第百十三話 トンネル騒動。
「アーネスト・ブリッツ、レポートの作成と資料の分析は順調か?」
「バウマイスター伯爵であるかな? 順調であるな」
フィリーネを父親であるブライヒレーダー辺境伯と会わせてから一週間、既に俺達は普段の生活に戻っていた。
魔の森での狩猟と採取と、領内の土木工事を交替で引き受けていたのだ。
俺の基礎工事待ちの場所も多く、おかげでまたローデリヒに扱き使われる日々が続いている。
そんな日々の中で、領主館の一室に軟禁している魔族アーネストの様子を見に行く。
軟禁とはいってもその気になればすぐに逃走可能なわけだが、彼は今の生活環境に満足しているようで、逃げずに自分のやりたい事をやっている。
天才にありがちな、恐ろしくマイペースな性格をしているのであろう。
「バウマイスター伯爵からの情報提供により、発掘地点の特定も順調なのであるな」
アーネストが机の上に広げているバウマイスター伯爵領の地図には、多くの×印が付いていた。
そこが、地下遺跡の位置なのであろう。
「バウマイスター伯爵領内のものは、大半が未発掘であるな。当たり前ではあるが」
もう一枚、他の王国領域と帝国の地図にも大量の×印が付いているが、こちらは発掘済みのものが多い。
未発掘遺跡の大半は魔物の領域内にあり、中には山頂や海底にあるものまであった。
「バウマイスター伯爵領以外の未発掘遺跡の位置は、両国に伝えてあるが構わないな?」
「我が輩をバウマイスター伯爵領に置く条件の一つであるな」
「そういう事だ」
やはり、このアーネスト・ブリッツという魔族は頭がいい。
役立つ情報は持っているが危険物である彼を俺が預かる件に対して、王国と帝国が極秘裏に出した条件について理解しているようだ。
両国の、未発掘遺跡の位置を情報提供する。
そこを両国の中央政府が主導で発掘を行って発掘品を独占できれば、中央政府の力の強化に役に立つというわけだ。
「バウマイスター伯爵領以外の未発掘遺跡に興味はないのか?」
「その気になれば、いつでも調査可能であるな。ニュルンベルク公爵領内の遺跡と傾向が似ているし、バウマイスター伯爵領内の方が別系統の遺跡や出土品が得られて楽しみなのであるな」
アーネストは、発掘品の調査が目的であってあまり発掘品の所有欲を持っていない。
調査と報告書が書ければ満足で、こういう人を学者バカというのかもしれない。
「バウマイスター伯爵領内には変わった遺跡が多いのであるな。例えば、カプチラス山脈を貫く、古代魔法文明時代の土木技術の粋を集めた大縦貫トンネルであるな」
「トンネル? そんなものがあるのか?」
その前に、カプチラス山脈という山脈名に聞き覚えがない。
「カプチラス山脈は古代魔法文明時代の呼び方であるな。今は、リーグ大山脈であるな。発掘作業第一号は、この大縦貫トンネルであるな」
マイペースな魔族の提案により、最初の発掘作業はリーグ大山脈にあるという縦貫トンネルの発掘に決まるのであった。
「えっ? うちの領地の近くにそんな物があるのか?」
「らしいですよ」
「らしいってねぇ……」
早速、俺達は耳を隠す変装をしたアーネストを連れて、古代魔法文明時代に掘られたという大縦貫トンネルの発掘に赴く。
場所は、パウル兄さんの領地からそれほど遠くない場所にある山脈の麓であった。
パウル兄さんのバウマイスター準男爵領に顔を出すと、領地の開発は相当に進み、人口も増えているようだ。
出迎えたパウル兄さんの傍には、家臣となった警備隊の元同僚達が一緒にいた。
「そんなトンネルの痕跡があったかな?」
「残念な事にうちの領内ではないからな。そこまで詳しく観察していないので断定できないだろう」
パウル兄さんを守るように、バウマイスター準男爵家の従士長になったオットマーさんと、警護隊長兼剣術指南役のジークハルトさんもいた。
「とはいえ、近くではあります。もしトンネルが使えるものだとすれば、我がバウマイスター準男爵領飛躍のチャンスです」
商家の出であるルーディさんは、執事兼財政なども見ているそうだ。
やはり田舎なので、セバスチャンのように執事服は着ていなかったが。
「チャンス?」
「お館様、もしそのトンネルが使えれば、魔導飛行船よりは少し時間がかかりますが、安い経費で物資と人の移動が可能になります。出口付近にあるうちとしましては……」
「休憩・宿泊施設の運営で利益が出そうだな」
場所が近いので、ドライブインのような施設を運営すれば儲かるかもしれない。
ルーディさんからの提案に、パウル兄さんはかなり期待しているようだ。
「本当に見つかるかとか、見つかっても使用可能なのかという課題もありますけど。あれ? ゴットハルトさんは?」
「あいつは、今開墾作業の指揮を執っている」
「意外な人選ですね」
前に会った印象では、武芸の方が得意で、口調もぶっきら棒なので領民を指揮するのに向いていないような気がしたからだ。
「あいつ、ああ見えて俺達の中で一番のインテリだからな」
孫でも、子爵家の出なので高度な教育を受けている。
闊達に喋る方ではないが、なぜか領民達は怖がらずに効率よく仕事をこなすらしい。
「意外と人を使うのが上手いんだよな。見た感じだと、ボソっと最低限の指示を出しているだけのように見えるけど」
「あれこれ喋る人よりも、やる事がわかりやすいとか?」
「かもしれないな。ヴェル、そのトンネル発掘の前に父上と母上に会って行け」
「はい」
「あと……。アマーリエ義姉さんとか、カール達も……」
パウル兄さんは、一瞬だけエリーゼ達に視線を送ってからついでのように言う。
まあ、アマーリエ義姉さんに関しては、色々と忙しかったのもあってまだ会いに行っていないのだけど。
「帝国で買ったお土産もありますし」
「内乱に巻き込まれて大変だったのに、すまないな」
その後は、パウル兄さんの案内で前に完成した屋敷へと向かう。
将来の事を考えて、かなり大き目に作ってある屋敷の前庭では、父が甥のカールとオスカーに剣の稽古をつけていた。
一年と少しぶりであったが、子供の成長は早い。
二人の甥達は、前に会った時よりも大分背が伸びていた。
「父上、カール、オスカー」
「ヴェンデリンか、よく来たな」
「ヴェンデリン叔父さん! 帝国でのお話を聞かせてください」
「戦争で大活躍したって本当ですか? 僕もお話を聞きたいです」
二人の甥達にとっては、どう取り繕っても俺は父親の仇でしかない。
それでも、こうして慕われている分、まだ気分が大分楽であった。
アマーリエ義姉さんに感謝しないといけないのであろう。
「カール、オスカー、それは後でな。バウマイスター伯爵殿は忙しいのだから」
父が気を使ってくれたようだ。
貴族は戦争になれば剣を振るって戦わなければいけない。
だが、二人はまだ子供だ。
子供は遠い場所で起こった戦争の話を聞くのが大好きだ。
それをよくないと言う人は日本に多かったが、子供はテレビで戦車や戦闘機が映れば恰好いいと思うし、自衛隊の基地祭は親子連れで賑わっていたりする。
自分が被害を受けていない勝った戦争のお話など、大人でも大好きな人が多いのだから。
あの死体の山を見なければ、大半の人はそんなものだ。
「カールもオスカーもすまないな。帝国のお土産を買ってきたから、お話はまた次にな」
「「ありがとうございます」」
二人にお土産を渡すと、父が彼らを部屋の外に出す。
それとほぼ同時に、ティーセットを持ったアマーリエ義姉さんが入ってくる。
「お久しぶりです、バウマイスター伯爵様」
「お久しぶりです、アマーリエ義姉さん」
白々しい挨拶だが、本当に久しぶりなのも事実だ。
一年ぶりだが、彼女はあまり変わっていないように見える。
「エリーゼ様達も、帝国では大変だったとか?」
アマーリエ義姉さんは、エリーゼの前に茶を出しながらさり気なく声をかけていた。
「大変でしたけど、夫と苦難を共にするのも妻の務めですので」
「旦那様との絆も深まったと思います」
「それはあるかも」
「どこでも、私はヴェル様について行くから問題ない」
「おかげで、こうして戻って来ても仲良く一緒に行動していますわ」
エリーゼの発言を皮切りに、イーナ達もにこやかにアマーリエ義姉さんに返答する。
「仲がよくて、羨ましい限りです」
同じく笑顔で答えるアマーリエ義姉さんに、俺の胃が痛くなってくる。
エリーゼ達からすると、アマーリエ義姉さんはいまだに俺と関係を続ける目障りな女でしかないのだから。
だが、そういう感情をおくびにも出さず、この場合は出した方が負けだと思っているのであろう。
アマーリエ義姉さんの方も上手く受け流していて、本当に女性とは逞しいと思ってしまう。
唯一、俺だけがハラハラしていた。
「あっ、このお茶菓子美味しい」
「発掘の前に、適度な糖分の補給は大切なのであるな」
そんな事情を知っているエルは、巻き込まれたくないので出されたお菓子に夢中である。
これから発掘するトンネルにしか興味がないアーネストも、俺を無視してお茶菓子を食べながらマテ茶を飲んでいた。
「おほんっ! そういえば、今日は仕事だとか?」
俺とアマーリエ義姉さんをくっつけた共犯である父は、自分も気まずいのであろう、パウル兄さんに視線を送りながら話題を変える。
「昔のトンネルの発掘だってさ」
パウル兄さんは、父達に今日俺達がここに来た最大の理由を説明した。
「大昔のトンネルか。私は素人なのでよくわからないのだが、そんな大昔のトンネルが崩れずに残っているものなのか?」
実は、その疑問は俺も感じていた。
何しろ、約一万年前のトンネルなのだから。
「もし残っていたとしても、いつ崩れるかわからないトンネルなど誰も使わないのでは?」
父の意見に、みんなが納得したような表情を浮かべる。
「どうなんだ? アーネスト」
「ヴェンデリン、彼は?」
「帝国で知り合った考古学者です。これからバウマイスター伯爵領内での発掘作業を行うので、その責任者です」
「なるほどな。地下遺跡は当たりを引くと金になると聞くからな」
領内にそんな素晴らしいものがあるのであれば、領主はそれを発掘して当たり前。
父はそのように感じたようだ。
アーネストの変装も完璧で、彼を魔族だとは思っていないようだ。
「普通のトンネルでは絶対に崩壊しているのであるが、これから探すトンネルに関しては特別なのであるな」
アーネストは、一枚の古いチラシのような物を俺達に見せる。
「古い紙だな。チラシ?」
「正確には、古代魔法文明時代の政府広報であるな」
一万年以上も昔の紙が残っているというのが凄い。
魔族の国に残っていたのであろうか?
「これによると、『カプチラス山脈を貫き、安価に大量に人と物資を送る事が可能になる、大縦貫トンネル』とあるのである。古代魔法文明時代で一番有名な魔道具のみならず、その他の分野でも高名であるイシュルバーグ伯爵と、古代魔法文明時代の中心国家に劣らない技術力を持つ、現バウマイスター伯爵領に存在したアキツシマ共和国。双方が人と金と技術を用いて掘られたトンネルであるので、一万年くらいでは崩れないのであるな。入り口が埋まっているので、それを探す方が困難であるな」
「イシュルバーグ伯爵って、冒険者デビュー戦で散々な目に遭ったあの地下遺跡の持ち主だよな?」
「ああ」
さすがにエルは覚えていたようだ。
あの地下遺跡は最低でも数千年前の物なのに、その施設は全く劣化していなかった。
使われていた『状態保存』魔法が優れていたからだ。
もしその魔法をトンネルに使っていたとすると、見つけて土砂をどければすぐに使用可能になる可能性もあった。
「当然、情報提供をした我が輩の調査が先であるな」
「それはわかってるさ」
こういう時にも釘を刺すのを忘れないアーネストは、さすがはニュルンベルク公爵と組めるだけはあると思っていいのであろうか?
ただ一つ言えるのは、『いい度胸をしている』であったが。
「一日で見つかるかどうかわからないので、泊めてください」
「それはいいが、そんなに大きなトンネルが一日で見つからないのか?」
「ご尊父、大体の位置は古代魔法文明時代の地図に記載されているのであるが、何しろ一万年も経っているのであるな。地形の変動などで、想定よりも大分ズレた位置にある可能性もあるのであるな」
「面倒なのだな」
父から暫く夜に泊めて貰う許可を得てから、俺達は現場に向けて出発する。
「これがアクセルで、ブレーキ、ギア……。サイドブレーキって何に使うんだ?」
多少距離があるし、まだ『瞬間移動』では行けないので、現地には前に発掘した魔導四輪で行く事にする。
燃料ではなくて魔力で動く車であったが、操作マニュアルを見ながらエルが試し運転をしていた。
この世界では免許もクソもないし、どうせここは誰もいない草原だ。
いきなり動かして運転を覚えても構わないであろう。
幸いというか、エルは運動神経がいいのですぐに運転が上手くなった。
俺も前世では免許持ちであったし、少し空白期間があってペーパードライバー状態であったが、少し練習したら普通に運転できるようになった。
意外と体が覚えているものだ。
もう少し練習しないと、日本の道路を走れるとは思えないが。
「ボクも覚えたい」
「順番に練習していこう」
「昔の人って、便利な物を作っていたんだね」
便利といえば便利かもしれないが、車の類なので実はちゃんと道を整備していないと案外使い勝手が悪かったりする。
悪路で使用するのが前提だったようで、魔の森の地下で発掘された車両類はジープや大型トラックに似た物が大半だ。
もしそうでなければ、悪路に次ぐ悪路で使えなかったかもしれない。
「ヴェル、便利だけど酔うねぇ……」
アーネストが指定するポイントは大リーグ山脈の麓で、ほぼ手付かずの無人地帯なので魔導四輪を走らせると恐ろしく揺れる。
ルイーゼですら乗り物酔いで気持ち悪そうなので、他の人達は言うまでもなかった。
「一万年の時の流れは残酷であるな。大陸で一、二を争う発展を遂げていた場所が手付かずの大自然であるな」
アーネストは車酔いとは無縁で、一人レポートの作成に勤しんでいた。
「アーネストさん、よく酔いませんわね……」
一番酷い車酔いに襲われているカタリーナは、全く車酔いしないアーネストに驚いていた。
「子供の頃は乗り物酔いが酷かったのであるな。今は大丈夫なのであるな」
このアーネスト、あまり自分の故郷の話をしないのだが、たまに断片的な情報が手に入る。
魔族の国では、魔導四輪が当たり前のように普及しているようだ。
「他の酔っている人はどうするのですか?」
「酔い止めを飲むのであるな。必要であるかな?」
「先に渡して欲しかったですわ……」
アーネストがみんなに酔い止めを渡し、それを飲むと全員が乗り物酔いから解放された。
もう一台、エルが運転している魔導四輪に乗り込んでいるメンバーにも渡す。
「ヴェンデリンさんは酔っていないようですわね」
「運転しているから?」
前世では、子供の頃は乗り物酔いが酷かった記憶がある。
それなのに、車の運転免許を取って自分で運転すると酔わなくなるから不思議だ。
「到着したのであるな」
予定ポイントには二十分ほどで到着するが、現場はただの山の斜面であった。
木々も大量に生えていて、とてもこの下に古代魔法文明時代のトンネルがあるとは思えない。
一万年も経っているので、完全に山の下に埋まっているのであろう。
「大体この位置というのはわかるのであるが、正確にどこと言われると困るのであるな」
「この辺りを全て掘ってみるしかないのか……」
ある程度位置を特定できるだけ、他の冒険者や考古学者よりもマシである。
そう思いながら作業を開始する。
ただ、無暗に魔法で土砂を吹き飛ばせばいいというわけではない。
まずは、斜面に大量に生えている木々を『ウィンドカッター』で切り倒して魔法の袋に回収していく。
「木材や薪の材料にはなるか……」
続けて、岩や土砂なども削り取って回収していく。
「ヴェンデリンさん、もっと一度に大量に行いませんか?」
「いや、それをすると下のトンネルが傷つくかもしれないし」
大学時代の友人に考古学を専攻していた奴がいたが、発掘で重機を使う時には慎重に行わないと駄目だそうだ。
面倒臭がって一度に大量に掘ると、せっかくの遺構遺跡や出土品が壊れて『貴重な資料が!』という事になりかねない。
まだ木のヘラで慎重に土を剥ぐ作業をしないだけマシかもしれない。
「地味だな」
「エル達は地味じゃなくていいよな」
トンネル探しは、俺、カタリーナ、アーネストが魔法で行い、エル達はたまにこちらにやってくる飛竜とワイバーンの相手をしていた。
リーグ大山脈は準魔物の領域ともいうべき場所で、麓で人間が騒いでいれば餌が来たと思ってやってくる竜もいたからだ。
他の領域に比べると分布に粗があるが、やはりここは領域でもある。
危険な山道や、安全でも運賃が高い魔導飛行船以外の移動方法も整備しておくべきであろう。
「トンネルが出来て、それをバウマイスター伯爵家が保持すれば儲かるから」
ヴィルマの言うとおりである。
人は、利益がないとなかなか動かない生き物であった。
「そして我が輩は認められ、ますます発掘に集中できるのであるな」
俺は、便利なトンネルとそこから上がる利益のために、アーネストは更なる発掘作業を俺から認めてもらうために、こうして懸命に発掘を行っているのだ。
「あなた、残土も回収ですか?」
「ローデリヒなら、何かしら使い道を見付けるだろう」
前に、埋め立てをしたい場所があると言っていたし。
そこに持って行って埋め立ててしまえば、無駄な土砂も残らない。
下手な場所に積んでおいて、それが雨でぬかるんで土砂崩れにでもなったらたまらない。
「うーーーん、ここも外れであるな」
夕暮れまでにかなりの範囲を掘ってみたが、肝心のトンネルが見つからなかった。
あとは明日にしようと、『瞬間移動』でバウマイスター準男爵領へと飛ぶ。
魔導四輪を使わなかったのは、皆、間違いなく悪路による乗り物酔いが嫌だからであろう。
一度魔法で来ているので、明日からも一瞬で飛んでこれるから問題ない。
せっかく便利な乗り物なのに、インフラ整備が行われていないために嫌われる事もあるのだと俺は知る。
他の問題としては、盗難対策問題というものもある。
現場に置いておくと、魔法の袋で盗まれるなんて普通にあるのだから。
「なかなか見つからないものなのだな」
「大体の位置の範囲が広いですからね……」
俺達はバウマイスター準男爵領に戻り、父達と共に夕食を取る。
さすがにメニューは大分改善されて、他家と遜色ないメニューになっていた。
俺は、父と今日の発掘作業について話を続ける。
「一万年も経てば、トンネルも埋まって、その上に山や森も出来るというわけか」
「そのくらい埋まっていないと、誰かしら過去の人達が見つけていたでしょうし……」
「見つかって使える事が判明すれば、この領にも客が沢山来るのか。私が若い頃には想像もつかなかった出来事だ」
想像もつかない。
狭いバウマイスター騎士爵領の維持に、父は窮々としていた。
ただそれで必死だったのだという事であろう。
「今の私は、別の領主として独立したパウルに養われている隠居ジジイに過ぎないからな。手伝いが精々であろう。そういえば、クラウスはどうした?」
「大人しくしていますね……」
反乱を起こした後に臨時で雇用したクラウスであったが、俺達が帝国に行っている間はローデリヒに細々とした仕事を貰って、ただそれをこなす存在であったらしい。
ブロワ家との騒乱で高額の褒美を貰ったので、それで十分というわけだ。
「ローデリヒは多少警戒しているようですけど……」
ローデリヒほどの人物からすると、過去に散々やらかしているクラウスは要警戒人物なのであろう。
細々とした仕事を与えているのも、監視も兼ねてなのだから。
「あまり心配する事はないと思うがな」
「どうしてですか?」
「私とクラウスは反りが合わなかったが、奴の事は最近理解が出来るようになった」
父によると、彼の野望はもう成就しているのだそうだ。
「バウマイスター騎士爵領も含めて、未開地の開発が進んで外部との交流が始まる。これが奴の野望だ。この野望のために、私やクルトなど排除しても構わないと冷徹に考えられるのがクラウスだ」
「もう目的は達成していると?」
「あの男は、その不安定要素であった自分の孫達すら蹴落とした。もっとも、自分の孫達は可愛いのであろう。殺されないように上手く動いたがな」
父の顔に一瞬苦み走ったものが出る。
そこがクラウスの気に入らない部分なのであろう。
自分は息子を失う羽目になったが、クラウスの孫達は半分島流しでも普通に生活は出来ている。
もしかすると、父はクラウスとの能力の差に嫉妬しているのかもしれない。
クラウスは孫達を助けられて、自分は息子を助けられなかったと。
「どちらにせよ、もう終わった事だ。私もクラウスも老いて死んでいく。しかし、トンネルか。地図によるとブライヒレーダー辺境伯領に繋がっている可能性が高いが、上手くこの領の繁栄に役立ってほしいものだ。個人的には、私の小遣いも増えるであろうからな」
そんな話をしながら夕食を終え、俺は屋敷の裏庭で夕涼みをする。
外では、エルがカールとオスカーに剣の稽古をつけていた。
「エル、どうだ?」
俺はエルに、二人の甥達の剣の才能について聞いてみる。
「ヴェルとエーリッヒさんよりも才能はあるな」
「うーーーん。それだと、比較対象が駄目すぎてわからないぞ」
俺の剣の才能については言うまでもない。
そして、そんな俺よりも酷いのがエーリッヒ兄さんなのだから。
「このまま頑張れば、武芸大会で三~四回戦までは行くと思う」
「ならば安心だな。お母さんの血の方が強いのか?」
「それはないでしょう。私の父も若い頃に武芸大会に出て二回戦敗退ですから」
いつの間にか、隣にアマーリエ義姉さんがいた。
本当はもっと話をしたかったのだが、エリーゼ達もいるし人の目もある。
目の前ではエルが甥達に稽古をつけているが、周りには誰もいない。
これで二人きりで話を出来るというわけか。
エリーゼ達は気を使ってくれたのかもしれない。
「お義父様が、時間があれば稽古をつけてくれたのです」
父にも剣の才能はないが、子供に基礎を教えるくらいは問題ないというわけだ。
「文字や計算も、私やお義母様が教えています。お義父様もほとんど不自由なく計算なども出来るようになりました」
隠居状態で暇とはいえ、まだ拡張中で忙しいバウマイスター準男爵領の手伝いをしながら孫達に剣と弓の稽古までしている。
見かけ以上に忙しいのに自分も勉強をしているという事は、やはりクルトの件で自分の至らなさのようなものを感じているのかもしれなかった。
「そうですか」
ただ、その推論を口にはしない。
父に対して失礼になるからだ。
「ですが、その時間ももう少しで終わります」
「終わる?」
「はい、カールとオスカーは私の実家に預けられるのです」
カールの成人後に、バウマイスター伯爵領から領地が分与される。
オスカーも新設される騎士爵の従士長となって兄を支える予定で、それまでの期間はアマーリエ義姉さんの実家であるマインバッハ家に預けられる事になったそうだ。
「まだ早くありませんか?」
まだ十歳にもなっていない子供を他家に預けるなんて、俺には早いと感じてしまうのだ。
「あら、ヴェル君はもっと子供の頃から一人で未開地に出かけていたじゃない」
「でも、家には戻っていましたよ」
「たまに戻って来なかったわよね?」
「野宿した日もありましたけどね」
ようやくアマーリエ義姉さんの口調が二人きりの時のものに変わった。
エル達が稽古に夢中で、こちらの話を聞いていない事に気がついてくれたようだ。
「少し早いけど、実家の父が絶対だと言うから」
新しい騎士爵領は、アマーリエ義姉さんの実家マインバッハの家名を継ぐ。
同じ騎士爵家でも実質分家のようなものが出来て、その家はバウマイスター伯爵家の縁戚でもある。
彼らからすれば、失敗など万が一にもあってはならないと危機感を抱いているそうだ。
「身内では甘やかすからと……父親の悪行もあるのでしょうけど……」
家臣や領民の過半数は、マインバッハ騎士爵領から出す。
彼らは次男以下なので本来不遇な立場のはずが、降って湧いたチャンスのおかげで新しい居場所を得ようとしている。
「大変だなぁ」
まだ幼いのにと思ってしまうが、これが領主になるという事なのであろう。
子供の頃は父やクルトのやり方に疑問を感じていたが、当事者からすればそれは必死に行ってきた結果なのだと。
「アマーリエ義姉さんはついて行くのですか?」
「いえ。母親の私が一番甘やかす可能性が高いからと……」
「でもなぁ……」
あんまり厳しいのはどうかと思う。
たまに、それで壊れてしまう貴族も存在するからだ。
前に王都で、変な貴族に遭遇したからよくわかる。
「それは父も考慮していて、月に一度くらいなら会いに来ても構わないと。ですが……」
大リーグ山脈の向こうにある、マインバッハ騎士爵領に月に一度行くというのは難しい話だ。
魔導飛行船はバウマイスター騎士爵領の近くから週に一度小型の物がブライヒブルクまで出ているが、そこから更に馬車でマインバッハ騎士爵領までとなると、時間もそうだがお金の問題も出てくる。
いくら多少余裕が出来たとはいえ、子供に会いに行く交通費で年に二十万セント近くもアマーリエ義姉さんが使うのは難しい。
何しろ、今の彼女はパウル兄さんの家に居候をしている状態なのだから。
「父の思惑通りで忸怩たる思いですけど、私はヴェル君に縋るしか……」
つまり、アマーリエ義姉さんがここではなく俺の傍にいるように画策した。
俺ならば、彼女が子供達に会う時に魔法で送り迎えが簡単にできると言って。
アマーリエ義姉さんの父であるマインバッハ卿は、俺と自分の娘との関係に気が付いていて、それを利用しようと考えている。
無理に実家に戻して再嫁先を探すよりも、非公式の立場でも俺の傍に置いていた方が利益になると。
見事なまでの貴族的な思考だが、彼の肩にはマインバッハ騎士爵領の家臣と領民達の存在が重く圧し掛かっている。
娘を利用してでも、家のために、領民達のために動くというわけだ。
「俺の父よりも、貴族らしいか……」
「最近は特に悩んでいて……」
マインバッハ騎士爵領は小さな領地なので、もうあまり開発などが出来ない。
養える人口に限りがあって、余った人は外に出ていかなければならなかった。
「『王都で一旗あげてやる!』とか言って意気込んで出て行きますけど、半分以上は連絡不能になります。スラムででも生活できていればいいのですが……」
もしかすると、死んでいる人が多いかもしれないと。
嫁ぐ前のアマーリエ義姉さんは、何とかできないかと悩む自分の父親を何度か見た事があると話す。
「ですから、絶対に失敗は出来ないと」
カールとオスカーへの更なる教育に、家臣と名主候補、それに生え抜きとなる領民達と早くから接させて、効率よく新領地の運営と開発が行われるようにする。
マインバッハ騎士爵領で余った領民を送り出せる、新マインバッハ騎士爵領の開発失敗などあってはならない。
ついでに言うと、俺の心変りで話がなくなるなどもっとあってはいけないのだと。
そのためには、アマーリエ義姉さんを差し出すくらい平気で出来るのであろう。
「いいですよ。うちに来ても」
「ヴェル君の方が力があるのだから、強引に断ってもいいのよ?」
「それも考えなくもないのですが……」
帝国の内乱では、反乱軍と解放軍に翻弄されながら自分の領地の保持に必死になる貴族を沢山見てきた。
勿論、領地と爵位を失うのが怖いのであろが、同時に領民達の生活にも責任があるからこそ必死なのだと。
そういうのを見ているので、どうにも断り難い気持ちがあったのだ。
「どこも大変なのね」
「それが柵となって、俺に絡みつくわけですよ。それで、どうせなら領主らしく自分の好きに決めようかなと」
「好きに?」
「アマーリエ義姉さんが傍にいた方が俺には都合がいいわけで」
「本当に変わっているわね。こんなオバさんを傍に置くなんて……」
「いいじゃないですか。俺がいいと決めたのだから」
「バウマイスター伯爵様のご命令通りに。でも、大丈夫?」
「はははっ、俺はバウマイスター伯爵様ですよ」
などと、アマーリエ義姉さんの前では強気でいたが、それから一時間としない内に割り当てられた宿泊用の室内でエリーゼ達に綺麗な土下座を行っていた。
「という事情でして……」
アマーリエ義姉さんが傍にいると嬉しいと言う個人的な感情を絶対に口にせず、色々と貴族的な事情があって受け入れないと駄目になりました。
可愛い甥達のためでもあるのですよと、懇切丁寧に説明をする。
エリーゼ達は、静かに俺の話を聞いていた。
何も言わないので、俺は少し恐怖を感じている。
「私からは特に反対する理由もありません」
「私も」
「ボクもないかな」
「ヴェル様の好きにすればいい」
「そうですわね。私達が口を挟む理由もありませんし」
「おおっ!」
まさかの一発了承に、俺は喜びの声をあげてしまう。
「今さらという気もありますし」
「そうよね。でも、非公式から私達の目に留まるようになったのはいいわね」
「『バウマイスター伯爵様』が夜中に抜け出して非公式の愛人と逢瀬とか、ローデリヒさんがそろそろ困っていたし」
「警備上の問題もある。ヴェル様に何かあると困る。ここだと周囲が無人に近いから、暗殺者の配置も簡単」
「というわけですので、私達からすれば状況が改善されたと考えます」
「そう言っていただけると……」
結構厳しい指摘であったが、了承はしてくれたのでよしとしよう。
頑張って土下座をした甲斐があったというものである。
「それに、アマーリエさんに関しては『仕方がないかな』と思えますので」
「仕方がない?」
「はい。感情の問題ですけど、これは重要です。何しろ、これから一緒に屋敷で住むのですから」
嫌だと思っている人とは一緒に住めない。
貴族の妻達にはそういう関係の人達も多く、そうなると屋敷の中がギクシャクして雰囲気が悪くなってしまうそうだ。
エリーゼならではの割り切り方かもしれない。
「ヴェルはお義母さんとの関係が希薄な部分があるから、アマーリエさんでそういう部分を解消しているのかなと」
「イーナちゃん、こういうのは『年上属性』って言うんだよ」
色々と俺について解析されてしまっているが、『年上属性』ってルイーゼはどこで覚えたのかと思ってしまう。
「でも、それならテレーゼがそう?」
「ない。今はともかく、帝国にいた頃のテレーゼは駄目」
「鬱陶しい上に、ヴェンデリンさんへの露骨なアプローチでイラッときましたわよね」
ヴィルマとカタリーナによる、過去のテレーゼ評はボロカスであった。
間違いなく、エリーゼ達も同じ思いのはずであったが。
「でも、帝国にいた頃はか。今は?」
「今は大人しい。無毒」
「そういえば、前ほど嫌な感情は覚えませんわね」
今のテレーゼは近所に小さな屋敷を購入して静かに暮らしている。
念のために警備は入れているが、外部からの客もなく、たまに俺がお土産を持って話しに行くくらいであろうか。
「テレーゼさんには立場もあったのでしょうから。アマーリエさんの件は、そこまで事情が複雑でもありませんし」
俺には複雑なような気がするが、エリーゼに言わせるとさほど複雑な事情でもないというわけか。
やはり、貴族の世界とは色々と面倒だ。
「奥向きの事を行うメイド長扱いで構わないと思います。こうやって愛人を囲う貴族も多いですから」
形式上はメイドを束ねる身分にあるが、実は貴族の愛人である、という女性は多い。
連れ子や、もし子供が産まれた場合の身分は当主である貴族の権限なので、あまり他の者は口を出せないそうだ。
「アマーリエさんにはあなたからお話いただくとして、明日からも発掘作業ですので、早く寝ましょうか?」
さすがに今日は例の逢瀬小屋には行かず、明日に備えて早めに寝てしまう事にする。
「今日も張り切って発掘するのであるな!」
翌朝、今日は『瞬間移動』で現地に飛んで発掘を再開する。
相変わらずアーネストは元気はつらつであったが、エルの方は眠そうな目を擦っていた。
「カール達の稽古で疲れたか?」
「違う、俺の同室は誰だか覚えているか? ヴェル」
「ああ……」
一応監視も兼ねてアーネストであった。
「夜中まで、ずっと何かを調べたり書いたりしていてな。気になって眠れなかった……」
「エルヴィン殿はおかしな事を言うのであるな。今日に備えて、推定埋没地点の計算をしていただけであるな」
アーネストの手には、それが記載されたこの辺の地図が握られていた。
「では、張り切って発掘の再開であるな」
一人だけ妙にテンションが高いアーネストが、推定した地点を魔法で掘り続ける。
途中、疎らにワイバーンと飛竜も姿を見せるが、それらは全てイーナによる槍の投擲、ヴィルマの狙撃、ルイーゼとエルの攻撃によってただの素材と化していた。
「導師もいればよかったのにね」
「あとは、ブランタークさんか」
「あの二人は、今は忙しいから」
帝国内乱について、あちこちに赴き説明する仕事をしていた。
説明というか、講演のような仕事というのが正しいかもしれない。
俺は在地領主で忙しいからと、そうでない二人が割を食った形だ。
特にブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯から頼まれてあちこちに出向いている。
ブランタークさんの勇名が上がれば、彼を雇用しているブライヒレーダー辺境伯は安泰というわけだ。
一時はブランタークさんの貴族への就任案も出ていたが、それは彼が断わっている。
『何が悲しくて、伯爵様のような苦労をしないといけないのかね』
現在五十歳を超えている彼が貴族になっても、自分が死ぬまでに領地が安定しない可能性が高い。
子供の代で潰れる可能性もあるので、無理をしないというのが本音であろうか?
「いい加減、飽きましたわね」
風魔法をドリルのような形にして山の斜面を削っていく。
元々考古学者であるアーネストの得意魔法であったが、そんなに難しい魔法でもないので三人で作業をしてひたすら掘っていく。
この手の作業が苦にならないアーネストはともかく、カタリーナは飽きがきたようだ。
「カタリーナ殿、発掘とは地味な作業の連続。しかしながら、何かが出土した時の感動は忘れられないものなのであるな」
「地味な昔の食器とか、錆びた剣とかでもですか?」
「その道具を古代の人がどう使っていたのか? それを考えるだけでも楽しいのであるな」
「私には合わない趣味ですわね……」
前世で同じ大学に、学芸員の資格を取って夏休みに実習で遺跡の発掘をしている同級生がいた。
彼は好きなので楽しそうであったが、俺も話を聞く限りにおいては楽しそうには感じなかった。
「それは残念なのであるな。おっ! 遂に出たのである!」
削れた部分に、一部分だけトンネルの枠に似た物が出て光っている。
遂に、一万年も埋もれていた巨大トンネルが姿を現したのだ。
「しかし、こんな山の真ん中ではわからないだろう」
「この一万年で、崩れてきた土砂が集まって山となり、そこに木々が生えてしまったようであるな。まさに、自然の脅威!」
『愚公、山を動かす』ではないが、小さいとはいえ一つ山を崩すつもりで作業しないと出て来ないのでは、今まで見つけられなくても当然か。
「入り口前の土砂を、全てどかそう」
「わかりましたわ」
「カタリーナが急にやる気を出したな」
「さすがに、物が出てくれば中身は気になりますもの」
確かにそれはあるかもしれない。
俺も気合が入り、三人による作業でトンネルを埋めていた土砂と木々などは全て魔法の袋に仕舞われてた。
「デタラメな量が入りますわね……」
帝国の内乱で魔法を多用したせいであろう。
またすぐにわかるほど魔力の量が増えていた。
「魔族でも、なかなかいない魔力の持ち主であるな」
「とはいえ、アーネストには勝てないがな」
「我が輩、魔法の修練はサボっているのであるが、魔族の国では五本の指に入る魔力の持ち主だったのであるな」
「よく国を出られたな」
それだけの魔力の持ち主なら、国が手放さないと思ったからだ。
「だから、密出国なのであるな」
遺跡発掘のために、国も命令すら無視する。
アーネストは、ある意味本物の学者なのであろう。
「早速に入るのであるな」
入口の土砂は、完全に除去された。
あとは入るのみである。
「魔物とかはいないよな?」
「いるわけないのであるな」
エルの心配は、アーネストによって完全に否定される。
念のために全員で警戒しながら内部に入ると、内部は暗くてよく見えない。
すぐに『ライト』の魔法で明かりを確保する。
エルとヴィルマが、念のために予備のランプに火を灯した。
「一万年前にしては綺麗だな」
「だから言ったのであるな。これは、国家の大プロジェクトであったと。見るのであるな」
アーネストがトンネルの壁を触るように言うが、見た目も感触も見覚えがあった。
コンクリート製なのだ。
「昔の漆喰?」
コンクリートと言うと、勘のいいアーネストが何か勘づくかもしれない。
わざと漆喰と言い直す。
「似たようなものであるな。これは、コンクリートというものであるな。更に言うと、これはこういった壊れてほしくない施設などに使う『特殊コンクリート』の一種であるな」
「特殊という事は、コンクリートとやらに何か混ぜているとか?」
「バウマイスター伯爵は優秀な生徒であるな。ああ、貴殿は極限鋼の合成に成功していたのであるな。それと同じであるな」
通常のコンクリートに、極小量のオリハルコンとミスリルの他に、十数種類の希土類を混ぜて作る。
そうする事で、このように一万年経っても壊れないトンネルが完成したのだそうだ。
「もっとも、これの建造にはイシュルバーグ伯爵が関わっているのであるな。彼の『超状態保存』魔法が生きているという理由もあるのであるな。他にも、極限鋼製の鉄筋も入っているはずなのであるな」
なるほど、このトンネルは極限鋼製の鉄筋を入れた特殊コンクリート製なので恐ろしく頑丈であるという事らしい。
「となると、すぐに使えるのかな?」
「大丈夫なはずであるな。出来れば一か月ほど調査したいのであるな」
「それは構わないさ」
いくらすぐに使えるとはいえ、いきなりトンネルをオープンさせるわけにもいかない。
王国への根回しに、トンネルが暗いので明かりの確保、トンネル全ての安全チェック、警備体制と利用者への入領と出領をチェックする部署の立ち上げに人員の確保。
そしてそれは、出口側の貴族にも準備して貰わないと駄目だ。
いきなり『トンネルが開きましたので自由にどうぞ』では、密輸や犯罪者が横行する事になってしまう。
前世で度々批判されていた役人と行政の仕事であったが、かくも多くの手間と時間がかかるものなのである。
「まずは、進めるところまで進むか……」
「しかし広いトンネルだな」
「政府広報には、片側五車線と書かれているのであるな」
『ライト』を地面に照らすと、日本で見慣れた白線が書かれていた。
大型トラックでも余裕で通れる車幅が合計で十車線、他にも故障・事故車両用の避難車線まで確保されている。
「(日本の高速道路みたい……)」
ミズホ人の先祖なので、日本人と考え方が似ているのであろうか?
「ついでに言うと、明かりもあるようなのであるな」
天井には、魔導灯が等間隔に埋め込まれていた。
「多分、奥に魔力を供給する魔晶石があるのであるな」
他にも、空気の入れ替えを行う通気口も一定間隔で設置されていた。
これらを動かす魔晶石が、どこかに設置されているはずだとアーネストは予想する。
「なるほど……」
俺は、すぐに魔導携帯電話を取り出してローデリヒに報告を行う。
「すぐに警備の兵を送ります」
「任せた、その間に出来る限り調査はしておく」
「しておくって、歩くのか?」
「いいや、こういう時こそ魔導四輪だろうに」
二台の魔導四輪に分乗して、トンネルを奥へと進んでいく。
今度は完全に舗装された道路なので、誰も乗り物酔いはしなかった。
「快適だぜぇーーー!」
エルが運転しながら窓から顔を出し、一人はしゃいでいた。
「思ったよりも、操作が簡単だね」
二台目は俺の代わりにルイーゼがハンドルを握り、元々運動神経もいいのですぐに上手に運転できるようになった。
エルの後ろを、同じスピードでついていく。
「あれ? 何かあるな?」
暫くトンネルを進むと、端の避難用の車線に十数台の車やトラックが放置されているのを確認する。
正確には、魔力で動く魔導四輪か。
俺達も降りて様子を探ると、ドアは開けたままで運転席にはキーが刺さったままであった。
「アーネスト、これは?」
「うーーーん」
アーネストは、自分用の魔法の袋を探って数百枚の紙を束ねた資料を取り出す。
素早く捲って読みながら、ある項目を見付けてその説明を始める。
「緊急災害時の避難マニュアルに従ったのであるな」
「緊急避難時の避難マニュアル?」
「地震などの災害の時に魔導四輪で避難をすると、余震でトンネルの壁に激突という可能性もあるのであるな。そこで、自分の魔導四輪を避難用の車線に置き、作業する救援隊などが動かしやすいように鍵は刺したままにする。これが決まりなのだと書かれているのであるな」
「変なルール、高価な魔導四輪が盗まれたらどうするんだろう?」
この時代では、エルの考え方の方が一般的である。
アーネストを除くと、全員が同じ意見のようだ。
「今の魔族の国よりも、古代魔法文明時代はもっと文明が進んでいたのであるな。災害時という緊急事態だからこそ、国民達に節度ある行動を求めて大半がこれに答えられる。実は盗難保険があるので、みんな特に気にしないでお上の命令に従うのであるな」
「保険って何?」
「普段から月に幾らとお金を払っておくと、何かあった時に損害を補填してくれる制度であるな」
「よくわからないや。それって、普通に次の購入資金を貯めておいた方がよくない?」
「月に支払う金額は、微々たるものであるな」
「それだと、車が古くなったら盗まれましたと言って、新品の資金を出させる人がいると思うけど……」
「ないとは言わないのであるが、そこは上手く運営して利益を出す仕組みがあったのであるな」
ルイーゼは、保険制度の仕組みに疑問を抱いたようだ。
確かに、今のこの大陸では保険業運営は難しいかもしれない。
「保険という制度はともかく、何かあったから魔導四輪を避難車線に停めてトンネルの外に退避した。出た後に、何かしらの理由でトンネルが埋まってしまったと?」
「何かしらというか、古代魔法文明を崩壊させた大爆発であろうな」
アーネストは、古代魔法文明の中心国家が行った大規模魔導装置実験の失敗による爆発、中心国家とその首都周辺の消滅、その後の混乱と文明の崩壊などを説明する。
「そんな大爆発があって、よくこのトンネルは無事だったな」
「比較的早期に、両側の入り口が埋まってしまったと想像するのであるな。元々頑丈に出来ていたし、『超状態保存』の魔法もあったのであるな」
古代魔法文明崩壊時に埋まってしまい、何かの事情があってその復旧が出来なかった。
次第に入り口を埋める土砂の量が増え、段々とトンネルの存在を覚えている人がいなくなり、遂には遺跡となってしまったというわけか。
「魔導四輪も、よく残っていたな」
「『超状態保存』の効果がトンネルの空間にも及んでいたのと、入り口が塞がったのがよかったのであるな」
さすがに一万年も吹きさらしでは、魔導四輪も無事ではなかったであろう。
その前に、盗掘者達によって持ち去られていたであろうが。
避難車線に置かれている魔導四輪はほとんどが普通に動きそうだ。
状態は、当時のままであった。
新品に近い物もあれば、使い古して年季の入ったトラックもある。
「車両の回収は、ローデリヒが派遣した守備隊に任せるとするか。奥に進もう」
と思って自分達の魔導四輪に戻ろうとすると、なぜかエルだけは少し離れた車両のドアを開けて何かを見ていた。
「エル、何を見ているんだ?」
「ヴェル。古代魔法文明時代の書籍って凄いな!」
エルが見ていたのは、カラー印刷された写真週刊誌のようなものであった。
日本でいうと○ライデーや○ォーカスのような雑誌で、歌手や俳優が恋人と夜中に密会していたとか、政治家や貴族の汚職に、あとはお約束の水着とヌードグラビアのページもある。
「素晴らしいな。これを持ち出さないとは勿体ない」
エルは、勿論ヌードグラビアページに夢中であった。
車内に置いてあったが、避難する際に持ち出すまでの価値はないと思われたのであろう。
日本でも、読んですぐに捨てるようなものであったし。
「安物の雑誌であるな。魔族の国もあるのであるな」
アーネストが、熱心にヌードグラビアを見ているエルの後ろから雑誌を確認しながら言う。
「魔族の国にもあるのか」
「ただ、ヌード写真は禁止であるな」
「なぜ?」
「女性団体が五月蝿いのであるな。女性の人権に対する蹂躙であると」
何か、どこかで聞いたような話である。
「有権者の半分は女性なので、政治家もそれなりに配慮する必要があるのであるな。他にも、風俗業の禁止とかも数十年ほど前から始まっているのであるな。一部男性識者からは、これこそが少子化の原因だと言う者もいるのであるが、検証が困難な上に、お上が規制をすると地下でアングラ出版をしたり、違法風俗店の営業を行う者が出るのであるな」
本当に、どこかで聞いたような話である。
「エル、それは持ち帰って家で見ろよ」
「家には持ち帰れないから、ここで見ておく」
今回の発掘に戦力になるはずのハルカが参加していないのは、結婚式に備えて準備をしているからだ。
エルを働かせないわけにいかないので、その手の準備を彼女に一任してしまっていた。
だからこの場にいないのだ。
「そのくらいのもの、持ち帰って普通に見ればいいだろうが」
「いや! ハルカさんに怒られるから!」
「どれだけ尻に敷かれているんだよ……」
「ヴェル、俺は尻に敷かれてなどいない!」
エロ写真を見ているくらいで嫁に怒られるのだから、そう思われても仕方がないだろう。
何しろ俺などは……ああ、別にエロ写真なんていらないか。
エルに早く魔導四輪を運転するように言い、その場をあとにしようとする。
「エリーゼ達が怖いんだろう?」
「まさか、エルが急に何を言うのかと思えば……」
伯爵にして、五人の妻と一人の愛人を持つこの俺が女性が怖い?
それはない。
エロ写真なんて本当に必要ないと思っているのだから。
「ヴェル、それは本心かな?」
「当たり前じゃないか」
「この雑誌、今週号はコスプレ特集と書いてあるけど……コスプレって言葉の意味は分からないけど、何か楽しそうだな」
「出土品は、領主たる俺に権利があるな。エル、必要ならば俺に借りるんだ」
あくまでも少し興味が湧いたので、念のためにとっておく事にする。
もしかすると、文学的な価値があるかもしれないし。
「了解」
俺は急ぎ週刊誌を魔法の袋に仕舞い、トンネルの奥に向けて出発する。
勿論、エリーゼ達には内緒である。
「長いね」
魔導四輪のライトのみを頼りに、二台の魔導四輪はトンネルの奥へと向かう。
次第に避難車線のみならず他の車線にも放棄車両があるので、俺は運転しているルイーゼにスピードを落とすように指示した。
時速四十キロ平均で既に半日、約四百八十キロを進んだ事になる。
何という長いトンネルだと思うが、大リーグ山脈は山道を歩けば片道一か月半もかかるのだ。
当然といえば当然か。
「見えたのであるな」
ようやく、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアがトンネルの端に見付かった。
「開けますわよ」
『開錠』魔法でカタリーナが扉を開けると、内部には大きな魔晶石と、いくつかの周辺機器が見付かる。
「故障はないのであるな。魔力を補充すれば、この通りに……」
魔力が空の魔晶石にアーネストが魔力を注ぐと、すぐに赤い輝きを取り戻す。
部屋を出ると、トンネル内の魔導灯と空調装置が復活していた。
「なるほど、これでトンネルが明るくなったな」
さすがに半日走り詰めなので疲れた。
その日はそのまま野営となり、翌朝また魔導四輪を走らせ始める。
目標は、反対側の出口だ。
「運転が簡単、馬ほど難しくない」
魔銃の取り扱いと簡単な整備までこなせるようになったヴィルマからすると、魔導四輪の運転はそれほどの難事でもないようだ。
エルと運転を代わっていたが、上手に動かしている。
「ん? エンストか?」
「おかしいですわね……」
「ギアをチェンジしたら、もっとゆっくりとクラッチを戻すんだ」
一方、ルイーゼと運転を交替したカタリーナは最初にエンストを頻発させた。
この魔導四輪、オートマ車は存在しないようだ。
俺も前世ではオートマ車ばかり乗っていたので、やはり最初は何回かエンストをしてしまったが。
「こうですか?」
「そうそう。別にエンストしても大した事でもないから焦らないで。ある程度運転すれば、すぐに慣れるし」
「はい」
最初は戸惑っていたようだが、カタリーナもすぐに普通に走らせられるようになっていた。
「でも、本当に長いトンネルね」
カタリーナも運転に慣れたので、今度はイーナに変わった。
彼女はルイーゼと同じく運動神経がいいので、すぐに普通に運転できるようになっている。
「ブライヒレーダー辺境伯領に出るのよね?」
「アーネストが資料を参考に作った地図によるとそうだな」
助手席に座っている俺は、一枚の手書き地図を確認する。
少し西部の小領主連合側寄りではあるが、計算によるとブライヒレーダー辺境伯領内の山麓に出るはずだ。
彼ならば、トンネルの反対側でも諸々の交渉や手続きが面倒でなくていい。
「到着したわよ」
「では、ここで暫く待機だな」
いきなり反対側の土砂をどけてしまうと、色々と面倒な問題が起こるかもしれない。
そこで、ローデリヒが派遣した警備部隊が調査、魔導車両の回収を終えるまではここで待機となる。
あとは、アーネストとカタリーナと共に行う作業もあった。
「念のために安全確認は必要であるな」
というわけで、三人だけで今度はトンネルを戻っていく。
途中、『探知』『感知』『探査』などの魔法をかけて、トンネルに破損部分や内部の罅などがないか確認を始めたのだ。
「さすがはイシュルバーグ伯爵、素晴らしい工事であるな」
アーネストは、独自に音波探知のような魔法を使ってトンネルの状態を探っていた。
この魔法は風系統だそうだ。
彼は人の精神を操る闇魔法以外では、風系統が得意らしい。
何でも、遺跡発掘に一番使える魔法なのだそうだ。
「土と水も一部使える魔法があるのであるな。火は我が輩には役に立たないのである。野営した時に火付けをするくらいであるな」
魔族の特性魔法である闇以外は、遺跡発掘に必要な魔法しか覚えない。
ある意味、清々しいまでの考え方だ。
「お館様!」
チェックをしながらほぼ真ん中まで戻ると、そこには数百名の警備兵を連れたトーマスとニコラウスが姿を見せる。
「なるほど、これは凄い古代の遺跡ですね」
トーマスが守備隊長で、ニコラウスが副隊長扱いのようだ。
兵士達を動かして、早速車両の回収作業を行っていた。
「また人員が増えたのか?」
「はい。バウマイスター伯爵領は急速に発展していますからね」
常に家臣の新規雇用が行われ、彼らは人格と能力に沿って役割を与えられていく。
特に守る場所が多いので、警備隊や諸侯軍の編成は急務であった。
「今や、私達でも古参扱いですからね」
「既に後輩の方が圧倒的に多いですから」
「うちは、一番古参のローデリヒでも五年以下だからな」
トーマス達は、勤続期間でいえばトリスタン達とそう違いはないのだから。
「それにしても、これだけのトンネルですか。守備が大変そうだなぁ」
「まだ出口側の土砂排除を行っていないし、それをしたらしたでトンネル所有の割合とか、警備・管理責任分担とかあるけど、今は出来る限りの事してくれ」
「ああ、所有の分担があるのですよね。ですが、ブライヒレーダー辺境伯様なら交渉が楽な方では?」
トンネルは、リーグ大山脈を貫いている。
では、その大リーグ山脈の所有者はというと、これは一応決まっていた。
山頂より未開地側がバウマイスター伯爵領で、あとはブライヒレーダー辺境伯領や、小領主連合の誰かの領地だったりする。
ただ、リーグ大山脈自体が登頂困難な山道であり、加えて飛竜とワイバーンの住処となっていて、他にも凶暴な野生動物も多い。
実効支配しているのかと言われれば、答えはノーであった。
「ブライヒレーダー辺境伯様と半分ずつですか?」
「俺達が発見者だ。最低でも、動力室部分まではいただく」
トンネル内にある魔導灯と空調のエネルギー源となっている魔晶石が置かれた部屋、ここは重要なので絶対に所有権を取らなければならない。
「ならば、急ぎ実効支配してしまいましょう」
ブロワ家との紛争を経験したせいか、トーマスはえらく理解が早かった。
避難車線に止まった車両の回収とトンネルのチェックを手伝いつつ、警備兵達を配置してトンネルを実効支配していく。
同時に、警備兵達に魔導四輪の訓練を行っていた。
「これをある程度配備してほしいですね」
「それは確実に行う」
トンネルが長過ぎるので、車両ででも移動しないと緊急の事態に対応できないのだ。
まさか、馬で道路を走るわけにもいかない。
「いよいよ、出口側を掘削するか」
トーマス達が来てから三日後、トンネルは全て安全だと判断された。
入り口と各所に警備兵が配置され、彼らは運転を覚えた魔導四輪で定期巡回を行う。
魔晶石が置かれた動力室にも警備の手が入り、俺達はいよいよ出口側の土砂の掘削を始めた。
「掘っても、掘っても土砂が流れ込んでくるな……」
一万年で、出口側も土砂が大量に降り積もって山になっているのかもしれない。
大量に出る土砂を魔法の袋に入れ、溜まると入り口分も含めてローデリヒに渡しに行く。
「土砂は埋め立てに使いましょう」
やはりローデリヒは、埋め立て工事の計画も進めていた。
現場まで『瞬間移動』で飛んでから土砂を流し込み、木々は木材として商人が買っていく。
膨大な建築需要のせいで木材はいくらあっても足りない状態であり、喜んで購入してくれた。
「我々が生き埋めにならないように注意しつつ、掘り続けるしかない」
出口側の土砂を取ると、また土砂が落ちてきて元の状態に戻ってしまう。
これを暫く繰り返していたが、ようやく出口から日の光が見え始めていた。
「光だ!」
トンネルが開通し、全員が漏れる光に感動する。
「道を確保するんだ」
更に大量の土砂を避けると、やはり出口側も溜まった土砂が山になっていたようだ。
それらを全てどかすと、ようやくトンネルは再開通した。
「開通したけど……」
「のどかだねぇ……」
一番乗り狙いでトンネルを出たルイーゼは、目の前に広がる光景に驚きを隠せない。
山奥の田舎の農村地帯で、数名の農夫が畑を耕していたからだ。
「あんれまぁ、遂に山が消えて洞窟があるだ」
「お館様にお知らせしねぇと」
「あの人達は、地底人だべか?」
彼らは突然開通したトンネルに驚き、一人の農夫が領主を呼びに猛スピードで走っていく。
「あれ? ここはブライヒレーダー辺境伯領じゃないのかな?」
「お館様、代官地なのでは?」
俺とトーマス達は、出口側の田舎ぶりに驚きを隠せない。
何となく嫌な予感がしてくるが、予想どおりにまた貴族の厄介ごとに巻き込まれて行く事になる。




