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八男って、それはないでしょう!   作者: Y.A
日常への帰還?

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第百十五話 オイレンベルク騎士爵領。

「ワシくらいの年寄りになると、ミズホ料理の方がサッパリしていて美味しいかな」


 結局、開通させたトンネルの管理を巡っての問題は解決しなかった。

 北側の出入り口に領地を持つオイレンベルク卿が、その能力を持たなかったからだ。

 ブライヒレーダー辺境伯家と王家は、これを強引に奪うと発生するであろう風聞の悪さを恐れ、自分が管理する事を了承しなかった。


 トンネルの検査と工事に時間がかかるからと今日は結論を出さず、みんなそれぞれに王都や領地に戻っている。

 トンネル自体の管理は、ローデリヒが兵を増員したのでトーマスとニコラウスに任せた。


 俺達も屋敷に戻ったのだが、今日はホーエンハイム枢機卿が夕食をご馳走になりにきていた。

 メニューは、最近エリーゼや屋敷の料理人達が覚えたミズホ食が主体で、これが年寄りであるホーエンハイム枢機卿に好評だ。


 彼はミズホ酒を飲みながら、ナスの揚げ浸し、揚げだし豆腐、鮎の塩焼きなどを美味しそうに食べている。


 鮎は、帝国でも北方の川でないと獲れない魚で、ミズホ伯国もといミズホ公爵領の特産品でもあった。

 ホーエンハイム枢機卿は、腸のウルカも美味しそうに口に入れている。


「ミズホ伯国か。産品は珍しいし、王国の貴族や金持ちがこぞって食材を購入するかもしれない。脂っこくなくて、女性や年寄りにも人気が出そうだ」


 地球でも、ヘルシーブームで欧米人が和食を食べていた。

 この世界の人間も、ミズホ食をそういう位置づけで捕えているのであろう。


「直接貿易の権利を得て正解でした。最大の成果です」


 俺はミズホ公爵から親友認定されているので、貴重な品も安く融通してもらえる。

 所謂、友情価格というやつであった。


「帝国政府からの褒美の方が莫大であろうに」


「それは、契約に従って俺達で稼いだだけですから」


 ブランタークさんも導師も、そういう感覚でしかない。

 下手に帝国の領地や利権に下心を出すと、碌な目に遭わないと思っているからだ。


「婿殿らしいか。ところで、エリーゼ」


「はい」


 ホーエンハイム枢機卿は、俺の隣の席に座るエリーゼに声をかける。


「子供はまだか?」


「すいません。まだです……」


「それはですね……」


「事情はわかっておる。念のために聞いておいただけだ」


 まだ子供が出来ない理由は、今までは魔法薬で避妊をしていたからだ。

 最初は、新婚なので一年位は子供がいなくてもという考え方で、内乱中は妊娠してしまうと戦力が減少してしまうからという、わかりやすい理由になっていた。


「エリーゼに子供が生まれないと、関係もないのに余計な心配をするバカが増えるのでな」


「今は避妊していませんし、時間の問題でしょう」


「それは頼もしいな」


「しかし、聖職者であるホーエンハイム枢機卿がそんな事を口にしても宜しいので?」


 一応聖職者なので、問題になるのではないかと心配してしまう。


「勿論、公の席では口にせぬよ。教会には、子供が出来ないで相談にくる信徒も多い。ワシのような物言いをすると問題になるのでな」


 教会では建前の方が優先であるが、ホーエンハイム枢機卿は子爵でもある。

 貴族ならば、後継ぎの心配をしても当然というわけだ。


「婿殿はまだ十七歳。実は心配はしておらぬがの。それに……」


 ホーエンハイム枢機卿は、端の席に座っているアマーリエ義姉さんに視線を向ける。

 彼女は公式にはメイド長扱いなのだが、実際にはメイド服など着ていない。

 屋敷の中で細々と俺の身の回りの世話をする係として、バウマイスター伯爵家内では実質的な妾扱いされている。

 着ている服も、エリーゼ達の物と質的な違いはなかった。


「私は……」


「別に構わぬよ。マインバッハ卿は、常識的で貴族の道理を弁えておるようだからの」


「父をご存じなのですか?」


「教会の枢機卿ともなるとな。それなりに情報は入ってくる」


 ホーエンハイム枢機卿が妖怪ジジイ扱いされる理由はここにある。

 法衣子爵にして枢機卿ではあるが、彼はずば抜けた財力や大規模な家臣団を抱えているわけではない。

 ホーエンハイム家は法衣貴族で、領地などないのだから。


 だが彼は、王国全土から帝国にまで広がった教会を介した情報ネットワークを握っている。

 これがあるために、過去には陛下すら煮え湯を飲まされた経験があるそうだ。


「六人か。今の婿殿には少ないくらいだな。ワシも貴族なので、序列を乱さなければ何も言わぬよ。自由に子も産むがいい。何しろ、バウマイスター伯爵家には一族が少ないからの」


 側室の子供を分家の当主にして、各地に代官などとして派遣して支配力を強めなければいけないらしい。


「バウマイスター伯爵領は巨大すぎる。婿殿は頑張って子供を作らぬとな」


「何と言いますか……種馬みたいですね」


「言い得て妙じゃな。貴族や王族などみんなそうじゃぞ。血統をコントロールして子供を産ませるのだから。おっと、話が逸れたな。お客人は肝が据わっておるの。さすがは、元公爵閣下にして元次期皇帝候補と言うべきか」


 ホーエンハイム枢機卿の視線は、アマーリエ義姉さんから客人として夕餉に招待したテレーゼへと向かう。

 さすがというか、彼女はこういう席に慣れていないアマーリエ義姉さんとは違って、元公爵に相応しい、ふてぶてしさを含んだ笑顔を浮かべていた。


「妾はフィリップ公爵位を失い、捨扶持を与えられて一人バウマイスター伯爵殿にお世話になっている身。次期総司教と目されているホーエンハイム枢機卿殿が、自ら気にするような者ではないと思うのじゃが……」


「いやいや、ただのジジイが孫娘の心配をしておるだけじゃよ」


 ホーエンハイム枢機卿は、テレーゼが俺に妻になって子を産み、その子を次期バウマイスター伯爵にしようと画策する危険性を感じているようだ。


「身分が上になればなるほど、疑り深くなる人が多いの。妾はもうそういう世界からは逃れられたと思っておるのじゃが」


「本人がそう思っても、周囲が同じように思うのかという懸念もありますからの」


「ホーエンハイム枢機卿殿ともなると、世に心配のタネが多くて大変じゃの」


「何の、常識の範囲内であるよ、テレーゼ殿」


 テレーゼは、ホーエンハイム枢機卿と目線を合わせる。

 見ているこちらは、その間で火花が散っているように感じてしまう。


「お爺様」 


「人間、年を取ると疑り深くなって困りますな」


 エリーゼに声をかけられて、ホーエンハイム枢機卿は表情を崩した。


「ホーエンハイム枢機卿殿の孫娘への思いがよくわかるというもの。妾の祖父は既に他界しておるので、羨ましい限りじゃ」


 二人は対立を止めたが、ホーエンハイム枢機卿の懸念は終わっていない。

 バウマイスター伯爵領内の教会経由で情報を集め、何かあったらすぐに動くとテレーゼに圧力をかけたのだ。


 もっとも、テレーゼ自身は既にその手の権力闘争は真っ平ゴメンだと思っている節がある。

 監視するなら、どうぞご自由にという態度だ。


 露骨なアピールも止まり、エリーゼ達とも友達付き合いをするようになったテレーゼであったが、俺はなぜか逆に迫られない事で少し寂しさのようなものを感じている。

 これも、実は彼女の策なのであろうか?


 しかしながら、女性とは本当によくわからないものである。


「ここは、孫思いのところを見せるために情報を開示しては如何かの?」


「それもそうですな」


 テレーゼのいう情報とは、今日出会ったオイレンベルク卿やその領地についての事であろう。 

 かの領地にも教会はあるので、ホーエンハイム枢機卿は情報を持っているはずだ。


「何とも、可哀想になる話じゃがの……」


 ホーエンハイム枢機卿に言わせると、オイレンベルク卿は大変に気の弱い善人なのだそうだ。


「気が弱いというか、彼らからすれば陛下は襲爵の儀で一生に一度だけ会う雲の上の人。ブライヒレーダー辺境伯や閣僚級の貴族など、一生顔を合せない人達だと思っておるわけじゃ」


「うちの実家と同じく田舎ですからね」


 オイレンベルク領はほぼ自給自足で、特産品のマロイモを近隣の町や村に売りに行って現金収入を得ている。

 

「近所の村や町とはブライヒレーダー辺境伯領じゃが、そこにブライヒレーダー辺境伯はおらぬからの」


 三百人の領民達と共に畑を耕し、収穫の量に一喜一憂する。

 他の貴族との交流には興味がないし、大半の貴族はオイレンベルク卿など知らない。

 貴族ではあるが豪農に毛が生えた程度で、昔のバウマイスター騎士爵領よりも貴族的な部分が少ない。

 

 裕福でもないが、貧しくもない。

 領主は過酷な税など取らないし、善良で優しいから領民達に不満はない。


「そういえば、温厚な方々が多かったですね」


 エリーゼは帰りにマロイモや他の野菜などを購入していたが、外部からの客人にぼるような真似もせず、直売所のように安い値段で売ってくれた。

 

「でもさ。ああいう統治形態だと、次男以下が困らないかな?」


「いや、困らぬな」


 ルイーゼの疑問に、ホーエンハイム枢機卿は答える。


「あの領からブライヒブルクに出るのは、さほどの難事でもない」


 オイレンベルク領でのんびりやりたければ残ればいいし、一旗揚げたければブライヒブルクで働き口を探せばいい。

 外に出ても帰省で故郷に戻って過ごす者も多く、それだけオイレンベルク領が物質的に豊かである証拠であった。


 さほどお金がなくとも生活ができ、食料にも困らないのだから。

 そのせいか、領民達には人がよさそうな者が多かったように思える。


「買い物も、近くの村や町でできるからな」


 そう聞くと、昔のバウマイスター騎士爵領より生活に余裕があるのかもしれない。


「マロイモで現金収入か」


「あのイモ、甘くて美味しいしね」


 オイレンベルク領の周辺の町などでは、とても人気があるイモらしい。

 栽培条件のせいで、オイレンベルク領でしか収穫できないようであるし。


「オイレンベルク卿は、無理に貴族として見栄を張るような人物でもないしな。あの息子も、特技はイモの品種改良と栽培方法の研究らしい」


 似た者親子で気は弱いようだが、マロイモに関しての知識には素晴らしいものがあるそうだ。

 しかし、こんな情報を得られるとはさすがは教会というべきか。


「事情を聞くと、余計に可哀想になってきた」


 あの親子は、領民達とマロイモなどを栽培していれば大満足なのだ。

 そんな彼らに、千人からの兵士を雇って家臣団を形成し、トンネルの管理を行うように強制する。


 あの場にいたのは大物貴族ばかりである。

 過去には悪辣な事もしているはずだが、だからこそオイレンベルク卿のような人物を見ると居た堪れなくなってしまうのであろう。


「ブライヒレーダー辺境伯が泥を被れば解決するのに、あの男、躊躇しおって」


「なぜなんでしょうかね?」


「婿殿のせいで、あの男は王国貴族達に一人勝ちしていると思われておるからの。これ以上の利益はかえって毒だと思ったのかもしれぬな」


 どうせなら、このまま突っ走ってしまえばよかったのにと俺は思ってしまう。


「何にせよ、暫く様子見じゃの。あの男がトンネルの学術調査をするのであろう?」


 あの男とは、今この場にいないアーネストの事である。

 彼はトンネルの学術調査を行う準備で、自室に籠っている状態であった。


「アレも厄介な存在よな」


 ホーエンハイム枢機卿は、とっくにアーネストの正体に気がついていた。


「バウマイスター伯爵領内中の遺跡を調査している間は大人しいかと」


「そうよな、婿殿よりも魔力が多い者など、拘束しようと考えるだけ無駄だからの」


 好きな事をしていれば大人しく、その好きな事も王国にとって利益になるものなので、現状では俺に預けるしか方策がないというわけだ。


「婿殿は、暫くはオイレンベルク領通いか?」


「はい」


 トンネルの学術調査をするアーネストの送り迎えと監視、あとはオイレンベルク領の情報収集も進めるべきであろう。

 領内の工事もたまにして、冒険者としての狩りは大リーグ山脈のワイバーンと飛竜を相手にする予定であった。


 すぐ近くにやつらは生息しているからだ。


「あの領も、暫くは大変であろうからの」


「その話に聞く、朴訥で気が弱い親子がまた卒倒しかねないの。難儀な事じゃ」


「ふふっ、テレーゼ殿はさすがにおわかりか」


「比較的、簡単に想像がつくの」


「確かに」


 ホーエンハイム枢機卿は、エリーゼのライバルとしてのテレーゼは警戒しているが、優秀な貴族であったという点は好んでいるらしい。

 彼女と楽しそうに会話を続ける。


「余計な虫が入らないように、暫くは頼むぞ。婿殿」


 ホーエンハイム枢機卿の予想は現実のものとなり、たかがトンネルの開通だけで俺達はまた貴族達の奔走に巻き込まれる事となる。







「本当、うちの実家よりも田舎だなぁ……」


 暫くのオイレンベルク領滞在が決まり、俺達は『瞬間移動』で現地に飛んだ。

 トンネルの警備はトーマス達に任せ、アーネストは彼らの監視の下で学術調査を行っている。


「素晴らしい造りであるな!」


 ただの大きなトンネルなのに、学術調査には一週間ほどかかるらしい。

 付き合っても俺達にはつまらなそうなので、トーマス達に任せる事にした。


「雄大な田舎だなぁ……俺の実家よりも……」


 トンネルの外に広がる斜面の畑を見ながら、エルはオイレンベルク領の田舎ぶりにあらためて感心する。


「斜面は一面マロイモ畑ね」


 イーナも、斜面にあるマロイモ畑を見下ろしていた。

 なぜか山の斜面で、朝夕に気温が下がらないとマロイモは栽培できない。

 しかも昼時には温暖な気候の方が育ちがいいようで、この大陸南部大リーグ山脈沿いはその条件を満たしているというわけだ。


「ミズホ公爵領では、栽培が難しいわね」


「いえ、ミズホ人は食べ物に関しては不可能を可能にします」


「(絶対にないと言い切れないな……)」


 もうすぐエルとの結婚式であるが、今日は特に用事がないハルカもエルについてきた。

 彼女は、マロイモで何か料理を作れないか考えているようだ。

 こういう部分は、さすがはミズホ人というべきか。


「ヴェル、あの人は後継ぎさんの」


 目がいいルイーゼが、一人重要人物を見つけた。


「ファイトさんだよな」


 斜面の畑に、昨日父親と一緒に土下座していた跡取り息子のファイトさんを見付ける。

 この人、名前は勇ましいのだが、見た目からして争い事などとは一切無縁の、人のいい青年にしか見えなかった。


 農民達に指導をしているようだが、貴族なのに帯剣すらしていない。

 他の貴族に見られるかもという感覚すら皆無なのであろう。


「これはこれは。バウマイスター伯爵様ではありませんか」


 ファイトさんは、俺達を見つけると怒涛の勢いでこちらに駆け寄って来て、低姿勢で挨拶をする。

 この斜面を苦もな走れるので、武芸とは縁がなさそうだが見かけよりも運動神経と体力はあるのかもしれない。

 

「ファイトさんはオイレンベルク領の跡取りなのですから、あまり低姿勢にならなくても……」


 昨日の土下座よりはマシだが、どうもこの親子あまり他の貴族との交流がなく、加えて他の貴族はすべて自分達よりも凄い人だと思っているようだ。

 立場的には同じなので、そういう態度は止めてほしいのだが……。


「すいません、つい癖で……」


「おいおい慣れていただければ……」


 時間がかかりそうだなと思いつつ、話題を変えて他の話をふる。

 

「マロイモの畑ですか」


「はい、曽祖父の代から数十年、苦心してここまで広げました」


 ワイバーンや飛竜が来ない斜面を開拓して、見事なマロイモ畑が広がっていた。

 

「栽培は難しいのでしょう?」


「甘くするには、気候条件や畑の場所以外にも色々と注意が必要ですね」


 ファイトさんは、マロイモの話になると饒舌になる。

 剣を振るうよりも、イモを作る方が好きなのであろう。

 

「(貴族よりも、研究者になれば幸せなのに……)」


 イーナがボソっと漏らすが、確かに貴族よりは研究者向きであろう。

 日本なら、大学の農学部に進んで博士にでもなっているような人だ。

 テレビのバラエティー番組で、マロイモ博士とか紹介されるタイプだと思う。


「マロイモは、タネ芋を直接植えてもほとんど収穫できません」


 ファイトさんが案内したのは、サツマイモを発芽させるムロに似た物であった。

 

「このように、室で発芽させてツルの部分を畑に植えるのです」


「その辺は、サツマイモと同じなのか」


「そうですね。マロイモは、サツマイモの突然変異種なので」


 だから、サツマイモと栽培方法が似ているわけだ。


「ツルを植えて三か月で収穫です」


 大陸南部は、朝晩が寒い山などを除くと一年中温暖な気候だ。

 つまり、マロイモは年に三回くらい収穫できる事になる。

 いや、上手くやれば四回獲れるか?


「室での発芽、斜面の畑、朝晩の温度差。他には?」


「土の質ですね。これを見て小まめに追肥を行います」


「若様ぁーーー!」


 とそこに、農作業中の農民が姿を見せる。


「オラの畑の土の様子を見て欲しいんだべ」


「土が駄目なのかい?」


「ちいと、追肥が足らねえかもしれねえだ」


「見てみる」


 ファイトさんはその農夫の畑に行き、土を手に取ると口に入れて味を見始めた。


「それでわかるんですか?」


「ええ。もう少し追肥が必要だな。川魚のは駄目だよ。落ち葉と草で作った肥料の方を追肥しないと」


「さすがは若様だべ。すぐに追肥するだ」


「そうだね。早く対処すれば甘くなるから」


 土の質を見るのに味見をする。

 そんな人が、昔にいたような気がする。


「大変なんですね」


「ただ栽培するだけなら問題ないのですが、甘くするのが難しいのです」

 

 その代わりに、苦労して育てた甘いマロイモはすぐに売れてしまうそうだ。

 その人気のせいで、ブライヒブルクにも滅多に入荷しないのだからよほど人気なのであろう。


「おかげで、一日中畑にいますね」


 と、こんな感じで彼から説明を受けたのであるが……。


「物凄く罪悪感を感じますね……」


「ヴェル、あの人にトンネルの警備と管理なんて無理」


「完全なミスマッチだよ」


「他の人に任せるべき」


「絶対に引き受けないと思いますわ」


 トンネルの前で、オヤツにマロイモの石焼きを造りながら輪になって話をするのだが、エリーゼ達から出てくる言葉は、『ファイトさんに任せるのは無理だし可哀想』であった。


「確かにな。俺も散々苦労したのに、いきなり経験もないあの人に千人も指揮するなんて無理」


 内乱で軍の指揮を習ったエルからすれば、いきなりファイトさんが千人もの警備隊を指揮してトンネルの警備と管理が出来たら奇跡という事なのであろう。


「その前に、本人が望まないよな」


「胃に穴が開くんじゃないのか? あの人」


 エルは精神的にもタフなので何とかなったが、ファイトさんは大物貴族を見ると土下座をしてしまうような気の弱さがある。

 父親も同じなので任せられず、こうなるとブライヒレーダー辺境伯か王国が強引に所有をするしかないであろう。


「みんな急にいい人ぶってな。マロイモが沢山栽培できそうな広い領地に転封してあげた方が、あの親子は幸せじゃないのか?」


「だよなぁ……」


 残された課題を宿題だと持ち帰った、陛下やルックナー財務卿からも連絡は来ない。

 これ以上は、お手あげという状態だ。


「お館様、マロイモが焼けました」


「おおっ! 焼けたか! いい匂いだな」


 火の番をしていたハルカが、イモが焼き上がったと報告する。

 自家製した石焼機の蓋を開けると、香ばしく甘いが辺り一面に広がった。

 

 この石焼機は、俺の微妙な絵画能力で描いた設計図を参考に、バウマイスター伯爵領に招聘した魔道具職人による逸品である。

 高性能の魔晶石により、一度魔力を補填すると長時間芋が焼ける。

 石焼に使う石も、俺が丁寧に魔法で同じ大きさにカッティングしたものだ。


 おかげでコストが五十万セントくらいかかっているが、美味しい石焼きイモのためには許容できる範囲のはず。

 少なくとも、俺は高いとは思わない。


「凄いな。このマロイモ、蜜が垂れている」


 マロイモは前世であった安納芋よりも甘みが強く、石焼きにすると蜜が垂れるほどだ。


「蒸かしたものよりも、こちらの方が美味しいな」


「「「「「「甘ぁーーーい」」」」」」


 どの世界でも、女性は焼き芋が大好きなようだ。

 みんな幸せそうな顔をして食べている。


 勿論俺も幸せだ。


「あなた、またお土産に買って帰りましょう」


「そうだな。このイモでプリンやケーキを作ると美味しいかも」


「帰ったら試しに作ってみますね」


 その後は、マロイモの美味しさに現実逃避を行い、少し思い直して近場の山で飛竜狩りをして一日を終えたが、肝心の問題は何も解決していない。

 それから六日間、アーネストの学術調査が終わるまで、みんなとオイレンベルク領でイモを焼いて食べ、狩りを行い、たまに俺だけは土木工事のために抜けた。


「なあ、ヴェル。これからどうなるの?」


「さあな?」


 それを決めてくれそうな大人達は、みんな考えが纏まらないようで連絡すら寄越さない。

 

「試しに作ったプリンも美味しかったですが……」


「エリーゼの作ったケーキも美味しかったけど……」


「ハルカの作ったキントンとイモヨウカンも美味しかったね」


「でも、それを上回るのが……」


「石焼きイモですわね」


「最高の食材の場合、調理に手間暇をかけるよりも単純な調理方法の方が美味しい事があります」


「私、真理を聞きましたわ」


 オイレンベルク領の問題が一向に進まないので、時間が空いた女性陣はマロイモの調理研究に没頭していた。

 結論から言うと、焼きイモが至高の調理方法のようだ。


 それには俺も賛同する。

 プリンもケーキもキントンもヨウカンも、十分に美味しいと思うけど。


「というか、マロイモの調理方法しか進歩してないじゃないか」


「それだけでも進歩したら上等だと思うぞ」


「いや、それは貴族としてどうよ?」


「人間、食べないと生きていけないじゃないか! トンネルの所有権なんて数十年、数百年で移ろうものだけど、至高の料理方法は、何千年、何万年も人々の記憶に残る文化となるのだ!」


 自分でもとてもいい事を言ったと、俺は自分で自分を自画自賛した。

 もしかすると、バウマイスター伯爵語録として後世に伝わっていくかもしれない。


「いかにもそれっぽい事を言っているけど、ヴェルだって現実逃避しているじゃないか……」


 エルが呆れていたが、何も解決しないままに一週間だ。

 やはり、問題が発生する。


「いやあ、内乱のお話を聞かせてほしいって講演で疲れたなぁ」


 突然ブランタークさんから連絡があったので『瞬間移動』でブライヒブルクに迎えに行くと、彼は大量の見合い写真を抱えていた。


「ブランタークさん、奥さんを増やすんですか?」


「俺にじゃねえよ、ファイト・フランク・フォン・オイレンベルク殿にだ」


「もうかよ……」


「もうだよ」


 さすがに俺でも察しはつく。

 つまり、何らかの理由で情報が漏れて、ファイトさんと自分の娘や妹と政略結婚をさせようと企む貴族が現れたのだ。


「誰が漏らしたんです?」


「こういう情報は、なぜか漏れてしまうんだよな。全員が犯人かもしれないし、じゃないかもしれないし」


「そんな事はどうでもいいか……」


 見合い写真は、あくまでもオイレンベルク家に来たものだ。

 俺達が判断をするわけにはいかない。

 ブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯からの使いだと言ってオイレンベルク卿に挨拶をしてから見合い写真の束を渡す。

 少なく見積もっても、三十枚以上はあるであろう。


「あの……バウマイスター伯爵殿?」


「はい」


「どうしましょうか?」


「どうしましょうかって……」


 俺が決められるはずがない。

 オイレンベルク家に来た見合い話なので、オイレンベルク卿が決めなければいけないからだ。

 彼の気弱そうな顔を見たブランタークさんは、顔を反らして溜息をついた。


「(伯爵様、このおっさん大丈夫か?)」


「(大丈夫とは保証できません)」


「今までのオイレンベルク家当主の婚姻などを参考に、受ける受けないを決めれば宜しいかと」


 エリーゼが至極当たり前の返答をするが、オイレンベルク卿の不安そうな表情に変化はなかった。


「オイレンベルク家って、ブライヒレーダー辺境伯家の寄子ですよね?」


「はい」


「(その割には、ブライヒレーダー辺境伯がよく知らなかったような……)」


 同じ僻地にあっても、バウマイスター騎士爵家はもっとブライヒレーダー辺境伯の記憶に残っていたと思うのだ。


「そりゃあ、先代のせいで商隊を出したり、借金を肩代わりしているんだ。記憶に残るだろう」


 過去に迷惑をかけ、その後に沢山迷惑をかけられたバウマイスター騎士爵家は、ブライヒレーダー辺境伯の記憶に残っているというわけだ。

 これを、悪目立ちしているとも言う。


「(オイレンベルク領は、今回の件がなければお館様の視界に入らなかっただろうな)」


 大リーグ山脈と接した人口三百人ほどの小さな貴族領で、彼らは人に迷惑をかけているわけでもない。

 本当に穏やかに、日々平々凡々と暮らしてきたので、忙しいブライヒレーダー辺境伯からすると、逆に手がかからなすぎて記憶に残っていなかったのだと思う。


「でも、貴族家ですから婚姻の斡旋とかあったでしょう?」


「それが……うちは今まで、他の貴族家と婚姻をした事がないのです」


「えーーーっ! そんな事ってあるの?」


 あのバウマイスター騎士爵家でも嫁を迎え入れる時期になれば一人前に悩むのに、オイレンベルク家はそれをした事がないと言うのだ。


「どこから嫁入りさせているのですか?」


「我がオイレンベルク家を知っている貴族家は少ないですし、こちらも畑仕事が忙しいので他に頼みに行く余裕もなく、近隣の町の商人の娘とか、領内の名主の娘とかですね」


「それで済むのね……」


「咎める人もいないんだね……」


 イーナもルイーゼも、貴族としての常識から外れたオイレンベルク家に驚きを隠せないようだ。

 普通、跡取りの正妻に貴族家の娘を迎え入れない貴族など問題になるのだが、オイレンベルク領を知っている貴族がいないので問題にする人がいないというわけだ。

 

「(まさに、ステルス貴族だな……)」


 どこかの王太子殿下も、そんな感じではあるのだけど……。


「ヴェル様、ファイト様の婚約者の有無とか聞いておくべき」


「そうだな」


「というわけでいますか?」


 ヴィルマに言われて、俺は当事者であるファイトさんの婚約者の有無を聞いてみる。


「います」


「いるのか……」


 ファイトさんは、既に二十歳にはなっているはずだ。

 婚約者くらいいても、不思議はないであろう。


「はいっ! 名主の娘で幼馴染の……」


「ファイト様!」


 そこにタイミング良く、その婚約者らしき娘が飛び込んできた。

 年齢は十六歳くらいであろう。

 服装は平民のそれに準じているが、なかなかに可愛らしい娘である。


「マリタじゃないか。どうしたんだ?」


「あの……。おっとうからファイト様が貴族の娘様とお見合いをするって聞いて」


「いや、まだすると決めたわけでは……」


「だども、そんなに簡単には断れねえって。わたすは潔く身を引くだ」


 マリタという娘は、自分は潔く身を引くと宣言する。

 身を引く必要は正妻になる貴族の娘次第だと思うが、常識的に考えて正妻にはなれるはずがない。

 生まれてくる子供の継承順位などで揉めないようにするために、正妻に子供が生まれてから妾として入るくらいが常識であろう。


「マリタ、私達は子供の頃に約束したじゃないか。二人で結婚してささやかにこのオイレンベルク領を治めていこうって」


「だども……」


「マリタは、あの時の事を忘れたのか?」


「いんや。ファイト様がまだ四歳のわたすに、『お嫁さんになって欲しい』ってプロポーズしてくれたのは覚えているだ」


「なら!」


「んだども……」


「オイレンベルク領に、他の貴族の娘なんていらないよ! 私はマリタとだけ結婚したいんだ!」


「ファイト様!」


 二人は、まるでメロドラマのようなシーンを展開してからその場で抱き合った。

 

 ブランタークさんは『そんなの通用するかね?』という表情を浮かべ、エルも同意見のようだ。


 ただ、なぜかエリーゼ達は『いい物を見た』と感動しているようだ。


「ファイトさん、今までのオイレンベルク領の慣例に従っても問題ありません」


 こういう時に一番貴族の常識を言いそうなエリーゼすら、二人の味方を表明してしまう。 

 どうやら、幼馴染同士の純愛を間近で見て感情の方を優先してしまったようだ。


「そうよ。このまま他のお見合いは断ってしまえば」


「こんなトンネルの話が出てから急に見合い話を持ってくる貴族なんて無視だよ!」


「ブライヒレーダー辺境伯様経由で話を持ってくるのが卑怯。ここは戦うべき」


「そうですわ! 決めるのはファイトさんなのですから。あなたの男としての度量が問われているのです!」


「ミズホでも、当事者のやる気が政略結婚を捻じ曲げる例もあります! 頑張ってください!」


「みなさーーーん、冷静に考えてくださーーーい」


 エルが盛り上がるエリーゼ達を抑えようとするが、あまり効果はなかった。

 まさか、真面目なエリーゼやイーナ、ハルカまでもが賛同に回ってしまうとは思わなかったからで、女性陣を説得する言葉が思いつかないようだ。

 

 俺も、女性陣全員がファイトさんとマリタの結婚に全面的に賛成するとは思わず、口をあんぐりとさせてしまった。


「ヴェル、お前が止めに入れよ」


「そうだな」


「おっ! 珍しく嫁達に逆らうか!」


「エル君、私はバウマイスター伯爵なのだよ」


 まったく、エリーゼまでが感情に流されてしまって。 

 俺はバウマイスター伯爵であり、この貴族としての慣習を守らないオイレンベルク家を導く必要があるのだから。


「ヴェルの鬼!」


「ルイーゼ、何とでも言うがいい」


「いいかね? ファイト殿」


「バウマイスター伯爵殿」


 覚悟を決めたファイトさんは、マリタを後ろに隠して俺と対峙する。

 その守るべきものができた目は、例え相手が俺でも一歩も引かぬとという意思を表明していた。

 明らかに向こうの方が格好良かったが俺は大貴族であり、時には悪役や憎まれ役もしなければいけないのだ。


「いいかね? ファイト殿」


「伺いましょう」


「貴族が自由な恋愛なんて、これ以上の贅沢はないのだ」


「しかし、必ずではない」


「そう。だけど、今のオイレンベルク領の状況を考えればそれは不可能に近い」


 トンネルの管理が独自に出来ない以上は、欲深貴族の娘でも受け入れて実家の助けを借りるしかないのだから。


「いいえ。私はその道を選びません!」


「では、どうするのかね?」


「私はマリタと夫婦になって、マロイモの栽培ができればいいのです! 代替の領地を準備していただければ、そこで私達は暮らします」


「ファイト様。せっかく、斜面の畑の土が出来上がってきたんだ。それをわだすのために捨てては駄目だ」


 いや、その畑は多分工事でなくなると思うけど。

 何か言いそびれてしまった。


「マリタ、土は十年もあればまた出来るよ。転封先に付いてこない領民もいるかもしれない。貧しい生活になると思うけど、付いてきてくれるよね?」


「喜んで」


 ファイトさんとマリタは抱き合い、エリーゼ達は惜しみない拍手を続ける。

 ふと見ると、ブランタークさんもいつの間にかエリーゼ達側に寝返っていた。

 情勢を見て裏切るなんて、酷いオヤジである。


「ファイトさんの覚悟に感動しました。俺も出来る限りお館様を説得します」


「エルぅーーー!」

 

 そして、ハルカの尻に敷かれているエルも素早く裏切って俺を逆に説得するという。

 最初の態度は何だったんだ!

 まるで、俺が悪役みたいじゃないか!


 ああ、悪役か……。


「あなた、たまには貴族の慣習を外れても構わないと私は思います」


「そうよ。二人が可哀想じゃないの」


「ヴェルの薄情者!」


「ヴェル様、酷い!」


「こういう時にための、バウマイスター伯爵としての力と名声ではないですか!」


「そうですよ! 内乱平定の功績で力があるのですから、ここはお館様の力で押し切ってしまいしょう」


 どうやら俺は、すべての女性陣を敵に回してしまったようだ。


「伯爵様、これは流れ的にだな」


「ブランタークさん、裏切るなんてずるいですよ……」


「俺は常に女性の味方だし」


 ブランタークさんは、口笛を吹きながら俺から視線を外してしまう。


「お館様は、何が不満なんだ?」


 突然エルの奴が鋭く真相を突いてくる。

 そう、確かに貴族としての慣習を守るという建前はあったさ。

 だが、それ以上に俺には気に入らない点があった。


「年下の幼馴染……」


「えっ? 何だ? ヴェル?」


「小さい頃に結婚の約束とか、そんな羨ましい奴には制裁だ!」


 俺は自分の思いを露わにする。

 異性の幼馴染がいて、しかも小さい頃に結婚の約束とか、そんな物語や映画のようなシチュエーション。

 一体、どこのリア充なのだと俺は怒りを露わにしてしまう。


「俺なんて!」


 ヴェンデリンとしての五歳から十二歳には、完全にボッチで友達すら一人もいなかったというのに。

 そして前世であるが、どう記憶を穿り返して女の子の幼馴染など出てこない。

 出てくるのは、男ばかりだ。


「かーーーっ! マロイモの研究のついでに、幼馴染の研究も完璧ですかって! 畜生! 俺なんて! 俺なんて!」


 何であろう? 

 この心の奥底から沸き上がってくる、やり場のない怒りは?

 俺は、何が何でもこのカップルの結婚を阻止しないといけないと思ってしまう。


 『リア充に試練を!』だ。


「すいません。うちのお館様、たまに変な発作が出るんです」


「気にしないでくれよな。普段はまともなんだが、たまにおかしくなるんだ」


 俺の魂の叫びは、エルとブランタークさんにボロソクに言われてしまう。


 だが、俺の実力行使はエルとブランタークさんによって阻止され、俺もなし崩し的に二人の結婚を支援する羽目になってしまうのであった。

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― 新着の感想 ―
んーなんか『純粋な愛するカップル』をこの作品で見るとは思わなかった(失礼)。 だって、ねぇ(*'ω'*)。
貴族は最低2人娶らないと……ってのはどうなるんだ?
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