第百四十七話 山積する問題、俺にばかり面倒が降りかかる。
海竜に襲われて逃げ込んだ人達が一万年以上も隠れ住んでいた島。
俺が参加したというか、一応団長である探索隊によって発見され、今は外に出られなかった住民達の移住作業が進んでいる。
その間、俺達は海竜の襲撃に備えて島に待機しつつ、俺はわずか五歳にして島の防衛を一手に担っていた南国少女ルルの面倒を見ていた。
ルルはオレンジの髪をショートボブにしているが、癖っ毛で外側に跳ねている。
頭に大きな貝殻の髪飾りをつけており、これは母親の形見なのだそうだ。
服装は、簡単な加工をしたスカート丈が短いワンピース風の服を着ている。
そんな、いかにも南国風の幼女がルルであった。
「ルルは杖を持っていないから、これをプレゼントしよう」
「杖ですか?」
「外の世界の魔法使いは、みんな杖を持っているんだよ」
まあ、上級になってしまえばただの飾りだけど。
今のルルには必要なものだ。
「知りませんでした」
ルル達の先祖は、島に杖を持ち込めなかったと聞いた。
魔道具職人もいなかったそうで、杖を自作できるはずもないから、ルルが持っているはずがない。
彼女が最初から上級レベルの魔力を持っていれば必要なかったのだが、現時点だと魔法を使うのに不利であった。
というか、杖もないのに一人で海竜を撃退し続けていたとは凄い。
撃退しかできなかったようだが、それでも大した偉業だと思う。
導師など、まだ幼いルルに敬意を払うくらいなのだから。
『いかに魔法使いが一人とはいえ、あの年で自ら村人達のために海竜に立ち向かう。並の人間にはできぬ事である!』
ただし残念なのは、彼は見た目のせいでルルにあまり好かれていなかった。
フィリーネのような存在はそうおらず、残念ながら導師の完全な片思いである。
代わりに俺は物凄く好かれてしまったわけだが、彼女の事情を考えると無下にはできない。
それに、ここ数日は娘を世話しているようで楽しい。
俺も現金な性格をしているから、可愛い幼女に慕われて嬉しくない事もない。
探索隊には母親代わりになる女性もおらず……男性しかいないから……、彼女の面倒は俺が見ていた。
「ルルにこの杖をプレゼントしよう」
俺は、魔法の袋の中から一本の杖を取り出す。
これは師匠の遺品の一つで、飛竜の魔石に近い部分の骨を削り出して芯にし、その表面を樹齢数千年の樫の木で覆ったものだ。
少し地味な杖だがなかなかの逸品で、魔法の練習にこれほど適した杖はなかった。
杖に魔力が素直に乗るので、初心者が練習するには最適なのだ。
師匠も若い頃に練習で使っていたと言っていた。
「これで練習して、ルルが成人した時に新しい杖を贈ろう」
「ありがとうございます。杖を貰えるなんて、これは婚約指輪みたいなものですね」
「……」
ただこの子、幼くして村の安全に責任があったせいか、妙に大人びている部分があるというか……。
俺が杖を贈るイコール結婚を申し込む事だと思っていた。
一万年も孤立していた村なのに、婚約指輪なんて概念があったのかという気持ちと共に頭を抱えてしまう事態だ。
「はははっ、ヴェルはモテていいな。エリーゼ達にどう説明するのか知らないけど」
「……」
「ふべらっ!」
再びエルが通りすがりにからかってきたので、俺は素早く奴の進路上の砂浜に落とし穴を掘る。
前をよく見ていなかったエルは、そのまま落とし穴に落下した。
「エルヴィンさんはどうしたのですか?」
「みんな移住の準備で忙しく動いているから、砂浜に穴が空いていたのかな? あいつもよく前を見ないから」
「そうなのですか」
俺はルルに、村人達が数百人も引っ越しの準備をしたせいで砂浜に穴が開き、偶々そこにエルが落下したのであろうと嘘をついて誤魔化した。
「お前なぁ……一旦戻ったらどうだ? この島は覚えたんだろう?」
エルが落とし穴から這い出ながら、俺に忠告した。
ルルの事をエリーゼ達に知らせておいた方がいいと言うのだ。
「女の子だからな。世話をする同姓がいた方がいいか?」
「それもあるな」
エルの忠告に従い、俺は『瞬間移動』でバウルブルクの屋敷へと飛ぶのであった。
「ヴェル……あなた……」
「イーナ、お前は物凄く誤解していると思うぞ」
ルルと屋敷に戻ると、最初に彼女を見つけたイーナが深刻そうな表情をした。
あきらかに、俺の人間としての尊厳を疑い、あらぬ疑惑を抱いているような目だ。
「この子は……」
「可愛いから連れてきちゃったのかしら?」
「ちゃうわ!」
人を誘拐犯扱いするな!
「ヴェンデリン様、ルルはいらない子ですか?」
「そんな事はないさ。ルルはいい子で可愛いなぁ」
俺の怒鳴り声を聞いたルルが涙目になってしまったので、俺は彼女が泣きださないように宥める羽目になってしまう。
「えっ? やっぱりそうなの?」
「ここで『違う!』と叫ぶと堂々巡りだな……実はこの子は……」
屋敷のリビングに移動してみんなを集めてからルルの話をすると、みんな一応納得してくれた。
貴重な魔法使いの子供で身寄りがない。
貴族達による醜い争奪戦が始まるのは必至であり、俺が保護しても仕方がなかったからだ。
「とはいえ、猫の子ではないのじゃ。面倒を見る以上は、最後までじゃぞ」
テレーゼ、その言い方だとまるで犬や猫の子みたいだけど。
「その最後までって?」
「普通、こういう場合はの。一族の年配の女性、それも未亡人などに預けるのが常識じゃ」
同じ女性が育て、その子が成人したら選択肢は複数存在する。
恩返しでその貴族家に仕えてもいいし、預かった貴族に嫁がなくても、その子や家臣に嫁ぐという選択肢もある。
だが、俺の場合は島で数日間直接面倒を見てしまった。
目撃した村人や船員は多く、彼らが俺とルルの関係をどう見るのか?
「相変わらず魔法以外では迂闊じゃの。ちゃんと最後まで面倒を見るのじゃぞ」
「ルルは、ヴェンデリン様のいい奥さんになります」
「そうか、頑張って精進せいよ」
「はい」
「いい返事じゃの」
おい、テレーゼ。
小さいルルを煽らないでくれ。
「聞かずとも、この年でなかなかの魔力。成長すればいい魔法使いになろう。嫌がられているのならともかく、ここで囲わずにどうする?」
貴族の中の貴族であったテレーゼに指摘され、俺はまったく反論できなかった。
「ルルちゃんはあなたを慕っているのですから、ここはバウマイスター伯爵として面倒を見てあげませんと」
エリーゼは元々神官なので、身寄りのない子供を預かる事に何の抵抗感もなかった。
ルルが俺の嫁さんになるという発言も、罪のない子供の発言という認識のようだ。
「それよりもさぁ」
「そうですわね」
「えっ、何?」
ルイーゼとカタリーナが可哀想にという表情を俺に向けたが、俺にはその理由が理解できなかった。
「ヴェル様、あの三人」
「三人?」
俺が意味もわからず首を傾げていると、そこにアグネス達が飛び込んできた。
「先生! 五歳の女の子を奥さんにしたって本当ですか?」
「先生、順番が逆ですよぉ!」
「探索に私達を連れて行かなかった理由はこれだったのですか? 先生は幼い子が好きで、そういう子を探すために私達を連れて行かず……」
教え子三人娘に縋られ、俺はタジタジになってしまう。
「五歳の子がいいのなら、私はもう十五です! 全然構わないじゃないですか!」
「アグネス、お前は何を誤解してるんだ?」
「先生は、もっと若くて才能がある子がいたから私に飽きて!」
「なぜそうなる?」
アグネス、お前はまだ修行中の身じゃないか。
飽きたとか、そんなわけがない。
「先生!」
「シンディもか?」
「私、この子ほど若くないけど、三人の中では一番若いですから!」
別に俺は、女性は若ければ若いほどいいなんて思っていない。
俺がロリコンなんじゃないかと思うのはやめてくれ。
「先生、ごめんなさい。私達が無理を言ってでもついて行けばよかったんです。奥様達もいなくて、つい若い女の子の目が行ってしまって……でも、先生は男性ですから」
ベッティ、その間違った認識を頼むから声を大にして言わないでくれるか?
エリーゼ達が肩を震わせて笑っているんだけど……。
「ベッティの言うとおりですね。探索には私達もついていきます」
「このまま男の人だけで探索を続けると、先生がどんどん女の子を拾ってしまうから!」
シンディ、俺に女の子を拾う趣味なんてないから。
「先生は優しすぎるんです。安心してください! 私達が壁になりますから!」
三人の勘違いにより、俺はエリーゼ達に死ぬほど笑われてしまった。
「久々に大傑作だな! ヴェル、モテる男は大変じゃないか!」
特にエルには大爆笑されてしまうが、ここは屋敷内だ。
エルに魔法で天罰を与えるわけにもいかず、俺はただこの世の不条理さに溜息をつくのみであった。
エリーゼ達に事情を説明にしに行って大爆笑されてしまったが、探索は再開される事となった。
あの島の住民は、すべてバウマイスター伯爵家が管理する南方諸島にあるサトウキビ農園へと移動した。
ここには製糖工場も建設する予定で、彼らはサトウキビ農家か工場の従業員として働く。
砂糖は高価なのでそれなりの給料も出せ、海では漁もでき、自分と家族で食べる小さな畑も作れる。
前の島よりは生活が豊かになるので、みんな喜んでいた。
島の九割以上を占める魔物の領域については、あとで有志冒険者を募って魔物の種類や採集できる品を確認する予定だ。
何か珍しい素材や採集物が入手可能ならば、村の跡地に冒険者ギルドと宿場町を作って冒険者の島にしてしまえばいい。
冒険者の数が増えれば、魔導飛行船を定期的に飛ばす予定だ。
それはあとでやるとして、今は未確定領域の探索だ。
島を出発した魔導飛行船は、順調に南下を続けている。
アグネス達の熱意というか、勘違いゆえの暴走の効果により、男性ばかりだとトラブルが起こると彼女達がついて来てしまった。
エリーゼ達が断ってくれればいいのだが、面白がって許可してしまうから、三人は俺の傍にいる。
それと、ルルも相変わらず俺にひっついたままだ。
飛行中は何もする事はないので、アグネス達はできる限りルルに魔法を教えている。
これは師匠が言っていたのだが、人に魔法を教えるのは決して弟子のためだけではないそうだ。
『人に教える事によって、自分の魔法を理論的に系統立てて考えられるようになったり、今まで手が届かなった魔法のヒントに繋がる事もある。自分のためでもあるんだよ』
アグネス達も、ルルという未完の大器に教える事で何かを得られるであろう。
そう説明したら、熱心にルルに魔法を教え始めた。
そして、やはりルルは小さな女の子なので、面倒を見るためにアマーリエ義姉さんもついてきた。
彼女は二人の育児経験があるので、安心してルルを任せられる。
「私の場合、実は男の子の育児経験しかないけど」
「それでも、俺が全部面倒を見るよりはいいですよ」
それを言うなら、俺なんて育児経験すらほとんどないからな。
しかも相手は女の子だ。
実は、どうすればいいのかいまだにわからなかった。
「それにしても、好かれたものね」
確かに、ルルの俺への傾倒ぶりには凄いものがあると思う。
特に彼女に好かれるような事はしていないのだが。
「わからない?」
「はい」
「ルルちゃんは年齢よりもしっかりしているけど、それはそうならざるを得なかったのよ」
唯一の魔法使いとして、わずか五歳にして村人数百名の命を背負っていたのだ。
大人になるしかなかったのであろう。
「でも、それは大きな負担だったと思うわよ」
わずか五歳なのだから当然だ。
前世の俺が五歳の頃なんて……バカだったから何も覚えていないな。
そうだ!
『仮面○イダー』になりたいって幼稚園で言ってた。
男はバカだな。
「海竜の集団が迫り、今回はもう駄目だと思ったその時、ヴェル君が颯爽と姿を現した。しかも、自分では追い払うのが精一杯だった海竜を倒してしまった。慕われて当然だと思うわ」
死も覚悟した時に、俺が海竜を倒したからか。
「ですが、導師も討伐には参加しています」
「導師様は、女性や子供には優しいけど、少し受けが悪いから……フィリーネさん以外……」
アマーリエ義姉さんは、言葉を濁しつつ導師がルルに好かれなかった理由を説明する。
ようするに悪役みたいで怖いからだ。
そしてルルは、自分の危機を救ってくれた俺を慕っているわけか。
吊り橋効果のようなものかもしれないが、彼女はまだ幼く身内もいない。
彼女が無事に成人するまで、俺が面倒を見てあげないと。
「ルルは女の子なので、男の俺にはわからない点が多いのですよ」
特にわからないのが服装などだ。
今のルルは、頭につけた貝殻の髪飾りは母親の形見なのでそのままであったが、服装はアマーリエ義姉さんがキャンディーさんから購入した小さな女の子用のワンピース姿であった。
王都でちょっと裕福な家の子が着るようなワンピースで、南の島の地味な服よりも鮮やかでフリルなどの装飾も沢山ついており、移住した元島民の子供達に羨ましがられていた。
『ルル、いいなぁ』
『色が綺麗な服ね』
『私もほしいなぁ』
『私も』
『ルルは将来バウマイスター伯爵様の奥方となり、ルルの子が我らの村長となる。だからじゃ。我慢せい』
ルルの服装を見て羨ましがった島民の女の子達に対し、副村長がルルは身分が違うのだから諦めろとかなり現実的な発言をした。
『じゃあ、私もバウマイスター伯爵様の奥さんになる!』
『私も!』
『私もなる!』
『おい……』
『申し訳ないです。つい……でも、村長なり町長なり必要ですから』
ところが、ならば私も俺の奥さんになると幼女ばかりが騒ぎ始め、俺は堪らず副村長に文句を言った。
副村長は謝りつつも、村を纏めるために村長は必要ですと反論を忘れない。
『村が落ち着けば、服は買えるから。キャンディーさんの服にはそれほど高くないものもあるし』
そんな事があったのだが、彼女じゃなくて彼はコーディネート能力も超一流で、ルルはもっと可愛く見えるようになった。
幼女達はそれが羨ましいのであろう。
女性を綺麗に着飾るのは得意なのに、本人の見た目は化け物……じゃなかった、ちょっと変わっているというか……。
まるで、本当は心優しいのに、そうは見えないフランケンシュタインのようだ。
『まあ、この子は可愛いわね。将来は美人になるわよ。よかったわね、バウマイスター伯爵様。この色男!』
『あがっ!』
キャンディーさんは、他にも靴とか予備の服装や下着などもすべて的確に選んでくれたが、相変わらずのバカ力で俺の背中を叩くから息が止まるかと思った。
力の強さは導師といい勝負だ。
『女の子だから、男であるヴェル君には難しいところはちゃんとフォローするわよ。私も、娘が一人くらい欲しかったし』
アマーリエ義姉さんとそんな話をしつつ、魔導飛行船は南の海を飛行していく。
バウマイスター伯爵領南端は、海竜もほとんど出ず開発が進んでいる南方諸島の他に、大きな島などは今のところほとんど見つかっていなかった。
今までで一番大きな島は、ルルがいた海竜と魔物の楽園であったあの島だ。
あそこに一般人が住むのは難しいので、多分冒険者の島として開発する事になるであろう。
他の島は、小さな無人島が多かった。
住んでいる人はおらず、人が生活していた痕跡もない。
これらの島の周囲にも海竜が出没するので、よほど強さに自信がなければ住めないのだから当然だ。
「バウマイスター伯爵、そろそろ探索を打ち切った方がいいのである!」
導師が俺に意見を述べた。
これはバウマイスター伯爵領確定のための探索であり、あまり遠方の島を押さえても意味がない。
統治コストがかかるし、王国もリンガイアによる南方への探索を計画しているはずだ。
あまりバウマイスター伯爵領を広げると王国が警戒するかもしれず、この辺で『ここまでがうちの領土だ!』と言って終わりにした方がいい。
導師は陛下の意向を理解しているので、俺にこんな事を言ったわけだ。
「魔導飛行船で三日ほど。そろそろ引き返しますか」
「そうだな。俺も嫁さんと娘に会いたいしな」
ブランタークさんも賛成し、そろそろ魔導飛行船をUターンさせようとしたその時、見張りの若い船員が大きな声をあげた。
「前方に巨大な島が見えます!」
「なっ!」
まさかここで、大きな島を発見してしまうとは。
もうちょっと早く引き返す決断をすればよかったか?
「とにかく、島の情報を探るぞ」
俺も徐々見えてくる島を観察してみるが、意外と大きな島だ。
しかも、無人島ではない。
港には、小さいながらも小型の木造船が複数置かれていた。
どうやら、海竜はそう頻繁に出現しないみたいだ。
この島の住民がバウマイスター伯爵家と今まで接触しなかったのは、北上すると海竜の巣や縄張りがあったからであろう。
「この島一つで生活が完結しているのか、もっと南に別の国などがあるのか?」
それは、島の住民に聞いてみないとわからないであろう。
とにかくこれが最後と、俺達は偵察と調査を始める。
「ちゃんとそれが聞けるのかは不明なのである!」
導師の言うとおり、いきなり余所者は排除するという危険な原住民族かもしれない。
接触には慎重を期するべきであろう。
「船長、上陸などはあとにする。上空から島全体の様子を探る方が重要だ。魔法と弓矢などの遠距離兵器の攻撃に注意してくれ」
「かしこまりました!」
「伯爵様、図分と変わった島だな」
上空から双眼鏡で島の様子を探るが、今までの島とは大分毛色が違う。
島の周囲はほぼ断崖絶壁で、砂浜や港にできそうな場所は少ない。
「岩ばかりなのか? 違うな、島内には自然も見えるな」
上空から島を観察すると、島の内部には自然や広大な田畑、町や支配者階級が住んでいそうな豪華なお屋敷も見える。
「伯爵様、これって火山の火口なんじゃないのか?」
「そう言われると」
島というよりは、火山の先端部分が海から突き出していて、その火口の中に居住地や自然が広がっている感じだ。
島の様子を見ると、既に数千年も火山は噴火していないものと思われる。
「バウマイスター伯爵、まるでミズホのようである!」
「そうですね」
島にある屋敷、家屋、田畑。
見れば見るほど、ミズホ公爵領のように見える。
ミズホより技術が発展していないようにも見えるが、農家らしき家屋が茅葺きだったりするので、そうとしか思えなかった。
「前にミズホ公爵が言っていた、別れた同朋ですかね?」
「かもしれないな」
実は、前にミズホ公爵から聞いた事があるのだ。
ミズホ人の祖先は未開地に保護国というか、自治領のような国を持っていた。
それが古代魔法文明崩壊の余波でそこに住めなくなり、彼らは次の移住先を求めて今のミズホ公爵領まで移動している。
まさに民族大移動だが、その時に袂を別ち別行動を取った集団が複数いたそうだ。
『はてさて、その連中は無事に新天地に移住できたのやら。今のところ、リンガイア大陸内において我らの同朋の存在は確認できない』
となると、彼らはリンガイア大陸の外に出た事になる。
西は魔族の国があるからないと思うが、北、東、南は可能性があり、今こうして南に住むミズホ人の存在を確認できたわけだ。
「それがわかっただけでも収穫だが、どうする? 伯爵様」
そう、ミズホ公爵領の住民とは別系統のミズホ人が住む島が見つかったのはいいが、さてここをどうするかだ。
「バウマイスター伯爵領内である!」
「いや、ここは王国が面倒を見ましょうよ」
無人島ならうちの領地でもいいが、この島、かなり大きい。
人口も、発展途上であるバウマイスター伯爵領よりも多いかもしれず、こんな連中をうちで抱え込んだらバウマイスター伯爵領の統治に大きな影響が出てしまう。
「ミズホ方式で行きません?」
ミズホ公爵領がミズホ伯国だった時のように、王国に従わせて交易の利益のみを取る。
それが一番余計な手間がかからず、もっとも利益を得られた。
「その可能性も陛下は考慮していると思うのであるが、まずはこの島の統治体制を探るのである! 必ずしも、絶対的な統治者がいる保証もないのである!」
もし島が複数の権力者に分割統治され、常に小競り合いなどが行われていた場合。
服属させようにも、誰を王国に服属させていいのかわからない。
導師は、まずはそれを探るべきだと断言する。
こういう時の導師って、いかにも優秀な陛下の代理人だよな。
普段も、これの五パーセントくらいは配慮してほしいものだが。
「幸いにして人が沢山集まっているのである!」
「人が? って!」
導師が見つけた集団というのは、それぞれ二~三百名ほどの武装した集団が睨み合っており、つまり小規模な軍勢による戦が始まろうとしていたのだ。
その時点で、俺はこの島が平和でない事を察してしまう。
「導師、あきらかに戦ですけど……」
「そのようであるが、二つの集団があってちょうどいいのである! 情報源が二つあるのである!」
「いや、そんな素直に話してくれるのか?」
導師のあんまりな言い分に、ブランタークさんは頭を抱えた。
いかに小勢とはいえ、これから戦う集団の間に割って入ろうというのだから。
「大した魔法使いはいないのである! 中級がどちらにも一人のみである!」
俺も探ってみたが、導師と同じ結論が出た。
どちらも一人ずつ魔法使いがいるようだ。
そして彼らが敵対するのであれば、導師は力技で従わせるつもりなのであろう。
「某達なら問題ないのである!」
「勝てるでしょうけど、先にちゃんと話し合いをしません? 禍根が残るとあとで面倒ですよ」
それは殺される心配は少ないと思うが、もっと穏便に適当な集落や権力者らしき屋敷を訪問して話を聞けないのかと思ってしまった。
だが導師は強引であり、俺とブランタークさんを引き連れて二つの軍勢の間に割って入ろうとする。
争いを止めようとする意図もあるようだが、導師だとどちらも蹴散らしてしまいそうな気がする。
「先生! 私も行きます!」
「「私も!」」
続けて、アグネス達も俺達に同行すると宣言する。
「危険だからやめておけ」
相手は魔法を使えない集団だが、不意を突かれてアグネス達に何かあっても困る。
俺は三人の同行を却下した。
「先生、私達だって、これまでちゃんと訓練を積んできました」
「いつかこういう事態に対処する事も考えてです」
「それが今だと思うんです」
アグネス達は、もう自分達は子供ではない。
魔法使いとして戦力になるのだから、俺について行くと宣言した。
俺としては、まだ早いような気がするのだが……。
「伯爵様、自分の弟子には甘いようだな。嬢ちゃん達は実力でいえばもう一人前なんだぜ。連れて行ってあげな。俺もフォローするから」
「わかりました」
ブランタークさんに説得され、アグネス達も同行する事になった。
「油断するなよ」
「「「はい」」」
「じゃあ、行くか……」
魔導飛行船を着陸させるのは危険なので、俺達は『飛翔』で二つの集団の間に入ろうとする。
「空飛ぶ船だ!」
「船が飛んでいるぞ!」
上空に魔導飛行船を確認した彼らは、それを指差しながら驚いていた。
どうやら同じミズホ人でも、魔導飛行船を見た事すらないらしい。
この一万年ほどで、彼らは技術力を落としてしまったようだ。
「そこで睨み合う二つの軍勢! 今は争いをやめて話を聞け! 俺はバウマイスター伯爵だ」
こちらを無視して戦いを始められても困るので、全員で二つの軍勢の間に着地し、俺は大声で名乗りをあげた。
「魔法使いか?」
「瑞穂の民じゃねえな」
「空飛ぶ船って事は、島の外から来たのか?」
兵士達は、俺達と上空に浮かぶ魔導飛行船を交互に見ながらヒソヒソと話を続ける。
彼らはよく見ると、専業の兵士ではなかった。
指揮官クラスは豪華な戦国時代の武将が着けているような鎧兜姿であったが、残りの大半は粗末な装備しかつけていなかった。
ちゃんと隊列ができずバラバラであるし、領主をしている武将が農民を集めて編成したのであろう。
「貴殿は何者ですか?」
「「「「「「えっ?」」」」」」
片方の軍勢から指揮官とその副将らしく人物が姿を見せるが、俺達は驚いてしまう。
「女性なのか……」
領主なのか大将なのかよくわからないが、一人は足元まで伸ばした長い黒髪が栄える巫女服を着た少女であった。
ただ綺麗なだけでなく、見ただけで高貴な生まれなのがわかるくらいのオーラ纏っている。
彼女は薙刀をその手に持っていた。
もう一人副将と思しき人物も女性で、彼女は男性武将と同じく鎧兜姿であった。
「私は、秋津洲高臣と申します」
「このアキツシマ島を支配されているお方だ!」
この薙刀巫女美少女が、この島の支配者だと副将らしき武者美少女さんが言う。
副将さんもちょっとキツそうに見えるが、なかなかの美少女であった。
黒のショートカットがとてもよく似合い、活動的にも見える。
「この島の支配者なのであるか?」
「そうだ!」
「なら、なぜ同程度の軍勢と争っているのである?」
導師は何も考えずに割り込んだのかと思ったが、すぐに副将さんの説明の矛盾点をついた。
それしても、巫女さんは女性なのに男性の名前なのか。
この島の名がアキツシマ島なのはわかったが、島と島が重なる命名ってどうなのだろうか?
「秋津洲さんはなぜ男性名なのでしょうか?」
「バウマイスター伯爵殿とやら、貴殿は外から来たのに我ら民族を知っているのですか?」
「ああ」
俺は、副将さんに対し簡単にミズホ公爵領の事を教える。
「何と、古に別れた同朋がそこまで発展していたとは……」
俺からミズホ公爵領の話を聞いた副将さんは、リンガイア大陸北方に国を作った同朋の存在に驚きを隠せないようだ。
俺から見ても、この島よりもミズホ公爵領の方が人口も、国力も、技術力も圧倒的に高いように見える。
この島の住民達は一万年以上もこの島の中でのみ生活をした結果、技術力などでミズホ公爵領に対し大きく溝をあけられてしまったようだ。
あと、もう一つ懸念があった。
「何がこの島の支配者だ! 俺と同程度の軍勢しか揃えられない癖に!」
もう一つの軍勢から、同じく鎧兜姿の若い男性が前に出た。
彼は導師とほぼ同じ大きさ、体格をしており、誰が見ても猛将に見える。
秋津洲さんと敵対する軍勢の大将のようだ。
「先生、アキツシマさんの方が不利なのでは?」
アグネスの言うとおりであろう。
この規模の軍勢同士の戦なら、総大将の強さが大きな鍵を握るからだ。
しかも、大男は魔法使いであった。
秋津洲さんも魔法使いなのがわかったが、どう見ても戦いには向いていないような雰囲気を漂わせている。
実際に戦うと、秋津洲さんの方が負けるかもしれない。
「もう一人のお兄さん?」
「くっ、お前らみんな魔法使いか……しかも……」
アグネス達も既に上級の仲間入りを果たしており、俺達の中でこの青年に破れる者はいないはず。
彼は中級なので、どう逆立ちをしても俺達に勝てないのだから。
それがわかる彼は、俺達を刺激しないようにしていた。
見た目とは違って、ちゃんと冷静に物事を考えられるようだ。
「名乗るがよい!」
「俺の名は、七条兼仲だ!」
どこかで聞いた事があると思ったら、確か戦国武将だったような……。
世界が違うのに同じ名前とは、これは偶然の一致なのか?
「ところで、なぜ戦っているのである?」
「水がないからだ……」
七条兼仲によると、最近この島では雨が降らず、川も少ないので農作物が育たないで困っているのだと言う。
「秋津洲御殿には大量の地下水が湧きだす泉があり、これがあれば農作物が枯れる心配もない」
「勝手な事を言うな! 我々もギリギリなのだぞ!」
「何がこの島の支配者だ! それは千年も前の話じゃないか!」
詳しくは聞かないとわからないが、秋津洲さんの祖先はミズホ公爵のような位置づけだったのであろう。
それが今では、わずかな領地のみを治める身となってしまった。
そして、元は家臣の子孫であろう七条兼仲に狙われているわけだ。
「仲良く分け合う事はできないのか?」
「無理だ! 雨乞いまでしたが、このままでは収穫までに作物が枯れてしまう! そうなれば、領民達にも餓死者が出るであろう。俺が悪役となって秋津洲家から水源を奪ってでも、水を確保しないといけないのだ!」
七条兼仲も、好きで戦争を吹っかけたわけではないのか。
すべては水があると解決するというわけだ。
「気持ちはわかるが、そのためにアキツシマとやらの領民達の水がなくなれば、彼らも飢えて死んでしまうのである!」
「それでもだ! 言ったであろう? 俺が悪役になると! 今の水の量では、半分しか生き残れないのだ!」
七条兼仲は、さらに一歩前に出て導師を睨み付けた。
『余所者が綺麗事抜かすな!』という目をしている。
「他の手立てがあるやもしれぬ。戦になれば犠牲者がゼロというのも難しいのである! 今一度冷静になって考えるのである!」
「余所者は引っ込んでいろ! 秋津洲御殿を寄越せ!」
七条兼仲は、導師を無視して秋津洲さんに勝負を挑もうとした。
彼の実力ではどう足掻いても導師には勝てない。
それがわかっているから、導師を余所者だと強調して戦いに巻き込まないようにしているのだ。
「同じ魔法使い同士、勝負しようではないか!」
「貴様! お涼様は治癒魔法の使い手なのだ! 荒事には向かないのだぞ!」
お涼様?
秋津洲さんの本名か何かか?
「ふんっ、それがどうした? 平和な時ならいざ知らず、今の状況で弱いのは罪だぞ! 細川藤孝!」
副将さんの本名は、細川藤孝だそうだ。
女性なのに男性名なのか。
でも、七条兼仲は男性だから、名のある武将がみんな女性というわけでもないのか。
当主は男性でも女性でも、武将っぽい名を名乗る仕組みなのだろうか?
「導師、色々と複雑な事情があるみたいですね」
というか、俺はこんなに面倒な島を支配しないといけないのか?
日本風の産物を手に入れたり文化に触れるのならミズホ公爵領があるし、そんな面倒そうな島はヘルムート王国に譲るに限るな。
うん、そうしよう。
「導師、この島は王国が管理するという事で」
「嫌なのである!」
「はあ?」
導師、嫌って何よ?
陛下の代理人として、こんな王都より遠く離れた戦乱の島は統治コストを考えると、俺に丸投げした方がいいって事か?
「事前の約束により、この島はバウマイスター伯爵家の領地と決まっているのである! 国家を運営するにおいて、信義は必ず守られなければいけないのである!」
「導師、そんな都合のいい時だけ……」
国家が信義を守る?
そんなの、あくまでも建前だけじゃないか。
あきらかに、面倒そうな島をうちに押しつけようとしているのがミエミエであった。
「バウマイスター伯爵殿とやら、貴殿らは何を話しているのだ?」
「えーーーとだな。細川殿とやら。実は……」
俺と王国の代弁者である導師がこの島の統治を押しつけ合っている間に、ブランタークさんが細川さんにこちらの事情を説明した。
「何と! この一万年でリンガイア大陸が二つの大国に支配され、我らの故郷がバウマイスター伯爵家の領地となり、さらにアキツシマ島まで支配の手が伸びていると?」
細川さんはかなり動揺しているようだ。
彼女らが一万年もこの島の中のみで暮らしていたら、いつの間にか外部から大国の影が迫っていたのだから。
「とはいえ、王国側も面倒臭がっているようだから、この島の支配者が王国の臣下になって爵位でも貰えばいいのではないかと……あとはうちと交易でもすれば……」
まだ領地の開発が残っているのに、こんな統治が面倒そうな島はいらない。
王国に臣下の礼を取らせて、統治者に伯爵の爵位でもあげればいいじゃないか。
交易は、うちから魔導飛行船を出すという事で。
この辺の海域も海竜が多いみたいだから、それがいいな。
決して、交易網を独占して大儲けとか考えていないぞ。
「おい、この島に支配者などいないぞ」
とここで、七条兼仲が話に割り込んでくる。
「そうなのか?」
「そんな奴がいたら、水でここまで揉めるかって。そこに、元支配者一族がいるけどな」
「秋津洲さんが?」
「そうだ。大昔の秋津洲家は、瑞穂家に継ぐ歴史の長い名家でな」
なるほど、一万年前に瑞穂家と秋津洲家は分離したわけか。
瑞穂家は大陸北部アキツ大盆地に新天地を見つけ、帝国と関わるうちに姓名の表記がカタカナに変わったが、魔導技術のかなりの部分を維持して勢力を拡大した。
島の北に逃げ込んだ秋津洲家は……七条兼仲にも舐められているから没落したんだろうな。
辛うじてわずかに領地が残っている状態か。
「昔は秋津洲家といったら、この島を統治する家柄だったさ。今では、我ら領主達が独立して小競り合いを続けている状態だ。領地、利権、水利などで隣接する領主との争いが多い」
この島を明確に支配している人物がいない。
これでは、王国に臣下の礼を取らせる事もできない。
魔族の件もあるのに……これ以上の面倒はいらない。
「そうなのか……じゃあ、誰かが島を統一したら王国にご挨拶に行くという事で。うちも推薦しますから。じゃあ」
「それは無理である!」
誰か島の統一を成し遂げるであろう英雄さんの登場をお祈りしつつ、今は放置でいいかなと思ったら、導師に全力で否定されてしまった。
「この島より南方の探索も始まるであろうから、このままにしておけないのである!」
探索隊の後方拠点、ベースキャンプにしたいからか。
確かに、この島が騒乱状態では探索に影響が出てしまう。
「ですけど、面倒そうですよ」
一体いくつくらいの勢力に分裂しているのか知らないけど、この人達の名前からして戦国乱世のようになっているような予感がしてならない。
ここで手を出すと、あきらかに俺が面倒事に巻き込まれるのだが……。
「秋津洲さんがこの島を統一し、王国に爵位をいただくという事で……」
目標ができてよかったですね。
あとは自力で頑張っていただくという事で。
俺ですか?
心から秋津洲さんの天下統一をお祈りいたしております。
「残念ですが、今の秋津洲家はこの島で最弱の勢力でしょう……領民は五百人ほどしかおりません」
この島の人口が何人いるのかは知らないが、俺の実家とそう大差がない。
よく見ると、秋津洲家の遇勢にはあきらかに成人前の子供や老人も混じっていた。
七条兼仲に水を奪われないよう、可能な限り人を集めた形跡が見える。
「はははっ! 没落した秋津洲家がこの島を統一する? 島には数十もの、我らを上回る大物領主が日々凌ぎを削っておるのだ! 第一、余所者が偉そうに! ヘルムート王国とやらが本当に存在するかも怪しいわ! お前らは邪魔だ!」
「邪魔とは何よ! この筋肉達磨!」
「人の大切な水を奪う悪党!」
「大体、あんた暑苦しいのよ!」
今まで静かにしていたアグネス達であったが、他人の水を奪う事に躊躇しない七条兼仲に対し罵詈雑言を浴びせた。
「小娘の分際でぇ!」
七条兼仲ではアグネス達にも勝てないのだが、頭に血が昇った彼は三人に掴みかかろうとした。
「おい、人の弟子に手を出すな!」
「何だぁ? こちらの事情も知らないで偉そうに! バウマイスター伯爵だったな! 確かに凄い魔法使いではある! だが、接近戦なら!」
七条兼仲は、素早く俺を倒すなり拘束すればすべてが解決すると判断したようだ。
突然その目標を俺に切り替えた。
「お前を捕えて人質にすれば、いくらでも条件を引き出せるな!」
「だったらいいな」
島の端っこで、数少ない貴重な中級魔法使いなのだ。
七条兼仲が調子に乗っても当然か。
頭である俺を拘束するのはいいアイデアだと思うが、それも成功したらだ。
導師もブランタークさんもまったく動いておらず、俺に任せて問題ないと判断したようだ。
「やれやれ、これは正当防衛だからな。先に手を出したお前が悪い」
「抜かせ! この島では弱いのは罪なんだよ!」
七条兼仲が俺の両肩を魔力を篭めた両腕で掴んだが、すぐに強烈な電撃を感じて手を離してしまった。
『エリアスタン』を改良し、俺に触ろうとした者の手を痺れさせたわけだ。
「なっ! 両腕が!」
「暫くは両腕が痺れて使えないはずだ。中級であるお前が、上級の俺に単純な手で勝てるわけがないだろうが」
「そんなのは、やってみないとわからねえ!」
両腕が暫く使えない七条兼仲は、今度は足に魔力を込めて俺に蹴りを放った。
「痛ぇーーー!」
ところが、俺が強力な『魔法障壁』で防御したため、『べきっ』という嫌な音と共に兼仲の足の骨が折れてしまう。
あまりの激痛に、七条兼仲は地面に倒れて大きな悲鳴をあげた。
「さて、七条兼仲に従う兵達に告げる」
俺は巨大な『火球』を作って、近くにあった巨大な岩に放った。
『火球』は見事に命中し、その巨岩をドロドロに溶かしてしまう。
それを見た七条兼仲の兵達は、全員が一斉に顔を真っ青に染めた。
「俺は冷静に話し合いをしたいんだ。みんな、戦いはやめてくれるよね?」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
自分達の領主である七条兼仲がまったく俺に敵わない現実を見て、彼らは全員武器を捨てて降伏した。
俺の誠意溢れる説得を聞き入れてもらえて本当によかった。
これにより、無駄な争いはようやく収まったのであった。
「導師が治療しますか?」
「うむ、それでいいのである!」
「あーーーあ、可哀想に……」
「えっ? どういう事だブランターク殿? ぬぅおぁーーー!」
結局負傷した七条兼仲も降伏し、水を巡る無駄な争いは終わった。
犠牲がゼロでよかったと思う。
彼の負傷は導師が治療する事になり、彼に抱きつかれた七条兼仲が悲鳴をあげるが、みんな聞かなかった事にする。
俺達からすれば、もうわざわざ騒ぐような事でもないのだ。
「バウマイスター伯爵様、兼仲様を助けていただいてありがとうございます」
七条兼仲の軍勢はそのまま解散となったが、彼の家臣達が主君を殺さなかった俺達にお礼を述べた。
どうやら、この男。
俺達が思っている以上に領民達に慕われているようだ。
領民を飢えさせないため、自分の悪評を気にせず他領の水源を奪う決意ができる人物だからな。
「兼仲様は向う見ずでバカですけど、我々にはいい殿様なんです」
「兼仲様はちょっと猪ですけど、高い税は取らないで贅沢もせず、いい殿様なんです」
「兼仲様はあまり賢くないですけど、領民達の食料が足りなくならないように狩りを行って獲物を分けてくれたりするのです」
慕われているのは確かだが、ちょっとオツムに問題があると思われているようだ。
導師に治療されている兼仲が家臣達からおバカ扱いされて涙目だったが、みんな見て見ないフリをした。
それに、裏切られていないって事はいい殿様の証拠なのだから。
「ところで、これからどうするのです?」
二つの勢の争いは防げたが、細川さんの言うとおりこれからどうするのか方針が決まっていない。
「我々はこの島に住めるのであれば、ヘルムート王国とやらの支配下に入っても構いません」
「いいのか? 秋津洲さんに不満はないの?」
俺は、細川さんの隣にいる秋津洲さんにもその意志を訪ねた。
「本当ならば、私は領地すら持てない存在だったのです。それが、昔から我が家に仕えていたという理由だけで藤孝が支えてくれています。確かに昔の秋津洲家は、この島全体を治める家でした。ですが、それは昔の事。私に為政者としての才はありません。ただ領民達が平和に暮らせればいいのです」
残念ながら、彼女には領民達に慕われる魅力はあっても為政者としての能力に不足していた。
それを、同じ女性である細川さんが担当している。
うちで言うところのローデリヒのような存在なわけだ。
「秋津洲さんは魔法使いですよね?」
「はい、治癒魔法のみですが」
巫女服だからというわけでもないが、彼女は治癒魔法の名手なのか。
そして、ようやく治療が終わった兼仲は猛将としての才能があると。
「俺はバウマイスター伯爵に負けた。負けた以上は、あんたに従おう。だが、本当にうちは水が足りなくて困っているんだ。戦は避けたかったが、俺は領主だ。領民達が飢えて死ぬのを見ていられなかった。例え他所の領民が飢え死にしてもだ。俺が悪役になればいい。領主ってのはそういう決断ができないと駄目だと思った」
兼仲も、無意味に秋津洲領に攻め込んだわけではない。
すべて領民達の事を思っての行動だったというわけだ。
「でも、やっぱりバカですね」
「否定できない……」
アグネスから再びバカ扱いされ、兼仲は涙目になった。
頭が悪いのを、案外気にしているようだ。
「水かぁ……この島には川とか池はあるのか?」
「島の中央にはあるが、当然別の領主が支配しているぞ」
勝手に水を引くわけにはいかないのか。
どの世界、時代でも、水利権の争いは過酷だからな。
犠牲者が多数出てしまう事も多いし。
「今まではどうしていたのだ?」
「雨水を蓄えるため池があってな。今は雨が降らないので空だが……」
何とか水を確保しないと、今度は領民達が主体となって水を奪いに来かねないな。
「井戸は掘れないのか?」
「無理だ。この島の地下は、分厚い岩で覆われているのだ」
「魔法で叩き壊せないのか?」
「俺では無理だったんだ。威力が足りなくて岩が割れないんだ」
「毎日少しずつ割っていけば大丈夫なのでは?」
「それができたらやっているさ。論より証拠、案内しよう」
俺達は怪我が癒えた兼仲の案内で、彼の領内にある巨大なため池へと移動する。
そのため池は完全に干上がっており、池の底も謎の黒い岩で覆われていた。
「変な色の岩だな?」
「普通の岩なら、ちょっとずつ割ればいつか水脈に辿り着く。だが、この岩は俺の全力程度では凹みもしないんだ」
「これは、『黒硬石』ですね。ならば割れませんよ」
俺達に同行した細川さんの説明によると、この『黒硬石』は島の大半の地下水脈上を覆っており、そのせいで島は全体的に水不足なのだそうだ。
地下水はあるが、それを得る手段がないというわけだ。
「導師、どうです?」
「某がやってみよう」
並の威力では傷一つつかない黒い岩。
導師は興味を持ち、自分が全力で叩き割ってみせると宣言する。
「大丈夫かな?」
「安心するのである、ブランターク殿。某は今も魔力が上がっている状態なのである! 全力でやれば大丈夫なのである!」
『黒硬石』はとにかく固く、しかも厚さが十メートル以上あるそうだ。
というか、この島の表面の大半はこの『黒硬石』であり、その上に数万年をかけて土などができたようだ。
「この島は、水自体は豊富って事かな?」
「はい、その水を利用できるかどうかは別問題ですけど」
「魔法で割れないのか?」
「大昔の実力のある魔法使いならば。ですが……」
一つの島に籠っていた副作用なのか、ここ数百年で島に住む人間に魔法使いが出現しにくくなった。
しかも、上級レベルの魔法使いがまったく出現しなくなったそうだ。
その代わり、なぜか彼らの魔法使いとしての能力は遺伝しやすいらしい。
中級レベルとはいえ、領主である秋津洲さんも兼仲も先祖代々魔法使いだった。
「遺伝する代わりに、魔法使いとしての能力は徐々に劣化してきたのか?」
リンガイア大陸とは何かが違うというわけか。
なぜ違うのかは、あとで偉い学者さんにでも研究させてもいいか。
今はそれどころではない。
「それでは、早速なのである!」
導師は即座に行動に入った。
『飛翔』で上空へと飛び、体に強固な『魔法障壁』を纏って地面へと砲弾のように全力で落下した。
「つうか、もちっとスマートな方法はねえのかよ……」
導師のストレートな方法にブランタークさんが呆れていたが、俺はいい方法だと思う。
自分の巨体を砲弾に見立て、落下速度まで利用して黒硬石の岩盤を砕こうというのだから。
もし俺がやるとしたら、この方法は取らないわけだが。
だって、失敗したら痛そうだし。
「あの方は大丈夫なのでしょうか?」
『飛翔』による速度まで加えて上空数十メートルから落下した導師を秋津洲さんが心配した。
彼女はとても優しい人のようだ。
でも安心してほしい。
この程度の事で、導師がどうにかなるわけがないのだから。
地面への落下と共に何かが砕ける爆音のような音と、大量の破片が周囲に飛び散った。
俺とブランタークさんは、冷静に『魔法障壁』を展開して秋津洲さん達を守る。
「ありがとうございます。バウマイスター伯爵様」
巫女服の美少女にお礼を言われると、悪い気がしない。
やはり、巫女服は偉大だな。
「で? どうなった?」
ブランタークさんが導師の落下した時点を見ると、ため池の底の中心地には巨大なクレーターができていた。
深さは三メートルほどであろうか。
それにしても、黒硬石とは物凄い硬さだな。
導師が全力で攻撃して、三メートルしか掘り進められないのだから。
「導師、もう一回可能ですか?」
「明日にしてほしいのである!」
残念、この一撃で導師は魔力の大半を使い果たしたようだ。
導師でこれだと、兼仲では一センチも掘り進められなくて当然か……。
彼は、導師が掘り進めたクレーターを見て絶句している。
「三日か四日で岩盤を抜けますかね?」
「バウマイスター伯爵、ルイーゼ嬢がいるのである!」
「ルイーゼも一撃加えれば早まりますか……」
導師の忠告に従い、俺は『瞬間移動』で屋敷に戻ってルイーゼを連れて戻ってきた。
「お涼様、伝説の移動魔法ですよ」
「初めて見ました」
この島の魔法使いも、魔族と同じく『瞬間移動』が使えないようだ。
秋津洲さんと細川さんは、俺を尊敬の眼差しで見つめていた。
「うわっ! 本当に島があるんだね! あと、ミズホみたいな服装だ。ボクもこの服ほしいなぁ。ヴェルを誘惑できそう」
「あのぅ……この服は神に仕える者が着る神聖なものなのですが……」
俺に連れてこられたルイーゼはこの島と秋津洲さん達を見て驚き、彼女が着ている巫女服を欲しがったが、動機が不純なので秋津洲さんから注意されてしまう。
「ルイーゼにお願いがあって、この岩盤なんだけど……」
「導師が全力で攻撃してこれだけ? この岩、何でできているのかな?」
ルイーゼは、黒硬石の硬さに驚いていた。
「前の必殺技で頼むよ」
「えーーーっ! あれは何日か動けなくなるから駄目だよ。ボクも全力で導師と同じくらいの深さを掘るから、あとはヴェルがやって」
「うーーーむ、しょうがないか」
ヘルタニア渓谷で使った『ビックバンアタック』は、ルイーゼの体の負担が大きいと断られてしまった。
それでもクレーターの底に行き、拳に大半の魔力を篭めて必殺の一撃を放つ。
「これも凄え威力だな」
再び大量の破片が飛んだので、俺とブランタークさんで『魔法障壁』を張ってみんなを守った。
「あとは俺か……」
さすがは魔闘流というべきか、ルイーゼは導師よりも深く穴を掘っていた。
クレーターは更に深く大きくなり、これで七メートルほど掘り進めた事になる。
「岩盤は十メートル以上、俺か翌日に誰かの一撃で水脈に届くな」
「あんたら凄いな。俺が全力で殴っても、傷一つつかなかったのに……」
例え少しずつでも掘り進められたら、兼仲かその祖先が岩盤を砕いてはずなのだから。
最低でも上級レベルの魔力がないと、黒硬石は傷一つつかないわけか。
この黒硬石、何かに使えるかも。
ちょっとサンプルを取っておくか……。
「ヴェル、少し魔力を残さないと駄目だよ」
「俺も溢れる水で溺れたくないから残すよ」
もしすべての魔力を使って岩盤を完全に打ち砕けても、俺は深いクレーターの底なので溢れる水で溺れてしまう。
ルイーゼの忠告どおり、『飛翔』で逃げる分の魔力を残しておかないと。
「それじゃあ、次は俺の番だ!」
俺もルイーゼのように、拳に大半の魔力を集めて岩盤を殴る事にした。
魔闘流ほど効率はよくないが、俺はルイーゼよりも魔力がある。
同じくらいの深さを掘れるはずで、もし今日岩盤を撃ち抜けなくても、明日には水が出てくるはずだ。
「よぉーーーし! 最後の一撃だ!」
俺は拳に全力を込めて、クレーターの奥で第三撃目を放った。
三度大量の岩片が飛び散り、俺の視界を防ぐ。
「どうだ? あれ? やっぱり明日かな?」
俺の見立てではもう十メートル以上掘り進めたはずだが、まだ岩盤が残っていた。
水が湧き出るのは明日もう一撃してからかなと思ったら、岩盤には罅が入り、次第に少しずつ広がってそこから水が湧き出してきた。
段々と湧きだす水の量が増え、遂には罅の入った岩盤を突き破り、まるで噴水のように水が湧き出し始める。
俺は水没しない内に、クレーターの底から『飛翔』で逃げ出した。
「予定よりも早く水が出たな」
「凄ぇーーー! あんたは、俺のお館様だぁーーー!」
水が湧いてよほど嬉しかったようだ。
兼仲は涙を流しながら、俺に土下座をした。
家臣達もそれに続き、秋津洲さんの家臣も同じように俺に頭を下げる。
「みなさん、今日は喜ばしい日です。この分裂し混乱するアキツシマ島に、外部よりそれを正すお方が現れたのです。バウマイスター伯爵様は我らの新しい主様です」
「えっ? 俺?」
突然秋津洲さんが俺を新しい主君だと言い始め、それに俺達以外の全員が賛同して頭を一斉に下げた。
俺は、ただ争いを止めようと岩盤を砕いて水を確保しただけなのだが……。
「これで、水不足で収穫が足りなくなる事もなくなりました。七条領と秋津洲領でも、新しい土地で沢山の作物が作れます」
「俺はバウマイスター伯爵様の家臣になるぞ。みんなもいいよな?」
「はい」
「バウマイスター伯爵様は救世主です」
この中で一番家柄がいい秋津洲さんの臣従宣言により、一人も反対する事なく、逆に大喜びで俺の家臣に領民になると宣言し、頭を下げてしまった。
これでは、俺はもう逃げられないではないか。
「ルイーゼ、どうしよう?」
「どうせ、王国からバウマイスター伯爵領にされてしまった島だからね。ヴェルが平定しないと駄目なんじゃないの?」
「魔族もいるんだぞ……」
「だから、大急ぎで?」
「そんなお手軽に、戦乱の渦中にある島の統一なんてできるか」
「やってみないとわからないじゃない。みんな、協力するから」
「ルイーゼ嬢の言うとおりである! 某も協力するのである!」
「(じゃあ、あんた一人でみんなぶん殴って統一してくれ。統一したら法衣から在地領主になれますよ)」
さすがに空気は読んでそれを口にしなかったが、俺はなるべく短期間でこの島を統一しなければいけなくなるのであった。




