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第百二十九話 卒業とその後の進路。

「先生、質問があります」


「先生、また一緒にケーキ屋に行きましょう」


「先生、今度狩りに連れて行ってくださいね」


 アグネス、シンディ、ベッティの三人は今日も元気なようだ。


「今日は時間があるからいいか……シンディ、ケーキ屋は最後だからな」


「はーーーい、わかってます」


「本当にわかっているの?」


「ベッティこそ、さっきケーキが食べたいと言っていた癖に」 


「喧嘩するなよ。まずはアグネスの質問からだな……」


「「はーーーい」」


 俺の講師業は、とても順調であった。







 予定を早めて開校させた冒険者予備校バウルブルク支部において、俺の新米臨時講師生活は続く。

 アグネス達魔法使いクラスの生徒達に、魔法を理論、実技両面から指導していく。

 前世の大学時代、教職過程は取っていなかったので不安があったが、案ずるより産むがやすしである。


 思ったよりも、ちゃんとこなせているような気がする。

 生徒達に聞くと、熱心で、親切にわかりやすく教えてくれる先生なのだそうだ。


 年配の元冒険者講師の方が経験と知識はあるのかもしれないが、彼らも人に教えるための専門教育を受けているわけではない。

 現役時代は優秀な冒険者でも、必ずしも人に教えるのが上手というわけではないのだ。


 こんな話は、野球でもよく聞いたな。

 名選手イコール名監督ではないというわけか。


 となると、バウルブルクの予備校では将来的に講師を育てる教育や講習を組み込んだ方がいいのかな?

 でも、それをすると年配の講師が反発する可能性もあるのか。


「自分に自信がありすぎて独自の教育方法に拘ったり、プライドが高くて拒否する者もいると思うが、ありがたいと思う講師も多いはずだぜ」


 王都にいるヘリック校長に相談したら、それはいいアイデアだと褒めてくれた。


「あれ? 反対されるかと思いました」

 

 大半の講師は、自分が最善と信じる教育方法を実践したいものだと思っていた。


「講師連中は、元は優れた冒険者が多いからな。優れた冒険者ってのは、臨機応変に動く。上手な教え方を無料で教育してくれるってのなら、喜んで受けるのが普通さ。才能があっても偏屈なのはすぐに居辛くなるし、そういうので元々講師になる奴は少ないのさ」


 仕事だから、研修を拒否する人も少ないか。

 それに講師業は、孤高の天才や、偏屈な人には勤まりにくいだろうし。


「となると、やっぱり教え方をマニュアル化しないと駄目ですね」


「それは、うちでマニュアルの編纂作業を進めるよ。うちは歴史が長い分、そういう作業の音頭を取るのに向いている。他の予備校にも協力させて、最終的にはマニュアルの共有ができればいいな」


 ヘリック校長も、元は優れた冒険者である。

 優れた冒険者の資質の一つに、決定と行動の素早さがあった。

 今にも魔物に襲われようとしているのに、長々と考え込んでいては生き残れないからだ。

 『下手の考え、休むに似たり』というわけだ。

 

 予備校は冒険者ギルドの下部組織だからもっとお役所的かと思ったら、トップが優秀だと新しい事を決めるのも早いようだ。


「バウマイスター伯爵殿、魔法使い用のマニュアルも、ゆっくりとでいいから整備してくれないかな」


「それは構いませんが……」


 一部自分なりに改良を加えているけど、マニュアルはほとんど師匠が書き残した内容だからな。

 ブランタークさんや……ほんの一部導師の教えもあったりするけど。


「アルフレッド殿が著作者で、バウマイスター伯爵殿、ブランターク殿、アームストロング導師殿が監修という形にしようと思う」


「わかりました、引き受けましょう」


 予備校で、魔法使いに教育を施す時に使われるマニュアルの著者が師匠になる。

 誰よりも優れた才能を持ちながら、短い生涯を終えてしまった師匠の名が後世に伝わり、もっと多くの人達に評価されるようになってくれれば、弟子の俺も鼻が高いというわけだ。


「バウマイスター伯爵殿も忙しいだろうからな。俺達の方にも準備があるし、ゆっくりとでいいさ」


 ヘリック校長からそう言われ、俺は空いている時間に師匠が残してくれた著述の整理も徐々に行うようになった。


 

 


 そんな出来事もあったが、俺は何とか講師をやれている。

 師匠からの教えに、教えるのも名人級のブランタークさんからもたまに指導を受けて、この職をまっとうしようとしたのだ。

 

「伯爵様は真面目だねぇ。アルの記述まで纏めているのか」


「やると決めた以上は。それに、弟子の俺が師匠の功績を後世に残さないで、誰がやるというのです」


「俺にも、そんな真面目な直弟子が欲しいよな」


 俺はブランタークさんの孫弟子だから、厳密に言うと彼の直弟子じゃないんだよな。

 でも、彼には沢山弟子がいると思うけど。


「カタリーナはどうなのです?」


 彼女はブランタークさんからの指導で力量を増しているから、いい弟子だと思うんだよな。


「カタリーナの嬢ちゃんは一種の天才だからな。ああいう天才は、恐ろしいほど人に教えるのに向いていないんだ」


 魔闘流では天才的な技量を持つルイーゼがまったく指導者として向かず、お飾りでうちの臨時指南役になって、弟達に指導を丸投げしているのと同じというわけか。


「そのうちに、ブランタークさんの望むような弟子が現れますよ」


「そうだな、俺はまだ何十年も現役だから」


 魔法使いは、普通の人よりも寿命が延びる傾向にある。

 ブランタークさんも、あと三~四十年は現役である可能性が高かった。


「でも、安心したよ。伯爵様は、導師の百倍くらい教えるのに向いているから」


「それって、褒められているのでしょうか?」


 俺が講師に向いていると褒めてくれるのは嬉しいのだけど、比較対象があの導師という点でモヤモヤする。

 何しろ、あの人ほど教え子を選ぶ人もいないのだから。


「それにしても、慕われているそうじゃないか」


 確かに、俺は生徒達から慕われていると思う。

 講義のみならず、時間が空けばバウルブルクの外に出て狩りの方法などを実技込みで指導しているのだから。


「魔物には、野生動物に似た形態の物が多い。大きくて、素早くて、強いが、基本的な動作や生態は似ている。成人前に野生動物をなるべく多く狩って、慣れておく事も必要だ」


「沢山狩れば、アルバイト代も増えますしね」


「それもあるな」


 これは冗談ではなく、生活が安定しないと教育を受ける暇がなくなるからだ。

 中級以下の魔法使いは高性能な杖があった方がいいし、金属鎧よりも優れた防御力を発揮するローブも生存率に大きな差が出るので必要だ。

 これらは魔物の領域に入る前に入手しておいた方がいいから、アルバイトで稼いで早めに購入しておけと、俺はクドイほど言っていた。


「伯爵様がずっと講師をするわけにはいかないけど、今年はいい魔法使いが複数出そうだな」


 ブランタークさんのような年配の魔法使いからすると、なるべく才能のある若い魔法使いが沢山出てきてほしいというわけだ。

 魔法使いの希少性が薄れて利益が減るなどと言っていられないほど、この世界では魔法使いが不足しているからであろう。


「頑張れよ、伯爵様」


 ブランタークさんに励まされつつ、俺は生徒達に狩りも教えていく。


「帰りは何か食べて帰るか。先生が奢ろう」


「ラッキー」


 狩りの帰りに生徒達にスィーツや食事を奢ったり、こういう事をしていると先生をしているなという実感が湧いてくる。

 そして、生徒達の中でも特に可愛がっているのはアグネス、シンディ、ベッティの三人であろう。


 まだ魔力が伸び続けているので、俺は時間を惜しまずに教えている。

 一緒にいる時間も増えて、追加で色々と教えたり、休日にはどこかに遊びに連れて行ったりもした。


 勿論、魔法を教えている時にはケジメをつけているが、これは前世では弟しかいなかったので、妹が出来たようで嬉しかったのかもしれない。

 何しろバウマイスター家でも、俺は末っ子の八男だったからな。

 碌に面識もない異母姉達はいても、妹はいなかったし。


「アグネス、まだ魔力を篭める時に少し多めに流し過ぎだな。もう少し肩の力を抜くように」


「はい。ですが、毎日瞑想で魔力路を広げているので……」


「魔力路を広げるのは、極大から極小までの魔法に素早く対応するためだ。それと、無駄に魔力を使うのとは別の話だぞ」


「なるほど……わかりました」


「シンディ、そんなにケーキばかり食べていると太る……らないか。魔法使いだしな」


「そうですよ。魔法の練習を一杯していますから。先生、レディーに太るは禁句です。奥さんに怒られたりしませんか?」


「あるな……」


 俺は、ダイエット魔のカタリーナの事を思い出してしまう。

 魔法は魔力の他にもカロリーを消費するらしく、魔法使いで太っている人はほぼ皆無である。

 だからカタリーナは太っていないのに、彼女は定期的にダイエットを目論むから、俺はついからかってしまうのだ。


「狩りか。何が狩りたいんだ? ベッティ」


「ホロホロ鳥が多目に欲しいとギルドから頼まれたんですけど、私は風の魔法が苦手なので」


「練習込みで手伝ってやるさ。厳しく指導するけど」


「わーーーい、ありがとうございます」


 などと、今日も楽しく講義を終えてから屋敷に戻ったのだが、戻るやいなや俺は屋敷のリビングでなぜか土下座をする羽目になっていた。

 外部の人間にはとても見せられない、バウマイスター伯爵土下座の図である。


「ヴェル君、駄目よ」


「えっ? 何がですか?」


 ずらりとお腹が大きくなってきた奥さん達に囲まれ、代表して妊娠していないアマーリエ義姉さんに責められてしまう。

 まるで、浮気がバレた夫のような感じだ。


 しかし、変である。

 俺は浮気なんてしていないのに……。


「アマーリエ義姉さん、俺はよき夫、よき父親となるべく頑張っているじゃないですか」


 俺は、その一例について話し始める。






『エリーゼが一番早いのかな?』


『はい』


 予備校に講義に出かける前、俺はエリーゼのお腹に耳を当てながら話をするという、まるでドラマに出てくる父親のような事をしていた。

 もうすぐ俺も父親になるわけだが、嬉しくもあり、不安でもあり、たまに実感が薄れる時もある。


 果たして、俺に父親なんて務まるのか不安になってしまうのだ。


『魔法で男の子か女の子かを確認していないから、かなり気になってきた』


『それは、生まれた時のお楽しみですよ』


『わかってはいるんだけど、産まれるまでの時間がもどかしい』


『できれば跡取り息子がいいとは、父もお爺様も言いますけど……』


 それは第二子以降でもいいし、俺はまだメンタルが平成日本人なので女の子でも構わないと思ってしまうのだ。

 この世界の貴族ならば何が何でも男なのであろうが、強く言われてもピンと来なかった。


 そういえば、まだ元気なはずのお婆ちゃんが、曽お婆ちゃんや同年代の親戚から言われた事があると言っていたな。

 昔の田舎の農家とかだと、家を継ぐ跡取りという考えがあるんだろうな。

 

『まずは、元気に生まれてくればいいのさ』


『ヴェル、私ももう元気にお腹の中で動いているわ』


『ボクもだ』


『うーーーん、もう少しだと思うと緊張してきた』


『ヴェルが緊張してどうするのよ』


 実際に赤ん坊を産むのは自分達だと、イーナに呆れられてしまった。


『ヴェンデリンさんはご安心を。無事にヴァイゲル家の跡取りを産んで見せますわ。私、この子は男の子だと思うのです』


 カタリーナが、大きくなったお腹を摩りながら言う。

 彼女も子供の性別は調べていなかった。

 ハインツから『焦らずに何人でもお産みになってください。お子が無事に産まれる事の方が大切なのです』と言われていかたらだ。


『ハインツに言わせると、ヴァイゲル家の第一子は女児の確率が非常に高いそうですが、間違いなく男子ですわ』


 カタリーナは長女だから、そういう傾向があるのかもしれないな。


『でもさ、カタリーナがそう言うと当たらなそうだね』


 確かに、カタリーナの予感はあまり当てにならないような気がした。


『ルイーゼさんはどうなのです?』


『元気に産まれてくればどちらでもいいよ。うちは、女の子しかいなければ婿養子でもいいから。武芸を教える家臣家だと、女の子の方が喜ばれたりするね』

 

 貴族家の家臣で決められた生業がある家と、歴史が長い商家などでは、女児が産まれた方が喜ばれる傾向があった。 

 その理由は簡単で、能力が微妙な跡継ぎ息子よりも、娘に優秀な婿を取って継がせた方が家が栄えるからだ。

 貴族は男子血統を重視するので、男子がいればその人物に継がせる。

 ところが、イーナやルイーゼのような指南役家で駄目な跡継ぎが出ると、最悪主家から役目を取り上げられてしまう。


 商家は商売に失敗して破産する危険があるので、駄目な息子は致命傷になってしまうのだ。

 だから、女児の方が婿を取れるので喜ばれる事になる。


 商社マン時代に色々な取引先の経営者と出会ったけど、関西の商売人にはその傾向が強いような気がした。

 婿の方が優秀な人物を選べるからいいのだそうだ。


『それぞれに色々と事情があるものよな。妾は気楽な身分じゃからの。それよりも初産で少々の不安があるので、ヴェンデリンに言われた体操をしておるぞ』


 テレーゼは、柄にもなく初めての出産を前に緊張しているらしい。

 出産予定日がエリーゼ達より数か月後なので、今から緊張していたら身が保たないと俺は思うのだが……。

 ちなみに、なぜ俺が安産体操を知っているのかというと、前世で祖父母がいる田舎に帰省した時、出産間近の従姉が毎日やっていたからだ。


 当時の俺はその従姉に頭が上がらず、なぜか俺も付き合いで安産体操をやらされていたのは黒歴史だったりする。

 覚えていたからこそ、妻達に教える事ができたので悪い事ばかりでもなかったけど。


『妾も男女の拘りは薄いの。何しろ、妾の子は他所に出せないからの』


 テレーゼは表向き父親不明の子供を産むが、その子の将来はバウマイスター伯爵家が保証しているという奇妙な状態だからだ。

 帝国に嫁がせたり婿養子に出すわけにもいかない。

 バウマイスター伯爵家の家臣として、領内で結婚して人生を終わらせるという約束になっていた。


『ヴィルマはどうじゃ?』


『女の子の方がいいってお義父様は言う』


 エドガー軍務卿の親族に、ヴィルマの実家であるアスガハン家もヴィルマが産んだ娘の嫁ぎ先候補というわけだ。

 

『まだ産まれてもいないのに……』


『ヴェル様、中央の貴族は気が早い』


『そうじゃな、あいつらは領地を持たぬから機敏に動かないと、領地持ち貴族に対抗できぬからの』


 中央の法衣貴族の強かさは、テレーゼも十分に経験済みのようだ。


『カチヤ、そなたも実家から言われておろう?』


『そうなんだよ。ほら、兄貴とマルタが約束どおりに結婚してしまったから』


 オイレンベルク騎士爵家の跡取りであるファイトさんは、初志貫徹して幼馴染である名主の娘マルタと結婚してしまった。

 普通はあり得ないのだが、オイレンベルク騎士爵家はあの事件のあとでバウマイスター伯爵家の寄子になっている。

 本当ならばうるさい外野が寄親であるうちに遠慮して黙ってしまい、二人は無事に夫婦となった。

 ファイトさんは側室を迎える予定もないそうだ。


 ところが次世代以降もそういうわけにはいかないので、オイレンベルク卿はファイトさんの嫡男とカチヤが産んだ娘とで婚姻を目論んでいた。

 逆でもいいし、最悪ファイトさんに子供ができなくても、カチヤの子供がオイレンベルク騎士爵領を継げればいいと考えているそうだ。


『だから、無事に子供を産め。何人でもいいから沢山産めって言われた』


『貴族は跡継ぎがいないと死活問題じゃからの』


 平成の日本では○女速報にでも書かれてバカにされるかもしれないが、この世界の貴族からしたら何よりも重要な事であった。

 貴族家が潰れれば、自分達の一族だけでなく、家臣や領民の生活まで壊してしまう可能性があるからだ。


『リサはどう思う?』


『必ず嫁にやります。年頃になったら、必ず嫁がせます。拒否は許しません』


『おおっ……そうじゃの……』


 自分が嫁き遅れかけた関係で、リサは娘が産まれたら必ず適齢期に嫁にやると意気込んでいた。

 そのあまりの迫力に、テレーゼですら引いてしまう。


『とにかくだ、外野なんてどうでもいい。今は無事に産まれてくれればいいのさ』

 

 イーナ、ルイーゼ、カタリーナとお腹に耳を当ててみると、こちらも赤ん坊が動いている。

 ヴィルマ、テレーゼ、カチヤ、リサにも同じくお腹に耳を当ててみる。

 『聴音』の魔法で探ると、二つの心臓の音が聞こえた。

 心臓の音が聞こえるという事は、無事に育っているという事だ。


『ローデリヒにも準備を頼んでいるから、安心だ』


 ローデリヒは産婆と神官の手配で大忙しだそうだが、子供達のためにも俺は頑張らねばならない。

 エリーゼ達と話しながら、俺は立派な父親となるべく決意を固めるのであった。







「というわけで、予備校の臨時講師として頑張りつつ、領内の開発にも精を出し、エリーゼ達とも時間を作り、今の俺ほど頑張っている人は王国中を探しても少ないですよ」


 そう、俺はとても頑張っているのだ。 

 それなのに、なぜアマーリエ義姉さんから叱られているのであろうか?


「ヴェル君、生徒達は可愛い?」


「ええ、先生として慕ってくれていますから」


 慕われて嫌な気持ちになるわけがない。

 みんな魔力の量や才能に差はあるけど、懸命に学んで成長している。

 それを手助けしていると、アホな貴族との付き合いや帝国内乱で荒んだ心が癒されるのだ。


「やはり、戦争による破壊よりは教育による育みですね。駄目な大人になってしまったバカな貴族の相手よりも素晴らしい」


 戦争はもう終わったが、再教育も難しそうなバカ貴族の相手はこれからも永遠に続く。

 それを考えると、予備校で生徒達に教えていた方が心が安らぐというわけだ。


「うん、俺はいい事をいった」


「ヴェル君、自分でそう言ってしまうの?」


 アマーリエ義姉さんは呆れているようだが、これはあの内乱を通じて俺が悟った真実である。

 勿論、敵が来れば容赦なく粉砕する予定ではあった。

 俺は誰よりも、自分の居場所の確保に拘る人間だからだ。


「ヴェル君は、特に可愛がっている三人がいるわよね?」


 ああ、なるほど。

 だから俺は土下座をしているのか。

 奥さん達がお腹が大きいから、俺が浮気をしているのではないかと。


「あのですね、アマーリエ義姉さん。あの三人は純粋に才能があるから、特に可愛がって教育しているだけです」


 妹のように可愛がっている自覚はあるけど、そこに邪な感情はない。

 俺は、アマーリエ義姉さんに力説した。


「休日に、遊びに連れて行っているわよね?」


「それは、時には休暇も必要だからですよ。『よく学び、よく遊べ』です」


 奥さん達はお腹が大きいので、もうあまり屋敷の外には連れ出せなかった。

 俺もたまには遊びに行きたいし、勿論出かけた際にお土産を忘れない。

 いくら夫婦でも、こういう気配りは忘れてはいけないと思う。


「第一、あの三人は俺の可愛い生徒なのです。なぜそこで手を出すという可能性が出てくるのか……実に嘆かわしい事ですよ」

 

 ちゃんとここで反論しておこうと思う。

 アマーリエ義姉さんは、実は怒らせるとエリーゼと同じくらい怖いけど、ここは男の意地である。


 ところで、この土下座はいつ解いていいのだろうか?


「あのね。私は、ヴェル君の浮気を咎めているわけじゃないの。ただ、貴族として脇が甘いと言っているの」


「と、申しますと?」


「あの娘達、王都ではもうあなたの愛人扱いなの」


「何で?」


 アマーリエ義姉さんに発言に、俺は思わず首を傾げてしまう。

 あの三人が俺の愛人?

 何だそれは。

 お前らは、胡散臭い女性向け週刊誌やワイドショーか!


「ヴェル君って、たまに大バカよね。あんなに可愛がって、あちこち遊びに連れまわして、貴族でなくてもそう思わよ。向こうの親御さんもそう思っているわよ」


「それは、向こうの親御さんに悪い事を……」

 

 嫁入り前の娘さんにそんな噂が流れたら、親御さんとしても心配なはずだよな。


「ううん。向こうの親御さんは大喜びよ。ヴェル君が娘を貰ってくれると思っているから」


「何だってぇーーー!」


「そうですね。あの三人は平民の出なので、愛妾でも親御さんは大喜びでしょう」


 エリーゼが、いつもよりも冷たい表情で俺に説明をする。

 俺はちょっと背筋が寒くなった。


「エリーゼが、ホーエンハイム枢機卿から噂を聞いたそうよ」


 イーナが続けて説明するが、要するにベイヤー男爵家の連中の勧誘から三人を守り、揚句に予定よりも早くバウルブルクに予備校を作って三人を転校させたので、俺が囲い込みをしていると思われているらしい。


「特に派手に噂を流しているのは、ベイヤー男爵家だってさ」


「ルイーゼ、それは予想できたぜ」


 どう頑張っても三人はベイヤー男爵家になど行かないのに、とんだ嫌がらせをしてくれたものである。


「ヴェンデリンさんは、生徒を可愛がり過ぎです」


「そうかな?」


「カタリーナは、ほぼ独学で魔法を学んでいるから嫉妬している?」


「ヴィルマさん、ここで妙な茶々を入れないでくださいまし……」


 ヴィルマの鋭いツッコミが、俺の心に悲しみを植え付ける。

 そういえば、カタリーナは寂しい学生時代を送っていたのだった。


「そうか、俺はカタリーナの気持ちを察してやれなかったな。今度はカタリーナも一緒に魔法を習おう」


「そういう事ではないのですが……それと、私はそこまでボッチではありませんでした!」


 ボッチはボッチだと指摘されると怒るので、ここは一旦引いておく事にしよう。

 なぜわかるのかって?

 俺もボッチだったからさ。


「出産後は、一緒に魔法の鍛錬をしたいですが……」


 ただし、一緒に魔法の練習をする事は否定しなかった。

 カタリーナのこういう可愛らしい部分が、俺は好きだったりする。


「何やら面倒な話じゃの」


「ここは貴族として、テレーゼが上手い解決案を出してください」


 俺は、こういう時に一番いい解決策を出してくれそうなテレーゼにお願いしてみる。


「解決策? そんなものはないわ」


「随分と大胆な意見ね」


「イーナよ。貴族などというのは、そういう噂をされてナンボという生き物なのじゃ。いちいち噂など気にするのは小者、ヴェンデリンならば、本当に三人とも妻にしてしまっても問題あるまいて」


「いや、それはどうよ」


 寄親であるブライヒレーダー辺境伯の奥さんの数との兼ね合いもあるし、王国政府が何か言ってこないのかという件もあった。


「ヴェンデリンよりも奥さんの数が多い伯爵など沢山おるわ。気にするだけ無駄じゃ」


「じゃあ、ならなぜ俺は呼ばれた?」


「あの三人の事も考えておけという、妾からの忠告じゃの」


 それはつまり、上手く囲ってバウマイスター伯爵領発展に貢献させろという事なのであろう。


「あたいは旦那に負けて囲われた身だから、今回も旦那の好きにしてくれとしか」


「そうですね。もし必要であれば、魔法を継続して教えますけど」


 カチヤとリサに言わせると、別にどちらでも構わないらしい。

 この世界、こういう部分が寛容だよな。

 日本なら、俺の社会的な評判が詰んでいる可能性もあったはず。


「とにかくだ。俺はあの三人を鍛えて、無事に予備校を卒業させたいのだ」


 そこに下心などない。

 ただ単純に、自分が師匠から教わったように才能有る若手に魔法を教えて後進を育てる。


 多分それは、師匠があまり出来なかった事なのだから。


「俺が師匠の代わりに、少し多めに弟子を育てないと。俺もまだ未熟者だけど」


「あなた」


 エリーゼ達は、俺を尊敬の眼差しで見つけている。

 俺はまだ土下座をしたままなので、とてもそう思われるような人物には見えなかったけど。


「というか、なぜ俺は土下座を?」


「ああ、それはね。私は別に妊娠していないし、みんなもうとっくに安定期に入ったのよ。あの娘達とばかり出かけないで、お休みにはみんなを遊びに連れて行きなさい。ちょっとバウルブルクの町に出かけるだけでいいんだから」


「えっ! 大丈夫なんですか?」


 無理にエリーゼ達を連れまわして何かあったとしたら。

 そんな理由もあって、俺はアグネス達と遊んでいたのだから。


「少し歩いたくらいで、妊婦がどうこうならないわよ」


 さすがは出産経験者、アマーリエ義姉さんは妊婦について俺よりも圧倒的に詳しかった。

 俺がまるで知らないとも言うが。


「それは、配慮が足りませんでした……」


 アマーリエ姉さんからの指摘に、俺は思わず頭を下げてしまうのであった。





 そして季節は流れて、翌年の春となった。

 俺も先生稼業に慣れてきたなと思ったら、もう生徒達は卒業だ。

 ずっと先生ばかりしているわけにもいかないので、俺の臨時講師業はここで一旦終了する事となる。

 バウルブルクの予備校に限り、エリーゼ、カタリーナ、リサができる限り臨時講師をする予定にはなっていた。


「先生は……とても感動しているぞ!」


「何で、ヴェルが一人だけ泣いているんだよ……」


 卒業と世間では言われているが、冒険者予備校では修業とも言われる。

 一年で無理なく必要な単位は取れるのだが、未成年者は魔物の領域には行けないので、必要単位以外の講義を後から履修する事も可能であった。


 この場合は、他の生徒達と講義時間が被らないように午後や夕方からの講義になる。

 プロの冒険者でも、単発で必要な講義を受ける事が可能だ。

 この場合少々のお金はかかるが、予備校の置かれた領地から補助金が出るので、かなり安く受けられる。


 俺達は数か月しか通っていないので詳しくは知らなかったが、実は意外と冒険者予備校とは融通が利く。

 時間と金さえあれば必要な講義を受けられるので、社会人向け講習のような感じといえばいいのかな?

 なので、これからいくらでも会う機会などあるのに、俺は初めて卒業生を出すので一人感動して泣き、それをエルに呆れられていたのだ。


「エルにはわかるまい。俺が初めて教えた生徒達が卒業するんだぞ。きっと、みんなだって……」


「そうか? 嬉しそうに見えるぞ」


 エルが視線を向けた先では、生徒達が修業証を受け取ってから嬉しそうに話をしていた。


「俺は成人したから、同期の仲間とパーティを組んで魔の森に挑むぞ」


「俺は来年成人だから、それまではバウマイスター伯爵領内で狩りをする。パーティメンバーはいるから、連携を確認しつつ、必修外の講義でも受けてみようかな」


「野営関連の実技付き講習とかいいな」


「それは必要だな、俺も受けよう。基礎講習は必修だったけど、応用講習も受けておきたい」


「俺も受けようかな?」


「そうした方がいいぞ」


 みんな、卒業後の生活に夢を膨らませながら話をしていて、泣いている者など一人もいない。

 一人だけ泣いている俺は、エルの言うとおりに浮いていた。


「あれ? おかしいな?」


 卒業なのだから、一人くらい涙を浮かべても……。

 そういえば、俺も卒業式で涙なんて流した記憶がないな……。


「何でそのくらいで泣くと思うんだよ? ヴェルは」


「いやあ……」


 エルからの指摘に、まさかドラマの影響ですとも言えず、俺は一人頭をかいた。

 それでも、生徒達は俺に感謝をしているようで、次々と挨拶をしてくる。


「先生のおかげで、魔法が上達しました」


「先生の教え方は、とてもわかりやすかったです」


「また魔法を教わりに来てもいいですか?」


「当たり前じゃないか! 俺はみんなの先生なんだから!」


 そうだ、この六十一名の生徒達はすべて俺の教え子なのだ。

 いつでも困った時には、俺を頼って欲しいと宣言する。


「先生! ありがとうございます!」


「そうだ! 先生を胴上げしよう!」


「賛成!」


 というわけで、魔法使いの卵達の卒業式は感動の中で終わったのであったが……。


「弟子だからという理由で、彼らが冒険者を引退した後にバウマイスター伯爵家で全員雇うのですか? 他の貴族達からの反発が必至ですけど……」


 卒業式の感動をそのままローデリヒに伝えたら、彼から嫌な顔をされてしまう。


「えっ? そこまでは言っていないけど……」


「お話を聞く限り、そういう風にも受け取れます」


「あっ!」


 そういえば、困った時にはいつでも俺を頼れと先生らしく言ってしまったのを思い出す。


「冒険者を引退して貴族家などに仕える際に、うちにフリーパスで来れると思っていますよ」


「でもさ、魔法使いは引く手数多だから……」


 魔法使いは数が少ないので、当然取り合いになる。

 条件さえよければ、他の家に仕えても構わないのだから。


「現時点で、うちよりも高待遇を提案可能な貴族家って少ないのですが……」


 まだ開発途上で予算もタップリあるバウマイスター伯爵領なので、魔法使いはいくらでも欲しい。

 もし来てくれるのであれば、かなりの好待遇を保証可能であった。


「いくら元生徒とはいえ、全員を最悪バウマイスター伯爵家で雇うと言ってしまった以上は、彼らも交渉で強気に出るでしょう。同じ高待遇で雇うにしても、お館様のせいで相場が跳ね上がったと言われかねません」


「うっ!」


 ローデリヒからの追及に、俺はタジタジとなってしまう。


「大丈夫、その頃にはみんな景気がよくなっているから……」


 最南端開発とそれに伴う大量の資金の流入で、これからの王国経済は右肩上がりとなる。

 これが王国中の貴族に波及すれば、きっと多少魔法使いを雇う賃金が増えたとて、俺に文句など言うはずがない……ないよね?


「バウマイスター伯爵領から始まる経済発展、その名を『バウマイスターノミクス』!」


「妙なネーミングですな……」


 前世日本で、そんな事をテレビや新聞で言っていた政治家や経済評論家が沢山いた。

 本当にそうなのか、俺のささやかな賃金からは想像できなかったが、景気は気分に影響を受けやすい。

 少なくともこれ以上は悪くならないのだから、ここは強引に押し切ってしまおう。


 要は、ローデリヒからの追及をかわせればいいのだ。


「既に終わってしまった事ですので、これ以上言っても仕方がありません。彼らが仕官するにしても、数十年後ですしね」


「そうだよ、これは麗しい師弟愛だから」


「まあ、この件はよろしいでしょう。ところで、お館様が特に可愛がっている三名ですが……」


 ローデリヒは、特に目をかけていたアグネス達について新たな追及を始める。


「ローデリヒ、知っていたのか?」


「いや、あれだけ可愛がってバウルブルクの町中にも頻繁に連れ出して、この領の領民達でも知らない人は少ないと思いますけど……」


 しかしながら、たかが俺如きの私生活によく注目が集まるものだ。

 俺は芸能人でも、イケメンでもないのに。


「それ、本気で仰っていますか? 今のお館様は、王国でも有数の有名人なのですが……」


「あーーーわかったから」


 ローデリヒは、一年以上も巻き込まれた帝国内乱での功績を言いたいのであろう。

 それにしても、面倒な話ではある。


「あの三人は、これからどうするのですか?」


「もう卒業したんだ。自分の進路くらいは自分で決めたさ」


 アグネスは、どこか見習いで入れるパーティを探している。

 シンディとベッティはまだ未成年なので、まだ受けていない講義を取りながらバウルブルク周辺で狩猟を行うそうだ。


 そして、三人とも成人してから改めて三人で活動を行うと言っていた。


「堅実に進路を選んでいるじゃないか」


 俺が一番目をかけて教育したのだ。

 きっと優秀な魔法使いになってくれるさと、俺は期待していた。


「えっ? あの三人は囲いましょうよ」


「お前なぁ……」


 他の男子を含む魔法使い達と、アグネス達との違いは何よ?

 才能の差か?


「まあ、今は大丈夫ですか……」


 俺が追及すると、なぜかローデリヒは何も言わなくなってしまった。

 こうして魔法使いの卵達は無事に卒業し、それぞれの進路へと進んでいく。

 俺も、臨時講師の仕事を終えた。


 これからもたまに臨時講師の仕事は引き受けるが、バウルブルクの冒険者予備校は人員も整い、俺が常に出張る必要もなくなったからだ。

 

 エリーゼ達の出産も近い。

 最初に彼女が出産をすると、あとは他の妻達も次々と出産だ。


「ローデリヒ、俺は父親として頑張るぞ。領内の開発を進めるのだ」


 というわけで、俺は再び領内の基礎工事へと赴く。

 開発計画は次々とローデリヒが立てているので、その基礎工事に全力を振り向けた。

 奥さん達が全員産休なので俺しかいなかったが、ここでちょうどよく助っ人が現れる。


「先生、私は土木工事も覚えたいのです」


「私もです」


「こういう仕事なら、冒険者を引退しても出来ますよね」


「そうかそうか、三人とも熱心だな。工事魔法は、一部繊細な部分もあるからな。特に、他の人夫などがいる場合、彼らを巻き込んでは駄目だ。先生が一から教えよう」


「「「ありがとうございます!」」」


 アグネスは見習い魔法使いとして他のパーティに加入したので回数は少なかったが、シンディとベッティは狩猟と合わせて、バウマイスター伯爵領の工事を請け負う事が多くなった。


 最初は指導が必要だが、それはカタリーナも通った道だ。

 すぐにコツを覚えて、こちらの依頼をテキパキとこなしてくれるであろう。


「お館様、だから大丈夫だと言ったでしょう?」


「いや、あの三人はあくまでも俺の弟子だって」


「今はそうでしょうね」


 ローデリヒが思わせぶりなことを言うが、実際に三人への土木魔法の指導は上手く行っており、それに比例してバウマイスター伯爵領の工事も順調に進んでいる。


 カタリーナとリサの産休分を上手く埋めてくれていた。

 勿論正式な謝礼は支払っているし、アグネス達の成長も早まっている。

 これは、師匠としても喜ばしい限りだ。


「お館様、将来が楽しみですね」


「その楽しみには、他の思惑も入っていないか?」


「それは、お館様の気のせいでしょう」


 ローデリヒの中ではアグネス達は俺の嫁確定らしいけど、あの三人はまだ幼いからそんな話はなしだ。

 俺はアグネス達の魔法使いとしての成長を見届けつつ、エリーゼ達の出産を待つのであった。

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[気になる点] どんどんヴェルが気持ち悪くなってくな
[気になる点] 既に領地持ちの伯爵であり、「竜殺しの英雄」と呼ばれるほどの有名人なんだから、領民がどう思ってるくらい、認識できてもおかしくない。 それなのに、「たかが俺ごとき」「芸能人でもイケメン…
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