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第百二十話 ヴェンデリン先生。

「うーーーん、耳を当てても赤ん坊の心臓の音とかが聞こえない……」


「あなた、もっとお腹が大きくならないと聞こえませんよ」


「そうなのか……」


 今日もリサを連れてバウマイスター伯爵領内で土木工事をしてから屋敷に戻り、試しにエリーゼのお腹に耳を当ててみた。

 ドラマだと赤ん坊がお腹を蹴る音が聞こえるとか聞くが、残念ながら何も聞こえない。


「性別も、もっとお腹が大きくなってからですね」


「それは生まれてからでいいよ。お楽しみというやつで」


 ローデリヒ以下家臣達も、ホーエンハイム枢機卿以下エリーゼの実家も、陛下以下多くの大物貴族連中も、エリーゼに『男産め』的なプレッシャーをかけてくる。

 直接口で言ってくるわけではないが、無言のプレッシャーとでもいうべきか。


 エリーゼが女の子を産んで、イーナとルイーゼが男の子を産むと面倒な事になると思っているのであろう。

 カタリーナの場合は、男の子ならヴァイゲル準男爵家を継ぐから問題ないというわけだ。


「性別がわかるんだな」


「聖魔法の一種ですけど、使える人に頼めば教えてもらえますよ」


 赤ん坊の性別判定の魔法は、かなり特殊な部類に入る魔法で、聖治癒よりも使える人が少ないのだとエリーゼが言う。


「高度な聖魔法使いが、必ず使えるようになるというわけでもないのです。レンブラント男爵様の『移築』と同じですね。私も使えませんし」


 エリーゼでも使えないという事は、かなり特殊な聖魔法なのであろう。

 数少ない使い手は、赤ん坊の性別判定のお仕事で忙しいそうだ。


「特に、貴族と大商人向けの依頼で忙しいと聞きます」


 この世界は、昔の日本と同じく家が重要視される。

 当主に嫡男が生まれる事こそが重要で、それが生まれる前にわかるとなれば当然依頼が発生するというわけだ。


「へえ、そうなんだ」


「あなたは、気にならないのですか?」


「それほど気にならないな。生まれればわかる事だし、でも健康で生まれてきてほしいな」」


 日本でも地方だとそんな感じだと前に母が言っていたが、俺からすれば無事に生まれてくれれば万々歳なのだ。

 

「男女で半々の確率だから、二人生まれればどちらかは男だろうし」


 実際には男ばかり生む人と女ばかり生む人なんてのがいるらしいけど、そんな事をいちいち考えていたのではキリがない。

 それよりも、今はいかにして赤ん坊の心臓の音を聞くかだ。


「そこで、この『聴音』の魔法で!」


 これは風系統の魔法で、聴診器のような役割をする魔法であった。

 子供ができたと知ったので、急ぎ師匠からの本を読んで習得したのだ。

 しかし、師匠はこの魔法を覚えてどうするつもりだったのであろう?


「この魔法があれば!」


 『聴音』をかけてから、再びエリーゼのお腹に耳を当てた。

 すると、定期的に心臓の鼓動が聞こえてくる。


「よし!」


「ヴェル、残念だけどそれはエリーゼの心臓の音よ」


「なっ!」


「まだそこまで赤ちゃんが大きくなっていないのよ」


 確かに、イーナの言うとおりだ。

 四人はまだ妊娠初期で、パッと見た感じでは妊婦にはまるで見えなかった。


「残念……」


 念のために、イーナ、ルイーゼの順にお腹に耳を当てて『聴音』を使ってみたが、彼女達の心臓の音しか聞こえなかった。

 いや、一人だけ『グーーー』とお腹の鳴る音が聞こえた。

 ルイーゼである。


「妊娠したらお腹が空くなぁ……今、一日五食なのに」


「そんなに食べて大丈夫なのか?」


 俺は改めてルイーゼを見るが、太ったようには見えない。

 彼女が妊娠していると言っても、信じてくれない人の方が多そうな気がした。


「きっとボクの子供は、男の子なら逞しく、女の子ならナイスバディーになるね」


 ルイーゼが夢見ているが、俺は彼女に似た小さくて可愛い娘が生まれるような気がしてならなかった。


「ヴェルなら、赤ん坊の性別を見分ける魔法を習得しようとするかと思ったけど」


「一応、習得は試みたんだけどね……」


 特殊な魔法というのは本当のようで、『移築』と同じく俺には習得できなかった。

 もし覚えても、エリーゼ達には使わない予定であったが。


「どうして使わないの?」


「生まれてからのお楽しみだからだよ。まあ、結局使えないから使わないだけだけど。赤ん坊の性別判定を頼む予定はないし」


「そうなんだ」


 イーナが、不思議そうな顔をしている。

 俺も伯爵になったので、跡継ぎを期待していると思ったからであろう。


「何人か産めば、一人くらい男が混じるって。そのくらいの気持ちで気楽にいこう」


 エリーゼ達が男産めプレッシャーでストレスが溜まらないように、俺はわざと軽く言った。


「ヴェンデリンさん」


「何だ? カタリーナ」


「私もまだ赤ん坊の動く感じなどはいたしませんが、念のために確認してもよろしいですわよ」


「はあ……」


 エリーゼ、イーナ、ルイーゼのお腹には耳を当ててみたが、まだカタリーナにはそれをしていない。

 そこに不公平感を感じたのかもしれない。

 こう見えて、カタリーナにはこういう可愛らしい部分もあるのだ。


「当然、耳を当ててみるさ。もしかしたら、聞こえるかもしれないし」


 最後にカタリーナのお腹に耳を当ててみるが、やはり何も聞こえなかった。

 『聴音』を使っても、彼女の心臓の音しか聞こえない。


「その魔法、使い方が難しいですわね……」


「私は覚えたいです」


 カタリーナはともかく、治癒魔法の使い手にして基礎的な医学知識があるエリーゼには役に立つ魔法かもしれない。

 魔法の習得なら動かなくても大丈夫なので、覚える時間を取っても構わないであろう。


「ヴェンデリンさん、聞こえましたか?」


「やっぱりまだ駄目だな」


「私達は、ほぼ同じ時期に妊娠していますからね」


 赤ん坊の音は聞こえなかったが、俺は一つだけカタリーナの微妙な変化に気がついた。

 そう、ほんのわずかな変化であったが、彼女のお腹に耳を当てた時にふと気がついてしまったのだ。

 そして知ってしまった以上、俺はそれを口にせずにはいられなかった。

 なぜかって?

 誰しも、目の前にボタンがあってその横に『押すな!』という張り紙がしてあったら、押したくなってしまうのが心情ではないか。

 

 全然関係ないけど……。


「カタリーナ、少し太った?」


「ヴェンデリンさぁーーーん!」


「えっ? それを指摘してもらいたくて、お腹に耳を当てさせたのでは?」


「そんなわけがないでしょうが!」


 俺から太ったと言われたカタリーナが怒髪天を衝くばかりに激怒してしまい、俺は彼女の機嫌を直すのに多大な苦労をする羽目になるのであった。






「旦那、女性に太ったかと聞くのは禁句だぜ、姉御もそう言っているし」


 カチヤが俺に注意している横で、リサが『うんうん』と頷く。


「そうじゃの、これは生まれや身分に関係なく、全女性に共通した決まり事と言っても過言ではないの」 


 テレーゼも、俺の味方はしてくれなかった。




 カタリーナの機嫌を直してから、俺達は土木工事に出かけた。

 メンバーはリサ、テレーゼ、カチヤの合計四人、テレーゼはそろそろ実践をという理由で、カチヤはヴィルマの代わりに護衛役としてついてきている。


 ヴィルマはエリーゼ達の世話で、エルは警備隊の野生動物狩りに参加していた。

 未開地は野生動物が多くて狩りには最適なのだが、人が住むにはそこから彼らを駆逐しないと駄目だからだ。

 警備隊の訓練にもなるので、定期的に駆除がおこなわれている。


「いやね、ちょっと気がついたからつい口に出てしまって」


「駄目だなぁ、旦那は。カタリーナは妊娠しているんだし、それは言わないでおかないと」


 そうは見えないがカチヤも年上なので、俺は彼女から注意されてしまった。

 実家の騒動の時には無茶な行動をしたが、普段は意外と常識的な人なのだ。

 何気にローデリヒの奥さんと同じ名前だが、タイプは全然違う。


 もし顔を合わせたら、『同じ名前だ!』とか言いながら挨拶するのであろうか?

 この世界、実は同じ名前の人が多いけど。

 貴族だと、ミドルネームとかで被る人が多いし。


「それよりも、早く橋の基礎を埋めるのであるな」


「今日は、アーネストもいたんだっけな」


「家族水入らずのところを済まないのであるな」


「いや、周りにも工事関係者が沢山いるじゃないか……」


 実は、アーネストも今日の工事に参加していた。

 なぜかというと、今日は新しい橋の建設をおこなっているからだ。


 建造物は『移築』を利用した荒業でも何とかなるが、橋は建設が非常に困難である。

 

『他の川に掛かっている橋を持ってきても役に立たんのですわ』


 レンブラント男爵も、今までに橋の移築はした事がないと断言した。

 川幅とかが違うので、移築しても役に立たないのだそうだ。

 移築した途端に流されでもしたら笑えない。


 そんな理由もあって、橋の建設には多額のコストと時間がかかる。

 ある貴族の領地で、『○○家当主三代の悲願であった橋の完成!』というような話が普通にあった。


 バウマイスター伯爵領でも、実はバウルブルクから、カタリーナと初めて出会った冒険者ギルド魔の森支部支部まで向かう途中にある橋しか完成していない。


 バウマイスター伯爵領には大きな河が三本も流れているので、橋の建設は必要であった。

 だが、時間だけ急いで適当な橋を作ってもすぐに流されてしまう。


 そこで、先に発掘したトンネルで使われていた特殊コンクリートと、俺が生成に成功している極限鋼の出番になる。

 これらを使用した橋脚を作り、多少の増水では流されない頑丈な橋を作るというわけだ。


 橋脚などの基礎さえ終えてしまえば、上の部分は通常の工事でも十分に対応可能なはずだ。


「それで、いくつの橋を建設予定なのであるか?」


「ローデリヒの計画だと、三十以上だな」


「おおっ! バウマイスター伯爵は働き者であるな!」


「それは褒めているのか? アーネスト」


 小さな川の橋も合わせると百を超える。

 しかも、ローデリヒの計画次第ではその数が増える可能性があった。


「そのせいであろう、橋が実用的すぎて考古学的にはつまらない物になってしまったのであるな」


「お前はこのあと一万年も生きて、遺跡になった橋でも発掘するつもりか?」


「いやいや、我が輩、未来の後輩達が可哀想だなと思っただけであるな」


 極限鋼の鉄筋と特殊コンクリート製の橋脚は、デザインはシンプルで橋をかける川の幅に合わせて大きさを変えているだけであった。

 作っているのが俺だけなので、凝ったデザインとか言われても困るのだ。

 俺は、建築デザイナーではないし。


「その代わりに、魔力さえあれば量産は可能だ」


 大量の橋脚を始めとする橋の部品を製造し、それを現地で組み立てるわけだ。

 細かい装飾とかがほしければ、別途ローデリヒが依頼するであろう。


「だから、魔法使いが三人必要なのか」


「テレーゼ、頑張ってくれよ」


「些か訓練ばかりで飽きたからの。こういう実践は大歓迎じゃな」


 作業分担はこうだ。

 まずは、俺が橋脚を立てる川底を露出させる。

 一部の川の流れを長時間上流から堰き止めるので、一番魔力量が多い俺の出番となった。


「次は妾か」


 テレーゼが、露出した川底に橋脚の基礎部分を埋める穴を掘る。

 最初は慣れない作業で時間がかかったが、次第に穴を掘るのにかかる時間が短くなっていく。


「……」


 最後は、リサが『念力』で橋脚を動かし、川底に掘った穴に埋める。

 埋め終わったら、橋脚の周りの川底を固める作業も忘れないで行う。

 傾きがないように精密な作業が要求されるが、リサはそれを難なくこなした。

 

「以上、これを繰り返して橋の橋脚を設置、その上に橋を渡していくと」


 上の橋も、すべて極限鋼と特殊コンクリートできている。

 一度に多くの馬車が通れるよう幅が広いので、大重量に対応した作りにしたからだ。


「あとは細かい部分は任せる。さあてと、次の場所に向かうか」


「はい……橋が一日でほぼ完成したよ……」


 建設現場にいた家臣は、あっという間に基礎が完成した橋を見て唖然としている。

 確か新しく仕官した人物で、まだ魔法に慣れていないのであろう。


「新素材のおかげだな」


 やはり、特殊コンクリートと極限鋼は役に立つ。

 大きくて頑丈な橋が簡単に作れてしまう。

 

「すさまじいの、これほどの橋が簡単に作れてしまうとはの……」


 前は不可能だったのだが、やはり極限鋼の製造方法を得られたのは大きい。

 特殊コンクリートも、アーネストが製造方法を知っていて助かった。

 希少金属の配合量を資料で持っていたのだ。


「どうせローデリヒが追加で橋の建設を頼んでくるだろうから、急ぎ建設を早めよう」


 こうしてわずか一か月ほどで、大小合わせて百近い橋がバウマイスター伯爵領にかけられる事となる。

 初期の三十から大幅に増えたのは、やはりローデリヒが追加発注をかけたからだ。


『橋、道、港などのインフラ整備が完璧ならば、その領地は発展するのです』


 この世界の人が新領地の開発に失敗するのは、そこに辿り着く、移動するのに必要なインフラの整備ができないからだ。


 道はまだこれからも作らなければいけないが、空海両方の港と橋、整地などはひと段落ついたような気がする。

 などと思っていたら……。


「お館様、バウマイスター伯爵領が移動に便利だと知り、移住希望者が増えております。ここは急ぎ町と村落建設予定地の基礎工事をお願いします」


「ローデリヒは、主の使い方が上手いの」


「旦那も、文句を言いながらもよくやっているよな」


「……」


 妊娠中のため『瞬間移動』が使えないエリーゼ達に代わり、テレーゼとカチヤとリサが土木工事についてくるようになった。

 だが、まだリサは俺と話をするまでには至っていない。


「姉御、ご機嫌だな」


 それでも、俺に笑顔を向けられるくらいには成長したので、あとは時間の問題だと思う事にするのであった。







「ヴェル、俺達の『ドラゴンバスターズ』は活動が困難な状態にあるぞ」


「大分前からそうだけどな」


 今さらだが、エルの言うとおりだ。

 『ドラゴンバスターズ』が機能していない原因、それはエリーゼ達の妊娠にあった。

 新婚中、内乱中と避妊していたのが、それをしなくなった。

 バウマイスター伯爵家には跡継ぎを含めて多くの子供が求められるので、これ以上は妊娠できませんとなると、他の貴族が妾を送り込もうとしたりするからだ。


 だから、エリーゼ達が妊娠したのはとてもおめでたい事であった。

 家臣達もとても喜んでいる。

 俺も父親になるのだ。

 悪い気分ではない。

 前世では結婚すら出来なかったので、これは大きな進歩といえよう。


「産休が四名も出ているから戦力ダウンだ。俺も常には参加できないし」


 先日の内乱で指揮を習ったエルは、今も領内警備などで経験を積んでいる。

 そのため、たまにしか冒険者としての仕事に付き合ってくれなくなった。


 まあ、これは仕方がないのだが。


「ハルカを貸してくれと言うと怒るか?」


「いや、怒らないけど、それがさ……」


 ついでとばかりに、ハルカも妊娠してしまったとエルが報告する。


「おめでたい話なんだけど、何だろう? 早くないか?」


「俺には、早打ちの才能がある」


「それは褒め言葉じゃねえよ。大人の会話的に」


 ブランタークさんが妙な合いの手を入れてくるが、それよりもパーティメンバーの問題だ。

 

「さっきも言ったが、俺も常につき合えないし、伯爵様、ヴィルマ、カチヤ、と……テレーゼ様はもう少し修練しないとな」


 工事はともかく、戦闘に関しては慎重にというのがブランタークさんの方針だ。

 テレーゼの場合、もし彼女の身に何かあると、バウマイスター伯爵家の責任問題になってしまうという理由もある。


「あれ? 十分な戦力じゃないか?」


「伯爵様、残念ながらもう前のように四~五人で魔の森に行くのは禁止になったんだ」


「えっ? 誰が禁止に?」


「うちのお館様とか、陛下とかもな。俺がいない時に、キンブリーがやらかしたからな。幸い伯爵様に怪我はなかったが、もっと戦力がいないと伯爵様を魔物の領域に出すのは禁止という、慎重論になったわけだ」


 そんな事を言われてしまうと、完全にお手上げ状態であった。

 そのせいか、最近は毎日土木工事ばかりである。


『お館様は父親になられるのです。ここはお子達のために、バウマイスター伯爵領の更なる発展を!』


 自分も子供が生まれたばかりのローデリヒが、俺を上手く乗せて領内中の土木工事を急ピッチで進めていた。


『帝国からの恩賞も含めて、バウマイスター伯爵家の資産は更に増えました。これを利用して、効率よく素早く開発が可能になったのです。他の貴族家ではあり得ない事ですので』


 どの貴族領でも、開発計画くらいならすぐに立てられる。

 そこで必ず問題になるのは、先立つ物、つまり資金なので、それがあるうちは無茶が可能だ。

 一番手間と金がかかる基礎工事を俺が魔法で済ませてしまうので、開発計画も立て放題だ。

 そして、金が回っているバウマイスター伯爵領には人が集まるので、ローデリヒは彼らも利用して開発を促進していた。


 整地に、開墾に、街道工事、河川の改修、港の建設。

 ローデリヒ曰く、第一次工事分は予定よりも大分早く終了したので、今は第二次工事分をおこなっている最中だそうだ。

 まあどうせ、すぐに第三次工事計画のお話が出てくるのだろうけど。


 バウルブルクを中心に東西南北に伸びる主街道と、蜘蛛の巣状に張り巡らされた支道の工事は完全に終わり、今はそれに繋がる細かな街道の建設、バウルブルクの近くを流れる河川の改修にも目途がついたので、東と西を流れる河川の改修工事も始まっている。


 橋の建設は、ほぼ終わらせた。

 あとは、小さな橋を必要に応じて建設するのみだ。

 地元住民からの陳情が出たらローデリヒが必要度を判断し、俺達が実際に建設する。

 将来、陳情が沢山出て橋だらけという可能性もあるが、その辺のさじ加減はローデリヒがしてくれると思う。


「冒険者としての仕事は、子供が産まれてからでいいじゃないか」


 エルは、産休終了後に再び冒険者をすればいいと言う。


「あっ、でも……」


 ふと、リサの方に視線を送ると、彼女は嬉しそうに首を縦に振った。

 俺の新しいパーティメンバーとして助けてくれるようだ。


「……ですが、ヴェンデリンさん。ちゃんと責任を取って欲しいそうです」


 通訳のカタリーナが、リサの希望を俺達に伝える。

 裸を見たくらいで……あとは、下の毛が生えていなかったのを知ってしまったからか?

 この世界の女性は、そういう点が面倒くさい。


「そういう事は、もう少しお互いをよく知ってからで……」


 どうも、この前のカチヤの件はなし崩し的な部分もあったので、今回は少し慎重になっている。

 というか、慎重にしないと俺は奥さんばかり増えていく構図だ。

 問題なのは、それを周囲が逆に喜ぶという点であろう。


「……最初はそれでいいそうです」


 しかし、カタリーナも律儀に通訳をするものだ。

 リサからの言葉を正確に伝えていた。


「これで何とかなるか?」


「導師が来てくれればいいのに」


 エルは、導師が助っ人として来てくれる事を期待しているようだ。


「エルヴィン、導師は駄目だぞ」


「えっ? 何でです? ブランタークさん」


「導師は講演で忙しいから」


 帝国内乱の話を聞きたい人が多いのだが、俺は領地貴族なので開発に忙しく、ブランタークさんはブライヒレーダー辺境伯家の家臣である。 

 結果的に、法衣貴族であり、王宮筆頭魔導師としての仕事が少ない彼に出番が回ってきたそうだ。


「導師、陛下の頼みは断らないからな」


 幼馴染にして、忠実な臣下だからだ。

 他の部分では思いっ切り唯我独尊だと、俺も含めて関係者全員が認めているが。


「あの導師の講演ねぇ……」


 エルは、導師が何を喋っているのか気になるようだ。


「暫くは、魔物の領域に行くのはなしだな。それに、もう伯爵様が狩りをしなくても魔物の素材や採集物は集まっているそうだし」


 現在、魔の森周辺には数十の村や町が出来ていて、そこから多くの冒険者達が狩りを行っている。

 俺達が無理に頑張る必要は、もうなくなっていた。


「ヴェル、あの人は? ほら、アーネスト」


「いや、彼は……」


 現在のアーネストは、俺達の前にも碌に姿を見せずに室内でレポートの作成に没頭していた。

 

『考古学の常識から考えて、遺跡発掘よりも調べた物を参考に論文を書く方が時間がかかるのであるな』


 トンネルを予定を超えて二週間ほど綿密に調査したアーネストは、それから部屋に籠って分厚い紙束に論文を書いている。

 探索してから、分析して、論文を纏める。

 彼は、生粋の考古学者というわけだ。


 かなり集中しているようで、毎日風呂に入るのと三食の食事以外では部屋から出てこなかった。

 

『ここは快適であるな。ニュルンベルク公爵は、発掘を急げと面倒だったのであるな』


 その分の論文記述も残っているそうで、それに加えて領内の遺跡位置の特定もある。

 今のアーネストは、机の前から梃子でも離れなかった。

 勿論監視は続けているが、担当の家臣は暇そうでテンションを保てないとローデリヒが報告してきた。


「あの人、本物の学者だな」


 あれだけの魔力をも持つ魔族なので、野放しも危険である。

 地下遺跡という餌を与えて、バウマイスター伯爵領内で生活させた方が楽というわけだ。


「じきに、新しい遺跡の話も出るだろう」


 まったく手付かずのバウマイスター伯爵領内には、多くの地下遺跡が存在する。

 特に魔の森がある場所には多いそうで、そこを探るには戦力も必要だ。

 エリーゼ達が産休である以上は、無理をする必要はなかった。


「結局は、テレーゼの仕上げ待ちかな?」


「そんなところだと思うが、実は伯爵様に仕事の依頼だ」


「仕事ですか? どこの竜でしょうか? もしくは、謎の地下大遺跡?」


「いやいや、そんな大げさな物じゃないから」


 ブランタークさんが否定するが、実際に見ないと信用できない。

 今まで、そういう無茶振りばかりされていたのだから。


「王都にある冒険者予備校の臨時講師だよ」


「臨時講師ですか……その前に、俺達ってまったく王都の冒険者予備校に通っていないですよね?」


「そう言われるとそうだな……」


 所属はしていて、卒業はした事になっているが、碌に顔を出した事がない。

 必要な訓練などは、すべて他で行っていたからだ。


「王都の冒険者予備校ともなると、魔法使いがそれなりにいるからな」


 地元の予備校に入学せず、魔法の最先端だからとわざわざ王都まで学びに来る魔法使いは一定数存在するそうだ。

 地方だとブライブルクのように大都市でも、ちゃんとした魔法使いの講師がいないケースが多いという理由もある。


「講師がいいからな。臨時で高名な魔法使いが短期講習とかをするから。俺も何度かやった事があるし」

  

 ブランタークさんは、その時リサに魔法の指導を施したらしい。


「これも魔法使いの義務だ。伯爵様は有名になってしまったからな。日当は出るけどこれは雀の涙で、奉仕活動だと思ってくれ」


「わかりました」


 俺は、その依頼を引き受ける事にするのであった。






 翌日、ブランタークさんと共に『瞬間移動』で王都に向かう事にする。

 講師など初体験だが、もし失敗しても仕方がない。

 適性がなかったという事なのだから。

 

 屋敷の庭まで、エリーゼ達が見送りに来てくれた。

 連れて行くという選択肢もあったのだが、それはブランタークさんから止められていた。


『妊婦に『瞬間移動』は駄目だからな』


 昔からそういう事になっているそうだ。

 理由は、流産と赤ん坊の奇形が増えるかららしい。

 『瞬間移動』とは、地味に怖い魔法である。

 

 というわけで、エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、カタリーナ、カチヤ、テレーゼ、アマーリエ義姉さん、リサは見送りだ。


「あなた、行ってらっしゃいませ」


「お土産でも買ってくるよ」


「頑張ってくださいね、先生」


「エリーゼに先生って言われると照れるな」


 エリーゼは、俺が冒険者として狩りにいくわけでもないので心配していないようだ。

 笑顔で俺と話をする。


「ヴェル、先生役とか大丈夫?」


「イーナ、そこはこう考えるんだ。『一人くらい、臨時講師に反面教師がいても構わないじゃないかと』」


「ヴェルの言う事も間違っていないのよね。そう簡単にヴェルの魔法は真似できないと思うし……」


 義務の履行というやつなので、顔さえ出せば最低限の仕事は終わるのだから。


「練習すれば大丈夫かもしれない」


「努力は必要だけど、本人の才能とかもあるから」


 もしかしたら物凄い逸材と出会えるかもしれないが、そこは運の要素が強いであろうと思っていた。


「その割には、夜に懸命に何かを読んでいたような」


「俺はダメダメでも、師匠の理論は役に立つのよ。というわけで、念のために読んで覚え直した」


「でもさ、案外ヴェルの理論も参考になるかもよ」


「急に褒められたような。ルイーゼ、まさかお土産の増量を」


「コラっ、ヴェルって意外と考えて魔法を使うタイプじゃない。ボクは直感的だけど」


 ルイーゼは、自分は教えるのに向いていないと言う。

 それもあるが、彼女は使える魔法が少ないので、こういう席に呼ばれないのだとブランタークさんが説明していた。


「ヴェンデリンさん、私にも後に臨時講師のお仕事が来ると思いますので、戻ったら臨時講師の様子を教えてくださいね」


「そうか。カタリーナにもそのうちに、臨時講師の仕事が回ってくるよな」


「今は妊娠しているので、お話は来ないでしょうけど」


 カタリーナも、今では大変有名な魔法使いになっている。

 その内に、臨時講師の仕事が来てもおかしくはなかった。


「その前に、カチヤさんとテレーゼさんの指導がありますけど」


「妾は大人しくしているからの」


「あたいも使える魔法の種類が少ないから、そういう義務とは無縁だな。旦那も大変だな」


「ヴェル君、行ってらっしゃい。エリーゼさん達は安定期になるまで動かせないから」


 テレーゼとカチヤも見送りに来ている。

 アマーリエ義姉さんは、なし崩し的にエリーゼ達の面倒を見る仕事に就いていた。


『私、これでも二人子供を産んでいるから、少しは役に立つわよ』


 経験者の強みで、エリーゼ達もアマーリエ義姉さんを頼りにしているようだ。


「っ? リサ」


 急に服の袖を引っ張られたので視線を移すと、カタリーナの後ろにリサがいた。

 相変わらずの人見知りで、なぜ彼女があのメイクと服装を長年続けていたのかがわかる。

 それをしないと、ギルドの受付にすら行けないであろうから。


 しかし、先日戦った時とはまるで別人である。


「……リサさんも、カチヤさんとテレーゼさんの特訓を手伝うそうです」


「ありがとう、リサ」


 俺がお礼を言うと、リサは嬉しそうにほほ笑む。

 

「本当、別人みたいだな」


 派手なメイクと衣装の頃のリサしか知らないブランタークさんは、今の彼女に困惑気味だ。

 どう接していいのか、わからないようだ。 


「そして、私はヴェル様の護衛」


 今日も、エルは警備隊関連の仕事でバウマイスター伯爵領を離れられない。

 というわけで、俺は案内役のブランタークさんと護衛役のヴィルマと共に王都へと飛んだ。

 数回しか行った事がなかったが、場所は覚えていたので冒険者予備校の裏庭へと『瞬間移動』で飛ぶ。


 時刻は朝なので、外から見える教室の中では多くの冒険者見習いの少年少女たちが講義を受ける準備をしていた。


「みんな、初々しいな」


 実は、俺達よりも年上の人は意外と多いけど。

 三十歳を過ぎても、新しく始める商売の資金稼ぎなどで冒険者を目指す人もいるからだ。

 それでも、半数以上は未成年であった。


「伯爵様と、そんなに年齢も変わらないじゃないか」


「いや、十代の数歳差は大きいのです」


 王都の冒険者予備校も、他の地域の予備校と大差はない。

 入学希望者が多く、王国から直接資金援助を受けているので、ブライヒブルクの予備校よりも敷地と建物が広大で講師や職員が多いくらいだ。

 

 入学は十二歳からで、成績優秀者には学費の免除がある、十五歳にならないと魔物の領域には入れないので近場の森などで狩りを行う。

 ブライヒブルクとまるで同じであった。


「校長に挨拶に行こうぜ」


 ブランタークさんの案内で、俺達は校長室へと向かう。

 ヴィルマと手を繋ぎながら校内を歩いていると、すれ違う生徒達が騒ぎ始めた。


「ブランタークさん、有名人ですね」


「俺も有名ではあるよ。だが、それ以上に伯爵様だろうが」


「みんな、ヴェル様を見て驚いてる」


「そうなんだ。俺の顔なんて知っているんだな」

 

 校長室に入ると、数年前と同じ校長が出迎えてくれた。

 六十歳くらいでロマンスグレーが格好いい、片腕が義手の男性だ。


「ヘリック殿、連れてきたぞ」


「すまんな、ブランターク」


 彼の名はヘリック・クレーメンス・ハインケスで、元は高名な冒険者である。

 片腕が義手なのは、若い頃、魔物に腕を食い千切られたからだそうだ。

 彼が凄いのは、そこで引退しないで義手で冒険者を続け、腕を食い千切られる前よりも活躍した点にあろう。


 『義手のヘリック』は、冒険者列伝にも載っている有名人であった。

 引退後に、その知名度を買われて冒険者予備校の校長に就任している。


 ブランタークさんは駆け出しの頃に彼に世話になっていて、だから臨時講師の依頼を俺に持ってきたのであろう。

 

「実は、ヨハネスの爺さんが引退してしまってな」


 ヨハネスの爺さんとは、この予備校で魔法の講義を担当していた正規講師であるが、年齢は九十歳を超えている。

 いかに王都の予備校でも、魔法を教えられる人材を確保するのは難しいので、教えられる限りは引退しない魔法使いは多かった。


 本人が辞めたくても、予備校側が引き留めるケースが多いのだ。


「遂にボケて、魔法を忘れ始めてな。講義に支障が出るからと、孫が来て退職届を置いていった」


「そこまでいくと、さすがに引き留められないか」


 そんな老人でも、正規講師が消えてしまったので予備校側は困った事態に陥ったようだ。

 

「講義が可能な老魔法使いの大半は、他の儲かる仕事を受けるからな。ヨハネスの爺さんは貴重だったんだよ」


 次の正規講師を探し続けてはいるが、時間がかかる。 

 そこで、王宮から臨時講師扱いで魔法使いを派遣して貰ったりして凌いでいるようだ。


「だから一か月でも……一週間でも助かるから」


「奥さん達が妊娠して冒険者稼業もお休みですから、開発の合間になら」


「ありがとう。バウマイスター伯爵殿」


 というわけで、週に三回ほどエリーゼ達が出産するまで臨時講師を引き受ける事になった。

 まあ、こういう経験も何か人生の役に立つはずだ。

 それに『ヴェンデリン先生』、悪くない響きである。


「ところで、王宮には暇そうな人がいるではないですか」


 誰とは言わないが、最近講演で忙しい人である。


「導師殿か? 彼は駄目だろう」


「なぜです?」


「将来がある魔法使い達を壊すわけにはいかないからな。私も訓練は厳しい方がいいとは思うが、何事にも限度があると思う」


「あの……ここに、直接導師から二年半も訓練を受けた人間がいますが……」


「それは、バウマイスター伯爵殿が強いから何とかなったんだ」


 元凄腕の冒険者にまで、導師と同人種だと認定されてしまった俺。

 表面上は笑って誤魔化したが、内心では物悲しさを感じてしまうのであった。





「ヴェル様、緊張している?」


「思えば、こういう経験ってないからな」


 校長への挨拶を終えると、早速魔法使いが集められている教室へと向かう。

 ブランタークさんは顔合わせを終えると、王都に用事があるとかで俺達と別れた。


 ヴィルマは、彼女も魔力があるので副臨時講師のような扱いで傍にいてくれる。

 教室に入ろうとしたのだが、俺に教師の経験など無いわけで、急に胃を締め付けられるような緊張感に襲われた。


 一方のヴィルマは、特に緊張もしていないようだ。

 正直、とても羨ましかった。


「(偉いさんの前でもプレゼンでも、ここまで緊張しなかった……)」


 商社マン時代に、新企画のプレゼンを役員連中の前でした事があった。

 その時でも、ここまで緊張しなかったはずだ。


「ええいっ! 別に取って食われるわけじゃないんだ!」


 覚悟を決めて教室に入る。

 中には、十二歳から十五歳くらいの少年少女が四十名ほどいた。

 さすがは王都、魔法使いの数が多い。

 未成年ばかりなのは、魔法使いは成人直後、即戦力としてに使えるように早目に訓練に送り出されるからだ。

 テレーゼのようなパターンは、滅多にない。

 彼女の場合は、俺のせいで魔力が具現化したからなのだが。


「みなさん、初めまして。臨時講師のヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです」


 少し声が上ずったような気がするが、何とか挨拶はできた。


「ヴィルマ・エトル・フォン・バウマイスター」


 ヴィルマは、いつも通りに淡々と自己紹介をする。

 そこに緊張感など欠片もない。

 だからこその、あの狙撃能力なのかもしれないが。


「ええと……」


 俺が口を開くと、生徒達の視線が一斉に俺に集中する。

 しかし、一つ問題があった。


「(ヴィルマ、こういう時って何をすればいいんだ?)」


 緊張で頭が真っ白になっているのもあるが、いきなり臨時講師だと言われても何をしていいのかわからないのだ。


「(ヴェル様、昨晩の予習は?)」


「(あれさ、ここの生徒達がどの程度の修練度かわからないと使えないの……)」


 ヘリック校長に聞いてこなかった俺の、完全なミスであった。


「(さっぱりわからんな。まあ、初日だからいいか)いきなり講義をするのを何なので、質問を受け付けます」


 結局その日は、俺が次々と手を挙げる生徒達に質問に答えて終了した。

 質問の中身も今までの骨竜退治や、地下迷宮攻略、内乱時などの質問ばかりであり、まったく魔法の修練にはならなかった。





「みんな、目がキラキラしていたな。俺にもあんな時期があった」


「いや、ヴェルは最初に出会った頃から目はキラキラしてない。世間に対して達観していた」


 その日の講義が終わってから、俺とヴィルマは屋敷に戻る。

 お土産を広げながら今日の話をするのだが、俺の話を聞いたエルが失礼な事を言う。


「もっと若い頃は目がキラキラしていたんだよ。まるで天使のように」


「どちらかというと、堕天使の類だな」


「失礼な事を。早く奥さんの元に戻ってしまえ」


「了解」


 エルにお土産を渡すと、彼は自分の家へと戻っていく。

 奥さんが妊娠してるのだ。

 早く戻ってあげた方がいい。


「あなた、次からは講義をどうするのですか?」


「そこは師匠からの教えを参考に、臨機応変に行くよ。ヴィルマも助けてくれるし」


「副臨時講師として頑張る」


 講師としての仕事は週に三回の約束なので、それから三日後。

 俺とヴィルマは、再び教室へと向かった。


 さすがに俺の話ばかりしていられないので、自分なりに講義を行う事にする。 

 だがその前に、以前に講師をしていたヨハネスさんの講義内容を聞いてみた。


「ヨハネス先生って、どんな講義をしていたんだ?」


 生徒達に質問をすると、みんなで見合ってから黙り込んでしまった。


「えっ? 秘伝の魔法とか理論を教えてくれたのか?」

 

 だから、他人には教えられないとか? 


「いえ、違います。先生」


「先生? ああ、俺か。ええと……君は?」


「はい、アグネス・フュルストと言います」


 ざわめく生徒達の中から、一人の少女が手をあげた。

 身長百五十五センチほどで、ライトブラウンの髪を内巻きにしている眼鏡をかけた美少女である。

 ぱっと見た感じ、学級委員長キャラに見える娘だ。


「(眼鏡っ娘だ!)」


 眼鏡をかけても美少女なので、外すともっと美少女かもしれないなどと、俺はくだらない事を考えてしまう。


「ヨハネス先生なんですけど……」


 一年ほど前から、彼のボケは始まっていたらしい。


「何度も同じ事を言ったり、魔法を教えていたのに、途中で話が昔の冒険譚になったりで、みんなほぼ独学で魔法を……」


 元から魔法は独学でやるものだが、せっかく高名な講師がいるのだから新魔法や鍛錬のコツくらいは聞いて参考にしたい。

 その希望を打ち砕くボケ講師なのに、講義をサボるわけにはいかない。 

 ここで単位を取らなければ卒業できないのだから。


「全講義数の、三分の二は出ないと駄目なので……」


 本当は、生徒数は六十人近いらしい。

 ただ、みんな出席日数はギリギリで構わないと思っているので、常に三分の二くらいの生徒しか出席していないそうだ。


「なるほど」


 ならば、昨晩考えた通りに最初は基礎からで構わないか。

 そう考えた俺は、早速自分なりの講義を始める事にする。


「まずは、基礎中の基礎、毎日の瞑想について」


 これは、世間に大量配布されている本に書かれている内容だ。

 毎日、魔力の流れをイメージしながら、魔力路と魔力袋を広げる。

 これによって、魔力量と魔法の威力が上がるから毎日行う必要があった。


「確実に毎日してる人は?」


「半分……」


 手を挙げた生徒の少なさに、ヴィルマがガッカリしたような表情をしている。

 彼女も俺やブランタークさんに教わって、毎日確実に瞑想を行っているからだ。

 

 あの導師だって、それを欠かした事など一日もない。

 そのくらい、基本中の基本なのだ。


「毎日しないと駄目だよ」


「ですが先生、俺は魔力の上昇がもう止まっているのです」


 一人の男子生徒が反論してくる。

 魔力は初級レベル、このクラスでは低い方であった。

 ちなみに、このクラスで一番魔力量が多いのは委員長キャラのアグネスであった。

 あくまでも、今のところはという条件がつくが。


「それでも、魔力路は広げられるから」


「魔力路をですか? 俺の魔力では魔法の威力もたかがしれていますし」


「魔力路が狭いと、使用魔力量と魔法威力のコントロールが甘くなるよ」


「えっ? そうなんですか?」


 その男子生徒は、その話を初めて聞いて驚いたようだ。


「大量の魔力を使って魔法を使う時でも、少量の魔力を使って魔法を使う時でも、魔力を流す魔力路は広い方が有利です。特に前者は魔法の発動時間に影響します」


 魔力路が狭いと、必要な魔力が流れ終わるまでの時間が長くなるからだ。


「それは、わずかな差なのでは?」


 別の男子生徒が、俺に質問をする。


「わずかだけど、実戦だと致命的だよ。相手に先に魔法を撃たれたら終わりだし、発動する前に魔物に突進されたら死ぬだろうね」


「……」


 俺の返答に、その生徒のみならず全員が黙り込んでしまう。

 そう、コンマ一秒も差はないであろうが、それが致命傷になるケースが多いのだから。


「先生っ!」


「何ですか?」


「その瞑想なんですけど……」


 もう一人、下限年齢ギリギリであろう、黒髪をオカッパ頭にした美少女が質問をしてくる。


「魔力を流して魔力路を広げるイメージって本には書いてあるのですが、そのイメージの具体例がよくわからなくて……」


 イメージだけしか書いていないので、具体的にどうイメージするのかわからない。

 だから適当に座って瞑想しているだけで終わってしまうと、その少女は言う。

 他にも、同じような悩みを持っている生徒は複数いた。


「(それも仕方ないか……)」


 俺が魔力路を広げるイメージに利用したのは、日本で見たテレビ番組などである。

 学校で見させられる教育テレビなどでは血管に血が流れる映像とかがあって、それと似たイメージを脳裏に浮かべればよかった。

 ところが、この世界では人体の仕組みなど医者や教会経由でないと学べない。

 それも本が主流で、資料映像など存在しないのだ。


「それを予想して、こんな物を準備しました」


 別段大した物でもなく、王都の店でも売っている猪の腸を横に吊るす。

 これは、詰め物に使うので安く購入できるものだ。

 横に吊るした腸には傾斜がついていて、俺は高い位置に吊るした右側の入り口から魔法で水を出して腸の中に流していく。

 水量を増やすと腸は膨らんでいき、流れ終わった水は低い位置にある左側の出口から下に落ちる。

 落ちた水は、助手のヴィルマがタライを準備していて、そこに落ちて溜まった。


「水を魔力で、この猪の腸が魔力路という考え方です。大量の魔力で腸を常に膨らますイメージを浮かべる」


 俺は水量を強くして、水が流れる腸を膨らませる。

 破れてしまうと駄目なので、そこは慎重に水量を微調整していく。


「自分の魔力路がこのように広がるイメージを、一日一回は瞑想しながら行うといいでしょう。次に……」


 魔力袋であるが、これはもっと簡単だ。

 猪の膀胱も、腸詰の材料として安く売られている。

 これに、水を限界まで入れて膨らませた。


「先生、魔力路と魔力袋とはこういう形なのですか?」


「あくまでも想像の範囲ですけど、先生はこれで毎日訓練しています。魔力を大量に流して膨らむというイメージですと、これが先生には最適なのです。勿論イメージなので、自分なりのイメージを考えて実行しても構いません。それで効果があれば、その人には最適な方法なのです」


「なるほど……」


 生徒達は、俺の解説を聞き懸命にメモを取っていた。


「(眩しいくらいに真っ直ぐな若者達だな)」


「(ヴェル様、ちょっとジジ臭い)」


 彼らの純真さに感動した俺に、ヴィルマの毒舌が突き刺さる。


「先生ほどの魔力を持っていても、まだ基礎訓練をしているのですか?」


「先生の場合は、まだ魔力が増えていますから」


 まだ二十歳前なので不思議ではない。

 だが、俺の魔力量は既に大陸随一、勝てるのは魔族のアーネストくらいなのでみんな目を丸くして俺を見つめていた。


「魔力量が上がらなくなっても、魔力路を広げるイメージ訓練はした方がいいです。広げておけば、魔法の手早さや、威力の調整などで有利になりますから」


 魔法を使うために魔力を使う時に、魔力路が広ければ素早く魔力が流れるというわけだ。


「精度などにも影響が出るので、これは毎日する事をお勧めします」


 他にも、師匠から教わったり、俺が独自に考えて行っている基礎訓練などを生徒達に伝えていく。

 一回目は自己紹介で、二回目は基礎の基礎。

 妥当な講義内容であろう。


「バウマイスター伯爵殿、私も講義を見ていましたが感心したぞ」


 講義を終えて校長室に向かうと、俺とヴィルマはヘリック校長からお褒めの言葉を頂いていた。


「基礎の基礎ですよ?」


「そうなんだが、意外と教えてくれる人がいないんだ」


 ヨハネスの爺さんは、今のクラスを編成した時からボケが始まっていた。

 本当ならば教えているはずなのだが、それが不明確であったそうだ。


「名のある魔法使いに臨時講師を頼むと、これも当たり外れが多くてな」


 講義を受けている魔法使いの大半は、初級から中級レベルの魔力しか有していない。

 それでも貴重なのだが、臨時講師で来るような魔法使いは確実に中級の上以上の魔力を持っている。

 彼らは有能ではあるが、天才で唯我独尊な部分もある。


 自分の派手な魔法を披露して、『これを参考にしな!』で終わる人も珍しくないそうだ。


「参考にならない」


「そうなんだ、奥方様。派手な火炎魔法とか、竜巻の魔法とか、クラスの半分以上は使えないから」


 というわけで、魔法使いはますます自己研鑽か、師弟制度に偏る事になる。

 どころが、師弟匠制度には臨時講師と同じような罠も存在していた。


 弟子が、必ず師匠の真似を出来るわけでもないのだ。


「俺は魔法使いじゃないけど、たまにここの魔法使いは本当に全ての実力を発揮できているのかと不安になってしまう」


 ちゃんと形式立った訓練を受ければ、もっと使える魔法使いになるのではないかと思ってしまうそうだ。


「ええと、お引き受けした時期までは努力して教えますので」


「ありがたい!」


 というわけで、俺はヘリック校長に気に入られたようであった。




「体系的な魔法の指導ですか……確かに、師匠次第、自分の実力次第な部分が大きいですね」


 家に戻り、夕食を取りながらエリーゼにその話を振ると、彼女はそれを否定しなかった。


「エリーゼはどうだったの? 私、ルイーゼ、ヴィルマは完全な後発型だからヴェルとブランタークさんが師匠みたいなものだし」


「カチヤもそうだよね。カチヤの場合は、最初からある程度魔力はあったけど」


「でも、あたいも使える魔法の習得で苦労しているからな……姉御の指導でようやくってところ」


 イーナ、ルイーゼ、カチヤは、自分の状況を語った。


「私の場合は、教会で指導がありましたから」


 エリーゼは幼い頃に魔力が確認されたので、すぐにホーエンハイム枢機卿のツテで教会で指導を受けたそうだ。


「すぐに治癒魔法の特性を見い出されたので、他の治癒魔法使いの方々から指導を受けました」


 教会としても、治癒魔法が使える人材の確保は急務である。

 それに、祖父がホーエンハイム枢機卿なのだ。

 指導の手を抜く事はあり得なかった。


「でもよ、魔法使いは貴重なんだろう? あたいの場合は、あまり使える魔法がないからさほど大事にもされなかったけど。冒険者ギルドの扱いは悪くなかったけどな」


 以前のカチヤ程度の魔力の持ち主でも、それが戦闘能力を嵩上げできるタイプなら冒険者ギルドや軍でも重宝される。

 ただ、それは厳密にいうと魔法使いだからではない。

 強いからだという現実もあった。


「治癒魔法の才能があれば、教会の手厚い指導が受けられます。他の魔法使いの場合は……」


 魔法使いは数が少ないので忙しい。

 指導に時間をかけるくらいなら、自分で働いた方が儲かる。

 魔法くらい、自分で何とかなるだろうと。


 それでも一応有名になった事だし、社会貢献の意味も込めて二~三人は弟子を取るか。

 こんな感覚なようだ。


「それも面倒な方は、予備校の臨時講師などでお茶を濁しますね。それすらしない変わり者の方も多いですし」


 それでも、お上や各種ギルドは何も言わない。

 相手は実力も実利もある魔法使いなので、下手に怒らせてヘソを曲げられると困るからだ。


「なぜ予備校の魔法使い講師陣が貧弱なのかよくわかる話ではあるか……それで、カチヤとテレーゼはどんな感じ?」


 俺は、二人の仕上がり具合を聞いてみる。


「はい。カチヤさんは、『加速』に特化した身体能力強化魔法と風系統の魔法に特性があります。ですが放出は苦手なので、サーベルに纏わせて攻撃力を上げたり、『風魔法障壁』などの習得に留まっています。イーナさんと同じ系統ですね。テレーゼさんは、実は一番得意な系統は土でした。土木魔法などの適性が高いです。火系統も高度なものが使えるのは、以前に私と決闘をした時に判明していますから」


「へっ?」


 俺は、驚きを隠せなかった。

 カチヤとテレーゼの魔法の事ではない。

 あの究極の人見知りであるリサが、俺に淀みない声で説明をしたからだ。


「カチヤさんって……姉御……」


 カチヤは、以前のリサしか知らない。

 急に『さん』付けで呼ばれて、かなり戸惑っているようだ。


「リサが喋った!」


 昔にそんなアニメがあったな。

 あれは、○ララが立ったか……。


「いや……こいつは元から喋れるから。なあ、リサ」


「……」


 リサは、俺とは普通に喋れるようになったが、ブランタークさんからの問い掛けには黙ったままだ。

 まだ人見知りは治っていないらしい。


「俺は無視かよ!」

 

「お師匠様、リサさんはまだ男性はヴェンデリンさんとしか話せないようで」


 リサから話してもらえず不機嫌になったブランタークさんに、カタリーナが懸命にフォローをする。

 彼女はいつの間にか、リサの世話役のようなポジションについていた。

 カタリーナは、何だかんだ言われながらもやはり面倒見はいい方である。


「あのメイクと服装がないと、こんなものかよ……」


「カタリーナ、随分と面倒見がいいんだな」


「この方、非常にシンパシーを感じるといいますか……」


 人見知りではないが……似たようなものか……同じくボッチであったカタリーナからすると、リサは放っておけないタイプに見えるのであろう。

 実は俺もそうで、だから好きに居候をさせているのだが。


「バウマイスター伯爵様、私を土木工事に連れて行ってください。カタリーナさんはもう……」


「そういえばそうだな」


 妊娠したカタリーナを、工事現場まで『瞬間移動』で連れていくわけにもいかない。

 リサは居候をしているので、自分が代わりに手伝うと手をあげた。


「橋の建設では大活躍だったものな。土系統の魔法は得意なのか?」


「火系統の魔法よりは得意ですよ」


 リサの魔法の精度と威力は、既に経験ずみだ。

 ならば、せっかくなので手伝ってもらう事にする。


 俺も貴族として、バウマイスター伯爵領発展のために遠慮などするべきではない。


「テレーゼさんの面倒も見ます」


「そうよな。妾も多少の経験は積んだが、まだ一人だと不安があるの」


 まだ魔法使い歴が短いテレーゼからすると、ベテランであるリサの付き添いはありがたいようだ。


「テレーゼさんが、うちの開発を手伝って問題ないのでしょうか?」


「エリーゼも真面目じゃの。妾は引退した身じゃから、アルバイトですと言っておけばいいのじゃ」


「フィリップ公爵領から帰還命令とか出ませんか?」


 エリーゼが心配しているのは、テレーゼが魔法を使えるようになったのでフィリップ公爵家から帰還命令が出ないかという点にあった。


「それはないの。アルフォンスほどの男が、そんなバカな命令を出すはずがない」


 下手に呼び戻すと、再びフィリップ公爵継承問題に火がついてしまう。

 いくら魔法があっても、それを理由に呼び戻せるはずがないのだ。


「ペーター殿とて、それは望まないであろうよ」


 同じく、次の皇帝にテレーゼをという話になりかねない。

 いまだ帝国には混乱があり、議会の再編と皇帝選挙の実施には時間がかかるからだ。

 ここでテレーゼが戻ると、彼女の出馬を画策する連中が現れかねなかった。


「公式では、妾はバウマイスター伯爵の客人じゃが、実は戦利品で愛人だと思われている。この立場が妾には面倒がなくてちょうどいい。アマーリエという友人も出来たので、お気楽極楽にやっていくというわけじゃ」


 翌日から、リサとテレーゼは土木工事の手伝いに回り、俺も手伝うか、現場に魔法で送り届けてから予備校で講義という日が多くなっていく。

 

「旦那、あたいも退屈だから連れて行ってくれ」


 カチヤも俺の護衛に加わり三人で予備校に顔を出すと、ヘリック校長が早速カチヤに声をかける。


「そういえば、バウマイスター伯爵にボロ負けして嫁いだんだよな?」


「校長先生は、相変わらずストレートにものを言うよな」


 カチヤはここの教え子で、二人の間には面識があるようだ。

 

「あたいも、旦那の補佐をするからさ」


「補佐……人生ってのは何があるかわからないな。『神速』が旦那の補佐か。というのは冗談で、バウマイスター伯爵がいないとどうにもならなくてな。助かるよ」


「ヨハネスのジジイ、遂に死んだんだっけか?」


「お前なぁ……勝手に殺すなよ。ボケて引退しただけだ」


 今日は三人で授業を始めるが、カチヤも予備校では有名人である。

 ワイバーン専門の待ち伏せ殺し屋で、かなり稼いでいる事が知られていたからだ。

 あとは、例の婿取り宣言と、並み居る貴族や王族の子弟を倒した件、最後に俺に負けた件も含まれるか。

 話題には事欠かない人物ではある。


「講義の前には瞑想を行います。魔力路を広げていくイメージで」


 今日も講義が始まる。

 とは言っても、もう五回目くらいなのであとは師匠が俺に教えてくれた基礎や理論に、自分なりにアレンジしたものを加えただけだ。


「同じ量の魔力を使用した『ファイヤーボール』でも、このように効果範囲がまるで違います」


 一つは、標的の板に直径一メートルほどに軽く焦げ跡がつくだけ、ところが大きさをパチンコ玉程度にすると、板に穴を開ける事に成功した。

 

「最初の効果範囲が広いが威力がいまいちな『ファイヤーボール』、これにも使用が推奨されるケースはありますが、魔物狩りではほぼ使いません。その理由は?」


「はいっ!」

 

 俺の質問に、委員長キャラのアグネスが手をあげる。

 眼鏡っ娘で真面目な彼女はこのクラスでは一番魔力が多く、学業成績も優秀で、生徒達の纏め役になっている。

 予備校のクラスに学級委員長制度は存在しなかったが、周囲からも実質委員長のような扱いをされていた。


「威力が圧倒的に足りないからです。目晦ましくらいにしか使えないと思います」


「ほぼ正解ですね。当たっても倒せない魔法など、放つ意味もありませんから。パーティを組んで討伐する際に目晦ましに使うという事はたまにありますが、これも止めた方がいいかな?」


 その理由は、二つ存在している。

 一つは、その程度の『ファイヤーボール』では野生動物ならともかく、魔物にはさして目晦ましにはならない事。

 魔物は動物とは違って、あまり火を怖がらないからだ。


 二つ目は、実は一番重要である。


「毛皮が焦げると商品価値が落ちるからね」


 ジョークだと思ったのか?

 教室中に笑いが広がる。


「実は冗談ではなくて、獲物の状態は冒険者にとっては大切なので」


 一日に倒せる魔物の数など決まっているので、あとはいかに綺麗に殺すかにかかっている。


「全身黒焦げ、切り傷だらけ。こういう素材は毛皮や皮が使えないので買い叩かれます」


 ただ倒せばいいというものではない。

 倒した状態が悪ければ、いくら沢山倒してもなかなかお金にならないのだ。


「つまり、火系統の魔法は魔物討伐に不利だと?」


「全身をこんがりは止めた方がいいね」


 再び質問したアグネスに回答する。


「でも、火系統しか使えない魔法使いだっていると思いますが……」


「俺がそうです」


「私もです」


 数名の生徒が手をあげる。

 こればかりは相性なので、練習してもどうにもならないケースがあった。


「そこで、魔法の圧縮が役に立ちます」


 大きな『ファイヤーボール』など撃たないで、パチンコ大ほどの大きさに圧縮した『ファイヤーボール』を獲物の急所に向けて撃つ。

 少ない使用魔力でも、圧縮させれば威力は増えるという理論だ。


「魔物の急所に一撃する」


 見本として、米粒大までに圧縮した『ファイヤーボール』を次々と板に当てていく。

 板には、十か所以上も焦げが付いた穴が開いた。

 平均一秒で一発、このくらいは出来ないとブランタークさんに怒られてしまうようになった。


「この程度の穴と焦げなら、そう買い取り価格も下がらないでしょう。素早い魔法の発動と、急所へ当てるコントロールは要訓練です。魔力路を広げる瞑想は、魔法の素早い発動に役に立ちます。練習しておくように」


 俺の言葉が途切れると、生徒達は懸命にノートを取り始める。


「ちなみに、この圧縮は……」


 続けて、小さく圧縮した『ウィンドカッター』を多数発生させる。

 これも、木の板に三日月形の穴を十か所以上も開けた。


「凄い……」


「先生、水と土の系統は出来ないのですか?」


 生徒達が驚きの声をあげるなか、アグネスが再び質問をする。


「出来なくもないんだけど……」


 ヴィルマがそっと差し出した石を手の平で発生させた『ウィンドカッター』で砕いてから、それを銃弾のように板にぶつける。

 更に、水の玉を発生させ、これを『ブースト』で補強して板にぶつけた。

 

 共に、木の板に小さな穴が複数開く。


「このように、貫通力アップのために風系統の『ブースト』を掛ける必要があるので、魔力の使用量が増えます。水の場合は、『氷弾』にした方が貫通力は圧倒的につけやすいですけど、そうすると水と風の系統を組み合わせるので魔力は倍消費しますね。火の場合は貫通力ではなくて、あれは板を焼き切って穴を開けているのです」


 貫通力でいえば、実はそれよりも弓矢や金属製の銃弾に『ブースト』をかけた方が大きくなる。

 

「魔物はなるべく損傷なく殺すのが一番ですが、そればかり狙って逆に魔物に殺されるのも問題です。魔法を使える才能を得た以上は、自分がいかに効率よく獲物を倒すのかを研究するといいでしょう。冒険者になってあまりソロでやる人はいないかと思います。他のメンバーの得意武器や戦法も加味して、なるべく安全で効率のいい狩りを模索する。魔物を撃退だけして高価な採集物のみで稼ぐという手もありますし、そこは頭を使ってください」


 同じ戦闘能力でも、頭を使ってない人よりも使っている人の方が収入が圧倒的に多いのだから。

 

「冒険者稼業は長い年月は出来ません。君達は魔法使いなのですから、引退後も仕事に困るケースは少ないかと思いますが、将来の事をよく見据えて冒険者稼業を行ってください」


 三回目の講義も、どうにか無事に終わらせる事に成功するのであった。





 この日も講義が終わったので、俺達はヘリック校長に挨拶をしてから昼ご飯を食べに外に出た。

 手間の関係で予備校には食堂はなく、生徒達は外食か弁当を持ってくる。


 周辺には予備校の生徒目当てに飲食店が多数立ち並んでいるので、その中からある一軒のお店を目指していた。


「このお店か……」


 見た感じは普通の食堂にしか見えないが、実はこのお店、導師推薦のお店である。


「おおっ! 待っていたのである!」


 中に入ると、奥のテーブル席から導師が俺達に声をかける。

 最近講演活動に忙しいのであまり顔を合わせていなかったのだが、今日は午後から一緒に狩りをしようと誘われていたのだ。


 その前に、このお店で待ち合わせて昼食を取ろうという寸法だ。


「この食堂は、モツ煮込みシチューが名物なのである」


 導師お勧めのメニューを注文してから話を続ける。


「先生役はどうなのであるか?」


「それなりに何とかこなしていますよ」


「そうかな? 旦那は結構上手くやっているとあたいは思うよ」


「それは私も思った。ヴェル様は、先生に向いていると思う」


「そうかな?」


 カチヤとヴィルマに褒められたが、自分ではあまり実感が湧かない。

 前世でも、通っていた大学で教職過程など選択していないので、上手くやれているか自信がなかったからだ。


「ヨハネスの爺さんは丁寧に指導はしてくれたけど、わからなければ練習を続けろというタイプの人だったぜ」


「努力は実を結ぶという感じ?」


「今ヴィルマが言った、『努力は実を結ぶ』が口癖だったな」


 ただし、魔法の理論的な説明などはあまりなかった。

 自分の魔法を見せて、それをイメージしながらひたすら練習だったそうだ。


「あたいは、なかなか魔法を覚えられなくてな」


 結局、ヨハネス爺さんの講義では魔力が増えただけ、『加速』を覚えたのは成人後にリサから教わってようやくだったそうだ。


「リサが?」


「ああ見えて、姉御は魔法に関しては理論的なんだよ」


 氷系統の魔法を極めるために、リサはわざわざ真冬に王国北部にある山脈へと出かけたらしい。

 そこの厳しい自然環境を実体験して、魔法のイメージ力を上げたのだとカチヤに解説したそうだ。


「最近、すっかりしおらしいけど」


「前よりはいいでしょうに……」


 いくら人見知りが酷いとはいえ、あのメイクと服装で高慢ちきなのもどうかと思うのだ。


「今も、素直にバウマイスター伯爵領の開発を手伝っているからな」


 テレーゼの修行も兼ねて、臨時講師の仕事がある俺の代わりに工事現場へと『瞬間移動』で二人を送っていた。

 俺が講義でいない間も、バウマイスター伯爵領の開発を止めないためである。


『お館様、ここは景気よくリサ殿も娶ってしまいましょう』


『無責任に言ってくれるな』


『いいえ。無責任ではありません。バウマイスター伯爵家家宰として、利益になるから言っているのです。多少年上ですが、綺麗な方ではないですか』


 彼女の土木工事の上手さに感心したローデリヒは、シビアな理由で俺にリサを娶れと迫っていた。


 リサは、テレーゼを指導しながら巧みに工事を行っている。

 二つ名通りに氷魔法だけかと思えば、他の魔法も実に器用に使いこなすのだ。

 あとは、カチヤの言う通りに人に教えるのも上手い。


 今までは、あのメイクと衣装のせいで損をしていたと思われる。

 あの恰好でないと人と碌に話も出来ないのだから、仕方がなかったのだが。

 

「姉御、絶対にこう思っていると思う。これも、内助の功だって」


「うっ!」


 報酬は後で支払う予定であったが、もし本人がそう思っているのなら受けとらないかもしれない。

 しかしそれを許すと、既成事実の追認のような事になってしまうかも。


「そういう難しい話はあとにして」


 注文した料理が届いたので、早速食べる事にする。

 魔物の内臓を煮込んだビーフシチューはとても美味しい。

 長時間煮込んでいるのであろう。

 食べると内臓肉なのにとても柔らかく、口の中でとろけるのだ。


「臭みもないし、美味しいですね」


「バウマイスター伯爵よ。こうしてパンをシチューに浸し、その上にモツを載せて食べると美味しいのである」


 導師お勧めの食べ方をすると、口の中に至福の味が広がる。


「お客さんで一杯」


 ヴィルマはお替りを頼みながら、店内の客の多さに驚いていた。

 

「セットで七セントはお得だな」


「故に、予備校の学生達も多いのである」


 予備校には食堂がないために、その周辺の飲食店は学生を目当てに安くてお腹一杯になって美味しい料理を研究している。

 だから美味しいのだと、導師は説明した。


「某も昔は予備校の学生だったのである。このお店は、某がまだ十二歳くらいの頃にオープンしたのである」


「美味しかったな」


 食後は、みんなで狩りに行く事にする。

 場所は、導師がよくアルバイトで狩りをする、王都近くの魔物の領域であった。

 そこはあまり広くもないし、険しい丘陵地帯なので開発せずにそのままになっている場所だ。


「魔力も増えて、戦闘力も上がったからな」


「久々に、私の大斧がうなる」


「頼もしいではないか、バウマイスター伯爵」


 この四人で苦戦するほど強い魔物など出ないので、夕方まで狩りに勤しんだ。

 導師とヴィルマは相変わらず強かったが、カチヤも魔力が増えたおかげで多くの魔物を狩れるようになった。

 高速で、すれ違いざまに魔物の急所をサーベルで切り裂いて失血死させる。

 

 さすがは、二つ名を持つ冒険者である。


「久々の狩りであるな。最近は講演ばかりで疲れたのである」


「どういう事を喋るのですか?」


「真面目な話などしてもみんな退屈がるのでな。戦の話もするが、バウマイスター伯爵がテレーゼ様に迫られて大変だったと」


 追うテレーゼに、かわす俺。

 みんな笑いながら聞いていたそうだ。


「なぜ、俺の話なんです?」


 というか、人のプライベートを。

 いくら人の不幸は蜜の味とはいえ、それは酷いと思ってしまう。


「まあ、この程度の話で笑えるのであれば王国も平和ではないか」


 その日の狩りは無事に終わり、今日も無事に平穏なままで一日が終わるのであった。

 俺のプライベートが世間に暴露され、平穏ではなかったような気もするが……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 五回目の講義?→三回の講義終わる?意味分からない。
2021/08/09 14:54 退会済み
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[一言] いきなり講義をするのを何なので →いきなり講義をするのも何なので
[気になる点] 導師は料理を作って食べさせると旨いとは言うが、すぐに塩味だけの野営料理に回帰するとの事だったが、もう長い間、グルメになっている。
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