第百五十九話 三年後、バウマイスター辺境伯暗殺計画。
「父上、瞑想が終わりました」
「みんな、終わったのかな?」
「はい」
「じゃあ、今日は他の事をしてみようか」
魔族の襲来から三年、バウマイスター辺境伯領は今日も活気に満ち溢れていた。
いまだ政府間の交渉は纏まっていない。
ある意味凄いと思うが、現実はお上の取り決めを超えている。
リンガイア大陸中に、魔族の国でゴミ扱いされた古い魔道具が修理されて大量に流入し、それらを用いて開発が進んだ結果、ヘルムート王国、アーカート神聖帝国ともに開発ラッシュが続いていた。
格安とはいえ魔道具だ。
魔族の国からしたら、粗大ゴミや捨て値で売られていた古い魔道具がそこそこの金になるのだ。
目端の利く魔族達が、中古魔道具の販売益で多くの富を得た。
移動距離のせいもあって苦労している者は多いが、成功するために苦労を厭わない若者が多くの利益を得ている。
いまだ三か国との間で貨幣レートすら決まっていないが、金、白金、宝石、その他金になる魔物の素材、鉱物などとの交換で取引しているので問題なかった。
この中途半端な状況に文句を言う者も多いが、そういう連中に限って裏で交渉に圧力をかけている。
三か国の政府も、武器や奴隷の密輸入などがなければ黙認というスタンスなのだ。
そうやって入ってきた魔道具……自分の市場を奪われる事に過剰に敏感な魔道具ギルドに配慮し、魔道具ギルドでは作れない物しか輸入できない秘密の取り決めになっていた……は、今や両国中に普及していた。
いまだリンガイア大陸の魔道具ギルドが作れない車両、重機に似た魔道具が開墾や道路工事、建設で大いに活躍し、魔族の国ではもはやほとんど使われていなかった帆船型の魔導飛行船も沢山飛び回って流通、交通網が強化された。
バウマイスター辺境伯領でも、魔王様の会社から購入した魔道具のおかげで急速に開発が進んでいる。
併合した南方の島々やアキツシマ島の開発の順調であり、領内中をライラさんから購入した中小の魔導飛行船が飛び交っていた。
王国と帝国も、大型魔導飛行船の数を大幅に増やしている。
すべて魔族の国から私貿易で輸入したものだ。
武器はついていないし、旧式の魔導飛行船では魔族の国の警備隊が保有する新型魔導飛行船に歯が立たない。
輸送目的のみであるし、大半は死蔵されたり、粗大ゴミとして放置されていた船だ。
目敏い魔族だけが儲かり、一般の魔族は大量の粗大ゴミが消えてよかったという認識だと魔王様が言っていた。
そんな状況なので、俺達は魔王様とライラさんから定期的に魔道具を購入し、それを領内の開発に投入して成果を出していた。
俺達魔法使いも魔法で開発に協力し、たまに冒険者としても活動している。
そんな日々の中でまたもエリーゼ達が子供を産み、俺は最初に生まれたフリードリヒ達が三歳になったので魔法を教えるようになっていた。
フリードリヒ、アンナ、エルザ、カイエン、フローラ、イレーネ、ヒルデ、ラウラの八人だ。
ただまだ子供なので、本当に基礎的なものだけだ。
毎日の瞑想を教え、今日はちょっとした遊びを考えている。
みんなまだ子供なので、楽しく鍛錬してくれればいいのだ。
「みんな、好きなのを選んでくれ」
「うわぁ、魔導飛行船だぁ」
それは、俺がバウルブルクの玩具屋に依頼した魔導飛行船の玩具であった。
魔法の鍛錬に参加している八人分をみんなに見せ、好きなものを選ぶように言う。
「私、これ」
「僕はこれ」
「これかなぁ?」
みんなそれぞれに玩具を選んでから、俺はその使い方を教えた。
「これは軽めに作ってある模型なんだ。こうやって『念力』で動かす」
フリードリヒが選んだ玩具を借り、俺はまるでドローンにように魔法で動かした。
本物の魔導飛行船のように動かしたり、上空で宙返りさせたり、スピードも早めたり、緩めたり、進路上にある木の幹や枝をターンさせたり、要するにこの玩具を自在に動かすのが訓練というわけだ。
「「「「「「「「父上、凄い!」」」」」」」」
「毎日ちゃんと練習すれば、このくらい余裕さ。そのうち、コースを作ってレースをしようか?」
「よーーーし! 優勝するぞ」
「私が優勝する」
「私よ!」
「僕が優勝するんだ!」
フリードリヒ達は、早速玩具を魔法で飛ばし始めた。
「あれ? 落ちちゃった」
「おかしいなぁ?」
「カイエン、フローラ、意外と難しいだろう?」
カタリーナの息子カイエンと、カチヤの娘ヒルデはいきなり玩具を落下させてしまった。
実はこの玩具には特別な仕掛けがあり、揚力を均等に纏わせないとすぐに落下してしまうようにしたのだ。
「フリードリヒ達は魔力が多い。でも、それだけでは魔法はちゃんと使えないぞ。今からちゃんと魔力のコントロールをしっかりと身につけるように」
「そうすれば、父上のようになれる?」
「なれるぞ」
フリードリヒ達は、今の時点で俺が師匠に出会う前くらいの魔力があったから才能はあるはずだ。
毎日瞑想はさせる事にして、今は無理な魔力量の増加よりもコントロールの方を重視しようと思う。
未熟な子供だと、時に魔法が暴発してしまう危険があるからだ。
焦らず、ゆっくりと魔法を覚えていけばいい。
「がんばります」
「浮いた!」
フリードリヒ達は、楽しそうに玩具の魔導飛行船を浮かせて楽しんでいた。
「よしよし」
「あら? 随分と熱心なのね。お館様。ローデリヒさんが待っているわよ」
あとは世話役と護衛に任せて他の用事をこなそうとしたら、アマーリエ義姉さん迎えに来た。
「アマーリエ義姉さんから、お館様って呼ばれるのは慣れないなぁ……」
「それはしょうがないわね。私はもう奥さんと同じような扱いだから」
いまだアマーリエ義姉さんは侍女長のような扱いであったが、去年女の子を産んだので家臣達は俺の奥さん達と同じ扱いをするようになった。
表向きの身分なんて、バウマイスター辺境伯家の家臣はあまり気にしない。
彼女が俺の娘を産んだという事実が大切なのだ。
現在、ロジーナと名付けた娘は元気に成長している。
「それで、ローデリヒはなんと?」
「お話がありますって」
「また説教だぁ……」
俺は貴族としてちゃんとやっているはずだ。
確かに、たまにエル、ブランタークさん、導師と勝手に抜け出して魔の森に狩りに行ったり。
『貴族が面会? 俺はフリードリヒ達に魔法を教えるのが忙しいんだ!』と断ったり。
ローデリヒが厳選した書類へのサインをなかなかしなかったりするけど、それで何か悪影響があったわけではない。
「書類はちゃんと見ないと駄目だと思うわ」
「そこには、聞くも涙、語るも涙の事情があるのですよ」
「そうなの?」
「ええ……」
勿論、ただ面倒だからだけど。
「アマーリエ様、お館様の嘘に騙されないでください」
「嘘じゃないよ」
痺れを切らしたのか?
俺を呼んでいたローデリヒが姿を現した。
「俺は忙しいから、順番に仕事をこなしているだけなんだ。ローデリヒが明日までにサインが欲しいという書類があったとしますよね?」
「ええ」
「実は、一週間くらい大丈夫です」
「そうなの?」
お仕事が完璧なローデリヒは、俺が遅れて書類にサインしても問題ないようにしてあるのだ。
「さすがに一週間は駄目です! せめて三~四日ですよ!」
と言っておいて、実はそこにまだ余裕が存在する。
小説家が締め切りを指定され間に合わなかったが、そこにはまだ第二・第三の締め切りがあるのと同じ事だ。
「というわけなので」
「書類を見てサインするくらい、期日内にしてください。お館様にも多くの子が生まれ、ますますバウマイスター辺境伯家の当主として精進していただかなければ……」
「一杯生まれたものね」
確かに、今のバウマイスター辺境伯家は究極のベビーブームに沸いていた。
この三年で、エリーゼはマルテという娘を、イーナはラルスという息子を、ルイーゼもオーラフという息子を、ヴィルマはフーベルトという息子を、カタリーナはイェルクという息子を、テレーゼはディルクという息子を、カチヤはエーゴンという息子を、リサもニクラスという息子を産んだ。
新たに嫁にしたアグネスはマリーアという娘と、シンディはヴァネサという娘を、ベッティはヘラという娘を。
アキツシマ組の涼子は涼介という息子を、雪は文子という娘を、唯は久通という息子を産んでいる。
今度は、エリーゼとアマーリエ義姉以外が息子を産んでくれたので、ローデリヒはバウマイスター辺境伯家の分家を創設できると喜んだ。
そして、娘しかいない貴族家から跡取り婿にくれと大勢から懇願され、俺は泣いた。
俺の子は、セリで落とされる子牛じゃないてのに……。
『もっと、御子を!』
しかも、ローデリヒは俺の気持ちを一切斟酌してくれないのだ。
エルもそうだが、自分も父親だというのに。
『エルヴィンや拙者の子達と、お館様の御子は立場が違いますので』
他にも、エルとハルカの間に娘サオリが、この名前はミズホ風にしたのだという。
レーアもグンターという息子を、アンナはモーニカという娘を産んでおり、エルも四人の子持ちとなっていた。
ローデリヒも既に二人の息子と一人の娘の父親であり、他の家臣にも次々と子供が生まれてる。
あまりに子供が多いため、女性陣はみんな大忙しであった。
効率よく面倒を見るためにバウマイスター辺境伯家の子供と主だった家臣の子供が集められ、妻達が分担して面倒を見ている。
家臣の親族で未婚の娘も、ほぼ強制で子供達の面倒を見させられた。
将来嫁入りして子供を産んだ時の練習という理由だ。
ただ、魔力があるのはうちの子供達だけなので、魔法の特訓は別メニューとなっていた。
基礎的な教育は、個々にやると面倒なのでみんな集めて学校のようにしている。
多少は競争した方が習得も早いであろう。
先生役は、教養のある年寄りを王都の貴族の紹介で呼び寄せている。
とにかく今のバウマイスター辺境伯家は、色々と大騒ぎであった。
「だから、ちゃんとやっているじゃないか。魔王様との私貿易を最初に始めたのは俺だよ」
魔族との私貿易でも、俺が最初に手を出した。
魔王様と縁を結べたし、これはいいコネになると思う。
何しろ、今の魔王様は大きな会社の会長様だからな。
うちに色々と売ったり教えたお金で順調に会社を拡大。
今は、ヘルムート王家、バウマイスター辺境伯家、ブライヒレーダー辺境伯家、ブロワ辺境伯家と取引をおこなう貿易会社として有名になっていた。
魔族の中には『庶民を弾圧した王家の末裔が、再び独裁を目論んでいる。そのために、我らの貴重な資産や技術を売り渡した!』と騒ぐ者もいたが、世論はさほど批判的ではない。
つまるところ、最初に売り渡した中古魔道具の大半は元粗大ゴミ、残りも捨て値で売られていたのに誰も買わなかったような古い品だ。
魔導飛行船に至っては、処理費用を払うのが嫌だからと勝手に捨てられていて、地元の住民が迷惑していたようなものもある。
片づけるにも費用がかかるからだ。
それらが一斉に片付いたので、文句を言う人もいなかったのだ。
今も放置区画に捨てられた魔道具や魔導飛行船を拾い、法律で使用禁止になった魔道具を買い取り、それを修理して販売している。
輸入は、魔族の国では手に入らない魔物の素材、それらを用いた衣服、装飾品などがメインであった。
新品の魔道具、食料品などには手を出していない。
これはお上の交渉内容に被るからだ。
ライラさんは、今の時点で魔族の国の政府に逆らおうと考えるほどバカではない。
もし再び王族が国を支配するにしても、それは大分未来のはず。
今の魔王様の存命中は不可能だと思っていた。
なので、今は力を蓄えているだけだ。
それに、魔王様の会社は失業していた若い魔族を大量に雇用し、そこで知り合って結婚し、子供が産まれた者も多い。
この前、モール達も子供が生まれたと手紙が来た。
新聞記者でライラさんと同じくいまだ独身のルミが、魔王様の会社を記事に書いたそうだ。
『この少子高齢化社会で、珍しく出生率に期待が持てる会社』という内容で、積極的に若者を雇用し、社員同士で結婚して子供を産む者が多いと好意的な記事になっていた。
世論の反応もいいようで、一部を除けば評価は悪くなかった。
それに、古い魔道具と技術をリンガイア大陸の人間に売って儲ける魔族など、今では珍しくなかった。
いくら政府間の交渉が纏まらなくても、勝手に動く者は人間に魔族にも多かったというわけだ。
みんな、お上の逆鱗に触れないよう、ギリギリの線を探って新しい商売を色々と考え、独自に儲けている。
それを権力で止めるのは、実は結構難しかったりする。
武器や違法な薬物を輸出入されたら困るが、わざわざそんなものを取り扱わなくても儲かるから、滅多にいない。
いても、魔族の治安組織は優秀なのですぐに捕まってしまうと、ルミが俺たちに教えてくれた。
「今日は、魔王様とライラ殿がいらっしゃっています」
「あれ? 俺は迎えに行っていないけどな」
人間と魔族の交流において一番の障害は、両国の距離にあった。
自前で魔導飛行船を準備するか、個人で魔法を用いて過酷な航海をするか。
魔族は訓練すればすぐに『飛翔』や『高速飛翔』を覚えられたが、『瞬間移動』は幻の魔法扱いらしい。
魔王様との貿易も、連絡を受けると俺がわざわざ魔法で迎えに行っていたのだから。
「何でも、新しい船を購入したそうで」
「景気いいんだな」
「ですね」
待たせるのもなんだと思って執務室へと向かうと、そこには魔王様とライラさんがいた。
ライラさんはこの三年でまったく変わっていなかったが、魔王様は今年で十三歳。
前世で何度か会った事がある、親戚の女子中学生くらいまでには成長していた。
将来はかなりの美少女になるはずだ。
ただ、残念ながら胸は……年相応だな。
ルイーゼよりは大きいはず。
「バウマイスター辺境伯、春休みなので遊びに来たぞ」
「船に乗ってですか?」
「そうよ、新型の魔導飛行船を会社の経費で購入したのだ。交易量が増えると、そう毎回バウマイスター辺境伯の魔法に頼ってばかりいられないからな」
「魔族は自分で魔晶石に魔力を篭められますので古い魔導飛行船でもよかったのですが、法律で古い船を使うのには制限があるのです」
「古い船や魔道具の使用が禁止されているのに、私貿易は黙認って……」
「法律に記載がないのですよ。ですから、魔族は自由にこっちで商売していますね」
魔族の国の法律では、国内で古い魔導飛行船を使用するには特別な許可がいる。
だが、国外で使う分には違法ではない。
というか、想定していないので記載がないのだ。
さらに、国内でも放棄区画や未開発地域は使用禁止の範囲に入っていない。
古い魔導飛行船は危険で墜落でもしたら大変、だから使用期限がすぎた船は新しい船を購入しなさいという法律なのだが、国外や放置区画で古い船を使って墜落しても自己責任という理由らしい。
そこで、人間との商売を目論む魔族は放棄区画に簡易な港を作り、そこから船を飛ばした。
これなら、処罰のしようがないというわけだ。
「さらに言うと、うちのように新型船を購入すればまったく問題ない。うちは魔王が経営する会社として注目を浴びているからな。古い船を使うと、批判して足を引っ張る輩がいるかもしれない。そこで新造船を購入したわけだ」
「節税目的でもあります」
ライラさんは、そっと一言付け加えた。
魔族の国でも、税金の問題は色々と切実らしい。
「新型って、警備隊で装備しているような船ですか?」
「あれは軍艦だからな。民間人は買えぬぞ」
「あえて形状は変えておりません。素材も木製の部分が多いですね。警備艇の外殻素材は軍事機密ですから、民間人は船に使用できないのです。どうせ買えませんし。あとは、旧式船に比べると燃費とスピードが段違いですね」
「燃費がいいのはいいなぁ……」
実は古い船でも、古代魔法文明時代の発掘船より燃費はいいのだけど。
「ところで、そちらの国の大企業は、交易に手を出さないのかな?」
「今のところは出せないのです。交渉の途中なので」
これだけ私貿易が活発になると、魔族の国で大きな力を持つ大企業が手を出してきそうな気がするのだが、ライラさんによるといまだに参加していないそうだ。
「どうしてですか?」
「私貿易にも暗黙のルールがありますから」
大企業が量産している魔道具などは、国内では機密保持に問題がある。
国外では、魔道具ギルドの反発で王国、帝国共にいまだ交渉が纏まっていない。
よって、手が出せない状況だそうだ。
「大きな会社ゆえに、違法とは言えないまでもグレーゾーンには手を出しにくいわけです」
「陛下の会社は? 大分規模が大きくなったと聞いたけど」
「大きくはなりましたが、大手魔道具メーカー、魔導飛行船造船メーカー、有名な大規模農業法人などに比べたらまだまだです。あとは、今の政権が彼らの動きを掣肘しているのです。早く人間との交易に参加したいと不満タラタラでしょうけど」
「政府が掣肘している?」
「我々の国で一番の魔道具メーカーのトップが失言したのです。『重要部品のみ国内で作って、あとは人間の国に大工場を作ればコストが削減できるな』と」
「労働組合を敵にまわしたのか?」
「よく労働組合をご存じですね」
知っているさ。
前世の会社にもあったよ。
給料から決して安くない組合費を引かれていたが、投票の要請ばかりされて何の役にも立ちませんでした。
出世したい奴が組合活動に参加して、うるさい連中を押さえて会社の言いなりになってしまったからね。
みんな、労働組合なんてあっても残業なんて減りませんよ!
「お館様、労働組合とは?」
「わかりやすく言うと、工房の職人が組織を作って、団体で親方に待遇改善を要求する運動だな」
「団体なのが肝なのですか。使用人もたまに要求をする事がありますからね」
封建社会だからといって、決して労働争議がないわけではない。
あまりに待遇が酷いと使用人全員で貴族に要求を出したり、元から雇用保険や年金などないのだ。
嫌なら逃げてしまうという選択肢もあった。
「こっちの方が人件費も安い。工場をこっちに移せば儲かるわけだ」
技術漏えい対策として、重要部品をブラックボックス化してこちらでは組立だけをやるという手がある。
重要部品以外で外注できる部品があれば、もっとコストが安くなるであろう。
その代わり、ゾヌターク共和国内で重要部品を作る従業員以外はリストラだろうな。
人間と取引を開始したら、経営者ばかり儲かって魔族の国では失業者が増えた。
なんて事になりかねない。
「当然、労組が大反発しています。『新しく商売を始めた者達は雇用を増やしているのに、大企業はこれだ!』という反発です」
こういう問題は、日本でもあったからな。
魔族の国も日本に似ているから、こういう問題が発生する可能性が高いわけだ。
「それは、交渉も纏まりませんね。どうせ、こっちも条件を飲めませんけど」
もしそんな大工場ができたら、両国の魔道具ギルドは没落決定であろう。
当然反発するので、また交渉が纏まらないわけだ。
「これで三年もか。よくやるよ」
王国は交渉が纏まらなくてもそう影響はないが、魔族の国は大変そうだ。
「民権党は役立たずという批判が大きくなりました」
民主主義国家で、貿易交渉が三年も纏まらないと色々と批判されそうのは容易に想像できた。
「来年の選挙では、与党からの転落は確実と言われています」
「そうなんだ」
国権党が政権を奪還したら、交渉は纏まるのであろうか?
今よりはマシになるのかな?
「そちらの情報は定期的に確認するのを忘れないようにするけど、今はどうにもできないな」
俺は既に交渉団の一員ではなくなっていた。
今は、自分の領地にだけ責任を負えばいいのだ。
「魔導ポンプ、魔導船、魔導飛行船、車両、重機。全部、放置区画に捨てられていたものですが、修理してちゃんと動くようになりました」
「全部買うよ。そちらは?」
「特に、インコの羽毛がほしいですね。今、インコの羽毛の布団やマクラが流行していまして……」
羽毛があれば、魔族の国のメーカーに製造を委託する事もできる。
だから、インコの羽毛を売ってほしいとライラさんが頼んできた。
「在庫が結構あるから、そちらの希望に添えると思います」
「沢山討伐しているのですね」
「俺じゃないけど」
いつか俺を倒すと言っている宋義智と、前は俺の子を産みたいと言っていたDQN三人娘は、他の元兵士や武将であった冒険者を率い、大量の魔物を狩っていた。
特にインコの羽毛がよく売れるので、彼らは島に豪邸を構えて住んでいた。
さらに、DQN三人娘は今妊娠しているそうだ。
宋義智は、今何気に成功していた。
ここまで成功してしまうと、もうあの領民が少ない島には戻らないような気がする。
「羽毛はいくらでも購入させていただきます。布団とマクラは常時品切れ状態なので困っていたのですよ」
領地の開発も魔族との交易も順調であり、バウマイスター辺境伯領の開発を促進していた。
魔王様も、企業のオーナーとして魔族社会で認知されつつある。
お上同士の交渉がまったく進まなかった三年で大きく様変わりしたものだ。
「あっ、魔王様だ!」
「久しいな、魔王様」
「ルルとフジコか。冬休み以来だな」
商談も終わったので、魔王様は屋敷にいるルルと藤子に会いに行った。
種族差を乗り越え、子供組同士でとても仲良くなっていたのだ。
魔王様は長期休暇になると、商談とバウマイスター辺境伯領に滞在している魔族社員への激励と視察を兼ねて遊びに来るようになっていた。
『これも、余が真の魔王となるべく他国への視察と遠征も兼ねておる』
遠征してバウマイスター辺境伯領を占領するわけではないが、魔王様は領地の代わりに販路を増やそうと努力しているので遠征と変わらないという。
武力を用いない平和な遠征というわけだ。
「魔王様、お土産は?」
「買ってきたぞ、ルル。見るがいい。高級菓子店『エスポワール』のエクセレントシュークリームだ」
「美味しそう」
「そういうお菓子は魔族の圧勝だな。バウルブルクも王都に匹敵するレベルまで上がってきたが、それよりも上に感じる」
俺の嫁候補として屋敷に滞在しているルルと藤子は、この三年で相当舌が肥えてしまった。
魔王様の持参したシュークリームに目を輝かせている。
こういう高級品の品質では、魔族の方が圧倒的に上であった。
問題なのは、これを購入できる層が段々と減っている事らしいが。
魔族の社会では、格差が広がっているというわけだ。
リンガイア大陸も、格差という面では相当なものだけど。
「確かに、これは美味しそうだ」
「であろう? バウマイスター辺境伯。高額なので普段は買わないがな。こういう時ならば、これはお得意様に対するお土産。交際費、接待費で落とせるからな」
「細かいですね」
「我々は予定よりも大分早く大きくなってしまったからだ。魔王様が経費流用なんて不祥事があれば足を引っ張られる」
「政治家でもないのにですか?」
政治家なら賄賂、公金流用とかがあれば問題になるが、魔王様は公人ではないからな。
そこまで気にする必要はないと思うのだが……。
「今は公人ではないが、将来は公人という立場になるかもしれない。油断せぬよう、今から気をつけておるのだ」
女子中学生の年齢なのに、魔王様は随分としっかりしていた。
魔王様が公人になる?
将来、政治家の道を志すのか?
それなら気をつける理由がわかるような気がするな。
「それも、長い学生期間が終わってからだがな。次の王を産むという大変な仕事もあるからな」
女子中学生くらいの子が恋愛にあこがれず、出産を仕事と割りきるのは凄いな。
これから好きな人ができたら、普通に恋愛くらいはするのであろうが。
「同級生に気になる男子はいないのですか?」
「みんな子供だからな」
魔王としての力を取り戻すため、学業の傍ら大人と一緒に会社経営をしている魔王様から見たら、同じ学校の同級生は子供にしか見えないようだ。
魔王様は年上好きになる可能性が高い。
「さあ、持参したお土産を一緒に食べようではないか。沢山買ってあるから、みんな遠慮するなよ」
魔王様はみんなにシュークリームを振る舞い、暫くバウマイスター辺境伯領に滞在する事になった。
ところがちょうどその頃、水面下ではとんでもない陰謀が謀られようとしていたのであった。
「だから言ったであろうが! バウマイスター辺境伯こそが元凶なのだと!」
「あの男、しれっと魔族と取引などしおって!」
「ええい! 我々の魔道具の売り上げが一向に増えぬではないか! これも、バウマイスター辺境伯が!」
みんな、それぞれに不満を口にしているが、その対象はバウマイスター辺境伯が大半であった。
私がそういう風に誘導しているのだから当然だ。
長期政権を担った会長の死により、いまだに混乱している魔道具ギルド。
彼らは、魔族から大量の魔道具を購入したバウマイスター辺境伯を恨んでいた。
人は都合のいい事実しか見ない。
確かにバウマイスター辺境伯は最初に魔道具の輸入を始めたが、今では多少目端の利く貴族や商人ならみんな取引している。
いまだ政府間の交易交渉が纏まっていないので、自然と私貿易が普及したのだ。
王国と帝国だって、政府がダミー商会を通じて取引をしている。
暗黙の了解として、魔道具ギルドが製造しているもの、武器や奴隷の類の取引は禁止している。
地方の貧しい貴族が不良魔族と手を組んでそういう事に手を出す案件もあったが、大半が見つかって改易されてしまった。
王国と帝国は程度の低い貴族を間引きでき、直轄地も増えて万々歳か?
そんな貧しい飛び地のような領地、王国も統治しているだけで負担なので、じきに褒美名目で誰か別の貴族に下賜するのであろうが。
おっと話が反れたな。
魔道具ギルドは会長の葬儀後、散々に揉めて今の会長が就任している。
元は理事に名を連ねていた人物で、組織管理能力には優れていた。
だが、自身の派閥はさほど大きくない。
多数派工作で、他派に色々と妥協した結果の会長就任なので力がないのだ。
本人は魔道具職人出身だが、腕はさほどでもないし、とっくに職人としては引退している。
そのため、今、王国中に流れ込んでいる魔族製魔道具への対応すらできていなかった。
勿論、魔族製魔道具の購入と分解、解析はおこなわせている。
そんな事は、帝国の魔道具ギルドも、北方の技術国ミズホの魔道具職人共同組合もおこなっているのだ。
唯一の違いは、王国の魔道具ギルドは何の成果も出ていない点であろうか?
昔から、バウマイスター辺境伯から発掘魔道具を景気よく買い込んで解析を続けているが、碌な成果を出せていない。
私としては、魔道具ギルドの技術部門には何か致命的な欠陥があるようにしか見えないのだが、それを連中に言っても仕方があるまい。
『貧すれば鈍する』とはよく言ったものだ。
技術進歩の停滞と市場を奪われる危機感から政府間の交易交渉を妨害し、王国を怒らせている。
王国政府が直接魔道具ギルドを罰しないのは、その資金力と影響力が大きすぎるのと、ただ潰しても後釜の組織がないからだ。
だから、王太子殿下がダミー商会を使って私貿易をしているのだ。
陛下でなく、殿下がおこなっているというところが肝というわけだ。
それに、王国としてもこのまま魔道具の市場を魔族に奪われるのをよしとしていない。
今は魔族との技術格差が大きく、生産力も大幅に劣っている。
それは認め、交易する魔道具の種類と量を制限しつつ、関税をかける事も視野に入れ、自国の魔道具産業を守りながら成長を促進させる。
これを達成すべく王国政府は懸命に努力しているのに、肝心の魔道具ギルドは魔族製魔道具の断固輸入阻止という考えを崩していない。
とっくに、私貿易で大量の魔道具が輸入されているがな。
その走りとなったバウマイスター辺境伯を、新会長とその取り巻きは憎んでいる。
今までは、彼が苦労して入手した発掘魔道具を購入していた癖に、恩知らずもいいところだ。
そのバウマイスター辺境伯が購入する魔道具の種類に制限をかけ、この指針を王国、帝国、他の貴族達も真似ている。
だから、魔道具ギルドの売り上げは落ちていない。
第一、お前らには作れないものばかりじゃないか。
それなのに、バウマイスター辺境伯を憎むとは、やはり八十すぎの偏屈ジジイを新会長にしたツケだな。
会長が死んだ時、次は自分の出番だと思ったのであろうが、とんだ老害というわけだ。
もっとも、そんな愚か者だから利用できる。
他の連中も似たり寄ったりだ。
バウマイスター辺境伯の躍進の恩恵を受けられず、見当違いの恨みを抱いている貴族。
魔族と取引をして騙され、そこからバウマイスター辺境伯憎しとなった者。
なぜそうなるのか理解できないが、彼が魔族と取引して利益を出しているのが憎い、いや、自分が無能だと思われるのが嫌なのだろうな。
バウマイスター辺境伯は、魔族と取引をする売国奴だと思わずにいられないわけだ。
見渡すと痛々しい連中ばかりであるが、利用しやすい点はいい。
それに、どうせ私も同類だ。
私は、ただ息子を魔族の国の豚箱にぶち込んでおきながら王国に評価されるバウマイスター辺境伯が憎い。
確かに、私の息子はデキがあまりよくない。
だからといって、可愛い跡取り息子をああいう目に遭わされて何とも思わない親などいないはずだ。
他の乗組員達を救うため、あえてうちの息子が豚箱に入ったという噂まで広げやがって!
私の息子だぞ!
そんな殊勝な考えをするはずがない!
そんな事は、親である私が一番理解している!
バウマイスター辺境伯が、周囲からの批判をかわそうと考えた姑息な策でしかないのはお見通しだ。
今、この私がバウマイスター辺境伯暗殺を目論む。
リスクばかりで何の益もないであろう。
歴史あるプラッテ伯爵家が改易される危険性が大きい。
だが、私とて感情のある生き物なのだ。
家を潰す危険を冒してでも、感情がバウマイスター辺境伯に復讐せよと告げるのだ。
もっとも、ちゃんと処罰されないように策は講じているがな。
ここに集まっている愚か者達に罪を被せてしまえばいい。
暗殺の資金は魔道具ギルドと、バウマイスター辺境伯が憎い貴族達が出す。
今日の秘密の会合も、私はここにいない事になっている。
あとは暗殺をおこなう手駒だが、これもバレにくいところに頼む予定だ。
バウマイスター辺境伯は凄腕の魔法使いだ。
その辺の魔法使いなら返り討ちであろうし、依頼した事がすぐにバレてしまう。
帝国の魔法使いもなしだ。
バウマイスター辺境伯は、帝国の皇帝とも仲がいいからな。
となると、あとはおのずと選択肢が限られてくる。
「ところで、魔族にバウマイスター辺境伯の暗殺を依頼するとして、プラッテ伯爵にツテはあるのですか?」
「ある」
バウマイスター辺境伯と犬猿の仲と目されている私だが、それでも一応空軍閥の重鎮だ。
いまだ交渉が続くテラハレス諸島で魔族と会うくらいの権限はある。
実際に既に何度か行っているし、知己となった魔族の政治家もいた。
あの連中、民権党か。
口先だけで政権を獲ったらしいが、できが悪いのが多い。
成果がなくて焦っているのが多く、他にも碌な事を考えていない政治家も多かった。
政治家になる前は胡散臭い反政府活動に従事していた者もいるとか。
ならば、こいつに仲介してもらえばいいのだ。
魔族の暗殺者を。
もし事実が露呈しても、相手は魔族で他国の人間だ。
王国も強く追及などできまい。
「交渉は私がおこなう」
「任せたぞ、プラッテ伯爵」
魔道具ギルドの会長が、凄腕の暗殺者なら大金を提供すると言った。
そんな金があったら研究費を増やせばいいような気もするが、所詮は他人だ。
私が金を出さずに済むのは幸運だと思い、急ぎテラハレス諸島へと飛んだ。
「今日も交渉は纏まりませんね。まあ、どうでもいいのですが」
現地で、一人の議員と会合を開いた。
表向きは意見交換というやつだ。
三か国の政治家達は、今ではそれなりに個別会合などを開く事が多くなった。
だが同時に、民権党とやらの魔族政治家の資質について疑問を感じるようになっている。
口ではいい事をいうが、実務能力に欠けているというか……新聞という庶民に情報を伝達する紙を書く連中にいい顔をしようとしてばかりいて、あまり個別会合に意味がないような気がするのだ。
その懸念は当たっており、今では新聞の記事のために大物貴族と個別会合を開く政治家が増えた。
元々交渉団に入っていなかったのに、魔族の国で成果が出せない、次の選挙とやらで当選が危なさそうな奴が、ただ大物貴族と会合しようとやって来るようになった。
そこを懇意の新聞記者に取材させて新聞に書かせる。
自分はとても交渉を頑張っているのだと、魔族の庶民にアピールするようになっていた。
勿論、優秀な政治家もいる。
だが駄目な政治家の方が多く、完全に埋没してしまっているようだ。
同行している官僚達も上が駄目なので、完全にお手上げ状態だ。
間違いなく、彼らが実務者協議をした方がマシなのはわかるが、それはできないらしい。
王国で交渉団のトップを務めるユーバシャール外務卿は、新聞の記事で目立つのと、有権者にアピールするための個別交渉の申し込みで、完全に疲れ切っていた。
帝国の担当責任者も同じようだ。
『彼らは、王国の交渉団のトップである私と交渉した事実だけがほしいのだ。来年の選挙とやらに向け、有権者にアピールするのが狙いだから』
三年も進まない交渉のせいで、彼の目の下には濃い隈が目立つようになった。
元々それほどタフな人物ではない。
肉体的にはともかく、精神的には限界に近いのであろう。
そんな中で、もう一種類の政治家を探すのは簡単だ。
交渉団にも入れてもらえず、長々と国を開けているのに問題にもなっていない政治家。
運よく一回議員になったが、次は当選できるとは考えていない。
アピールに必死な議員よりは現実が見えているのであろう。
議員をやっている間に、次の人生に向けた蓄財やコネ作り、名前を売るのに必死な連中。
この中から候補を探せばいいのだ。
少し情報を集めれば、おのずとそういう政治家が見えてくる。
それにしても民主主義か。
連中は、それを実践している自分達をえらく優れた存在だと思っているようだが、三年も付き合っていると裏が見えてくる。
『政治システムに優劣はなく、ただそれを担う人物の資質で結果が左右されやすい』
この点に関してだけは、バウマイスター辺境伯の意見に賛成だ。
あたりをつけた議員と人気のない場所で会合を開くと、随分とやる気のない発言が聞けた。
どうせこいつが頑張っても、むしろ状況が悪化するだけ。
ならば、やる気がない方がいいわけか。
「実は、極秘裏にあなたのお知り合いにお願いしたい事がありまして」
「ほう、お願いですか」
私は、この議員は支持母体に暴力行為を厭わない市民団体が存在しているのだという情報を入手していた。
時には、マフィア紛いの犯罪行為にも手を染めていると。
普通の政治家は、そういう連中との付き合いは隠れておこなうのだが、堂々とそんな連中の支持で当選していますと言えてしまうのが、民主主義の凄さかもしれない。
今は、仕事の話に集中するか。
「聞けば、色々と行動的な方がいるとか?」
「いますが、彼らと誰を遊ばせるのですか?」
やる気のなかった議員の表情が変わった。
遊びとは、彼らが使う隠語だそうだ。
遊んだ相手が死んでしまう隠語らしいが。
最初は使命に燃えて反政府活動に身を染めるが、いくら懸命に活動しても未来が見えて来ない。
そんな中で、マフィア紛いの犯罪行為に手を染める者がいる。
彼らは政府の監視を逃れながら、己を鍛え続ける。
魔族は全員が優秀な魔法使いだから、素手でも大きな戦闘力を持つに至り、時に殺人に手を染める者もいた。
今は大人しい者が多い魔族とはいえ、この手の犯罪行為がゼロというわけでもないからだ。
「それで、誰と遊ばせるのですか?」
「バウマイスター辺境伯だ」
「……よろしいでしょう。遊戯代金は高めですが」
「本当にいいのか?」
少し躊躇したようにも見えるが、こちらの用件を受け入れたか。
バウマイスター辺境伯を殺せる魔族の当てがあるのであろう。
遊戯代金とは、連中の中で通用する暗殺に必要な費用の隠語というわけだ。
「お支払いは、いかなる方法で?」
「金塊でも宝石でも、好きな方を選んでほしい」
いまだ、貨幣の交換ルートすら定まっていないからな。
私貿易でもそうだが、支払いは貴金属か宝石、物々交換で済ませていた。
こんな報酬を公にできないので、税金も払わず秘匿するのにも向いているか。
「よろしいでしょう。早速指示を出しておきます」
いい儲け話だと、議員は口の端を緩めた。
こんなクソが政治家とはな。
魔族は技術は進んでいても、人を見る目は進歩していないのであろう。
私も人の事は言えないが。
「不思議な事がありますな」
「何がですか?」
「よく遊戯を受け入れたと思いまして」
バウマイスター辺境伯は、私貿易というグレーゾーンながらも正式な交易交渉が纏まるまでの代理案を世間に示した人物だ。
魔族の国では若者の雇用が増えたと聞くが、その功労者であるバウマイスター辺境伯の暗殺をよく受け入れたものだ。
依頼した私が言う事ではないと思うが。
「我々も一枚岩ではありませんから」
「それは、今の政府がという事ですかな?」
「政府もそうですが、民権党が元々寄り合い所帯なのですよ」
民権党発足の理由は、国権党独裁政治の打破にあった。
そのため、極右から極左まで参加する寄り合い所帯なのだそうだ。
「比較的左寄りでリベラルと思っている人もいますね。ですが、そんな事はありません。ただ反国権党で纏まった政党なのです」
「それでよく政権を運営できますな」
「できていませんよ。来年には破綻する事が確定している組織です」
だから、この議員はその地位を生かした最後の荒稼ぎというわけか。
そんな民権党の議員は、こちらの予想以上に多いようだが。
「主流である左派の本音は、バウマイスター辺境伯が嫌いです」
「魔王か?」
「ええ、碌でもないものを復活させてくれたと」
復活?
公人になったわけではない。
ただ、私貿易で大きな商会を立ち上げて成功しただけのように思えるが。
「今、その魔王への民衆の人気が高まっております。民権党政権の支持率が下がり続けるのと比例してね」
魔王の会社は一から立ち上げたに等しいため、多くの若者を雇用した。
しかも好待遇で。
社員同士で結婚する者も多く、彼らの育児に会社も手を貸しているという。
「民衆は思うじゃないですか。民権党の雇用対策は、この用事が済めば壊される施設の建設と、期間限定で若者を雇用して失業率の数字を一時的に抑えるだけの税金の無駄遣い。もう一方の魔王は、若者をちゃんと雇用している。不人気な政府は魔王が気に入らない。このままだと、封建制度が復活すると騒いでいるバカがいる。しかも、政府中枢の奴らがです。民衆で本気にする奴はほとんどいませんがね。今さら、どうやって魔王が即位するっていうのです?」
今思ったのだが、この議員はバカなフリをして実はかなり頭は回る人物のようだ。
若い頃は革命に奔走し、ようやく夢かなって政権の一員になったが、何も変わらぬどころか悪化する現状に絶望した。
もう政治などゴメンで、今は金が優先というわけだ。
そう思うと、こいつも被害者なのか?
「そんなわけでして、その魔王を世に出したバウマイスター辺境伯は憎まれています」
元はゴミとはいえ、魔道具の流出を技術漏えいだと騒ぐ魔族がいると聞く。
そんな連中からすれば、魔王とその一味は売国奴で、バウマイスター辺境伯はその協力者というわけか。
「これはオフレコに願いますが、バウマイスター辺境伯の遊戯については、腕のいい者は用意しますが、我々の組織とは真逆の連中に頼む事になるでしょうね」
つまり、世間では国権党に近いとされている右寄りの組織に頼むわけか。
そうしておけば、バウマイスター辺境伯の暗殺を国権党の仕業だと民衆に思わせる事ができる。
政治家というのは、どの国にも碌な奴がいないな。
私もその一員だが。
「なるほど、了承した」
決められた代金を金塊と宝石で支払うと、その議員は暗殺者に渡りをつけるべく本国へと戻っていった。
これで賽は投げられた。
あとは、無事にバウマイスター辺境伯に死が与えられる事だけを神に祈ろう。
あとの事など言った事か!
私の息子を豚箱にぶち込んだ報いを受けさせてやる!
「バウマイスター辺境伯を暗殺? いいだろう」
王国貴族から大金でバウマイスター辺境伯の暗殺依頼を受けた俺は、彼を殺せる実力ある魔法使いの選定に入った。
俺が無理に情報を集めなくても、政府上層部が色々と骨を折ってくれたが。
支持率が下がり続け藁にも縋る思いの連中からすれば、バウマイスター辺境伯の暗殺は蜘蛛の糸に見えたのであろう。
これを極右組織にやらせれば、それを口実に野党国権党を叩ける。
そうしなければ、次の選挙で再び国権党に政権を奪われるのは必至だからだ。
連中、権力中枢の座り心地は随分といいようだな。
そんなわけで、俺は暗殺者と顔を合せた。
「『世界征服同盟』のオットー・ハインツと申します」
俺も人の事は言えない極左組織の出だが、こいつも大概だな。
よく恥ずかしげもなく、そんな名前を組織につけられたものだ。
逆にいうと、そんなバカだから使い捨てにはちょうどいいわけだ。
こいつは、一部国権党議員達と繋がりが深い。
もしバウマイスター辺境伯暗殺後に身元がバレても……むしろバレた方が好都合だな……国権党を叩くいい材料になるはずだ。
「依頼はただ一つ。バウマイスター辺境伯の死のみ」
「家族や家臣は?」
「奴一人が死ねばいい。他人を巻き込もうと巻き込むまいと貴殿の自由だ。バウマイスター辺境伯が死ねばいいのだ」
大金をくれた依頼者だからな。
その願いはよく聞かないと。
魔族でも人間でも、お金ってものは大切だからな。
「私一人では無理ですな」
「方法は問わないそうだ。バウマイスター辺境伯が死ねばいい」
「では、仲間達と共に依頼をおこないましょう。我らの国から技術と富を盗み出していくバウマイスター辺境伯を討つ!」
また随分と凄いのを見つけてきたな。
このくらいの方が、民権党の関与を疑われなくていいか。
こいつら、『世界征服同盟』などという怪しげな政治団体を運営しているが、所属している人員は十名ほど。
デモをおこなっても数十名の動員が関の山だ。
そんな木っ端政治団体からすれば、もし憎っくきバウマイスター辺境伯の暗殺に成功すれば名が売れる。
報酬を活動資金にもできるから、この話は渡りに船だったのであろう。
「早速、私貿易をおこなう商会のフリをしてバウマイスター辺境伯に近づきます」
「方法は任せる。これが前金だ」
金塊をオットーの痩せすぎの手に渡すと、彼はその重さに驚いていた。
無職で貧乏な若者には縁がない重さの金塊だからな。
「では。任せる」
「お任せを」
あとは、オットーに任せればいい。
実をいうと俺は、依頼が成功しようとしまいとどちらでも構わないのだから。
これでひと稼ぎできたと、俺はほくほくの顔でその場をあとにするのであった。
「おおっ、壮観だな。魔族にもこれだけ子供が産まれれば嬉しいのだが」
オヤツの時間を楽しんだ魔王様は、赤ん坊達が寝ている部屋を訪れ、その数の多さに驚いていた。
現時点で、俺の子供は二十名を超えている。
ここにはエルとローデリヒの子供もいるし、他の家臣の子供達も隣のもっと大きな部屋で寝ていた。
完全な乳児院状態で、家臣の妻達で効率よく面倒を見ていたのだ。
「余も、次の魔王となる子を将来産まねばなるまい。王を支える王族も必要だ。三人は産みたいの」
この魔王様、年齢と見た目は女性中学生なのに、婚活女子のような事をいうな。
「陛下は、どんな男性が好みですか?」
「そうよな。次の王を愚王にせぬ優しい優れた男性がいい。王は見た目がいい方がいいから、なるべく顔がよければなおさらいう事なしだ」
「陛下、それを世間では高望みと言います。高望みは、婚期を逃す要因ともなりますので……」
美人で優秀なのになかなか結婚できないライラさんが、魔王様に釘を差した。
彼女は最初モール達に言い寄られて内心悪い気はしなかったが、邪険に扱ったらすぐに逃げられてしまったという過去を持つ。
最初邪険にしたのは、そうすると男性側が余計に執着を持つと考えたからであろうが、まさかモール達があっさりと他の女性に目標を変えるとは思わなかったようだ。
結果、今も彼女は独り身だ。
結婚の予定は……あるのであろうか?
社長なので、仕事が忙しそうだからな。
「ライラの忠告に従うとしよう。余は優しい男性がいいな」
優しい男性かぁ……。
でも、その条件はちょっと曖昧だよなぁ……。
「陛下、優しいだけの男性など、夫としては不向きですよ」
「そうなのか?」
「はい。いくら優しくても、甲斐性のない男性はよくないです。あまり男性の財力に拘るのもどうかと思いますが、結婚生活は長いもの。お金がないと、夫婦関係と生活がギクシャクする事も多いのです」
「なるほど。ライラは詳しいな」
「結婚していないのにね「しぃーーー!」」
俺は慌てて、ルイーゼの口を塞いだ。
「(ルイーゼ、結婚経験がなくても結婚相談はできるんだよ)」
「(そうか、世間一般の話を知っていれば、それを参考に色々と言えるものね)」
野球経験がなくても、試合を見て選手のプレイや監督にあれこれ言えてしまうだろう?
それと同じだ。
「こうなると、バウマイスター辺境伯が人間なのが惜しいな」
すいません、これ以上奥さんは必要ないです。
「余はまだ子供を産める年でもないからな。焦る必要はないか。それにしても、可愛いではないか」
「ライラさんはそろそろ焦った方が……「しぃーーー!」」
俺は再びルイーゼの口を塞いだ。
魔王様は、ルイーゼの息子オーラフを抱いてあやしていた。
将来に向けて、赤ん坊の世話を実地で学んでいるというわけだ。
「ところで、西方海岸に建設中の海水ろ過設備ですが……」
幸い、ライラさんはスルーしてくれた。
彼女の言う海水ろ過装置だが、これは既にアキツシマ島では小型のものが数基稼働している。
海水をろ過して真水とし、水が不足している場所に送水する。
魔族の国では、大昔から当たり前のように稼働している装置だ。
人口減で放棄された地域に放置されており、これを回収、修理してバウマイスター伯爵領でも稼働させたわけだ。
いまだリンガイア大陸の魔道具ギルドでは、試作品が一日に1リットルの海水をろ過できたと大喜びしているレベルなので、魔族から購入するしかないわけだ。
放置された古い装置でも、状態がよければ簡単に修理できてしまう。
性能も最新型に比べれば数分の一で、魔族の国では粗大ゴミ扱いだが、リンガイア大陸で水が不足している地域には救世主となる装置というわけだ。
唯一の問題は、定期的に魔力を補充しなければ使えないという点にあった。
魔法使いが多いバウマイスター伯爵領では、まだ余裕をもって設置できるわけだ。
バウマイスター伯爵領の西方海岸沿いは、切り立った崖と、船を寄せ付けない海流のせいで開発が遅れ気味であった。
何より、河川が少ないという点がネックとなって、人口を増やしても水が不足する状態だったのだ。
そこで、魔導飛行船の港の整備と、海から海水を取水して真水を作り、これを送水するシステムの構築を魔王様の会社と協力しておこなっているわけだ。
「海水ろ過装置の現物は、いつ到着予定なのです?」
「一週間から十日ほどを予定しております」
「今回は少し遅いですね」
「段々と、遠方にある放棄地から魔道具を回収しなければいけなくなりましたからね。注文が増えたのに人手不足という理由もあります。人は雇っていますが、最初は教育をしないといけませんし。今回は、装置の運送を他の業者に委託したというのもあります」
「へえ、そうなのですか」
「若者の中に、人間との商売で一旗あげようとする者が増えまして。最初に我々のような先発組の仕事を受けて経験を積もうと考える者もいるのです」
取引先が増え、魔王様の会社も好調というわけだ。
「社員は十名ほどで、『オットー運送』という社名で登録していますね。今は荷を運搬しているだけで結構儲かりますし、古い船でも裏技で使用できます。若者でも、船の確保と開業資金を出せるのです」
人間が魔族の国を経済的に侵略する。
逆もまたあり得るかもしれない。
でも、そんな危険性を双方口にしながら、利益を求めて交易等で色々と模索している感じだ。
出会ってしまった以上、付き合いをしないわけにもいかず、試行錯誤しているというわけだ。
「その『オットー運輸』とやらの船が着いたら、荷を降ろして設置するわけだ」
「はい。バウマイスター辺境伯もご一緒に作業を見学しますか?」
「いいですね。ルイーゼもどう?」
「いいね。悪いけど、子供達の面倒は任せて外出しようかな」
「それがいいんじゃないの?」
いつもはちゃんと子供達の面倒を見ているし、他に人がいないわけでもない。
育児ノイローゼにでもなると困るから、エリーゼ達も誘おうか。
「みんなに声をかけておくね」
こうして、西部海岸付近に視察をする事が決まったのだが、俺達は思わぬ事件に巻き込まれる事となる。
「ふふふっ、先払いで貰った報酬でこの中古船を手に入れ、運よくバウマイスター辺境伯領に荷を運ぶ仕事を受ける事もできた。あとは、バウマイスター辺境伯を討つのみ!」
私の計画は完璧だ。
まさか、魔導具を運んできた運送業者が暗殺者だとは、バウマイスター辺境伯も思うまい。
それにしても、人間どもはやはり度し難い。
我ら魔族の英知、貴重な魔道具を札ビラで買い叩くような真似をして!
「そうかな? これ、基本は粗大ゴミだろう?」
「ヨーゼフ、いくら粗大ゴミでも魔族の貴重な技術が詰まった英知なのだ。それが人間に流出してみろ。じきに真似をされ、数が多い人間の魔道具が魔族のそれを圧倒する未来がな……」
事を成すに際し、私は世界征服同盟の仲間達を全員召集した。
みな俺の理想に共鳴した、優れた者達だ。
たまたま運に見放されて職はないが、これからは違う!
バウマイスター辺境伯を討てば、我々の世界征服同盟の名は国中に広がる。
我らの快挙に賛同した仲間が多数集まり、政界進出も夢ではない。
バウマイスター辺境伯を暗殺した後は、リンガイア大陸を出てしまえば罪にも問われまい。
バウマイスター辺境伯暗殺の罪を裁けるのはヘルムート王国のみであり、その力は我らの国には及ばない。
交易交渉で三年も揉めている両国が、犯罪者引き渡しの交渉などできるはずがない。
こうなると、民権党が無能で助かった。
どうせ次の選挙では消える連中だ。
かといって、国権党が再び政権を取っても国はよくならない。
そこで、第三の勢力として我らが世に出るわけだ。
バウマイスター辺境伯には、その尊い犠牲となってもらおう。
そんな風に考えているのだが、同志の一人であるヨーゼフが少しうるさいな。
「廃棄処理するにもコストがかかるから、不法投棄で問題になっていたじゃないか。それが消えて環境にもいいって言っている連中は多いぞ」
「それでもだ。人間どもは、特にバウマイスター辺境伯は不当に安く買い入れている! これこそ、我ら魔族の富を奪う行為なのだ!」
「古い在庫が一掃されて、企業の業績はいいみたいだな。古い魔道具を売って新しいのを購入する人が増えたから」
ええい!
ああ言えば、こう言う。
だが、俺は魔王のような専制君主じゃない。
同志の主張を聞くくらいの度量はあるぞ。
「企業? 我々若者から職を奪った連中が儲かったところで国はよくならない! むしろ、連中を調子づかせ、まずます庶民を貧困に追いやるだけだ! それにだ、我々はバウマイスター辺境伯を討つという仕事を受けたのだ。この船も、その金から購入した。この仕事を断る事はできない!」
「それはわかっているんだが……」
そうか、わかってくれたか。
話せばわかるというのはいい事だ。
「なあ、オットー」
「まだ何かあるのか? リライ」
「バウマイスター辺境伯に勝てるか?」
「勝てる! 私の魔力はあの魔王にもそう劣るものではないからな」
先祖に大貴族だの王族がいたとは聞かないが、私の魔力は非常に量が多い。
今までの人生で、それが役に立ったという事は一回もなかったが。
私だけじゃない。
我ら十名は全員、魔力量が多い。
「私とバウマイスター辺境伯がサシで戦えるよう、同志諸君の健闘を期待するものである」
「バウマイスター辺境伯の周囲には、多くの魔法使いがいると聞くが」
「視察に全員は来ない! 同志諸君は、バウマイスター辺境伯の護衛を近寄らせなければいい! 戦闘に勝つ必要もない! 私がバウマイスター辺境伯を討つまで時間を稼げばいいのだ!」
そう、他の奴を殺す必要などない。
ただバウマイスター辺境伯のみを殺し、とっとと逃げ出せばいいのだ。
「作戦はわかったが、一つ懸念があるな」
「なんだ? カイツェル」
我らの中で参謀的な役割を果たしているカイツェルが、私の作戦に対して懸念を述べた。
こういう問題点は、今のうちに出た方がいい。
「バウマイスター辺境伯は戦闘経験が豊富だと聞く。一方我々は戦闘経験がないぞ」
「そうだな。我々は魔法の訓練は豊富におこなっている。だが、戦闘というものを経験していない。せめて、魔物を狩りに行けばよかったかな?」
それを今さら言われてもな。
そういう意見も出ていたんだが、みんな血を見るのが嫌で反対したのだ。
食べもしない魔物を無意味に殺すのもどうかと思うからな。
「魔物を殺すとなると、せめて肉くらいは取って無駄をなくしたいが、この中に魔物を解体した経験がある者がいなかったからな。まあ、なんとかなるだろう」
いくら戦闘経験があるとはいえ、所詮は人間だ。
他のメンバーは違うが、私はバウマイスター辺境伯よりも魔力が多いのだから。
「とにかく、私とバウマイスター辺境伯だけで戦うようにすればいい。それも最悪の想定だ。こちらは無警戒のバウマイスター辺境伯に奇襲をかけるのだからな。実際に運んだ品を納品しながら、バウマイスター辺境伯の隙を襲えばいいのだ。まさか、いかに歴戦の士であるバウマイスター辺境伯も気がつくまい」
私の作戦は完璧だ。
今こそ、グダグダになっている魔族と人間との関係をハッキリさせてやる。
魔族が人間を圧倒し、我ら魔族が優先権を得るのだ。
私はクレバーなので、人間の領地などいらぬ。
今の時代は、技術、生産力、流通、富を握った者が勝つ。
リンガイア大陸を魔族の経済植民地とし、職がない、収入が低い若者に希望を与える存在に私はなるのだ!
「まずはその一歩、バウマイスター辺境伯を討つぞ!」
「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」
あとは、事を起こすのみだ。
「ええと……。これが運ぶ品だから。オットー運輸の社長さん」
「わかりました。急ぎ届けますね」
「安全優先で頼むって、社長と会長から言われているんですよ。少しくらい遅れても、両国の距離を考えると仕方がないそうで」
「そうなのですか。安全航行で行きますね」
私達は自費で購入した船に、悪逆非道な専制君主の子孫である自称魔王の会社から受け取った荷物を積み、一路バウマイスター辺境伯領へと船を発進させるのであった。