八男×銭同時発売記念コラボSS「ヴェンデリン、奮闘す!」もし彼らが別の世界に飛ばされていたら。
「ヴェンデリン! お前はまさか、俺の命令を拒否などしないよな?」
「はい」
「素直なのはいい事だ。我がバウマイスター騎士爵家諸侯軍に加わり、俺の指揮で戦うのだ!」
語り死人であった師匠から魔法の特訓を受け、これからも魔法の修行に励まなければいけないなと思った直後、俺は……いや、俺達はか……思わぬアクシデントに襲われた。
バウマイスター騎士爵領があるリンガイア大陸南端部、ここにはバウマイスター騎士爵家の人間以外いないと聞いていたのだが、突然別の貴族領があったと兄から言われたのだ。
無人の未開地から、突然貴族の領地が湧くわけがない。
ヘルムート王国から移民してくるはずはなく、多分南端海岸から上陸して入植してきたのであろう。
先代ブライヒレーダー辺境伯による魔の森侵攻作戦以来、誰も未開地の様子なんて見に行っていない。
だから、彼らの上陸に気がつかなかったのだ。
そして、我がバウマイスター騎士爵家と、謎の勢力とのファーストコンタクトが行われようとしている。
ただ、クルトは友好的に話し合いでなどとは考えていない。
彼からすれば、北上してくる連中は侵略者でしかないのだから。
「クルト兄さん、その未開地に入植している連中の詳細は?」
「知らん! だが、未開地は我らバウマイスター騎士爵家の物だ! 侵略者に鉄槌を下さねばなるまい!」
「それで戦力は? 我らだけで勝てるのですか?」
侵略者との戦いということで、クルトは妙に張り切っている。
貴族としては間違いなく最下層にいると断言できる我が家が、今初めて貴族らしい事をする。
その高揚感で、長男クルトは周りが何も見えていなかった。
あとひと月もせず王都に向かう予定だったエーリッヒ兄さん達も急遽諸侯軍に参加し、頭のいい彼はクルトの参謀役に落ち着いた。
名主であるクラウスにも同じような役割を割り振られたが、クルトは二人とも大嫌いなようで、その忠告をことごとく否定した。
相手の戦力を探るために偵察をしようと言っても、少ない戦力が分散されるので駄目。
どうせ単純に防衛を行えばいいのだから無駄だと抜かした。
「お前ら! 我らに降伏などあり得ないのだ! ここは一旦敵の攻撃を防衛で防ぎ、戦況に応じて逆襲。奴らの入植地を奪えば、我らバウマイスター騎士爵家の躍進に繋がるのだぞ!」
いや、そう上手くいえばいいけど。
というか、広大な未開地の北端バウマイスター騎士爵領付近まで北上してきた敵が、うちの兵力以下なんてまずあり得ない。
そんな事は、子供にでも理解できるはずだ。
「多少の兵力差など、ヴェンデリンの魔法で何とでもなる! 父上もブライヒレーダー辺境伯に援軍を要請しに向かった! 我らは必ず勝てるのだ!」
そう、なぜクルトが偉そうに命令しているのかといえば、父がブライヒレーダー辺境伯に援軍を要請しに行っているからだ。
『なぜ本来陣頭に立たなければならない父が?』と思ってしまうが、ここにバウマイスター騎士爵家の悲しい現実があった。
ブライヒレーダー辺境伯家の人間が知っているバウマイスター騎士爵家の人間が、父とクラウスくらいなのだ。
クルトが援軍の要請に行っても、最悪誰かわからないなんて事もあり得た。
下手をすると、偽物扱いで相手にされないかもしれない。
そんな理由でクルトが軍勢の指揮を執っていたが、父の選択は間違っていると思う。
多分、クルト以外の全員が思っているであろう。
「あのう……この場合、ヴェンデリン様が援軍の要請に向かった方が早いのでは?」
特にクラウスなど、絶対に心の中でクルトをバカにしているはずだ。
俺が『飛翔』の魔法で援軍を呼びに行った方が確実に早い。
そんな子供にもでもわかる事を、父もクルトも行えなかったのだから。
まあ、父の場合はこの領地で最大戦力である俺がいなくなると、領民達がパニックを起こすと予想したから、という理由もあったのかもしれない。
それにしても、まだ六歳の俺が最大戦力って……。
「ヴェンデリンが援軍を呼びに行く? ふんっ! 臆病風を吹かせて逃げたらどうするのだ?」
残念な事に、クルトは俺を疑っているわけだ。
今までほとんど接触がなかったが、とことん非常時の当主としては向かない男のようだ。
どこの世界に、一番の責任者が部下を信用していないとみんなの前で公言するというのか。
戦う前から、バウマイスター騎士爵家諸侯軍は機能していなかった。
「現実問題として、お館様がブライヒレーダー辺境伯領まで到着するには時間がかかります。その間、敵の侵攻を防げるのですか?」
「もし戦況が不利になれば、森に逃げ込んで抵抗すればいい。いいか、我がヘルムート王国の領地が敵国の侵略を受けたのだ。必ずや、王国が援軍を寄越すであろう」
エーリッヒ兄さんの問いに、クルトは能天気に回答した。
時間はかかるが、王国が援軍を寄越す可能性は高い。
それまでに、バウマイスター騎士爵領が完全占領されていない保証はないが。
それにしても、クルトは本当に非常時には役に立たない男のようだな。
お前は大本営の頭でっかちの参謀か?
いや、彼らほど勉強もできないか……。
森に逃げ込むって、我が家の占有森でも熊や猪は領民達にとって脅威なんだぞ。
第一、非常時に備えて何か森の中に準備がしてあるのか?
女、子供、年寄りを森の中で野宿させる。
それも、王国軍が来るまでの長期間だ。
確実に病気になったり死ぬ者も出てくるであろう。
そして、八百人もの領民達に食を与え、敵軍からの探索を誤魔化せる森など存在しなかった。
「それならば、領民達は一度降伏した方がいいのでは? 少数の諸侯軍のみで森に潜伏し、王国からの援軍と共に決起してバウマイスター騎士爵領を奪還すれば……」
「そんな卑怯者の戦法が取れるか! 子供がしたり顔で下らぬ策を抜かすな!」
突然、俺はクルトに張り倒されて地面に倒れてしまった。
まだ体が子供なので、彼の咄嗟の暴力に対抗できなかったのだ。
口の中を切ったようで、血の味がする。
それにしても、いきなり殴るのはないよな。
俺とあんたは、そこまで縁があったわけでもないのに。
「ヴェル! クルト兄さん! ヴェルは幼いながらも、領民達の安全を願ってこの策を提案したのですよ!」
「クルト様、ヴェンデリン様の策でしたら、敵軍の補給に負担を与える事も可能です。彼らは、我らの反抗を怖れて搾取などは行わない可能性もあります」
倒れた俺を、すぐにエーリッヒ兄さんが起こしてくれた。
というか、この状況ならとっとと降伏した方がマシだと思う。
向こうに犠牲が出ない内に降伏すれば、敵による略奪なども防げるかもしれないのだから。
こんな中世ヨーロッパ風の世界だから保証はできないが、下手に抵抗して犠牲が出たら最悪皆殺しだ。
本当は俺だけで逃げ出してもいいが、残される領民達やエーリッヒ兄さん達を思うと罪悪感も出てしまう。
「我らバウマイスター騎士爵家は、今ヘルムート王国の先駆けとして、この謎の敵に当たろうとしているのだ! 例え多くの犠牲が出ようと、最後まで徹底抗戦しなければいけない!」
まあ、お前はその犠牲の中に入らないんだろうがな。
「ならよ。まずは敵戦力の把握だ。偵察は必要に決まっているだろうが」
「ヘルマン! 俺に意見か?」
「意見とかそういう問題以前の、軍事の常識なんだがな」
「仕方がない! ヴェンデリン、偵察して来い!」
人間、切羽詰まった時に本性が現れるという。
普段は父の言う事をよく聞く凡人クルトは、口では勇ましい事を言っても自分で何かをするわけではなかった。
父の名代として怒鳴っているだけだ。
本当は怖いのを隠すため、余計に怒鳴っているようにも見える。
まあ、実際に接する側としては迷惑でしかなかったけど。
急遽編成した諸侯軍も、全体的な指揮は兄弟の中で一番体が大きくて威厳もあり、普段から少数ながら警らや害獣の駆除を指揮しているヘルマン兄さんに、その下でパウル兄さんとヘルムート兄さんが補佐を行い、エーリッヒ兄さんは参謀兼軍政官のような役割をしていた。
ここに名主のクラウスと、俺達の異母兄弟も諸侯軍に参加して補佐を行っている。
クルトは父の名代なので一番偉いはずなのだが、俺をぶん殴った時点でただのお飾りになった。
誰もが、こいつに従って死ぬのは嫌だと思ったからだ。
クルトの勇ましい抵抗宣言も、彼に軍人として、バウマイスター騎士爵家の跡取りとしての実績がないので、従う者は少ないであろう。
どうもこいつ、人を犠牲にして自分は生き残り、あとで援軍に来た王国に対し自分の功績を誇ろうとしている節があったからだ。
彼がそういう裏の本音を見抜かれない器量を持った人物ならよかったのだが、最悪な事に父は選択を誤ったと、クルト以外の全員が思っているはずだ。
「どうした? 早く行け!」
まだ魔法を習いたてとはいえ、俺はバウマイスター騎士爵家の最大戦力だ。
『飛翔』を使えば、敵軍の偵察も容易いと思われているのであろう。
「行ってきます」
これ以上こいつの顔を見ていると不快なので、俺は習いたての『飛翔』で南方に飛んだ。
バウマイスター騎士爵領から南に二十キロほどの平原、ここに謎の敵の軍勢が陣地を築いていた。
「敵軍の数……それがわかるようになるのも、ちゃんと教育を受けてからだよなぁ……」
敵に見つからないように軍勢の数を数えてみるが、生憎と俺は軍人をした経験がなかった。
数千人……もしくは一万人を超えるか?
どちらにしても、バウマイスター騎士爵家諸侯軍なら一撃で粉砕されるであろう。
これは、降伏も視野に入れないといけないな……などと思っていたら、どうやら敵に見つかってしまったようだ。
俺の魔力の隠蔽が、まだ未熟なせいであろう。
敵陣地から一人のローブ姿の中年男性が、『飛翔』でこちらに飛んでくる。
あの規模の軍勢だ。
魔法使いは貴重だが、いないわけがない。
「子供?」
俺の姿を確認した魔法使いは、俺が子供なので警戒を解いてしまった。
それにしてもこの魔法使い、体は大きめだがあきらかに日本人だよな?
おっと、今はそれどころじゃない。
逃げられるか怪しいところであったが、向こうは俺が子供なので油断しているのは幸運であった。
いくらベテランそうに見えても、油断すれば意味がない。
『ヴェル、油断はどんな強者でも一瞬で弱者に変える』
師匠の言葉を思い出し、俺は拳に『魔法障壁』を集中させて敵魔法使いの懐に飛び込んだ。
彼も『魔法障壁』を展開していたが、どうやら魔力量では俺に勝算があるようだ。
拳に集中させた一撃で、敵魔法使いの『魔法障壁』を叩き壊した。
「バカな! その年で俺よりも!」
「隙あり!」
続けて『魔法障壁』が壊された敵魔法使いの懐に飛び込み、鳩尾の部分で風魔法を展開する。
さすがに元平成日本人に人殺しは躊躇われ、軽くダメージを与えながら吹き飛ばすに留めた。
鳩尾に一撃加えたので、吹き飛ばされた敵魔法使いは膝をつき、その場で動けなくなってしまう。
「今だ!」
敵魔法使いが動けるようになる前に、俺は急ぎ『飛翔』でバウマイスター騎士爵領へと逃げ出すのであった。
「陛下、奥方様、宰相様、思わぬ不覚を取りました。申し訳ございません」
「まあ、無事だったからよかったよ」
「まさか、あのような子供に一方的にあしらわれるとは……この責任を取り、この松永久秀、足利王国筆頭魔法使いの地位を返上しようかと……」
「それは駄目だ。他に適任者がいない」
リンガイア大陸南端への侵攻と入植は順調だったが、思わぬ障害が発生した。
唯一この未開地に領地を持つ貴族領を占領しようと軍勢を北上させたら、うちの軍勢を探っている魔法使いがおり、その捕縛を筆頭魔法使いである松永久秀に任せたら、反撃されて逃げられてしまったのだ。
しかも久秀の報告によると、その魔法使いは五、六歳の子供だという。
「天才児現れるだね、兄さん。久秀としては、どのくらいの実力だと思う?」
俺の弟にして宰相をしている清輝は、興味深そうに子供魔法使いついて久秀に尋ねた。
「あの年齢で、既に私の魔力量は余裕で超えていたでしょう。油断して不覚を取った私が言うのも何ですが、魔力の使い方や戦い方は未熟そのもの。彼の魔力はこれからが成長期です。間違いなく、末恐ろしい魔法使いになります」
「へえ、それは凄いね。こっちに引き抜けないかな?」
「私も、娘の婿にほしいくらいです」
アキツシマ王国統一で多大な貢献をし、筆頭魔法使いに任じられた久秀がそこまで評価するとはね。
これは、本物なのかもしれない。
「問題は、そんな子供にまで物凄い魔法使いがいるヘルムート王国の方かな?」
俺の正妻にして、王国軍最高司令官でも今日子は、ヘルムート王国の魔法使いの層の厚さを警戒し始めた。
「義姉さん、それは心配ないよ」
「そうなの? キヨちゃん」
「事前に偵察はしているからね。リンガイア大陸も同じさ。魔法使いが貴重なのは。ただ、魔力量でいうとうちの方が不利かもね。リンガイア大陸では、今も定期的に上級レベルの魔法使いが現れるようだし」
「上級ですか……。我がアキツシマ島では、既に伝説ですな。中級レベルの私が天才扱いなのですから」
リンガイア大陸最南端から南に三百五十キロほどの海上、ここにアキツシマと呼ばれる島があった。
人口は三十万人ほど、俺達が来るまで統一された国は存在せず、数十名の貴族が分割統治を行っていた。
血で血を洗う戦乱の世とまではいかなかったが、頻繁に領主同士による小競り合いは発生していたし、分割統治の影響で効率のいい発展が妨げられていた点もある。
彼らは、大昔に北方のリンガイア大陸に国を築いていたアキツシマ共和国という保護国の国民の子孫だそうだ。
一万年以上も昔、繁栄を誇っていた古代魔法文明は一夜にして滅んだ。
暫く、リンガイア大陸は人が住みにくい土地となり、彼らは船でアキツシマ島と名付けた島に逃げ込んで入植したわけだ。
本当は、リンガイア大陸が落ち着いたらすぐに帰還する予定だったらしい。
北方に逃げた同朋もいるそうで、どうなったのか気になっているのもあった。
ところが、アキツシマ島は政治的な混乱から王族と貴族の統治に戻り、ここ数百年はそれも崩れて割拠状態が続いてしまった。
そこを、俺達が統一したわけだ。
巨大な宇宙船カナガワと、科学の力を用いて。
俺足利光輝と、その妻今日子、弟の清輝は宇宙で運送業を営んでいた。
それが仕事中に異次元宙流に巻き込まれ、気がついたら魔法がある西洋ファンタジー風な世界に。
ただ、なぜか最初にコンタクトした連中は日本人のようであった。
彼らも、自分達と似ている俺達が宇宙船で降り立ったのを目撃して衝撃を受けたようだ。
紆余曲折色々とあったが、俺達は神の船で島に降り立った神のお使い様扱いとなり、カナガワの科学力と生産力を駆使してアキツシマ島の統治を行ったら、王様になってくれと言われて今に至る。
極少数逆らった連中もいたが、彼らは既にこの世にいない。
大半の住民達は、生活を豊かにしてくれる俺達を支持した。
ところが、統一した王国が成立して統治と開発が効率化し、食料事情と医療技術が進歩した結果、人口が爆発的に増えつつあった。
このままでは、アキツシマ島が過密状態になってしまう。
そこでリンガイア大陸南端部と、それに付随する島々に入植……彼らに言わせれば里帰りを計画したわけだ。
実はリンガイア大陸南端に至るまでの海域には海竜の巣が大量にあり、それも彼らが大陸に戻らない原因であった。
島への移住により技術と魔法が衰退した彼らには、海竜の巣を突破する力がなかったのだ。
海竜は俺達によって効率よく退治され、リンガイア大陸への道は開いた。
軍勢を整えて上陸した旧アキツシマ共和国領は、深いジャングルに包まれ、同時に魔物の楽園と化していた。
『兄貴、ファンタジーの世界だよ。モンスターや竜がいるよ』
残念ながら、今の俺達の力では彼らの完全な駆逐は不可能であった。
魔物は海竜ほど弱くないからだ。
俺達はようやく兵士達に鉄砲と大砲を装備させつつある状態であり、同時に竜に対抗可能な優秀な魔法使いが不足している。
長年アキツシマ島で籠っていたせいか、我ら足利王国の国民に魔法使いは極端に少ないのだ。
その不足分は、カナガワと科学の力で補っている状態であった。
無理はさせられない。
とはいえ、これから恐ろしい量の魔力を持つ天才魔法少年と戦わないといけないわけだが。
「その魔法使いが、闇雲に本陣を目指したら危険ね」
「そうだなぁ……他に魔法使いはいるのかな?」
「いないはずだ。リンガイア大陸でも、ちゃんと攻撃魔法が使える魔法使いなんて数千人に一人だから」
事前に偵察衛星や無人機で情報収集をしている清輝は、自信満々に答えた。
情報を握る。
これほど有利な事もない。
久秀以下、アキツシマ島の住民達が俺達に従っているのは、科学を駆使した圧倒的な力を持っているからだ。
そりゃあ魔法使いは便利だけど、出現率の問題がある。
科学の力を有した俺が王様に祭り上げられているのも、妻の今日子が王妃なのも、弟の清輝が宰相なのも、すべて科学のおかげであった。
「でも、残念だな」
「何が残念なんだ? 清輝」
「その魔法使い、男なのか。アキツシマ島でも魔法使いはおっさんや爺さんばかりだし、ここで美少女魔法使いとか出てほしいよね」
加えて近年、アキツシマ島においてはほとんど女性の魔法使いが出ていなかった。
そのせいもあり、島の住民にはどうも男尊女卑の傾向が強いように思える。
「「別に思わないけど」」
「つまらない夫婦だな」
清輝がこよなく愛している魔法少女アニメでもあるまいし……。
それにもし敵の魔法使いが美少女でも、俺達を殺しに来るんだぞ。
「そこは、敵対しながらも徐々に恋に落ちる、敵の魔法使いと、宰相の青年」
「「お前が恋の相手なのかよ!」」
「夫婦で息がピッタリだな!」
俺と今日子は、清輝に対し同時にツッコミを入れてしまった。
「キヨちゃん、現実見ようよ……」
清輝が妄想を口にし、それに今日子がツッコミを入れる。
普段の光景のため、既に久秀達はそれをスルーする能力を身につけていた。
「久秀、魔法使い全員で防げば大丈夫だろう?」
「はい。他の守りが薄くなりますけど……」
「それは鉄砲隊と砲兵部隊で防げるよ。リーグ大山脈より南で領地を持つ貴族はバウマイスター騎士爵家のみ。人口は八百人ほど。魔法使いは、例の子供だけ。的確に対処すれば、まず負けないね。あとは、久秀達がいかにその子供を抑えるかだ」
事前に清輝は、敵の情報を掴んでいた。
さっきまで、鳥に偽装した無人偵察機を飛ばしていたからな。
「みっちゃん、その子ほしいね」
「犠牲を出さないで捕えるのは難しそうだなぁ……」
「それは意外と難しくないかも」
「どうしてだ? 今日子」
足利王国の魔法使い達を纏める久秀が、不覚を取った相手だからなぁ……。
俺は、生け捕りは難しいと思っていた。
「その子、魔法使いとして才能はあるけど、経験不足なのはあきらかよ。それに、久秀を殺さなかった」
「はい。自分の『魔法障壁』が破られ、懐に入られた時、私は死を覚悟しました。ところが……」
「中途半端なダメージだけ与えて逃げてしまった。その子は偵察をしていたのだと思う。情報を持ち帰るのが最優先だけど、久秀にとどめを刺すのは難しくない状況だった。でも、それをしないという事は、子供で戦争どころか対人戦闘も未経験で人を殺した事なんてない。まあ、子供だからね。うちの愛や太郎と大して年齢も変わらないんじゃないの?」
「むしろ、年下でしょうな」
魔法使いの少年は五~六歳で、うちの長女愛は八歳だから二つばかり年上か。
「魔法使いの才能があったから従軍させられたのか。可哀想にね。久秀、魔法使い部隊は、その子だけを相手にしなさい。上手く捕えてね」
「義姉さんの言うとおりだ。他のバウマイスター騎士爵家諸侯軍は、なるべく犠牲を出さないで降伏させたいな」
自分達だけこんな僻地に住まわされて、間違いなくヘルムート王国に対する忠誠心なんてゼロだろうしな。
うまくこちらに組み込んでしまえばいい。
「兄貴、未開地全土を押さえたら、カナガワはこっちに移動させようよ。新しい王都はこちらに建設した方がいい」
「アキツマシ島は狭いからなぁ……開発の余地がないのが困ってしまう」
危機的状況とまでは言わないが、それも時間の問題であろう。
速やかにこの未開地を、足利王国の本拠地としなければならない。
「我ら民族の里帰りです。これも、神の船と、足利王国のおかげ」
「足利王国万歳!」
「「「「「万歳!」」」」」
この連中、カナガワが突然島のすぐ傍に出現し、そこから俺達が出てきたから本当に神の遣いだと思っているんだよなぁ……。
たまに忠誠心が強すぎてドン引きするけど。
「その子だけ上手く捕えて、あとは力を見せつけて降伏させる方針で」
せっかくここまで、魔物と野生動物以外とは戦闘をしないで進軍できたのだ。
俺は戦争好きじゃないし、犠牲ゼロでの未開地平定を願うのみであった。
「クルト兄さん、抗戦は不可能ですよ」
「そうだな。敵は数千から一万を超えている可能性がある。兵士の質も、うちは大半が農民と狩人だぞ。絶対に勝てない」
「相手が理性的な連中である事を祈るしかない。交渉できないかね?」
「駄目そうなら、ブライヒレーダー辺境伯領に逃がすか? いや、女子供にリーグ大山脈は辛い」
「クルト様、ヴェンデリン様の報告によりますと、敵は多くの魔法使いを抱えている可能性があります。それに対して、こちらはヴェンデリン様お一人。これでは、切り札になりません」
敵の魔法使いを振り切ってバウマイスター騎士爵領に逃げ込んだ俺は、できる限り知り得た情報を報告した。
それと聞いたエーリッヒ兄さん、ヘルマン兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さん、クラウスと、諸侯軍幹部の全員が抗戦に反対の意見を述べた。
どう戦っても勝ち目なく、こちらに無駄な犠牲が出るだけだからだ。
子供にでもわかる理屈だが、唯一徹底抗戦を主張した人物がいた。
父の代理であるクルトであった。
「貴族として、一戦もせずに降伏や逃亡などあり得ない! お前らは臆病風に吹かれたのか?」
臆病風というよりも、立場の違いであろう。
クルトは跡継ぎとして、より貴族的に振る舞わないといけない。
とはいっても、この戦力差だ。
もし父なら降伏したであろう。
本当は若いクルトを援軍の使者にした方がよかったのだが、ブライヒレーダー辺境伯家は辛うじて父の顔は覚えている者がいたが、クルトの顔を知る者はいないはず。
偽物扱いされる可能性もあり、だから父が使者になったわけだ。
しかしながら、今のクルトの言動を見るにこの人選は大きな失敗であった。
「そのような無謀な抗戦で領民に被害を出せません。領民達は降伏させ、我々だけで潜伏して援軍を待つ方が賢明でしょう」
クラウスの献策の方が、まだ堅実だと思う。
数名なら、リーグ大山脈と隣接する森に逃げ込めば、数か月は時間を稼げるはずだから。
「そのような逃げ腰の策が認められるか! 確かに領民達は兵士としての経験が少ない! だが、故郷を守るためだ! 必ずや実力以上の力を発揮するであろう!」
人間、時に追い込まれると、わざわざ罠に向かって行く事があると聞く。
今のクルトがそんな状態だ。
なまじ父が代理に任命したために責任感を感じてしまい、それが余計に彼を意固地にしている。
父が戻るまで抗戦できなければ、あとで廃嫡されるかもと思っているのであろう。
どちらにしても、下の人間には迷惑な話だ。
「兄貴、ちょっとやる気があるとか、そういうレベルの問題じゃないんだよ。戦いは数で、その数が致命的に足りないって言っているんだ。ここは一旦降伏するなり、俺達だけで潜伏するなりしないと」
「ヘルマン! 貴様ぁーーー! そうやってから、あとで俺の責任を追及して自分が跡継ぎになるつもりだな!」
「何でそうなるんだよ?」
なるほど、これはどうにもならないようだ。
クルトが当主代理であるうちは、彼は意地でも降伏しないのだと。
「敵の数が多いから勝てない? バカめ! 俺には必勝の策があるんだ! おう! ヴェンデリン!」
名前を呼ばれた時点で、俺には必勝の策の内容がわかってしまった。
間違いなく、俺が大変な目に遭うやつだ。
「ヴェンデリンが敵の総大将を討てばいいのだ! さすれば、残された連中など烏合の衆にしかすぎない! 残りを討つか降伏させれば、我がバウマイスター騎士爵家躍進の始まりになる!」
「そんな夢物語を……」
あの軍勢に、梟首戦術が通用するとは思えないのだが……。
「ヴェンデリン! 行け!」
この時点で俺だけ逃亡してもよかったのだが、中身がお人好しの元日本人という時点で割り切れなくて困ってしまう。
それに、いくら状況が状況とはいえ、領民と家族を見捨てて逃げ出した貴族の子が普通に暮らせるかどうか怪しい。
冒険者になったとしても、お上に目をつけられ、周囲から悪口を言われて居心地が悪いかもしれないのだから。
「(仕方がない……せっかく魔法が使えると思ったら、一年と経たずに死にそうだな……ただ……」
そのまま死んでしまうのは癪であった。
人殺しには慣れていないが、俺は一人だけ許せないと感じている奴がいる。
こいつの目が黒いうちに死んで堪るか。
俺は直接手を出さないが、必ず惨めな思いをさせてやる。
「わかりました。敵の大将を狙いましょう」
「ふふん、それでこそ魔法使い。上手くやれば、お前をバウマイスター家筆頭お抱え魔法使いにしてやるぞ」
そんなのは死んでも御免だと思ったが、ここは素直に頭を下げてクルトを油断させるのであった。
「ヴェル、すまない……」
さて、俺は敵の大軍に突っ込まなければいけないのだが、まだ子供で体が小さく、師匠が残してくれたローブなどが使えなかった。
これがあれば防御力が大分違うのだが……。
裁縫をする時間もないので、このまま行くしかないであろう。
鎧なども、バウマイスター家に子供用の鎧なんてあるはずがない。
あるのは、王家や大貴族家くらいなのだから。
できる限りの準備をしていると、そこにエーリッヒ兄さんが姿を見せ、いきなり俺に謝ってきた。
「エーリッヒ兄さんは悪くないですよ」
「いや、結局まだ子供のヴェルを危険な場所に追いやろうとしている。反対はしたけど、それが覆らなかった以上、僕も同罪なんだ」
エーリッヒ兄さん、まさか発言までイケメンだとは……。
もし俺が女なら惚れてしまいそうだ。
「ご安心を。俺も死ぬ気はないです。あとは、不埒な事を企んでいます。エーリッヒ兄さんにお膳立てをお願いしたい」
「クルトの排除だね」
一瞬でエーリッヒ兄さんの顔に殺気が走った。
クルトを呼び捨てで呼んだという事は、彼に愛想を尽かしたのであろう。
「彼は、自分のためだけに他人を無意味に殺そうとしている。当主の器にあらず」
「そうだな。ちと面倒な状況になった。できる限り捕縛を試みるが、駄目なら俺が斬る」
エーリッヒ兄さんに続いて、ヘルマン兄さんも顔を出した。
「お前とはそんなに話をした事がなかったが、ヴェンデリンが当主をした方がよっぽど上手く行きそうだな」
「ヘルマン兄貴、駄目だ。クルトは斬らざるを得ない」
さらに続けてパウル兄さんも顔を出したが、その表情は優れなかった。
「駄目かぁ……」
「あの妄想を、士気を鼓舞するためという名目で領民達に話しやがった。一部の領民が欲に釣られて、クルトを囲むように守っている」
こう言うと失礼になるが、クルトの扇動に釣られたバカ者がいたというわけだ。
バカというか、こんな閉鎖された領地なので、世間知らずも存在するという事だけだ。
勿論少数派だが、人間の欲とは恐ろしい。
ちょっと冷静に計算すればわかる事ですら選択を誤るのだから。
「ヴェンデリンの魔法なら何とかなるってわけだ。そりゃあ、ヴェンデリンの魔法は凄いのかもしれないが、向こうにも魔法使いは複数いるだろう」
「それがわかっている大半の人達は、クルトの扇動に乗っていません」
「少数なら、最悪そいつらごと斬る! このまま抗戦するよりも犠牲が少ない。ところで、ヘルムートは?」
「クルトとその取り巻きの監視を頼んだ。まったく、クルトの結婚式が終われば王都に行けたのに……」
「パウル兄さん、僕もですよ」
パウル兄さん、ヘルムート兄さん、エーリッヒ兄さんは、クルトの結婚式が終われば王都に向かう予定だった。
その直前に戦争に巻き込まれたのだから、不運としか言いようがない。
「従士長として残る予定だった俺は、お前らにご愁傷さまとしか言えないよ。降伏して向こうに仕えるという手もあるな」
「ヘルマン兄貴、それは王国貴族としてどうなんだ?」
パウル兄さんが、敵に仕官したいと言ったヘルマン兄さんに苦言を呈した。
「パウルは凄いな。王国貴族としての気概に満ち溢れている。俺には無理だ」
「僕も生まれてこの方、王国貴族としての自覚に薄いですね。王都でそれを培う予定でした」
ヘルマン兄さんとエーリッヒ兄さんと同じく、俺もそうだ。
自分が王国貴族だと言われても、バウマイスター騎士爵領にいるとまったく実感できないので困ってしまう。
「俺は、時間稼ぎに傾注します」
俺も死にたくないので、時間をなるべく稼ぎ、その間にクルトを排除して降伏してもらうしかない。
後の事は、後で考えるしかないな。
もしバウマイスター騎士爵家が滅んでも、俺は一人で生きていけばいいのだから。
「行ってきます」
「ヴェル、すまない」
「クルトは必ず斬る。なるべく早く終わらす」
「クラウスもこちら側だ。クルトはもう終わりだな」
俺は、兄達の見送りを受けて謎の敵軍へと進撃を開始するのであった。
「行くぞ!」
クルトの命令で敵軍の総大将を討つ。
あいつはそれですべてが解決すると思っているようだが、当主を討たれた後継者や家臣達に報復される未来は予想できなかったのであろうか?
それと、やはり魔力を消して至近距離からの奇襲という策は取れなさそうだ。
まず俺がまだ未熟だ。
向こうの魔法使い達のレベルがわからないが、中級でもベテランが十人いれば俺の動きは簡単に止められてしまう。
「ならば!」
俺は敵軍の前に飛び出し、そこで堂々と名乗りをあげた。
「我こそは、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスター! 侵略者達よ! これ以上の前進をやめよ!」
やはり、敵は数千人から一万人ほどはいる。
元々未開地に人などいないので、戦闘は魔物か野生動物としかしていないはずだ。
つまり、ほとんど損害を受けていない。
ギリギリで実働戦力二百名ほどのバウマイスター家では勝てるはずがない。
それにしても、未開地の南方に人が住んでいたとはな。
いないと決めつけられる材料もなかったので、これは俺のみならずヘルムート王国の人間すべての油断だと思う。
ブライヒレーダー辺境伯領に応援要請に行った父が、ちゃんと援軍を連れて来れるか?
王国が、未開地を不採算領域だと決定して放棄すればうちは終わりだな。
敵がどんな連中かはわからないが、とにかく交渉の余地を残すため、徹底抗戦を主張しているクルトを、他の兄さん達が排除するまで時間を稼ぐしかない。
「出たな! 小僧!」
どうやら、名乗りをあげ終わる前に夕立のように矢が飛んでくる結末は防げたようだ。
先ほど、逃げるために魔法で一撃かました中年魔法使いが姿を見せる。
やはり、彼がこの軍勢で一番偉い魔法使いというわけだ。
ベテランの風格は感じられるが、俺に比べると魔力は少ない。
師匠基準で中級レベルのはずだ。
俺は器合わせで師匠と同じ魔力となり、それからも毎日少しずつ魔力が成長している。
何も考えないで全力で戦えば勝てるであろうが、この軍勢に魔法使いが彼一人のはずがない。
残念な事に魔法使いの魔力を数十ほど探知し、中年魔法使いの後ろに続々と集まってきた。
「(これは駄目だ……時間稼ぎに徹するしかない)子供一人に数十名か。この軍勢の大将は、よほどの臆病者なのであろうな!」
「何だと!」
「子供の分際で!」
幸運な事に、俺の挑発で数名の魔法使い達が激高してくれた。
このまま順番に勝負するとかに持っていけば時間を稼げる。
ただ、もしそれが上手くいっても俺が生き残れる保証はないけどな。
この世界に飛ばされて数か月、せっかく魔法を覚えたのにここで死ぬかもしれないとは……。
中身が平成日本人なのも考えものだ。
領民を見捨ててバイバイできれば、楽しい人生が待っていたかもしれないのに。
そういう事をしても罪悪感を感じない鋼の心が欲しかった。
「小僧、そのような挑発は通じない。時間稼ぎか? まあいい。お前がいなくなれば、残りの領民達も素直に降るであろう」
「それで、略奪と殺戮と強姦か? 野蛮人めが!」
「小僧、まだお子ちゃまにしては難しい言葉を知っているようだが、我ら足利王国を侮るなよ!」
「勝てば官軍、あとでいくらでも取り繕えるものさ」
「おっと、自己紹介を忘れた。我が名は、足利王国筆頭魔法使い松永久秀である」
「えっ?」
「何だ? 小僧。まさか私の名前を知っているなんて事はないよな? 我らは、今初めてヘルムート王国の人間と接するというのに」
俺もそれほど歴史に詳しいわけじゃないけど、子供の頃に某戦国シミュレーションゲームをプレイした事はある。
有能ながらもすぐに裏切る、非常に評判の悪い松永秀久の名前は覚えていた。
最後は茶釜と一緒に爆死したんだっけ?
当然同姓同名の別人だが、どこか身構えてしまう。
どんな卑怯な手が出てくるか、警戒してしまったのだ。
そして、その懸念は事実となった。
突然、『バ―ーーン』という軽い爆発音と共に正面の『魔法障壁』に何かが食い込んだ。
「っ! 銃弾か!」
まさか、足利王国を名乗る軍勢に鉄砲が配備されているとは。
万が一の事に備えて『魔法障壁』を厚くしておいてよかった。
と同時に、俺はかなり不利な立場に追い込まれている事を理解する。
『魔法障壁』が銃弾にも有効なのはわかったが、常に狙撃されるかもしれないとなると、常に強力なものを張らないといけない。
いくら俺の魔力が多くても、相手は数が多いのだ。
じきに魔力切れとなるであろう。
「ならば!」
敵軍からの狙撃を防ぐため、俺は松永久秀の後ろに控えていた魔法使いの集団に飛び込んだ。
乱戦にしてしまえば、狙撃は防げる。
「なっ! 早い!」
「遅い!」
体は子供でも、機動力は魔法で上げればいい。
まずは数を減らすべく、初級の魔法使い達が集まっている場所で『爆砕』の魔法を炸裂させた。
これは爆発で地面を吹き飛ばし、爆風だけでなく土や石を破片として敵にぶつける魔法である。
俺を中心とした半径二メートルほどの地面を爆発で吹き飛ばした。
「バカ者が! 誰が狙撃をしろと!」
さすがは、筆頭魔法使い。
他にも中級レベルと思われる魔法使い達は冷静に『魔法障壁』を展開したが、初級魔法使い十名ほどが爆風で吹き飛ばされ、土や石の破片を食らって戦闘不能になってしまう。
殺してはないが、暫くは戦闘に参加できないはずだ。
「(先に数を減らす!)」
まずは、さほど強くない初級魔法使い達を標的にする。
素早く移動して懐に入り、両手をお腹に当ててから魔力を放出した。
これも死にはしないが、見た目以上にダメージを受けるので、彼らはその場で動けなくしまってしまう。
他にも、両手で『竜巻』を作って空高く吹き飛ばしたりと、三十分ほどの戦闘で二十名以上の魔法使いを戦闘不能にした。
殺していないのは、残念ながら人を殺した経験がないので躊躇してしまうのと、もしエーリッヒ兄さん達が上手くやって降伏するにしても、俺が魔法使い達を殺してしまうと報復される危険があったからだ。
「やるな、小僧。やはり魔力の量が圧倒的だ。もう十年後だったら、私達は全滅さ」
「……」
「もっとも、私達が全滅しても足利王国軍は強いがな」
鉄砲を装備しているのだ。
リンガイア大陸で一番の精鋭かもしれない。
鉄砲があるという事は大砲もあるかもしれず、このまま戦ってもジリ貧であろう。
それでも、バウマイスター騎士家諸侯軍が次のアクションを起こすまで、時間を稼ぐしかない。
「確かに私達の魔力量は少ない。だが、こういう戦い方がある! いくぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
中級の魔法使い十名ほどが俺を囲み、次々と『火球』、『氷弾』、『土礫』、『ウィンドカッター』をぶつけてきた。
一つ一つの威力は少ないが、とにかく数が多い。
加えて彼らの連携は素晴らしく、同士討ちがまったく発生しない。
すべて俺の『魔法障壁』に当たり、魔力を徐々に奪っていく。
俺は、自分の『魔法障壁』を保つ以外に何もできなくなってしまった。
やはり俺はまだ未熟で、その隙をベテランである松永久秀に突かれてしまったのだ。
「っ!」
「恐ろしいまでの魔力だな。清興」
「そうだな、この年でこれほどの実力とは」
「油断する事なく、魔力を消費させるのだ」
魔法の袋から魔晶石を取ろうにも、手を下げると瞬時に『魔法障壁』が消えてしまうので何もできなかった。
自分でも、徐々に魔力が尽きていくのが確認できる。
そして、戦闘開始から一時間後。
既に魔力は尽きかけ、意識が朦朧としてくる。
「粘ったな。小僧。褒めてやる」
「どうも……」
駄目だ。
もう力を抜くと意識を失ってしまう。
何と気絶しないように、俺は意識を集中させる。
「なぜ抵抗した? 逃げればいいものを」
「見捨てるのは性に合わない。それができる性格ならよかったのに……領民達の中で一番戦う力があったから前に出た。それだけだ……」
「小僧ながら天晴な奴だな」
「……」
もう完全に魔力を失ってしまった。
この状態で意識を保つのは難しい。
俺はエーリッヒ兄さん達や領民の無事を祈りながら、その場に倒れてしまうのであった。
「ううっ……」
「ヴェル、大丈夫かい?」
「エーリッヒ兄さん?」
やはり、まだ魔法使いとして未熟な俺は松永久秀の作戦の前に破れてしまった。
時間は大分稼げたはずだが、バウマイスター騎士爵領はどうなってしまったのであろうか?
エーリッヒ兄さん達は、無事にクルトから指揮権を奪えたのであろうか?
目が醒めると次々に心配事が頭に浮かんできたが、それはエーリッヒ兄さんの顔を見たらすぐに消えてしまった。
「大丈夫かい? 久秀さんは魔力を完全に消耗して気を失っただけだと言っているけど」
「すいません。敵軍の大将には届きませんでした」
「活躍したそうだね。久秀さんが大苦戦したと言っていた。やはり、ヴェルは凄いね」
エーリッヒ兄さん、足利王国筆頭魔法使いをさんづけで呼んだりしているけど、肝心のバウマイスター騎士領はどうなったのであろうか?
再び心配になってしまった。
「エーリッヒ兄さん、バウマイスター騎士領は?」
「降伏した。酷い事にはなっていないよ。安心して」
「そうですか……」
「いくら魔法使いでも、まだ六つのヴェルが大軍の矢面に立って、領地と領民達の事を心配している。我が身の不甲斐なさを感じるね」
いくらエーリッヒ兄さんが優秀でも、あの場面でできた事は少ないはずだ。
それに、無謀な徹底抗戦を叫んだクルトの排除を試みようとした。
十分に努力しているはず。
「それで、クルトは?」
「死んだよ」
「やはり……」
「ああ、俺が討った」
ちょうどいいタイミングでヘルマン兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さん、クラウスも姿を見せた。
俺のお見舞いに来たのであろうか?
「素直に降伏するか、指揮権を俺達に譲るか。問い質したら拒否したので、俺が斬り殺した。まあ、止めを刺しきれなかったがな」
クルトは、俺達には徹底抗戦を命じておきながら、自分は逃げようとした。
先にブライヒレーダー辺境伯領へと向かっている父と合流し、ブライヒレーダー辺境伯に頼んで王国軍を出してもらおうと。
自分は次期当主なので、父の傍でバウマイスター騎士領奪還軍の傍にいなければいけないと思ったらしい。
ただ、自分だけが助かろうとしているようにしか思えなかったが。
「取り巻き連中にリーグ大山脈越えに使う食料や装備、現金などの準備をさせていてな。俺が斬った。取り巻き連中はパウルとヘルムートと協力して斬ったが、クルトは逃げてしまってな」
深い切り傷は追わせたが、森の中に逃げてしまったらしい。
「あの……手負いで森に逃げたのですか?」
血の匂いを漂わせながら森を彷徨えば、狼や熊などを呼び寄せてしまう。
「そういう事だ。死者は四名。穏便に済んだ方だと思う」
クーデターは無事に成功し、ヘルマン兄さんが指揮を執ったバウマイスター騎士爵家諸侯軍は降伏。
領地は、現在占領下にあるそうだ。
領民達は不安そうだが、実害は今のところないようだ。
「足利王国軍は、規律はいいみたいで安心した」
「それで、バウマイスター家はどうなるのです?」
「領地は没収さ。あの国の貴族は全員給金で暮らしているそうだ。向こうに犠牲が出ないうちに降伏したから、バウマイスター家は最下級の騎士爵家ながら存続を認められた。今は臨時でこの領地の代官職に任じられている」
足利王国は、全員が給金を貰う法衣貴族しかいないそうだ。
極めて中央集権的な封建国家というわけだ。
今さらヘルムート王国領に逃げ込むわけにもいかないバウマイスター家の面々は、足利王国に仕官する事になった。
ヘルマン兄さんがバウマイスター騎士爵家の跡継ぎとなり、この元バウマイスター騎士爵領で代官を行う。
実情は何も変わっていないように見えるが、早速大規模な開発計画が始まるらしい。
他の兄さん達も全員仕官し、功績があれば貴族になれる。
なれなくても、元々足利王国は常に人手不足だそうだ。
子供が職に困る事もないそうで、家を出ていく予定だった兄さん達も安心している。
「エーリッヒは凄いよな。王様と王妃様に直接声をかけられて」
「さすがですね」
「僕は、降伏の際に交渉に赴いただけだよ」
エーリッヒ兄さんはイケメンで、所作も非常に爽やかである。
加えて、交渉の時にも怯まず堂々とした態度で臨んだらしい。
それを気に入った王様と王妃様が、直接彼をスカウトしたそうだ。
「文官として仕える事になったんだ」
「それはよかったですね」
領民達の無事も確認され、兄さん達も将来が決まった。
思わぬトラブルであったが、これで俺も自由に一人で生きていけるのだ。
ヘルムート王国には行けないが、この足利王国の領地になった未開地で冒険者として……と思ったら、思わぬ罠が待ち構えていた。
「あのね、ヴェル」
「どうかしましたか? エーリッヒ兄さん」
「陛下と王妃様が、ヴェルに用事があるって」
まずいな。
魔法使い達を負傷させてしまった罰か?
「じゃなくて、足利王国は魔法使いの質が低いわけで、わずか六歳で奮闘したヴェルを手放すわけがないんだよね。そういう事だから……」
わずか六歳で宮仕えの身とは、せっかく前世の社畜人生を脱したと思ったのに……。
再びどっと疲れが襲ってくる俺であった。
「遠くから見ていたが、この幼さで大したものだ。なあ、今日子」
「そうね。あの久秀が大苦戦していたものね」
目が醒めた俺は足利王国の王様と王妃様に呼ばれたのだが、しょっぱなから色々と違和感を覚えてしまった。
この西洋風の世界で、漢字で足利王国、王様も他の人達の名前も漢字表記でイースト式、これは苗字の方を先に表示するという意味だ。
加えて、戦陣にある王様と王妃様、そして王様の弟は作業用のジャケットを羽織っていた。
兵士達もTシャツとズボンの上にプロテクター式の鎧を装着し、合金製の刀に鉄砲を装備している。
しかも、火縄銃ではなくて後込め式の歩兵銃を持っていた。
銃剣も取り付けられるようだ。
重機関砲らしきものや、大八車に載せて使う小型の青銅砲に、馬で引く大砲も配備され、バウマイスター騎士家諸侯軍は戦わなくて正解だったと思う。
あの時に俺を狙った銃声は一発のみであったが、あれは一人の兵士が逸って射撃禁止命令を破ったためらしい。
「久秀は、ヘルムート王国の基準でいうと中級レベルでしかない。魔法使いは便利だが貴重な存在だ。それを補うための銃さ」
俺はこの人達に違和感を感じていた。
こんな銃や大砲が、いきなり量産できるはずがない。
もしかしなくても、この人達は俺の同類なのではないかと。
別の世界から飛ばされてきて、ここで科学の力を用いて勢力拡大を図っている。
「ところで、ヴェンデリン君に質問があるんだ」
王妃様である今日子さんが、俺に聞きたい事があるという。
「ここには私達しかいないから単刀直入に聞くけど、あなたは同類かしら?」
「ええと…仰っている事の意味が……」
今日子さんは、俺も別の世界からの住民なのではないかと疑っているようだ。
だが、そうおいそれと話すわけにはいかない。
ここは一旦誤魔化しておこう。
「私はそうだと思うんだけどな。あの銃撃の時、君は『銃弾か!』って言ったよね?」
なぜそれを?
いや、きっとこちらを引っ掛けようと適当に言っているだけだ。
「そうでしたかね? 俺はあの時必死だったので覚えていません。第一、王妃様は俺と大分離れた位置にいたはず。俺の声が聞こえますか?」
「聞こえないけど、双眼鏡で見ていたから。口の動きでわかっちゃうんだよね」
「……」
読唇術か?
なぜ王妃様が読唇術を?
「ヴェンデリン君、義姉さんの追及から逃れるのは不可能だよ。元軍人だし、対テロ対策とかも専門だったから拷問もお手のものだし、早くゲロって楽になった方がいいよ」
王様の弟で宰相をしている清輝さんに説得され、俺はこの世界に来る前の人生と、これまでの経緯を説明する羽目になるのであった。
なお、この後清輝さんは『私はどれだけ凶悪なのよ!』と激怒した今日子さんに回し蹴りを食らっていた。
俺は本能で、今日子さんには逆らうまいと決意するのであった。
「えっ? 年上?」
「今は子供なんで子供扱いでいいです」
「どうりで年齢の割に大人びていると思ったら……」
「僕、そういう話をネット小説で読んだよ」
今日子さんに追及され、俺はすべてを話した。
信じてもらえない可能性もあったが、三人は感心したように話を聞いている。
「信じるのですか?」
「だって、私達も他の世界の、それも宇宙から飛ばされてきたし」
今日子さんが、自分達の事情も説明してくれた。
人類が宇宙に出た未来の世界で零細運送業を営んでいたが、宇宙船ごとこの世界に飛ばされてきたそうだ。
「それで、ここから南のアキツシマ島近海に不時着してね。その時は領主が乱立していたけど、うちが統一したわけ」
「そんな……ちょっと買い物に行くような感じでですか?」
島でも乱世を統一するって、大変だと思うけど……。
「だって、僕達は科学力と生産力と金を持っていたからね」
商売をしながらアキツシマ島に統一した貨幣を流通させ、反抗的な領主や勢力を常備兵主体の軍勢で討ち破った。
次第に有力領主も素直に従うようになり、五年ほどでアキツシマ島は統一された。
「それから五年ほど内政しながら引っ込んでいたんだけど、このままだと人口が飽和するから先に手を打ったわけ」
殖民のために、未開地に上陸したわけか。
「それにしても、西暦の人なのか。しかも、アキツシマ連邦の祖先である日本人とは」
今は、見た目が西洋人になってしまったけど。
「宇宙ですか……。俺の時代では、日本人が宇宙飛行士に選ばれると大ニュースでしたね」
「アンドロイドは?」
「研究段階だけど、実用化にはほど遠い状態でしたね。産業用のロボットとか、AIが囲碁の名人を破ったとかそのレベルです」
「そうなんだ。ここにいるマロちゃんはアンドロイドだよ」
「えっ! そうなんですか?」
今日子さんの後ろで控えていたキヨマロという男性だが、全然アンドロイドには見えない。
ちょっと物静かな人間にしか見えなかった。
あと、非常にイケメンである。
「どうやら、本当に我々と似た世界からの来訪者のようですね。ですが、精神だけこの世界の人間に移り変わるとは珍しい。とても興味深いです」
「俺から言わせると、キヨマロさんの方が驚きだけど……」
「この世界にも、ゴーレムがあるではないですか。おかげで、作業ロボットを投入しても誰も不思議に思いません。進んだゴーレム扱いですから」
この世界の住民で、ロボットの原理を理解できる人はほとんどいないだろうな。
「いやあ、久々に同朋と話ができてよかったな」
「そうだね、みっちゃん」
正直に話をしてよかった。
王様と王妃様の機嫌もいいので、俺が自由に生きる許可を貰う事も可能なはず……と思ったら、大きな勘違いであった。
「うちは便利な魔法も科学と両輪で重視しているから。他に逃げられても困るし、ヴェンデリン君は、うちの愛姫の婚約者ね。愛の方が二つばかり年上だけど、私もみっちゃんより年上だから問題なしね。久秀が引退したら筆頭魔法使いにするし、まだ魔力が成長途上なんだよね? 久秀にビシビシ鍛えてもらうから、頑張ってね」
「はい……」
「甘いな、君も。執念深い義姉さんから逃れられるはずがない……うべらっ!」
「あの……清輝さんは大丈夫ですか?」
「いつもの事ですから」
すぐ傍で、清輝さんが今日子さんから回し蹴りを食らっているのに気にもしないキヨマロさんに驚きつつ、俺は自分の運命を受け入れる決意をするのであった。
「婿殿は羨ましいな」
「義父上、どの点が羨ましいのですか?」
「色々と」
「でも、色々と大変ですよ」
「それは運命だと思って受け入れるしかないな。我が松永家は、陛下と王妃様に戦で徹底的に破れてな。滅ぶところを、拾っていただいたのだ。魔法の才能があるがゆえに、足利王国など余裕で倒せると侮ってすべてを失ったわけだ。まあ、結局は筆頭魔法使いになれたのだし、人生とはこんなものだと思うに至ったわけだ」
あの日から六年、俺は足利王国の筆頭魔法使い松永久秀から今日も魔法の手ほどきを受けていた。
今も魔力が増え続ける俺であったが、経験は非常に乏しい。
師匠からの教え以外に、足利王国の魔法使い達からの指導が役に立った。
彼らは魔力が少ない。
少ないがゆえに、魔力の節約や応用に非常に長けていた。
日本人によく似ているので凝り性な部分もある。
俺もそれを参考にし、魔力を増やしながら毎日魔法の訓練に励んだ。
今の俺の立場は足利王家一門衆筆頭で、光輝さんと今日子さんの長女である愛姫の婚約者にして、久秀の娘婿でもあった。
彼には娘しかいないそうで、彼の娘唯姫とも婚約をしており、愛姫が産んだ子が足利分家を創設、唯姫が産んだ子が松永家を継ぐという決まりになっている。
多少忙しいが、足利王家にいると日本の味が気軽に食べられるのでよかった。
冒険者としても活動している。
十歳から魔法使い達と魔の森に入り、飛竜、ワイバーン、他にも色々な魔物を魔法で倒し、大量の巨大フルーツも採取している。
その成果は、ヘルムート王国とアーカート神聖帝国にも輸出されていた。
最初、ヘルムート王国は自らの領地である未開地を奪った足利王家に怒りを露わにした。
ところが王国は、わざわざ未開地に軍勢を出して奪還するつもりがなかった。
いつか開発しようとは思っていたが、それはまだ大分先の話だ。
大金を使って奪還しても現時点で意味がなく、かといってヘルムート王国にも国家としてのプライドがある。
下手に妥協すると北にいる仮想敵国アーカート神聖帝国に舐められるので、足利王国の外務大臣本多正信と極秘裏に交渉した。
帝国にはミズホ伯国という保護国扱いの国があり、王国もこれを真似たのだ。
ただ王国では、ミズホ伯国ほど足利王国を押さえられない。
こうして、王国の公文書では『アシカガ公国』という名の名ばかり属国が成立した。
援軍を求めるためブライヒレーダー辺境伯領へと逃げ込んだ父は、王国政府の裏切りに激怒して騒いだが、すぐに静かになった。
王国としては、未開地にバウマイスター騎士爵領があった事自体が不都合な事実なのだ。
父は王都で法衣準男爵となり、姓も改名させられ、新しい妻を娶った。
母はヘルマン兄さんの庇護下にあり、二人は離婚したのと同じ……いや、王国としては父に妻や子などいなかった事にしたかったのだ。
未開地にバウマイスター騎士爵領など存在せず、足利という貴族が領地を持ち、彼らは王国の属国となった。
この嘘を事実とするため、王国政府は父に家族を捨てる事と改姓を迫った。
断れば消される可能性もあり、父はそれを受け入れたわけだ。
爵位が準男爵なのは、その詫び料も兼ねてであろう。
新しい妻もだ。
こうして王国側から見れば属国になった足利家であったが、別に損はしていない。
一応王国の貴族なので交易は可能であり、足利家の科学の力を用いた品が大量に輸出された。
特に人気があるのは、缶詰だ。
みんなそうそう魔法の袋となども持てないので、大人気となった。
魔の森のフルーツ、魔物の肉、南の海の豊富な魚貝類、これらを材料にした缶詰がよく売れている。
あと、魔の森で大量に採れるカカオを材料にしたチョコレートも人気だった。
形だけ属国の足利王国は、帝国にもこれらの品を販売して大儲けした。
王国政府からの要望で帝都の商人にしか販売していないが、持ち込んだ分は高値で完売するので利益率も高かった。
稼いだお金で未開地の開発を行い、まだ六年ほどしか経っていないのに、未開地の中心部に『新京』という大都市が完成した。
大規模な治水工事、農地の開発、港や町の整備も行われ、未開地はわずかな期間で恐ろしいほどの発展を遂げている。
俺も散々手伝わされたし、重機やロボットがあるのが有利であった。
やはり、超科学の力は凄い。
魔法も凄いのだが、光輝陛下や今日子王妃、清輝宰相からすれば『便利だから優遇する』という扱いだ。
「あと三年だ。愛姫様もうちも唯も年上だから、婿殿が成人すればすぐに子供ができるな。我が松永家も安泰だ」
松永久秀は、俺を婿殿と呼ぶようになっていた。
娘の唯姫の婿だからだが、同時に魔法の師匠でもある。
魔力では俺の方が圧倒的に上だが、テクニカルな部分で彼は尊敬に値する魔法使いであった。
他にも、島清興、堀秀政、武藤喜兵衛、黒田官兵衛、竹中半兵衛、片倉小十郎、太原雪斎などにも指導を受け、それぞれに魔法の得意分野が違ってとてもためになった。
彼らの名前が戦国時代の人物と同じなのは、あまり深く考えない事にしている。
一つ困っているのは、みんなから自分の娘と結婚してくれと言われている事であった。
『断れないだろうね。みんな君を婿に欲しいんだよ』と今日子さんに言われてしまったので、将来的にはそうなるのであろう。
そもそも、今の俺の名乗りは足利ヴェンデリンである。
うさん臭いハーフタレントのようであったが、そこは気にしてはいけないのだと思う。
「我が足利王国は、科学を用いた兵器とよく訓練された常備兵でリンガイア大陸の両大国と対抗可能だが、上級の魔力を持つ魔法使いは何をするかわからない怖さがある。婿殿も、我らが数十年苦労を重ねて会得した魔法の大半を数年で会得してしまったからな」
それに加えて、両国には魔力量が多い上級魔法使いがそれぞれ数十名ずついると思われる。
これに少しでも追いつくべく、魔法使いの強化も必須であった。
ただ、今は俺を鍛えつつ新人に期待するしかないらしい。
「いつまで平和が続くかわかりませんからね」
国家の真の友人などありえず、軍備を整えたヘルムート王国が未開地に攻めてくる可能性もある。
このところの開発の進み具合と独自の交易品で財を成した足利王国に、いつヘルムート王国が牙を剥くかもしれないのだから。
「一対一なら、両国のトップレベルの魔法使いに劣るとは思えないがな」
「多数相手なら厳しいのは、義父上が一番ご存じでは?」
「それはそうだ。六年前はそれで婿殿に勝ったのだから」
足利王国の魔法使い達は、平均的に魔力量が少ない。
それを技術と連携で補っており、その分野では両大国の魔法使いよりも勝っているかもしれない。
統一前は個人プレイに偏っていたそうだが、今日子さんが魔法使いの戦闘方法や連携に関する教本を纏めたそうだ。
さすがは元高級軍人。
さらに医者なのだから凄いと思う。
「両国は戦争を避けようとしている節が見られますが、問題はいつまで続くかですね」
「ゆえに、備えは必要……「大変です! 尊師様! ヴェンデリン様!」」
突然、俺達のところに一人の兵士が飛び込んできた。
何か緊急事態が発生したらしい。
「何事だ?」
「それが、ヘルムート王国の王都が壊滅しました!」
「「はあ?」」
俺と義父上は、最初それが事実だとは信じられなかった。
核兵器もないこの世界で、人口百万人の大都市がどうやったら壊滅するというのだ。
「竜です! 伝説の古代竜の仕業だと!」
「そうか……婿殿、行くぞ」
「はい」
俺達は稽古を切り上げて、新京の中心部にある王城へと向かう。
足利王国の王城は、見た目で臣民達に力を示し、戦時には要塞にもなる作りになっていた。
まともに建設すれば何年もかかると思うが、そこは機械力を駆使して一年ほどで開発している。
同時に新京も大規模に造成され、上下水道完備で、将来は電気を普及させるため、地下電線用のスペースも予め作られているほどだ。
アキツシマ島から首都機能の移転も終わり、人口二十万人ほどながらも新京は両大国の主都よりも発展しているように見える。
王城を守る兵士達にチェックを受けてから城内にある作戦室に入ると、巨大なスクリーンに瓦礫と化したヘルムート王国主都スタッドブルクが映し出されている。
「これは酷いですな……」
無人偵察機による偵察で、ガレキの山と化した王都の映像が鮮明に映っていた。
よく見ると死体も散乱していたので、それは極力見ないようにする。
「伝説の古代竜。物語の話だけだと思ったけど。久秀は何か知っているか?」
「数万年の時を生きる、属性竜など相手にもならない強大な竜としか。実物を見た者は、過去にはいたのかもしれません」
光輝陛下の問いに、義父上は簡潔に答えた。
「数万年に一度の大災害か。不思議なのは、ヘルムート王国には優れた魔法使いが多かったと思うが……」
無人偵察機だけでは限界があるので、足利王国は詳細な情報を求めて密偵達の報告を待つ事にした。
なお、足利王国の諜報部門を纏めているのは、百地三太夫という人物だそうだ。
どこかで聞いた事があるな。
数日後、詳細な報告が入った。
足利王国は非常に諜報能力が高いようだ。
軍人である今日子さんの薫陶なのであろう。
まあ、無人偵察機とか、科学の力なのだろうけど。
機械力のみに頼らず、諜報組織をしっかりと強化している部分に隙はないと思う。
俺、足利王国の一族になってよかった。
「ヘルムート王国は、最終兵器と呼ばれていたアームストロング導師以下、大量の魔法使いを投入するも、古代竜はアンデッドであったため、犠牲のみ出して初戦は敗北。後がないヘルムート王国は、教会に『聖光』が使える神官達の派遣を要請。教会はこれを受け入れ、王都住民の避難と共に迎撃作戦を行うも、またしても敗北。ヘルムート三十七世以下の王族などは脱出に成功したが、アームストロング導師は討ち死に、魔法使いにも損害多数。神官にも多大な犠牲。王都は壊滅し、死傷者は五十万人に近い。これは駄目だな」
「そうね。一国の主都が壊滅だものね……」
王都がガレキと化した。
ただの大都市の崩壊ではない。
ヘルムート王国は中央の力が強い国家であり、その力の源が崩壊したのだ。
中央集権的な施政を支える政治家や官僚にも被害が大きく、王国軍については言うまでもない。
住民の半数が死傷した時点で、ヘルムート王国は崩壊したに等しい。
「陛下、王妃様。いかがなされますか?」
「そのアンデッドの古代竜の動き次第だな。それにしても、かの王国の最終兵器が討ち死にとは……」
「そうだよね。化け物染みた実力の持ち主と聞いたけど……」
「聖属性の魔法は使えるものの、その威力に乏しかったとか……教会の神官達は、戦闘に向きません。アームストロング導師以下の魔法使い達で古代竜の動きを止め、その間に神官達が『聖光』でとどめを刺す。その作戦が失敗したのでしょう」
義父上の推測は、後に当たっていた事が判明した。
自分の魔力の少なさを誰よりも理解している義父上は、両大国の魔法使いに関する情報収集を怠っておらず、ほぼ正確に彼らの戦闘力を分析する事に成功していた。
「それで、古代竜の動きは?」
「大暴れしています」
古代竜は、王都周辺である程度人が住んでいる場所を無差別に攻撃しているそうだ。
既に、足利王国が送り出した密偵達にも犠牲が出ているらしい。
「西部、東部、南部。実力のある辺境伯が三名。中央と北部は、古代竜の憂さ晴らしの場所と化しました。彼らが野心を抑えられるか不明ですな」
足利王国において外務大臣を務める本多正信は、両国の貴族に詳しかった。
彼は、三人の辺境伯が勢力拡大に乗り出すのではないかと予想する。
「中央に近寄れないのでは?」
「古代竜がいますからな」
「王国の貴族よりも、北方に仮想敵国がいますけど、そちらはどうなのですか?」
思わず聞いてしまった。
両国は停戦しているが、それはギガントの断裂があり、国力が拮抗しているからだ。
ヘルムート王国が弱った以上、野心を剥き出しにするかもしれない。
戦乱の時代が始まるかもしれないのだ。
「帝国南方に領地を持つ選帝侯ニュルンベルク公爵は、やる気満々のようですね。諸侯軍に動員をかけています。帝国軍はまだ動いていません」
「それはつまり、ニュルンベルク公爵が野心を剥き出しにしたと?」
「可能性はありますね」
俺の質問に、本多外務大臣が答える。
「ニュルンベルク公爵としては、先に混乱した王国領土をかすめ取って力を蓄え、あとで帝国にも侵攻するつもりかもしれませんな」
古代竜一匹で、大陸は戦乱に突入したわけか。
「いかがしましょうか?」
「ない袖は振れないものね。今は未開地の整備の方が先だよ。リーグ大山脈の北にいるブライヒレーダー辺境伯がこっちに野心を出さなければ、こちらは国力を蓄えるべきだと思う」
「賛成ですな」
「同じく」
義父上も、本多外務大臣も、軍も、ヘルムート王国への侵攻を否定した。
いくら領地が確保できても、その後で古代竜に襲われたら意味がないからだ。
「古代竜とやらの迎撃準備だけはやっておかないと。人が集まっている場所を狙うのでしょう?」
「はい、王妃様。古代竜はアンデッドと化しております。死せる存在なので、生物への憎しみがあるのかもしれません」
「『自分は死んでいるのに、お前らは生きていやがって!』みたいな感じ?」
「ええ、アンデッドならみんな持っている感情だそうで。だから生者を襲うのですな」
「これは、リーグ大山脈にビーム砲でも設置しようか? カナガワの奴を修理してさ」
ビーム砲って……。
この人達、本当に超未来の人間なんだよな。
火薬火器が古代竜に通じるとは思わないけど、ビーム砲なら勝ち目はあるのか?
「それも、リーグ大山脈の飛竜とワイバーンを駆逐してからだね。じゃないと、軍勢を派遣できないよ。というわけで、よろしくね。私の可愛い義息子君」
「はい……」
義父上達や、軍の将校達のシゴキよりはマシか。
そう思った俺達は、リーグ大山脈に古代竜を防ぐ基地を建設すべく、飛竜とワイバーンの駆逐作戦を開始した。
「我々だと一日に討伐できる竜の数に制限があるからな。婿殿がいて助かったよ」
その日から、俺は来る日も来る日もリーグ大山脈に籠って竜を退治し続けた。
全滅させるまで、俺の仕事は終わらないのだ。
リーグ大山脈も魔物の領域と認識されているが、ここには不思議な事にボスがいない。
よって、全滅させなければ解放とはみなされないのだ。
その間にも、ヘルムート王国の中央部と北部は古代竜によって徹底的に破壊された。
そして、その状況を利用して王国領へと侵攻しようとしていたニュルンベルク公爵にも報いが訪れた。
古代竜は次の標的をニュルンベルク公爵領に定め、諸侯軍は壊滅、ニュルンベルク公爵自身も行方不明となった。
まず生きているはずがなく、そういう事である。
古代竜は、一か月ほどで帝国を壊滅に追い込んだ。
多くの貴族領とその軍勢が崩壊し、魔法使いも多数が死傷、各地のインフラと治安は徹底的に破壊された。
帝国を破壊して満足するかと思ったら、今度は再び南下して生き残った王国領を狙っているとの報告が入ってくる。
ヘルムート王国領が壊滅したら、次は間違いなく足利王国領であろう。
「怪獣映画がリアルなのか……」
「動く大災害とは困ったものですね」
今日も竜の討伐を終えてリーグ山脈の山頂に建設中の砲撃基地に戻ると、そこでビーム砲の修理と調整をしていた清輝宰相と話をする。
彼は俺の秘密を知っているので、話のネタもそれに準じていた。
「宰相閣下、このビーム砲で古代竜に勝てるのでしょうか?」
「下手な上級魔法使いの魔法よりも、足止めは可能な威力がある。色々と調べたけど、やはりアンデッドは『聖』属性の魔法でしか倒せないみたい。ビームの火力で倒せたら、上級魔法使いの火力でもダメージが与えられるはずだからね。いやあ、科学の力が通用しないなんてファンタジーだね」
「えっ? それでどうするのです?」
「かなりの長時間、行動不能にはできる計算なんだ。そこで、我が義甥殿の『聖光』でとどめだね。君の魔力は尋常じゃないから、ほぼこれでミッションクリアーさ」
やはり、師匠から習った『聖』魔法で何とかするしかないのか……。
「問題は、この砲台に古代竜が接近するかですか……」
「大丈夫。古代竜は、人工的な建造物にも反応しているから。両国の魔導飛行船で無事なのはほとんどいないじゃない」
過去の遺産とされる魔力で動く魔導飛行船、これらはほとんどが古代竜の標的になった。
中型以上で無事なものはほとんどなく、徹底的に破壊されたために再建も不可能だそうだ。
動力源である巨大魔晶石を砕かれてしまい、今の技術では作れなかったからだ。
足利王国にも似たような船が多数建造され運用されているが、これは反重力装置と電池で動いている。
生産は足利王国が……というかこの清輝宰相が独占している。
どうせ外部の人間が仕組みを知っても、まず真似はできないだろうけど。
「こっちのビーム砲は予定どおりだけど、難民が増えたよね」
特に、帝国からの難民がだ。
王国の難民は、リーグ大山脈があるのでほとんど来なかった。
帝国はほぼ壊滅したので、船で続々と押し寄せている。
特に、帝国北部に領地を持っていたミズホ伯国の住民が多かった。
彼らは元々同じ民族という事もあり、難民にしてはすんなりと受け入れられている。
他の難民には騒動を起こす者も多く、足利王国は彼らの受け入れで精一杯であった。
ただ科学力のおかげで、他の生き残ったヘルムート王国領よりは圧倒的にトラブルが少ないそうだ。
ブロワ辺境伯領、ホールミア辺境伯領、ブライヒレーダー辺境伯領などでは、武装難民と諸侯軍による衝突まで発生している。
減少した食料生産量に比して生き残った難民が多いので、食料の奪い合いすら発生していた。
「リーグ大山脈より北は地獄ってね。情け心を出すとこちらも自滅だ。可哀想だが、手助けはしない。足利王国領まで来れれば、犯罪者じゃなきゃ保護するけど。犯罪者だった場合? 即刻硝石丘の材料ですけどね」
怖い事を言っているが、清輝宰相の言っている事は間違っていなかった。
現時点で、リーグ大山脈よりも北に行くのは危険であったのだ。
「ブロワ辺境伯領、ホールミア辺境伯領、ブライヒレーダー辺境伯領。すべての領主館所在地が壊滅。粗方破壊した奴は、やはりこちらを目指しているな」
遂に古代竜は、両国を壊滅させた。
都市、インフラ、大規模農地などが徹底的に破壊され、生き残った人達も食料や住める場所を巡って争っている。
リンガイア大陸は、まさに世紀末と化したのだ。
古代竜はそれでも飽きたらず、いよいよリーグ大山脈を超えて足利王国領の破壊を目論んだ。
「本当にここに来たぁーーー!」
「えっ? 来ないと思っていたのですか?」
「ヴェンデリン殿、常務はいつもこんな感じなのでお気になさらないように」
山頂の砲台基地には、清輝宰相とキヨマロさんの他にほとんど人がいなかった。
古代竜の標的にされる可能性が高く、ビーム砲自体は清輝宰相とキヨマロさんだけで十分に動かせるからだ。
それにしても、いつ見てもキヨマロさんは人間にしか見えない。
あと、清輝宰相って常務だったんだよな。
平社員だった俺とは違って凄いと思う。
「私の顔に何かついていますか?」
「いや、俺のいた時代のロボットはレベルが低かったのだなと」
「昔なので仕方がありませんね。さて、発射準備が終わりました。自動追跡装置も正常」
「早っ!」
俺は、『エネルギー充填率○○パーセント!』とか読み上げるやり取りがあるものだと勝手に思っていた。
「そんな時間は無駄ですから」
「我が義甥殿もそう思うだろう? キヨマロって夢がないんだよ」
「アンドロイドですから。ヴェンデリン殿も準備を」
「了解」
作戦は単純だ。
レーダーと無人偵察機によると、古代竜はこちらに接近しているそうだ。
これをビームで撃って動きを止め、その間に俺が『聖光』で仕留める。
失敗すると大変なので、段々とプレッシャーを感じてきた。
「社長と副社長でしたら、第二、第三の矢も準備しております。肩の力を抜いてください」
なるほど。
某宇宙戦艦物に出てくる技術長のように、『こんな事もあろうかと!』という感じで他にも備えがあるのだ。
それなら安心だと、俺は安堵の溜息をつく。
「では、発射!」
清輝宰相がボタンを押すと、山頂に設置されたビーム砲台からピンク色のビームが発射された。
まるで○ンダムみたいだ。
「凄い威力……」
「商船の自己防衛用なので、軍艦の物に比べれば小便みたいなものです」
キヨマロさんはそういうが、発射されたビーム砲を食らった古代竜は動きを止め、体中から煙を噴き上げ始める。
これだけの威力なのに、アンデッド古代竜が倒せないのは凄いと思う。
ビームの照射が終わっても、古代竜はその場に浮かんだまま煙を吐き続けていた。
ダメージがないというよりも、聖属性以外の攻撃で受けたダメージは回復してしまうようだ。
回復するまでは動けず、つまり俺の出番というわけだ。
慎重に、『飛翔』で煙を吐き続ける古代竜に接近する。
勿論念のために強固な『魔法障壁』を張りながらだ。
俺が接近しても、古代竜はダメージ回復のためにその場から動けなかった。
「なるほど、据え膳だ」
それでも油断しないよう、強力な『聖光』を展開する。
古代竜はやはり動けないようだが、その代わりに身を焼かれる熱さで大きな悲鳴のような彷徨をあげた。
一分ほど『聖光』で古代竜を焼き続けたであろうか?
遂に、骨だけの古代竜はバラバラになって落下していく。
俺は急ぎ古代竜の骨と巨大な魔晶石を回収した。
「やったぁーーー! ラノベの主人公だ!」
「何です? それ?」
清輝宰相から妙な称賛をされてしまったが、俺達はようやくリンガイア大陸の災厄アンデッド古代竜の討伐に成功するのであった。
「古代竜は倒せたものの、足利王国領以外のリンガイア大陸は混乱している。両国の王族と皇族もほぼ全滅した。難民が多すぎて、このままでは土地が足りなくなる。リーグ大山脈を貫くトンネルが見つかったし、電磁飛行船の量産も進んでいる。船員も、逃げてきた旧ヘルムート王国空軍軍人の雇用と新人の教育で何とかできそうだ」
「そこで、ヴェル君は先駆け部隊を率いてね」
「酷い。まだ十五の俺を……」
「だって、君はもう三十超えじゃない。本来なら。あっ、愛姫も一緒に連れて行ってね。あと、君の奥さん達もね」
「はい……」
古代竜を倒してから二年半、俺は光輝陛下と今日子王妃の長女愛姫を正妻とし、他にも松永久秀の一人娘唯姫他、ようするに王国の魔法使いの娘を何人も奥さんにする事になった。
清輝宰相が『ハーレムじゃないか! 何てラノベ展開!』とか言っていたが、みんなにいつもの発作だと無視されていた。
そして、結婚して性行為をしたら奥さん達の魔力が上昇した。
魔法使い連中は狂喜し、俺の奥さんが増えてまるで軍団のようだ。
そんな俺達は、遂にリーグ大山脈を越えて出陣する。
精々で生き残った貴族達による小競り合い程度だそうで、あとは難民同士の争いとかもあるかもしれないが、足利王国は少なくとも旧ヘルムート王国領を併合して開発しないと難民のせいで自滅する可能性が出てきており、嫌々併合を行う事になった。
既に足利一族となっている俺も、なぜか超未来人同士の娘なのに魔法が使えるようになった愛姫と共に出陣する事になった。
勿論、他二十二名の側室達と共にだ。
というか、俺にこんなに奥さんがいるなんておかしいと思う。
でも断れない。
俺の特殊性が判明した以上、魔法使いを増やす事は足利王国にとって急務だからだ。
愛姫の子は足利分家の次期当主となり、他の奥さんの子供は実家の家督を継ぐ。
魔法使いはみんな貴族なので、跡取りを足利分家当主の血を継いだ者にしたいらしい。
実は、俺には一人男の子がいる。
結婚前に『お前は女を覚えるべきだ!』と義父上に押しつけられたのだ。
子供ができてしまったのだが、その子はいきなり魔力が多かった。
魔法使い体質は遺伝しないというのが常識だったので、義父上(松永久秀)は涙を流して喜び、早く唯姫との間に子供を作れと催促する。
そんなわけで、俺の奥さん達はみんな俺の傍から離れない。
自身も魔法使いになったので俺に付き添い、妊娠しないと後方に戻らないそうだ。
「泣ける……」
「たまげたなぁ……アルフレッドの弟子はハーレム王だったのか」
最初に進撃した旧ブライヒレーダー辺境伯領で、俺は師匠の師匠だという人物と出会った。
ブランタークさんという人で、彼はブライヒレーダー辺境伯領の生き残った家族や難民を率いてこちらに投降してきた。
ブライヒレーダー辺境伯本人は、ブライヒブルクから一人でも多くの住民を逃がすため、古代竜の餌となったらしい。
立派な人物だったようだ。
「俺の役割はこれで終わった。あとは……足利王国で余生を送るよ」
ブランタークさんは光輝陛下と今日子王妃の誘いを断り、たまに魔の森で狩りをして稼ぐ気楽な生活に入った。
これまでの苦労で、再び宮仕えをする気力が残っていなかったようだ。
古代竜なきあとのリンガイア大陸を、俺達は北上、次々と色々な人達に出会っていく。
そして……。
「私の不甲斐なさが、家族や伯父上、多くの人達を死なせてしまいました。何とか壊滅した王都から逃げ出しましたが、これだけの人達を救う事しかできなかったのです」
王都から逃げてきた教会の有力者の孫娘であった凄い巨乳の神官さん。
「ヴェル君、どこを見ているのかな?」
「愛、これは男の本能です」
彼女は、連れてきた難民達が足利王国軍に無事に保護されると、俺達に同行した。
治癒魔法の使い手なので、必要戦力だと思ったのだ。
「みなさんが、ヴェンデリン様の奥様なのですか。……わかりました」
何がわかったのかは知らないが、俺はなぜか次々と女の子達と出会っていく。
「ボクとイーナちゃんを雇ってほしいな。これでも、腕っ節に自信があるし」
「雇っていただけないと、今日の食事にも事欠く有様なのです」
「私はヴィルマ、姓は捨てた。力には自信がある」
「ヴァイゲル領の領民達を安全な場所に住まわせてくれるのなら、私がヴェンデリンさんのお力になりましょう。私、これでも『暴風』の二つ名を持つ魔法使いですわ。古代竜には歯が立ちませんでしたけど……」
こうして、次々と俺に奥さんじゃなくて仲間が増えていき、それは足利王国によるリンガイア大陸統一まで続くのであった。