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第百三十八話 戦闘はないが、話はなかなか進まない。

「アーリートン三級将、基地の建設は予定どおりかな?」


「はい」


「ならばいい」


 ここは、人間達がテラハレス諸島群と呼ぶ無人島群の上空、ここから東に百キロほど、リンガイア大陸西部に領地を持つ貴族が領有を主張していると情報にあった。

 先日、防衛隊の船に魔法を放って拿捕された大型魔導飛行船の船員からの情報だが、確かに粗末な灯台や掘立小屋は見える。


 ただし、ここでは穀物類が自給できない。

 水も相当深く井戸を掘らないと確保できず、おかげで無人島のままのようだ。


「ゲーリー政務官、いつになったらヘルムート王国と交渉を開始するのでしょうか?」


「それは、高度に政治的な判断を要するからもう少し待ってほしい」


 テラハレス諸島群に浮かぶ我が国の空中艦隊の旗艦において、私司令官のアーリートン三級将は魔導絵通信で政府高官への定時報告を行っていた。

 

「高度に政治的判断ですか……」


 目の前の政務官はそう言っているが、実はただどうしていいのかわからなくて混乱しているだけである。

 このゲーリー政務官は、見た目は二枚目で女性にも人気がある。

 前回の選挙では野党民権党から出馬し、多くの女性票を集めて当選した。

 一年生議員にも拘らず防衛政務官の地位にあるのは、ひとえに得票数の多さからである。


 そういえば、前回の選挙は投票率が二十パーセント以上も上がって野党民権党が大躍進して政権を取った。

 これまで六百三十年間にも及ぶ長期政権を運営していた国権党は、特に失政もないが長期的に魔族の衰退を阻止できなかったという理由で選挙に大敗、大幅に議席を失ったのだ。


 国民も、何らかの変化が欲しかったのであろう。


 だが、彼らには実務能力がある者が少ない。

 人前に出ればいい事は言えるが、ではそれを実現可能かと言われると厳しい。


 事件が、新内閣を成立させて僅か一週間後であったという時間的なタイミングも悪かった。

 

 一万年も前に高度な文明を消失し、原始的な文明しかない人間達が野蛮にも争っている土地。

 と、言われていた東部大陸から一隻の巨大魔導飛行船が現れた。


 すぐに決まりに従って領海・空からの退去を命じたのだが、なぜか魔法が飛んできてこの船を拿捕するしかなかった。

 幸い、死者は出なかったが、若干の負傷者は出ている。

 治療は終わっていたが、彼らへの尋問は苦労した。


 何しろ我々には、他種族人間と接した記録が一万年以上も皆無だったからだ。

 先に相手が魔法を撃ったので、彼らは戦闘による捕虜という扱いである。

 だが、我が国に捕虜をどう扱うかという法はない。


 昔はあったのだが、必要がないのですべて廃法になっていたのだ。

 交渉相手もいないので、同時に外務省も解散している。


 そんな理由もあり、彼らをどう扱うのか?

 どこの役所で管理して事情を聞くのかで世論が揉めた。


 そう扱いは悪くないはずなのに、勝手にマスコミが捕虜への人権侵害とかで騒ぎ始めた。

 まあ、彼らは騒いで世論の関心を得て商売にしている。

 話半分で聞いている市民も多かったが、一部に騒ぐ者達もいた。


 普段、河川の工事でそこに住むメダカが希少だから配慮しろとかいう連中の同類だ。


 彼らに言わせると、人間は魔力を持つ者も少なく寿命も短い可哀想な種族らしい。

 それも一理あるのであろうが、多少文明レベルが劣る程度で我らとそう変わりはないであろう。

 私も訊問に参加して、それがよくわかった。


 船長と副長を名乗る人物は冷静に事情を説明した。

 こちらに伝える情報と、伝えるべきでない情報を理性的に判断して話をするので、私は彼らに好感すら持った。

 同じく真面目に職務にまい進する軍人として、尊敬の念すら覚えている。


 少なくとも、この定期的に無意味な通信を寄越す顔だけ政務官よりは好感度は上だ。

 そして、同時に救いようのないアホがいる。


 もう一人、あの巨大魔導飛行船には副長がいる。

 能力は低くないと思うのだが、まだ若いせいか勘忍が足りない。

 と思ったら、自分は貴族の跡取りでこの待遇は我慢できないと騒ぐ。


 向こうの大陸には貴族がいるそうで、中にはこのような特権意識に溢れた若造もいるようだ。 

 我が国でも、政治家や大物官僚、大企業のオーナーの親族というだけで無意味に威張っているのがいるのでお互い様かもしれないが。


 ただ、一部国民とマスコミに言わせると、ヘルムート王国はいまだに貴族の専制が蔓延る野蛮な後進国家なのだそうだ。

 同じ考えを持つ記者が、新聞にそう書いていた。


 それで、今こそ大陸に進軍して民主主義の大義を広めるべきとか言っている連中がいる。

 お題目は素晴らしいのだが、我々は大陸にヘルムート王国とアーカート神聖帝国という国家がある事しか知らない。

 人口とか、技術レベルとか、国力とか、軍事力とか、そういう情報を何も知らないのに軍を押し進めろとか騒いでいるのだ。


 自分が行かないからといって、随分と無責任な連中である。


 そもそも我が国の防衛隊は、正式には軍隊ではない。

 一万年以上も友好国も仮想敵国もないので、ようするに内乱勢力に備えた治安維持組織でしかないのだ。

 魔族という種族にはたまに莫大な魔力を持って生まれ、とてつもない戦闘力を有する者が現れる。

 そういう連中が国家転覆やテロを目論むと困るので、そういう事態に備えての防犯が主な任務というわけだ。

 あとは、通常の犯罪者向けに治安維持隊、消防とレスキューを合わせた救護隊などがあるが、それらを合わせても三万人もいない。


 魔族の人口が百万人ほどで、最近では大規模凶悪犯罪もテロも滅多にない。

 装備の更新に金がかかると文句を言われて、現在では人員も縮小傾向にあった。


 この人数で、大陸一個をどうやって占領・統治すればいいのだ。


 あまりにもバカすぎる意見であったが、困った事にこの目の前のバカを含む民権党の連中には大陸侵攻論……侵攻という言葉はよくないそうで、解放論らしいがどちらでも同じだ……を唱える勢力が一定数いる。

 加えて、野党に転落した国権党の議員にも、人口減で部数を増やしたいマスコミ関係者にも、財界人にもシンパはいた。


 マスコミは民主主義を大陸の人達に教えるために、公器である新聞が必要だと言うのだ。

 ただ販売部数を増やしたいだけのような気もするが、彼らはその本音を覆い隠して建前を真実だと思い込む事ができるのであろう。

 羨ましい限りである。


 まだ財界の、商売のパイが広がるかもという正直な意見の方が理解できる。


 もっとも、国民の大半は冷静で冷めている。

 だからこそ、こんな中途半端な出兵になっているわけだが。


 相手の領地ではあるが、実効支配が及んでいないこの群島に臨時で基地を作って圧力をかけ、相手に先制攻撃を謝罪させて通商条約を結ぶ。

 さすがに、すぐに戦争を言うほど政府はバカではなかった。


 戦力がないので、防衛隊の制服組に反対されたのであろうが。


 もっとも、相手への謝罪と通商条約の締結には外交官が必要なのだが、生憎と我が国は外務省を二千年も前に閉鎖している。

 当時、必要がないのに存在し続けていて、予算が無駄だと言われて廃止したらしい。

 組織を潰される外務省の連中は反対したそうだが、彼らには仕事がなくて他の省庁の応援に回っていたくらいであったそうだから、廃止されても仕方がなかったのであろう。


 そんなわけで、一応外交のノウハウを記載した古文書は残っているわけだが、では誰が行くかで揉めている。

 経験がないので及び腰なのと、各省庁で自分達がと主導権争いを始めて、しっちゃかめっちゃかで混乱しているらしい。


 今日もゲーリー政務官が無駄に爽やかな笑顔で誤魔化しているが、防衛大臣が顔を出さないのでまだ何も決まっていないのであろう。


「それで、極秘裏に来ているヘルムート王国の外交使者なのですが……」


 ヘルムート王国には、仮想敵国であるアーカート神聖帝国が存在する。

 当然外交担当者はいて、十名ほどの使節団がこちらを訪ねていた。

 

 当然極秘で、今は我々が歓待して預かっている。

 時期が来れば本国に送ると言っているが、それがいつになるのかは不明だ。


 しかし、奇妙な話だ。

 政治家やマスコミの連中の大半は、彼らを文明が劣る野蛮人だと思っているが、その野蛮人はすぐに外交使節を送ったのに、我が国はいまだそれを出せずに混乱している。

 これでは、どちらが野蛮人なのかわかったものではない。


「どうせ、基地の建設にも時間がかかるのだし……」


「そうですね……」


 もう一つ困った事がある。

 この群島に建設中の基地の件だ。

 最初は、すぐに撤去可能な仮設基地にする予定であった。

 ところが、政府がコロコロと方針を変えるのだ。


 せっかくだから、ここを大陸進出の橋頭保としようと騒ぎ出したのだ。

 こちらに対抗してヘルムート王国が大軍で迎撃準備を始めているのに、恒久的に支配しようとしたら戦争になってしまう。


 元から、防衛隊はこの群島の占領作戦に反対だった。

 受けざるを得なかったのは、防衛隊はシビリアンコントロールの下にあるからだ。

 つまりは、政府の命令に従わなければいけない点にあった。


 それは別に構わないと思う。

 古代の歴史にある、軍閥による独裁政治など悪夢であろうから。

 ただ、コントロールする以上は、せめてその知識は最低限得てきてほしいと思う。


 ちなみに、今魔導絵通信に映っているバカは、海上艦艇と空中艦艇の区別すら今もついていない。

 有事になると、このバカが防衛隊のナンバー3だと思うと頭が痛くなってくる。


「青年軍属達は元気かね?」


「はあ……」


 そして、基地建設の作業を大幅に遅らせている存在、それはこの青年軍属達にある。

 ここ数百年、我が国は未婚率の増加に伴う少子高齢化、経済の縮小に悩んでいる。

 まあ、若者の半分が無職という現実を考えるに、これは仕方がないのかもしれない。


 ただ、当事者である若者達はそこまで悩んでいなかった。

 少人数で高度な農業を行えるため、余りに余っている食料は無料で支給され、これに小遣い程度の生活保護もある。

 加えて、彼らはたまにアルバイトに出かけたり、趣味などに没頭して意外と無職生活を楽しんでいるからだ。


 これが年寄りに言わせると言語道断なのであるが、職がどう考えても足りないので騒ぐだけ無駄である。 

 そしてこの矛盾を誤魔化すために、政府は青年軍属を募集した。


 つまり、防衛隊の戦力が足りないので、無職で興味ありそうな連中を募集して基地建設の作業を行わせる事にしたのだ。

 結果、素人である彼らのせいで作業は遅れに遅れている。


 理由は言うまでもない。

 彼らが就業経験の少ない素人だからだ。


 技術がある少数の防衛隊員は彼らの警備にまわり、素人が試行錯誤で基地の建設を行っている。

 あまりの遅さに激怒する将兵もいたが、彼らに労災が発生すると政府が五月蝿い。

 よって、自然の流れに任せる事になった。


 どうせ暫くは完成しないと思って、完成予定時期を遅めに申請してよかった。

 我々が青年軍属のせいで基地の完成が遅れていますなどと言い訳しても、政府は激高して我々を処分するだけだからだ。

 本当、上から言うだけの政府連中は気楽でいい。


「彼らは未経験者なのだ。長い目で見てあげてくれ」


「はあ……」


 別にそれは構わないのだが、中には経験以前の奴がいる。

 碌に作業もしないで、島の地質がどうの、生態系がどうのと調査をしているのだ。

 彼らは大学院の卒業生で、その分野の研究を行っているらしい。


 大学の自治組織は、民権党の牙城で支持母体でもある。

 青年軍属にかこつけて、無料で研究をしようという腹なのであろう。


「(まあ、彼らは逞しくてある意味感心するがね)」


 それに、あまり立派な基地ができると政府のバカ達が余計な事を考える可能性もある。

 ある意味、好都合かもしれない。

 第一、青年軍属達が素人でも理解は出来るが、防衛隊のナンバー3が軍事に素人なのはどうなのであろうか?

 

 政治家に素人などいらないと思う私はおかしいのであろうか?


「(あんたは、どう長い目で見ても無能だろうがな……)」


「何か言ったかな? アーリートン三級将」


「いいえ、特に何も」


 危うく、つぶやきを聞かれるところであったか。

 聞かれてもいいような気もしてきたが、ここで懲罰の対象にでもされたら退職金と年金が消えてしまう。

 ここは我慢の一時だ。


「基地が完成する頃には交渉も始まるはずだ。ヘルムート王国側が先に手を出したのだから謝罪するであろうし、通商交渉が纏まれば景気もよくなるさ」


「そうですね」


 そんなに上手く行けばいいのだが……。

 私は、こののん気な政務官が次第に羨ましくなるのであった。





「貴族の旦那、今日も大漁でしたな」


「ああ、食べる分は確保して、あとは売却だ。今日も臨時ボーナスが出せそうだな」


「みんな、喜びますぜ」


 暇潰しに漁を始めてから一週間、いまだに事態は動かない。

 ホールミア辺境伯も何も言ってこないので、俺達は自由に行動している。

 赤ん坊の世話、各々の鍛錬や勉学、遊びと買い物、そして初日の雪辱を果たすために漁を続けている。


 サイリウス周辺に敵がいないかの偵察と、食料確保を兼ねた漁に一日一回出ていたのだ。

 ただ、俺達には赤ん坊の世話を含めて他にもする事がある。

 数時間ほどちょっと沖合で釣りを行い、他にも魔導動力推進のボートがあるので、それらを漁師に貸している。

 彼らはすぐに操作を覚え、定置網漁や、はえ縄漁などに出かけた。


 船の権利は俺にあるのでオーナーとして漁師達に日当を払い、獲った獲物はオークションで流し、売り上げに比例して決められたボーナスを出す。

 この方法でも、彼らは収入が増えて嬉しいようだ。


「貴族の旦那がこの船を売ってくれればもっと嬉しいんですがね」


「残念だけど、それはできないな」


 彼らはバウマイスター伯爵領の領民ではないので、それはできない。

 その辺の線引きは絶対に必要であった。


「残念です。それにしても、貴族の旦那は漁師姿も板についてきましたな」


 網を使わずに釣竿で釣るスタイルに変化はなかったが、初日とは違って魚が沢山釣れるようになった。

 最近では、少し日焼けして逞しく見えるようになったほどだ。


「すいません、あなた。私は日焼けは……」


「私も駄目」


「僕も」


「お肌に悪い」


「日焼け止めは必須ですわね」


「妾はあまり気にせぬが……」


「あたいもだな。昔から気にした事はないし」


「私は気にしていました」


 一部例外もあるが、俺の妻達は念入りに日焼け止めを塗って船に乗り込んでいる。

 それでも、魚が大量に釣れて面白いので特に用事がなければ毎日ついてきた。


「今日はブーリ大根を作りましょう」


「いいなぁ。俺は大好き」


 エルとハルカは、子供が産まれても新婚夫婦のように仲良く釣りに付いてくる。

 護衛も兼ねているので当たり前ではあるのだが。


「新鮮な魚料理は美味しいのである!」


 導師も相変わらずだが、彼も王宮筆頭魔導師の癖にホールミア辺境伯や王国軍に呼ばれもしない。

 やはり、平時には役に立たないと思われているのであろうか?

 今は平時とは言いにくいが、つまり事務的な事では役に立たないと思われているのであろう。


 そして、ブランタークさんであるが……。


「伯爵様、毎日漁師みたいな生活で本当にいいのか?」


 俺と一緒に毎日釣りをして、釣った魚をエリーゼ達に調理してもらう。

 そして、それを肴に一杯。

 彼は、こんな自堕落な生活でいいのかと悩んでいるようだ。


「とはいえ、向こうは何も言ってきませんし……」


 フィリップとクリストフも、暇なので訓練ばかりしているらしい。

 敵がいるのに何もできないと、こちらに魚を買いに来た時に愚痴を溢していた。


「それに、釣りをしていないと大変ですよ。ブランタークさんが俺の代わりに相手してくれますか?」


「いいや、御免蒙るね」


 暇なのが余計によくないらしい。 

 多くの西部貴族が、俺を茶会だの、食事だのに誘うのだ。 

 目的は、領地開発利権にもっと絡ませて欲しいであろう。


 あとは、そこにノコノコと行くとまた側室や愛人を押し付けられる可能性があった。


「よって、この魚の補給は絶対に毎日しないと駄目です」


 不足する魚を、漁師達に船舶まで貸して確保している。

 補給不足の解決に貢献しているので、これが十分に軍事行動に当たるはず。


 そう、俺は軍の補給に貢献しているわけだ。

 だから忙しいので、他の貴族に会っている暇はないんだよな。


「それはわかるけどよ。伯爵様は、絶対に好きでやっているだろう?」


「はい」


「そこは、表向きは否定しろよ……」


 俺の身も蓋もない返答に、ブランタークさん溜息をつくのであった。

 ただ、毎日美味しい肴を得るために、彼も釣りは止めないのであったが。






「補給作業が忙しいな」


「バウマイスター伯爵は漁師みたいになっているし、今回の紛争はどうなっているんだ?」


 今日も漁を終え、赤ん坊達にミルクをあげて寝かせた後、今日は夕食会を開いた。

 あまりに何も状況が動かないので、フィリップとクリストフを呼んで情報交換を試みたのだ。

 相変わらず着陸させた船内での生活なので、客はあまり呼んでいない。

 二人と、彼らの部下、あとは彼らに新しく出来た寄子達だそうだ。


「もう寄子を?」


「帝国内乱で褒賞を受けた貴族は俺だけじゃないのさ」


 一緒に戦った中で、貴族の次男三男で食うために軍人をしていた指揮官クラスが数名、一緒に騎士爵を貰って法衣貴族として独立、そのままフィリップの寄子になったそうだ。


「あっという間にできあがる柵……」


「バウマイスター伯爵、そう思っても口に出すな。俺だって戸惑ったんだ」


「えっ? 元は大貴族の息子なのに?」


「俺が細やかに寄子達を把握していたと思うか? そういうのはクリストフの担当だったんだよ」


 軍人肌の長男、内政官肌の次男だったからなぁ……。


「それは駄目なんじゃ?」


「フィリップ兄さん、一応形だけでもそういう事はしていたという風にしていてください」


 フィリップは、クリストフに釘を刺された。

 確かに、何もしていなかったとカミングアウトするのはよくないか。 


「人に言うほど、バウマイスター伯爵も寄子達に細やかな配慮とかしてないだろうに」


「まあ、してないけど……」


 していないな。

 みんな、ローデリヒに丸投げだ。


「今はやっているぞ。みんな、俺が頼りだからな。法衣騎士なんて吹けば飛ぶくらいの存在だからな」


 昔とは違って、今は自分が面倒をみてあげないと駄目らしい。

 フィリップは、共に帝国内戦で苦労した部下達の面倒をよく見て慕われているようだ。


「俺とクリストフもエドガー軍務卿の寄子で世話になっているからな。その点はありがたいし楽だな。その代わりに、こうしてバウマイスター伯爵と情報交換に務めたりするわけだが……。代わりにこちらも情報をバウマイスター伯爵に渡そう」


 二人の寄親であるエドガー軍務卿からの情報で、実は既に極秘裏に外交使節団を例の魔族艦隊に送り込んでいるらしい。

 だが、一向に交渉が始まらず、艦隊内に留め置かれているそうだ。


「監禁されている?」


「わからん。定時通信は普通にできるそうだし、用事があるのなら戻っても構わないと向こうの指揮官に言われたそうだ」


「いい条件で交渉しようとジラしているのかな?」


 こちらが外交使節団を送ったのだ。

 普通なら、すぐに責任者が対応するはず。

 

「王宮でも判断がつきかねてな。中には『我がヘルムート国を舐めている! すぐに攻撃開始だ!』とか騒ぐ貴族もいて……まあプラッテ伯爵達なんだが……」


「あいつかよ……」


 自分の跡取り息子がリンガイアの副長だから、彼を取り戻すために戦争も辞さないと吠えているバカである。

 親バカも極まれりだが、俺もフリードリヒが同じ目に遭ったらああなるのであろうか?


「A情報は、バウマイスター伯爵のところのローデリヒから来ているから、何もわからなくて右往左往でないだけありがたいが」


 『A情報』とは、『アーネストからの情報』の略で、うちに居候している魔族からの情報という意味だ。

 彼は、ここに連れて来ると向こうと勝手に連絡を取ったり、内応の可能性があると疑われるので連れて来なかった。


 本人は、いつも通り論文の作成に忙しくて部屋に閉じ籠っているようだが。

 そして、その状態を王国から黙認してもらっている代わりに、彼から魔族に関する情報を提供していた。


 アーネストは、このリンガイア大陸にある遺跡を調査したくて密出国までした男だ。

 よって国家に対する忠誠は薄く、知りうる限りの情報を王国に伝えてくれる。

 おかげで魔族の国に関する情報は集まったのだが、彼は元は大学教授であった。

 政府や軍隊などに関する情報は、どうしても概要的なものになってしまう。


 だが、それでも王国政府を交渉へと向けさせるのに十分であったが。


「魔族は全員魔法使い、最低でも中級以上の魔力を持つ。魔導飛行船や、その他の武器の性能も比べ物にならない。いくら数が少なくてもな……」


 数が少ないから全面戦争にはならないかもしれないが、条件闘争のための限定的な軍事衝突となれば、一方的に蹴散らされてしまう。

 その結果、不平等な条約や領地割譲を受け入れてしまったら。

 

 アーカート神聖帝国にも舐められてしまう事態になるであろう。


「そんなわけで、王国政府としては数を頼りに圧力をかけて何とか平等な条約を結びたいわけです」


「可能なのかな?」


「そう思っていないとやってられませんから。問題は、プラッテ伯爵達のように足を引っ張る連中ですね」


 魔族の国と戦争をして、それで勝てると思っているのが驚きだ。

 アーネスト経由で、情報はちゃんと入っているのに。


「彼らに言わせると、そんな情報は当てにならないそうです」


「じゃあ、自分で当てになる情報を探ってこいってんだ」


「そんな面倒な事はしませんよ。連中は」


 彼からすると、戦争とは出世をかけた賭けなのだそうだ。


「政府閣僚も、軍人も、上にいる連中は戦争なんて嫌ですからね。戦争を煽る貴族ってのは、それで上手く行けば自分も出世できる。駄目なら上の連中の責任にして逃げようと考えていますから。それで、上が処罰されて空いたら何食わぬ顔で戻ってきます」


 駄目元で景気のいい主戦論を煽り、失敗したら上の責任だと言って逃げる。

 酷い話だが、こんな中間層や非主流派は多い。

 上が可愛そうな気もするが、それに引きずられてしまえば責任のある地位にいるのだから、罰を受けても仕方がないのであろう。


「という事は、まだ俺達は釣りができる? よーーーし、これを生かして海釣りを極めるぞぉーーー」


 まだ、主クラスの大物が釣れていない。

 そのうちに、名人級の腕前を持つベテラン漁師が『この海域には、全長十メートル以上もある謎の大魚がいて、ワシもそれを何十年も追いかけているのだ』などと話しかけてくれるかもしれないし。


「バウマイスター伯爵、それは何の物語なんだ?」


「ありそうというか、あったら面白そうですね」


 体育会系のフィリップは呆れ、文系のクリストフは半分だけ俺の話に賛同してくれた。

 

「その名漁師の鼻を明かしてやるんだ」


「初日にサーペントに食べられてしまった大物もいましたし、またあのくらいの獲物が釣れますよ、あなた」


「だよなぁ。エリーゼはわかっている」


 そう、この海は豊富な魚を我々に恵んでくれる素晴らしい漁場なのだ。

 頑張れば、またあんな巨大魚がかかるかもしれない。


「ヴェル、あくまでも漁に出ているのは駐留する各軍への食料供給任務なんだが……」


「エル、そのくらいの事が俺にわからないとでも?」


 わかっているからこそ、そう言って毎日釣りに出ているのだ。

 それに、実際彼らに大量の魚を販売してもいる。

 相場は少し安く設定しているし、漁師達の収入も保障していた。


 だから、ホールミア辺境伯も何も言ってこないのだから。


「俺は、ヴェルがこのまま釣りだけに没頭して、本来の目的を忘れているのではないかと心配したんだ」


「あははっ、そんなまさか」


 そんなはずがないと、俺は笑い始める。


「そうかしら? エルの心配はもっともよ」


「ええーーー、何でイーナが裏切るの?」


「裏切るとかじゃなくて、ヴェルは毎日楽しそうに釣りをするか、フリードリヒ達の傍にばかりいるし」


「時代の先端を行く、赤ん坊の世話を見る貴族、それがこのバウマイスター伯爵様だ」


 この世界に、家事の分担とか、イクメンという言葉は存在しない。

 子供の世話は、主に女性が見るものという考え方が主流だからだ。


 大貴族だと、母親が面倒を見ず乳母やメイドに任せてしまう人も多かった。

 俺のように自分でミルクをあげたり、おしめを替える男は滅多にいないそうだ。


「普段はできないけど、こういう時くらいはね」


 領地にいると色々と忙しいしローデリヒも五月蝿い。

 だから、今がチャンスというわけだ。

 戦争になるかもしれないのに、なぜか物凄く時間が空いているし。


「悪くはないと思うけど、バウマイスター伯爵としては問題かも」


「そうだね、軽く見られちゃうよ」


 現代日本とは違って、男が、それも俺のように大貴族が赤ん坊の面倒など見ていると、世間の風評が悪いそうだ。

 ルイーゼもイーナの考えに賛成で、もしこんな事を日本の女性が知ればどう思うのであろうか?

 

 ある意味、興味深くはある。


「それほど気にする事もあるまい」


「テレーゼは俺の味方だった」


「大貴族が少々変わった事をしたとて、それが何程の事かというわけじゃ。世間の流行など、変わり者の大貴族や王様が始めた事も多いからの」


 自分が大貴族でもあったテレーゼからすると、流行とは自分達のように目立つ人間が作り出すものだと思っているらしい。


「つまり、ヴェンデリンさんが男性なのに赤ん坊の世話をしていると、それを真似る人が出て流行するかもと?」


「そんな感じじゃの」


「信じられませんわね」


 カタリーナは貴族に拘る女である。

 だからこそ余計に貴族の基本に忠実で、俺が赤ん坊の面倒を見るのはおかしいと思っているようだ。


「好きにすればいいと思う」


「だよなぁ、ヴィルマ。あたいの兄貴なんて、子供の頃はあたいを背負って面倒みていたらしいぜ」


 あの家は、当主夫人も農作業をするような家だ。

 どうせ他の貴族は誰も見ていないし、気にもせずにそういう事をしていたのであろう。


「でも、私達もいるからたまにでいいわよ」


「旦那様には、やはり世間の目がありますし」


「うーーーむ、こっそりとやるとするか」


 アマーリエ義姉さんからすると自分の仕事ばかりか、連れてきたメイド達の仕事がなくなるのが困るというわけだ。

 確かに、それは一理あるかもしれない。


 ここは、リサの言うように他の貴族に目を付けられないようにするべきか。


「となると、ここは釣りを強化か?」


「旦那様、なぜ釣りなのですか?」


「なぜって、海が俺を呼んでいるから!」


 そして、まだ見ぬあの海域の主が、俺との対決を待っているのだ。


「いえ、『瞬間移動』が使えるのですから、ここは領内の開発工事もしないと駄目なのでは? ローデリヒさんに怒られますよ」


「リサさんの言う事は正論すぎますね。あなた、二日に一度は領地に戻ってください。何かあれば携帯魔導通信機で連絡します」


 エリーゼにも念を押され、俺の釣りライフは二日に一度となってしまう。

 もう一日は、『瞬間移動』で領地に戻ってまた土木冒険者として仕事をする羽目になるのであった。







「失礼、バウマイスター伯爵殿はいらっしゃるかな?」


 相変わらずの待機状態が続くなか、こちらを五名の男達が訪ねてきた。

 身形からして下級貴族とその子供達という感じであろう。

 本来なら門前払いをするところなのだが、彼らがエルの父親と兄達であったから話だけは聞く事になってしまった。


「恐れていた事が……」


 今まで、彼らは補給部隊の通り道などを警備していて、このサイリウスに来ていなかったようだ。

 任務が終わり、休暇がてら諸侯軍を連れてサイリウスに入ると、そこには自分の息子がいた。


 顔を出して親子の再会を……というのが普通なのであろうが、実は彼らは大きなチョンボをしている。


 俺が領地を得たばかりの頃、エルのツテで他の貴族よりも優遇しろと無茶を言って、西部貴族達への対応が悪くなる原因を作ってしまったのだ。

 悪くなるというと誤解を与えるが、別に拒否しているわけではない。

 

 南部を一番優遇しているのは地元だからだし、次が中央なのは開発で中央貴族と王家の援助と庇護を受けているからだ。 

 東部とは揉めたが、それも解決して新ブロワ辺境伯とは知らぬ仲でもないし、紛争で損害を受けて大変そうなので少し手を貸している。

 そうする事で新領主の統治体勢を安定させ、また紛争で足を引っ張られないようにする目的もある。


 ああ、そう考えると西部は一番不遇かもしれない。


 エルも、それ以来家族とは連絡を取っていない。

 彼が恩を返すべき人は亡くなった母親のみなので、独立して家を出た以上は関係がないという考え方なのだ。


「エルも大変だねぇ」


「まったく、イーナやルイーゼの家族が羨ましいぜ……」


 エルは、厄介のタネが来たと顔を渋くさせた。


「言うほど、ボクの家族も素晴らしいとは思えないけど」


「そうよね。極めて普通?」


「だから、その普通が羨ましいんだよ」


 二人の子供がバウマイスター伯爵家の槍術指南役と魔闘流指南役となって家臣家を創設するので、それを手伝うために親族や弟子を優先的に採用している。

 このくらいならどの貴族家でも行っているし、どうせうちは人手不足である。

 特に問題にもなっていない。


「バカな俺が言うのもどうかと思うが、俺の家族なんてみんな凡人だぞ」


 剣に優れたエルに嫉妬して、獲物の横取りをするような家族なのでお察しというわけだ。


「しかし、何でレクス兄さんとサレム兄さんがいるんだ?」


「何でって、家族だからじゃないのか?」


「あの二人は、俺よりも先に家を出てホールミア辺境伯家に仕えたと聞いていたからな」


 零細貴族の子弟の就職先としては、地元大物貴族家に仕えるという選択肢もある。

 だが、ここでも大物と小物は差がつく。

 大物は家臣家に婿入りなどができるが、エルの兄達だと末端の警備兵で死ねば貴族の身分も失ってしまう。

 

「ホールミア辺境伯家に仕えているのなら、今は忙しいのでは?」


 魔族艦隊への対応があるので、俺達ならいざ知らずここに来る余裕もないと思うのだ。


「これは、バウマイスター伯爵殿。私は、エルヴィンの父でアルニム家の当主です」


 最初の挨拶は普通だった。

 エルの父親が、自分と四人の息子を紹介しただけだ。


「バウマイスター伯爵殿のご活躍は噂に聞いておりますとも。ところで、うちの他の息子達はいつバウマイスター伯爵家に仕官できるのですか?」


「はい?」


 俺は、エルの父親が何を言いたいのか理解できなかった。

 仕官したければ、好きに募集に応じればいい。

 能力があれば出世も可能だからだ。


「それは、募集に応じていただければ。ただ、その前に仕えているところを退職して、トラブル等がないようにしていただきたい」


 うちの方が条件がいいから焦ってか知らないが、仕えていた家なり職場を辞めもしないでうちに応募してくる者がいて困っていたのだ。

 向こうからすれば、バウマイスター伯爵家が勝手に引き抜いたように思えてしまう。

 当然うちに抗議してくるので、そのトラブルの処理で余計な仕事が増えてしまい、ローデリヒ達が頭を抱えた事もあった。

 なので、ちゃんと前の職場は辞めてきてくれと念を押しておく。


「えっ? なぜそのような事をせねばならないのです? それは、バウマイスター伯爵殿がホールミア辺境伯殿と相談してください」


「はい?」


 この親父、いきなり何を言うんだ?


「エルヴィン、俺はホールミア辺境伯家で末端の兵士稼業なんてまっぴら御免だからな。いい席を準備しておけよ」


「そうそう、兄貴は敬うものだぜ」


 先ほどエルがホールミア辺境伯家に仕えていると言っていたレクスとサレムの二人が、エルに上から目線で命令する。

 いや、あんたらはエルの兄貴達かもしれないけど、今では全然身分と立場が違うんだがな。

 

 昔の関係が今も通じると思っている……通じると思いたいんだな。


「エルヴィン、俺の子供も将来は面倒を見ろよ。いいか、相続可能な家臣家を継がせてやれ」


 次男らしき人物も、なぜかとても偉そうだ。

 自分の子供をバウマイスター伯爵家に仕官させろと偉そうに言っている。

 というか、俺の実家はまだマシだったのかな?

 前に優遇はしないと宣言したんだが、この連中はまだ諦めていなかったらしい。


「父上、兄上達。俺には、そのような権限はないのですよ」


 ぶち切れるかと思ったら、エルは案外冷静だった。

 怒りが一回転以上して、逆に冷静になったのかもしれない。

 そのようなコネは存在しないと、彼らの提案を却下する。


「待ってください! バウマイスター伯爵殿! ここは普通ねぇ……」


 嫌らしい顔だな。

 そんな媚びた表情を向けられても、俺もエルの家族を優遇する予定はない。

 第一、俺はお前達と縁も所縁もないのだから。


「そうですとも。エル如きがバウマイスター伯爵殿の重臣なのです。我らならもっと上の地位を与えられて当然ではないですか」


「エルヴィン、お前からもバウマイスター伯爵様に言うんだ」


「(なあ、エル)」


「(家を出た時よりも悪化してるなぁ……お前の兄貴達は、一人を除けばマシだっただろう?)」


 確かに、こんな父親と兄達ならエルも帰省しようとか、つき合いを絶とうとは思わないよな。

 

「(多分、俺経由でヴェルと縁を結べなかったから、ホールミア辺境伯様から嫌われたんじゃないのか?)」


 あてが外れたというわけか。

 俺とホールミア辺境伯との仲は、この前知り合いになった程度だからな。

 長い目で見たら、むしろブロワ辺境伯家の方がよほど仲がいいわけだし。

 東部と南部の関係が改善したら、西部との一番縁が薄くなってしまう可能性がある。


 その原因となったエルの実家は、間違いなく村八分状態なのであろう。


「いや、あなた達を護衛に置きたくないですけど」


 何で、お前達のような知りもしない連中を傍に置かないといけないんだよ。

 ローデリヒが全力で反対するわ。

 確かに、エルと俺が知り合ったのは偶然だ。

 家臣になったのも偶然。

 でも、エルはちゃんと努力して今の地位にいる。

 お前らが、何か努力でもしたのか?


 してたら、コネで重臣にしろなんて言わないよなぁ……。


「バウマイスター伯爵様、未熟なエルヴィンよりも、私の方があなたの護衛に相応しいのです」


「そうですとも」


「ふーーーん、そうなのか」


 なら、試験してみようか。


「エルの兄さん達は、エルよりも俺の護衛に相応しいらしい。なら、それを証明してもらわないと。剣で相手をしてあげなよ」


「わかりました。兄上達、俺を剣で負かせられれば、俺の地位を得られますよ」

 

 どういうと、エルは自分の刀を抜いた。


「バウマイスター伯爵殿、このような席で剣の試合などとは!」


「そうですとも!」


「我らの能力は剣だけではなく、もっと総合的なものなのです」


 総合的って、何だよそれ。

 せめてエルと剣の試合をするくらいの気概があればいいのだが、そういえば領地にいた子供のエルにも剣と弓で勝てなかった連中なんだよな。

 真面目にコツコツと勤めるようなタイプにも見えないし、悪いけどエルの親族はいらないわ。


「いえ、エルは俺の護衛に、時間があれば警備部隊も率いますし、帝国内乱の時には部隊を率いて敵軍に切り込みました。エルよりも高い地位を望まれるという事は、エルよりも剣の腕前が勝っていないと厳しいですね。ですので、エルとの模擬戦に勝って証明してください」


 今、改めて整理すると、エルって凄い戦績なんだな。

 あれ? 

 結構、ハードルが高くないか?

 ヴェンデリンになる前の俺なら、無理だと思うぞ。


「それは……」


「俺は、頭脳の方で貢献を……」


「そうだ、俺もサムルと同じく頭脳の方で!」


「では、王都で下級官吏の試験に合格してきてください」


 エーリッヒ兄さんも受かった試験だ。

 かなり難しいが、努力すれば受からないという事もない。

 この試験に受かった下級官吏出身者は、文官としても即戦力である。

 合格者を積極的に仕官させているし、ローデリヒに抜擢される者も多かった。

 文官として活躍したいのであれば、最低でも下級官吏試験には受かっていてほしい。

 

「「……」」


「どうかしましたか? うちは確かに人手不足ですけど、出世したければそれなりの能力が必要です。逆にいうと、それがあれば家柄やコネがなくても出世は可能ですよ。さあ、それを証明してみせてください」


「「「「「……」」」」」


「どうなのでしょうか? 能力があれば、我が家の家宰であるローデリヒがすぐに抜擢してくれますよ。是非ご応募を」


「バウマイスター伯爵殿、私は急用ができたので……」


「俺も、失礼します!」


「俺も!」


 俺はただ正論を吐いただけなのだが、エルの親父と兄達はその場から逃げ出してしまった。

 エルよりも上の地位に就きたいというから、その条件を出しただけなんだがな。


「やれやれ、我ながら情けない家族だな」


 俺は何も言わなかった。

 本当は、エルも大分堪えているはずだ。

 ここは何も言わない方が親切であろう。


「エルさん、今日は大変でしたね」


「まあね」


 事情を聞いたハルカもエルに詳しく事情を聞かず、食事を出して彼を労うだけであった。

 さすがはミズホ撫子、旦那への気配りに長けている。


「今日は、早くお休みになられますか?」


「そうだな。何か、疲れたわ……」


 その日は夫婦で早くに寝てしまったようだが、翌朝にはエルも元気になっていたので俺達は安堵するのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 伯爵にこんな口聞いていいのか?
[一言] 王国からの援軍てなんだろ… あの1年間は通信も移動も封じられてたし、王国もヴェンデリンが帝国のどこで何をしてるのかは分からないんだけど ヴェンデリンは帝国の一勢力に傭兵として参加してただけ…
[気になる点]  帝国の内乱でボランティア活動をした。足手まといの援軍を送るだけで、王国はウェデリンに一切恩賞を払ってない。  「賠償金の取り立て?」痛むのは帝国の財布でしょう。支払いを分割にするだけ…
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