そこで寝転がっている連中もだ」
「俺様をどうするつもりだ?」
「安心しろ。殺しはしないさ。お前なんて殺しても気分が気分が悪くなるだけで、一セントも得にはならないからな」
「……」
と、説明したら、ダットーはなにか勘違いをしたようで一人笑顔を浮かべていた。
どうやら同じ貴族だから、あとで俺が奴を解放すると勘違いしているようだが、こいつらを放置するとまた同じことをやりかねない。
ドーナン準男爵領に二度と来れないようにするに決まっているだろうが。
「(お前たちを殺さないのは事実だが、必ずしもそれが幸せだという保証はないんだけどな)じゃあ、ちょっと知り合いの所に行くから、その前にお前も拘束させてもらう」
ダットーも容赦なく麻痺させてしまい、そのあと領民たちに武器や持ち物を没収させ、縄で縛った。
「バウマイスター辺境伯様、彼らをどうするんです?」
「知り合いで面倒を見てくれるところがあってね。ただ一度そこに入れられてしまうと、多分もう二度とダットーたちは娑婆に出られないだろう。衣食住は保証されているから、しっかりと働けばいいさ」
「なんとなく、彼らがどこに連れて行かれるのか理解できました。二度とイレーネ様とレクター様にちょっかいを出されたくないので、私もお手伝いします」
「じゃあ、何度かに分けて『瞬間移動』で運ぶから、リアカーに荷台に載せるのを手伝ってくれ」
キーナンや領民たちが、ダットーたちから武器と持ち物を取り上げ、魔法の袋から取り出したリアカーに載せてくれた。
彼らから没収した武器と持ち物は、ドーナン準男爵家に納めさせてもらう。
法的にいうと戦利品の扱いになり、これは紛争ではないという意見もあると思うが、ダットーたちを法的に定義すると、集団強盗や野盗の類になってしまう。
この世界では、捕まった泥棒が全財産を没収されても文句を言えないところが、領内で泥棒を捕まえた貴族の正統な権利だったりした。
「じゃあ、『瞬間移動』で」
俺とキーナンたちでリアカーを引き、何往復もしてダットーたちを目的地に運ぶと、俺の知り合いは彼を喜んで受け入れてくれた。
まあ二度と娑婆出られないと思うが、こいつらが一般社会で活動すると、なんの罪もない普通の人たちが迷惑を被るので、一生そこで懸命に働けばいいと思う。
「さてと。あとは、ブライヒレーダー辺境伯に報告に行くかな」
捕らえたダットー一味を預けたのは、北部にある有名な水銀鉱山であった。
地球では徐々に使われなくなってきたけど、水銀は魔法道具の製造によく使われるので需要が高い。
同時に水銀の有毒性も有名であり、リンガイア大陸では命を賭けてでも大金を稼ぎたい者と、犯罪者が掘るものとされていた。
「ドーナン準男爵領への迷惑料だ。あいつらの給金は、すべてドーナン準男爵領に送ってもらうように手配した」
「バウマイスター辺境伯様……」
「惨いが、そのくらいやらないと、奴らは俺がいなくなった時を狙って復讐してくるかもしれない。それにだ……」
「それになんですか?」
知己の水銀鉱山の持ち主に一緒にダットーたちを預けに行ったキーナンは、俺の回答の聞きたくて仕方がないようだ。
「今回の事件は、ルペン騎士爵家とドーナン準男爵家の紛争という扱いにするにしても、ダットーたちの存在が知られると色々と不都合があるから、紛争の捕虜じゃなくて、紛争に紛れてダットー準男爵領を襲った強盗団で、だから犯罪者として水銀鉱山に預け、奴らの賃金をドーナン準男爵家への賠償金にした方がいいと思ったからだ」
だから、ボコボコにして牢屋に入れているボルクは水銀鉱山に預けていない。
なぜなら彼は、このあとルペン騎士爵家との裁定で利用する予定だからだ。
「バウマイスター辺境伯様、申し訳ありません」
「まさか、イレーネさんとレクターにやらせるわけにいかないからさ。この事件の後処理が終われば、きっとドーナン準男爵領は平和になるはずだ」
その前に、ブライヒレーダー辺境伯にもこの件を報告しないといけないが、もし彼がまた仏心を出してダットーを庇うと困るので、先に水銀鉱山に送らせてもらったけど。
「実は水銀鉱山で働く犯罪者たちも、内部でアウトローな組織を作り、それを仕切る親分が何人かいるって話だ」
水銀鉱山側も、その方が犯罪者たちを管理するのが楽なので、それを容認していると聞いていた。
「もしダットーに力があれば、水銀鉱山で犯罪者たちを従えるような存在になれるはずだ。あいつはそういうのが好きそうだからな。殺さずに希望の場所に送り込んでやったんだ。感謝してほしいくらいだ」
その水銀鉱山には、叔父さんはいないけどな。




