第百三十四話 フジバヤシ家の副業と、謎じゃないけど美少女店長。
ハルカの兄で、次のフジバヤシ家当主であるタケオミさんが、バウマイスター伯爵領にやって来た。
甥であるレオンの顔を見るためと、フジバヤシ家からハルカの出産祝いを持ってきたのだ。
あともう一つ、フジバヤシ家は副業でヘルムート王国にミズホ産食品を売る仕事を始めている。
これが思いの他好調で、バウルブルクにも支店を作るために店舗候補地の下見をしに来たというわけだ。
フジバヤシ家は、ミズホ茶……まあほぼ日本茶だ……海苔、昆布、塩蔵ワカメ、保存の利く海産物の商売で成功を収めた。
ミズホ茶はマテ茶のほのかな甘みが嫌いな富裕層に人気となり、抹茶も製菓材料としての注文が増えた。
ミズホの影響でマテ茶の粉末をお菓子に使う菓子職人が増えたが、ほのかな甘みが邪魔になって味がハッキリとしないという意見が多く、それがない抹茶は大人気となっている。
昆布は出汁としての需要が、あとはワカメと同じく髪にいいという効能から庶民で髪が薄い人がよく購入するようになった。
というか、ミズホ公爵領でもワカメは髪にいいという迷信があるようだ。
俺は迷信だと思うのだが、健康にはいいものだからな。
無理に否定しようとは思わない。
庶民でも買える値段の品なので、購入した方も効果がないから詐欺だとまでは言わないであろう。
どちらかというと、健康にいいからと購入している人の方が多いようだ。
「我が甥レオンは可愛いな。ハルカが母親ならば、刀も上手く使えるようになるだろう。私もたまに刀を教えに来よう」
「兄様、無理をなさらないでくださいね」
「何の、我が可愛い甥のためさ」
内乱時の戦功で上士の末席にはなったが、出費が増えて財政は厳しいフジバヤシ家が副業で始めたはずの商売は順調のようだ。
タケオミさんの服装は変わっていない……いや、着ている服は似ていても、服に使っている素材が高級になっている。
どうやら、随分と儲かっているようだ。
そういえば、レオンへのお祝いも豪華だったな。
彼が将来使う刀を、カネサダさんに打ってもらったと言っていた。
オリハルコン刀ほどではないが、名人カネサダの刀となればかなりの高級品だ。
現在の王国では、その刀身の美しさからミズホ刀をコレクションしている貴族も一定数存在している。
数あるミズホ刀の中でも、歴代カネサダの作品は美術品としても大人気であった。
そう簡単に打ってもらえる刀ではないのだ。
「ハルカ、体の具合は大丈夫か?」
「はい、エリーゼ様が出産後に治癒魔法をかけてくれましたので」
「エリーゼ様、我が妹のためにありがとうございます」
「ハルカさんは、バウマイスター伯爵家になくてはならない方ですから」
「そう言っていただけると感激です」
ハルカは、フリードリヒ達の護衛も兼ねた乳母という立場にある。
レオンと一緒に俺の子供達の面倒を見て、足りなければ乳を与える役割も期待されていた。
我が家の奥に自由に入れる重臣の妻というわけで、それだけ信用されている証拠でもあった。
「ハルカさんにはいつもお世話になっています」
エリーゼ達も、そう毎日子供の面倒ばかり見ていたら育児ノイローゼになってしまう。
上手くローテーションを組んで休みを取るためにも、ハルカの助けは必要であった。
「ハルカがバウマイスター伯爵家で受け入れられているようで、兄として安心しました。ですが……」
タケオミさんは、ハルカの服装に目を丸くさせていた。
なぜなら、エルが例のキャンディーさんに注文した黒のゴスロリ服姿であったからだ。
エルは随分と金を使ったようで、高価な素材のゴスロリ服は貴族やその家臣の妻が屋敷の中で着ても変に思われないクォリティーがあった。
だが、初めてゴスロリ服を見るタケオミさんは、自分の可愛い妹がなぜそんな格好をしているのか、不思議で堪らなかったのだ。
「お義兄さん、これは現在王都で流行している服なんですよ」
「元凶はお前かぁーーー!」
タケオミさんは、いまだに可愛い妹を奪い去ったエルに隔意を持っている。
産まれた甥が可愛いのでその隔意が薄れるかと期待したら、ゴスロリ服がお気に召さなかったようだ。
以前と同じく、エルに怒りの矛先を向ける。
ここまでくると、これは様式美であろう。
「お義兄さん、これはですね……」
「誰がお義兄さんか!」
「いや、お義兄さんじゃないですか……」
エル、それはそうなんだが、今のタケオミさんにそれを言っても無駄だと思う。
彼からすれば、エルは可愛い妹を奪った敵にしか見えないのだから。
「レオンはこんなに可愛いのに……お前はまるで可愛くない!」
「はあ……」
エルも、いい年をした年上の青年から可愛いと言われても困るだろうから、それは構わないとして、そろそろタケオミさんにも慣れてほしいものだ。
シスコンという存在が、ここまで業の深い存在だとは思わなかった。
「第一、お前はハルカの他に!」
タケオミさんは、レーアとアンナの件でも怒っているようだ。
可愛い妹に不満でもあるのかと……というか、本来タケオミさんも最低二人は奥さんを貰わないといけないのに、いまだに独身なんだよなぁ……。
タケオミさんの父親は、お見合いをさせないのであろうか?
「それは、バウマイスター伯爵家重臣として必要な事だと理解していただかないと……」
「わかってはいるのですが……」
貴族の常識としては理解できるが、感情ではというわけか。
やはり、シスコンというのは業が深いと思う。
「兄様……」
「おっと、今日は他に大切な用事があったのです」
自分の兄の態度を見かねたハルカが注意しようとすると、タケオミさんはすぐに話題を変えた。
彼はシスコンゆえに、愛する妹に注意をされるのが嫌なのだ。
「バウマイスター伯爵領への出店許可、ありがとうございます」
こちらとても大歓迎だ。
ミズホ産の食材を手に入れやすくなり、税収も期待できるのだから。
バウマイスター伯爵領は人口が増加中で、開発特需で金を持っている人が多い。
珍しいミズホ産の食材の需要もあるはずだ。
「時おり私も顔を出しますが、バウルブルク支店を任せる人物を紹介しておこうと思いまして。アキラ、入って来い」
「はい」
タケオミさんに呼ばれると、俺達の前に愛らしい黒髪の少女が姿を見せた。
髪は短く切り揃えておりまるで少年のようであったが、華奢で小柄で、守ってあげたくなるような感じだ。
この娘ならいい看板娘になる……いや、待てよ。
支店の責任者だって言っていたよな。
「タケオミさん、この子が支店の責任者なんですよね?」
「はい。フジバヤシ家の縁戚なのですよ。二代前にアキラの祖父が商人になりましてね」
当時下士であったフジバヤシ家が一族全員をサムライにするわけにもいかず、下の子供を平民に落としたというわけか。
そして、その人物は商売を始めた。
アキラはその人物の子で、タケオミさんとは従兄弟同士の関係だという。
両家は今でも繋がりが残っていて、フジバヤシ家の商売を手伝っているというわけだ。
「スキルはあるのですね」
「若いですが、商売なら私達よりも遥かに優秀ですよ」
適材適所だとタケオミさんは言うけど、少し不安はあるんだよな。
バウルブルクの町は人の出入りが多くて活気があるが、その分柄のよくない人も多い。
防犯上の観点から、支店長が女の子なのはどうかと思う。
うちの警備隊も頑張って取り締まりはしているけど、如何せん人手不足で駆けつけるのが遅れるケースもあった。
そう滅多な事はないが、安全面を考えると男性が支店長の方がいいような……。
「大丈夫ですか? バウルブルクには気性の荒い方も多いですわよ」
俺の代わりにカタリーナが釘を刺した。
実は彼女、以前にバウルブルクの町で柄の悪い連中に絡まれ、竜巻の魔法で吹き飛ばした事があった。
あの事件は酷かったな。
事後処理をしたトリスタンが涙目だったから。
『無礼を働いたあの連中が悪いのですわ』
カタリーナの言っている事は間違っていなかったが、俺はもう少し周囲に被害が出ない魔法で対処したらと、苦言を呈する羽目になったほどだ。
「カタリーナ様、アキラはこう見えても強いので大丈夫ですよ。刀の腕前も、古戦術も、免許皆伝の腕前ですから」
「まあ、それは凄いのですね。さすがは、ハルカさんの親戚の方ですわ」
フジバヤシの一族なので、刀の鍛錬は怠っていないわけだ。
古戦術とは、戦場で武器を失った時に素手で戦う武術だ。
魔闘流に似ているが、相手の武器を奪い、それを使いこなすという技が重要視されるのが特徴的だと、前にハルカから聞いていた。
「ミズホ商人には、サムライに負けないほど強い人は多いですよ」
各地に商売に出かけるので、自分の身を守る手段に長けているわけか。
「ですが、やはり見た目でいらぬトラブルを招く可能性があるのでは? もう一人、男性の店員を増やすとか?」
「それは商売が軌道に乗ってからですかね。それに、アキラは本当に強いから大丈夫ですよ」
いくら強いとはいっても、女性だからなぁ……。
もし何かがあると、ミズホ公爵家との問題になってしまうかもしれない。
「もう一人、男性がいた方がいいだろう。女性一人で店を切り盛りするのは危ないと思う」
強制ではないが、ここは言っておいた方がいい。
何か事件があって、警備隊が間に合わない可能性もあるからな。
「あの……バウマイスター伯爵」
「何です? タケオミさん」
「アキラは男ですけど……」
「「「「「「「「「嘘っ!」」」」」」」」」」
俺がそれを言う前に、みんながそう叫んでしまった。
何と、こんなに可愛らしいアキラが男性だというのだから。
「えっ? 男性? 嘘だろう?」
「エルさん、アキラは男性ですよ」
エルも、アキラを女性だと思っていたようだ。
ハルカは彼の親戚で、昔から男性だと知っているから驚かないのであろう。
エルに間違いなく男性だと教えた。
「バウマイスター伯爵様、服装が男性物ではないですか」
「ミズホ服は、男性用と女性用の差が少ないから困る」
「よく見てください。男性用のミズホ服ですよ」
女性でも地味な色のミズホ服を着ている人が多かったから、男性用だとは思わなかった。
確かにアキラは落ち着いた色のミズホ服姿だけど、もし女性と言われてもまるで違和感がないのが凄いと思う。
ミズホ服姿のアキラをよく見ていると、段々とドキドキしてきた。
うん、これはまずいぞ。
俺はすぐに視線を逸らす。
「僕は男です。タケオミさんのように屈強なミズホ男子になるべく、日々奮闘しているのです」
「えっ? それはどうかと思うけど……」
「エルヴィン、何か文句でも?」
「いえ、何でもないですよ。お義兄さん」
「誰がお義兄さんだ!」
「またこれだよ……」
タケオミさんのようになる?
もう一人、シスコンが増えるのは勘弁してほしいな。
エルは、特にそう思っているであろう。
思ったまま発言してそれをタケオミさんに咎められていたが、俺もエルの考えに全面的に賛成だ。
それと、アキラ一人称が僕なので、余計に可愛く見えてしまう。
「ヴェル?」
「何だよ? エル」
エルも、俺と同じくアキラを見てちょっとドキドキしてしまったようだ。
多分、神様が間違って男性にしてしまったのだな。
神をまったく信じていない俺でもそう思えてしまう。
「確かに男性だね。魔力の流れが」
「わかっていただけましたか。ルイーゼ様」
「でも、結構判別が難しいパターンだね。つい老人のように目を凝らしてしまうよ」
ルイーゼには、微妙な魔力の流れでその人物が男性か女性かをほぼ見分ける能力がある。
ただ判別が難しいらしく、老眼になった人のように目を細めてアキラを見つめていた。
「喉仏がない……」
「ヴィルマ様、これでも僕はちゃんと声変わりしていますって」
「そう……」
アキラは声も高いので、余計に女性に見えてしまう。
彼はそれを覆そうと努力を重ねているようだが、いくら刀術などを習って中身を男性っぽくしても、見た目が……やはりどう見ても女性にしか見えない。
「肌が綺麗でいいわねぇ……」
イーナは、アキラの肌の綺麗さが羨ましくて仕方がないらしい。
冒険者として活動する女性の最大の悩み、それは常に外で活動しているから髪や肌が荒れてしまう事だ。
出産もしたので、うちの女性陣は髪や肌の手入れに余念がなかったが、まずそんな事はしていないはずなのに、誰よりも肌が綺麗なアキラが羨ましいようだ。
「そうよね、女性よりも肌が綺麗なんて羨ましいわ」
アマーリエ義姉さんもお肌の曲がり角な年齢を超えているので、若々しい肌をしたアキラを羨望の眼差しで見ていた。
「やれやれ、人は手に入れたいものが手に入らずじゃの」
「髪もサラサラで綺麗ですね……」
「本当にな。本人は別に狙ってそうというわけでもないようじゃが……」
テレーゼとリサも、アキラの肌と髪を羨ましそうに見ている。
「僕は、いくら炎天下で刀の訓練をしても肌が焼けないんです。筋肉も全然つかいないし……日に焼けて筋肉をつけて男らしくないたいんですよ」
いくら女性陣に羨ましがられても、アキラ本人はそれを望んでいない。
本当はもっと声を大にして言いたいのであろうが、俺がいるので声を押さえているようだ。
それにしても、声を押さえながら懸命に自分の考えを言うアキラに萌えるな。
「まあ、いくら女性っぽいとは言っても、所詮は男性。私の可憐さには勝てませんわ」
随分と自信満々のようだが、カタリーナとアキラは全然タイプが違った。
ゴージャス系美人のカタリーナと、守ってあげたくなるような可憐さを持つアキラ……これで男性っていうのだから凄いと思う。
「ぶっぶーーーっ、可憐さではカタリーナの負け」
「ヴィルマさんたら、私は幼い頃から亡くなった両親や、領内の者達から可憐だと言われて育ってきたのですから」
「それは、親の目は欲目なだけ。カタリーナとアキラ、アキラの方が可憐だと思う人」
いきなりヴィルマが多数決を取り始める。
すると、カタリーナを除く全員が一斉に手を挙げた。
俺も自分に嘘はつけないので、アキラの方に手を挙げている。
「ヴェンデリンさん! なぜ妻である私に手を挙げないのですか!」
「えーーーっ! なぜ俺だけに?」
他全員も、同罪じゃないか。
カタリーナから責められた俺は、理不尽さを感じてしまう。
「ヴェンデリンさんは、私が可憐ではないと?」
「ええとだ……カタリーナは結婚して母親にもなったんだ。いつまでも可憐ではなく、大人の女性としての美しさを出していかないと。アキラは未婚だよね?」
「はい」
「既婚者として、新たな魅力を出していかないと」
「それもそうですわね」
またも上手く誤魔化せた。
それにしてもアキラは、本当に可憐で助けたくなってしまう。
男性だと聞いていても、少し見ているとそれを忘れてしまうような……。
俺はアホか!
アキラは男性じゃないか!
「ヴェル、アキラは十分に強いみたいだし大丈夫だと思うよ。それとも心配かな?」
ルイーゼは、格闘家としての直感でアキラに実力ありと判断した。
一人でお店を任せても大丈夫だという考えだ。
だがな、ルイーゼ。
いくら俺でも、男性に恋愛感情はないぞ。
俺は自他共に認めるノーマルだからな。
ちょっと自信がなくなって……んなわけあるか!
「最初は小規模で様子を見ないといけませんし、アキラは強いから大丈夫ですよ」
「よろしくお願いします」
以上のような経緯で、バウルブルクにフジバヤシ家が経営するお茶、乾物屋がオープンしたのであった。
「ヴェル、フジバヤシ乾物店は盛況みたいだよ」
「それはよかったな」
数日後、所用でバウルブルクの町中から戻ってきたルイーゼが、先日オープンしたばかりのお茶と乾物のお店の様子を俺に報告する。
沢山のお客さんがいて、お茶や海苔が売れていたそうだ。
「オープンしたばかりの頃に客がいないと大変だからな。まずは最初のハードルをクリアーしたな」
新しいお店がオープンすると、物珍しさから最初はお客さんが入る。
たまにオープン当初から駄目なお店もあるが、そういうお店は短期間で潰れてしまう事が多かった。
オープン当初は沢山お客さんがいても、暫くしてから寂れてしまうパターンが一番多いと思う。
いかに固定客を掴むか。
商売とは難しいものなのだ。
「ヴェルってば、厳しい意見だね」
「商売は油断すると、すぐに閉店だからな」
前世では、数年で潰れるお店など珍しくなかった。
この世界でも、商売のパイが少ないので新規店はよく潰れる。
いくら最近人気のミズホ産食材のお店とはいえ、油断は禁物であった。
「でもさぁ。ボクは大丈夫だと思うな」
「随分と自信があるんだな。ルイーゼは」
「だってさ。あのお店、看板娘がいるじゃない」
看板娘ねぇ……。
確かにアキラは女性と見紛うばかりの外見だけど、歴とした男性だからな。
その言い方は失礼だと思うんだ。
「帰りに見て来たけど、客は男性ばかりだよ」
「それはおかしいな」
アキラが店長をしているお店は乾物屋だからな。
お茶は男性でも買うと思うけど、海苔や乾物は調理をする女性が主な客層なのだから。
「プロの調理人が仕入れているとか?」
珍しいミズホ産食品を用いて、客を増やそうとしているのかもしれない。
でも、そう男性の飲食店店主ばかりが客として来ないだろう。
「そうだとしても、女性客がほとんどいないのはおかしい」
「ですよねぇ……」
ちょっと気になったので、俺はルイーゼと傍にいたヴィルマを連れてお店の様子を見に行く事にする。
「いらっしゃいませ。今は新茶がお買い得ですよ」
フジバヤシ商店の前で店主のアキラが、お客さんにミズホ茶の試飲を勧めている。
前世のお茶屋さんのような光景だが、ミズホ服に前掛けをしたアキラが可憐な女性にしか見えないので、男性客は花の蜜に群がる蜂のように集まってきた。
「マテ茶を淹れるポットでも大丈夫ですよ。甘くないので、飲むと口の中がスッキリとするんです。食事にも合いますし、暑い時には冷やして飲むと最高ですよ」
アキラは、商売上手でもあるようだ。
次々と客にお茶を勧め、勧められた客の半数以上がミズホ茶を購入していた。
「男は単純」
「ヴィルマ、可哀想だからそれは言わないであげて……」
アキラは男だけど、あんな可憐な子にお茶を進められて断れる男性は少なく、少量入ったお試しパックくらいならそこまで高くもない。
大勢が購入して行ってしまうのだ。
「ヴェル、見知った顔が多いよ」
「げっ!」
うちの家臣が複数いるな。
トリスタン、モーリッツ、トーマス……他にも何人か……。
というか、バウルブルクの警備は大丈夫なのだろうか?
トーマスに至っては、トンネル担当だったはずだ。
「なあ、お前ら……」
「お館様も、ミズホ茶の購入に?」
「買って帰るけど、お前ら仕事は?」
「ヴェル、買っては帰るんだ」
ルイーゼに鋭く突っ込まれたが、別にアキラの色気に惑わされたわけじゃ……というか、男のアキラに色気などない!
「新茶の季節だからな」
「そう、新茶の季節は大事」
「お茶なんていつ飲んでも同じだと思うけどなぁ……」
フジバヤシ家が経営しているだけあって、ミズホ公爵領内の主要な産地の新茶がタイムリーで揃っている。
オヤツで甘い物を食べる時には、俺はマテ茶よりもミズホ茶派になっていたから購入して当然であった。
「ヴェル様、ウージの新茶が売っている」
「おおっ! ウージのお茶は美味しいからな」
ミズホ公爵領で一番有名なお茶の産地だ。
微妙に宇治と被っているような気もするけど、ウージのお茶はそれだけで飲んでもとても美味しい。
エリーゼ達にも買って帰るとしよう。
「で? 仕事は?」
「ご安心を。ちゃんと所定の休憩時間なので」
「私も同じです」
「報告でバウルブルクまで来たのですが、帰りにニコラウス達へのお土産を購入しようかと……」
三人とも、仕事をサボっているわけでもないらしい。
休憩時間に新しいお店を見つけたので、つい試飲に参加してしまったというわけだ。
そんな男性が多いようだな……。
みんな、幸せそうな顔でミズホ茶を試飲している。
アキラが男性だって知っているのか? ……ちょっと怖いので聞くのはやめておこうと思う。
「休憩時間に何をしていようと自由だけどな……ああ、海苔も買って帰ろう」
「海苔でしたらこちらです」
アキラは、いくつかの種類の海苔を見せてくれた。
海苔もお茶と同じく値段がピンキリであった。
「海苔は色が濃くて光沢があるものがいいですよ。あとは……」
一番高級そうな海苔を、アキラが軽く火で炙ってくれた。
すると、濃い緑色になった。
いい海苔の証拠である。
前世で、海苔問屋の社長に教えてもらったのだ。
「オニギリに使うからいい海苔の方がいいな」
「そうですね。そのまま口に入れますからね。これはお値段に負けない品質のよさですよ」
オニギリといえば海苔だが、実はミズホ公爵領から輸入するまでは海苔なしのオニギリで我慢していた。
昔、高菜オニギリを参考にブライヒブルクで購入した菜っ葉で包んでみたが、悲惨な結末に終ったのを思い出す。
海苔なしオニギリも美味しいのだが、やはり海苔がないオニギリは何か物足りない。
今はミズホ公爵領との交易が可能で、バウルブルクにお店もできた。
つまり、俺はいつでも自由に海苔オニギリが作れるのだ。
あと、海苔巻き、太巻き、餅を焼いてから砂糖醤油につけて海苔で巻く事も可能だ。
そして、海苔があるという事は……。
「フリカケが欲しいな」
「カツオ、オカカ、梅、ワサビ、シソワカメ、ジャコなどがあります。乾燥していない高級フリカケもありますよ。試食をどうぞ」
何と、アキラはご飯も準備してくれていた。
そこに乾いたフリカケを順番に載せて試食していく。
前世を思い出すとても素晴らしい味だ。
湿ったままの具が豪華なフリカケも素晴らしい。
ウニや肉のソボロを使ったフリカケもあった。
どれも、俺の日本人としての精神を揺り起こしてくれる素晴らしい美味しさだ。
「全種類買おう」
「ありがとうございます」
俺は金持ちバウマイスター伯爵だ。
高級海苔とフリカケの大人買いくらい余裕だ。
「餅はあるのか?」
「はい、あります。キナコもいい商品がありますよ。小豆もミズホで一番とされる産地のものが」
餅とキナコと餡子。
この至高の組み合わせを楽しまないわけにはいかない。
王国でも手に入るのだが、やはり一度いい物を知ってしまうとな。
購入した小豆は、急ぎ水に漬けてからじっくりと煮ないと駄目だな。
「他にも色々とあるみたいだな。だが、今日は時間が……また来るとしよう」
予想外に大量に購入してしまったが、品質のいい品が大量に手に入った。
これからもちょくちょくと見に来ようと俺は決意するのであった。
「ヴェル……アキラが可愛いからって……」
「トリスタン達と一緒にすんな!」
俺は男に興味はないんだ。
いくら女性に見えても、俺は同性愛者ではない。
「でもさ、試食品を貰う時に物凄く嬉しそうだったよ。トリスタン達と同じく」
それも違う。
俺は、新しいお店でいい商品が多くて嬉しかっただけなのだ。
試食可能という点も、俺の購買心を大きく誘った。
「ヴィルマはわかってくれるよな? あの店はいい品が多いよな」
「いい食材が一杯置いてあった」
「ほらな、ヴィルマの言うとおりじゃないか」
「でも、アキラに釣られて来る客が多すぎる」
「だから、あいつらと一緒にすんな!」
俺は、あくまでもお店の商品に魅かれただけだ。
決して看板娘であるアキラ……看板娘じゃない! 彼に釣られて商品を購入したわけではないと声を大にして言い続けるのであった。
「まあ、気持ちはわからなくもないよな。アキラが男性だって言われても、信じない奴がいそうだし」
「うるさい、エル。オニギリをやらんぞ」
「俺は別に、ヴェルがアキラの色香に迷って大量に商品を購入したとは言っていないぞ」
「おおっ! 信じてくれるのか? エル」
「お前、昔からそういう奴じゃん」
夕食に大量の海苔オニギリが出され、それを食べながら俺達は話をする。
ルイーゼの言うとおり、フジバヤシ乾物店はアキラのおかげで大盛況であった。
彼に釣られて店に近づくと試飲用のお茶が入った茶碗を渡される。
アキラは美少女に見えるので断る者はおらず、お茶を飲んだ一定数の人間がお茶を購入してしまうのだ。
タケオミさんは随分と上手な商売方法を……あの人が狙ってやったとは思えないな。
自分はあくまでも出資者で、商売は上手くないって言っていたし。
「みんな、アキラが男性だって知っているみたいよ」
「えっ? そうなの?」
何と、イーナが衝撃の事実を暴露した。
「アキラは男性だけど、お茶を飲んでお話するだけなら至福の時間を過ごせるから気にしないんだって」
確かに、アキラが淹れてくれたお茶を飲みながら話をしていると、彼が男性である事実を忘れてしまいそうになるのは事実だ。
「トリスタン達、アキラが男性だってわかって行ってたのか……」
「そうみたい」
みんな、もしかすると家庭で何か問題でもあるのだろうか?
癒しを求めるために、男性の元に通うなんて……。
バレたら、奥さんに怒られないのかな?
「でも、それはヴェルも同じじゃないの?」
「おいっ!」
俺は、すかさずイーナにツッコミを入れた。
俺にはその手の趣味はなく、ただ単にあのお店が楽しくて行っているのだから。
たかが乾物屋だと思っていたら、新興のフジバヤシ家と親戚の小規模商家の運営だから商売の方法が面白い。
行くとワクワクするお店なんて久しぶりだ。
デパートの北海道物産展に行った時と同じ気分だな。
「他のお店と比べると、通う頻度が多くないかしら?」
「イベントがあるからな」
そう、ある日は出汁の取り方教室をやっていた。
カツオブシと昆布で出汁を取り、それを試飲させてくれるのだ。
つい買ってしまったが、それで作った味噌汁は美味しかった。
やはり、プロが作る品は違うな。
俺も自力で味噌製造まで辿りついたが、フジバヤシ乾物店で売っている味噌には及ばない部分も多い。
醤油もだ。
値段は高いが、俺はついそちらを使用してしまうのだ。
このくらいの贅沢は、バウマイスター伯爵なのだからいいであろう。
「今日も、アキラが佃煮を炊くというから試食に行くのだ」
「そして、買ってくるわけね……」
「だって、俺が自分で作るよりも美味しいし」
佃煮は難しい料理だ。
誰にでも作れるけど、美味しく作るのは難しい。
微妙な味加減で、あそこまで評価が変わる料理も珍しい。
前世で老舗佃煮屋の佃煮を貰って食べた事があるけど、あれは美味しかった。
俺も昔は自分で作って、オニギリの具にしたりご飯のおかずにしていたけど、フジバヤシ乾物店で売っている品の方が美味しいからな。
種類も豊富だし。
乾物店なんだが、店長であるアキラが独自裁量でミズホから仕入れたり、自分で作ったりするのだ。
大陸南方は米を食べるから、ご飯に合う佃煮は需要があった。
オニギリの具やご飯のおかずとして一般庶民も食べたが、保存食として冒険者も買いに来るようになったのだ。
魔法の袋を持つ魔法使いが入っていないパーティは、あまり豪勢な食事を用意できない。
オニギリを持参したり、現地で米を炊いてスープを作りおかずは佃煮というケースが増えていた。
材料がミズホ産の佃煮は高級品で高かったが、アキラがバウルブルクやその周辺で入手した材料を炊いた佃煮は安かったので、これがよく売れている。
「乾物屋なのに、佃煮屋もしているのね」
「その辺は、臨機応変なんだと思う」
「保存が効いて塩気も多いから、冒険者には最適なのは確かね」
「というわけで、俺はフジバヤシ乾物店に行くのだ。イーナも来るか?」
「面白そうだから行ってみようかしら」
「あっ、あたいも行く!」
イーナとカチヤを連れてフジバヤシ乾物店まで行くと、店先から佃煮を煮るいい匂いが漂ってくる。
商売繁盛で急遽従業員を増やしたが、佃煮を炊いているのはアキラ本人であった。
男らしさを目指すとか言っているが、料理が上手で佃煮を炊く事まで得意とは、ますます女性と間違われそうである。
「バウマイスター伯爵様、いらっしゃいませ」
「何を佃煮にしているんだ?」
「バライソウの新芽です。安く仕入れられたので」
バライソウとは、薬草と野草の中間地点にある植物であった。
食べると胃腸にいいと言われており、これを乾燥させて胃腸薬として用いる事がある。
ただ、大陸南方では比較的大量に生えてるので、これを野菜代わりに食べる人が多かった。
特に新芽が美味しく、草から新芽を採っても一か月もすればまた新芽が出るので、冒険者は採取して料理に入れたりする事が多かったのだ。
「バライソウの新芽を佃煮にするのか」
「佃煮は、元々余った食材の保存のための料理ですから。試食をどうぞ」
「ありがとう」
「あたいも貰い!」
アキラが試食用の佃煮を配ると、店先は多くの客で賑わい始めた。
「ちょっと苦味も残っていて大人の味だな」
「成功のようですね。お酒のツマミとしてもいいかもしれません」
今日は佃煮の特売と称して、多くの佃煮が並んでいた。
アナゴ、シラウオ、イカナゴ、ウナギ、カツオ、マグロ、アサリ、ハマグリ、シジミ、カキ、昆布、海苔、シイタケ、土筆などは材料も調理もミズホで行った品なので高価だった。
特に、マグロとウナギは高い。
前世でも、100グラム数千円は普通にしたからな。
まあ、俺は買うけど。
「ヴェル……あれは大丈夫なの?」
「あれ?」
「旦那、虫じゃないのか? あれ?」
この大陸には、虫を食べる習慣はなかった。
勿論、ミズホ公爵領を除いてだ。
イナゴ、蜂の子、ザザムシ、生糸を取った後のカイコの佃煮もあった。
これは珍味の類なので、それほど量は置いていない。
貴重なので購入する事にする。
「ヴェルぅーーー」
「えっ? 美味しいけど?」
見た目はちょっと女性受けしないが、イナゴの佃煮とか美味しいんだけどなぁ……。
「買ったから、あとで試食してみればいいさ。結構美味しいよ」
「私は遠慮しておくわ……」
「あたいも……」
冒険者として、万が一食料が手に入り難い状況になった時、虫食もできれば生き残れる可能性は高いんだけどなぁ……。
イーナもカチヤも、虫を怖がる普通の女性だったというわけだ。
「ミズホ人でも、虫の佃煮を嫌がる人は多いですからね。逆に、物凄く好む人もいますね」
ここで、すかさずアキラが女性二人をフォローした。
優しい男性はモテる……と思いたいが、アキラはあまり女性にモテないそうだ。
そりゃあ、自分よりも可愛い男性って、女性からしたらアイデンティティー喪失のピンチだものな。
デートとかで一緒に町を歩いていると比較されてしまいそうだ。
女性二人で遊んでいるように見えて、デートだと思われない可能性が高い。
「ここで採れるキノコを佃煮にしてみました。どうぞ」
アキラは、虫ではなくてバウマイスター伯爵領で採れるキノコの佃煮も試食として出してくれた。
「美味い」
「ハミタケの食感もちゃんと残っていて美味しいわ」
「本当だ。ご飯が食べたくなるな」
佃煮は、食材によって調味料の配合や煮方を変えないといけない。
俺達に出す前に、色々と試作を重ねたようだ。
とてもよく炊けており、イーナとカチヤも美味しそうに食べている。
「魚は、小鮒と泥鰌も試作しましたよ。どうぞ」
「これもいいな」
共にここで仕入れた食材をアキラが自分で炊いた品で、安めなのでよく売れていた。
試食をした客が、次々と佃煮を購入していく。
パンに佃煮は合わないが、バウマイスター伯爵領は俺が田んぼを広げた影響で米食が多いから、おかずに購入していく人が多いのだ。
やはり、アキラの商売の才能は凄いと思う。
「奮発してウナギの佃煮を買おうっと」
「俺はアサリの佃煮!」
またも休憩時間にトリスタン達が姿を見せ、佃煮を試食してから購入して行った。
アキラが男性なのは気にならないというのは本当のようだ。
彼から嬉しそうに試食品を受け取り、律儀に品物を購入していく。
今日は給金の支給日だから家族へのお土産という名目で、アキラに癒しを与えてもらっているようにしか見えない。
「トリスタン達……家庭生活に何か問題でも?」
まだ新婚なのに、家庭不和とか勘弁してほしい。
相談とかされても、俺には対処できる経験値がないのだから。
「旦那、結婚して家庭を持って子供が産まれると色々とあるんだと。そっとしておいた方が優しさってもんだぜ」
「かもしれないな……」
カチヤは、両親のそういうのを見ているから詳しいのであろうか?
彼女のアドバイスがあまりに的確なので、俺は素直に従った。
「時雨煮もありますよ」
時雨煮とは佃煮の一種で、生姜を加えたものの事を言う。
ミズホ公爵領にも存在し、ハマグリや魔物の肉を煮た商品が置かれている。
試食してみると、牛肉の時雨煮とよく似た味だった。
牛の肉質に似た魔物の肉を使っているものと思われる。
勿論牛肉の時雨煮もあるが、家畜の肉はとても高い。
一番の高値がついていた。
「とはいえ、これは買わないと損だな」
「結局、全種類買っちゃって……」
「いいじゃないか。長持ちするんだし」
それよりも、好きな時に好きな佃煮を食べられる方が大切だ。
「魔法の袋に入れておけば、鮮度なんて関係ないじゃない……」
「かといって、冒険者として外出している先で佃煮を煮るわけにもいかない。佃煮のストックは必要なんだ。あっそうだ! アキラ」
「はい」
「こういう商品は作れないか?」
「大丈夫だと思いますよ」
アキラに新製品の作製を頼み、それができあがってから数日後、俺は久々に冒険者として魔の森に出かけていた。
エリーゼ達女性陣は全員お休みで、今日はエル、導師、ブランタークさんで臨時パーティを組んでいる。
建て直されて豪華になった冒険者ギルド魔の森支部では、同じく受付をしていた冒険者達に大いに注目されてしまったが、導師は気にもしないし、あの見た目と雰囲気なので話しかけてくる者もいない。
「冒険者の数は増えましたし、その質も上がりました。ですが、まだ需要を満たしていない肉や素材が多いですね。フルーツや薬草なども少し不足気味です」
「今日は狩猟がメインなのでな。採集の方は期待しないでほしいのである」
受付を終えると、四人で魔の森の奥深くまで移動した。
「この森は、相変わらず魔物が沢山いるのである! スレていないのも最高であるな!」
「スレてないって……釣りかよ……」
魔物の数は多かったが、ほとんど導師が一撃で殴り殺してしまうので、俺達はさほど忙しくなかった。
「これはとんだ盲点だったな」
ブランタークさんもほとんど狩りに参加できず、魔法の袋から取り出した水筒の中身を飲んでいた。
「ブランタークさん、酒ですか?」
「いいや、俺は狩りの最中に酒は飲まん。嫁さんがお茶を淹れてくれたんだ」
たまに破天荒な冒険者で、飲酒しながら狩りをする人もいる。
だが、超一流の腕前を持つブランタークさんレベルになると、いかなる隙も作らないというわけだ。
イメージ的には、飲酒しながら狩りをしても不自然じゃないのだけど。
「ただ、このマテ茶は少し甘いのが欠点だな」
「でしたら、こちらはどうです?」
俺は、魔法の袋から冷たくしたミズホ茶を入れた水筒をブランタークさんに差し出す。
「これはほどよい苦味で美味しいな。ミズホ茶か。冷たくできるとは思わなかった」
ブランタークさんは、美味しそうに冷たいミズホ茶を飲み干した。
「ヴェル、こっちに魔物が来ないな」
「まあ、当然だよな」
デストロイヤーな導師が魔物を殴り殺すとその周囲に死骸と血溜まりができ、血に誘われた魔物がさらに集まって来るからだ。
おかげで、こちらにはほとんど魔物が来ない。
「ギルドの連中が薬草と果物が不足しているって言っていたな」
「そっちを集めておくか」
俺、エル、ブランタークさんの三名は、フルーツと薬草、キノコなどの採集を行ってお昼までの時間を潰した。
「腹が減ったのである!」
そして、昼食の時間になった。
大暴れをした導師はお腹が空いたと言いい……あれだけ暴れればお腹も空くであろう。
加えて、俺達がいるので食事を準備していないようだ。
導師の目が、明らかに飯を出せと言っていた。
「導師、何があるかわからないんだから飯くらい準備しておけよ」
「当然非常食などの類は準備しているのである! だが、普段は非常食に手を出さないのが常識である! バウマイスター伯爵、某はオニギリが食べたいのである!」
オニギリが欲しいのか……。
随分と逞しい某画伯のようだ。
「それが目当てですか」
現在、バウマイスター伯爵領で活躍する冒険者の間で、オニギリが爆発的にヒットしていた。
美味しく、食べやすく、具材に融通が利き、お腹が一杯になりにくいからだ。
何でも食べすぎればお腹一杯になると思うが、オニギリは食べる量の調整が行いやすい利点もある。
ノンビリ食事が摂れない時に、片手で食べられるのもよかった。
「一杯作ってあるからいいですよ」
俺達は『魔法障壁』の中で昼食を摂り始める。
大型の魔物が張られた『魔法障壁』をガリガリと引っかくが、今日はあまり魔力を使っていないので余裕であった。
「オニギリは美味しいのであるが、某にはちょっと小さいのである」
俺は普通サイズのオニギリを握らせたはずなのに、導師には物足りないらしい。
数を食べてお腹を満たそうと必死だ。
「この甘しょっぱい具が美味しいのである!」
導師は、昆布の佃煮が入ったオニギリをえらく気に入ったようだ。
「ミズホの食材ですよ」
「おおっ! 王都でも噂になっていたのである! バウマイスター伯爵が、バウルブルクの乾物屋の女主人に執着でよく通っていると」
「ちょっと待ってください!」
俺が、アキラに懸想しているから乾物屋に通っている?
アキラが男なのはバウマイスター伯爵領では有名な話なのに、王都ではアキラは女という事になっているようだ。
「そんな噂になっているのですか?」
「そうである! バウマイスター伯爵も普通の男であったと、みんな噂しているのである!」
普通って……俺は今までどう思われていたのだ?
「導師、乾物屋の店主は男ですよ」
唖然とする俺に代わってエルが導師に事実を伝えるが、まさかそんな噂になっているとは思わなかった。
「何と!」
エルの説明に驚いた導師は、持っていたオニギリを一口で頬張ると、突然俺の両肩を掴んだ。
「バウマイスター伯爵、男色はよくないのである! ホーエンハイム枢機卿に知られると事である!」
「俺はノーマルですし、乾物屋には商品目当てで通っているんですよ!」
俺が導師の誤解を解き終わる頃には、大量のオニギリはすべて導師の胃の中に納まっていた。
そういえば、俺はまだ一つしかオニギリを食べていない事に気がついてしまう。
実は、俺をわざと動揺させて、その隙に導師がオニギリをすべて食べてしまう作戦だったのか?
「俺の分のオニギリィーーー!」
「ヴェル、パンならあるけど!」
「パンと味噌汁が合うかぁーーー!」
「そんな事を言われてもなぁ……」
今回は、アキラに試作を頼んだインスタント味噌汁も持参していた。
フリーズドライは難しいので、味噌にイリコと昆布の粉末を入れて出汁代わりに、具材にはワカメ、水抜きした豆腐、ネギ、アサリなどが入っている。
カップにスプーンで必要量を入れてからお湯を注ぐと味噌汁の完成というわけだ。
フリーズドライではないので保存が面倒だが、俺の場合は魔法の袋がある。
生味噌タイプのインスタント味噌汁でも、特に問題なく保存できた。
調理の手間を省き、お湯を注ぐだけで温かい飲み物が作れるというわけだ。
ただ、この世界にはビニールもレトルトパックも存在しない。
魔法の袋なしでの保存と持ち運びには問題があった。
「クソぉ! このパンを使って味噌汁を豪華にするんだ!」
味噌汁にクルトンは意外と合う。
オニギリという主役をみんな導師に食べられてしまった俺は、パンを一センチ角ほどの大きさに『ウィンドカッター』で切り、油にまぶしてから火魔法をバーナーの形にしてこんがりと焼いていく。
パンは美味しそうなクルトンになった。
それを味噌汁に入れれば、美味しい具材となるわけだ。
「カリカリのクルトンに、味噌汁を吸って柔らかくなったクルトンも美味しい」
「伯爵様、俺は料理作りのために魔法のコントロールを教えたわけじゃないんだがな……」
「ブランタークさん、これも練習の内ですよ。飲むでしょう? 味噌汁」
「ああ、導師の奴、みんなの分までオニギリを食べてしまいやがって!」
俺も、エルも、ブランタークさんも、オニギリ一つだけじゃ足りないので、クルトン入りの味噌汁でお腹を満たした。
「バウマイスター伯爵、某がいる時はもっとオニギリを準備するべきなのである!」
導師はまるで悪びれた様子もなく、自分の分のクルトン入り味噌汁を豪快に飲み干すのであった。
「このお店か。お土産を買って帰るかな」
「奥さんにお土産とか……ブランタークさんも変われば変わるものだ」
「エルの坊主、どうせお前も買って帰るんだろう?」
「まあ、今日は久々に儲かりましたからね」
男四人による、『ドキッ! 男まみれの魔物殺りく大会』は終了し……主に殺りくは導師の担当で、俺達はほぼ採集に集中していたが……金にはなったので、アキラの店でお土産でも買って帰ろうという話になった。
俺は、今日飲んだインスタント味噌汁の感想を頼まれていたので、それもアキラのお店に寄る理由であった。
「導師、王都にはこういうお店はないのですか?」
「ミズホ資本の乾物屋はあるのである! だが、ここまで色々とやっていないのである!」
大手資本による問屋のような乾物屋で、普段料理をしない人が寄っても何も楽しくないそうだ。
フジバヤシ家は小資本なので、お茶の試飲や、乾物を使った料理の製造と試食と販売、調理方法の実演などで客を呼んで販売するという小回りの利いた営業を行っているというわけだ。
ただ、タケオミさんにそれを思いつけるスキルはないので、アキラが独自にやっているというわけだ。
若いのに、恐ろしいまでの営業手腕である。
バウルブルクはこれからも拡大が期待できる場所ながらも王都に比べれば客数で不利にも関わらず、大成功を収めていた。
「バウマイスター伯爵様、味噌汁はどうでした?」
「味はよかったよ。難点は予想したとおりだ。魔法の袋を持たない冒険者が気軽に持ち運べない点にある」
「やはり問題はそこですか。味噌なので日持ちはすると思いますから、小さめの容器に入れて必要量を匙でカップに入れるしかないですね」
袋分け包装とかないので、そうするしかないというわけだ。
現地で出汁を取ってから味噌汁を作るわけにはいかないので、この方法でも十分なはず。
「具材ももう少し研究したいと思います」
「ところで、今日は何をしているんだ?」
「新製品ですよ。バウルブルクには魚屋さんがあるでしょう?」
「お久しぶりです」
「あっ! 召還魔法でパンツ獲られたお姉さんだ」
「覚えていただいて光栄ですが、それはないと思いますよ……」
バウルブルクに王都にある有名な魚屋の支店ができたが、その店主は魔導ギルドに勤めていたお姉さんであった。
彼女は魚屋一家の娘で、魔導ギルドを辞めてこの地に魚屋を開いていた。
以前、魔導ギルドのベッケンバウアー氏に、召還魔法で履いているパンツを魔法で奪われてしまったのを思い出す。
「やはり、ベッケンバウアー氏のセクハラが原因で?」
「それもないとは言いませんが……店の主として辣腕を振るう。素晴らしいじゃないですか!」
「それもなくはないのか……」
ベッケンバウアー氏は、たまに言動に問題があるからな。
誤解……頭はいいはずなのに空気が読めないというか、暴走するというか……友人の駄目さ加減を聞いて、ブランタークさんは残念そうな表情を浮かべる。
「うちの店は、代々貯めた資金によって得た魔法の袋で新鮮な魚貝類を入手できる点に強みがあります。バウマイスター伯爵領南端には、ナンポウマス、シイラ、カジキマグロ、マンボウ、カツオなどがよく獲れて美味しいですね。あとは、大型のエビと貝類です。これは、王都の本店に運ぶと高く取引されるんですよ」
魔導ギルドの職員は安定しているけど、それよりも自分の店を持って商売をした方が稼げるし、面白いというわけか。
「なるほど、婿を受け入れて新しいお店を開いたわけであるな」
「いえ、まだ独身ですけど……」
導師が余計な事を言うので、途端に雰囲気が悪くなってしまった。
この元受け付け嬢は、二十代前半に見える。
この世界だと、もうそろそろ結婚しないと周囲から色々言われてしまう年齢というわけだ。
「魚屋の店主と一緒という事は、何か魚の加工品でも出すのかな?」
「はい、色々と試作していますよ」
俺が淀んでしまった雰囲気を直そうとアキラに話題を振ると、空気を読んだ彼が素早く対応してくれた。
商売が上手で、料理も得意、気遣いもできる。
もし本当に女性だったら、きっといいお嫁さんになれると思う。
「魚を味噌漬けにしたのです。漬ける味噌もミズホは種類が多いですからね。色々と種類や配合を変えて試作しました」
「評判がよければ、魚をもっと仕入れてくれると思うので、味見に来たんですよ」
「バウマイスター伯爵様達もいかがですか?」
「楽しみだなぁ」
魚の味噌漬けは、肉の味噌漬けと共に俺もよく作っている。
俺も素人なりに研究と試作を進めたが、やはりプロには勝てない部分もあるからな。
「あっそうか! 漬味噌を売ってもらえばいいんだ! あとは白味噌系の漬味噌もいいな。赤味噌もある」
俺が自作する味噌は、通常タイプの味噌のみだからな。
白味噌、赤味噌の類には手が出ない。
ミズホには西京味噌に似た味噌もあるので、これに脂の乗った魚の切り身を漬けると美味しそうだ。
「乾物屋なのに味噌漬けなのか? 変じゃない?」
「エル、細かい事を気にしてはいけない。一夜干しとかあるかもしれないし」
「そっちも試作しています。あとは、イカの塩辛とか練りウニとかもありますよ」
それは、是非お土産に買って帰らないと駄目だな。
そんな話をしながら、アキラは手際よく味噌漬けにした魚の切り身と、干した魚も七輪で焼き始めた。
段々と味噌や魚の身が焼けるいい匂いが伝わってくる。
「これは、酒も必要だな」
ブランタークさんは、勝手に魔法の袋から酒の入った瓶を取り出した。
仕事中は飲まないが、常に持ち歩いてはいるというわけだ。
「これ、ミズホの焼酎だからな。きっと合うぜ」
「おおっ! ブランターク殿、某にも!」
酒の準備をしている間に味噌漬けと一夜干しが焼き上がり、二人はそれを貪るように食べてから用意していた焼酎を飲み干した。
「最高だな。この一杯のために生きているな」
「味噌漬けと焼酎は最高の組み合わせであるな!」
人様の店先で勝手に酒盛りを始める中年オヤジ二人。
周囲の視線など気にもしていない。
このくらい図太くないと、超一流の魔法使いにはなれないのかもしれない。
「(ヴェル、完全におっさんだな)」
エル、元から誰が見てもおっさんなので、今さらその指摘をするのはおかしいと思うぞ。
「俺も少しもらう」
「俺も」
俺とエルは、あくまでも試食なので少しだけ食べさせてもらう。
やはり、魚の身の質に合わせて味噌や他の調味料の配合を変えないと駄目なのだな。
俺がつくる味噌漬けよりも圧倒的に美味しかった。
「いい味ですね。これが売れたら、アキラさんもうちの魚を大量に仕入れてくれますよね?」
「はい。いいお魚が手に入りますからね」
「アキラさんは、お魚を捌くのも上手ですね」
「ミズホ人は魚が好きですからね。デリアさんもいい腕前をしていると思いますよ」
「稼業ですから」
ちょっと年齢差があるように見えるが、この二人随分と仲がいいようだ。
もしかすると、将来結婚したりして。
「朝食に食べたいから、一夜干しと一緒に買って帰るよ」
「いつもありがとうございます」
「あの二人は……すまんな……」
購入した商品をアキラから受け取りながら、俺は店の前で新商品の味噌漬けと一夜干しだけでなく、スルメを焼いたものや、魚の骨煎餅、焼き干しの炙りをツマミに焼酎を飲むオヤジ二人について謝った。
二人を連れてきてしまったのは俺だから、責任の一端がないわけでもないからだ。
「いえ、いいヒントを得られましたから」
「ヒント?」
「はい」
その時は意味がわからなかったのだが、数日後にアキラが言っていた事の意味が判明する。
「旦那様、フジバヤシ乾物店が規模を拡大したそうです」
「規模を拡大?」
「はい、立ち飲み屋を始めたそうです」
たまたまバウルブルクに所用で出かけたリサが、乾物店の隣に、ツマミと酒を出す一杯飲み屋がオープンしたのを教えてくれた。
「短期間でどんどんと増殖しておるの。大丈夫なのか?」
テレーゼが店の規模を広げすぎではないかと心配しているようだが、立ち飲み屋は王都でも盛況だからな。
王都のは、俺が提案して営業させているのだけど。
「フジバヤシ乾物店経営の立ち飲み屋だから、メニューが違うんだろうな」
そこで差別化を図っているとなれば、そう失敗する事もないと俺は予想していた。
「ちょっと様子を見に行くか」
「私も行くわ」
お酒絡みという事で、今度はテレーゼ、リサ、アマーリエ義姉さんを連れてフジバヤシ乾物店へと向かった。
確かに、隣の空き家では立ち飲み屋がオープンしている。
「バウマイスター伯爵様、いらっしゃいませ」
乾物屋はミズホから来た若い男性店員に任せ、アキラは立ち飲み屋で酒とツマミを出していた。
建築ラッシュが続くバウルブルクには労働者が多く、店は多くの客で賑わっている。
ツマミと酒はミズホ仕様なので少し高かったが、これが酒の飲み過ぎを防ぎ、売り上げ単価を上げ、程度の悪い酔客を減らす効果を出していた。
「凄く商売が上手だな」
「そんな事はないですよ」
アキラは謙遜するが、商売の才能で彼に敵う者は少ないと思う。
俺が商売で成功したのは、前世の知識を利用しただけの事なのだから。
しかも、俺はアイデアを出しただけで店を維持していないからな。
「お勧めを貰おうかな」
「今日は、水菜のお浸しとヒジキの煮物がお勧めです」
ほぼ和食の一品料理をツマミに酒を飲む。
大人になったような気分で……俺も前世と合わせると随分な年齢だからな。
こういう雰囲気のお店が性に合ってきた。
「ヴェンデリン、お主も色々とあってこんな雰囲気のお店がよく合うようじゃな」
「テレーゼもじゃないか?」
実はまだ二十をすぎたばかりのテレーゼであったが、元フィリップ公爵であったのは伊達じゃない。
威厳と貫録で年齢以上に見えてしまう。
それを本人に言うと怒られそうだが。
テレーゼ、リサ、アマーリエ義姉さんで年長組という風に思われているからな。
「いいミズホ酒が置いてあるな」
「こういう野菜や海藻を材料にした料理は健康によさそうね」
テレーゼはミズホ酒を美味しそうに飲み、アマーリエ義姉さんは水菜のお浸しにカツオブシと醤油をかけて食べていた。
女性は美容やダイエットに興味があるから、野菜や海藻を多く使うミズホ料理に興味があるのであろう。
「美味しい……」
リサは、原酒の焼酎をストレートで飲んでいる。
前に導師と飲酒対決をした時と同じく、まったく酔っているようには見えなかった。
「でも、これって乾物屋と関係あるのかしら?」
「ありますよ。乾燥ヒジキとカツオブシは乾物屋の商品ですから」
魚屋が魚料理の店を開いたり、肉屋がステーキハウスや焼き肉屋を開いたり。
前の世界ではよくあった事だ。
乾物屋が乾物を使ったツマミを出して立ち飲み屋をやってもおかしくはない……アキラも実は他の世界からの転生者?
そんなわけはないか。
自分で思いついただけであろう。
「ヒジキの煮物などは、お持ち帰りもできますよ」
立ち飲み屋で出しているメニューの大半が持ち帰り可能で、たまに酒を飲まずにツマミだけ購入して帰る客がいた。
「切り干し大根とニンジンと油揚げの煮物、山芋とウナギの酢の物、大根とウサギ肉の梅煮、根菜のキンピラ、生湯葉とキュウリの白味噌和え、浅漬け、キノコとスルメのピリ辛煮、こんにゃくとレンコンの炒め物、ナスの味噌炒め、らっきょうの酢漬け、菜の花のお浸し、昆布豆、うどの和え物、ナンポウマスのマリネ、ちくわ、お手製揚げ物とはんぺん、ブリの照り焼き、イワシの酢煮、数の子、新鮮な魚のつくねとアラ汁、塩サバの焼き物、ハゼとタコの天ぷら、アサリの酒蒸し、イカと里芋の煮物……随分と頑張っているな」
「はい、新鮮なお魚はデリアさんから仕入れています」
ミズホ料理というか、京都のおばんざいに近い料理が多い。
値段を抑えるため、デリアの魚屋他地元の食材も仕入れてアキラが上手く調理している。
凄い腕前だな。
うちの専属料理人に欲しいくらいだ。
「持ち帰りたい料理が多すぎる……」
四人でちょっとツマミと料理を食べ、リサ以外は一杯だけお酒も飲んだ。
屋敷ではエリーゼ達が夕食を用意しているので、これ以上は食べない方がいいな。
ならば料理を持ち帰ろうと思ったのだが、どれにしようかと迷ってしまう。
バウマイスター伯爵な俺は全種類大人買いでもいいのだが、食べきれないからな。
食べ物を無駄にするのは極力避けないといけない。
魔法の袋に入れれば悪くならないが、こういう料理は作りたてを食べたいというのが心情だから少しずつ購入した方がいいわけだ。
「毎日一品ずつ違う料理を買って帰ればいいじゃない。あまり欲張っては駄目よ」
「そうですね」
それが一番いいだろう。
ここで売っているおかずは副菜扱いできるものが多いから、テーブルの端にそっと置けるし、朝食で食べてもいいのだから。
「ヴェンデリン、お主は真にアマーリエの義弟じゃな。義姉の言う事をよく聞いておるではないか」
「テレーゼ、バウマイスター伯爵たる俺を子供扱いしてはいけないな。俺だって、一度に大量に料理を買って帰っても意味がないってわかっていたさ」
「お主は、自分が好きな事が絡むと途端に子供のようになからの。全部欲しいと言うのではないかと思ったわ」
「さすがにそれはないって。そうですよね? アマーリエ義姉さん」
「ごめんなさい……実はそう思ったら忠告したの」
「……」
テレーゼとアマーリエ義姉さんは、俺を子供扱いする事が多くなったな。
これでも、父親となって威厳も出てきたと思うのに。
「リサ、お主はお主でマイペースじゃの」
「このお酒、美味しいですね」
「こんな強い酒、ストレートでひと瓶飲み干すのはリサくらいじゃぞ」
「確かに、フィリップ公爵領産のアクアビット並の酒精量じゃからの……」
それもあるが、確か前に酒は飲めるけど苦手だと言っていたような……。
「このお酒は美味しいですね」
「ミズホでも有名な米焼酎ですが、すっきりとした飲み口で評価が高いんですよ」
アキラの説明に、リサは納得したように首を振った。
酒飲みなのに酒が好きではない彼女が、初めて見つけたお気に入りの酒というわけだ。
「持ち帰りで一本ください」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「酒も売っているのか?」
「ええ、ミズホの酒だけですけど。結構人気ですよ」
乾物屋、佃煮屋、立ち飲み屋、酒屋、総菜屋。
わずかな期間で順調に店の規模を拡大させていくアキラに、俺は畏敬の念を覚えてしまうのであった。
「今度、ミズホ茶とミズホ菓子を出すお店もやるんだってさ」
「また店を広げたのか……人員とか大丈夫なのか?」
「ハルカがお義兄さんから聞いた話によると、売り上げがいいから応援を送ったって。売り娘は、ここで採用しているって。競争率が高いらしいぞ」
「そうなの?」
「普通の喫茶店やお店の売り娘と待遇に差はないけど、制服が独特で人気があるんだよ」
アキラが店主をしているお店がまた規模を拡大するらしい。
看板はいまだに『フジバヤシ乾物店』のままだが、乾物屋は既に一部門でしかなくなっていた。
ミズホ食品の小さな総合施設みたいになっている。
この手のお店はブライヒブルクにもなく、わざわざ魔導飛行船で買い物に来る金持ちまで現れるようになった。
「タケオミさん、いらなくねえ?」
「元々口は出していないんだと。あの人が口を出すと潰れそうだからいいんじゃねえ?」
そういえば、最初の挨拶以外でこっちに来ていないような……。
アキラは親戚だから、任せた方がいいと判断しているのかもしれない。
「ミズホ服の制服が人気なのか」
「大半の店員は嫁入り前の女の子だからな。変わった制服でアピールしたいんだろう」
嫁入り前の女子がお店で店員をする理由。
それは、お客さんと知り合うためだったりする。
それなりの収入がないと常連にはなれないので、ちょっと裕福な夫を探したいという女性に人気なわけだ。
競争率が激しい人気店もあり、そういうお店の店員はほぼ全員可愛かった。
「フジバヤシ商店は商品が少し高いだろう?」
「輸入品が多いからな」
「制服も変わっていて、そういう女子には大人気というわけさ」
他のお店の制服であるメイド服や洋服よりも目立つという点が人気の理由らしい。
確かにおかずを買いにかいに寄ると、段々と綺麗な女性店員が増えていっているような……。
「綺麗な子が多いけど、なぜか一番人気はアキラだけどな」
「それはどうかと思うけど……」
アキラが男性なのはバウルブルクでは周知の事実となっていた。
それなのに、アキラ目当てで店に通う男性が多いのだ。
彼らは商品を購入してからアキラと少しお話をし、満足して家路につく。
癒し系の男の娘であるアキラか……。
「ヴェルも楽しそうに買い物をしているじゃないか」
「俺は純粋に商品目当て」
一日に食べられる量が限られているため、何を買うか迷ってしまうのだ。
だから、アキラに一番のお勧めを聞くのは日課となっていた。
「俺はアキラに執心とか噂が流れたらどうするんだよ」
「教会がうるさそうだな」
そんな話をしていたら、突然携帯通信機から呼び出し音が鳴る。
急いで出ると、連絡してきたのはホーエンハイム枢機卿であった。
「ホーエンハイム枢機卿、何か緊急の用事でも?」
選挙も無事に終わったし、暫くは公の用事はないはず。
またフリードリヒに会いたいとか?
そんな予想をしていたら、思わぬ用件を言われてしまう。
『婿殿、噂によると婿殿は男性に執心しておるとか?』
「はい?」
『女性ならばいいが、男性はいかんぞ。婿殿は名誉司祭なのだからな』
俺が男性に執着?
アキラのお店に通っているだけなのに?
ちょっと前まではアキラを女性と間違えて、俺が愛人にでもしようと執着しているという噂が流れ、今度は男色疑惑かよ……。
本当に他人の噂とは恐ろしい。
前世と違って進歩した情報伝達手段が少ないから……前世でも普通に胡散臭い噂やゴシップは流れていたか……。
「あのですね……」
俺は長時間、ホーエンハイム枢機卿に事実を説明して男色疑惑を解く羽目になってしまう。
『婿殿は何かと注目される身。そのお店に行く頻度を落としては?』
「それは無理です」
だって、定期的に通わないと突発のイベントを逃す事になるし。
『しかしだな、婿殿』
俺とホーエンハイム枢機卿は、フジバヤシ商店にどのくらいの頻度で通うべきかを長時間論議してしまった。
まさしく、魔導携帯通信機の魔力と時間の無駄使いである。
「エリーゼは微塵も疑っていないのですから」
『エリーゼが何も言わないとなればワシがあれこれ言う必要もないか……しかし、なぜその店にそこまで通うのだ?』
「美味しい物が多いからです」
『婿殿らいいというか……』
まさか、前世を思い出すからとは言えず、ただアキラのお店が好きだからとホーエンハイム枢機卿には説明するのであった。
「金目の煮付けですね。今日の金目はフィリップ公爵領近海で獲れたもので高価ですけど、脂が乗って最高ですよ」
日々謎の拡大を続けるフジバヤシ乾物店。
既に乾物店の割合は大分下がっていたが、アキラは店名を変えなかった。
オーナーであるタケオミさんがそんな細かな事を気にするはずもないから、ほぼこのままだと思う。
アキラは、乾物を使った料理と惣菜のお店のメニューを増やした。
デリアの魚屋から仕入れた魚を使い、焼き物、煮付け、から揚げ、天ぷらなどを販売している。
練り物も多くの種類が販売され、これも多くの人が購入していた。
アキラ一人とだと限界があるので、いつの間にかミズホ人の調理人が増えている。
俺とエリーゼは、仲良く二人で鍋を持って『金目鯛の煮付け』を買いに来ていた。
美味しい総菜屋ができて買いに来る頻度が増えたが、前世のようにビニールやプラスチックの容器がないのだけは不便だな。
みんな空の鍋や皿を持参して購入している。
もっとも、これを日本の人間が見たらエコだと絶賛するかもしれないけど。
「バウマイスター伯爵様、僕、結婚する事にしまして」
「えっ! マジで!」
このところの急速な規模拡大でアキラも忙しいはずなのに、いつの間に女性と知り合ったのであろうか?
もしかすると、ミズホに婚約者がいたとか?
「随分と急なお話ですね」
「僕もそう思うのですけど、こういう事はタイミングですからね」
「そうかもしれませんね。お二人の未来に神の祝福があらん事を」
「ありがとうございます、エリーゼ様」
「それで、相手は誰なんだ?」
アキラと結婚する女性……物凄く美人か、逆に男らしい人かもしれないな。
アキラが女性ぽいから、それで案外バランスが取れるかもしれない。
となると、キャンディーさんみたいな人? って、キャンディーさんは中身はともかく外見は男性だからな。
などと、思わず色々と考え込んでしまう。
「僕の奥さんになる人はデリアさんですよ」
「意外……じゃないな」
最近、魚の取引で毎日会っているからな。
店舗も住んでいる場所も近いから、ある意味必然とも言えるか。
「お店の女の子の誰かかと思った」
「縁のある子はいませんでしたね」
フジバヤシ乾物店に勤めている女の子達からすれば、アキラは稼ぐからいい条件の男性だが、見た目が誰よりも可愛らしく料理もプロレベルとなると、敬遠してしまのかもしれない。
その点デリアは、毎日顔は合わせても距離感があるからな。
それが逆によかったのかも。
「そうか、おめでとう。あとでお祝いを贈るよ」
「お気遣いいただきありがとうございます」
式に出席してもいいのだが、俺は領主だからな。
あまりフットワークが軽いと軽く見られてよくないとローデリヒが言うはず。
いい飯も出そうだから出席したいな……アキラはタケオミさんの親戚だから俺が出席してもいいような気もする。
屋敷に戻ったら聞いてみるか。
「二人とも店主だから大変そうだな」
「その点はデリアさんのお父さんが配慮してくれて、応援の人手を王都から送ってくれるそうです。その代わりに最低でも子供は二人と釘を刺されてしまいましたが」
アキラはタケオミさんの親戚ながらも雇われ店長なので、実はデリアの魚屋に婿入りしてもおかしくはない。
包丁捌きも達人級なので、魚屋でも十分に通じるであろう。
ただ、もしそうなるとタケオミさんがドル箱であるフジバヤシ乾物店の名物店長を失ってしまうわけだ。
アキラは御覧の通りの凄腕なのでいつでも独立できると思うが、彼は子供の頃からタケオミさんに刀を習っており仲もよかった。
結婚したからすぐ独立という事はしないで、フジバヤシ乾物店をフランチャイズ化する事にしたらしい。
フジバヤシ乾物店が繁昌すると、ミズホ産食材を卸しているタケオミさんが自然と儲かる仕組みなので、特に揉めもせずにアキラは独立できた。
独立した以上は店を継ぐ跡取りが必要だが、デリアの魚屋にも跡継ぎが必要なので子供は最低でも二人というわけだ。
ここで夫婦して働き詰めで子供が産まれないと困るので、デリアの父親はベテランの店員を送り込んで魚屋を任せ、新婚生活をサポートするわけだな。
「両方ともお店が残ってよかったじゃないか。それにしても、姉さん女房かぁ」
「えっ? 僕の方が年上ですよ」
「「ええっ!」」
デリアの見た目は多分二十二~三のはずで、アキラはどう年上に見ても俺達と年齢差がないはず、もしかしたら年下かもと思っていたのに、デリアよりも年上だというのだから驚きだ。
エリーゼも俺と同じように思っていたのであろう。
思わず一緒に叫んでしまった。
「ちなみに、アキラっていくつ?」
「もうすぐ二十三です。デリアさんは二十一ですね」
俺とエリーゼは、アキラの結婚よりも彼が実は二十三歳だという事実に驚きを隠せなかった。
「アキラの年齢ですか? はい、確かに間違いないです。アキラは子供の頃、兄様とよく遊んでいましたから」
夕食の席でハルカにアキラの年齢を訪ねると、確かにもうすぐ二十三である事が判明した。
本人が嘘をつくとは思えないが、アキラは威厳のある男性になりたがっている。
逆サバを読む可能性は十分にあったから確認してみたのだ。
「アキラが威厳のある男性になれる日は遠そうだな」
エルの言うとおりで、まず見た目が誰が見ても美少女なのがよくない。
挙句に、童顔である事実まで判明してしまった。
アキラが威厳のある男性になる日は、一度すべての頭髪を失った人がそれを取り戻すのと同じくらい難しいと思う。
本人以外で、それを望んでいる人がいないのもあった。
男性が癒しを求めて買い物にくる男、それがアキラなのだから。
「俺とハルカは、結婚式と披露宴に招待されているな」
「畜生、俺も行きたい……」
「それは難しいだろうな」
いくら俺お気に入りのお店の店主同士の結婚式とはいえ、バウマイスター伯爵である俺が出席してしまうと、色々と問題があるわけか。
まさか貴族としての地位が、俺の行動を縛るとは……。
「ふと思いついたんだが、バウマイスター伯爵領に住む謎の冒険者ヴェルが、懇意にしているお店の店主から披露宴に招待されたというシナリオはどうだ?」
前世で、まだ元気なはずのお爺さんがテレビで見ていた時代劇と同じだ。
遊び人の○さんが奉行だったり、貧乏旗本の三男坊が実は将軍様だったりと。
俺もこの手で行けば、披露宴に出るくらい余裕だと思うんだ。
「いや、ヴェルだって一発でバレるから」
「そうですね、バウマイスター伯爵様のお顔を知らない領民は非常に少ないと思いますよ」
俺が考えた『世を忍ぶ仮の姿作戦』は、実行前にエルとハルカによって拒否されてしまった。
「第一、なぜそんなに式に出たいんだ?」
「勿論、二人の結婚を心から祝うためだ」
新鮮で美味しい魚を売ってくれるデリアと、乾物屋から色々と派生して美味しい物を作って販売しているアキラ。
この二人が夫婦になれば、俺は更に美味しい物が食べられるようになるであろう。
祝って当然だと俺は思うのだ。
「お前、もう一つ何か考えていないか?」
エルの奴、俺のもう一つの目的に気がついたか……。
あの二人の披露宴だから、さぞやいい飯が出るであろうという俺の考えを見抜きやがった。
「披露宴で出る飯が目当てか?」
「ミズホ料理と、いい魚があるから魚料理も期待できるのに……」
普通、披露宴の飯は微妙な事が多いけど、食べ物を扱う二人の披露宴となれば宣伝も兼ねてこだわりの食事が出るはずだ。
それが食べられないなんて!
人生の大きな損失じゃないか!
「祝儀なら十人前でも出すぞ」
俺はバウマイスター伯爵、その身分に恥じない祝儀は出させていただくぞ。
「いや、そういう問題じゃないから……エリーゼ、あんぽんたんな旦那に説明してやれ」
「お二人の式にあなたが出席してしまうと、主役がどちらかわからなくなりますし、みなさん緊張してしまいますから。花嫁と花婿さんも同じですよ」
「俺は、謎の冒険者ヴェル!」
俺はバウマイスター伯爵じゃないよ。
ちょっと魔法が使える冒険者なのさ。
「ですから、それは無理です」
エリーゼにも駄目だと言われてしまった。
クソッ!
もっといい手はないのか?
「エリーゼも、謎の冒険者ヴェルの妻として出席するんだ」
夫婦になってしまえば、さぞやいいカモフラージュになるはず。
「夫婦だと余計に目立ちますが……私はあなたの妻ですから」
俺は奥さんの数が多いけど、エリーゼはその中でも一番の有名人。
謎の冒険者ヴェルの妻という設定は難しいか……。
「あのぉ……私がアキラに頼んで、料理を取っておいてもらいましょうか? 宣伝も兼ねて大勢の招待客を呼ぶと思うので、料理は大量に作るはずです」
いい案が思い浮かばずに悩んでいると、俺達の分の料理も取り置きしておきましょうかとハルカから提案があった。
なるほど、その方法はとんだ盲点だったな。
「ナイスアイデアだ! エルもそのくらいは思いつかないとなぁ……」
ハルカの内助の功は素晴らしいけど、肝心のエルが駄目駄目であった。
そのくらい、エルが思いつかないといけないのに……。
「何かムカつくな。ヴェルも思いつかなかっただろうが。披露宴の飯が気になって」
「いいじゃないか。いい飯が出る披露宴はみんなの記憶に残るいい披露宴になるんだから」
美味しい料理を食べながら二人の門出を祝う。
ここで飯が不味いと、飯が不味かった記憶の方が優先されてしまうからな。
「すげえ屁理屈……まあいいや。ヴェルの分の祝儀も預かって、食事は屋敷に運んでもらうから」
「それならば」
披露宴には出席できないが、同じ食事を楽しめるのならばこれ以上子供のように文句を言ってはな。
ここは、大人の対応に終始しようと思う。
「ところで、ウェディングケーキは切り分けてもらえるのかな?」
ヘルムート王国でも、披露宴でウェディングケーキを出す事が多かった。
ケーキ入刀はなかったけど、参加者全員に配れる数は準備するのが常識だったのだ。
という事は、俺達にもケーキがないと不自然というものだ。
「お前は子供か! ハルカがちゃんと伝えてあるから大丈夫だよ」
結婚式とそれに続く披露宴に参加するため、エルとハルカは正装して教会へと出かけて行った。
結婚式はバウルブルクにある教会で行われる。
アキラは信者ではないのだが、そこは日本人に似た気質を誇るミズホ人。
上手く合せるくらいは普通にできるようだ。
「飯が楽しみだな」
「ヴェル、ここはアキラとデリアの結婚を祝うのが先じゃない」
「そうだよ」
イーナとルイーゼは、デリアと同じくは召還魔法で下着を奪われた仲間だものな。
連帯感があるというわけだ。
「勿論二人の門出はちゃんと祝うさ」
祝うけど、いい飯があればもっと祝えるじゃないか。
そう思っていると、フジバヤシ乾物屋から大量の料理とデザートのケーキが届いた。
「予想どおりだ!」
様々な種類の刺身に、大きな鯛の塩焼き、天ぷら、カニ、鯛飯など、豪華なミズホ料理に加えてヘルムート王国の料理も材料が高品質になっていてとても美味しかった。
披露宴に出席した人達へのいい宣伝になったであろう。
ケーキはチョコや魔の森産フルーツをふんだんに使った品で、これも全員に好評だ。
「ヴェンデリン、披露宴に出ていたら客への対応で碌に食べられなかったかもしれないぞ」
「という事は、これでよかったというわけだな」
俺達は、赤ん坊達の世話の合間に、心ゆくまで豪華な料理とデザートを堪能したのであった。
「いらっしゃいませ」
「あれ? もう仕事か?」
「はい、もう少し落ち着いてから新婚旅行にでも行こうかという話になりまして」
無事に結婚式を終えたアキラとデリアは、三日ほど休んでから仕事に復帰した。
デリアは魚屋を王都の本店から来たベテラン店員に任せ、自分は惣菜屋の手伝いに入っている。
デリアは魚を捌けるので、即戦力となっているようだ。
アキラと二人で楽しそうに調理作業をしている。
二人とも女性に見えて、ちょっと夫婦には見えないけど。
「デリアは魚を捌くのが上手ですよね」
「それは俺も思った」
魔導ギルドで、北方から召喚した海の幸を見事な腕前で捌いていたからな。
なるほど、支店を任されるだけの腕前はあるというわけだ。
「また忙しくなる予定なので、デリアの助けがあってよかったです」
「そうですね、また新しい店を呼びますし」
「あのさ、短期間で店を広げすぎじゃないか?」
アキラの能力は凄いと思うが、少し急ぎすぎじゃなかと思うのだ。
もう少しゆっくりでも問題ないと思う。
「規模を広げるのはこれで終わりですよ。それに、新しい店にはほとんど手間がかかりませんし」
「どういう事だ?」
「ああ、それはですね……」
アキラが計画している事。
それは、肉屋、魚屋、八百屋、乾物屋、総菜屋、食堂、居酒屋、その他食品店から生活雑貨を売る店まで。
色々なお店を一カ所に集めて利便性を追及した……あれ? この経営形態って……。
「(総合スーパーの走りか!)」
「王都では難しいですけどね」
確かに、デリアの言うとおりだ。
王都でスーパーに似たお店の経営は難しいと思う。
なぜなら、それぞれのお店にギルドがあって彼らの権利が強く守られているからだ。
その点、新興の貴族領で各種ギルドが完全に根を張っていないバウルブルクならば可能というわけか。
「なるほど、だから急いだのか」
「先に作ってしまえばいいのですから」
そんな理由で、アキラによりバウマイスター伯爵領にスーパーマーケットのような店舗が誕生した。
一カ所で必要な物がすべて揃い、わざわざ他のお店に買い物に行く必要がないので大盛況となり、沢山の客が集まるので店子として入っている肉屋や八百屋などにも好評であった。
フジバヤシ乾物店はオーナー店舗として家賃でも稼ぎ、後世大陸中に店舗を持つ総合食料品店フジバヤシ屋の礎となるのであった。
「ああ、何か儲かっているな」
ただ、フジバヤシ乾物屋の躍進にオーナーであるタケオミさんはまったく関わっていなかった。
完全に人任せで、ある意味大物だと思うとエルが語っていた。